出自の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■空:皇宮の近くに住む少年。皇宮の庭で皇子である遥と遊んでいたが捕らえられた。

(りく):空の父。車軸を作る職人をしていた。

(せい):空の母。針子をして働いていた。



夜。
空は腰に縄を打たれ、兵士2人に挟まれてうなだれたまま歩いていた。
まだ幼い少年に同情したのか、兵士たちは通常よりかなりゆっくりと歩いている。
ある1軒の家の前で、3人は立ち止まった。兵士の片方が扉を叩く。
「はい‥‥って空!どうしたんだい、お前!」
出てきたのは空の母だった。兵士に連れられた息子の姿に茫然としている。
「母さん‥‥」
口を開きかけた空を遮るように、兵士が前に出た。
「陸、星の夫婦、そして息子の空。間違いないな?」
「は、はい。間違いありません。夫はまだ仕事から帰っておりませんが」
「いつごろ帰る?」
「もう間もなくだと思います」
「では待たせてもらおう」
そう言うと兵士は空の縄を解いた。空はその場にへたり込む。
「空‥‥何があったんだい?」
「母さん、俺‥‥」
「陸が帰宅してからだ。それまでは話すことまかりならん」
空の言葉は再び兵士に遮られた。こうなっては星も空も何も言えない。
じりじりと時間が過ぎる。やがて、
「帰ったぞ」
という声と共に空の父が帰宅した。が、兵士の姿を見て顔色を変える。
「な、何があった!星!空!」
「口を閉じよ」
兵士の片方が、懐から巻いた紙を取り出して開いた。
「職人、陸。その妻、星。および息子、空。皇都からの追放を言い渡す。3日以内に退去せよ」
「何だと!なんだってそんなことを!?」
食ってかかる陸に、もう片方の兵士が憐れむような表情を見せた。
「その子はな、皇宮の庭園に忍び込んでいたんだ。それも何回も」
「な!?」
「空!本当か!?」
うなだれていた空は小さくうなずく。
「そして畏れ多くも皇子殿下を友人扱いして馴れ馴れしい口をきいていたんだ」
「友人扱いじゃない!本当に友達なんだ!」
それまでうなだれていた空が、突然顔を上げて叫んだ。
「遥は俺の友達だ!遥だって俺を友達だと言った!扱いなんかじゃない、本当に友達なんだ!」
兵士はなだめるように空の頭をぽんぽんと叩いた。
「ああ、殿下もお前を友達だとお思いだ。だからこそ追放だけですんだんだ」
「追放、だけ?」
空は不思議そうに兵士を見上げた。追放自体十分重い刑罰に思えるのに、追放だけとはどういうことなのか。
「そうだ。本来なら何度も皇宮に忍び込むような真似、死罪でも軽いぐらいなんだぞ」
「そんな‥‥」
「殿下が何度もお前の命乞いをなさったから、陛下も曲げてくださったんだ」
「遥が‥‥」
空の目に涙が浮かぶ。兵士はもう一度、空の頭を軽く叩いた。
「殿下のお気持ちを大切に思うなら、逆らったりするなよ」
その言葉を残し、2人の兵士は去っていった。



残された空は、両親に事情を説明した。
たまたま潜り込んだ植え込みの先が、綺麗な庭園だったこと。そこが気に入って、何度も通ったこと。ある日、皇子である遥という少年と出会ったこと。遥と友達になり、一緒に遊んだこと。そして遥と2人、草むらで眠っていたところを捕まったこと。
「そうか‥‥」
両親は一言も空を責めなかった。代わりに難しい表情で顔を見合わせる。
「空にもそろそろ話しておいたほうがいいかと思う。どうだ?」
「ええ、お任せします」
そして陸は、正面から空の顔を見つめた。
「空。お前は緑衣人を知っているか?」
「緑衣人?」
空にとっては聞いたことのない言葉だった。
「その昔、この空の彼方にある蓬莱学園という国からやって来た者のことだ。男女の違いはあれど、皆同じ意匠の緑色の服を着ていたという」
「それで緑衣人?」
「そうだ。もともとこの帝国は、緑衣人が築き上げたものだ。今の皇室は、それを簒奪したに過ぎない」
「えっ!?」
空は自分の耳を疑った。
「それじゃ遥は本当は皇子じゃないってこと?」
「そうなるな。遥皇子は簒奪者の末裔ということだ。そして空」
陸は空の両肩をつかんだ。
「お前は緑衣人の末裔だ。帝国を築いた緑衣人の」
「俺が‥‥?」
「そうだ。帝国を築いた始祖の息子が率いていた、えすえすという民の末裔だ」
陸は空中に指で「SS」と書いて見せた。
「人々がよき生活を送れるよう、導く役目を負った民だったという。それがお前の、我々の先祖だ。つまり、帝国は本来、我々のものだったということだ」
「‥‥」
空は混乱していた。父親が言っていることの意味はわかる。しかし実感はできない。帝国は本来、遥たち皇族のものではなかったなど、思いもよらぬことだった。
「いつか帝国を取り戻す。それが我々の悲願だ」
「取り戻す‥‥?」
「そうだ。今回のことはある意味、いい機会だったかもしれない」
陸は薄く笑った。その笑顔に、空はぞくりとするものを感じる。
「SSの末裔は帝国の各地にいる。密かに兵を集め、鍛えている。そこへ合流するときがきた」
「そうしたら、遥は皇子じゃなくなる?」
「そうだな。正当な皇帝陛下は他にいるんだから」
「じゃあ、また俺と遊べるようになる?」
遥が皇子でなくなるならば。自分と同じ立場になるならば。しかし、陸の言葉は冷たかった。
「簒奪者の一族だからな。処刑される可能性もある」
空の頭がかっと熱くなった。
「そんな!なんで遥が殺されなきゃならないんだ!簒奪したのは遥じゃないだろ!簒奪した奴はずっと昔に死んでるんだろ!」
「ならばお前が力をつけろ。SSの中で指導者となれるほどの力を持て。そうすれば皇子がお前の命を救ったように、お前が皇子の命を救えるかもしれない」
「俺が、遥を、救う‥‥」
「そうだ。遥皇子の命は、お前にかかっているかもしれないんだ」
「わかった!俺が、遥を救うんだ!」



「あれでよかったのですか?」
眠っている息子を見ながら、星は夫に尋ねた。
「何がだ?」
「この子は皇子を慕っています。私たちが皇子を暗殺する計画を立てていることを知れば、この子は‥‥」
「そのときはそのときだ」
陸は星から目を背けた。
「我々の悲願は、息子1人よりも重いものだ。もしも空が、我々より皇子を優先するなら‥‥」
そこで言葉を切る。しかしその表情は、その言葉の続きを雄弁に物語っていた。
「いずれにせよ、計画は中止だ。我々がここを去らねばならない以上な」
「そうですね」
うなずいた星は戸棚から紙の束を出してくると、炉の火にくべた。
「また最初からやり直し。でも私たちはまだ生きています」
「そうだ。我々も、この子も生きている。皇子はおそらく後悔することになるだろう。この子を生かして帰したことを」
「ええ。すべては第一生徒官のために」
「第一生徒官のために」
それはもはや彼らには意味の分からない、呪文のような言葉だった。
しかしそれを唱えると、高揚感のようなものに包まれる。そういう意味では、本当に呪文なのかもしれない。
長い年月を越え、世代を経ても、彼らはやはりSSなのだった。

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最終更新:2022年10月19日 00:07