『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第二部』
ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 2部
11月24日 昼
弁天寮 セブンの部屋
セブンはいい匂いで目を覚ます。
そう言えば昨日の晩御飯を食べていなかった。
腹の虫が激しく主張する。
「腹減った……」
もぞりと起き上がるといつもの白ゴス姿のジェーンが、背中を向けて座っているのが見えた。
「そうだ!ジェーン!あれはどっちだ!?」
勢いよくベットを降りてジェーンに問いかける。
「おお、起きたか。ほれ鍋を温めておいたぞ」
いつもと変わらない様子に微かな違和感を覚える。
「それよりも!……あれはどっちだ!」
「なんのことじゃ?それよりも早うこっちへ来て食え」
「答えろよ!俺、ほんとは起きてたんだよ!お前が『唯一無二』だって言ってくれた後!……あれは……?」
「……はぁ?何を言っておるんじゃ?」
「なんで今さら誤魔化すんだよ!?」
「儂が帰ってきたらすでに飲んでおったろう?夢でも見たんじゃ無いか?」
「そんなわけ!……そりゃ飲んだけど!だけど……覚えてるんだ!」
「はぁ……じゃぁ、ちょっと詳しく言うてみよ?」
鍋を小鉢に取り分けてセブンへ寄越しながら、本当に訳がわからない様な顔をする。
「……お前を脱がして「待て待て!儂を脱がしてってなんじゃ!?」」
食い気味にツッコむジェーン。
「儂が大人しく脱がされると思うのか?」
「……だって……お前……」
「それに、儂一人を脱がして何をしたかったんじゃ?」
「いや…俺も脱いだんだよ!?」
「……着とるじゃないか?」
たしかにセブンは昨日と同じ、部屋着をそのまま着てる。
「……どう言うことだ……?」
「儂がお主に【飲むな】と言うておった理由はの、酒に飲まれすぎるからじゃ」
熱々の豆腐にポン酢を付けて、はふはふと熱さに絶えている。
そんなジェーンを見ながら、どうしても納得できない様子のセブン。
「お主がどんな夢を見たかはこれ以上聞かぬが、儂が見た現実を教えておいてやろう」
そう言って、鍋から鶏肉と豆腐を掬う。
「お主はの、儂が帰ってきた時には出来上がっておった。その上土産のケーキを切るつもりの包丁を儂に向けたんじゃ。説得して包丁を片付けさせてホッとしたが、帰ってこないお前を心配して見に行ったらキッチンで潰れておった。それからベットに寝かせて今に至るんじゃ」
どうにも違和感を拭えないが……あの時点でどちらがより素面だったかと言えば、ジェーンの方だ。
「(夢……だったのか?)」
「納得いかんようじゃの?……夢以外で儂の服を脱がす事なんてあるのか?ん?」
「……そ……そうだよな!……夢……
…うん!夢だな!」
「かかか!しかしなんちゅう夢を見とるんじゃ!かかかか!」
「いや……その……風呂だ!風呂に入ろうって!温泉にな!そう!クリスマスにな!神戸へ行こうって!温泉とか!色々連れて行ってやりたくてよ!」
なんとか取り繕ったセブン。
元々、誘うつもりだったのだからちょうどいいとも言える。
「(夢か……だとしたら、あんな夢を見たのは俺がそれを望んでるってことか?)」
「どうした?箸がすすんどらんぞ?」
そう言いつつ己の小鉢に豆腐と野菜を掬っていく。
「いや、なんでもない!それでどうするよ?行くだろう?」
「宿はどうするんじゃ?」
「実家に泊まる予定だ」
セブンもようやく箸が進み始める。
鍋の中を覗いて豆腐がほとんど無い事に気がつく。
「おい、豆腐がないぞ!?」
「かかか!肉は残してやったじゃろうが!」
「……肉もほとんどねぇじゃねぇか!」
「ああん?……ああ……うん、すまん」
残したつもりがつい食べ過ぎてしまったようだ。
