『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第一部』
11月20日 放課後
委員会センタービル1階、裏口近く。
白いヤブ医者ことジェーンの診療所。
「クリスマスに温泉旅行とな?」
「そぉですよセンセェ…温泉行く約束してたじゃないですかぁ?」
「うむ。温泉は行く約束はしたの」
今年の宇津帆島は異常気象で本土並みに寒い。
外では寒風が吹き、落ち葉が円舞曲を踊る季節になっていた。
そんな放課後。
ストーブにヤカンとお餅を如何に芸術的に並べられるかと、唸っていた最中のことだった。
「だからぁクリスマスに温泉旅行行きましょう?」
「……クリスマスのぉ」
「それとも、もう予定があるんですかぁ?」
「ふぅむ……」この診療所の主、銀髪金眼、右眼を黒い眼帯で覆っている白ゴスなロリッ娘ジェーンは、この診療所の看護婦長である、那須ゆき(本名:那須幸男)に誘われて悩んでいた。
そもそも、祝われてる彼自身に誕生日を祝う習慣などなかった。
そのうえ不老転生体であるジェーンは3000年以上の人生を生きている。
その中で彼女の信仰は『愛と美・戦と王権・豊穣の女神であるイシュタル』へ捧げられている。
それを自分よりも年下の人物に信仰を寄せるはずもない。
故にクリスマスに特別何かすると言った事もない。
しかしながら、ここ数年は特定の人物から誘われて宴会に参加するようになっていた。
おそらく、今年もそろそろ誘われる時期なのだ。
「ねぇセンセェ?予定がないなら行きましょうよぉ?」
「予定はないと言えばないが、あると言えばあるんじゃよ」
「……あの赤いデカクソ女ですか?」
「誰の事か知らぬが、もし、わしの知ってる女の事なら、其奴の名誉のために、お主と決闘する覚悟をせねばならんの」
そう言って那須の眼をじっと覗き込む。
ジェーンは右眼を眼帯で覆っているので実質隻眼であるが、それがまた見るものを威圧する。が、例外も存在する。
「(ああ!カッコいい!この力強い視線がたまらないわぁ!)」
那須はブルリと震える。
「(震えておるのか…怖がらせてしもうたの…反省せねば)」
「ごめんなさい、センセェ。誰の事でもないの。ホントにごめんなさい」
そう言ってジェーンの手を取って、その手を抱きしめるように包み込む。
「ふぅ……ならば良い。だが気をつけよ【言葉は人格に成り、行動になり、習慣となって人生になる】古い言葉じゃが真理の一つじゃ。お主にはより良い人生を送って欲しいのでな」
そう言ってジェーンは那須の頭を抱きしめる。
「(あわわわ柔らか!いい匂い!あわわ)」
「あ……お主鼻血が出とるぞ!」
「あ!……センセェ!ごめんなさい!鼻血がついちゃいました!?」
「なぁに、白衣に少し付いただけじゃ。それより、のぼせたのなら横になっとけ、水を用意してやろう」
「ありがとセンセェ」
今日も閑古鳥がなくジェーンの診療所のベットに潜り込んだ那須は、コップに氷を入れて準備する想い人の背中を見守って、さらに顔を赤くするのだった。
※※※※
11月22日
リモート会議
「今年は神戸へ戻ろうと思うんだ」
『え?……えっ!?』
毎年恒例になっているクリスマス宴会
その予定確認。
リモート定例十人会議での一幕。
十人会議とは葉車十人兄妹の家族会議である。
時には、世界経済に影響を与え、時には妹達のスカート丈に文句を言う……。
そんな兄妹達の話し合いの場であった。
1箇所に集まることが難しい彼等はリモートで会議を行なっている。が、第三子三男の三月、第四子四男の肆楼、第五子長女の五葉、第六子次女の六花、第九子五女の九重は島内にある九重の屋敷からのアクセスしている。
画面越しでは寂しいということから、フルダイブ式の仮想空間で会議をしようと言う意見もあるが、実用化にはもう少し時間がかかる見込みだった。
在校生である兄妹達は、年末年始を実家で過ごすことはあっても、クリスマスは学園で馬鹿騒ぎするのが恒例だった。
今回の議題も『みんなで宴会やるよね?』っていう予定の確認に過ぎなかった。
しかし、第七子で三女の奈菜 通称セブンが……親と喧嘩して以来、実家へ帰ったことなど一度しかないセブンが……実家のある神戸へ行くと言っているのだ。
