『ジェーン・ドゥと神在月(ハロウィン)』





「ハロウィン?」
「そう!一緒に仮装しようぜ!」

10月30日
セブンの部屋で夕食(秋刀魚の塩焼き、かぼちゃの煮物、揚げ浸し、お味噌汁、麦飯)を頂いてる時だった。

「そもそも日本の風習ではなかろうが」
「いいじゃねぇか『祭りの嫌いな神はなし』って言うし、八百万の神も許してくださるだろうよ!あれ?祭りじゃなくて酒だったか?まあいいや!」
首を傾げて「そんなもんかのぉ?」と呟くジェーンに
「な!仮装して馬鹿騒ぎしようぜ!」と改めて迫るセブン。

「断る」
「とりあえず一回断るってのは辞めようぜ?」
「……ならば最後まで断り続けるとしようかの」
「仮装ぐらいいいじゃねぇか!」
「口に物を入れて喋るでない」
ゴクリと飲み込む音が聞こえて「仮装ぐらいいいじゃねぇか!」
「言い直したからといってせんぞ」
「ジェーンだったら似合うのになぁ……」
「……」
「きっと可愛いんだろうなぁ」
「……」
「せっかく九重が衣装貸してくれるって言うのによ」
「(九重ちゃんが?ちょと気になるの)」
「(お!気になり出したな!)九重が『ジェーンんお姉様の為に!』って用意してくれたんだよ」
「(なんと……)」
「着ないってなると悲しむだろうなぁ」
「(……いや……乗せられてはいかん、絶対面倒なやつじゃし)」
「終わったらモツ鍋なんだけどなぁ」
「(九重ちゃん()のもつ鍋かぁ...美味いんじゃよなぁ…)」
「因みに、仮装して九重の家に集合して飯を食うだけのイベントだ」
「ハロウィンとは……」
「仮装して馬鹿騒ぎする祭りだろ」
「……まぁヨシ!」
「んじゃ、これだ」
そう言ってジェーンの前へ押しやったのは、霧の箱。
「これは?」
「開けてみろよ」
「……着物かの?」中身を手に取りそういうと、続けて「儂、着付けれんぞ?」
「俺が着付けてやるよ」
「ちゃんとできるのか?」
「九重に着せてやってたの、俺だぜ?余裕よ」
自慢げにそう言ってジェーンの肩を叩いた。

10月31日 14:30
セブンの部屋

「似合うじゃねぇか!」
「……」
そこには、黒地に鞠模様の振袖、帯は小万結び(こまんむすび)に結んで頭には禿(かむろ)のカツラを被っているジェーンの姿があった。
どこからみても『座敷童(ざしきわらし)』だった。

「どうした?青い顔して?」
「……この着物……絹じゃろ……それに……結構古い……これ絶対高いじゃろ?」
「あーまぁ…気にすんな!」
ジェーンの心配を笑い飛ばすセブンだが、彼女の不安は深まるばかりだ。
「儂、このレベルのモンを弁償なんぞできんぞ……因みに、いくら位じゃ?」
「(嘘言ってもどうせバレるし……ここは正直に)これぐらいだ」と指を2本立てて示す。
「!な!なん……じゃと……(200万もするのか!)」
「(2000万だからなぁ)安い物(やすもん)だ。気にすんな!」
「儂……誘拐されるんじゃないか?着物目当てに」
「あっはっはっはっはっは!そん時は着物よりお前だろ!」
笑い飛ばすセブンはさらに続けて
「それに誘拐されるようなタマでもねぇだろ」
「着物を痛めやしないかと、不安で力を発揮できん気がする……」
「着物よりお前のが大事だからよ、そん時は全力でやれ」
「(これが……金持ちってやつか……改めて感覚が違うのぉ)」


10月31日 15:00
女子寮前

座敷童に扮したジェーンと
セブンは白い布を頭から被って足元だけがみえている。
その足元はサンダル。
二人は寮を出て町を散策して後に九重の屋敷に向かう予定となっていた。

「ところでお主のその仮装はなんじゃ?」
「なんだと思う?当ててみろよ」
「当てたらいい事あるのか?」
「明日の晩飯奢ってやるよ。その代わり外れたら晩飯奢れよな!」
「儂は肉が食いたいの」
「同感だ。……さぁ当ててみな!」

頭から被った白い布に足元はサンダル……顔に当たる部分は大きな目が描かれておる……これはあの方じゃとおもうが……現代日本で、あの方の仮装など……?



