『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日(クリスマス) 第三部』

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■ジェーンさん:【白いヤブ医者】、白いゴスロリ、【イシュタルの愛娘】女難の相があるのかもしれない。

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成

■那須さん:ジェーンを大好きな男の娘、カンフーと東洋医学の使い手。

イラストは、( 「ひよこ男子」 )にて作成

■セブンさん:ジェーンが【運命の片翼】と呼ぶ女。葉車財閥に令嬢。ジェーンに対する感情に戸惑っている。 今回の出番はない。
イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成





ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第3部


12月1日 昼
委員会センタービル
生活委員会副委員長執務室

ブラインドカーテンを締きった薄暗い室内は物が散乱していた。
まるで動物でも暴れた様な有様だ。
すえた匂いに顔を顰めながら、補佐官は嘉木城(かぎしろ)に声をかける。

「閣下……ちゃんとお休みになられていますか?」
「……あぁ…うん」
髪は油ぎってフケが目立ち、シャツは襟首や袖口が茶色く染まっている。
目は落ち窪み、頬はこけている。
とうてい同じ人物とは思えないほどだった……。
それもその筈、彼はこの一週間ほとんど寝ていないのだ。
風呂にも入らず自分を捕まえにくる公安の足音に怯えていた。

補佐官は日に日に壊れていく彼をみて、医者にかかる事を薦めていた。
しかし、嘉木城はガンとして聞き入れなかった。
予定されていた会合をキャンセルもしたし、補佐官ではカバー出来ない業務が溜まっている。

「閣下……今日という今日は医者を呼びますから診てもらってくださいね。僕は溜まった仕事をなんとか片付けますから……絶対見てもらってくださいよ?絶対ですからね!すぐに来てくれますから!」

補佐官が医者を呼び別室で業務をこなしていると、呼んだ医者から連絡が入った。
「え?……いない?……トイレじゃ?……もう、20分も待ってる?……どういう事じゃと言われましても……とにかくそちらへ行きます!」

こうして嘉木城は姿を消した。

嘉木城に関する通報が公安委員会へもたらされたのは、これが初めて(・・・)だった。


※※※※
12月1日 夕方
悪徳大路
家電量販店 店頭 


機械工学研や狂的科学研、錬金術研の何を燃料にしているのか怪しい暖房器具や、ミルクを供物に捧げないと働かない最新家電などが並べられている。

暖房器具によって道に積もった雪は溶かされ、この場所だけまるで雨上がりの様だ。

道行く生徒たちは足元の水溜まりを気にするばかりで商品に注目する事はない。

そんな中で寒さに震えていながらコートも羽織らず、すえた匂いを放つ男が一つのニュースに足を止める。
『……副委員長である『嘉木城響』氏が行方不明となった事件について公安委員会は学園中央部から全島へと捜索範囲を広げ……』

男は茫然自失の状態でそのニュースを眺めていたが、通行人にぶつかって倒れ込む。
ずぶ濡れになりますます誰だかわからなくなっていくが……この人物こそ、ニュースになっている『嘉木城響』本人であった。

彼はとある文書を持って悪徳大路の深部を目指していた。
文書の中身については見ていない。
しかし、そこには【厳重秘匿】と朱印が押され蝋封されていた。
きっと大変なものに違いない。
今年の夏に起きたクーデター未遂の際に、現政権のスキャンダルに関する文書だと言われ、いつか役にたとかもと大枚はたいて手に入れたブツだった。
元は純白だったであろうA4サイズの封筒は今や所々折れ曲がり薄汚れていた。
封筒にはかろうじて【f→s】と読める文字の様なものが記されていた。

悪徳大路でそんな封筒を後生大事に抱えた浮浪者然とした奴がいれば、手厚い歓迎が行われるのはもはや自然を通り越して必然であった。
しかし、嘉木城はついていた。
ひったくりではなく強盗が相手だったのだから。

