離別の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■遥:大南帝国の皇子。皇子らしく世間を知らないが?

■空:皇宮の近くに住む少年。皇宮の庭にそれと知らずよく遊びに来ていたらしい。



「何、殿下が?」
「はっ。最近庭園に出られることが多く、その都度泥だらけ、傷だらけでお戻りになっております」
遥付きの侍従は侍従長の問い返しにうなずいた。
「庭園に出られるのであれば泥だらけでも不思議はなかろう。殿下も男のお子だ、これまで泥だらけで遊んでおられることがなかったほうが珍しい」
「さようでございますか‥‥」
事もなげに応じた侍従長に、侍従はやや不満そうな表情を浮かべる。
「しかし先日はあまりにお召し物の汚れがひどく、お召し替えに時間がかかったために先生を待たせることになってしまいました」
「ふむ。そこまでひどい汚れだったのか」
侍従長は眉を上げた。
皇子と言えど男の子。多少のやんちゃは認めるべきだと思ってはいたが、勉学に支障が出るとあっては考えなければならない。
「駆け回った程度の汚れとは思えませんでした。殿下は木の下でお休みになっていたとの仰せでしたが」
「確かに、お休みになった程度でお召し物が汚れるとは思えんな」
侍従長は少し考え込んだ。指先が緩く卓を叩いている。
「殿下が庭園においでになる刻限はわかるか?」
「日によって異なりますが、おおむね朝食を終えられたころが多いかと」
「では次に殿下が出られることがあれば、様子を見に行ってみるがよい」
「よろしいので?」
思わず問い返す侍従。それは皇子を見張り、尾行せよと言っているに等しかった。
「構わぬ。ただ遊んでおられるのならばよいが、万一大怪我などなさることがあってはならない。遊びの内容によっては、殿下が庭園にいらっしゃることをお諫めせねばならないかもしれぬ」
「かしこまりました」



「来たぞ、空」
「よう、遥」
侍従が自分の後をつけているとは知らない遥は、いつものように空が出入りしている植え込みの隙間を訪れていた。
空は植え込みを潜り抜けると、上着をぱんぱんと叩いて埃を払う。
「今日は何をするんだ?」
「そうだな、木登りでもするか。ここは大きい木が多いからな」
「俺は木に登ったことなんかないぞ」
「教えてやるよ」
後をつけていた侍従は顔色を変えた。皇子ともあろうものが、市井の少年風情と下品な口調で対等に語り合い、乱暴な遊びをしている。
これは報告しなければならない。そう決意した侍従は、音をたてないように気をつけながらそっとその場を離れた。
「ん?」
「どうした、空?」
「いや、今そこに誰かがいたような‥‥気のせいか」
空は首をひねりながらも、近くの木に手を触れた。
「いいか、木ってのは登りやすいのと登りにくいのがあるんだ。あまり皮がごつごつしてる木やつるつるしてる木は登りにくい」



「市井の少年だと?」
「は、殿下はかなり親しくしておられるようでした。身の程を知らぬ者です」
「なるほど。ではその少年について調べねばなるまい。方法は問わぬ、造作を確認して似絵を作らせるのだ」
「かしこまりました」



木に登ろうとしてはずり落ちることを繰り返した遥の手足はあちこちすりむけ、服もあちこちが綻びていた。
「やっぱりお前、体を使うことは下手だな」
「仕方ないだろう、俺は外で遊んだことなんて最近までなかったんだ」
「ほんとに窮屈なんだな、皇子さまってのは」
「ああ、今になるとよくわかる。俺の生活は本当に縛られていたんだな。それにしても疲れた」
さっさとよじ登って太い枝に腰かけていた空はそれほど疲れてはいなかったが、何度もずり落ちた遥は息を切らせている。
「どこか休めるとこってあるか?」
「そうだな。草むらなら横になれるだろう」
遥は草むらと言ったが、丁寧に刈り込まれたそこは空には緑色の敷物のように見えた。
「綺麗だな、ここ。こんなにきちんと長さのそろった草なんか見たことないぞ」
「庭師がきちんと働いているからな」
そう言うと遥はごろりと横になった。刈り込まれた草が頬をくすぐる。
「気分いいぞ、空。お前も横になったらどうだ?」
「そうだな」
空も横になる。草の匂いとうっすらとした日の光が心地よい。
「空、何か話をしてくれ」
「話?」
「そうだ。俺はずっと皇宮で暮らしているから、街のことを何も知らない。皇子として、いろいろ知っておきたいんだ」
「なるほどな。それじゃ俺の家のことでも話すか」
横になったまま、空は話し始める。自分の家のこと。両親の仕事のこと。自分もたまに日雇いのようなことをしていること。
話しているうちに少しずつ声が間延びしだし、あくびが混ざりだした。つられたように遥もあくびを始める。
やがて2人の少年は草の上に横になったまま、ぐっすりと眠りこんでしまっていた。



「何者だ!?」
突然の大声に2人は飛び起きた。
侍従と、兵士が3人立っている。
「殿下、その者からお離れください!」
侍従が叫ぶと、3人の兵士は一斉に空に向かって槍を突き付けた。
「やめろ!その者に手を出してはならぬ!」
遥が制止するが、侍従は首を振った。
「なりませぬ、殿下。畏れ多くも殿下の庭園に侵入しただけでも万死に価いたします。いかに殿下と言えど、この者をかばうことはなりませぬ」
「私の命令だぞ!」
「いいえ、殿下。他のご命令ならば承りますが、この件に関してだけは承服いたしかねます」
「なぜだ!?」
叫ぶ遥には答えず、侍従は空の腕をつかんで引きずり上げた。
「幼少ゆえ、死罪は免れようが‥‥両親ともどもの追放はあるものと心得よ」
「なんでだよ、親は関係ないだろ!」
腕をつかまれてぶら下げられた空は暴れたが、槍を突き付けられてはそれ以上の抵抗もできず、うなだれてしまう。
「殿下、こちらへいらしてくださいませ。傷のお手当とお召し替えをせねばなりませぬ」
「嫌だ!空を放せ!そうじゃないとお前の言うことなんか聞かない!」
「我儘も大概になさいませ、殿下。聞き分けのない上に、そのような言葉遣いなど。皇子殿下にふさわしい振る舞いをなさらねば」
そう言うと、侍従は兵士の1人にうなずいて見せる。兵士は進み出ると、
「失礼いたします」
と一言かけるなり遥の身体を抱え上げた。
「何をする!無礼であろう!」
「申し訳ございません」
兵士は謝罪こそするが遥を下ろそうとはしなかった。代わりに侍従がつかんでいた空の腕を放す。
どさりと音を立て、空の体は草の上に落ちた。
「連れて行け」
「はっ!」
別の兵士が空の腕をつかむ。
「空!空をどこへ連れて行く気だ!」
「殿下、お静かになさいませ。そのように叫んではなりませぬ」
「うるさい!空は俺の友達だ!俺から友を取り上げるな!」
遥のその言葉に、空がはっと顔を上げる。
「遥!」
叫んだ瞬間にぐいっと腕を引っ張られ、空はよろめいた。しかしそれにはお構いなしに声を上げる。
「遥、俺はお前の友達だ!何があってもだ!忘れんな!!」
叫びながら、空は引きずられて行った。
その行き先を見ることさえ、遥には許されない。遥をしっかりと抱きかかえた兵士が、急ぎ足で部屋のほうに向かって行った。



こうして2人の少年は引き離された。
その後巡り合うことがまたあるのかそれともないのか。2人はまだ何も知らない。

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最終更新:2022年10月19日 00:07