兄妹達は驚き『ついに仲直りするのか』と歓迎ムードだ。
「ジェーンを案内してやろうと思ってよ」
『……ジェーンと言えば毎年、奈菜が友人として連れてくるあの小さなお嬢さんだろ?』
「ああ、どうせ年末にはお祖父様へ挨拶するつもりだし、前乗りしようと思ってな」
『奈菜お姉様本当にクリスマスに戻って来られるのですか!?』
本土の小学校に通う末の妹の十美恵が、画面の向こうで喜んでいる。
「ああ。ダチを1人連れて行くからよ!楽しみにしとけ」そう言って満面の笑みを浮かべるセブンだった。
その後も話題を移しつつ会議は続き、セブンが親と仲直りするかどうかという事については、遂に触れられないままに終わるのだった。
※※※※
11月23日 朝
セブンの部屋
今朝は一段と冷え込んでいる。
弁天寮の自室で登校の準備をしながら、TVをながら見しているセブン。
『今年は異常気象の所為で非常に寒い冬となります。今夜にでも初降雪があるでしょう。』
TVから流れてくる情報に雪かと呟いて、しまい込んでいたコートを探し始める。
TVは情報を流し続けていた。
『インストールするだけでコンピューターの性能を飛躍的に上げると世界中で話題となっていた【演算補助アプリ:Om-E-Kne】について、アメリカ国防総省はプログラムにブラックボックスが存在するとして、政府関係機関での使用を制限する方針を……』
※※※※
11月23日 放課後
ジェーンの診療所
セブンはその入り口で固まっていた。
そこは下着姿で戯れ合う女、女、女。
まるでハーレムのようだ。
そんななか奥の玉座(実際にはいつもの椅子だがセブンにはまるで玉座のように見えた)に座るジェーン。
「ジェーン……お前……とうとうやりやがったな!?」
戦慄きながらジェーンへと歩みを進める。
あと数歩というところで、背後でドアが閉まる音がした。
慌てて振り向くと、ジェーンの部下の那須が後ろ手にドアを閉めたところだった。
「開放厳禁ですよ」そういって微かな笑みを浮かべる那須。
「解放……厳禁だと!?……ジェーンお前そこまで堕ちたのか!」
「何を言っておる……これこそが儂じゃろう」
そう言って薄く笑うジェーンに「センセー早くしてくださいよ!風邪ひいちゃうじゃん!」と下着姿の女生徒がいう。
「うむ、定期検診なぞサクッと終わらせようではないか」
「……定期……検診……?」
「センセェ?委員長閣下は『定期検診』をご存知ないようですよぉ?」
「……健康診断ではなく?」
「うむ、性愛研企画、生活委員会協賛の定期検診じゃ。クリスマスも近いでな」
セブンの表情を見て
「なんじゃイマイチわかっとらんな?」
「センセェ、委員長閣下はぴゅあっぴゅあなんですよぉ」那須がくすくすと笑う。
「よいよい。知らぬで困ることもない」
「センセーはやくぅ!」
「うむ、セブンよ急ぎでなければ寮に戻ってから聞こうぞ」
セブンは「もういい!」と顔を真っ赤にして言い放ち大股で立ち去る。
部屋を出て行く際に、那須がぽつりと呟いた。
「貴女には勿体無いわ」
セブンの耳にだけ届いたその言葉は、彼女の胸に深く突き刺さるのだった。
※※※※
11月23日 放課後
委員会センタービルと執務室
委員会センタービル前の大階段を降りて右へ曲がって少し。
通称『屋台通り』
最盛期には100件近く屋台が軒を並べたこの通りは、取り締まりにより今や30件ほどまでその数を減らしている。
公式な理由は『治安維持』『衛生管理』となっている……が、関係者の一部はそれが本当の理由ではない事を知っていた。
本当の理由、それは『執務室から見える景観を損ねるから』というものだった。
この個人的な理由にもっともらしい理由をつけて実行に移せるのは、かなりの権力者でなければできないはずだが……彼にはそれができた。
委員会センタービル上層。
生活委員会副委員長執務室。
照明の光度が抑えられ、まるで上等なラウンジのような雰囲気を醸している。
ヤッターeatsでお料理研のステーキハウス「アノニク」から取り寄せた二人前のステーキセットとコーヒーを前に彼は呟く。
彼の名前は『嘉木城響』という。
