自覚の章
ご注意
この物語は
作中第87話
で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。
主な登場人物
■遥:大南帝国の皇子。空が捕らえられたことで、心境に変化が起こった。
■開:大南帝国皇帝。遥の父。
「父上」
皇帝は硬い表情をした息子をちらりと見やった。
「今日捕らえられた少年についてでございますが」
「そのような瑣事、我が知るところではない‥‥と言いたいところだが」
「父上?」
「よき機会だ。そなたにも話すべきときがきたのだろう」
身振りで腰を下ろすよう指示し、皇帝は持っていた書類を押しやった。
「さて、遥よ。そなたは緑衣人を知っておるか?」
「聞いたことはございます。なんでも遥かな昔に現れた、揃いの緑の衣服を身に着けた者たちだとか」
「うむ、その通りだ。他に知っておることは?」
「いえ、浅学にてそこまでしか存じませぬ」
遥は首を振る。しかし皇帝は鷹揚にうなずいた。
「歴史の中にしか現れぬ存在だ。まだ幼いそなたが知らずとも問題はない」
それから表情を改める。
「これから話すことは、皇族にのみ伝えられる口伝だ。誰にも話してはならぬ。たとえあの空という少年にも」
「‥‥かしこまりました」
「まずはこの帝国の成り立ちだ。この帝国は、ある緑衣人の父が建国したと言われている」
「では我々は緑衣人の末裔なのですか?」
思わず口を挟んだ息子に、皇帝は首を振った。
「違う。それについてはこれから話す」
「‥‥口を挟んで申し訳ございません」
「よい。そなたの知らぬ話、されどそなたに大きく関わる話。気を取られるのもやむを得ぬ」
「はっ」
皇帝は軽く目を細め、頭を下げる遥を見つめた。
「建国者の息子は緑衣人であった。彼は表向き、自らと志を同じくする者を多数率いていた」
表向きは、よりよい生活のために民を教え導く者。それは尊ばれてしかるべき志ではあった。しかし彼の真の志はそこにはなかったのだ。
彼は人々を操り、動員させ、その結果をかすめ取ることを目的としていた。彼に従っていた緑衣人たちがそれを理解していたのかは、今となってはわからない。
しかし、彼らがもともと住まう国に残っていた緑衣人たちは、彼に反旗を翻した。その結果彼は生命を落とし、その野望は途上にて断たれたという。
「‥‥だが、この高原の地に帝国は残った。この地に残った緑衣人たちが、帝国を支配していた」
それは高原に住まう者たちにとって、過酷な日々だった。
彼の遺した思想は、帝国を支配する緑衣人たちの間に息づいていた。SSと呼ばれる彼らは高原の民を支配し、その力をかすめ取った。
「無論、そのようなことが長続きするはずもない。民の間に生まれた不満は、少しずつ大きくなった」
溜まりに溜まった不満は、ある日ついに決壊する。
人々は鋤や鍬を手に、皇宮を襲った。SSの者たちも抵抗したが、高原の民の中に人々を助け、導く一族があった。高原の民が勝利を収めた陰には、その一族の働きがあった。
戦いの中で、その一族はほとんどが命を落とした。そのくらい激しい戦いだったのだ。一族で遺されたのは、緑衣人たちの大部分とほとんど年齢の変わらない少年ただ1人。
「遥よ、そなたは父の名を知っておるな?」
「はい、存じております」
「緑衣人の帝国を打ち倒し、新たな帝位についた少年は、その名を開といった。以来、この帝国の皇帝は“開”と名乗ることになったのだ」
「それでは父上は‥‥」
「うむ。幼き頃は別の名であった」
「その名は何と仰るのですか?」
「もう覚えておらぬ。既に捨てた名だ、覚えておく必要すらない」
きっぱりと答える父に、遥はわずかに身じろぎした。自分の名前を、そんなに簡単に捨て去れるものなのだろうか。
「遥よ。そなたも帝位につくときは今の名を捨て、“開”と名乗るのだ」
「‥‥かしこまりました」
返事が一拍遅れる。自分の名が気に入っていたため。そして、自分の名を呼ぶ少年の声が頭に響いたため。
「さて、ここまではよいな?」
「はい」
「重要なことは、緑衣人どもは略奪者であったということだ。我ら一族は、その悪辣な手から高原の民を守ったのだ。それ故に我らは皇族と認められている。これは末代に至るまで誇るべきことだ」
「はい。私もそれを忘れぬように生きていこうと思います」