ジェーンは昔を思い出していた。
あれは初めてエジプトへ行った時の話。
この頃のジェーンはまだ転生したことがなく、自分自身でもただ見た目が若いだけだと思っていた頃。

「メジェド様?」
「ええ。【打ち倒す者(メジェド)】という、敵を目から出した光線で倒す神様です」

碑文を黒曜石に刻んでいた神官がそう教えてくれた。
世界には多くの神が在り、手がいっぱいあったり、顔がいっぱいあったりと書くのが大変な神々が多い中で、書きやすい神だないう印象を受けたのを覚えている。

セブンの仮装はそのメジェド様にそっくりだった。


「で?なんの仮装かわかったのかよ?」
セブンの声でメジェド様が聞いてくる。
「うむ。エジプト神話のメジェド様じゃろ!」
「……正解だ……なんで知ってんだよ?」
「エジプトへ行った時にの、聖刻文字(ヒエログリフ)に載っておったのをみたことがあるんじゃ」
「ちっ……色んなとこ行ってやがんな」
「明日はカツ丼が良いのぉ!玉子はとろとろで頼むぞ!かかか!」

10月31日 15:45
かぼちゃの提灯がならぶ学食横丁

学食横丁を歩き始めて間もなく。
「すまん!委員会の仕事が入った!すぐ終わるとは思うが、ひとまず単独行動で頼む!19時には九重ん家(ここえんち)な!」
「ちょ!?おい!……行ってしもうた……」

学食横丁で置いてけぼりの形となったジェーン。
周りには、色んな仮装が行き来している。
「なかなかクオリティ高い仮装じゃなぁ……」
その中でも特に目立つのが【6枚羽の天使が率いる一団】や、それと睨み合ってる【まるでマフィアの様な格好の悪魔の一団】だ。
彼らは浮いて光ったり、硫黄のような匂いを漂わせながら周りが暗くなったりと演出などもバッチリだ。

目を移せば、眼帯で両眼を覆った髪が蛇の女(メデューサ)鏡の盾を持った筋肉男(ヘラクレス)が仲睦まじく、ハロウィンデートの真っ最中だ。

他にも像の頭の男(ガネーシャ)三面六臂の人物(アシュラ)がいるかと思えば、空をドラゴンと箒に乗った魔法使いが編隊を組んで飛んでいた。

「流石、学園生徒よのぉ仮装のチョイスが神かかっておる。神話だけに神かかっておる……くっ」恥ずかしさに一人赤面したのだった。

もちろん中には頭に猫耳つけただけの生徒もいれば、安っぽくはあっても全身仮装している生徒もいる。
クオリティは千差万別。

「一人ではつまらんのぉ」
喧騒の中、ぽつりと呟いた。
その呟きは誰かの耳に届くはずはなかった。
はずもなかったが一瞬、クオリティの高い連中が振り向いたように見えた。

「……?」
「……」
「ん?おお!もう委員会は良いのか?」
振り向くと『頭から白い布をかぶって足元はサンダル。顔のところに大きな目』の……メジェド様が立っていた。

「てっきり時間がかかると思っておったが、意外と早かったの?」
「……」
「なんじゃ?腹が減ったと?この後で九重(ここえ)ちゃんとこで鍋を囲むんじゃろ?」
「……」
「別腹とな?」
大きく頷くのを見て、肩をすくめる。
「まぁ良いわぇ。では、屋台を制覇しようではないか!」


10月31日 黄昏時
かぼちゃの提灯に怪しい灯が灯る学食横丁。

こうして座敷童(ジェーン)とメジェド様は、まるで縁日のような屋台が並ぶ街中をあっちへふらふら、こっちへふらふら。

そんな中……
「臭い臭い!おお!何が臭いかと思えば地獄の底に落とされた生ゴミどもじゃないですか」6枚羽がそう言うと。
「ああん?誰かと思えば、ゴキブリエルじゃねぇか!」尻尾の生えたお洒落なマフィアが、その尻尾で地面をパシン!と叩きながらそう返した。

「な!なな!なんだと!」
「生ゴミにわざわざよって来るのはゴキブリくらいなもんだろ?羽も生えてそっくりじゃねぇか?なぁ?野郎ども!」
がっはっはっはっ!と取り巻きから哄笑が響く。

