影響の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■遥:大南帝国の皇子。皇子らしく世間を知らないが?

■空:皇宮の近くに住む少年。皇宮の庭にそれと知らずよく遊びに来ていたらしい。



「なんかこう引っかかるんだよな」
空が腕組みしながら言った。
「引っかかる?何がだ?私が何かしたのか?」
不思議そうに問い返す遥を、空はびしっと指さした。
「それ!その喋り方!」
「とは言っても、私はこういう話し方をするよう教育されてきたのだが」
遥は困った表情になる。これまで当然としてきたことを指摘され、意味がわからなくて混乱してしまう。
「それ自体はわかる。お前は皇子さまだからな。でも俺と同じ年頃の子供がそういう喋り方してると、なんかむずむずしてくるんだ」
「ふむ」
遥は首を傾げる。確かに自分は皇族としてふさわしくあるよう教育されてきた。しかし、空と遊んでいるときは自分もただの少年ではないのだろうか。
「では、私はどのように話せばよいのだ?」
「まず、“私”はやめろ。“俺”だ。せめて“僕”な」
空は得意そうな顔で、指を1本立てて見せる。
「お、俺?」
「そう。とりあえず今日は俺といる間“私”禁止な」
「わかった‥‥やってみよう」
遥がうなずくと、空も満足そうにうなずいた。
「じゃあ、今日は何するよ?」
「そうだな。そもそも子供同士がどのように遊ぶか、私はよく知らないのだが」
「ほら言った!“私”は禁止だって言ったろ!」
「あ!」
空の指摘に、遥は咳払いする。
「子供同士がどのように遊ぶか、俺はよく知らないのだが」
「うーん、なんか合わないな」
言いなおした遥に、空は眉を寄せて考え込む。
「しかしこのような話し方をすると侍従や父上になんと言われるか‥‥」
遥がおずおずと切り出す。が、空は鼻で笑い飛ばした。
「馬鹿だな、お前。俺といるときだけでいいんだよ、こういうのは。皇宮の連中といるときは、お上品にやってろよ」
「なるほど、使い分けるのだな。それならば私、じゃない、俺にもできそうだ」
「よし、言いなおせたな。これからは言いなおすんじゃなくて最初から“俺”にしろよな?」
「努力しよう」

結局2人は、遥の手巾を結び付けた枝に小石を投げてどちらがたくさん当てられるかという遊びをすることにした。しかし、よく手入れされた庭園では小石自体が見つからない。
「見つけたか、遥?」
「いや、こちらにはない。そちらはどうだ?」
「俺も見つからないな」
「見つけられなければそもそも遊ぶことができないのだろう?」
「そうなるな‥‥どうしたもんかな」
少年2人はそれぞれに腕組みをしてうーむと考え込む。
やがて遥がふっと笑った。
「しかし俺はこうやって石を探しているだけでもそれなりに楽しいぞ。このようなことは今までやったことがない」
「そうなのか?」
驚く空。しかしそれは皇族の生活というものを知らない空にとっては無理のないことだった。
「ああ、そもそも外に出ること自体がほとんどないからな」
「へえ、皇子さまってのも結構息が詰まるものなんだな。普段は何してるんだ?」
「主に勉強だな。読み書き、歴史、礼法、軍の運用についても学ぶ」
「うぇ」
空は顔をしかめた。
「俺も一応読み書きは習わされてるけど、あんなめんどくさいこと毎日はできないぞ。お前は毎日やってるのか?」
「ああ、毎日だ。教師が毎日2人ずつ通ってきている」
「うぇぇ。俺なんか3日に一度近所のおっさんに習いに行くだけでめんどくさいのに‥‥あ、そうだ!」
「どうした?」
「ちょっと待ってろ!」
そう言うと空は、生垣をがさがさとかき分けて庭園の外へと出て行った。

