『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日(クリスマス) 第四部』


■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。女難の相があるっぽい。
本名:瑠璃堂院月子

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成


■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。
今はジェーンへの感情に悩んでいる。

イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成


■那須さん:ジェーン大好き。女装男子。
中国拳法と東洋医術を修めている。
推しの幸せは...私の幸せ...

イラストは、( 「ひよこ男子」 )にて作成




ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第四部


12月8日 夕方
弁天寮 ジェーンの部屋

セブンは夕食の準備をしている。
この3日間、ジェーンが帰ってこない。

初日は急患でも出たのかと思った。
それでも連絡くらいは寄越せと腹が立ったものだ。

二日目、朝から姿が見えない。
またいつぞやのように、営業時間を稼ぐために診療所(ほけんしつ)に缶詰めなのだろうと、放課後になって差し入れを持っていく。
しかし、そこにいた桜木というナースが言うには、ジェーンからの連絡はないと言う。
ついでに、那須からもないと言う。
夜になってもジェーンは帰ってこない。
また、作った夕飯が余った。

三日目 朝になっても帰ってこない。
今も那須と一緒なのだろうか?
那須はジェーンのことが好きだ。
ジェーンは那須の事を恋愛対象としては見ていない……はずだ。
でも、那須幸男(ゆき)は男だ。
ジェーンと万が一のことがあったら……あったらどうだと言うんだ?

夕食の準備をしながら、部屋主の帰りを待っている。

今夜はジェーンに好評だった、豆腐づくしだ。
湯豆腐、厚揚げの揚げ浸し、豆腐サラダ。

セブンは今日も待っている。
作った夕飯を前にTVもPCもない部屋でただジェーンの帰りを待っている。


※※※※
12月8日 夕方
生徒会 応接室

第一書記 フレイヤ・紅葉・ミラー
かつては海外の特殊部隊に所属し実戦を潜り抜けてきた猛者だ。
生徒会に入るまではメイド服がトレードマークだったが、今は軍服っぽく改造された制服を着ている。
赤毛の凛々しいイギリス人。

正面のソファーに座るのは一人の女生徒。
外見からはごく普通の、どこにでもいる学園生徒。

「で、悪徳大路の有名人がこんな日当たりの良い場所に何ようです?」
「なぁに、ちょとしたビジネスですな」
そう言ってタバコに火をつける。

紫煙を吐き出して
「夏のクーデター未遂の際に色々と書類が流出してるようですなぁ?」

「煙草は控えてもらおうか……些細な問題だ、我々は押さえるべきものは押さえてある」
そう言いながら高そうな陶器製の灰皿をだす。

煙草を灰皿に押し付けながら
「ほぅ?『厳重秘匿』の朱印が入った書類は押さえるべきものでは無かったと仰るんですな?」

「……」
無表情(ポーカーフェイス)

「まぁいいでしょう……では、これを見ていただきましょうな」
そう言って女生徒は懐から一枚の写真を取り出す。
テーブルの上を滑らせて第一書記へと寄越す。

写真には薄汚れて所々折れ曲がり皺の入った元純白の生徒会用封筒が写っていた。
そして確かに『厳重秘匿』と朱印が押されている。

「これが何か?」無表情は崩れない。

「……」
もう一枚の写真を取り出して寄越す。
そこには『y→s』と走り書きされている。
この筆跡に見覚えがある。
なぜなら、フレイヤ自身が書いたものだからだ。

無表情に綻びが出る。

「心当たりがあるようですなぁ」

「……」

「中身については見ていないので安心してくれて良いんですけど、持ち主がいらないって言うなら欲しい人に譲ろうかと思ってましてなぁ?」
新しい煙草に火をつけようとして辞める。

「落とし物を届けたウチの善意にどれ位の謝礼を包んでくれるのか、先ずはそこからお話しようと思いましてなぁ?」

第一書記は無表情のままじっと写真を見ている。


※※※※
12月8日 夕方
董薬房

「センセェ……温泉気持ちいいですねぇ」
「うむ、極楽じゃのぉ」
「センセェ……そっち行っていいですか?」
「もちろんじゃ、むしろ儂がそうしようかと思っとったところじゃ」
「センセェ!」
「ジェーンと呼ばんか、馬鹿者め」
「……ジェーン」
「うむ……」
「あ……セン…ジェーン……お風呂で…そんな……ああ!」