「部屋から締めのうどんでも持ってこようか?」
「ここは肉を持ってこようか?だろうがよ!」
いつものやり取りに、セブンの心が軽くなる。
こうして、この日の授業をまるっとサボった二人だった。
※※※※
11月24日 放課後
ジェーンの診療所
臨時休業の札を出す幸男。
「はぁ……センセェったら、連絡もなしにお休みなんて珍しい……」
営業してないので備品はそのままにして、帰宅のために着替えることにした。
ナース服から私服に着替える為にロッカーを開けると、まず目に飛び込んでくるのは無数の手裏剣や投げナイフ。
縄の先に刃物がついた縄鏢と呼ばれる武器や、多節棍と呼ばれる棍にも鞭にもなる武器なども見える。
これらは幸男の私物である。
学園生徒は複数の部を掛け持ちすることが多いが、幸男も例に漏れない。
彼は自身の性を自覚した頃から、自衛の為の術を修める必要があった。
そう判断した経緯は記さないでおく。
男の割には小さな身体に、鍛えても筋肉が付きにくいとなれば、空手や柔道にはついていけなかった。
最終的に辿り着いたのは『八卦掌』という中国拳法だった。
独特の歩法と、拳ではなく掌を多用する武術で、筋力よりもその技によって相手を制圧するこの拳法は幸男と相性が良かった。
その縁あって東洋医術を学び、さらに縁あってジェーンの診療所の婦長を務めている。
しかしながら、幸男ほどに東洋医術を修めていれば自身の診療所を開設できそうなものだが、そこはジェーンへの想いもあって婦長に収まっているのだった。
乙女心である。
幸男が着替え終わる頃には、ロッカーはほぼ空になっていた。
診療所を閉めて委員会センタービルの裏口から出る。
開口一番「さっぶい!」
天気予報によれば昨夜に続き今夜も雪が降ると言う。
淡いベージュのタートルネックのセーターにブラウンのロングタイトスカート。
編み上げのハーフブーツ。
白いロングコート。
ジェーンの隣を歩く時に、同系統の色合いにすることで共通点を作り、少しでもジェーンとの距離を縮めたいと言う、これも乙女心であった。
路面電車に揺られて十数分、人気の無い駅で降りる。
更に20分ほど歩いて自宅に着く……が、今日は違う駅で降りた。
幸男の住まいは男子寮でも女子寮でもない。
事情があって男子・女子寮に住めない者や、単に集団生活が嫌だと言う者が住むことになるアパート……の型式をした寮の一つ。
そこへ通じない一本道。
街灯は暗く中には点灯していないものもある。
「やだ……また街灯壊れてる……生活委員は何やってるのかしら……私がトップだったらクビね クビ」ふふふっと笑いながら、点灯していない街灯をコツンと蹴飛ばす。
その蹴りはジェーンがやるような本物の蹴りではなく、女の子らしい可愛いものだった。
もちろん幸男は拳法修める者として、本物の蹴りを放つこともできるが、常に可愛くありたいと願う乙女心であった。
コツン コツン と何度か蹴飛ばすとまるで新品のスポットライトのように煌々と幸男を照らす。
「さてさて……誰かしら?」
元来た道へ誰何する。
すると暗闇の中から下卑た笑いが聞こえてくる。
「(5……10……もっとかしら?……?)」
背中の曲がった……ガマを連想させる男が光のなかへ進み出る。
「なかなか腕の立つお嬢さんのようですね」
一言一言に湿り気の多い音がする。
聞いていて神経を逆撫でする様な喋り方は天然か、それともわざとなのか……。
「貴女ががウチの者を可愛がってくれたお人だねぇ?」
幸男は光の中で小首を傾げながら
「なんのことでしょう?人違いでは?」
「その格好……あの診療所から出てきた事を確認してますんでね……面子ってのは意外と大事でねぇ、女性にはわからんかもしれませんが……消えてもらう……予定だしたがね?」
ガマ男は幸男を舐め回す様に品定めする様に……「それなりに良い値が付きそうですねぇ」
