成長の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■遥:大南帝国皇子。意外な才能を持つことが判明する。

■空:SS末裔。彼にもまた意外な才能が。



それから5年が経過した。
空は家族と共に地方の村へと転居し、遥と会うことはなくなった。
またその間に遥は立太子し、国政にも関わるようになった。当然遊びに費やすことができる時間はすでにない。

そんなある日。
「これは何だ?私はこのようなものを見たことがない」
「はい、殿下。これは陛下を始めごく少数だけが存在を知るものです」
薄汚れ、ところどころにべったりとした黒い染みがついた服を着た男が目を細めた。
それは車輪がついてはいるが、決して車ではなかった。そもそも引くための(ながえ)も見当たらない。頭の部分には等間隔に円を描く3本の突起があり、細長い胴体の下部は鳥の翼のように左右に大きく張り出していた。
「これは飛行機と申します。緑衣人の遺産の1つです」
「飛行機‥‥ということは飛ぶのか?これが?」
「さようでございます。緑衣人はこれを零戦と呼んでおりました」
「零戦か」
遥は零式艦上戦闘機‥‥零戦の胴体に立てかけてあった梯子に登ってみた。
胴体の中には透明の蓋で覆われた小さな部屋があり、中央に置かれた椅子の周囲に時計のようなものやボタンやレバーがたくさんついている。
「ここに入って動かすのか?」
「ご賢察です、殿下。この部屋を操縦席と申します。この中に入って飛行機を動かすことを操縦と言い、操縦を行う人間のことを操縦士またはパイロットと呼称いたします」
「ふむ‥‥」
遥はふとこの機体に乗って宙を舞う自分の姿を想像してみた。
悪くない。むしろしっくり来る。
「そのパイロットとやら、私にもやれるだろうか?」
「可能性はございます。陛下もそのようにご判断なさいました」
「父上が?」
「はい。こちらへお越しくださいませ」



遥が男についていくと、かなり小さな小屋のようなものが目に入った。その小屋からは太い縄のようなものが伸びており、屋外の大きな樹につながっている。
「これも緑衣人の遺産か?」
「さようでございます。これはふらいと・しみゅれーたーと申すもので、この小屋の中は零戦の操縦席と同じ作りになっております」
「この縄のようなものは何だ?」
「ふらいと・しみゅれーたーを動かすために必要なものです。あの雷樹からこの縄で力を導き、ふらいと・しみゅれーたーを動かします」
「なるほど。我らが動くためにものを食べるのと同じというわけだな」
「さようでございます」
小屋の中をのぞいてみると、確かに先ほど零戦で見た操縦席と同じように見えた。ただ操縦席を覆っていた透明の蓋の代わりに、灰色の壁が立っている。
「もしかしてこれは、操縦の訓練のために作られたのか?」
「えっ!」
男は驚いたように遥の顔を見つめた。
「何だ、間違っていたのか?」
「いいえ、とんでもございません。殿下のご賢察に驚いておりました」
そう言うと男は小屋の後ろ側についた扉を開け、何かがちゃがちゃと動かした。
そのとたん、操縦席を取り囲んでいた灰色の壁が輝き、ある風景を映し出した。灰色の地面に白と黄色の線が引かれ、空に向かって伸びていく。その空は遥が知っているこの地の空とは違い、青く明るく澄み渡っていた。
「これは‥‥この空は‥‥」
「緑衣人の国の空にございます」
「こんなに‥‥こんなに青く輝く空があるのか‥‥」
これほど眩しく突き抜けるようにくっきりとした空を、遥は見たことがなかった。
遥の知る空はぼんやりと光る太陽に照らされ、青と言うより黄色がかった白に近い薄明るさに支配されたものだった。いつも霞がかかったように薄ぼんやりとして、照らされるものに淡い影をまとわせている。
「殿下、その椅子にお座りください」
「うむ」
操縦席に座って手渡された硬い帽子のようなものをかぶると、ごごごご‥‥という低い響きが伝わってきた。
「まず地面から飛び立ちます。それを離陸と申します。飛行機の操縦の中では飛び立つことと地面に降り立つことが一番難しいと言われております故、最初は失敗してもお気になさりませぬよう」
「うむ。そのためにはどうすればよいのだ?」
「まず、右手で真ん中の大きな棒を持ってくださいませ。次に‥‥」
男の指示に従い、目の前のスイッチやレバーを操作する。硬い帽子から伝わる音は徐々に大きくなり、最後には男の指示する声すら聞こえづらいほどになった。
「それでは操縦桿を引いてください!」
ぐいっ。
遥が操縦桿を引くと、帽子から響く音が甲高いものに変わった。耳をつんざくような響きに思わず遥が操縦桿から手を離す。
ごごご‥‥ががっ!ずしゃーん!
壁に映し出された空が一回転した。
ついで青い空をバックに赤と黄色の炎が画面を埋め尽くす。
「殿下、離陸失敗です。もう一度挑戦なさいますか?」
「やる!しかし飛行機というものはあれほど大きな音が出るものなのか?」
「さようでございますね。慣れるしかないと申し上げるしかございませぬ」
「そうなのか。面白くなってきた!もっとやるぞ!」



男が驚くほど、遥の上達は目覚ましかった。
ほんの数回の失敗で離陸に成功し、安定した水平飛行までできるようになっていた。
「殿下、今日はここまでにございます。お耳がおかしくなってはなりませぬ故」
「そうか、仕方ないな。これからもっと難しいことをやってみたかったのだが」
「殿下のご上達ぶりは目覚ましゅうございます。私は陛下を含め、何人かの指導に当たらせていただきましたが、殿下ほど簡単に離陸に成功した方はおられませぬ」



一方。
「これが緑衣人の‥‥SSの遺産」
「そうだ、空。これがお前の翼となるかもしれん」
とある村。一見ごく普通の平和な村だが、その住民はすべてSS末裔である。
そしてある1軒の家に、遥が使ったものと似たようなフライト・シミュレーターが存在していた。ただしこちらは一式戦闘機‥‥一式戦用である。
「これがあれば、帝国の打倒は容易いかもしれないな」
「ああ、それは間違いない。これまでは動かせる者がいなかったから宝の持ち腐れになっていたが、お前がやれるなら帝国に対する多大な戦力になるだろう」
父に励まされ、空はフライト・シミュレーターに向かった。

遥と同じく、空の上達もすさまじかった。
離陸の失敗は十数回に及んだが、水平飛行が安定するまでは遥よりも早かった。
大きなエンジン音に遥よりも早く慣れたのが要因と言えるであろう。
また、遥のように止める者がいなかったことも大きい。空は耳鳴りが始まるまでシミュレーターから離れようとはしなかった。



遥と空。2人の少年はそれと知らずして同じ道へ踏み込んだ。
さらに数年後、2人は空中で対峙することとなる。今はまだ、2人ともそれを知らない。

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最終更新:2022年10月19日 00:09