ジェーン・ドゥの誕生日(後編)





ジェーンは疲れていた。
昨日、今日とステージを10もこなしたのだ。
1ステージ3曲としても、やはり数をこなせば疲れるというものだ。

寮の自室へ戻っても、自炊するのがめんどくさい。
そう考えたのはジェーンだけではなかった。
「九重ぇ今夜はそっちへ泊まらせてくれよぉ...疲れて、ジェーンがご飯作ってくれるとは思えねぇんだよぉ」
「お主...あれだけ、双子に絞られたというのに...」
「俺とお前の仲だろう?」
「悪魔じゃ...」

それを見ていたセブンの妹の九重は、クスリと笑うと
「勿論いいですよ!ジェーンお姉様も是非泊まっていってください!」
「九重ちゃんはかわいいのぉ...九重ちゃんは天使じゃのぉ..のぉセブンよ?」
「九重が天使なのは認めるが、俺を悪魔たぁどういうことだ!」
「痛った!やめろ!痛った!」
「痛い!くそ!この!この!」
「やめなさい!」これは三月の婚約者の忍。

忍は二人の間に割って入ると、あっという間に二人を組み伏せてしまった。
「まったく...九重ちゃんが見てる前で!おとなしくしてなさい!」


こうして葉車屋敷へと連行されるかのようにやってきた二人だった。
二人まとめて風呂へ放り込まれ、メイドたちに隅々まで洗われた。
夕食には...
「牛肉とジャガイモのガリバタ醤油炒め」
「牡蠣のクリームシチュー」
「ひつまぶし」
節操のない献立ではあるが、屋敷の主の九重が
「元気の出る奴!とにかく元気の出る奴をいっぱいお願いします!」と台所方へ注文したのが原因だった。
勿論、配膳された量は食べられる程度に抑えられてはいたけれど。


葉車屋敷の一流料理人が作った料理だ、普段から食べなれている九重や、葉車一族ならば普通の事だが...。
「ああ...美味い...すべての食材に感謝じゃぁ...料理人と、誘ってくれた九重ちゃんにも感謝じゃぁ...美味い..美味いのぉ...」

たらふく食べたジェーンは客室へ戻ると、そのまま畳へ仰向けの大の字になり「たべすぎたわぃ」と。

「しかし...誕生日でこんなことになるとはのぉ」
あの日は、ジェーンの何度目かの転生の誕生日だったはずだ。
しかしジェーンにとって転生した誕生日なんて、さして意味はない。
彼女にとって誕生日とは、女神イシュタルによりその力を授かった日を指す。

「懐かしいのぉ...」そう口にして睡魔にその身をゆだね、最初の人生の子供時代を夢に思い出す。


夏至。
この日、天から【星】が降ってきた。
流れ星の様な小さなものではない。
日中にも拘らず、太陽のように明るい【星】は数日前から確認されており、次第にその大きさを膨らませていた。
その【星】が降ってきたのだ。
【星】は空を焼き雲を溶かし地表へと迫っていた。

現代では死海と呼ばれる場所が地中海の東側にある。
この沿岸にソドムとゴモラという町があった。
当時の彼女はこの町の事を詳しくは知らなかった。
彼女が住むのは現在でいうところのクエートのあたりだったからだ。

この地方の都市国家の有力者の娘として生まれた彼女は、子供の頃から他人よりもほんの少し、勘がよかった。
だから、本来なら交易と外交を兼ねてかの地へ赴くはずだった父を引き止めることができたのだ。

