『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日(クリスマス) 第五部』


■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。女難の相があるっぽい。
覚悟完了!?
本名:瑠璃堂院月子

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成


■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。

覚悟完了!

イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成


■那須さん:ジェーン大好き。女装男子。
中国拳法と東洋医術を修めている。
推しの幸せは...私の幸せ...
好きな食べ物は、牡蠣。

イラストは、( 「ひよこ男子」 )にて作成



ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第五部


12月20日 お昼
ジェーンの診療所(ほけんしつ)

「ゆき、醤油とってくれ」
「あんたねぇ!ここはあんたの家じゃ無いし、私はあんたのお母さんじゃ無いのよ!」

昼食。
ここには電気もガスも通っていている上に、最近はセブンの「置き調味料」も増えて、まるで自宅の様な安心感がある。

「良いじゃねぇかよ!お前が一番近いんだからよ!」
「ふざけんじゃ無いわよ!」
「しょうがねぇなぁ……よっと」
卓袱台を乗り越える様に醤油へ手を伸ばす。

バッチーン!
「っ痛っっ!何しやがる!」叩かれた胸を押さえて抗議する。
「目の前で目障りな物ぶら下げてんじゃ無いわよ!」
「てっめぇ!自分には無いからって僻んでんじゃねぇ!」
「はぁ!?そんな物、美容整形でどうにでもなりますぅ!」
「はっ!」胸部を下から支える様に腕を組みドヤ顔のセブン。
「きぃ〜!」

「(この漬物、美味しいのぉ)」
そんな二人を眺めながら漬物を食べるジェーンであった。


※※※※
12月20日 夜
ジェーンの部屋

ジェーンは今更ながら悩んでいた。
明日から旅行の準備をどうするかと言うことに。

彼女は長い転生人生の中で旅をしてきた。
中東に始まりアフリカ、ヨーロッパ、中央アジア、東南アジアと旅をしてきた。
基本的に徒歩での旅だった為に荷物は最小限に抑えていた。
なんなら手ぶらで旅をしたものだ。
食糧や水、貴重品などジェーン独自の収納方法(・・・・・・・)で携帯していたし、困ることはなかった。
では、何について悩んでいるのか?

きっとセブンも幸男(ゆき)も大きな荷物を持ってくるだろう。
そんな中で、自分一人手ぶらでは目立ちすぎるのでは無いか?
となれば、スーツケース位は持っていくべきだろうか……しかし、そんなものは持っていないのだった。
まず、旅程は16日間、12月21日〜1月5日だ。
12月25日にはパーティに参加することになっている……パーティ?
「しまった!ドレスがない!」
ドレスがないわけではないが、大人体型の時に作った物だったため、今のジェーンにはサイズが合わないが、その事をすっかり失念していたのだ。

「うーむ……セブンに相談するか」

※※※※
「うわぁ!びっくりした!」
「なんじゃそんなに驚くこともあるまい、傷つくぞ?」
「頭だけ出して喋るな!不気味だろうが!」
「だってお主ん()、暖房効きすぎて暑いんじゃもん」
「わかったよ、そっち行くから待っとけ」
「すまんの」

※※※※
玄関の鍵を合鍵で開けて入ってくるセブン。
淡いピンクの毛布生地のパジャマを着て髪はポニーテールに括っている。

「で?なんだ相談って」
「うむ、ドレスがない」
「……は?」
「いや……有ると思っとったんじゃが、サイズが……」
「太ったのか?」
「……そう言うお主こそ体重が増えたそうじゃの!」
「ああ、お陰で胸がきつくてな!」
「よぅしわかった!捥いでやろう!」
「あだだだだだ!やめろ馬鹿野郎!」
「重いじゃろ!減らしてやるからありがたく思え!」
「あだだだだだだ!馬鹿野郎!どいつもこいつも!人の胸をなんだと思ってやがる!」
「優越感の源」
「……馬鹿言ってないで、相談ってなんだよ?」
胸部を下から支える様に腕を組んで強調させながら、優越感に浸るセブン。
「あだだだだだだ!」

※※

「たんこぶできたじゃろうが!」
「自業自得だ馬鹿!」
たんこぶをなでなでしながらジェーンは話を戻す。
「とにかくドレスがないんじゃ、どうにかならんか?」
「九重のを借りるか!」
「おお!確かに九重ちゃんのなら、着れそうじゃな!」
「じゃ善は急げだ!」