この部屋の主。
「あと少しなのに……鬱陶しい……」
彼は真面目ではあったが、清廉潔癖かと言えばそうではない。
一目惚れした女生徒のデータを『不正取得』し密かに行動を監視させるという一種のストーカーであった。
組織を利用した大胆な行為ではあるが、普段はむしろ小心者だといえる。
「あそこにはね、違法な屋台がひしめいて居たんだよ。けれど、見苦しいだろう?僕が撤去させたんだよ」自慢げに話す。
『屋台通り』の屋台の多くは違法営業ではあったものの、正規の手続きをとって営業しているところもあった。
そして今残っているのは、その正規の手続きを踏んだものたちだ。
しかし、約100件あった屋台が30件まで減った事に気持が大きくなってる彼は、その30件さえもなんとか撤去させたいと思っていた。
「My honey 君はいつ見ても美しいが、たまに見せる物憂げな顔もまた一層美しいね」
嘉木城はそう言って、向かいの席に声をかける。
そこには手がつけられていない料理がそのままに、席の主の姿は無かった。
「……もうすぐ……君に、この美しい夜景を見せてあげれるよ……喜ぶ顔が楽しみだ」
コーヒーを飲みながら嘉木城は思いを馳せる。
思い描く夜景を作り出した自分に、彼女が満面の笑みを向けてくれる様を。
※※※※
11月23日 夜
弁天寮・セブンの部屋
電気もつけずベットの上で丸くなってじっとしている。
明かりは窓から入る月明かりのみ。
今日の放課後、勘違いから恥をかいた。
それは……まぁいい。
知らぬ事なら知ればいい。
勘違いなら正せばいい。
それだけのことだ。
けれど、帰り際に那須の言った【貴女には勿体無いわ】という言葉が、抜くことのできない棘となってセブンの心に刺さっていた。
「(俺とジェーンが釣り合わないって言うのか?俺たちは対等だと思っている……もしかしたら自分の方が世話を焼いてると思うことすらある……それなのに、まるで……)」
イライラする。
ジェーンを思い浮かべる。
「(見た目は小学生だ……胸はある方だろう……けど、そう言うことじゃないはずだ……顔は整ってる……かわいいと言うよりカッコいい……けれどこれも違う……と思う)」
寝返りを打つ
「(時々……大人に見えることがある……内面の話か?……でも、普段のあいつを見てればとてもそうは見えない……)」
「(俺の知らないジェーンを那須幸男は知ってるって言うのか?)」
「(でもそんなの……誰だってそうじゃないか!俺だけが知ってるジェーンだっているんだ!……じゃぁなんだよ……)」
イライラが募りに募って
「くっそイライラするに“ゃぁあ”!!」
セブンは真剣に考えて本当にイラついている。
けれど、『にゃん語』にする事で状況にユーモアが混ざる。
それによって怒りの純度を下げているのだ。
怒りに身を任せてしまわないように、セブンなりのセルフコントロールの一種だった。
「(大人に見えるジェーンに対して……子供?俺が?たしかに高校生は子供だと思う……でも、きっとこう言うことじゃない……俺とジェーンを比べて?俺と幸男を比べてか?)」
セブンは部屋に戻ってからずっとこんな調子だ。
「(ジェーンは確かに同年代と思えない時がある……妙に落ち着いて、なんでも知ってるし……時々、本当に大人に見えることがある……あんなに小さいのに……)」
小学生にしか見えないジェーンの姿を思い浮かべながら、考える。
「(幸男は……ゆきは……多分、俺にはわからない苦労があったんだろう……男として生まれて、女になろうと頑張ってる……じゃ俺は?)」
ふと自室の風景が目に入る。
女子寮としては平均的な広さのワンルームのはずだ……けれど、ここよりもっと狭い部屋もあることを知っている。
横に長いデスクは勉強と仕事と趣味をこなせるうえにまだ余裕がある。
部屋の隅には何本ものギター、興味本位で手に入れたサックスフォン、シンセサイザーなどの楽器たちが置いてある。
壁には海外の有名なミュージシャンのポスターと一緒に、お爺様から頂いた日本画や、現代芸術として話題になった絵も飾ってある。
クローゼットの中には、実家から送られて来たドレスや着物なんかが所狭しと収納されている。
