Honoka's Short Story

「鉄道屋」

主な登場人物


柊ほのか

賀陽麗奈



賀陽麗奈。
昨日知り合った後輩。壮絶な冒険を繰り広げ、死に別れて....いないよ勝手に殺さないで?

勝手に殺したら祓えない麗奈の怨霊に悩まされるだろう…多分、いや絶対。

鉄道屋の朝は早い。今日は早く出なければいけないのだから体に応える。
弁天寮から出るとまだ夜明けは迎えてない島の空を見上げてみる。
「...サザンクロスは見えない…か」
足早に委員会センターに向かう。出勤、交代はここで行い、鉄道委員会の制服に着替える。
「...…。」
暗く落ち着いた紺のブレザーに腕を通す。胸には「柊 ほのか 路面電車運転士」と書かれた名札が光る。ロッカーに私服と荷物を押し込み、サイドバッグには手帳と飲み物に小説本、後は運転に関する必要なものを詰め込んで更衣室を後にする。
朝だからか。控え室に人が少ない。変則的な24時間勤務を可能としているのはカウンターの奥にいる人にある、と実感しながらそのカウンターに足を運ぶ。
すると近くでPCに向かってた一人がカウンターを挟んで反対側に立つ。

「柊ほのか、応援日勤勤務の為、朝5時までに出勤しました。健康状態に異常はありません。」
淡々と出勤の点呼を取る。普通ならこんな時間に勤務は無いはずなのだが、今日勤務に入っている人が急に体調を崩したらしく、朝4時に叩き起こされたのだから堪ったものではない。
自然に言葉にも不満が混ざる。
だがカウンターの人は気にもせず、「では安全綱領唱和します...」とルーティンをはじめる。
安全綱領(鉄道の安全を守るために心がける3つの標語)を唱和し、運転前の点呼を取る。

点呼が終わると渡されたダイヤグラムと時計を見て控え室を出る前に一言言って外に出る。
朝ぼらけ、と言えるぐらいの夜明けの中、委員会センター前の電停に立つ。
電停に立つ生徒は疎ら、これが日中生徒でごった返す電停とは思えない。
「...この静かさは、僕たちだけの特権だよ...♪」
と、ボソリと独り言を言う。「たち」と付けたのは委員会の人たちが居るから。

「みなと前」と「電車がまいります」の電灯が点くと遠くから路面電車がヨタヨタと走ってくる。
単車でそこそこ古い車両。丸みを帯びた前面が印象的。前面は 「[3] 十字路 みなと前」と出ている。
目の前で停まると扉が開く。生徒は居なかったようで少しすると運転士が出てきた。

交替点呼と軽い挨拶を交わすと電車に乗り運転席に座る。バッグはイスの下に置く。
出口の扉を閉め、出発しようと乗り口の扉を閉めようとしたところ走ってくる1人の生徒の姿が。

「...こんな朝早くから...暇なのかな...」と思いながら乗って来るのを待つ。
息を切らしながら乗ってきた生徒に見て思わず一瞬固まる。

「麗奈...?」とボソリ呟き扉のスイッチを弄る。ブザーの後に圧縮された空気が抜ける音がして扉が閉まる。
マイクを通し「発車します。」と言い、自動放送のスイッチを押す。
ブレーキレバーを捻ってから力行のハンドルを捻ると電車はゆっくり動き始めた。
下から唸りを上げる吊り掛け駆動のモーターの音を聞きながら電車は委員会センターを後にする。
途中の小さな電停に停まると、麗奈が近づいてきた。

「あれ...?もしかして...ほのかちゃん?」
案の定話してきた。
チラッと車内を鏡で見てからマイクを通さず
「...運転中は運転士に話しかけないこと…」と小さく言う。
今は運転していないが、運転室の後ろの壁側には「走行中、運転士に話しかけないでください」と注意書きがある。
「え、あ、ごめん...」と、ちょっと慌てて麗奈は出口側とは反対、運転室が良く見える席に座った。