暖かいベッド。
窓から差し込む西日。
ヤカンを乗せたストーブ。
見慣れた風景。
ここは療養室。
董薬房は病院も兼ねていて、ここはその病室にあたる。
四つのベッドはどれも利用中のようだ。

「……夢かぁ…………」
夢の続きを見ようと夢の記憶を思い起こす。
「センセェと……ジェ……ジェーンと温泉…………センセェ!!」

自分がなぜここにいるのかを思い出し、ついでジェーンの事を思い出す。

最後に見たジェーンの姿を。

無惨な姿で力無く引き摺られ、薄らと雪が積もるその姿は、生者のそれではない……幸男(ゆき)は愛する人を失った喪失感と、一緒に逝けなかった悲しみと罪悪感にも似た思いで胸を抑える。
「あ……あぁあ……センセェ……あぁ“……あ”あ“あ”……センセェ センセェ」
ベッドの上で身を捩りながら後悔と喪失感とジェーンへの想いが、胸の内で絡み合い膨らんで幸男(ゆき)本人を苛む。

「(センセェ……愛しい人……守れなかった……私が……余計な事をしてしまったんだ……)」
幸男(ゆき)は拳銃で撃たれて心肺停止状態となった。
消えゆく意識はかろうじてジェーンが駆け寄ってくれた事を知っている。

次に目が覚めると、チャイナドレスの女がジェーンに馬乗りになってナイフを振り下ろそうとしてるところだった。

「(センセェがあんな女に遅れをとるはずがない……だとしたら私が足を引っ張ったんだ……私のせいで……私が……センセェを……)」

「やぁ、起きたんだね、調子はどうだい?」
ふと気がつくと姉弟子で、董薬房の助手を務める『諸葛明華(しょかつミンファ)』が立っていた。
「どうしたどうした?元気が無いぞ?」
「……明華(みんふぁ)姐さん」
「しかし君は、色んなものを引き寄せるねぇ?前回は侍で今回はアレとはね」
「……アレって、センセェの事を言ってますか?私の大事な(ひと)をアレって言ったんですか!」
ジェーンの最後の姿を思い出す。
まるでボロ雑巾のような姿を……それでも愛しい人に変わらない彼女を、まるでモノのように言われたような気がして、憤る。

「センセェは素晴らしい人なんです!優しくて強くて!カッコよくて!美人で!私なんかでも分け隔て無く接してくれて、色んな事を知っていて!笑うとかわいいんです!普段は凛としてるのに、笑うとかわいいんですよ!今度一緒に温泉行こうって約束してたんですよ!それなのに……そんなセンセェを『アレ』とか言わないでくださいよ!」

「分かった、分かったから落ち着きなさい」
「センセェが……センセェ……が…… 」

【死】

この現実を認めたく無くて口に出来ない……けれど……けれど……
もしかしたらひょっこりと、いつもの調子で出てくるかもしれない……だから言えない……そんな幸男(ゆき)の心情を知るはずもない明華は、続ける。

「そう言えば小幸(ゆきちゃん)、いつも話ししてくれる……名前なんて言ったけな?」
「……ジェーン先生」
「そうそう、地下の霊安室(れいあんしつ)に――」

【霊安室】
ご遺体を保管する場所。

【ご遺体】
亡くなられた方の亡骸。死体。

【死】
非活動状態。生命活動の停止。永遠の喪失。

幸男(ゆき)が意識して避けていた現実が突きつけられた。
見たくなかった現実。
受け入れたくなかった彼女の――死。

べっとを飛び降り 走る ふらつく足で 廊下のあちこちにぶつかり 転びながら 地下を目指す
「センセェ!センセェ! いやだ!いやだ!センセェ!」
階段を転げ落ち体のあちこちにあざを作りながら……。
あれだけ泣いても涙は枯れる事なく、乱れる呼吸で彼女の名を呼ぶ。

そして遂に『霊安室』
そう書かれたプレートを前に足がすくむ。
ドアノブに手をかけるも手が動かない。

ここで引き返せば受け入れずに済む。
現実から目を背け続ければ、彼女の帰りを待ち続けられる。
引き返そう。

彼女は笑ってくれるだろうか……。
ここで引き返した自分に、あの笑顔をむけてくれるだろうか?