深部を目指すため人通りのない路地に入る。
物の数分で前後をチンピラに塞がれた。

「おいおい!『下水族みたいな奴が金になりそうなモン持ってる』って言うから来てみたがよぉ!失礼な話だよなぁ!こいつと比べりゃ、下水族の方が清潔だってんだよ!」

木刀や金属バットで武装したチンピラは仲間の放ったそのセリフに腹を抱えて笑っている。
その姿はまともな精神状態には見えなかった。
とは言え、今の嘉木城もまともではない。
隠し持っていた拳銃で立て続けに引き金を引いた。
多少なりとも訓練を受けた者なら外さない様な距離と、密集具合だったのが幸いしてバタバタと撃ち倒していく。

これには背後にいたチンピラもそうだが嘉木城本人も驚いた。

背後のチンピラへ拳銃を向けると、彼らは口々に定番のセリフを吐いて逃げていく。

拍手

嘉木城はそれが拍手だとすぐに気がついた。
しかし、その意図までは分からなかった……。

路地の奥よりチャイナ服を着た女が拍手をしながら姿を表す。
「お久しぶりです。嘉木城閣下」
女はもとより嘉木城よりも背が高いのだが、今は嘉木城が窶れ背中を丸めて封筒を抱え込んでいる為、その身長差はさらに開いている。

「随分とお変わりになられましたねぇ」
ただ世間話をするだけで色気の溢れるこの女は、彼が目指した悪徳大路の深部からの迎えであった。

「さぁ参りましょう。楊大姐(ヤンタージェ)がお待ちです」※

※「ヤン姐さん」的な意味


※※※※
12月2日 朝
葉車九重の屋敷
九重の工房

「お嬢様、登校の時間です」
九重専属護衛メイドの小明戸(こめいと)が、朝からからくり人形の分解をしている主人に知らせる。

「……」
「お嬢様……今年度、何回登校したか覚えていますか?」
「……4回?」
「おしい、5回です」
「おー」パチパチと拍手をして自分を讃える九重と主人に合わせて拍手をする小明戸(こめいと)

「お嬢様、5回しか出席してなくて卒業できると思っているのですか?」
「……」
「大学進学はどうするのです?」
「大学なら卒業したわよ?」
「……は?」
「そこの本棚の上から三段目の右の方」

小明戸は言われるがままに本棚を探してみる。
そこには海外の有名な大学の卒業証書が三校分入っていた。
「……偽造ですか?」
「小明戸さんはもう少し、主人に対しての敬意というものを持った方がいいと思います」
「持っていますとも、心の中を見せれないのは慚愧の念に耐えませんね」
「……言っておきますが、三枚とも本物ですからね」
「まぁ、本物だというのは信じますよ……しかし、どうやって?」

「……当時クラスで左右の手で別の事をするっていう遊びが流行ってまして……それならと……3つ同時に何かして見せようっていう……それで、通信制を利用して大学を受験しました」
「……本土にいるときですか?」
「ええ、そうですね」
「(本土にいるときってお嬢様……小学生ですよね……それに、佐藤さんから聞いた話だとクラスにお友達なんて……)」
そっとハンカチで目元を拭う小明戸であった。

九重はずっと解体作業を続けている。
小明戸は壁際の椅子に座り直して、そんな主人の背中を見ている。
「お嬢様なら、卒業は出来るでしょうけど……その前によく入れてくれましたね?年齢とか色々と……」
「入試を満点取ったら入れてくれましたよ」
「……博士号とかは?」
「色々薦められましたけど、博士ってお爺ちゃんぽくて……断っちゃいました」
「……まぁ……13歳の女の子には似合わないのは確かですね」
「博士号でこの子が動くなら100でも200でも取りますけどね」
そう言って九重は自作のからくり人形『紅桜型自動人形伍式』愛称『さくらちゃん』の頭を撫でる。

「ところでお嬢様……」
「なんです?改まって……もうおやつの時間ですか?」
「おやつじゃありません。この時間は、なんなら登校時間です」
「……」
「旦那様からメッセージが届いていますが、いつも通り読み上げますか?」
「ええ、お願いします」
小明戸は軽く咳払いをして渾身のイケボを作るとメッセージを読み上げはじめた。


「『親愛なる九重へ、もしこのメッセージを小明戸君に読み上げさせてるなら、やめなさい。ここから先は是非、自分で読みなさい……』」
小明戸は主人である九重の背中を見る。
九重はあいも変わらず分解作業を続けている。

