蓬莱学園の憧れ
私の名前は伊中純子。
東京都台東区にある全寮制の学校に通う、極普通の高校1年生。
でも、問題があるのよね。
学校が【本土から南へ1800km離れた絶海の孤島】だろうって?
違うわ。違わないけど、違うの。
そこはもう大した問題じゃないわ。
普通な生徒が私しかいないってことが大問題なのよ!
流石、奇人変人天才鬼才があつまる学校だわ!
「スミコは今なにか失礼な事を考えたでござるな?」
これは私の親友でマルセル・アヴリル。
フランス人でアニメ漫画でみた侍に憧れて日本に来た。
学園での最初の友達。
気を抜くと、ござる言葉が出るオタク少女。
「考えてないよ!ただちょっと友達いっぱい欲しいなって思っただけ!」
「スミコもやっと理解しましたか!では教会へ行きましょう!」
「うん 断る」
ここは大教室。
収容人数500人という、まるで劇場の様な机の並びをしたこの教室で、周りの喧騒に紛れながら雑談を繰り返す私とマルセル。
因みに今は授業中だけどね!
授業の内容は「室内降雨学」って言う……何なのかしらね。
「うん 断る」笑顔でマルセルの誘いを断る私。
「何でですか!?一緒に主の教えに従いましょう?お友達もいっぱいできますよ?」
「興味ないのよ、悪いけど」
「……そうですか……」
しょんぼりするマルセルにちょっぴり罪悪感を覚えて別の話題を振ってみる。
「そう言えばクラブ活動は何にしたの?巡回班?」
巡回班とは新撰組の格好をした生徒達で学園の自警団の事ね。
サムライに憧れて日本に来たマルセルが好みそうなクラブなので話題にしてみたのだけれど。
またしょんぼりと肩を落とす。
「……」
「入れなかったでござる...」
「何で?」
「サムライは……guerrierでした」
「ぐぇひ…え?なんて?」
「guerrier…Warrior……戦う人です…私は戦う人では無いので…採用されなかったのです……」
スマホで検索してみた。
巡回班って正式名称は『校内巡回班』って言うのね。
生徒会の外郭団体で治安組織。
新撰組の様な格好で日本刀を主装備として、犯罪に立ち向かう為に武道の心得を求められる……か。
なるほど、確かに腕っ節は必要でしょうね。
犯罪者と大立ち回りなんてあるんでしょうし。
けれど……「諦めるの?」
「私はケンカもした事ありません……サムライはUn rêve dans un rêve」
彼女が視線で伝わったかを尋ねてくる。
私は肩をすくめて返事とする。
「サムライは……こう…なんという……あるようで無い……手に入らない……」
また視線で聞いてくる。
私は推測で返答する。
「幻?…夢?」
「そう!夢!」嬉しそうに笑ったかと思えば、次の瞬間にはまたさっきまでと同じように、肩を落とす。
私とマルセルは親友だ。
マルセルはどう思ってるかは知らないけれど。
少なくとも、私はそう思っている。
だから彼女の落ち込む姿なんて見たくない。
「ねぇマルセル」
「……はい」
俯いたままこっちを見ようともしない。
だから、今回だけ……マルセルを元気付けるために……私は、机に登って仁王立ちになり……「あんたバカぁ?」くぅ恥ずかしい!
マルセルが私を見上げる。
もう一度!
「あんたバカぁ?」
「ア…ス…ミコ…どうして……?」
「フランスから日本までおおよそ1万キロ!身寄りもいない!友人だっていなかった!周りに日本語を教えてくれる人もいなかった!でも!あんたは全部クリアした!」
「Oui……Oui!」
「ケンカもしたことが無い?だったら!して見せなさいよ!武道の心得がない?だったら!始めればいいでしょう!」
「Oui!」
「道場の門を叩くことくらい!1万キロを超えて単身日本へやってくることより簡単でしょう!」
「Oui!C'est vrai !
Faisons-le ensemble ! Sumiko !」
(訳:その通りです!一緒にやりましょうスミコ!)
おっと…何言ってるかわかんないぞ?
とりあえず元気出たみたいだから頷いとくか!
「うぃ!うぃ!」
それから私たちは色んな部活を見て回ることにしたわ。
参考までに巡回班の窓口の先輩から、どんな武道なら良いのか聞いてから見学に行ったのだけれど……。
剣道部では籠手の臭さにマルセルがオロロロしたのでNG。
柔道部はつぶれた耳を見て怖がってNG。
空手部はいろんな流派があったけどフルコンの方が望ましいと、巡回班で言われて見に行って、マルセルがビビってNG。
スマホで該当しそうなものを検索してみた。
いくつか出てきたけれど…
暗器研やコマンドサンボやヘビーファイトなどは、マルセル曰く
「武士道ではありません!」と断られた。
ここは体育系部活動が集まる地区。
色んな道場や体育館が建っている。
中には5階建て体育館を丸ッと使ってるところもあるらしい。
時折、マドンナをさらった奴が立てこもって、彼氏が1階から順に殴り込みをかけたりするのに使われると言う…何だそれ?