逡巡する事しばし。

「もう!びっくりするでしょ!急に走り出したりして!」

明華の声がする。
けれど今は聞きたくない。

「ねぇ!どうしたのよ!?」

意を決してドアを開く。

正面に祭壇。
やたら長い線香。
死者に捧げられた供物……が入っていた容器と、先ほどまで料理が入っていたであろう皿の山。
そして何より中央の棺桶の上に胡座を描いて、丼飯を掻き込む彼女の姿。

「おお!起きたか!カカカカ!ねぼすけさんじゃの!」

それは幸男(ゆき)が心底望んだ姿。
ボロ雑巾のように成り果て生気ない亡骸ではなく、生気溢れ命の輝きを発する。
そんな愛しい女、ジェーンの姿がそこにはあった。

「センセェ……あ…あぁ……センセェ」
ふらつく足でジェーンの棺桶へ歩み寄る。

「なんじゃ、ずいぶんふらついとるではないか……それにあざだらけ……階段からでも落ちたのか?カカカ!」

「センセェ……本当にセンセェなんですね?」
震える手をジェーンに差し出す。

丼を横に置いて
「うむ、儂じゃ。お主がここまで運んでくれたんじゃな。礼を言うぞ。流石に死ぬとこじゃった!カカカカ!」
幸男(ゆき)の手を取る。

「暖かい……あぁ……センセェだ……センセェだ……」

「なんじゃなんじゃ……泣き虫さんめ……よしよし。お主のおかげで儂は生きておる」
「はい……はい!」
「この恩には報いねばならんのぉ……なんでもよい、願いがあれば言うてみよ。可能な限り叶えてみせよう」
「……生きて……生きててくれるだけで……嬉しいです」
「そうか……しかし、何か考えておくが良い、いずれ何か必要になるかも知れんじゃろ?カカカ」

