出会いの章
ご注意
この物語は
作中第87話
で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。
主な登場人物
■遥:大南帝国の皇子。皇子らしく世間を知らない。
■空:皇宮の近くに住む少年。詳細はまだわからない。
それが花だと、彼には信じられなかった。
彼にとって花とは切り揃えられ、花瓶に生けられているものだった。
このように地面から生えて、まちまちな方向・まちまちな長さに伸びている花など、彼は見たことがなかった。
「これが、ほんとの花‥‥」
顔を近づけると、強い香りがする。切り花からは決して感じられない、生きた香り。
「殿下!皇子殿下!どこにおられるのです!」
「まずい!」
彼は生垣の下に潜り込んだ。服が泥だらけになり、顔や手にひっかき傷ができるが、彼は気にしなかった。
「殿下!」
侍従の声が遠ざかっていく。どうやら気づかれなかったようだ。
彼はそっと生垣から這い出した。
そのとき。
ぐいっと腕を引っ張られ、彼はよろめいた。
見つかったか!
一瞬体が冷えたが、侍従ならばこんなに乱暴に彼の腕を引っ張るはずがない。
振り返ると、そこには黒ずくめの服を着た7~8歳ぐらい‥‥彼と同じくらいの年頃の少年が立っていた。
「なんだお前は!?」
「お前こそなんだ!」
黒ずくめの少年は彼を睨みつける。負けじと彼も睨み返した。
「ここは私の庭だ。お前などが勝手に立ち入っていい場所ではない!」
「お前の庭だと?ここはずっと前から俺が目をつけていた場所だ!」
2人の少年の間で、視線が火花を散らす。
彼は負けてはならじと眉間にぐっと力を入れた。
「この庭は私が産まれたときから私のものだ。父上がそう決めたのだ」
「はぁ?お前、何者なんだ?」
初めて黒ずくめの少年の視線が揺れた。彼の頭から足まで、じろじろと眺め回す。
「名乗るならお前が先に名乗るがいい」
「まあ、道理だな」
黒ずくめの少年はうなずいた。
「俺は空だ。この近くに住んでいる。お前は?」
「私は大南帝国正統皇位継承者、遥だ」
「けっ、皇子サマかよ」
黒ずくめの少年、空は吐き捨てるように言った。
「男のくせに私は!だとさ」
「それの何が悪い。私には立場と責任があるのだ。それに伴った話し方をするのは当然だろう」
遥は思い出したようにつかまれたままの腕を振り払った。
と、ぴしゃりと顔に跳ねかかるものがあった。
「何だ?」
懐から白い手巾を取り出し、顔を拭う。と、その手巾が赤く染まった。
「血!?」
改めて空という少年を見つめなおす。よく見ると空の黒い服はあちこち破れ、肩から流れた血を吸って重く湿っていた。
「空といったな。こちらへ来い!」
遥は空の負傷していないほうの腕をつかむと、庭の中を走り出した。
「声を出すな。いいな」
空を自分の部屋に連れ込むと、遥は侍従の部屋へと向かった。
「殿下!その傷はいったいどうなさったのです!」
ひっかき傷だらけの遥を見て、侍従は驚いた声を出す。遥は面倒そうに手を振って黙らせた。
「生垣でひっかいただけだ。大したことではない。それよりも傷薬と包帯を出せ」
「包帯を使うほどのお怪我をなさったのですか?では私がお手当てを」
「いらぬ。私が自分でやる」
「ですが、殿下」
言い募ろうとする侍従に、遥は少しむっとして見せた。侍従がついてきては、空のことが知られてしまう。
「私の命令が聞けぬのか?」
「‥‥かしこまりました。傷薬と包帯にございます」
侍従が差し出す薬箱を手に、遥は部屋に戻った。
「薬と包帯を持ってきた。その破れた服を脱げ」
「あ、ああ」
肩の傷を洗って薬を塗り、包帯を巻く。たったそれだけのことだが、遥は非常に手間取った。
「下手だな、お前」
「仕方がないだろう。私はこのようなことをしたことがないのだ」
「貸せよ」
空は遥の手から包帯を取り上げた。しかし自分の肩に包帯を巻くのは難しい。
「お前も下手ではないか」
「仕方ないだろ。片手しか使えないんだから」
「では私が手伝ってやる。どこをどうすればよいのだ?」
2人で協力してやっと巻いた包帯は不格好ではあったが、空の傷を保護するには十分だった。
「傷の手当てとは意外に難しいものだな」
「まったくだ。俺も初めてやった」
ふと顔を見合わせると、2人はどちらからともなく笑い合った。
「そこまで破れては、その服はもう着られないだろう。私の服を出してやるから、着替えて行け」
「いや、この程度なら繕えばまだ着られる。気にするな」
「繕う?それはどういうことだ?」
「お前、繕い物も知らないのか‥‥って、皇子さまが繕い物なんか知るわけがないか。つまり破れたところを縫い合わせてまた着られるようにするってことだ」
「そうなのか、初めて知った」
遥がうなずいたとき、空の腹がぐーっと鳴った。
「何だ、今の音は?」
「うるさいな、腹が減ってるだけだ」
「空腹だとあのような音が鳴るのだな。知らなかった」
「そりゃ皇子さまは腹減らしたことなんかないんだろうからな」
「ふむ」
遥は少し考えると、戸棚を開いた。空が脱ぎ捨てた服を拾って押しつける。
「少しそこに隠れているがいい」
「何をする気だ?」
「いいから隠れておれ」
空を戸棚に押し込み扉を閉めると、遥は机の上に置かれた大ぶりの鈴を鳴らした。
「御用でございますか、殿下」
「菓子と茶を」
「かしこまりました」
「本当にいいのか?これを全部?」
「構わぬ。私はいつでも食べられるからな」
「ありがとよ」
運ばれてきた菓子と茶は当然のことながら1人分だったが、遥はそれをすべて空に譲った。
「皇子さまなんてお高くとまってるだけだと思ってたが、お前意外といい奴みたいだな」
「そうか?そのようなことを言われたのは初めてだが」
「いや、お前はいい奴だ。俺がそう決めた」
そう言うと空は一つ手を叩いた。
「あそこ、お前の庭だって言ったな。俺がときどき遊びに来てやるよ」
「遊びに?」
「ああ。友達になろうぜ」
「友達‥‥か」
それは皇子である遥にとって初めての響きだった。
親の決めた「ご学友」は存在する。しかしそれは常に権力のついて回る、打算を前提とした関係だった。純粋な「友達」など、皇子である遥には望むべくもないものだったのである。
「いいだろう。では私のことは遥と呼ぶがよい」
「え、皇子さまを呼び捨てにしていいのか?」
「友達なのだろう?ならば名を呼ぶのは当然ではないか。私もお前を空と呼ぶ」
「わかった。じゃ、これからよろしくな、遥」
こうして2人の少年は出会った。この先彼らを何が待ち受けているのか、彼らはまだ知らない。
最終更新:2022年10月19日 00:05