落ちつかないことこの上ないのだが、今、麗奈は乗客でほのかは運転士である。運転士が「目障り」と言う理由だけで遠ざけたら待っているのは批判と突撃報道班によるプライバシーのかけらも叩き割る勢いの取材だ。
しかし、麗奈はそこに座ったきり、書類に目を落としこちらに目もくれない。
(そういえば、彼女は副会長の補佐に、後何か特殊な委員会に所属していたね...こんな朝早くから大丈夫だろうか...僕は心配だよ)
と思うと、ブレーキングがいつもと比べて荒くなって列車を揺らした。

夜の帳が明けていくにつれて、電車も歩みを進める。
弁天川を通り、ちょっと遠回りした電車は十字路を過ぎ、新図書館に向かっていた。
「この電車は、体連前、病院前を通ります、みなと前行きです。」
自動放送が経由地を放送する。新図書館からはまた違う路線が延びている。よく乗り間違いが起きることから新しく追加された放送だ。
ふと車内を見る。車内は緑色の制服を着た生徒が大半を占め、他は私服やジャージである。
信号待ちのために新図書館前の電停の少し前で停まる。その時に後ろを振り返ってみると
麗奈はファイルを手にしたまま気持ちよく眠っていた。
視線を前に戻し、(やっぱりか...)と軽く息を漏らすと信号が「進め」の表示を出す。
ゆっくり滑り出した電車は停まるときもまたゆっくり、まるで寝ている人を起こさないように気を使ってるように新図書館の電停に滑り込んだ。

新図書館で半分降りる頃にはすっかり夜は明け、日が昇ってきていた。
新図書館から乗る人は少なく、乗降を終えた電車は図書館を後にする。
唸る吊り掛けのモーター音は鉄路に向かって目覚まし時計のように鳴り響く。
ただし、ほのかにとっては慣れてしまったこのモーター音は眠気を誘ってくる。みなと前電停はもうすぐ。
駅に着けば9時まで留置。留置中は好きなことをしても構わない。車内で寝るも、駅の休憩室でトランプや麻雀するのも自由。
ほのかも終着で客を降ろしたら車内で寝ると心に決めていた。




「次は、終点、みなと前、みなと前です。」
自動放送が終点駅を連呼する。みなと駅は頭端、2面4線のそこそこ大きいターミナルだ。
「信号...警戒、制限25、4番到着...まもなく終点みなと前です。お降りの際は運賃箱に運賃、もしくはICカードリーダーにICカードをタッチしてお降りください。」
と車内放送を淡々と言いながら列車を駅に止める。

ドアを開けると緑色が目立つ乗客はぽつぽつと降りていく。
一度駅に降りて体を伸ばしつつ、方向幕を見る。
そこには「0 回 送」と出ていた。

「よし、大丈夫。」と口にしてまた車内に乗り込んで扉を閉める。
と、見慣れた寝姿が目に入った。
「.まったく...」
麗奈が気持ちよさそうにまだ寝ていたのだ。

気持ちよさそうに寝ている麗奈を見てほのかの心には2つの考えが芽生えた。
1つは運転士としての義務を果たして起こして降ろすか。
1つは運転士としての義務を果たしたふりをして一緒に寝るか。
もちろん回送列車の中に乗客を乗せたまま閉めきるのは重大なる事案となる。
だが麗奈のことを考えるとどこと知らない駅で放り出すのは自分の良心に応える。
ほのかは持ってきたサイドバックに入ってる手帳を取り出して考え始めた。
「ん...」
ふと声がして顔を上げる。
「あれ...私寝てた…?」
麗奈がぼーっとした目で見ている。
一瞬迷った顔をしたほのか。
だがそんな麗奈を見て口に出来たのは、
「寝てたよ。寝過ごしまでしてね。でも僕はそれを咎める気は無いよ。
僕だってここで寝るつもりだったから。また電車が動くときに起こすよ。」
友達として見逃す免罪符の言葉だけだった。

それを聞いた麗奈はにへらっと笑ってまた目を瞑って寝息を立てた。
「...僕も隣に寝てもいいかい?」
麗奈の隣に座るほのか。とん、と麗奈の肩に頭を乗せて目を瞑る。

ーふふっ、心地良い...このままずっと寝ていてもいいかな。

二人が眠る路面電車の窓から暖かい日差しが差し込む。
ちょっと早いお昼寝には丁度良い日差しだった。

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最終更新:2021年12月06日 00:55