この部屋に置いてある物だけで数千万にはなるだろう……。
「(恵まれている……改めて、ありがたいことだと思う)」
セブンは庶子……つまり妾の子だ。
母こそ違えど兄弟は皆仲がいいし、母達も分け隔てなく愛してくれる。
名前に「重」とつかない名前の子が妾の子だ。
彼ら彼女らは6歳までを母と共に生活をして、7歳で母と共に葉車の家に入る。
だからこそ、今の自分が恵まれていることを知っていた。
「(俺自身について考えてみよう……名前は葉車奈菜。葉車財閥の娘。家族からは愛されているし愛してる。仲の悪い父親からも愛されていることを知っている。ハードロックを愛している。査問委員会の委員長という肩書きもある。将来は音楽に携わっていたいと思ってる。九重のように家のための結婚なんて、考えられない……。社交会とやらにも興味はない。……我儘だろうか?……家の恩恵を受けるだけ受けて……我儘だろうか……今の俺が有るのは葉車家という存在があればこそだ……)」
喉が乾く
冷蔵庫にアルコールがあるのを思い出し、ベットから降りる。
普段はジェーンに怒られるから飲まないセブンだが、今日は怒られてもいいから飲みたい気分だった。
裸足にフローリングの床が冷たかった。
冷蔵庫を開けると今夜の晩御飯にと仕込んでいた食材が目に入る。
「用意しなきゃ……」
アルコールの事は一旦忘れて、晩御飯の準備に取り掛かる。
献立は『水炊き鍋』
具材には鶏肉、お豆腐、白菜、水菜、人参、大根。
人参はサクラ形に切ってあった。
調理も完了し、後はジェーンが帰ってくるのを待つだけだ。
いつものジェーンの席にはガラス製のお猪口が置かれている。
台所では日本酒『大吟醸 猿女君』がスタンバッている。
チラリと壁掛けの時計を見る。
いつもならとうの昔に帰ってきてるはずの時間だ。
急患でも出たのか?……連絡もない。
ふと、昼間の幸男のセリフを思い出す。
…… 幸男はジェーンが好きだ。
ジェーンに好かれようと努力してる。
男に生まれて、女になろうと努力して生きてきた幸男が
『それを捨ててでもジェーンに好かれたい』と言っていた。
人生を左右する覚悟を持って努力してる。
「(それに比べて自分はどうか?)」
ジェーンからは大事にされている。
けれどそれに胡座をかいてやしないか?
「(自分の我儘を押し付けてばかりで、ジェーンの我儘をどれだけ聞いた?)」
「(……そもそも、俺にとってジェーンとは何者なのか?)」
「(隣人?友人?親友?……家族?……幸男がライバル視する関係?……恋……そんなはずはない!女同士だぞ!?)」
キッチンのお酒を思い出す。
胴体部の凹みに氷を入れて徳利内部を冷やす事ができる酒器、ポケットカラフェ。
これに氷と酒を入れてテーブルへ持っていく。
ジェーンはまだ来ないがむしゃくしゃするので、酒を飲んでやろうという気持ちになっていた。
フルーツのような甘い香りが鼻腔をくすぐり、口に含むと甘くフレッシュな舌触り。
嚥下するとアルコールが喉をやいていく。
素直に美味しいと思った。
部屋の暖房で熱った体に冷やした酒が心地よい。
おかわりを繰り返し、都合3合目に差し掛かる頃……。
「いやぁ!遅くなってすまん!」
コートを脱ぎながら玄関ドアをすり抜けて入ってきたジェーンは、もはや自分の家並みに慣れた様子で上がり込む。
「屋台通りで乱闘があっての……どうした?飲んどるのか?」
「……遅い」
「すまん。屋台通りで乱闘があっての、仲裁やら診療やらで手が離せんかった。連絡が遅くなったのもすまんかった」
そう言って、女子寮近くの装甲屋台「Strawberry march」で買ってきた『ブルーベリーレアチーズタルト』を差し出す。
セブンはフラリと立ち上がってそれを受け取ると、無言のままキッチンへ。
「大丈夫かのぉ……結構待たせたから量を飲んどるんじゃなかろうな……」
手を洗って席で待つ事数分。
ふらりと戻ってきたセブンは
「なぁ……お前にとっれ……おれっれなんら?」と座った目でジェーンを見つめる。
その手には包丁が握られている。
「(えぇ……なんじゃこの状況!?)」
「なぁ……なんなんら?」
「(みすみす刺されるつもりはないが……)」
ジェーンは魔法使いだ。
