対立の章
ご注意
この物語は
作中第87話
で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。
主な登場人物
■空:SS末裔。本当の気持ちに気づきつつある。
■蒼:遥暗殺未遂事件の下手人。幼い頃の空にそっくり。
■陸:空の父。車軸を作る職人を装いつつ、SSの中核として暗躍している。
■星:空の母。針子を装いつつ、夫の補佐をしている。
遥皇子暗殺未遂。
その知らせは瞬く間に帝国中を駆け巡った。
生命の危険こそなかったものの傷は深く、回復するまではかなり時間がかかると言う。
空がその知らせを聞いたのは、他ならぬ蒼自身からだった。
遥を刺した丘から脱出した蒼は、そのまま空たちがいる拠点まで逃亡してきたのだった。
「お前が遥を刺したのか、蒼?」
「ああ、言っておくが陸伯父さんの指示だぜ」
「何だと!?」
蒼は空の父、陸の弟恒の息子だった。すなわち、空の従兄弟にあたる。
陸、そして蒼の父は蒼が生まれたときから暗殺者として育てることを決めていた。
そして空が遥の友となったために追放処分を受けたときに、いつか遥のそばに潜入させるため、蒼を白風地方という皇都から離れた片田舎の領主の養子としたのである。
「それじゃ蒼は生まれたときから?」
「そうだ。遥皇子を殺す、そのために俺は生きてきた‥‥まあ今回は失敗したがな、いずれは殺してみせる」
「蒼‥‥」
蒼にはまったく悪びれた様子がない。むしろ、遥に重傷を負わせたことを誇っている。
それは蒼自身の罪ではない。いや、遥を害したことそれ自体は確かに蒼の罪だが、それを罪と感じず誇りと感じさせているのは、間違いなく周囲の教育によるものだ。
蒼は遥を殺すためだけに育てられた暗殺者なのだから。
「お前をそんなふうに育てたのはお前の親父さんなのか、それともうちの親父なのか?」
「両方だよ。空、俺から見ればあんたは幸せだ。少なくとも今の俺の年齢ぐらいまではまともに育つことができたんだから」
空はぐっと言葉に詰まる。
確かに蒼は今8歳。ちょうど空が遥と出会った頃の年齢である。そしてその頃の空は、友達こそいないが朝から晩まで街で遊んでいる、普通の子供だった。
蒼と比べて「まともに育つことができた」のは間違いない。
「蒼、お前はそれでよかったのか?」
「さあ?俺にはわからない。他の生き方なんて知らないからな。だがそれが第一生徒官のためとあれば、受け入れざるを得んだろう」
ここでもまた現れる、「第一生徒官のため」。まだ8歳の蒼ですら、それをさらりと言葉にする。
同じ8歳の頃、空はSSのことも、自らがSSの末裔であることも知らなかったというのに。
「他の生き方をしようとは思わなかったのか?」
「思わなかった。他の生き方がどんなものか、今でも知らないからな」
一瞬かっとした空は蒼に向かって手を上げかけた。しかし、まっすぐに自分を見つめる曇りのない目にその手を下ろしてしまう。
わずか8歳の子供が、暗殺者としての生き方しか知らないと言う。それも事もなげに、それが当然のことと言わんばかりに。
空はこれ以上蒼に何を言っても無駄だと悟った。蒼が悪いわけではない。蒼は育てられたように育った、ただそれだけのことなのだ。
蒼をその場に残し、空は部屋に戻った。
「遥‥‥」
遥が刺されたという脇腹に手を当て、空はそっと呟いた。ふつふつと怒りが湧いてくる。
蒼の話では、遥は蒼を信じ、可愛がっていたという。そんな相手にいきなり裏切られ、生命を脅かされる。それはどれほどの衝撃、どれほどの悔しさ、どれほどの痛みだろう。
空は蒼を責めるつもりはなかった。蒼は他になすすべを知らず、それが唯一の正しい方法だと認識していたのだから。
責められるべきは、蒼に他の生き方を一切教えなかった周囲の大人だ。それが自分の両親と叔父であること。それもまた、空の怒りの一因となった。
何も知らない、無垢であるべき子供。その子供にねじ曲がった知識と生き方を吹き込み、人を殺めることさえも当然とさせた。それが自らの親族である。
空の怒りは当然のものと言えた‥‥彼がSS末裔でさえなければ。
そして彼の怒りには、彼自身意識していないがその奥底に別の側面があった。
