The Day After...(後編)
■天野遥:航空部・海洋冒険部中佐。大南帝国の正統皇位継承権を持つ。
イラストは
らぬきの立ち絵保管庫
から
■仙川郁:ペンネーム“カオル”。『遥かなる空』シリーズの作者。
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■宝城麗矢:理論魔術を追及しつつ、金儲けを日々夢見るホスト系魔術師。健太とはいいコンビらしい。
■西城健太:暢気そうな見た目に反して頭は切れるらしい。あやとりの名手。
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らぬきの立ち絵保管庫
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「はい?」
郁が応じると、
「天野くんが来てるって?」
がちゃりとドアが開き、入ってきたのは麗矢だった。
「あ、宝城。手話研札事件以来だな。そう言えば性愛研だったっけ」
「そうだよ。同じクラスなのになかなか顔を合わせる機会がないな」
「で、どうしたんだ?」
「うん、この件なんだけど」
麗矢は背筋を伸ばすと遥・郁・光一・ティアを見回した。
「どうにも不自然すぎると思わないかい?」
「思う。ピンポイントで俺と‥‥俺の情報が洩れすぎてる」
一瞬「俺と空」と言いそうになった遥だったが、どうにか抑えた。空の件は機密度が高すぎる。
「うん、それが不自然の1点だ。他に何かないかい?」
郁がぼそりと言う。
「反響が大きすぎると思う。人気が出たのは嬉しいけど、ちょっとフィクションを現実にかぶせる人が多すぎるよ」
「あ、いい線いったね、カオル」
麗矢は満足そうに言った。
「そう言えばあの女の子たち、なんで俺を特定できたんだ?」
「それは皇位継承のニュースだろうね。けっこう大きい記事になったよ」
光一がHORONで過去記事を呼びだす。確かにスマホで見てもわかるほど大きな写真が使用されていた。
「帝国皇子で名前が遥。後ちらっと小耳に挟んだんだけど、月光洞ではジェット機が使いづらいから二次大戦期のレシプロ機使ってるんだって?」
「軍が一般に公開してる情報って、俺の想像より多かったんだな」
上を向いてため息をつく遥。
「公開はしてるよ、確かにね。でも士官1人だけの情報が1人歩きしすぎてるとは思わない?」
麗矢の言うことももっともである。
「じゃあ、それも?」
「うん、不自然だね」
「えーと、それってつまり。今は現実とフィクションが混じり合った状態ってこと?」
「その通り」
ティアがおずおずと漏らした言葉に、麗矢はにっこりと答えた。
「それじゃ、その混じり合った現実とフィクションを切り分ければいいんですね!」
元気いっぱいの光一に、周囲から微笑ましい視線が注がれる。
「で、その方法なんだが‥‥」
と、麗矢は考え込む。ここをうまく解決すれば、販売差止請求は取り下げられるだろう。そうすると突報・漫研・性愛研の得られる利益からいくらかいただくことも可能なはず。
しかし麗矢の魔術ではあまり「解決した!」という感じがしない。ありていに言えばビジュアル面に訴えるものが少ないのだ。それでは費用対効果が折り合わなくなってしまうかもしれない。
ここは見た目からしてで一発、わかりやすいアピールを‥‥そうだ!
「知り合いにフィクションと現実の切り分けができそうなヤツがいる。連れてくるよ」
麗矢の電話で呼び出されたのは、背が高くひょろっとした眼鏡の少年だった。少し気弱そうで、どことなくのび太に似ているようにも思える。
「どうもどうも。超統一理論あやとり研の西城健太です。こちらは助手のあ‥‥大月くん」
「大月晃です。よろしくお願いします」
健太の隣でぴょこりと頭を下げたのは、明るい色の髪を伸ばして白いベレーをちょこんとかぶった女の子だった。
「リア充か」
思わず漏らした遥に、
「君には言えないでしょ!」
と麗矢からのツッコミが入る。
「まあ、それはいいや。健太くん、世界の因果律に怪しいところはない?」
「ふむふむ。そうですねぇ」
言うが早いか、健太は空間に手を突っ込むような仕草をした。何もない空間に突き刺さる握りこぶし。
しかしそれが引き戻されたとき。健太の手には青白く光るごちゃごちゃとした塊が握られていた。その大きさは子供の頭ほどもある。
「はいはい。確かに因果律が絡み合っていますね。これは世界2つ分でしょうか」
「普段なら1本の紐がするっと引き出されるものなんですよ」
晃がそばでフォローする。
「ふむふむ。まずこれを解きほぐして、それから因果律の切り分けをする必要がありそうですね。晃ちゃん、手伝って」
「うん!」
それから健太と晃は絡まった光る紐と格闘を始めた。何しろ普通の紐と違って絡まっているからと言って切ってしまうわけにはいかない。少しずつ少しずつ、丁寧に解きほぐしていく必要があるのだ。
じりじりと時間が過ぎる。最初に脱落したのは光一だった。
「すみません、ぼく次の取材に行きますね!」
ポケットにメモ帳とペンを押し込むと、光一は部屋を飛び出していった。
「逃げたな、あいつ」
麗矢が苦笑する。
「まあまあ、仕方ありませんよ。これをほぐすのはかなり根気がいりそうですからね」
のほほんと答える健太の指は、せわしなく動き続けている。
「晃ちゃん、ちょっとこっち引っ張ってくれる?」