コンコンコン

見れば開けっ放しのドアをノックする明華が呆れた表情で二人を見てる。

「いったい何がどうなっているのか説明してほしいのだけど?」


※※※※
12月8日 夜
新町 焼肉屋『肉三昧』個室

奥にジェーン、その隣に幸男(ゆき)
ジェーンの向かいにセブン、その隣に明華。

幸男(ゆき)はジェーンにもたれかかりデレデレ。
それをセブンが険しい表情で見ている。
空気を読まず、肉を食う明華。

ピンポーン
「すいません、タン塩とカルビとホルモンを!あとご飯!」

「……で、3日間無断で家を開けた挙句、そいつと随分親密になってるジェーンさんは、毎晩ご飯を作って待ってた俺になんの御用でしょうかね?」
「(めっちゃ怒っとるの……とは言え真実を話すしかあるまい)」
「センセェは私とずっと一緒だったんですぅ」
セブンの表情は一層険しくなる。
「ほほぅ?」
「間違ってはおらんが、誤解を招くような言い回しをするでない!」
「いいや、ジェーン……お前がどういう人間かよぅく分かったよ。」
「え?そうなのか?」
ピンポーン「すいませーん!焼きニンニクとカルビと豚トロ!あと網変えてください!」
「センセェ、セブンの事はもういいじゃないですか?セブン自身がこんなんじゃセンセェもしんどいだけでしょう?」
「あーあー!悪かったな!しんどい女で!もういい!神戸もクリスマスも無しだ!」
「ゆき!少し黙っておれ!セブンよ、お主の怒りが何なのかは予想がついておるがそれは誤解じゃ」
「センセェひどいです!あんなに熱くお互いの名を呼んだ夜の事を無かったことにするつもりですか!?」
「ジェーン……何が誤解なんですかねぇ?」セブンのこめかみは怒りでピクピクとし、いつ爆発してもおかしくない事を表している。
「ゆき!いいから黙らんか!違う!セブン誤解じゃ!」
「やだセンセェったら、セブンの誤解なんて解く必要ありますぅ?恋人でも何でもないただの隣人なんて誤解でもなんでもさせときましょうよ」
ピンポーン「すいませーん!ハラミとヒレお願いします!あと烏龍茶!」
「ゆき!黙らんと温泉はなしじゃ!」
「えぇひどいです!あんなに温泉温泉って楽しみにしてたじゃないですか?!」
「はぁ!?お前ら二人で温泉行くって言うのか!?……確かに俺はジェーンの恋人じゃねぇ。正直、そこんとこ良くわかんねぇ……けど、ジェーンが他の奴と温泉とか行くのは嫌だ!でも、俺にそれを言う権利はねぇ!分かってる!分かってるが嫌だ!」
「あらあら……ほんとお子様ね」ため息と共にそう吐き捨てる。
「ゆき!いい加減にせんか!」
「嫌です!この際だから言わせてもらいます!セブン!アンタ センセェの想いに甘え過ぎなのよ!恋人でもない家族でもない奴が人の交友関係に口出ししてんじゃないわよ!アンタの好き嫌いのためにセンセェがどんだけ我慢してきてると思ってるの!」
「(え?儂なんか我慢しとったっけ?)」
「我儘ばっかり言って、お嬢様で甘やかされて育ってきたんでしょうけどね!何でもかんでもアンタに都合よく行くと思わないでよね!」
「な!なんだと!?」
「センセェはね!その命が尽きる間際までアンタのことを気にかけて、私にセブンの事を頼むって言ったのよ!私もセンセェの願いなら、って最初は思ったわ!けど、そのセブンが!センセェの事をよく知りもしないで!センセェの思いを知りもしないで!」
「……!」
「ゆき……もうよい」
「よくありませんよ!センセェがどれだけ大事に思っていても、セブンはちっとも分かってない!これじゃぁセンセェが可哀想すぎます!」
ピンポーン「すいませーん!肩ロースとミノ!それから抹茶アイス!あと牛ハツとカイノミ!それからご飯!」
「センセェは泣いてましたよ!アンタが大事だから私の想いに応えられないって!」
「ちょ!やめよ!」
「ジェーン……お前……」
「……なんじゃ」
「お前にとって俺ってなんなんだよ?」
セブンはあの夜の事をずっと気になっていた。
あれは本当に夢だったのか、ジェーンのセリフはただの夢の産物だったのか?
それを今ここで確かめたかった。
「なぁ、聞かせてくれよお前にとって俺はなんなんだよ」
「言えば……お主にとって儂は何かを聞かせてくれるか?」
「ああ……いいよ」
ピンポーン「熱いお茶くださーい!」
「わしにとって其方は、唯一無二の存在じゃ、今も昔も、そしてこれからもの」
「わかりにくいわ、つまりどう言う事なの?」
「「「(コイツ話聞いてたのか!?)」」」
「あの時も言ったが、儂もこの感情がわからぬ」
ピンポーン「網変えてください!……ジェーンはセブンの成長を見守りたいとか思う?」
「うむ……思うの」
「セブンが嬉しいと嬉しい?」
「うむ」
「セブンが悲しいと悲しい?」
「うむ」
「セブンのそばに居たい?」
「うむ」
「セブンが誰かのものになったら嫌な気持ちになる?」
「……うむ」
「セブンと手を繋いだら嬉しい?」
「うむ」
「……愛だよね」
「「「!?」」」
「それってば愛だよ。」
幸男(ゆき)は「ああ、やっぱり」と呟いて梅酒サワーを煽る。
セブンは顔を赤らめて「え?……あ……えーっと……えへへ」と嬉しそう。
明華は「(適当だったけど丸く収まるようでヨシ)」と肉を食い
そして1番驚いたのはジェーン。
長い転生人生の中で最初はセブンに命を救われて、恩返しのつもりで始めた事だ。
次の人生では娘であり、次は彼女として求められた。
そんな人生ごとの役割は違えど、ジェーンから愛情を抱くなど無かった筈だ。
セブンの魂の幸福のためにそれに合わせた愛情を抱いてきた。
「(だいいち愛にも色々あるではないか……深い友情(フィリア)無償の愛(アガベー)家族愛(ストルゲー)なのか情欲的な愛(エロス)なのかは自分でもわからないが……まぁよい……セブンが幸せならそれで良い)」
「センセェ……また何か抑え込んでいませんか?」
「いや?特にないぞ?」
「本当ですかぁ?」
「うむ……さて、セブンよ、聞かせてもらおうか、お主にとって儂はなんじゃ?」
「…………秘密だ」
「はぁ!?お主!言うたら言うって言うたではないか!」
「今すぐとは言ってねぇ!俺が悩んだ分、お前も悩め!」
ピンポーン「てっちゃんとカルビ!とご飯!」
「「「食い過ぎだ!!」」」


※※※※
12月10日 放課後
委員会センタービル
ジェーンの診療所(ほけんしつ)