それは蒼の身の上に関する怒りよりもずっと素朴で、ずっと純粋な、そしてずっと大きな怒り。
空は単純に、自分の大切な者が傷つけられたことへの怒りを感じていた。それは彼自身気づいていない、いや、見ないふりをしている怒りではあったが。
「父さん、いるか?」
空は父の部屋を訪れた。最近陸は部屋にいないことが多い。表向きの職業である車軸職人の仕事場にいる様子もない。
しかしこの日、陸は自室にいた。忙しそうにいくつかの書類を見比べている。
「空か。何の用だ?」
「今回の件だ」
「今回?」
陸は書類を置いて息子の顔を見た。
「俺は何件も並行して計画を立てている。今回と言われてもいくつもあってわからん」
「蒼の件だ」
「ああ、あの件なら処理済みだ。命に別状はなかったとはいえ遥皇子は2ヶ月は前線に出られん。蒼も無事脱出できた。問題は何もない」
「問題がない!ないだと!」
空はどんっと卓を叩いた。
「あんな子供が、眉1つ動かさずに他人の命を取ろうとすることが、問題ないのか!」
「ない」
陸は冷たく、はっきりと答えた。
「たとえ子供であろうと、蒼はれっきとしたSSの一員だ。蒼の働きはその名に恥じないものだった。繰り返すが、問題は何もない」
「そんな‥‥」
空は自分の耳を疑った。
「蒼は自分の甥だろう!それが人殺しの道を歩んでいいのか!」
「それしか方法がなかった。だからその方法を取っただけだ」
「蒼がどうなってもいいのか?」
「蒼は今の自分に疑問も不満も持っていない。それに問題があるのか?」
「ある!」
父との噛み合わなさに空は再度卓を叩いた。
「なんで蒼みたいな子供が人殺しをしなきゃならないんだ!」
「蒼が一番適していたからだ」
「子供なのに!」
「子供だからだ。蒼のように幼い子供ほど、教えたことを早く確実に吸収する」
「しかし蒼にはもう、他の生き方はできない!」
「ならばしなければいい。SSの暗殺者として生きればいい」
「そんな‥‥!」
空はよろめいた。自分の父親から、こんな冷たい言葉が発せられるとは。
「用件はそれだけか?だったら部屋に戻っていろ。俺は忙しい。皇子が抜けた分、こちらが攻勢に出られる機会が増えたからな」
「‥‥」
「母さん、ちょっといい?」
空は今度は母の部屋を訪れた。母ならば父ほど冷たいことは言わないだろう、そう考えてのことである。
「どうしたの、空?」
星はあちこち綻びた服を膝の上に広げ、繕っていた。それは蒼が逃亡時に着ていた服だった。
「それは蒼の?」
「そうよ。蒼にはこれからも頑張ってもらわなければね」
「頑張るって‥‥」
「暗殺に決まってるじゃない。あの子にできることはそれだけなんだから」
「!」
母の口からすらも、耳を疑うような言葉が発せられた。
「母さんは、それでいい‥‥?」
「それでって?」
「蒼みたいな小さい子供が、暗殺以外何もできないって」
「あの年なら何もできなくて当たり前よ。それが暗殺でもできることがあるのは立派なことじゃないの?」
「暗殺が立派!?」
「そうよ。あの年でもSSの役に立てるのよ。素晴らしいことじゃない」
「また、SS‥‥」
半ば茫然とする空に、星は諭すような口調で言った。
「私たちは何よりもまずSSの末裔なの。それを忘れちゃいけないのよ」
「‥‥SSとは、人がよりよい生活を送れるように教え導く団体じゃなかったのか?」
息子がぽつりと呟く疑問に、星はまっすぐうなずく。
「そうよ。よりよい生活を送る、そのために障害となるものは排除するの。当然じゃない」
「そのためには、蒼みたいな小さい子供にでも暗殺をさせる?」
「できる者ができることをするだけよ」
母の言葉は、この上ないほどあっさりとしていた。
SSとは、そんなにも無情なものなのか。
目的のためならば、幼い子供に殺人を犯させることにも躊躇がないのか。
よりよい生活を送るために人々を教え導く。そのよりよい生活に蒼は含まれないのか。遥は含まれないのか。
SSとはなんなのか。なんのために存在しているのか。
「SSとは何だ‥‥俺とは何だ‥‥」
自分がSSであること。初めて空は、そのことに疑問を抱いた。
最終更新:2022年10月19日 00:11