咳払いをし、もう一度声を作って続きを読みあげる。
「『……九重ちゃん、九重ちゃんは学校をなんだと思っているのかな?聞くところによると今年度5回しか登校していないみたいだね?いくらいく必要もないとは言っても行くからにはちゃんとしてほしいな。でももう過ぎたことはしょうがないのでお父さんのお願いを聞いてくれたら許します。もし聞いてくれないなら……お父さん泣いちゃうからね?それだけじゃないよ?千夜重(ちよえ)さんが九重ちゃんを連れ戻しにいくって言ってるんだ。お父さんとしては千夜重さんを説得して九重ちゃんが学園にいられるようにしてあげたいんだけど、言いつけを守らない子を庇うのも難しくてね?それでお願いっていうのは神戸の本邸で行われるクリスマスパーティーに出席して欲しいって事なんだよ。十美恵(とみえ)ちゃんから奈菜ちゃんも戻ってくるって聞いたし一緒に参加して欲しいな。新しい反物を送っておきます。是非使って欲しいな』……そう言えばお荷物が届いてました。お部屋に運んでおきましたのでご確認ください。ごほん……『追伸、奈菜ちゃんの友人のジェーン君もその際には招待するよ。もちろん小明戸君にも来てもらいなさい。九重ちゃんの護衛なんだから、一人で行動しようとせずちゃんとついてきてもらいなさい……あと、小明戸君にはおやつをいっぱいあげる事。あと、ボーナスも増やす事。それから新型装備を支給する事。あと廊下の電球を明るさ重視でLEDにか「待ちなさい!」』」
九重がストップをかける。
「どこまでが本当ですか!?」
「……ともかく、こういう事ですので参加という事でお願いします」
「待ちなさい待ちなさい。こちらでのパーティーに参加するともう返事をしていますし、今更そんなことを言われても」
「十人会議のパーティーでしたら、すでにキャンセルを入れてあります」
「はぁ!?」
「お嬢様、はしたないですよ。……五葉様、六花様、八重様とお姉様方の許可は得ています。むしろ笑顔で送り出す勢いです」
「小明戸さんはもう少し主人に対しての敬意を持った方がいいと思います」
「心の内をお見せ出来ないのは慚愧の念に耐えません」

こうして、葉車九重はクリスマスに神戸へ向かうことになったのだった。


※※※※
12月5日 放課後
董薬房への道

日没までは時間があるものの、降り続ける雪のせいですっかり暗くなっていた。

「なんじゃ相変わらず暗いの……」
「えへへ」
街灯は暗く中には点灯していないものもある道を、ジェーンと幸男(ゆき)は微妙な距離感で歩いている。

「暗いのですよね!手を……手を……どうぞ!」
暗くて表情は見えないがうわずった声色から察するに、きっと真っ赤になっていることだろう。
「カカカ 暗かろうが儂には関係ないぞ」
「……あ……はい……」
「(明らかにがっかりしとる……仕方ないのぉ)……儂は暗くても平気じゃから、儂が手を取ってやろう。ほれ手を貸すが良い」そう言って幸男(ゆき)の手を取ると前を歩き始める。
繋いだ手から幸男(ゆき)の緊張と興奮が伝わってくる。
「(セブンの奴もこれくらいの可愛げがあればのぉ)」
「センセェここが先日、殺し合った(やりあった)場所ですよ」
「ここって……よっぽどそういう縁のある道なんじゃろうなぁ」
「ですねぇ……私が先生に助けて貰ったのも此処ですし、今回私がアレを助けるきっかけになったのも此処ですしねぇ」
「ふむ……『縁結び地蔵』でも立ててお祀りした方がいいんじゃないか?」
「私には分かりませんけど、先生が言うならそうかも知れませんね」
「いやぁ儂もそっち方面は専門外じゃからなぁ……今度、知り合いに話をしてみようか」
「いいですねぇ!おともします!」
「おすすめはせんがのぉ」

「この街灯じゃったか?」
「そうですね。しかし……通るたびに消えてますねぇ……えい」
コツンと街灯がを蹴る。
先日と同じ街灯を同じように蹴る。
コツン コツン と。
すると、あの時と同じようにまるでスポットライトの様に明かりが灯る。

