激突の章
ご注意
この物語は
作中第87話
で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。
主な登場人物
■遥:大南帝国皇子。自分にとって空が特別な存在であることに気づきつつある。
■空:SS末裔。遥に対する気持ちを自覚しつつ、自分のSSという立場に疑問を抱いている。
そしてそれからさらに数年。
遥と空は18歳になっていた。
療養と称して約1年ほど民の前に姿を現さなかった遥だったが、その後再び皇都近郊で飛行する零戦が見られるようになった。
一方の空は少数の手勢を率いて地方の都市を襲い、帝国軍の勢力をわずかながら削ることを何度か繰り返していた。
そしてある日。
「空。今日は飛べるか?」
父に尋ねられ、空は小さくうなずいた。
「遥もまた飛んでいるらしい。俺に飛べないわけがない」
「そうか」
自分の行動について語るために、わざわざ遥を引き合いに出す。空にとっては無意識の言動だったが、陸には危うさしか感じられなかった。
「今度は装備も積ませる。皇子と出会ってもそのまま帰ることはできんぞ」
「わかってる。遥は皇族だ。皇族は敵だ」
言葉だけならば陸にとっては満足すべき返答。しかし答える空の顔は抜け落ちたように無表情で、声にも感情がこもっていなかった。
陸は空に見えないように、小さく首を振った。正直なところ、今の空に任せるのは不安が多い。しかし現状、空以外に飛行機の操縦ができる者はいなかった。
遥はその日も格納庫を訪れていた。
「殿下、今日もおいでになったのですか」
「今日は訓練だけでもよいかと思っていたが、可能ならば飛ぼうかと思う」
「かしこまりました。ただちに準備させます」
暗殺未遂事件以降、遥が零戦に乗るときには必ず機銃の弾丸が積載されるようになっていた。
皇子であり、かつ帝国唯一の航空戦力たる遥が狙われるのはある意味自明であるため、当然の処置と言える。
そして遥は知らなかった。この日、空も飛ぶ予定であったことを。
「あれは!?」
「まさかまた!?」
5年前の初飛行の日。
お互いを認識したその場所で。
彼らはまた遭遇した。
あのときはお互い兵装を持たず、ただ距離を保って旋回するだけしかなかった。
しかし、今は違う。
お互い、機銃および機関砲には十分な銃弾を積載している。
彼らの知らないことではあったが、零戦も一式戦も第2次大戦時には連合国側の飛行機を数多く落とした名機である。
零戦対一式戦の模擬空戦ではやや零戦有利だったと伝えられているが、今回の戦いにおいては装備状況や操縦者の手腕等に不明点が多いため断言はできない。
そう、すべては彼らの腕1つにかかっているのだった。
先に火ぶたを切ったのは、遥の7.7mm機銃だった。
しかし機銃は一式戦の装甲版を貫くことができない。
「ちっ、豆鉄砲め!」
遥は舌打ちすると20mm機関砲に切り替えた。これならば確実に一式戦の装甲版を引き裂くことができる。
対する空は、12.7mm機関砲を発射した。こちらなら火力は十分なはず。
しかし零戦の加速性能は空の想定よりも上だった。空の想像を上回る加速を見せた零戦は、発射された砲弾をやすやすとかわしてみせる。
ついで20mm機関砲が火を噴いた。
ダダダダッ!
機関砲の斉射が一式戦前方の空間を薙ぐ。
中の数発が一式戦の装甲版に穴を空けた。
「くっ!?」
幸い機構のに影響のある場所ではなかったため引き続いての戦闘は可能である。
「ここで負けてたまるか!」
一式戦の12.7mm機関砲が火を噴く。
ガシャーン!
