思慕の章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■空:SS末裔。物思いにふける彼は‥‥

(りく):空の父。車軸を作る職人を装いつつ、SSの中核として暗躍している。

(せい):空の母。針子を装いつつ、夫の補佐をしている。

■遥:大南帝国皇子。彼の本当の想いは‥‥

(かい):大南帝国皇帝。遥の父。



試験飛行から戻って以来、空は沈み込んでいた。
帝国側にも航空戦力があったこと、そしてその戦力が他ならぬ遥だったこと。
空にとってはいずれも衝撃的に過ぎることだった。
風防越しに一瞬だけ見た、驚愕に歪んだ遥の顔が忘れられない。おそらく自分の表情も歪んでいたことだろう。
あんなところで遭遇するなど、予想すらしていなかった。それだけに、その衝撃は大きかった。
「遥‥‥まさかお前まで、飛行機に乗ることになっていたとは‥‥」
低く呟く。その呟きは誰にも聞こえていないはずだった。
しかし。
「空。いつまでこだわっている?」
「父さん‥‥」
陸の表情にはわずかながら苛立ちの色があった。
「皇子は、帝国は敵だ。お前も割り切ったんじゃなかったのか」
「わかってる‥‥わかっては、いるんだ」
空はうなずくが、その表情は冴えない。
「皇子を守るために帝国を倒す。お前の考えそのものは間違ってはいない。だが、皇子が直接我々の前に立ちふさがるなら話は別だ」
「‥‥」
「割り切れ、空。皇子が飛行機に乗っている以上、戦えるのはお前しかいない」
「‥‥わかってる」

暗い表情のまま部屋に戻る息子に、陸はため息をついた。
「なぜあそこまで皇子に肩入れをするのか‥‥俺にはわからん」
「そうですね。いったいどうしたんでしょう」
そばで妻の星もうなずく。
「やはり話すのが早すぎたんでしょうか?」
「いや、それはないだろう。この前の試験飛行まで、あんな様子はまったくなかったんだ」
「とすると、皇子のせいでしょうか?」
「そうだろうな。あいつの話では相当仲がよかったらしい。多分あいつにとって唯一の友達と言っていいだろう」
よりによって皇子が友達とは。陸は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「せめて下働きの子とかであればよかったのに」
言っても詮無いことと知りつつ、星も応じる。
「しかしあれほど皇子に肩入れしているとなると、今度の計画はあいつには話せんな」
「あれですか?本当にあの計画を?」
「ああ、実行する」
陸は表情を厳しくした。
「俺たちは間違いなく追い込まれているんだ。使える者は何でも使わねばならん。たとえ、自分たちの甥であっても」

部屋に戻った空は、寝台に転がって顔を覆った。
なぜここまで衝撃を感じたのか。なぜここまで心が痛むのか。なぜ。
頭を去来するのは庭園で遊んだ日々。泥だらけになって疲れきるまで遊んだ日々。
あの日々は、2人で遊んだ日々は本当に幸せだった。本当に。
幸せ?なぜ幸せ?子供が遊ぶのは当然のことのはず。立場上まともに遊んだことのない皇子である遥ならともかく、市井の子供である自分は毎日遊び回っていた。
それなのに、なぜ遥と遊んだ日々だけが色鮮やかに甦るのだろう?
思い返せば、遥以外の子供と遊んだことはほとんどなかった。読み書きを習いに行くとき一緒になる子供とたまに石投げなどをして遊んだことはあるが、そのときの遊び相手はもう顔も覚えていない。
はっきりと覚えているのは遥だけ。
何を話したか、何をしたか。何が面白かったか、何が悲しかったか。今でもはっきりと覚えている。
気まずかったことでさえ、優しい思い出になっている。
そう、遥との思い出だけが。
いつの間にか頬が濡れているのに、空は気づいた。
会いたい。遥にもう一度会いたい。いつしかその思いは狂おしいほどに高まっていた。
その気持ちが何なのか、彼にはわからなかったけれど。



「殿下。なぜ訓練にいらっしゃらないのですか?」
「‥‥気分がすぐれぬ」
教官を追い払い、遥はぐったりと寝台に突っ伏した。
気分がすぐれないのは事実だった。ただしそれは身体的なものではない。
目を閉じると、1つの顔がまぶたに浮かぶ。
風防越しに見えた、驚愕に歪んだ表情。それは記憶の中の顔より確かに成長していた。しかし完全に大人の顔とも言えない。わずかながら幼い頃の容貌を残した、少年の顔。
「あいつの顔なら、どんなに年を取っていても俺にはわかる」
顔を枕に埋めながら、小さく呟く。幼い日、空に教わった口調で。
「俺が飛べば、あいつと戦わなければならなくなる」
それは遥にとっては、耐えがたい事実だった。
しかし飛ぶことは彼にとって初めての、何にも代えがたい快さでもあった。
空と戦うぐらいならば、もう飛ばなくてもいい。
空と戦うことになっても、また飛びたい。
2つの思いが胸の中でせめぎ合う。
ぐるぐると回り続ける思いに吐き気すら感じ始めたとき。
「殿下。陛下がお呼びでございます」

「父上、お呼びでございますか」
「うむ。気分がすぐれぬそうだが大丈夫か?」
「寝込むほどではございませぬ」
とは言うものの、遥の顔色は確かによくなかった。
「試験飛行で別の飛行機に遭遇したそうだな」
「はい」
その言葉に、さらに表情が暗く沈む。
「そなたは相手の飛行機がSSと断言しておったが、なぜそう言い切れる?」
それは遥が一番恐れていた問いだった。
「あれは‥‥あれは‥‥」
言葉に詰まる息子を、皇帝は正面から見つめた。
「言えぬなら我が言うか?」
「いえ!それには及びませぬ!あれは‥‥私にはわかりました。あれは、あれは空でした」
必死に、絞り出すように言う遥。しかし皇帝の反応は遥の想定外に軽かった。
「やはりそうだったか」
「父上‥‥?」
「あやつと戦うぐらいなら飛ばなくてもよい。そう思ったのであろう?」
「‥‥はい」
なぜ父はそこまでわかるのだろう。不思議に思う遥に、皇帝は静かに微笑んだ。
「数日は休んでよい。自らの心とよく向かい合うのだ」

自らの心と向かい合う。
父の言葉は意外なまでに遥の胸に沁み通った。
なぜ空と戦いたくないのか。なぜ空の姿があれほどに衝撃的だったのか。
それを自らに問いかける。
自分の中で空がどんな位置づけにあるのか。どれほどの大きさを持っているのか。
何度も何度も、自らに問いかける。
答えが出ないままに、彼の中で1つの思いが形を取っていった。
大きく膨れ上がったそれは。
‥‥会いたい。空に会いたい。

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最終更新:2022年10月19日 00:10