鏡の盾を持った筋肉男(ヘラクレス)が、髪が蛇の女(メデューサ)にたこ焼きを「あーん」してる。
神話では、敵対関係にあった両者は日本に来て恋仲になったらしい。
(ヘラクレスには『へーべー』と言う奥さん女神がいたと思ったが……)

像の頭の男(ガネーシャ)は手と長い鼻を使い型抜きに挑戦して、三面六臂の人物(アシュラ)はイカ焼き、たこ焼き、焼きとうもろこしをそれぞれの手に持ち、それぞれの口で食べていた。
(あっという間にお腹いっぱいになりそうじゃな)


人混みの中、背の低いジェーンはどうしても周りから見えにくい。
しかも混雑していて、相手が酔っ払いなら尚更だ。

酔った褌姿の生徒がジェーンと当たってよろめいた。
「おぉっとごめんヨォ」

よろめいた先には悪魔の尻尾が在り、踏んでしまう。
「ひぎゃぁ!?」

踏まれた悪魔は驚いて怪光線を出してしまい、当たった屋台がハデに爆発。
プロパンガスのボンベがふっ飛んでいく。
「あああああ俺の屋台がぁあああ!?」

爆発した屋台の近くにいた天使は攻撃されたと勘違いして
「おのれ悪魔め!天罰を喰らえ!」
周囲に雷を落とす。

上空を飛んでいたドラゴンと魔法使いが巻き込まれて
「あんぎゃあああ!」
「あばばばば!」

墜落し、その巨体で衆人を薙ぎ払う。
「ぎゃぁあ!」
「いやぁ!」
「ぺっちゃんこ!?」

魔法使い達は編隊を組み直し
「人間ごときが魔法だと!?おのれ劣等種め!」と上空から魔法の矢を降らす。

デート相手を薙ぎ払われた髪が蛇の女(メデューサ)が怒り心頭「ダーリンの仇!」とマスクを取って周囲を石化していく。
石化を回避できた者は我先に逃げ出し混乱と爆発の連鎖が広がっていく。

周囲は神話級の大混乱となっていた。

あまりの現実離れした事態に、ふとこんなことを考えてしまう。
イシュタル様(おかあさま)のはいらっしゃらないのかのぉ」

混乱と爆発は更に撒き散らかされ、ついにはジェーンも巻き込まんとした時、メジェド様が彼女を庇うように進み出た。

次の瞬間、閃光と轟音と共に一帯が薙ぎ払われていく。

ジェーンにはメジェド様の背中しか見えていなかったため何が起こったのかわからない。
「なんじゃぁ!?なにが起こっとるんじゃ!?セブン大丈夫か!?」

そして轟音が鳴り止んだ時、辺りは更地になっていた。

「いったい……何が起きたんじゃ……」

目の前の光景に唖然とするジェーン。
ふとメソポタミア(ふるさと)の風を感じて、意識が遠のく。
倒れ込みそうになる彼女を支えたのは、柔らかくて温かい……懐かしい何かだった。
「………………。」


10月31日 15:50

かぼちゃの提灯がならぶ学食横丁
道路脇のベンチ

「ん……ん〜……」
大きく伸びをすると背中がバキバキと鳴った。
いつのまにか寝ていたようだ。

「はて?なんでこんな所で寝るんじゃろうか?」
記憶を辿る……。
確か、セブンが委員会に行ったところまでは覚えている。
そのあとの事はイマイチ思い出せないが……休憩の為にベンチに座った所で寝てしまったのだろうと推測した。

「随分と……大変な夢を見た気がするのぉ」残念ながら内容までは思い出せなかったが。

さて、取り敢えずどうするかと立ち上がってお尻の埃を払い、持ち物などを確認する。

盗られて1番困るのは九重(ここえ)ちゃんから借りた着物だが、巾着に入れた財布やスマホもそれなりに心配だ。
巾着の中には財布やスマホ以外にも、細々としたものと……小麦の穂が入っていた。