「うわっ!」
12.7mm機関砲の弾丸は、零戦の風防を叩き割っていた。
強風が操縦席に吹き込み、遥は一瞬目を閉じる。
それは明らかな隙だった。
態勢を崩したところへ再度12.7mm砲が叩き込まれる。
遥はすさまじい風圧の中で無理に操縦桿を操り、姿勢を立て直した。
「俺はまだやれるぞ、空!」
12.7mmの砲弾が零戦の風防を引き裂いたその頃。
「操縦席に!?俺はなんてことを!」
空はあくまでも遥を死なせることなく、しかし零戦は無力化するつもりでいた。
だが空の知らないことではあったが、それは空の技量から言えば不可能なことだった。
相手を死なせることなく無力化する。そのためには相手より相当技量が高くなければならない。
例えば今のような空中戦であれば、相手のエンジンや弾倉などの致命的な個所を避け、かつ効果的に相手戦力をそぎ落とさなければならない。
当然誤射などは許されるはずがない。
「死ぬな‥‥死ぬなよ、遥‥‥」
自ら攻撃をしながら、相手の生存を祈る。それは完全に矛盾した心境だったが、空は真剣だった。
「俺はまだやれるぞ、空!」
そう叫びつつも、遥は空を撃墜するつもりはなかった。ただどのような攻撃を受けても粘り抜き、空の戦闘意欲を折ろうと考えていたのである。
その頃には一式戦も不時着せざるを得なくなっているだろう。そうすれば、お互い機体を降りて話し合うこともできるはず。
空を死なせたくない。それもまた、遥の正直な気持ちだった。
一式戦が零戦に真っ向から向き合う。
零戦はそれに合わせて姿勢を整える。
次の瞬間、2機の飛行機はお互いに向けて突進した。
すれ違いざまに零戦の20mm機銃と一式戦の12.7mm砲が発射される。
20mm機銃の銃弾は一式戦の垂直尾翼に、一式戦の12.7mm砲は零戦の片翼に、それぞれ穴を空けていた。
「死ぬなよ、遥!」
「空、生き抜けよ!」
それは空耳だったのか、実際に聞こえた声だったのか。
2人ははっとお互いの機体に目をやった。
満身創痍。
どちらの機体からも黒い煙が噴き出している。
すでにどちらの機体も、まだ飛んでいるのが不思議なほど傷ついていた。
‥‥これ以上、戦えない。戦ってはどちらかが死ぬ。
ほぼ同時にそう思った2人は、またほぼ同時に片手を操縦桿から外し、地面を指さした。
空戦の終了、不時着。不思議なほど、2人の意志は一致していた。
一式戦が先に着陸した。次いで零戦が着陸する。
風防を開いた空がステップに足を預け、地面へと飛び降りた。
しかし遥は降りてこない。
「どうしたんだ、遥!?」
「胴体の‥‥横を見てくれ‥‥」
息を切らせた遥の声がした。空は言われた通り、機体の横腹を見る。そこには引き込み式のステップとハンドルがあった。
「これを出せばいいんだな?」
遥の返答を待たず、ステップに手をかける。
もともと零戦のステップは操縦席からは手の届かない構造になっており、出し入れは地上係員の仕事となっていたのである。
だが。
「これ、どうすればいいんだ‥‥」
零戦に初めて触れる空には、操作方法がわからない。
ガチャガチャやっているうちに、零戦から吹き出す煙がだんだん濃くなってきた。
「まずい!遥、この機体はもう保たないぞ!」
「なら逃げてくれ。十分距離を取って、巻き込まれないように‥‥」
「馬鹿言え!それじゃお前が死んじまうだろう!」
「俺はお前の敵だぞ。SSとしてはそのほうがいいんじゃないのか?」
「馬鹿!!」
空は全身の力を込めて叫んだ。
「俺にはSSなんかよりお前のほうが大切だ!飛び降りろ、遥!俺が受け止めてやる!」
「空‥‥」
遥は操縦席から立ち上がった。その上半身は血まみれになっている。
割れた風防の破片をいくつか取り除いて枠に手をかけようとした遥は、手を止めると反対を向いた。
そのまま、背中から飛び降りる。
「な、何を!?」
高いところから後ろ向きに飛び降りるのは、相当な恐怖を伴うはずである。しかし遥はそれを躊躇なくやってのけた。
受け止めてやると言う空を心から信頼しているのか、それとも‥‥
それ以上は何も考えられなかった。駆けだした空は遥の体の下に入り込み、自分を下敷きにするように受け止めた。
「はる、か」
遥の体の前半分には、ガラスの破片がいくつも刺さっていた。破壊された風防の破片である。
正面から飛び降りては、それが空の体にもささってしまう。だから遥は後ろ向きに飛び降りたのだ。
「遥、お前‥‥」
「お前に怪我させたくないんだ、俺は‥‥」
そう呟くと、遥は意識を失った。
最終更新:2022年10月19日 00:12