「ここ?」
「そうそう。もうちょっと強めに‥‥うん、ありがとう」
息の合った動きでもつれをほどいていく2人だったが、何しろ最初の塊が大きすぎる。全体から見ると、ほとんど進んでいないにも等しかった。
次に脱落したのがティア。
妙に静かだと思った遥が見ると、椅子に座ったままこっくりこっくりと舟をこいでいる。
「あー、退屈しちゃったんだな。悪い、寝かせてやれる場所はあるかな?」
遥が言うと、麗矢はにやりと笑った。
「ここをどこだと思ってるんだい?ベッドならいっぱいあるに決まってるだろ」
眠っているティアを起こさないように遥と麗矢の2人がかりでそっと運び、ベッドに寝かせる。
遥はティアが目を覚ました時に不安がらないように、元の部屋までの道順を記したメモを枕元に置いた。
「過保護だねぇ」
「何とでも言え」
茶化す麗矢と苦笑で応じる遥。
2人が戻ってみると、今度は郁が舟をこいでいた。
「カオルも寝かせるか?」
「男はほっといていいよ」
「えっ!?」
麗矢の言葉に驚いた遥は、まじまじと眠りこけている郁を見つめた。
柔らかそうな髪、ふっくらした頬、華奢な体格。今は閉じているが、ぱっちりした目は黒目がち。どこからどう見ても可愛らしい少女だったのだが。
「そうか、これが男の娘って奴なのか。てっきりボクっ娘だと思ってた」
「まあ、この見た目だからね。カオルはカオルで、いろいろ苦労が多いらしいよ」
それからまだまだ小さくなる気配のない塊に視線を注いだ麗矢はため息をつく。
「健太くん、俺も手伝おうか?」
「それじゃそれじゃ、お願いしますね」
ほっとしたように健太が応じる。どうやら健太ももつれにもつれた因果律の厄介さに手を焼いていたらしい。
「OK。それじゃ‥‥縺れし刻を旧りし因果の流れよ、我にその在るべき姿を見せよ」
麗矢が唱えると、健太と晃の手の中にある塊が強く輝いた。光は少しずつその色を変え、それまで青白い輝き一色だったものが青い光と白い光とに分かれていく。
「うわぁ!わかりやすくなった!」
晃が歓声を上げた。
「ですねですね。青と白に分ければいいんだから、難易度が一気に下がりましたよ!さすが麗矢さん、助かります」
晃と健太の言う通り、それから一気に能率が上がった。みるみる塊が小さくなっていく。
それから小一時間が経過し、眠っていたティアと郁も目を覚ましたころ。
絡まり合っていた紐もほとんどほどけ、小さな塊を残すのみとなっている。
「これがほどければ解決なのか?」
遥が期待を込めた視線を小さな塊に向ける。
「はいはい、そのはずですよ。絡まり合った因果関係がほどければ、それぞれは元の世界に戻るはずです」
「じゃあちょっと待ってくれないか?」
「なんでだ?」
突然待ったをかける麗矢に遥が少し気色ばむ。
「いや、販売差止がかかってるんだろ?お偉いさんたちに声をかけたほうがいいんじゃないかと思ってさ」
「ああ、なるほど」
そして、麗矢に呼ばれた性愛研・漫研・突報、そして航空部と海洋冒険部の部長がやってきて、小さな部屋は満員になった。
「それじゃそれじゃ。これをほどいてしまいますね」
健太と晃が、最後の塊を解きほぐす。
青と白の光を放っていた紐は、すうっとその輝きを減じていった。
しかし。
「おやおや‥‥これは想定外でしたね」
2色の紐はその両端がつながっていて、大きな輪になっていた。
「想定外?」
「なんとかできるのか?」
不安そうな部長たち、そして遥に、健太はにっこりと笑ってうなずいた。
「はいはい、任せてくださいな」
輪になった紐を絡めた健太の指が目まぐるしく動くと、両手の間に大きな2つの星が現れた。
「これこれ。これが重なり合った2つの世界なんですよ。で、これをこうして引っ張っていくと‥‥」
健太は再び指を動かし、それから向かい合わせになった両手を少しずつ広げていった。
その動きに合わせて重なり合っていた2つの星が左右に分かれ、小さくなっていく。
そして星が消えたとき、紐もまたその姿を消していた。
「はいはい。これで物語の世界と現実の世界はきっちりと分かれました。もう混同するような人はいませんよ」
それから数日。
航空部に殺到していた「“遥”という名の部員」に関する問い合わせはぱったりと止まった。
遥の周囲をうろついていた女の子たちも姿を消した。
「どうやら落ち着いたみたいだな」
ほっとして大きく伸びをする遥。その腕にティアが抱き着いた。
「おいおい、どうしたんだ?」
「またハルカを独占できるようになったから」
そう言って小さく舌を出すティアを遥は抱きしめた。
ところ変わって月光洞の土屋農園。
アンゼリカが無理やり置いて行った雑誌のページをめくりながら、耕作は首をひねっていた。
「‥‥わからん。ここで会いたくなるのはわかるが、それは普通友情だろう。なんで恋愛感情まで発展させるんだ?物語自体は悪くないのに、それだけがわからん」
読み終わった雑誌を置いて、次の号に手を伸ばす。
「だからなんで友情じゃないんだ?話は面白いのに、なんでだ?」
次々に読み進め、そして最終回。
「やっぱりわからんが‥‥でも、これはこれでアリなのかもしれんな‥‥」
すべて読み終えて、ぽつりと。
「次回作、あるのかな?」
アンジーの目論見通り?ごくわずかずつではあるが、腐りつつある耕作なのであった。
引き返すなら今のうちだぞ!
― 完 ―
最終更新:2022年10月19日 00:03