「はて?入れた覚えはないんじゃが?」
遠く故郷の匂いがするそれを巾着に戻すと、自然と笑顔になってることに気がついた。


遠くに知った顔をみつけた。
約束の時間にはまだ余裕もあるし、何より気分がいい。
ジェーンは声をかける事にした。



※第89話 『そしてまつりのなかへ』 と続く





エピローグ
※第89話『まつりのなかへ』の後

九重(ここえ)の屋敷に遅れて来たジェーンは、待っていたセブンと一緒に鍋を囲った後の事。

「何度も謝っとるじゃろ!」
「……」
「お主が儂の代わりに屋敷の者達に頭を下げてくれた事も聞いておるし、それについて感謝もしておる。とはいえ何度も言った通り迷子の案内をしておったんじゃ……本当にすまぬ」

遅れて来た事については屋敷の者達に謝罪を済ませていた。
だが、セブンの機嫌だけが治らない。

「のぉ……何を怒っとるんじゃ?」
「……」

セブン自身も何を怒っているのか分かっていなかった。
ただ気に入らない何かがあった。

「遅くなった事か?」
「……理由が理由だ…しょうがねぇよ」
「ならば連絡をせんかった事か?」
「それもあるけど……違う」
「……じゃぁなんなんじゃ?」

ジェーンはセブンの隣へ座りその手を重ねる。
「お主の機嫌が悪いと、どうにも座りが悪いんじゃ…機嫌を治してくれんかのぉ?」
「(ああ…分かった、知らない香水の香りだ!……でも、なんでそんなもんで不安な気持ちにならなきゃいけねぇんだ?)」

「どうした?何か分かったかの?」
「香水変えたか?」
「は?……変えとらんが?」
そう言いながら、ジェーンは自分の匂いを嗅いでみる。
確かに普段使わない香りがした。
「これ……昔、神殿で捧げた香に似ておるの」
「……て事は昔馴染みと会ってたって事か?」
「そんな事はありえんの……それにこの香はもう作れんはずじゃし」
何度も何度も匂いを嗅ぎながら考えるが結局「色んなのが混ざって偶然こうなったんじゃろな」と言う結論になった。

「(なるほど偶然か……)ならしょうがないな!」
みるからに機嫌の治ったセブンだった。

「かかか!泣き虫セブンの機嫌が治ったか!」
「誰が泣き虫だ!」
「なんじゃさっきまで泣きそうな顔をしておったクセに!」
「はぁ!?…は…はぁ!?」
「かかかかか!痛!痛ったい!!暴力反対じゃ!」セブンの肩パンである。
「うるせぇ!着物で蹴り足をあげれねぇ今がチャンスなんだよ!」
「くそ!お主それが狙いだったのか!?」
「偶然だが!この偶然を最大限活かす!」
「くっそぉ!この悪魔め!」
「メジェドは神だってんだよ!」


二人の戯れ合いはメイドの大名東が止めに入るまで続き、二人して裸に剥かれて風呂へ放り込まれたのだった。


エピローグ2

宇津帆島のはるか上空。
月明かりに照らされて、一際光る雲がある。

その雲の上。
日本の神在月に合わせて異国の神も集まっていた。
古の時代は集まることすら一苦労。
予定通り集まれるかさえ怪しい時代だった。
それ故に人々の縁結びの会議に一月を要していたのだが、今やその人々のおかげで簡単に移動できるようになり、そこに問題はなくなった。

移動に時間が取られなくなった分、空いた時間で宴会となるのは自然の流れだった。

この宴会を目当てに今や世界各地から、異国の神々も集うようになっていた。

今年は宇津帆島が会場に選ばれていた。

そして今、はしゃぎ過ぎた彼らは正座させられていた。
地上に降りたのは……いい。
姿を見られたのも、ハロウィン中の事だしそれもいい。
魔法だって、宇津帆島での事だ、まぁいいとしよう。
しかし、それが人々に被害をもたらしたのは問題だ。

話し合いの結果、時間の巻き戻しが決まり実行された。

世界中から神々が集う今だからこそ、簡単に採決され実行されたのだが……とはいえ人々に影響が残らなかったわけではない。

むしろ、敢えて影響を残す神々もいた。
それはごく僅かなものとして見逃される程度のものだったが。


ある女神は己のシンボルである小麦の穂を、クルクル回し微笑んでいた。

彼女が微笑むのは、目の前で繰り広げられる『ヘラクレスの配偶神(ヘーベー)×鏡の盾を持った筋肉男(ヘラクレス)×髪が蛇の女(メデューサ)』の修羅場を眺めてかそれとも、地上の愛娘を眺めてか……。



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最終更新:2022年10月19日 18:19