そして夏至の日。
ソドムとゴモラは炎に包まれた。
この様子を当時の彼女は【夢】という形で体験する。

膨れ上がる【星】に大地は焼け爛れ、衝撃は地形を変えるのに十分だった。
暴風は毒を運び死をばら撒いた。

災厄は世界を呑み込む可能性があった。
それと同時に、彼女は【夢】の中で声ではない声を聞く。

それがなんと言っていたかは覚えていない...と言うよりもそれはただ【感情】と言う色や波の様なものだった気がする。

しかし、あえて言葉にするなら【守りたい】【守ってほしい】そんな感情だった様に思う。

彼女はこの声ではない声を『豊穣と戦と王権、愛と美の女神 イシュタル』のものだと理解した。

彼女は現代に至るまで女神そのものに会った事はない。
故に真相は分からないままだが、彼女は確信している。
世界を守る為にこそ今、力は覚醒したのだと。

彼女は【夢】の中で【星】が齎す災厄へと向かってその身を投じた。
これが最善だと理解したからだ。

それは彼女だけでは無かった。
世界各地から多くの命が【星】へと突入していた。

その命達は言う「守りたいものがある」と。
彼女もその思いでここへ来たのだ。

彼女は【星】の中で多くの命達と手を携えて祈る。
祈りは光となり、光は煌めく水滴となってやがて天空より来る大瀑布となった。

それは星と大地を飲み込んだ。

焼け爛れた大地は冷えて固まり、毒を中和し、再び緑をもたらした。

けれど、二つの都市は滅んだ。
数多の命と共に。

彼女は【夢】から覚めると、彼女自身の葬式の最中だった。

彼女が【夢】を見始めてから数日間、死んでいたと言う。

そして蘇った彼女の姿は、黒髪茶眼ではなく現代の彼女の姿と同じ銀髪金眼となっていた。

その姿はまるで神話に語られた『イシュタル』のそれであった。


ジェーンは目を覚ます。
「あ、悪りぃ起こしちまったか?」
「...いや、大丈夫じゃ...が、ワシのスカートに手をかけて何をしておるのじゃ?」
「あーこれはだな...」
「セブンよ...お主の性的嗜好がどの様なものであっても、わしはかまわぬ。が、まずはわしの同意を得よ?」
「な!?ち!違う!」
「なに、恥ずかしがることはない。こんなものは人それぞれじゃ」
「いや!そうじゃなくって!」
「かかか!わかっておる わかっておる 誰にも言うまい」
「ちげぇ!」セブンの肩パンである。
「痛った!ちょ!痛ったい!」
「話を聞け!」
「かかか!このジェーン様に告白でもするのか?ん?」さっきまでの寛容さなど吹き飛んで、セブンを煽っていくジェーン。

ドアの外で様子を伺っていた三人が、ヒソヒソと話し合う。
「だからやめようって言ったじゃないですか」
「あら忍お姉様、お姉様だって気になったでしょう?」
「あら、忍お姉様?「私は褌だけどジェーンさんは何履いてるんだろう?」っておっしゃってましたよね?」
「うぐ...そうですけど...」
つまり三人はふとした疑問に取り憑かれて深夜のテンションのまま実行へ移したのだ。
その疑問とは「ジェーンはどんな下着を履いているのか?」と言うものだった。
そしてセブンを巻き込んで確認しようとしたのだ。
五葉は『白のローライズとガーター』に賭け、六花は『白のスタンダードにパンティストッキング』、忍は『褌とショートストッキング』、セブンは『ドロワーズ』に賭けたのだった。

結果は判定不能として無効になったのだが...
「さて、葉車姉妹よ」
目の前には何やら静電気の様にパチパチと帯電するジェーンの姿があった。
「忍殿は構わぬよ、抜けても良いぞ?」
「三人とも私の可愛い妹ですぅ!(私が一番年下だけど...)」
「「「お姉様...」」」
「そうかそうか。美しい姉妹愛じゃの...だからといって許さんがの?」



こうして夜明けまでジェーン主催『多言語しりとり⭐︎罰ゲームはケーキを1個』に付き合わされたのだった。
結果は忍が23個、五葉8個、六花8個、セブン18個、ジェーンは3個であった。
最初は余裕だといっていた忍達も次第にその恐ろしさに気づき、終盤は嫌々食べたと言う。

因みにジェーンの3個は単に食べたかったからだった。


「美味しいケーキをいっぱい食べれて幸せじゃろ?ジェーンさんマジ天使」
と、自画自賛するジェーン。

しかし朝の体重計に乗るのが怖い四人からは、声を揃えてこう言われたのだった。
「「「「うるせぇ!悪魔!」」」」


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最終更新:2022年10月19日 18:17