※※※※
12月21 夜
九重の屋敷

愛車のサイドカー付きベスパで乗り付けて、開口一番。

「ジェーン用にドレス借りれないかな?」
「もちろん構いませんよ。ジェーンお姉様のお役に立てるなら、喜んで!」
「すまんのぉ九重ちゃん。ほんと九重ちゃんは天使じゃのぉ」
「九重、ジェーンさんはやっぱり借りなくて良いそうだ」
「なんでじゃ!?」
「俺のことを遠回しに悪魔だって言いたいんだろうが!」
「まだ言うとらんじゃろうが!」
「まだって言ったな!」
「おう!やるか!」
「やらいでか!」

いつもの喧嘩という名の戯れ合いが始まった。
それを九重は「くすくす」と笑い、控えている大名東(おおめいとう)が呆れてため息をつく。

「二人がきてるっていうから会いにきたけど……なんで二人はいつもこうなのかな」
「あ!忍義姉(おねえ)様!」
「九重ちゃん、あれ止める?」
「お二人とも楽しそうですけど……話が進みませんから、お願いします」
「は〜い」

どこをどう捻って押して引いたのか九重にはさっぱり分からなかったが、二人のじゃじゃ馬はあっという間に組み伏せられて、忍の足元で目を回す事となった。

※※

改めて事情を説明し直した二人を九重は快く受け入れた。

九重とメイド達、セブンとジェーンは九重の衣装部屋へ案内され、アレでもないコレでもないと取っ替え引っ替え。

「ジェーンお嬢様、こちらなどいかがでしょう?」そう言ってメイドが持ってきたのは背中の開いた黒のドレス。
「できれば白に近い色がいいのぉ」

次のメイドが持ってきたのは淡い水色から淡い紫にグラデーションしているドレス。
「おお、良さそうじゃ!さっそく袖を通してみよう!」
メイドに手伝ってもらって着てみるが……
「ちょっと丈が長い様じゃ……あと……」
「どうされました?」
耳に口を寄せてヒソヒソと
「胸がちと苦しいんじゃ」
「……畏まりました。ありがとうございます」
どうやらジェーンの気遣いはメイド達に伝わった様で、以後は九重のドレスから比較的余裕のありそうなものを持ってきてくれる様になった。

それを見ていたセブンは察していた。
「(あれ、胸がきつそうだな……まぁ、九重も最近は大きくなってきてるが、ジェーンほどじゃねぇし……場合によっては神戸で仕立てることも必要かな)」

同じく大名東も察していたのだった。
「(確かあのラインナップは……なるほど……九重様の栄養管理を見直す必要がありそうですね)」

「(ジェーンお姉様は肩が出てるドレスがお好きなのね!風邪をひかないようにストールを用意するように言っておかなきゃ)」
九重だけは察せれてなかった。

※※※※
「申し訳ございません……お力になれなくて……」九重は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いやいや、こちらこそ急に言ってお邪魔してしもうた」
「ジェーンはチビだからな!九重の将来は楽しみだが、お前は……まぁ強く生きろ」
「なんじゃぁ!儂だって十年もすれば背も伸びるわい!」
「何歳まで成長する気だ!」
「かかか!死ぬまで成長してやるわい!」
「馬鹿言ってんじゃねぇチビ!」
「ああん!やるか!」
「やらいでか!」
何かにつけて戯れ合う二人に慣れてきた九重は大名東へ指示を出す。
「忍義姉様に来ていただきましょう」
「畏まりました」

二人の関係を眺めながら、ほんの少しだけ『羨ましい』と思う九重であった。

※※※※
12月21日 
海上空港 エントランス

冬休み前だというのに、混雑を回避する目的の早期脱出組で賑わっている。
この時期、学園生徒は2つに分けられる。
『島に残る者と残らない者』
『残らない者』は冬休み前のこの時期から増え始めピークは大晦日であった。
これは『初日の出を空の上で』というキャンペーンが関係するのだが、企画した本人は一度も利用したことがないという物だった。

