エステルの昼休み





東京都台東区私立蓬莱学園高等学校。
 10万人を超える生徒が所属し、今やその総数は20万に迫ろうとする巨大高校だ。南海の孤島である宇津帆島にあるこの高校は、単に巨大な高校であるだけではなく、様々な才能を持つ生徒や不思議な生徒、そして青春を謳歌したいパワー溢れる生徒たちで成り立っている。

 この1兆円以上の経済規模を持つ学園都市には山ほどの事件と天まで届くほどの後始末が発生する。この面倒を事実上見ているのが生徒会で、その生徒会の諸々を処理するのは僕なんだけどね。

 そう生徒会副会長を務める。僕、エステル・宮里=アーレンベルクが。

 正直僕と生徒会長になった左門、そして第一書記になってくれたフレイヤ。二人は僕の愛する人だ。彼らには当然だが、ここの混沌を制するだけのノウハウも無いし、ツテも持たない。正直この学園の生徒会には底意地の悪い仕掛けがあって、補佐官や秘書を始めとする直属のスタッフは当選した執行部メンバー個人が集めないといけないのだ。
当然風来坊を気取っていた左門や有能だけど一匹狼のフレイヤにツテは少なかった。
 結局僕が仕事を回すのが一番早い。といっても、本当は組織として良くはないのだけど回るんだから仕方ない。
 朝から晩まで最低限の授業を挟みつつ、忙しくも会議とオンラインでの連絡、上がってきた報告から決断を下し、幾つか処置を託す。    
 こんなことを夕方までしたら、上はセレブ生徒や古参教師との社交、下は盛り場を巡って一般生徒の様子伺い。夜に家に帰ると母上との情報交換の後には左門のフォローで会話したり、フレイヤの様子を見て励ましたり。まぁ大体なんらかの逢瀬になるんだけどね。行き先はベットの上さ。
 正直なところほぼ毎日寝ていない。いやある意味寝てるけど、寝ていないのだ。僕は。
 そんな訳で軋む体を馬に乗せて、僕は昼休みに行く。SGゲートの向こうへ。
 昼休みの合間の1時間ほどでも、向こう側では60時間。実に3日近い。愛馬に揺られてうつらうつらと畦道を進んでいく。開拓も進んだSGベースシティの近くは、長閑な農園が広がっている。遠くに木炭トラクターの姿が見える。丘の向こうに姿を消して馬は進む。
 僕は重いまぶたをこすりつつ、なんとか銀色の木立の中を通り翡翠色の泉の辺りにある小さな木造の家屋にやってきた。
 「ああ、オーナー久々にきたのか。まぁいいか、借家人として面倒は見るさ」
 声を掛けられて振り返ると、丸顔の料理人露子・グーテラオネ嬢に似た女性が箒を持って掃除をしていた。なんでもクローンらしいが、性格は全然似てない。いや何処となくぶっきらぼうなところはオリジナルの彼女に似てるかもしれない。
 へろへろになった僕を、麗久に似たアンドロイドが出迎える。彼女は椿くんのツテで来てもらった機体で信用できる。信用は大事だ。特にこういう隠れ家では。
 麗久のコピー、僕はレクツーと呼んでるが。そのレクツーの入れてくれた風呂を浴びて、足がガクガク震える中、暖かい羽根布団に包まる。60倍の時間が流れる月光洞で仮眠を取る。そんな思い付きをしたのは夏前のことだった。今や欠かせない習慣だ。今の僕のは一寸でも時間が惜しい。
「全くオリジンが言う通りだ。君は寝付きがいい」同居人のクローン殿が仰る通り、僕は疲れ果てている。速やかにまぶたは閉じて暗黒の帷が舞い降りる。
 意識は失いつつある時ふと思う。僕はみんなを幸せにできてるのだろうか。僕は良き人であり得ているのだろうか。僕は。
 そして意識を失う。
 翌朝昼過ぎに起きるがまだ寝が足りないのかベットから動けない。レクツーに果物を向いてもらう。フレイヤどうしてるかな。少し罪の意識が気を悶える。
 しかし疲れ果てたこの身は身だしなみを保つことさえできない。髪がはだけて、染めていない毛根が、薄っすらと茶色い元の髪の色が見える。外して置いたコンタクトレンズがないせいで目の色も父に似ていない薄い茶色だ。故郷ではこの髪の毛と東洋風の顔立ちで随分陰口を叩かれた。今やこの島では西洋風の顔立ちで目立つ。数奇なことだ。
 左門。左門にはまだこの隠れ家のことも話していない。フレイヤには少し話したが多分わかってはいない気がする。
 ひたすら体を休める。乱用した薬の副作用と無理強いをした肉体の悲鳴で息絶えそうになる。でも自分は自分はこんなところで負けてはならないのだ。そう自分の肉体に言い聞かせる。そんなところにコーヒーを差し入れてくれるクローン殿のサポートがありがたい。
 アンドロイドとクローン。ある意味人ではない二人と僕。もしかすると何か欠けているという意味で僕らは共犯者なのだろう。
 さらに翌日になり少し生き返る。
 身を整えて、二人にお礼をいい再び馬に乗り学園を目指す。今日はアンジェリカの美容院で髪を染め直すことにしよう。カラーコンタクトレンズの再調整も。
 そして戦場たる学園に立ち向かうのだ。愛するフレイヤと左門のために、母上と父上に負けぬよう、学園の生徒諸氏に喜ばれるように。休みは終わり次の戦いへ。

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最終更新:2022年10月19日 00:26