ジェーンにとっては2年ぶり、幸男(ゆき)にとっては先日ぶり……となるシュチュエーション。
訪問者……あるいは襲撃者の女がその姿を見せる。
チャイナドレスに毛皮のコート。
この色気漂う女は、二人は知る由もないが、嘉木城を楊大姐(ヤンタージェ)の場所へ案内した女だ。

「やっぱり此処はなんかあるの」
「そうですね……今回の件が終わったら本当に行きましょうね、キリ研です?それとも仏研ですかね?」
「こういうのは神道研と相場が決まっておる」
「そういうもんですか?」
「うむ、儂が言うんじゃ間違いない」
「はい センセェ」
幸男(ゆき)はとにかくジェーンとおしゃべりできるだけで楽しいらしく、終始ニコニコである。

「そろそろしゃべってもいいかしら?」
光の中に立つ女がそう言葉をかける。
「律儀よのぉ……何ようじゃ?」
「……要件は二つあるのですが……はて?」
「センセェ……寒いんで放っていきましょうよ」
「そうも行くまい、儂が見る限り、囲まれておるしの」
「そうなんですか!?……気配はありませんね(センセェには指一本触れさせないわ!)」
「うむ……ざっと30位かの」

チャイナドレスの女は少し驚いた様子で
「よく分かりましたね?……もしかして、貴女が【白いヤブ医者】ですか?」
「不本意ではあるがそう呼ばれておるの」と言ってため息をつく。

チャイナドレスの女は幸男(ゆき)を見ながらこう言った。
「すると、貴女が『瑠璃堂院月子』様ですね?」
「……は?」
聞いたこともない名前で呼ばれた幸男(ゆき)は思考が追いつかず「誰それ?」と素直に聞き返す。

「おかしいですね……依頼によれば【白いヤブ医者】は始末して『瑠璃堂院月子』様は丁重にお連れすることになっているのですが……?」

「……儂じゃ」
「え?」
「瑠璃堂院月子とは儂の本名じゃ」
「えええ!?」
チャイナドレスの女も驚いたが、それよりも幸男(ゆき)が驚いている。
「センセェって『ジェーン・ドゥ』じゃないんですか!?」
「うむ『ジェーン・ドゥ』は日本で言うところの『名無しの権兵衛』みたいな意味じゃからの」

「知らなかった……え?て事はセンセェは日本人なんですか?」
「うむ、バリバリの日本人じゃぞ」
「……見えませんね」
「おかげで両親は離婚じゃ」
「ごめんなさい……センセェごめんなさい」

「て事は……【白いヤブ医者】はおチビさんで、おチビさんが「瑠璃堂院月子」様と……」
「うむ。しかし、よう調べたの?学園には届けてないはずなんじゃが……?」
「まぁそこはウチらも仕事なのでね?」

「しかし、よう分からん仕事をふられたものよな?」
「ええ、そうなんですよ!……お金払いのいいお客様からの依頼と一門の面子と……どうしようかしら……」

「一旦、連れて帰ってから、依頼主へ面子分の金を出させるのはどうじゃ?」
「ふぅん?」
「つまりじゃ、連れて帰って依頼は達成。引き渡すかどうかは面子分の金なり見返りなりを求めるのが良いのではっと言うわけじゃ」
「なるほど……しかし、依頼主が面子代を出せない場合は……貴女大変なことになると思うのだけれど?」
「センセェ!ダメですよそんなの!」

言い募る幸男(ゆき)を手で制して
「ところで、依頼主に払わせられそうかの?面子代」
「……今の彼には無理じゃ無いかしら……だいぶん落ちぶれていますし、換金できそうなブツも価値がはっきりと致しませんしねぇ」
「と言う事は面子の為に儂はどうにかされる未来しかなさそうじゃの?」
「何言ってるんですか!?先生には私も、他にも味方してくれそうな人はいっぱいいるじゃないですか!」