魔法を使えばこの状況をどうにでもできる。
しかし何故、こうなったかを知らねばならなかった。
二人の今後のためにも。
※※※※
11月23日 夜
生活委員会副委員長執務室
「失敗したぁ!?」
嘉木城は執務室でとある報告を待っていた。
そして電話でその報告を受けて出たのが、先ほどの言葉だ。
「ああ!?全員吹っ飛ばされたってどういう事だ!ごろつきとは言え元拳法部の連中だろう!」
スマホに向かって怒鳴り声をあげる。
「しかも大部分が公安に逮捕されされただと!?」
執務室をウロウロしながら通話を続ける。
「その上相手がどこの誰だかわからないままだと!?」
ソファーに八つ当たりをして、その足が痛かったのかその場にうずくまる。
「馬鹿野郎!高い金払ってんだ!仕事は最後までやりやがれ!」
散々悪態をついたら少し落ち着いたのか「邪魔したやつの調査と対処は任せるからな!」
そう言って通話を一方的に切った。
部屋の中を再びウロウロしながら今後の方針を考えるが、屋台通りの事よりも保身の事で頭の中はいっぱいだった。
※※※※
11月23日 夜
セブンの部屋
「なぁ!黙ってちゃわかんないれしょ!」
「(あれほど飲むなというておったのに……)わかったわかった、だからその包丁をしまえ」
「包丁?……あーケーキ切る途中だったわ……」じっとその包丁を眺めるセブン。
すぃっとその包丁をジェーンに向けて
「なぁ……お前とっれ俺はなんら?俺にとってはなんら?」
「答えるとも、だからまずは包丁をしまえ。儂が好きなセブンはこんなことせんじゃろう?の?包丁をしまえ」
「……わかった……」
そう言って包丁をキッチンへ片付けに行ったのだった。
セブンを食卓につかせると入れてきた水を差し出す。
「落ち着いたか?」
「元から落ち着いれる」
「うむ、そうじゃったなすまんの」
しばしの沈黙……それを破ったのはジェーン。
「さて……儂にとってお主が何か?か……そうじゃの(どこから話そうか……出逢いからとなると……紀元前の話じゃが、輪廻転生するお主を探して何度か一緒に暮らしてきた……などとは言えぬしのぉ)」
「そんなに答えれないもんなのか?」
俯いたままそう口にするセブンの声は震えている。
「いや、ただうまい言葉が見つからなくての……お主が悩むように、儂とて悩むことはある。少し待て……(とは言え、セブンは儂ら不老転生体のように記憶を持って転生するわけではないし、そんなお主を見つける旅をしてきたとも言えぬし……)」
セブンとジェーンの関係は、最初は命の恩人だった。
大体において親友だった。
恋人になった人生もあった。
総じて良好で最低でも親友だった。
こうやって、セブンの魂を探して寄り添うのがジェーンの旅の理由の一つだった。
運良く生きてる時代が重なって、運良く見つけ出せればの話ではあったが。
そして長い時間の中で数度の人生を共にすることができた。
では今『親友』だと言って収まるのか?
セブンの欲しい言葉は本当にそれだろうか?
「(セブンの心を読めば、どんな言葉が欲しいのかすぐにわかる……けれど、
……)」
不安に涙するセブンを目の当たりにして、いつも通り正直でいようと決めた。
「わからぬ。お主のことは大切に思っておる。思っておるが、それが……深い友情か無償の愛か家族愛なのか情欲的な愛なのかさえわからぬ(何せ全てあった事だしのぉ)」
「……難しいこと言って……はぐらかそうとしてるんでしょ……」
徐に立ち上がったセブンはジェーンの腕を掴み「来て」とベットへ押し倒す。
「お前が言ってることがわからないし、おれ自身の気持ちも分からない……だから、確かめる」
そう言って、ジェーンの服を脱がしていく。
ジェーンは抵抗しない。
むしろ脱がしやすいように、それとなく体をひねったりしている。
全裸となったジェーンを、自分の服を脱ぎながら眺めるセブン。
絹のような、緩いウェーブのかかった銀髪。
白磁のように滑らかな白い肌と桜色のアクセント。
自らも全裸となったセブンはふと気がつく。
ジェーンの眼帯代わりの黒い布がそのままだったことに。
手をかけようとするが、顔を背けて拒否される。
下着でさえ協力的であったのに、何故なのか?