しばらくして空は、丸めた上着を小脇に抱えて戻ってきた。
「ほら、これだけあれば十分だろ?」
上着を広げると、中には十個余りの小石が入っていた。
「これを拾いに行っていたのか?」
「ああ、石がなきゃ投げることもできないからな」
そうやって2人は石投げを始めたのだが。
「下手だな、お前」
遥は空が呆れかえるほど、石投げが下手だった。投げる姿勢が崩れているので、石がどこへ飛んで行くかわからない。2、3回はそばで見ている空に当たりさえした。勢いがまったくないので痛くはなかったが。
「何かを投げるなど、初めてなのだ。どうすればまっすぐ飛ぶのだ?」
遥は困り果てた表情をしている。空は楽々と枝に当てて木の葉を跳ね飛ばしているのに、自分はまったく見当違いの方向にぽとりと落ちるだけなのだ。
「まずお前、投げるときに顔を伏せてるだろ。最後までぶつける先を見てろ」
「こうか?」
顔を上げ、石をぶつけようとしている木の枝を見つめる。すると石は相変わらずぽとりと落ちたが、確かに木の方向に向かって飛んだ。
「おお、確かに!次はどうやれば長く飛ばせるかだな!」
こうやって遥は空の指導を受けながら少しずつ石投げを上達させていき、最終的には枝には当たらないものの木の幹には当てられるようになってきた。

「殿下!どこにおられるのです、殿下!」
侍従が遥を呼ぶ声が聞こえてきた。
「もうそのような刻限か。今日は歴史と軍学の教師が来るはずだ」
「大変だな、皇子さまも。じゃあ俺は帰るぞ」
「ああ、悪いが石は持ち帰ってくれぬか。残っていては庭師が咎めを受ける」
「え、庭に石があるだけで叱られる奴がいるのか?」
目を丸くする空に、遥は困ったようにうなずいた。
「すまぬが、俺たちのせいで咎めを受ける者が出てはよくないからな」
「わかった。皇宮ってのは見てて思うより大変なんだな」
それから2人は的にしていた木の周囲を這い回るようにして小石を残らず集め、空の上着で包んだ。
その間も侍従が遥を呼ぶ声は続いている。そのうちに呼ぶ人数が増え、泣きそうな響きさえ伴うようになってきた。
「いかん、そろそろ行かねば今度は彼らが咎めを受けてしまう」
「ほんと、お前の行動って縛られてるんだな。俺なんか夜にでもならなきゃ、いつどこに行こうが勝手なのに」
「皇子という立場では仕方のないことだ」
ふっと笑うと、遥は立ち上がった。
「では空。見つからないよう気をつけて帰るのだ。“俺”は“私”に戻らねばならぬ」
「ああ、次はもっと子供らしい喋り方を教えてやるよ」
「楽しみにしている。では、またな」
「ああ、またな」



「殿下!ああ、またそのように泥だらけに!いったい何をなさっているのです!」
「そう怒鳴るな」
遥は叫ぶ侍従に顔をしかめて見せる。
「し、失礼いたしました、殿下。しかしこの数日、本当に何をなさっているのですか?」
侍従はまっすぐ遥に問いかけてくる。これには遥も困った。本当のことを言っては、空が遊びに来れなくなってしまう。初めてできた「友達」を失うのは、遥にとっては耐えがたいことだった。
「‥‥木の下で寝ていたのだ」
とっさに出た言い訳。しかしそれなりに信憑性はあったらしい。
「それでそのように泥だらけに」
侍従はうなずくと、遥の服の帯の先についていた枯葉を取った。
「しかし汗もおかきになっておられるようですが」
言われてみると、襟元がしっとりしているように感じる。石を投げたり走り回ったりしたために汗をかいたらしい。
「今日は昨日より暑いからな。しかし空の見えるところで寝るのは心地よいぞ」
「では庭園にお昼寝用の寝台をご用意いたしましょうか」
「いらぬ。木にもたれるのが心地よいのだ」
「‥‥さようでございますか」
皇子が木にもたれて地べたで寝る。侍従にとっては信じがたいことだったが、遥がそうしろと言うのでは仕方がない。
侍従は内心眉をひそめつつも、遥の言う通りにするのだった。
「殿下、お勉強の前に一度お召し替えを。その服は汚れております」
「わかっている。着替えを用意しておくように」
「かしこまりました」
遥の指示に従いつつも、侍従は決意していた。
最近の遥の動向はどうもおかしい。侍従長に報告して指示を仰がねばならないと。

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最終更新:2022年10月19日 00:06