ガマ男の後ろの闇から、再び下卑た笑いが上がる。
「(誰かと間違えてる…ってまぁ……センセェだろうなぁ)」内心の苦笑を顔には出さない。
「私が誰か分かっての事なんでしょうね?」
「ええ、存知てますとも。『白いヤブ医者』なんて言われるくらいだ……いずれ何処かで同じ目に遭」
ガマ男はセリフを言い終わらないうちに、顔面から倒れ込む。
「(コイツらが誰かなんてどうでもいい、センセェの敵ならここで排除するだけ)」
闇の中にざわめきが起こる。
「(センセェ褒めてくれるかしら)」
スポットライトの中で幸男は舞でも舞うかの様に構える。
闇の中に充満する殺気。
先に動いたのは殺気の主。
幸男は舞出す。
柔らかく、時に荒々しく。
弧を描き、くるくると舞い踊る。
その手元には煌めきが付き従う。
闇の中で一つまた一つ、くぐもった声が聞こえてくる。
襲撃者達は光の中に入ることすらできずに闇の中で折り重なっていく。
殺気を感じなくなりそれと共に幸男の舞も終える。
「これに懲りたら二度と関わらないことね」
いつの間にか降り始めた雪は薄らと積もり赤く染まった地面を覆い隠していく。
幸男はせっかくここまできたのだから、この先にある拳法のそして東洋医学の師匠である董定遠に挨拶に行く事にしていた。
道を進もうと数歩進むと背中に衝撃が走った。
振り返ると、自身が投げたナイフが刺さっている。
「(殺気を感じなかった!油断した!)」
幸男は再び舞い始める。
しかし、背中に受けた傷にせいで先ほどまでの精細さを書いていた。
さらに言えば、標的を感知出来ないままだった。
先程は殺気に対してナイフを投げ込んでいたのが、今はその殺気を感じない。
雪を踏み締める音と共に男が現れる。
しかしその男は全身に何本ものナイフが刺さっている。
そして投げ捨てられる。
後から光の中へ現れたのはよれよれの制服に日本刀の男。
「さっきの男を盾に、私のナイフを躱したのね?」
「ああ、せめてそれぐらいには役に立ってもらわないとな」
「(殺気を感じさせない上に、男一人を持ち上げて盾がわりにするなんて膂力も侮れない)」
「お嬢ちゃん、本当に医者かい?おれが噂に聞いてたのとは少し違う様なんだが」
「さて、どうかしらね?」
「まぁいい……どの道、後戻りは出来ねぇんだ。お嬢ちゃんも分かってるだろう?」
「ええ、ところで私は誰に恨まれてるのかしら?」
「言うと思うかい?」
クスリと笑う幸男。
男の眉が微かに上がる。
幸男はそれを見逃さなかった。
「おやおや……私がここで死ぬなら聞いても問題ないでしょう?それとも?私に勝つ自信が無いのかな?」大袈裟に煽る。
「安い挑発だ……が、嫌いじゃないぜ?」
男は腰を落とし右足を半歩前へ。
鯉口を切る。
「お嬢ちゃんを恨んでるのは生活委員会のお偉いさんだよ……水道代でも滞納したのかい?」
「私の命は水道代なの!?」
お互いに軽口を叩きつつ間合いを測っている。
「私、丸腰なんだけど?そんな私を切るの?」
「楽な仕事は大歓迎だよ」
「……なら、せめて本気でやらせてもらいたいわね。ちょっと待ってもらえないかしら?」
「……良いだろう」
男は構えを崩さない。
幸男はコートを開きタイトスカートの脇をナイフで切り裂く。
これで足の運びを邪魔するものはなくなった。
「さぁ始めましょうか!」
※※※※
11月24日 夜
弁天寮 ジェーンの部屋
「あ!……やめ……そこ攻められたら……あ!」
「ここが弱点って事は……ここもだろう?」
「ああ!……やめ……やめよ……死ぬ……死ぬぅ!」
ちゅどーん
スピーカーから機械音声で自ユニットが撃破された音が響く。
ジェーンとセブンはポータブルゲーム機でオンライン対戦型SLG『信長の大戦略』というゲームで遊んでいた。