「は……は……はくちゅ!」
緊張感のカケラも無いくしゃみをしてブルリと震える。
「とりあえず立ち話もなんじゃし、この先の薬房で話をせんか?」
「そうしたいのは山々なのですけれど、人目を忍ぶお仕事なんでそうもいかないんですよ」
「ちなみ、儂が大人しくついて行ったらこの者は帰してもらえるんじゃろうか?」
「あー申し訳ございません。目撃者は放置できないのです。ですので始末させてもらうことになります」
「まぁそうじゃろうなぁ……すると結局、対立せねばならんの」
「センセェ、何処まででもお供します!」
「プライベートで出逢えていたら、存分に可愛がって差し上げたのに……本当に残念だわ」
「えぇ?」
「瑠璃堂院様は世が世ならお姫様でいらっしゃいますよね?しかも、この意志が強そうで生意気な感じが……」
ジェーンも幸男(ゆき)も不穏な雰囲気を感じる。

「少しロリ過ぎる感じはするけど、補って余りある……泣き叫ぶ姿はさぞかし……」夢見がちな感じにうっとりと話す、チャイナドレスの女。

「センセェ、こいつやばいですよ?」
「(儂の周りにはクセの強いのが集まるのぉ)」

場を沈黙が支配する。

街灯が三人を照らす。

チャイナドレスの女との距離は、おおよそ10m。
女がフィンガースナップで合図をすると、投網が幾つも投げかけられる。

しかしまるで壁でもあるようにジェーンたちには届かない。

「……ふむ、なるほど」
チャイナドレスの女は一人納得している。
「やはり、連れてきて正解でしたね」
そう言って背後の闇に声をかける。

「やれやれ、出番は無いと思っとったんやがなぁ」
妙な関西弁を放ちながら光の中に入ってきたのは、制服の上から深い紫色のローブを羽織って、同じ色のつば広三角帽子を被った男。
子供の拳ほどの紫水晶が付いている杖を持つ。

対するは、白いゴスロリに同じ色のつば広三角帽子。
銀髪金眼。
右目を覆う眼帯代わりの黒い布。

「センセェ……魔法使いが出てきましたよ?」
「うむ、意外な展開じゃのぉ」
「センセェを見てると意外と言う感じが薄れますけどね」

「なんや、噂によれば【白いヤブ医者】ってのは霊感商法で儲けとる悪徳医者やいう話やん?」
「なぁんですって!センセェは本物だし!ちゃんと治療してます!」
「はっはっはっは!悪徳医者はみんなそう言うんや」
「村崎君、そろそろ仕事してもらいたのだけど?」
「おぅ!任せとけって!」
村崎と呼ばれた男は杖を掲げ呪文らしきものを唱え始める。

「むらさき……だから紫色なんですかね?」
「まぁ精神状態が影響することもあるしの、好きなようにするのが1番じゃからの」

「『暗雲 来れ 雷雲 唸れ 走れ 貫け 紫電 轟け 雷鳴 相手は 絶命 深き紫の神鳴(Deep purple thunder)!』」

ジェーンと幸男(ゆき)が軽口を叩いてる間にも魔法は完成し、杖から轟音と共に紫電が放たれる。

しかしジェーンには届かない。
紫電がジェーンの障壁に触れて拡散する。
ジェーンは耳を押さえながら
「びっくりした!すっごい音がするの!」
「センセェ!音が大きすぎたので耳が聞こえません!何って言いました!?」

「ちょっと!村崎君!ここまで音が大きとは聞いてないわよ!それに、ピンピンしてるじゃ無いよ!」

影の中に潜む襲撃者達も閃光と轟音で、まるでスタングレネードを食らったかのような状態だった。

「な、な、な、何じゃぁこりゃ!何で平気やねん!?自慢の一撃やぞ!詠唱も印も無しに……おかしいやろ!」

村崎にとって魔法を使う上での常識は、呪文を詠唱したり、印を結んだりするものだった。
……村崎は学園へ来て初めて魔法使いになった。
入門時に師匠からそう教わったのだ。

昨今流行りのラノベのような無詠唱、無印に憧れて研究しては見たものの、そもそも魔法とは他者の力を借りるものであり、それらは無断で力を貸してくれるような存在ではなかったはずだ。
呼びかけ、交渉し、対価を払い、超常を起こし、感謝を示す。
この流れが必要なはずだった。
なのにどうだ?
目の前の【白いヤブ医者】は詠唱も結印さえなく、なんなら集中すらしていなかった。
「(なんや?ワイが相手にしとんはなんや!? 超常の力を借りるまでも無い存在……嘘やろ……ありえん……)ありえんやろ!」

