そしてまた、出会いの章


ご注意

この物語は 作中第87話 で登場した月光洞内で発行されている雑誌に掲載されている作品であり、ゲーム世界内におけるフィクションです。
登場する人物・団体・国名などは架空のものであり、キャンペーン内に存在するものとは関係ありません。

主な登場人物

■遥:大南帝国皇子。

■空:SS末裔。



「遥っ!おい、遥っ!」
ぐったりとした遥は動かない。口元に耳を近づけてみると、呼吸音が聞こえる。空は少し安心した。
しかし黒煙を上げている零戦から不気味な音が響き始めた。
「まずい!」
空は力の抜けた遥の体を引きずり、後ずさった。
十分な距離が取れたかと思ったその時。
ズガーン!
グワーン!
爆発音が2回続けざまに轟いた。
零戦の爆発を受け、すぐそばに着陸していた一式戦が誘爆した音だった。
「俺たちの飛行機が‥‥」
空は一瞬茫然とする。しかし、腕の中で意識を失っている遥を見て1つ首を振った。
「俺たちは生きてる。まだ生きてるんだ」
きょろきょろと周囲を見回すと、やや離れたところに小屋らしい影が見つかった。
「う‥‥」
遥がうめき声をあげる。
「遥!大丈夫か、遥!」
「そ‥‥ら、か‥‥?」
「ああ、俺だ。大丈夫か?」
「なんとか‥‥少し頭がくらくらするが、多分大丈夫だ」
「あっちのほうに小屋のようなものが見える。そこで休むぞ」
「わかった」
足元をふらつかせる遥に手を貸しながら、空は小屋へと向かった。



そこは大きめの納屋のように見えた。
農具が並べられ、奥のほうには藁が敷き詰められている。
敷かれた藁の上によじ登ろうとした遥を、空は制した。
「どうしたんだ?」
「藁を踏みつぶすのはまずい。俺たちが座れる分だけ取り分けて、別のところに敷くんだ」
「そうなのか、わかった」
遥と空は藁を何束か抜き取り、敷き詰められている場所のさらに奥の暗がりに並べた。
座り込むと、遥の飛行服に突き刺さったままのガラスの破片を手分けして抜き始める。
「多いな」
「ああ、一瞬目を閉じたのが幸いした。そうしなければ、確実に目をやられていただろう」
「‥‥すまん」
「謝るなよ」
破片を抜きながら、遥は笑う。
「俺だってお前を攻撃した。あの状態じゃどこに当たるかなんて運でしかない。もしかしたら破片まみれになっていたのはお前かもしれないんだ」
「そうか‥‥そうだな」
分厚い飛行服のおかげで、大半の破片は皮膚まで届いてはいなかった。残りのほとんども肌を傷つけたにすぎず、負傷と言えるのは数か所に過ぎなかった。
「これ、袖を切ってもいいか?」
空は遥の飛行服の袖を引っ張った。
「構わんが‥‥何をするんだ?」
「じゃあ切るから一度脱げ」
遥が肌着姿になると、空は遥が脱いだ飛行服の袖を大振りのナイフで切り落とし始めた。内側の詰め物がされた部分を細く切り裂いて、仮の包帯を作っていく。
「深そうな傷はこれとこれか。ちょっと待ってろ」
空は農具と一緒に並んでいた木桶を手に取ると、小屋の外へ出た。すぐそばにあった井戸で水をくみ、遥のところへ戻る。それから包帯の残りになった部分を水に浸して絞り、傷の上を拭き始めた。
「痛っ!」
「我慢しろ。傷を綺麗にしておかないと、後で腐るぞ」
「そうなのか!?」
「ああ、俺は何度も腐った傷を見てきた。そうなると傷をえぐり取らないと周囲まで腐り始める」
黙って目を固く閉じ、歯を食いしばっている遥の傷を拭き上げると、空は次に急ごしらえの包帯をその上に巻き始めた。
出血を止めるため、強く固く巻く。今度は理由がわかったのか、遥も何も言わなかった。
「よし、終わりだ」
「ありがとう、空。お前は怪我はないのか?」
「ああ、俺は無傷だ」
視線が合う。
「‥‥初めて会ったときと逆だな」
空がぽつりと言った。
「ああ、あのときはお前が怪我をしていたな」
「お前は包帯を巻くのがものすごく下手だった」
「仕方ないだろう、そんなこと初めてやったんだから」
くすっと笑いが漏れる。
「あれから10年か」
「ああ、10年だ」
いろいろなことがあった。
ただ仲よくいられた日々。引き裂かれた日。お互いの立場を痛感させられた日。戦いの日。
そして今、2人はまた見つめ合っていた。そのまま、沈黙の時間が流れる。
「‥‥蒼を覚えているか?」
突然空が口を開いた。
「あ、ああ。お前にそっくりだった」
「俺は知らなかった。両親が俺の従兄弟を暗殺者として育て、お前のところに送り込んでいたなど」
「従兄弟‥‥そうか、それでよく似ていたのか」
「もし知っていたら、俺はどんな手段を使っても蒼を止めていた」
自分の手を見つめながら、空はきっぱりと言った。
「SSとは人々がよき生活を送れるよう、教え導く民だと俺は聞いていた。そのSSが年端も行かない子供に人を殺す方法だけを教え、実行させる。それは間違っているはずだ。子供に殺しの方法を教えて、よき生活が送れるはずがない」
空は落としていた視線を上げ、正面からまっすぐ遥を見つめた。
「SSのやり方は間違っている。間違った方法をよしとして進むSSに着いて行くことは、俺にはできない」
「空‥‥」
「しかし俺の血は、俺がSSの血を引いていることは変えられん。だから俺は、正しい姿のSSに立ち戻ろうと思う」
「正しい姿?」
「ああ。よき生活を送るため、人を教え導く。それがSSの正しい姿のはずだ。俺はその姿を目指そうと思う。そしてそれならば」
そこで一度言葉を切り、遥に向かって微笑む。
「今の帝国とも、共存していけるはずだ」
再び沈黙が落ちる。
やがて。
「‥‥俺はさっきから、蒼のことを思い出していた」
遥がぽつりと言った。
「蒼を?」
「ああ、蒼は本当にお前にそっくりだった。育ちのために貴族らしいことこそ行えていたが、利発で機転が利き、幼くとも頼りがいがある、それはお前と変わらなかった。俺は‥‥お前にも蒼にも失礼なことだと知りつつも‥‥蒼にお前を重ねていた」
今度視線を落とすのは遥だった。
「お前に会いたい。ずっと俺はそう思っていた。そこへ蒼が現れた。それで俺は、冷静さを欠いてしまったのかもしれない」
「‥‥それが、両親の狙いだったんだ」
空がうなずく。
「俺もずっとお前に会いたかった。そしてそれはお前も同じだと、俺の両親は考えていた。だからこそ、俺にそっくりな蒼を使ったんだ」
「そうか。俺たちはずっと、会いたかったんだな」
「ああ、そうだ」