内政、外交、戦術、戦略など異世界に転生した信長他戦国武将が群雄割拠するというコンピューターゲーム同好会謹製品である。
「しかしジェーンさんや」
「なんじゃ婆さんや」
「誰が婆さんだ!」
「お主が昔話の「爺さんや」みたいに言うからじゃろう!」
「おれは言ってねぇ!けど、お前は言ったろうが!」
「痛った!また暴力!暴力反対じゃ!」
「うるせぇ!おれの心は傷ついた!」
いつも通りの二人であった。
「腹が減ったんだが?」
「奇遇じゃな、儂もお腹すいたの」
「「…………」」
「ココオマエノイエ オマエ オレモテナス」
「お主に包丁を持た痛った!」
「うるせえ!さっさと飯を作りやがれ!」
「昭和の頑固親父か!関白宣言でも歌っておれ!」
「……良いだろう!歌ってやるからうまい飯を頼む!」そう言いながらスマホで関白宣言を検索する。
「準備しとらんからの、鍋焼きうどんでかまわんか?」
「めしはうまく作れ〜」歌って返事をするセブンに「関白失脚もついでに歌っておけ」と返して料理を始める。
しばらくして後ろから「関白失脚」が聞こえてくるのだった。
※※※※
11月24日 夜
シへの一本道
男に対してその脚は左を向き、上半身は正対。
右掌、人差し指から小指までを軽く揃えて敵へ向け腕は円を抱える様に柔らかく胸の高さへ。
人差し指と親指のあいだで敵の姿をとらえる。
左掌、指を軽く揃えて下へ向け心臓の前へ。
八卦掌の基本的な構えである。
「中国拳法か…今まで何人も斬ってきたが、まともにやれる奴はいなかった……お嬢ちゃんはどうかな?」
「怖いなぁ…見逃してくれるなら嬉しいのだけど?」
「ははは…良いねぇ、お嬢ちゃんが1番の使い手だろうよ」
「そう?がっかりしないでね?」
雪がその勢いを増す。
先に動いたのは男。
必殺の気合いで突きを放つ。
切先が幸男の心臓を貫くかに見えた瞬間、右手でそれを掴み引き寄せる。
併せて左足を引き勢いのまま反時計回りに回転。
摺り足に積もった雪が舞い上がる。
それはまるで旋風に舞うかの様に。
男がバランスを崩しがら空きになった左脇腹へ、双掌を捻りこむ。
衝撃が全身を駆け巡り反対側へ抜けていく。
すぐさま距離をとると同時に男が膝から崩れ落ちる。
蓋を開ければ互いに一撃ずつの攻防。
しかし、達人同士の手の読み合いは無数に行われていた。
侍は己の信じる一突きに賭け、幸男は己の命を賭けたのだ。
覚悟の差が勝敗を分けたと言って良いだろう。
「やっぱり……お嬢ちゃんが1……番の使い手……か……」
血を吐きながら男は言う
「所詮……俺みたいな……偽物じゃ……」
幸男はその男をじっと見下ろす。
「後戻りはできない……そう言ったのは貴方よね。この道をもう少し行けば『董薬房』っていう看板が出てるわ。そこまで辿り着いたら、救ってあげる」
聞こえたのか聞こえていないのか……反応は無い。
「背中の傷がなければ引き摺ってあげたのだけどね……」
幸男は踵を返し光の中から退場する。
雪が世界を染めていく。
命の痕跡さえも染めきってしまうかに思われたが……
雪を踏み締める音が近づいてくる。
「おやおや……凄いことになってるねぇ」
女の声がする。
「お片付けが大変ね……あら?」
光の中に半ば雪に埋もれた男を見つけると足を止める。
「ふむ……」
雪の勢いは更に増し、宇津帆島らしい異常気象を起こしていた。
風が吹く。
街灯に照らされた雪がただキラキラと煌めいていた。
※※※※
11/25 未明
ジェーンの部屋
セブンはふと目を覚ます。
昨日は夜中までゲームをして過ごした。
そしていつもなら帰る時間になった時、部屋に戻ってもあまりにも寒くエアコンもストーブも、効果を発揮するのに時間がかかると判断しジェーンに相談したところ「泊まっていくが良い」と勧められたのだった。
隣でジェーンが寝息を立てている。