「村崎君!大丈夫なんでしょうね!」
切り札だった村崎の魔法が効いたように見えない今、焦っていた。
自陣営の切り札以上に実力がある可能性……。

「ワイの最大魔法を使う!それまでの間時間稼ぎをせぇ!一斉に飛び掛かれ!!」

ジェーンはずっと村崎を観察している。
現代日本では魔法使いというのはやはり珍しく、伝統派とも言うべき彼のスタイルは2000年ほどの昔なら欧州全域でよく見かけたものだったが……。

村崎の合図と共に闇から飛びかかってくる一味達。
「『龍門の守護者 来れ 雷雲 集え 十二の竜 唸れ 走れ 貫け 紫電 轟け 響き渡れ 十二の雷鳴 相手は 絶命 十二の深き紫の神鳴(Deep purple Ⅻthunder)!』」

先程とは比べ物にならないほどの轟音が学園に響き渡り、翌朝のニュースで取り上げられるほどだった。

「……なんでや……何でこれも効かへんねん!」

「センセェ……今のは流石に怖かったです……」

「ちょっと!村崎君!うちの手下どもも巻き込まれたんですけど!」

「雷魔法中級者あるあるじゃな。だからといって教えてはやらんがの」

「ワイが……中級者?」
「威力だけを求めて当てることが出来ない者を上級者とは言わんじゃろ?」
「でも……師匠からは……」
「怪獣を相手にするなら良さそうな魔法じゃけど、対人では持て余すのぉ」
「……では……どうすれば……」

「儂ならこうするの」
そう言って無防備に村崎の元へ歩み寄る。
村崎の手を取り上目使いでにっこりと微笑む。
こんな状況でなければ、村崎は間違いなく恋に落ちただろう、けれど今は戦闘中である。
ジェーン側にはその緊張感が欠けているが……。
「な……何を……?」
「うむ、こうじゃ」
その瞬間、握られた手から電流が走る。
村崎の魔法とは比べ物にならないほどの低電圧。
けれど、村崎の意識を奪うには十分だった。
「スタンガンの要領じゃ」
「おお!さすがセンセェ!」
「村崎君!」

「さて、まだやる気はあるかの?」
「……だからって退けない事情があるんだよ!」
「猫がお留守ですよぉ?」
「くそがぁ!」
チャイナドレスの女はポケットから拳銃を取り出そうとするが、慣れていないのかモタつく。