ジェーンに馬乗りになって、右手でその両手を頭の上で押さえ込む。
空いている左手で眼帯に手をかけようとした瞬間、セブンの意識は睡魔によって刈り取られたのだった。
※※※※
11月23日 深夜
葉車九重の屋敷。
数寄屋造の屋敷に洋館を増設した作りになっている。
この屋敷にはやたらと大きな庭があり、その一角に竹林がある。
屋敷の機械式の警備網も密生する竹に阻まれて効果が落ちている……風を装っている。
屋敷の警備担当曰く
「どこからくるかわからないよりも、侵入経路がわかっている方が対処しやすい」との事だった。
今宵も外国の軍需産業や反葉車勢力が、葉車財閥の弱点になり得る子供、九重の誘拐、或いは排除を狙って刺客を送り込んでいた。
しかし、この竹林こそが彼らにとっては死門となっていることに気づかずに。
「お見事です」
暗闇から声がかけられる。
「……はぁ」
「如何されました?」
短刀を片手で弄んでため息を吐いたのは、葉車三月の婚約者である百地忍。
「手応えがなさ過ぎて運動不足になりそうです」
彼女は振り返る事なく返事を返す。
暗闇から月明かりの中へ出てきたのは、メイド姿の大名東。
彼女はこの屋敷の警備主任であり、九重に仕えるメイドの一人だ。
因みに本名ではない。
他の使用人同様にコードネームであった。
彼女と忍の付き合いは実は長い。
婚約者である三月よりも先にお互いを知っていた。
友人ではないが、ただの知り合いでもない。
好敵手と言うのが1番近いだろうか……。
今は忍の立場が変わり、同じ葉車の一員として轡を並べる仲だ。
「忍様は大事なお身体ですし、このような事は私共に任せていただければ」
「実戦をこなさないと『勘』が鈍りそうでね」
大名東は足元の侵入者だった物の装備を手に取って見る。
それは消音器付きの短機関銃だった。
SF映画にでも出てきそうな独創的な形をしたそれは、特殊な樹脂で作られているようだった。
大名東は徐に、その銃を空に向けて構えると引き金を引いた。
銃口から発せられた僅かな銃火が、瞬きほどの時間辺りを照らす。
監視者達がモニター越しに見たのは銃を構えた大名東と、その足元に転がる元部下たちだった。
※※※※
11月24日 朝
セブンのベット
先に目を覚ましたのはジェーン。
「(さて、あのまま寝たのはいいが……この状況をどうすべきじゃろうか?)」
ジェーンもセブンも全裸である。
さらに言えばセブンに抑え込まれて碌に動けないまま一夜を明かしてしまった。
「(抜け出すことができないわけではないが……こやつとこうやって肌を合わせるのは500年ぶりじゃろうか……あの時も同じセリフを口にしておったのぉ)」
ふふふと笑みを零しながら当時を思い出す。
「(あれは希望峰を通過する船の中だったのぉ)」
すると当時の感情が一気に蘇ってきた。
セブン自体は性別も人種も違うが、宿る魂は同じものであった。
【愛おしい】
しかし昔が懐かしいだけだということも分かっている。
炎のように燃える想いは時間と共に燃え尽きるだろう。
しかし今、500年ぶりの恋人との同衾を楽しむことになんの罪があるだろうか?
いや無い。
ならばと……セブンをどかして一息つく。
全裸のセブンを眺めながら「(最初にあった時は小さな娘であったのにのぉ……大きくなりおって……)」
セブンの瞼はまだ開かない。
横に眠るセブンの髪を、頬を、唇を撫でる。
「お主にとって儂がなんなのかまではわからんが……」愛おしげにセブンの寝顔を眺めながら、ヒソヒソと己の胸の内を吐き出していく。
「儂にとっては唯一無二の存在じゃ」
髪に口づけし「昔も今も、これからもの」
セブンは少し前から起きていた。
昨日の事ははっきりと覚えている。
恥ずかしさのあまり叫びながら走り出したい衝動に駆られていたが、ジェーンを起こすわけにもいかなかった。
するとジェーンが起きてジェーンと重なっていたセブンの体をどかす。
そして語り出すジェーンの言葉を寝たふりをしながら聞いていた。
髪を撫でられ、頬や唇もジェーンの指が這う。
くすぐったいながらも、幸せを感じた。
そして……
「これが今のわしの気持ちじゃ」
そう聞こえた。
唇に柔らかな感触。
再び睡魔に襲われる。
けれどここで寝るわけにはいかない、目を開けて、起きて確認しなければならない。
今のは指だったのか、キスだったのかを!
ジェーンに聞きたい!
「セブンよ寝て起きよ。其方の…………」
最後まで聞き取ることができないまま、眠りに落ちていったのだった。
ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第一部 了
最終更新:2022年10月19日 18:19