「今日も来客はゼロですよぉ」
「ああん?俺がいるだろうが!」
「だべりに来るだけの女は客じゃありませぇん!」

「すっかり仲良くなったのぉ」

「「どこが!?」」
お互いに顔を見合わせる。
「「こんなのと仲良しだなんてごめんだ
(よ)!」」

再び見合わせて「「ふん!」」

「しかし、いろいろあったのぉ……」
「死にかけましたしねぇ」
「体調はどうじゃ?」
「お陰様でバッチリです!前よりもお肌ツルツルでいい感じです!」
「カカカ!それは良いのぉ」
「おれはジェーンに愛されてるって分かって、嬉しいよ」
ドヤ顔である。
「はぁ!?センセェは私の事も大事なんですぅ!」
「ジェーンは優しいからなぁ……よかったな、ゆき」
「きぃ〜!」
「セブンよ、そう虐めてやるな」
「へーんだ!私なんてセンセェと温泉行くんだもんね!」
「ああ、それじゃがの」
「アンタがクリスマスをキャンセルしたんで、私と行くことにしたんですぅ!へっへーん!」
「クリスマス?……ジェーン、お前まさか……」
「すまん、言い出せなんだ……」
「え?え?」
「クリスマスにの……その……」
ジェーンは言い淀むがセブンに促されて幸男(ゆき)へ事情を話す。

「クリスマスにの、一緒に神戸へ行かんか?それで温泉への?」
「はい?そう聞いてますけど……?」
「あーつまりじゃ、儂とセブンが計画しておった神戸旅行に混ざらぬかと……」
「???」
「最初からそう言わねぇから混乱するんだよ……俺たちの神戸旅行は中止になってねぇんだよ、ジェーンがお前を誘ったのはこっちの予定といっしょにいかねぇかって言う事なんだよ」
「…………そうなんですか?」
「うむ……説明が足らんかったようじゃ……すまん」深々と頭を下げるジェーンを見て幸男(ゆき)はため息を吐く。
「私はそれでも良いけど、アンタはそれで良いの?」
「今回はジェーンが世話になったみたいだし?それに三人でも楽しめるだろうしな」
「うむうむ」
「ただ、25にパーティーがあってな、俺とジェーンしか招待されてねぇんだよ……」
「なにそれぇずるい」
「経済界や政界なんかを中心に招待されてるんだ……お前、そこで立ち回れるか?」
「……もし、立ち回れなかったら?」
「招待した葉車の名前に傷が付く」
「……大袈裟じゃ……無いみたいね」
「すまんの」
「センセェが謝る必要なんてありませんよぅ」
「と言うわけで21日にはこっちを出るから、準備しとけよ」
「飛行船のチケット23で取っちゃったわよ?」
「ジェーン……」視線でジェーンを責める。
「……変更になったのを言い忘れておった……すまん!」
「まぁいいよ、そのチケット返金してもらっとけ」
「でも、どうすればいいの?チケット完売してるって聞いてたけど?」
「大丈夫だから、任せとけって!」


※※※※
12月11日 夜
悪徳大路 楊一家 アジト

「誰だい?」
楊一家の頭、楊大姐の寝室。
ベッドに入って微睡始めた頃、室内に人の気配が現れた。
入り口には見張がいるし、ドアが開いた様子も感じなかった。
すると、最初からここに居たということか……?
「村崎かい?」
用心棒にして恋人の名前を呼んでみる。
しかし返事は全く知らない女の子の声で帰ってきた。
姿は見えず声だけが聞きえる。

「お主のとこに手首が飛んだ女が居ろう?」
「さて、誰の事かわからないね」
「先日、村崎と組んで仕事を失敗した女だよ」
「……するとアンタが【白いヤブ医者】って事かい……ウチの依頼達成に協力してくれるってわけじゃなさそうだね?」
「最初はそれでも良かったんだがのぉ、儂の身内に手を出すなどとほざきおったので、その線はのうなったんじゃ」
「……で?今夜はなにようだい?まさかウチに夜這いってわけじゃ無いんだろ?」
「そう望むならそれでも構わんがの?」
「……お断りだよ……で、何の用だい?」
「コイツを返してやろうと思っての」

ベッドに座る楊大姐のそばに2つの何かが放り投げられた。
「ふぅ、暗くて見えないねぇ灯りを」
言いかけて目の前にテニスボールほどの灯りが現れる。
「なるほど、村崎が勝てないと言っていたのはこう言うところか……あんたウチで働かないか?」
「……」
「わかった、わかったよ……そう睨まないでおくれ……でどれどれ……」
それは【二つの手首】だった。
「あの女を呼ぶがよい。つけてやろう」
「お人好しだねぇ……アンタはその見返りになにを望むんだい?」
「不干渉」
「それじゃ採算が合わないんだよ。信用や面子ってのは重要でね……失ったままじゃ生きていけない」
「そんな事は儂には関係ない、飲めないなら飲めるようになってもらうまでじゃ」
「ウチに何かあったらここはから生きて帰れると思うのかい?」
「来たからには帰れるじゃろ」