ジェーンの横から幸男(ゆき)が飛び出す。
「守られてばかりじゃ無いってとこを見せますよ!」
「待て!」

「くそ!抜け 抜けない!」

くぐもった、風船が割れるような音。


幸男(ゆき)の勢いが削がれる。

次の風船の割れるような音――銃声――はイヤにはっきりと聞こえた。

幸男(ゆき)の足が止まる。

ジェーンからは幸男(ゆき)の背中しか見えなかったが、撃たれた事は理解できた。

幸男(ゆき)がその場で崩れ落ちる。

幸男(ゆき)向こうに
ポケットの中から発砲した女が見える。

「ゆき!」
心臓が跳ね上がる。

「ゆき!」
足が自然に走り出す。

「ばかもの!」
幸男(ゆき)覆い被さる。

「ゆき!」
幸男(ゆき)の体を起こす。

幸男(ゆき)の白いロングコートが血に染まっている。
魔法で心音を……聞こえない。

「逝くな!逝くな!一緒に温泉行くんじゃろう!」
銃創に手をかざす。
金色の燐光が幸男(ゆき)の傷を照らす。

チャイナドレスの女は目の前で起こっている人命救助劇に冷笑を浮かべながら、これに幕を引くべくジェーンに向けて引き金を引く。

幸男(ゆき)の蘇生に集中するジェーンはこれに対応できない。

銃弾はジェーンの太ももに命中する。
「ふふ……ふふふふ……アンタを連れて行けない以上は、面子のために死んでもらうわぁ」

銃声。
肩に命中する。
「でも、ただ簡単には逝かせないわよ?面子を保つってそういう事だからね?」

「ぐぅ……ゆき……」
ジェーンは治療を続ける。

銃声
背中に新しい傷を穿つ。

「私、鉄砲ってあんまり使ったことはないのだけど……なかなか難しいものね」

銃声
また背中に傷を穿つ。

「(このままでは、いくら人間より死ににくいとは言え……せめてゆきだけでも守らねば!)」

カチン! カチン!
「あら?弾切れなのね……」

女はポケットへ拳銃をしまうと、代わりに折りたたみナイフ――バタフライナイフ――を取り出し、それを弄ぶ。

ジェーンの魔法は幸男(ゆき)に注がれ続ける。
銃創を塞ぐ事はできたが、心肺停止状態が続いている。

「ゆき……戻って…こい……」
「ふふふ……いい様ねぇ……月子様、よっぽどその女の事が大切なんですね?」
ジェーン――月子――は答えない。
しかし、自身のことよりも幸男(ゆき)を優先する姿はチャイナドレスの女にその答えを示し続けている。

「月子様のその思い……踏み躙らせて貰いますね?」

女はナイフを逆手に持ち……ジェーンの背中へ振り下ろす。
何度も何度も。
子供のような背中にナイフを突き立てる度に、女の顔は愉悦に歪む。

「(こうも連続で刺されると回復も追いつかぬ……あぁ……ここまでか……ゆき……やれる事はやった……セブンの事を頼む……泣き虫じゃからの……)」

「はぁはぁ……驚いた……まだ息があるのね……毒虫は頭を潰さないといけないって事かしら?……でもそうすると首を持って帰るのが大変なのよね……」
額の汗を拭いながら二人を見下ろす女。

「ふふふ、いいこと思いついたわ」
そう言って幸男(ゆき)に覆い被さるジェーンの髪を掴み引き剥がす。
仰向けになるように投げ捨てる。
「ふふふふ 前に傷をつけなくてよかったわ」
女はジェーンを跨ぐと幸男(ゆき)の血に染まるその服を、切り裂き剥いていく。
「思った通り……綺麗ね……雪の妖精みたい」
女はジェーンに触れる。
「肌も綺麗……ふふふ……すべすべして気持ちいい……ここに、これを突き立てたら……どんなに気持ちいいでしょう?」

白い肌に指を這わし、その肌触りを楽しみながら女は狂気へ浸る。

「背中と同じようにしましょうか……それとも心臓を一突き?一気に行くのもいいけど、ゆっくりとナイフが沈んでいく様を見てもらうのも良いかも?」

女は目の前の玩具をどう壊すかという事に気を取られている。
その背後で結実した、ジェーンの魔法に気付かなまま。

「ああ!興奮するわ!私が男なら○○趣味(ネクロフィリア)に目覚めたかもしれないわね!」

改めて玩具となったターゲットを見下ろす。
「貴女のような玩具は初めてよ?これで『さよなら』なのが惜しいけど、貴女が最後に見たのが私だって事が何より嬉しいわ――」

ナイフを両手で持ち高々と振り上げる。

ジェーンは女を見上げている。
「(これまで色んな死に方をしたの……謀殺、戦死、毒殺、溺死、拷問死、魔女狩りで死ぬよりはマシか……)」

「――さようなら」
女は言い終わると同時にナイフ振り下ろした。
死の刃はジェーンの白い肌に突き立てられ、心臓に達し、その活動にトドメを刺す。そして女に最上の高揚感を齎す……はずだった。
手首から先があったなら。

「え?……え?え?……なに!?」
血に塗れる手首、ある筈のそこから先。
理解ができないまま女は蹴り飛ばされる。
振り返るとそこには……
血に濡れた日月弧影剣(にちげつこえいけん)を持った幸男(ゆき)が、ふらつく足で立っていた。

「センセェ!大丈夫ですか!」
ジェーンを抱き起こすと、背中に回した手にぬるりとした感触。
手についた血を見て一刻を争うと理解した幸男(ゆき)は彼女を抱き上げ走り出す。
「センセェ!センセェ!」
息を切らしながら走る。
「死なないで!」
ふらつく足は幸男(ゆき)の意志とは別にその仕事を放棄する。
つんのめる中ジェーンを傷つけまいと身を捩り己を犠牲にする。