それで話は終わりだろう。そう思った遥は立ち上がろうとした。
しかし。
「待て。まだ重要な話があるのだ。その話は過去の話よりもそなた自身に関わってくる」
「私にですか?」
1000年以上昔の話が、自分にどう関わってくるのか。遥には見当もつかなかった。
そこへ、父の言葉が投げ込まれる。
「あの空という少年は、SSの末裔だ」
「えっ!?」
遥は耳を疑った。高原に帝国を打ち立て、民から搾取を続けた緑衣人の一派。空がその末裔だと言うのか。
「侍従らは知らぬ話だ。そなたの庭園に初めて現れたときから、あの少年は監視されていたのだ」
「では私が彼と遊んだりしていたことも‥‥」
「うむ、我を含め一部の者のみが、最初から知っていた」
「なぜですか?」
「SSの末裔であるからだ。皇子であるそなたに不正な歴史を語るようなことがあれば、あの少年の命はなかった」
「歴史の話など、したことはありませぬ」
「それ故に、彼は命拾いしたのだ。あくまでも子供らしく遊んでいた、それだけならば問題はない」
「でもそれならばなぜ、彼は捕らえられたのです!」
問題がないなら、放っておいてくれればよかったのに。子供らしく遊ぶ、それが彼にとってどれだけ新鮮でどれだけ楽しいことだったか。
それなのに、なぜ。なぜ空は捕らえられなければならなかったのか。
「侍従どもが騒ぎ始めた故にな。そなたが衣服を汚したり破ったり、言葉が乱れたり。そういった影響が彼らにとっては喜ばしからざることだったのだ」
「では‥‥では、私のせいなのですか?」
自分がもっとうまくやっていれば。服を汚さないように立ち回ったり、言葉遣いに気を配ったりしていれば。そうすれば、空が捕らえられることはなかったのだろうか。自分は今でも空と遊べていたのだろうか。
「そうではない。今でこそそなたらは幼いが、いずれ成長すれば自らのことを知るようになろう。いずれにせよ、それまでには彼をそなたから遠ざけねばならぬ。理由がどうであれ、そなたらは離れねばならなかったのだ」
「なぜ‥‥なぜ、空はSSの末裔などに産まれたのでしょう?」
「それはなぜそなたが皇子に産まれたのかと同じ理由であろうな」
父の言葉の意味はわかる。しかし腑に落ちない。
なぜ空はSSの末裔であり、自分は皇子なのか。それは決して相容れない立場ではないのか。
それなのに、なぜ出会ってしまったのか。なぜ友となってしまったのか。
「‥‥空は、私の敵となるのですか?」
「それはわからぬ。追放された先で静かに暮らすことを選ぶならば、そなたの敵となることはなかろう」
一瞬ほっとする遥。しかし父の言葉は非情だった。
「しかし昨今、SSの末裔どもに動きがある。民を集め、密かに訓練を施している」
「そ、それでは‥‥」
「うむ。これから10年ほどが山となるであろう」
「10年‥‥」
10年経てば遥は18歳。空も同じくらいの年頃である。もし内戦となるならば、十分戦力たりえる年齢である。初代の開がそうであったように。
「私は空と戦わねばならぬのでしょうか‥‥」
「今は誰にもわからぬ。だが、そなたのためにそうならぬことを祈るとしよう」
「父上‥‥」
父の目は優しかった。皇帝と言えど、父であることは変わらない。皇子という立場上甘えることは許されなかったが、遥は父の優しい目が好きだった。
「よいか、遥。あの少年が関わってくるかは今はわからぬ。だが、SSが蜂起するのはいずれ避けられぬことであろう」
「はい、父上」
「そのとき、そなたはどうする?」
優しくはあるが、どこか冷徹さをもった目が遥を見つめる。
「今の私にはまだわかりませぬ」
「ほう?」
父は面白そうに先を促した。
「私の才がいずれにあるのか、まだわかりませぬ故。軍の先頭に立って戦うのか、それとも後方で策を練るのか。今の私にはまだわかりませぬ」
「なるほどな」
「ですが、いずれにせよ皇族として‥‥この帝国の始祖“開”の子孫として、恥ずかしくない働きをいたしたく思います」
「そう、それでよい。自らのなせることを見極めるのもまた、1つの才であるからな。そなたはその才を持っているようだ」
「ありがたく存じます」
遥は深く頭を下げた。
こうして彼もまた、大きな流れの中に投げ込まれていくこととなるのだった。
最終更新:2022年10月19日 00:08