次の瞬間おでこを触られた感触と同時に意識を失った。
「夢とは言え儂が受けた魔女裁判をどこまで耐えれるかの」

目が覚めるとそこは拷問部屋だった。
そう判断できたのは周囲に拷問を受けているものがいたからだ。

以前、配下の女から『拷問器具特集』と言う本を押し付けられたことがある。
椅子に縛りつけられ身動き出来ないせいで全てを見回す事はできないが、苦痛を与えた挙句良くて不具、大体において死という結果をもたらすものばかり。
周囲からは悲鳴が聞こえる。
「ビビらせようったってそうは行かないよ!」
そう啖呵を切るも声の震えを自覚する。
目の前で焚き火が炊かれている。
執行人が火箸を焚き火に突っ込むと真っ赤に焼けた長靴のようなものが出てきた。
真っ赤に焼けた銅製のそれは、どう考えても人が履くようなものではない。
なのに、執行人は楊の足を取り容赦なく履かせていく。
「!!!!!!!」
声にならならない悲鳴をあげる。

こうして楊の心が折れるまで幾つもの拷問を課せられたのだった。


※※※※
12月12日 朝
悪徳大路 楊一家のアジト


楊一家はアジトに集められた。
ボスである大姐からの大号令があったのだ。
大幹部から下っ端までが一堂に会しているなかで、ボスは宣言する。
「今日この瞬間から、楊一家は解散する!全員足を洗ってカタギになることを望む。中にはこの道を進む者もいるだろうが、忠告しておく。【白いヤブ医者】とその身内には絶対手を出すな。
死ぬより恐ろしい目に遭う。あれは悪魔だ……絶対関わるな!以上、解散!」
この場には【白いヤブ医者】の一件に関わった者も多く、そうでない者もまたその者たちから話も聞いていた。
故に、大姐の言葉はすんなりと受け入れられた。

※※※※

手首のない女は楊大姐の言葉を背中で聞いていた。
話が始まる前、医務室に行けと言われたからだ。
「解散……どのみちこんな体じゃまともに生きていけやしない……【白いヤブ医者】あんなのに関わったばっかりに……」
医務室のドアを開けると、いつものモグリの医者ではなく、絶対関わるなと話にあった【白いヤブ医者】が待っていた。
「ヒィ!」
悲鳴をあげて部屋を出て行こうとすると鍵がかかったようにドアが開かない。

「ほれ、そこへ座れ。お主の忘れ物を届けに来たんじゃ」
「ヒィ!……あんだけやってなんで平気な顔してるの!?いくらなんでもまだ寝たきりでしょう?普通なら死んでるわよ!」
「はよ座れ、面倒は嫌いなんじゃ」
「……は……はぃ」
「手を……手首を出せ」
ジェーンは巻かれた包帯を取り縫合糸さえも取り除く。
傷口が露わになるにつれて女の顔色が悪くなっていく。
「(ああ……こんな仕返しを受けるくらいなら、死んでおけば良かった……)」

なぜか痛くないとはいえ、みるみる傷が開いていくのだから平気なはずはなかった。

脇に置いてあったフキンを取るとそこには女の手首があった。
「え?え?」
手首はさっきまでつながっていたかのように血色がよく、見るからに新鮮であった。
「この忘れ物を届けに来たんじゃ」
そう言って手品でもするように、切断面を並べたかと思うと布をかぶせる。
「熱っ!」
あまりの熱さに手を引っ込めてしまうが、そこには切り落とされたはずの手首が以前と同様に付いていた。
「この手首は儂の力でくっつけてある。いずれはそれがなくとも大丈夫になるじゃろうが早くて三年、遅いと十年はかかろう。手首を失いたくなければ、儂が無事であることを日々祈るが良い カカカカ(まぁ嘘じゃが!もうくっついとるし全く大丈夫なんじゃが!)」
「月子様……どうして……」
「(ゆきが恨まれることのないように……とは言え口にする事ではない……なんと言うべきか……)」
「月子様?」
「それをやめよ、ここではジェーンで通っておる」
「ジェーン様……なぜ私を助けてくれたんですか?」
「さて……お主の事を多少とは言え気に入ったところがあるからじゃろうか」
「ジェーン様!」
「うお!?なんじゃびっくりした!」
女は跪き「ジェーン様、お願いがあります!組織は解体されましたが、買ってきた恨みまで消えるわけではありません!このままでは早晩、骸を晒すことになります……どうか、ジェーン様の配下に加えてください!」
「厄介ごとはごめんなんじゃが」
「組織の解体、このタイミングでジェーン様がいらっしゃると言うことは解体そのものがジェーン様のご指示ですよね?でしたらその後の責任を取ってください!」