ジェーンは動かない。

「センセェ!!」
悲鳴にも似た呼びかけ。
それでも彼女は動かない。

ジェーンを抱き上げ再び走ろうとするも、脚に力が入らない。
「この馬鹿脚がぁ!今、動かなくてどうすんのよ!」
己の脚に拳を叩き込む。
「好きな女を守れなくて何が男だ!動け!動け!動けぇ!動いてよぉ!!」
けれど、幸男(ゆき)の脚は、小さいとはいえ人を運べるほどには回復していなかった。
そこへ渾身の蹴りと、無理な走りとで一時的な限界を迎えていた。

あと百数十メートルも行けば『董薬房』だ。
せめてそこまで行ければ助ける事ができる。そう信じてジェーンを運ぼうとする幸男(ゆき)だが、その脚は動かない。

「センセェ!貴女が好きです!どうか生きてください!」
幸男(ゆき)は左手でジェーンの手を取り右手で進む。
それは匍匐前進のような姿。
「センセェ!センセェ!セブンも待ってますよ!」

ズリ……ズリ……

雪が新しく積もり始めた道を、ジェーンを引き摺りながら匍匐前進の要領で右腕のみで進む。

幸男(ゆき)は呼びかけ続ける。
「センセェ!……ジェーン!セブンも!桜木(さっ)ちゃんも!伊仲ちゃんも!皆んな待ってますよ!」

最後の曲がり角
ここを曲がれば董薬房が見えて来る。
そうすればもうすぐそこだ。

「ジェーン!あと少しですよ!早く起きないと見られちゃいますよ!」
あと少しという安堵からジェーンを振り返る。
そこには力無く引き摺られ、薄らと雪が積もるジェーンの姿があった。
「ジェーーン!……逝かないで!私を……私達を置いて行かないで……」
再び悲劇が脳裏をよぎる。
溢れる感情が頬を伝う。

「董老師!助けて下さい!董老師!」

董薬房の主人にして幸男(ゆき)の八卦掌と東洋医学の師『董定遠』へ助けを求める。

「あぁ!神様!どうか神様!ジェーンを助けて下さい!この女は……きっと多くの人を救います!……どうか!神様ぁ!いるなら一度くらい願いを叶えてよ!好きな女の命を助けさせてよ!」

絶叫

それは幸男(ゆき)の魂の叫び

「ジェ――ン!!」

幸男(ゆき)は拳銃で撃たれて心肺停止状態となった。
その後ジェーンの魔法で傷を塞がれ、心臓は再び鼓動を打つようになった。
立つのがやっとという状態でチャイナドレスの女を退け、脚が動かない中ジェーンを引き摺り百メートル以上を匍匐前進して ここまできた。
……体力の限界はとうに超えていた。
『好きな女を助けたい』その一心でここまで来た。
しかし……ドアまで数メートル……

ついに幸男(ゆき)も進めなくなる
「(もう……動けない……あと少しなのに……ジェーン……愛おしい人……天国でも、地獄でもお供します……ああ……温泉、一緒に行きたかったなぁ)」

せめて最後はジェーンを抱きしめていたい……二人で進む事はできないが、ジェーンだけならまだ引き寄せられた。

ジェーンに積もった雪を力無く払って抱き寄せる。
ジェーンの顔がすぐそこにある。
「ジェーン……センセェ……ごめんなさい……ありがとう……愛しています……」

目が霞む……ジェーンの顔も見えなくなってきた……最後に……最後に……キスを………………。

幸男(ゆき)の意識は途切れる。

雪が降る。

彼女達の願いを消し去るかのように……。

しかし……
ドアの向こうから足音が響く。
門灯が灯された。

幸男(ゆき)の願いは聞き届けられた。


雪は尚も降り積もる。
現実(リアル)奇跡(ミラクル)も覆い隠して。


ジェーン・ドゥと彼奴(あいつ)誕生日(クリスマス) 第三部 了

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最終更新:2022年10月19日 18:20