「‥‥変だな」
空が言った。その声は変にかすれている。
「何か、体が熱いような気がする」
「お前もか‥‥」
応じる遥の声も、上ずっている。
空がおずおずと手を上げ、遥の肩に触れる。
ぴりっ。
その痺れるような感覚は、2人の脳髄を貫くようだった。
遥もそっと手を上げ、空の頬に触れる。
ぴりぴりっ。
あの感覚が、再び2人を貫く。
「何だろう、これ‥‥」
「わからない。が‥‥」
とても心地よい。突き刺すような感覚が、しかし波のように快さを呼び起こしていく。
どちらからともなく、2人は抱き合った。しかし服を隔てていると、あの快さが感じられない。
2人はもどかしさを感じつつ服を脱ぎ去り、そして再度抱き合った。
「あ‥‥」
「はぁ‥‥」
思わず熱い吐息が漏れる。
これまでよりずっと近い位置で、お互いの顔を見つめる。
お互いの呼吸さえも感じられたそのとき。
どちらが先だったかはわからない。
2人の唇は重なっていた。
角度を変え、舌をからめ。そして強く抱き合い。
2人は快さを求めあった。



いつの間にか眠っていたらしい。
「殿下!殿下!ご無事であらせられましたか!」
自分を揺り起こす手に、遥は意識を取り戻した。
知らないうちに、袖を切り裂いた飛行服を再び纏っている。
そして、空の姿はどこにもなかった。
「ここは‥‥私は‥‥」
見上げると、自分の体を揺すっていたのは教官だった。
「ご無事でよろしゅうございました。付近の農民から大きな音と火柱が上がり、見に行ってみると殿下の零戦ともう1機の飛行機が炎上していたと知らせがございましたので、殿下をお探しに参った次第でございます」
「そうか‥‥」
「お怪我をなさっておられるのですか?」
「手当はした。問題ないはずだ」
「では皇宮へお帰りを」
「わかった」



傷の癒えた頃。
遥は庭園へと出た。
幼い頃と同じように、花に顔を近づけてその香りをかぐ。切り花からは決して感じられない、生きた香り。
「ああ、生きている。この花も、私も」
そのとき。

ぐいっと腕を引っ張られ、彼はよろめいた。
振り返ると、そこには黒ずくめの服を着た彼と同じくらいの年頃の少年が立っていた。
少年はにやりと笑うと言った。
「なんだお前は!?」
遥も微笑んで返す。
「お前こそなんだ!ここは私の庭だ。お前などが勝手に立ち入っていい場所ではない!」
「お前の庭だと?ここはずっと前から俺が目をつけていた場所だ!」
2人の少年は笑いあい、強く強く抱き合った。

― 了 ―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年10月19日 00:13