コンコンコン
「入れ」
「し、失礼しします!」
楊がビクビクしながら入ってくる。

「大姐……」
「ヒィ!」
「ちょっと効きすぎたかの……」
「一体なにを?」
「此奴の心にちょっとばかり儂の経験を追体験させたのよ……そしたらこうなった」
「大姐……大丈夫ですか?」
「鈴……私は退学する……もう…生きてるうちに……」

「鈴というのか。其奴に退学手続きをしてやるが良い、その後でまだ気持ちが変わらなければ儂のとこにくるが良い」

こうして一つの悪の組織は消滅した。

もぬけの殻となったアジトに軍事研の特殊部隊が突入するのは1時間後の事であった。

※※※※
12月13日 朝
セブンの部屋

今日も寒い。
神戸では雪はほとんど降らない。
南国の宇津帆島も通常時ならそうだが今年は異常気象だという。
宇津帆島にはよくあることだ。

昨日はジェーンと串カツを食べた。
串カツと言えば大阪のイメージがあるが、神戸民の中には串カツを神戸民のソウルフードという者もいる。
セブンもその支持者だ。
そんなセブンが揚げた串カツがまずいわけがなかった。

そんな余韻に浸りながら登校の準備をする。
いつものごとくTVはながら見状態だった。

『アメリカ国防総省によりますと【演算補助アプリ:Om-E-Kne】の製作者は日本人であることが判明したとの事で、外務省消息筋によりますと、その人物の身柄引き渡し要求が近いうちにされる可能性があるとのことです。この【演算補助アプリ:Om-E-Kne】はコンピューターの性能を飛躍的に向上させるアプリとして無料で配布されており、経済界をはじめ各学会などからも、アメリカのこうした動きに反発を――」

TVは情報を流し続ける
『昨夜、悪徳大路で上がった火柱について軍事研による作戦行動だったことが明らかになりました。作戦の内容までは明らかにされていませんが、生徒会情報筋によると、先のクーデター未遂事件に関する残党狩りの可能性が高く、これらに関連性が高いと見做されているフレイヤ第一書記はインタビューに『我々は如何なる不当な要求に応じる事はない。正義は常に我々にある』と宣言しており――』


※※※※
12月17日 放課後
委員会センタービル前 屋台通り

雪が降り積もる中、屋台の営業は逞しくも続いている。
生活委員会主導でその数を減らしていた屋台だが、中心人物の失踪という事もありその勢いを減衰。
屋台は今再びその数を増やしてきている。

雪に負けず屋台を出す様は逞しく、その灯りは安心感をもたらしてくれる。
香ってくる美味そうな匂いは食欲を刺激した。
出入りする客たちの笑顔は眩しくて、見ていると元気が湧いてくる。

楊一家に身を寄せていた期間はゆっくりと睡眠もとり食事も十分だった。
髪も整え髭も剃り副委員長閣下として恥ずかしくない格好だった。
けれど、五日前一家の解散という事で放り出されたのだ。
そして再び風呂にも入れず洗濯もできずにすえた匂いを放つ浮浪者のような姿になっていた。

一時は持っていた文書を楊に売った金で懐は暖かったが、遊興費に大部分を使い残りは放り出されたその日のうちにスられてしまった。
正真正銘無一文である。

何もかもがうまく行かなかった。
何がいけなかったのか?
屋台通りに手を出したことか?
それとも『瑠璃堂院月子』を好きになってしまったことか?