ともかくそんなわけで、右も左も道着や体操服の生徒でいっぱいだ。
「スミコ…ごめんなさい……付き合わせて」
「何言ってるのよ。私達は親友でしょ?
れ・みぃよぉぜみって奴よ!」
言ったった!親友って言ったった!
うー恥ずかしい!
あ!違うって言われたらどうしよう!
急に不安になってきたわ……。
こっそり彼女の顔を覗き見る。
「はぁ……スミコ……」
うっわぁ……めっちゃがっかりしてる……やっぱり親友だなんて思ってたのは私だけかぁ……ああ…お父さんお母さん……純子は生涯忘れられないやらかしをしました……ははは……。
「Les meilleurs amis ですよスミコ」
「……え?」
「Les meilleurs amis 親友はLes meilleurs amisです。スミコ…私は今、感動しています。ありがとうスミコ、私の親友」
マルセルすこし涙ぐんでる?
互いの手をとって友情を確かめ合ったのだけれど……周りがめっちゃ見てる!
うぅ…早く離してほしぃ。
その場から離れて木陰で一休みしながら、改めてマルセルの希望を整理してみると…
【日本の武道】が良い。
分かりやすくて助かるわ。
巡回班の先輩は型だけでなく実践形式の技が望ましいと言っていた。
だから、型重視の稽古をするところは除外することになるわ…。
さっきスマホで検索した中には『古武道研』と言うのがあった。
学園にあっては比較的新しい部のようで、規模も大きくはない。
けれど古武道なら実践形式で稽古するだろうし、日本の武道だし、条件を満たすのでは?と彼女を誘って道場へ。
スマホのなびって便利だわ。
到着したのはいいけれど、周りは深い森に囲まれていて道場そのものも厳しい外見をしている。
もう佇まいから迫力がある。
妖怪でも出てきそう…。
マルセルとつないだ手から緊張が伝わってくる。
しばらく出入りの生徒たちを観察する。
耳は腫れ上がってないし、拳もゴツゴツしていない、鼻も曲がってないし、別段臭くもなかった。
今のところ今までの彼女のNGポイントはクリアしてる。
いざ、入ってみようとなったのだけれど、門の前でびびって立ち止まるマルセル。
けれど、ここで引き返したら後がない。
彼女とつないだ手に力を込めて
「いい?マルセル。貴女に残されたのはここだけなのよ?この1歩は1万キロよりよっぽど簡単でしょう?」
「……Oui」
「勇気を出して?侍に臆病者はいないわ!」
「!Oui!……いきましょうスミコ!」
こうして私達は『古武道研』に入部したのでした。
何で私『達』かって?
日本人の悪いくせが出たってことね。
なんでも「(うぃ)」って言っちゃダメってことよね。
今更そんなつもりはなかったなんて言えるわけないじゃない?
涙まで浮かべて感動したって言ってる相手の期待を裏切るなんて、他人はどうか知らないけれど、私はそんなの許さないわ!
流されたわけじゃないの!
断じて流されたわけじゃないのよ!
私は友情を優先しただけ!
道場の門を叩いて初日、とりあえず見学しながら先輩から色々説明を受けたわ。
ここでは色んな流派の古武術を教えてくれる。
剣術もあれば槍や弓、馬術や杖、棒、縄……つまり武芸十八般ね。
〇〇流の剣術と□□流の柔術を習うなんて事もできるみたい。
だからかしら、マルセルは嬉々としてあれもこれもと習うって言い出した。
付き合いで入部してしまった私にとっては辛いものになるかもって思ったのだけれど、壁にかかってる部員の名札を見て一転希望に満ちたの。
そして数日後、私達が柔軟体操をしていると道着に着替えたその人がやってきた。
「かかか!今日こそ師範から一本取ってやるぞぃ!」
その人は私のヒーロー。
保健委員でありながら、弁論部や超常心理学研、そして古武道部に所属している。
兼部は学園生徒の多くがしているらしいけど…もしかして『話して殴って治療する』っていう感じなのかしら…今度聞いてみよう。
そしてその人が私を見つけて
「なんじゃ伊仲ではないか!縁があるのぉ!かかか!」
そしてすぐさまマルセルが私を庇うようにして
「Partez ! Espèce de diable ! Dieu ne vous pardonnera pas !」(訳:去れ!悪魔よ!神はお前を許しはしない!)
「Jésus serait mon meilleur ami, n'est-ce pas ?
Il n'y a rien à pardonner ou à ne pas pardonner.」(訳: イエスなら儂の親友じゃぞ?許すも許さぬもないわい)
何を言ってるかさっぱりだけどまた失礼なことを言ってるんだろうなぁ。
「スミコ!このクラブを辞めましょう!」
「なんでやねん!」
了
最終更新:2022年10月19日 18:26