部屋はジェーンの魔法のおかげで暖かい。
ベットを出て窓の外を見る。
まだ暗く景色は見えないが、窓枠に雪が積もっているのが見える。
キッチンへ向かい食器棚から自分用のコップを取り出して、蛇口をひねる……ひねる……逆に回してみる……ひねる……。
「もしかして凍ってんのか?」
蛇口を閉めて冷蔵庫へ。
中にはタッパに分けられた食材や作り置き。
ドアポケットには様々な琥珀色の液体の入った瓶が並ぶ。
それは色々な国の色々な銘柄のウイスキー。
いくら喉が渇いたと言ってもこれは無い。
無駄に大きな冷蔵庫のドアや引き出しを開けるも、喉の渇きを潤せるものは見つからない。
なにか無いかと探してみるものの見つからず、一旦自室へ戻ろうかと考えていると……「どうしたんじゃ?」とジェーンが起きてきた。
「すまん。起こしてしまったか」
「気にするな……で、どうしたんじゃ?」
「水が出なくてな……多分凍ってるんだろ」
「ふむ……確かに外は吹雪いておるの」
「水の代わりに何かないか?」
「そうじゃな……冷蔵庫に酒があるが?」
「アル中みたいな発想やめろ」
「なら、ベランダに小さな箱を出しておるんじゃがその中にコーラがあるぞ」
「なんでそんなとこに出してんだよ?」
「寒くなると聞いての、それで冷やせるじゃないかって思い付いたんじゃ」
「冷蔵庫でいいじゃねぇか」
「ユーモアじゃ」
「……なるほど、なら仕方ねぇな」
二人して窓の前に立つ。
「寒そうじゃの」
「ああ……そうだな」
「行かんのか?」
「寒いだろうが!行ってきてくれ!」
「飲みたいのはお主じゃろうが!」
「寒いだろうが!寒いだろうが!!」
睨み合う二人。
「お前の魔法で、シュっと転送できないのか?」
猫型ロボットの声真似をしながら
「のび太君〜またかい?」
「誰がのび太だ!」
「痛ったい!お主はすぐ暴力を振るうの!」
「うるせぇ!出来るならさっさとやりやがれ!」
「このDV女め!いつか訴えてやるからな!」
「却下だ!」
結局、諸々の理由があってセブンが取りに行くことになった。
主な理由は、2つ。
部屋にかけた暖房魔法に干渉し(嘘である)、これを強制解除(嘘である)のうえ温度が一気に外気温まで下がる事になる(嘘である)ので転送魔法は却下。
セブンが取りに行くのは、複数の種類の中で何を飲みたいかを自分で決めるべきと言う考えから。
「暖房魔法かけてくれよ」
「部屋の魔法を切ることになるが?」
「……この格好で行けとか悪魔かよ」
確かにセブンの格好は、キャミソールとホットパンツだった。
「ユーモアの名の下に死んでこい」カカカカと笑って背中をバシンバシンと叩く。
「ユーモア万歳だよこんちきしょうめ!」
スマホのライトを点灯させて窓を開け、ベランダに飛び出すと端にある箱へ。
蓋を開けると最近宇津帆島にも進出してきた『リーフコーラ』『24珈琲』『六甲の美味しい炭酸水』などが数十本入っていた。
手に持てるだけ持って部屋に戻ると、気温差でくしゃみをする。
ベットの方から呼ぶ声がする。
「それは置いといて早よ入ってこい」
毛布を開けてセブンを誘うジェーン。
寒い寒いと震えながらベットに入るとジェーンが優しく抱きしめてくれる。
「あったけぇ……」
「存分に温まるが良い」
二人はしばらく無言で抱き合い温め合う。
「で、何をとってきたんじゃ?」
「コーラとコーヒーとサイダーだけど……全部、うちのメーカーじゃねぇか!」
「うむ、なんでも九重ちゃんから親父さんに話が行ったらしく「奈菜の事を宜しく」って送って来たんじゃ」
「……」
「なんじゃその目は……お主とよろしくしておるのはずっと前からじゃろうが、いらぬ心配をするでない」
「……心配なんかしてないし」
「で、どれを飲む?」
「サイダーにする」
「ならコーラにしようか、半分こしようではないか」