ただもっと真面目に、まともにやっておけばよかった……執務室からの景観なんて気にしてるのは間違いだった。
だって、こんなにも美しい光景を排除しようだなんて……。

嘉木城はボロを纏い、ただ匂いに釣られてフラフラと歩みを進める。


※※※※

「今日も寒いですねぇ」
「全くじゃのぉ」
「同感だ」
那須、ジェーン、セブンは白い息を吐きながら背を丸めてそう言った。
三人は活気を取り戻しつつある屋台通りへ繰り出すつもりだった。
「秘書官が美味いおでんの屋台を見つけたらしいんだが、そこはどうだ?」
「豚骨ラーメンの美味しいところ知ってますよ!」
「どちらかと聞かれれば、おでんじゃな」
「よし!」
「センセェはセブンにばかり優しいですね!」
「ジェーンはあんまりラーメンが好きじゃないんじゃないか?だから優しいより好みの問題だろうぜ?」
「そうなんですかセンセェ?」
「う〜む……確かにあんまり頂くことはないのぉ……美味しいとは思うんじゃがコレと言ったものに出会えておらんのじゃろ」
「ジェーンは鍋が好きなんだよな。何鍋っていうより鍋全般が好きだよな」
「うむ!セブンとご飯の時はだいたい鍋じゃな!」
「一人の時は何食べてるんだ?」
「普通に色々食べとるぞ?」
「センセェ……それってセブンと食べる鍋が好きって事じゃ?」
「「……」」
「はい!はい!ご馳走様!」
見つめ合って妙な空気を出す二人に嫉妬しながら数歩先を行く。

すると前からフラフラと浮浪者のような男が歩いてくる。

幸男(ゆき)は大きく逸れてコレを避ける。
浮浪者の様な男――嘉木城――はその動きに気がついて顔を上げる。

日はとっくに落ちているが、屋台通りの屋台のおかげで辺りは明るい。

嘉木城は目の前に立つ女生徒に気が付いた。

絹のような緩くウェーブのかかった肩まである銀髪。
狼のような力を感じさせる金眼。
その右目を覆う黒い布。
白いゴスロリ。同じ色のつば広の三角帽子。

かつて嘉木城が腹を下した時に、文句も言わずただ優しく対処してくれた彼女。
彼女のために屋台通りを撤去しようとした。
彼女に微笑んで欲しくて、彼女と付き合いたくてそんなことばかり考えていた。
そんな彼女が今、目の前にいる。

伝えたいことがいっぱいある。
けれど、言葉に成らなかった。
感情が溢れて渋滞を起こす。
ただ溢れた感情は涙となって頬を伝うばかりだ。

「え?やだ!何こいつ!センセェ!危ないですよ!」
「ジェーン、なんかお前を見てないか?」
「ふむ……どこかで会ったことがあるんじゃろうの?ただすまぬな、思い出せぬ」

「あ……あぁ……あああ……」
言葉にできないまま、声だけが出てくる。
好きだという事を伝えたい。
色んなことに対して謝りたい。
どんなに好きかを伝えたい。

「センセェ!早くこっちへ!」
「ジェーンの悪い癖……とでも言うのかな……」

「儂に伝えたい事があるのかの?」

「あぁ……あ“ぁ”……」
頷く、何度も何度も。

嘉木城は己の姿を思い出す。
薄汚れて悪臭を放ち、こんな自分から告白されたらきっと迷惑に違いない。
悲しくて悔しくてやるせない。

膝から崩れてうずくまり、ただただ嗚咽しか出てこない。

ジェーンはそんな男に歩よる

「センセェ!ダメですよ!」
「あいつは、ああいう奴なんだよ。黙って見守ろうぜ」

しゃがみ込み男に声をかける。
「あんしんするがよい、儂はここにおるぞ」
男は顔を上げるも思いを口にすることができない。
「あ“あ”ぁ……」
その姿はまるで祈りを捧げるものの様にも見える。
「よいよい……儂と共に参れ、先ずは温かい物でも頂こうではないか」
そう言って男に優しく触れて立たせると、来た道を引き返し始める。

「え?ちょ!?センセェ?!」
「あれは診療所(ほけんしつ)へ行くんだろう。シャワーとか着替えとかだろう。先に行って準備してやれよ」
「……あんたはどうすんのよ?」
「行方不明者の検索と、関係者への報告。あとは……あったかい飯を発注しておくわ」
「……私は唐揚げ弁当!レモンつけて!」そう言って診療所(ほけんしつ)へ先着するため走り出した。

こうして『生活委員会副委員長失踪事件』は幕を閉じることとなった。


ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日(クリスマス) 第四部  了

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最終更新:2022年10月19日 18:20