ジェーン・ドゥと邪竜の封印(ちゅうにびょう)
10月某休日
真夏の猛暑も去り比較的過ごしやすくなった...とはいえ南国の宇津帆島はまだまだ暑い。
部屋主は今朝から停電している寮の部屋で、ゴロゴロと余暇を過ごしている。
窓を開けて風通りをよくしているはずが、それでもじっとりと汗をかく。
部屋の主は赤いライオンヘアで胸部の主張が激しい女生徒、名を葉車奈菜といい通称をセブンという。
セブンは査問委員会委員長という激務をこなし、ようやく今日休みとなった。
休みになったら隣に住むロリっ子の部屋で、ゲームして夕飯まで食わせてもらおうと思っていた。
「それなのに留守とか...」
「暑い...」
今日何度目になるかわからない台詞を吐いて寝返りを打つ。
起きて暫くはベットの上にいたセブンだが、今は床に直接寝転がっている。
肌に触れるフローリングの床が気持ちいい。
いつもならエアコンの効いた部屋で作詞作曲し、時には気の赴くままにギターをかき鳴らす。
そんな騒音に隣のロリっ子が壁を抜けて、文句を言いにくる事が日常となっていた。
けれど、エアコンの効かない今日はそんな気にさえならなかった。
「くっそ...こんな事になるんなら、バンド連中と泳ぎに行けばよかった...」
彼女は...と言うよりも彼女の一族はモテる。
彼女たちの父はやはりモテた。
財力と性格と見た目で。
そんな彼が、見た目第一、性格はその次と気に入った女性達と関係を持って生まれたのが彼女達だった。
それ故に、兄弟の誰もがその優れた見た目を引き継いでいた。
セブンも両親譲りの外見で、たいへんモテる。
しかし、そんな彼女は良家の子女という事もあって、未だ男性と付き合ったこともない。
とはいえバンド仲間から聞かされるアレやコレやで、耳年増ではあるけれど。
「そうだ...大浴場の流れる水風呂!」
要は流れるプールなのだがお風呂という事で水着は着用禁止なのであった。
お風呂なのだから当然である。
がしかし...
「マジかよ...」
停電はここにも影響を及ぼしていた。
弁天寮の大浴場といえば蓬莱学園の三大秘境※1として名高く、温泉、水風呂、サウナ、砂風呂、ドラム缶風呂、ジャングル風呂、噂によれば浸かると性別が変わる呪いの風呂や、何でも願いが叶う風呂まであるという...しかも敷地面積不明、さらに温泉のその熱気から熱帯植物が自生しており大浴場はまさにジャングルの様相を呈している。
風呂の位置も不定期変わることから、利用者の中には遭難するものさえ出るという。
しかし探せば自生する熱帯の果樹等が簡単に見つかることもあり、遭難しても飢えることだけはない親切設計秘境となっていた。
そんな大浴場も灯りがなければ、いつもに増して危険であり利用が禁止されていた。
ナイスアイデアと自画自賛しながら意気揚々と浴場まで来て、現実に打ち拉がれるセブンだった。
「もう...やだ...」
泣きっ面になんとやら...追い討ちをかけるように、腹の虫が主張を始めた。
少し遅めのお昼を女子寮前の屋台で済ませたセブンは、部屋へ戻ると再び床に寝そべるのだった。
開け放たれた窓からは午後の風が吹き込んで、汗の滲んだ肌を撫でていく。
「動けば動いた分だけ汗をかく...なら動かなければいいんじゃないか!?私天才か?」
暑さでだいぶんキテるようである。
キャミソールとショートパンツ
そんな格好で瞑想するかのように寝転がる。
その姿はまるで棺に納められたエジプトの貴人のようであった。
そんな彼女の耳に聞いた事のない旋律が届く。
長い長い時間を経て紡がれたきた旋律は、バビロンの時代から【愛】を歌ってきたものだった。
それは【親の愛】【兄弟の愛】【友の愛】【男女の愛】そして【神と自然から人への愛】であった。
しかしながらセブンには聞いた事のない言語だった為に、意味までは分からない。
けれど、不思議と仲違いをする父親や心配する兄弟達のことを思い出す。
セブンの目にはいつの間にか涙が溢れていた。
旋律が止み静けさが戻ってくる。
「今度、親父に手紙でも...」しんみりとそう呟いた瞬間である。
窓からよく聞く声が聞こえてきた。
『疾く参ぜよ!白き狼!雷鳴を従えその牙を突き立てよ!』...『我が敵は反逆者なり 捕縛せよ!鎮圧せよ!制圧せよ!』...『ふははははは!』
最初何事かと驚いたけれど、どうやら隣のロリっ子が不治の病が重症化しつつあるようだった。
しばらくその聞こえてくる台詞を、ニヤニヤと聞いていたセブン。
勢いつけて立ち上がると窓の外へ出てベランダを乗り越えて隣のベランダへ飛び移り「よう!ジェーン!飯奢ってくれ!」と開口一番そう宣った。
「な!?...ななな...なんでお主がそこにおるんじゃ!?」
慌てるジェーンを小悪魔の笑みで見下ろしながら「さぁてなぁ?どこからだと思う?」
『何でいるのか?』という問いに『いつから聞いていたと思う』と返す、一見会話が成立していないようにも聞こえるが、二人には十分だった。
すなわち、セブンは『全部聞かせてもらった』と言っているのだった。
「...なんで、わしが「制圧しちゃうぞ?」」時に可愛く。
「...プライ「狼が来る前にメニュー決めようぜ?」」時に強引に。
「...悪魔め...」
「ははは!こんな神々しい悪魔がいるかよ!」セブンはこの先1週間の晩ご飯に思いを馳せるのだった。
「そういえば、この部屋涼しいな?」
「そりゃわしの魔法のおかげじゃ」
胸を張るジェーン。が、その両方をがっしり掴まれて
「一人用って 言って 無かった か?」※2
「え..ちょ..近...怖い怖い怖い!」
こうしてセブンはこの先1週間分の夕飯を約束させたのだった。
了
※1 南部密林、旧図書館、弁天寮大浴場。諸説あり。
※2 「ジェーン・ドゥと食」参照
最終更新:2022年10月19日 18:16