「あいよ」
プシュっという音が二つ、明るくなりはじめた部屋に響いた。
「神戸……楽しみじゃの」
「ああ、案内したいところがいっぱいあるんだ」
もうすぐ夜が明ける。
※※※※
11月25日 朝
委員会センタービル
生活委員会副委員長執務室
朝の光の中、窓から見えるのは一面銀世界となった学園だった。
しかし、此処からの景色を独り占めできるはずの部屋の主は、昨夜一睡もできず部屋の中をウロウロしたり、椅子に座ったかと思えば貧乏ゆすりを行ったりと落ち着かない。
そう嘉木城である。
彼は眼下に広がる屋台通りを私的な理由で撤去しようと画策し、あと少しと言うところで失敗に失敗を重ねた。
その失敗から足がついて失脚の可能性が出たことに不安を募らせている。
一目惚れした女生徒と此処からの眺めを見たい……そんな思いで始めた計画であったがそもそも、その女生徒とまともに会話をしたことすら無い。
なんなら名前すら部下に調べさせたくらいだ。
いつもなら委員センタービルの1階にある喫茶店からモーニングを取ってる時間だ。
しかも最近は二人前である。
一つは自分のため。
もう一つは彼女のため。
当然、彼女は同席しない。
何故なら……会話した事ない相手とお付き合いなどありえないからだ。
「どうする!?まずはどうする!?」
何度目かわからない自問自答を繰り返す。
「そうだまずは足が付かないように、証拠を処分だ!」
「スマホの通話履歴を削除……は昨日の時点で終わってる」
「それから……金の流れだ!」
「金の受け渡しは部下を何人も使って迂回させたから大丈夫なはずだ」
「交友関係を調べられたら?」
「大丈夫だ。そもそも人からの紹介だ直接の知り合いじゃない」
「大丈夫だ……大丈夫だ……」
考えれるだけ考えて自分は大丈夫だと納得させる。
納得してデスクの椅子に乱暴に腰掛ける。
けれど……今更どうにもできない不安要素もある。
紹介された際に金をケチったのだ。
相手からは『その金額だと駒の質と結果を保証できない』と言われていたのに。
言われた額を渡していれば今頃、彼女と両思いになりクリスマスにはデートして……お正月には彼女の地元の神社で初詣をし、秋頃には第一子を授かり幸せな家庭を築く予定だった。
……嘉木城の中ではその予定だったのだ。
しかし、結果は失敗した。
幸せな家庭は築けないし、子供も授からない。
初詣にもデートにも行けない。
何より、相手に名前すら呼んでもらえないのだ。
もし呼ばれることはあってもこのままでは犯罪者の名前として呼ばれるだけだ。
「嫌だそんなのは嫌だ!」
嘉木城の精神は緩やかに確実にに追い詰められていた。
嘉木城は再び立ち上がり部屋の中をうろうろとし始めるのだった。
※※※※
11月29日 放課後
ジェーンの診療所
「なんじゃ……那須は今日も休みか?」
「先に無断欠勤をした先生が言っていい事じゃないですよ?」
幸男と共に昔からここで働いている看護婦の桜木そう言って嗜める。
「それはそうじゃが……」
指折り数得て今日で5日目。
「ここまで続くと心配にもなるじゃろう?」
「まぁ……彼女の事ですしきっと大丈夫ですよ」
診察用の椅子に座って手に持ったお菓子をジェーンと一緒につまみながら桜木は言う。
「しかしのぉ……事故にでも合ったんじゃなかろうな」
「そんなに心配なんですか?」
「そりゃそうじゃろう!」
「どうしてですか?」
「どうしてって……大切だからじゃろう」
「どうして大切なんですか?先生にとってあの子はなんですか?」
「……なんじゃ……何を言わせたいんじゃ?」
「……先生はぁ〜那須の事を〜?」
「なんじゃ?」
「だ〜?」
「だぁ?」
「い〜?」
「いぃ?」
「スキー!」スキーの仕草をしながら。
「スキー?」
「はい続けて?」
「だいスキー……」
がらららら!
