邂逅の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■遥:大南帝国皇子。空戦の才能があることが判明した。

■空:SS末裔。彼にもまた空戦の才能が。



ついに、遥が実際に空を飛ぶ日が来た。
シミュレーターでの訓練を入念に繰り返し、離陸から上昇、水平飛行、下降、そして着陸までをほぼ失敗なくこなせるようになり、そしてついにGOサインが出たのである。
「ただし殿下。慢心だけはゆめゆめされませぬよう。慣れてきて自信がついたころが一番危のうございます」
「わかっている。何かに向き合うときは常に謙虚であらねばならぬ。そういうことだな?」
そう答えた遥は、気負いのない表情でにこっと笑った。
遥の教官を務めていた男は、その表情を見て安心する。これならば遥が慢心で失敗することはないだろう。
「ではこちらへ」
零戦の格納庫へ、遥を導く。
「準備だ!」
男の声に、十数人の男がばらばらと駆けてきた。ある者は胴体のパネルを外して首を突っ込み、ある者はプロペラをつかんで軽く回転させ、またある者は風防を磨き始める。
「殿下、空中は寒いと聞き及んでおります。こちらにお召し替えを」
男はそう言って、くすんだ緑色の厚ぼったい服を差し出してきた。
「これが飛ぶとき専用の服なのだな」
遥は機体の点検をしている男たちが休憩していた小部屋に入ると、着替えを始めた。
厚ぼったくて重そうに思えた服は意外に遥の身体にフィットしている。遥はしゃがんだり腕を曲げたり、あちこちの関節を動かして動きやすさの確認をした。
次に重いベルトを締める。普段使っている帯のように結ぶのではなく、穴に金属の棒を通して留めるという遥にとっては初めての形式で多少戸惑いはしたものの、すぐにがっちりと留めることができた。
最後に手渡された革の手袋をはめる。
「これでよいのか?」
「はい、それで完全です。それでは殿下、こちらへ」
遥が着替えているうちに点検は終了したらしく、周囲にいた男たちは少し離れたところに整列していた。
いつ見ても閉じられていた零戦の正面にある扉が大きく開かれ、薄明るい光を機首に投げかけている。
遥は機体横に設置されたハンドルをつかみながらステップを登り、操縦席に乗り込んだ。
操縦席に遥が落ち着いたのを確認してから、教官がステップとハンドルを機体内に押し込んだ。
それから教官は遥に硬い帽子‥‥ヘルメットを手渡し、外側から風防を閉じる。それで外の音はほとんど聞こえなくなった。
遥がヘルメットをかぶると、耳のあたりの詰め物から教官の声が流れてきた。
「殿下、ご準備はよろしゅうございますか?」
「ああ、いつでもよい」
「かしこまりました。それではエンジン始動!」
シミュレーターで馴染みのものとなった金属的な唸りが聞こえてくる。それはヘルメットだけではなく操縦席全体を震わせて遥を包み込んだ。
遥はいくつかのスイッチを操作する。降着装置の車輪が回り始め、零戦はゆっくりと動き出した。
格納庫から出た時点で一度動きを止めると、格納庫内に整列していた男たちが駆け出してきた。そのまま、機体から少し離れたところに再度整列する。
「行きます!」
「回せ!」
プロペラが回り始める。遥を包み込むエンジンの唸りが、さらに大きくなる。遥の体さえもが、唸りに合わせて震え始めた。
「発進!」
車輪がゆっくりと、そしてだんだん勢いを増して動き出す。速度が十分に上がった瞬間、遥は操縦桿を引いた。

ふわり。

次の瞬間、機体は宙に舞い上がった。地面からのがたがたという振動が伝わらなくなる。
「殿下!離陸成功にございます!」
「わかる。わかるぞ!私は飛んでいる!」
興奮しながらも遥は慎重に上昇を続け、やがて水平飛行へと移行した。そのまま帝国の勢力圏内を一周して皇都に戻る。今回はそういう予定になっていた。



対する空も、この日に試験飛行を迎えていた。
皇子である遥と違い、準備を行うのは空と父の陸だけである。飛行服も、ヘルメットもない。
しかし空は、知らないことではあったが遥以上に落ち着いていた。父は空の性格を知り抜いており、余計な言葉は一切かけなかった。そのため空が必要以上に緊張することがなかったのである。
「父さん、準備できたぞ」
「こっちも大丈夫だ。じゃあ乗り込め」
「わかった」
空は慎重な動作で一式戦に乗り込む。帝国では十人以上いる航空機の整備や点検のできる人員が、SSには空の父を含めて数人しかいない。一式戦に実際に手をかけるときには、慎重にならざるを得なかった。
プロペラが回り、降着装置が動き始める。
「離陸する!」
空の叫びと同時に機体が浮き上がり、上昇を始める。
「飛んでる!俺は飛んでるぞ!」
その叫びは誰にも聞こえなかったが、空にとっては一生忘れられない言葉となった。
水平飛行に移る空。この日の予定は皇都を避けて帝国内をぐるりと一周し、拠点となっている村に戻ることになっていた。



遥と空が前方に見える機影に気づいたのはほぼ同時だった。
「飛行機!?」
「俺以外に!?」
彼らの判断もまた、まったく同じだった。
距離を保ったまま、旋回を始める。零戦と一式戦は同じ円の上を相対する位置を保ちながら、ぐるぐると回り始めた。
「まさか帝国の?」
「SSが飛行機を保有していたのか?」
幸か不幸か、このときはどちらも試験飛行でしかなかったため、弾薬は積載していなかった。そのためお互い攻撃することもできず、ぐるぐると回り続ける。
しかし、燃料には限りがある。いつまでも旋回を続けるわけにはいかない。
先に決断したのは空だった。
まっすぐ遥の零戦に向かって突っ込んでくる。
「な!?体当たりする気なのか!?」
遥は急いで操縦桿を操り、自分の機体を相手の進路から逸らせた。
2機の飛行機は接触しそうなほど近距離ですれ違う。
その一瞬、彼らは見た。
「あれは、空!?」
「遥なのか!?」
見直そうとしたときには遅く、すれ違った飛行機は遠く離れていた。
しかし彼らの目には、相手の姿が焼きついていた。



「どうした、空?予定ではもっと時間がかかるはずだったが」
「それどころじゃない、父さん。帝国側にも飛行機が存在してた」
「何だと!?」
空の言葉に陸は驚きの表情を見せた。
「しかも操縦者は遥皇子だ。間違いない、俺は見た」
「そうか‥‥それは報告しなければならん。空、ついて来い」
「わかった」



「殿下、どうなさったのです?まだお戻りの刻限ではないはずですが」
「SSの飛行機に遭遇した」
「何ですと!殿下、間違いなくSSなのですか?」
「ああ、間違いない。私はこの目で見た。あれは間違いなくSSだ」
教官は慌てた表情でそばにいた男に何か耳打ちした。男は急いでその場を走り去る。
「間違いない‥‥あれは、空だ。私には、俺にはわかる」
遥のその呟きは、誰の耳にも届くことはなかった。

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最終更新:2022年10月19日 00:09