「うお!びっくりした!」
「センセェ!私も大好き!」そう言ってジェーンに飛びつく幸男
「センセェ!センセェ!好き!大好き!」
「おお?どうしたどうした?」
桜木がポケットからICレコーダーを取り出して再生させる。
するとジェーンの声で『だいすきー』と。
「私、桜木が証人になります。先生は確かに那須さんのことを大好きと言いました」
その間、幸男はジェーンに抱きついて頬を擦り寄せていた。
「杜撰じゃのぉ……第一そんなものを撮ってどうするんじゃ」
じゃれつく那須の頭を撫でながら続ける。
「それにそんな小細工せずとも儂はみんなの事が大好きじゃぞ」
「先生は女の子なのに女心がわかってない!」
「えぇ……?」
「いいですか先生!なっさんは「まった」」ジェーンがストップをかける。
「…………それ以上は……すまんの」
「はっきりさせてくださいよ!先生はあの査問委員長閣下となっさんのどっちを取るんですか!」
桜木がジェーンに詰め寄る。
幸男からはジェーンの顔は見えない。
けれど泣いている様に思えた。
誰よりもそばで彼女だけを見続けた幸男だからこそそう思えた。
幸男は知っている。
好きな女が優しい事を。
過去を隠している事を。
幸男を大事にしている事を。
そしてそれが恋愛感情ではない事も。
「センセェ、泣かないで」
耳元でこっそりとそういうと、ジェーンは驚いた様に見返してくる。
幸男は柔らかく微笑みを返す。
彼女は初めて会ったその日からジェーンを見てきた。
最初は友人ですらなかった二人は、今や親友以上に分かり合える存在になっていた。
「桜木ちゃん……大丈夫。私は十分だから……センセェを責めないで?」
「なっさんがいいならそれでもいいけど……」
桜木は大きく息を吐くと「頭冷やしてくるわ」と言って出ていった。
「すまんの」
「センセェは優しいですよねぇ」
「……」
「私を、そしてセブンも傷つけまいとしてる」
「……」
「きっと私がいなければ、センセェはセブンにだけ優しくてそんな顔する事なかったのに……ごめんなさい」
「……」
「センセェが私を救ってくれたあの日……私のい……私の心は先生のものになったんです」
「……返品は?」
「受け付けてません!」
「なら……しょうがないの」
「センセェと私のどっちかがが飽きるまで そばに居させてください」
「……好きにするがいい」
「セブンから奪って見せますからね?先生の心」
「……ん」
幸男はジェーンの顎にそっと手を添える。
銀髪金眼、絹のような髪は緩いウェーブを描く。
右目は眼帯代わりの黒い布で覆い隠している。
猛獣の様な力を感じる左目はじっと幸男を見つめ返している。
かのじょはその瞳に引き寄せられる。
窓から差し込む雪あかりの中、二つの影は...。
最終更新:2022年10月19日 18:19