「だってその時は炬燵(おこた)の中だから」
「もう、三月お兄ちゃんったら!」
今日この後、飛行機で神戸空港へ飛ぶ予定の葉車姉妹とその一行が、見送りに来た葉車三月とその婚約者、百地忍と談笑している。
しかしそんな和気藹々とした空気の中、気を揉む二人。
ジェーンとセブンである。
待ち合わせの時間になっても幸男(ゆき)が現れないのだ。
二人して電話をかけているが繋がらないまま時間は過ぎていく。
「事故でもあったんじゃろうか?」
「公安と鉄道の友人にそれらしい事故がないか聞いてみたが、ここ2時間は無事故らしい。保健委員の方へかけてみたらどうだ?」
「それはさっきかけたんじゃ……おお!ゆきからじゃ!もしもし!大丈夫か!?事故などあっとらんか?!」
一行がジェーンに注目する。
「よいよい……なんと……うーむ……わかった。折り返すゆえ休んでおれ」
「ゆき、なんだって?」
「どうやら、一昨日に食べた牡蠣に当たったらしいのぉ」
「そうか……途中から合流できそうか?」
「回復は出来ようがどうじゃろう、交通事情的な事もあるしのぉ」
「そこはなんとでもしてやるよ、あいつがくる気があるかどうかだな」
「奈菜お姉様、仰られてたご友人はどうされるのですか?」
「腹壊して今日には間に合わないそうなんで、後日そいつだけ飛ばせるか?」
「鈴木」
「はい、お嬢様それでしたら三月様達の便に乗っていただくのはどうでしょうか?」
「なるほど、良い案だと思いますが……ご友人の方、居心地悪すぎませんか?」
「……左様でございますね、でしたら一般の便でチケットを手配いたしましょう」

「セブンよ、あれは誰じゃ?」
「あれは鈴木さんっていって九重の身の回りの世話をしてる1人だな。確か調達系全般はあの人の仕事だったはずだぜ」
「ふむ……初めてみるの」
「昔は屋敷に一緒に住んでたけど、九重の成長もあって家族以外の男衆は別邸に住んでるんだ。家の中はメイド、外はメイドと彼らが九重を守ってるってことよ」
「葉車の絆は強いんじゃのぉ」
「……そうだな……」
「(お主とてその1人であると言うのに……困ったやつじゃ)」

結局、ゆきは回復次第合流という事で話がついて、搭乗時間となった。

「ところで……お前荷物それだけか?」
「うむ」
そう答えたジェーンはいつものゴスロリに濃緑色の大きなリュックサックを背負ってるだけだった。
「足りるのか?」
「衣類は洗濯とかすればいいし、消耗品も無くなれば補充すればいい、化粧品の類なら、儂しとらんからゼロじゃし?」
「……ドレスはこっちで仕立てるし、靴も合わせて購入するわけだし、まぁそんなところか?」
「(まぁすぐ使わんような物は仕舞い込んどるし、これだけってわけじゃないんじゃが、格好はついたの)」

無意識に眼帯に隠した右目に触れる。

「まぁ、荷物は少ない方が良かろう!」
そう言って、これからの旅に期待で胸を膨らますのだった。

※※※※
搭乗手続きなどで並ぶ乗客を尻目にセブン達一行は直接滑走路へと向かう。

「はぇ〜……はぇ〜」

「……ジェーンお姉様はどうされたのでしょう?」
「まぁ普通はプライベートジェットなんかに乗る事ないしな。それに飛行機自体初めてらしいぞ」
「飛行機が初めて?」
「うん、そう言ってた」
「???」
「納得してないな?」
「だって……どうやって日本に?」
「日本生まれかもしれんだろ?」
「なるふぉど」
「それにな、飛行機なんて乗らない人生ってのもあるんだよ」

葉車九重の父、京一は恋多き男である。
彼には七人の妻がいる。
制度的には一人の妻と六人の妾だが、彼は区別する事なく愛しているという。
とは言え、妻と妾であることに変わりなく、妻の産んだ子には母の名前から取って「重」の字が名前についている。
その子達は生まれた時から葉車本邸に住み、それ以外の子は6歳になるまで葉車の人間であることは隠されて、母の自宅に住む慣しとなっている。

嫡出子が失いがちな庶民感覚を身につけさせる為であり、これは彼らにとって得難い経験となるとみなされているからだ。

そんな庶民感覚を九重へ伝えるセブンであった。

※※※※

除雪作業が行われて雪のない滑走路に複数の飛行機が待機している。
その中に他と比べて大きい機体がある。
尾翼に葉車の家紋の入った飛行機――これが葉車家の所有するジェット機の内の一機だった。

「おお!カッコいいのぉ!」
「少し恥ずかしいんだがな!」
「照れるでない!照れるでない!カカカ」
「そうですよ、奈菜お姉様。かっこいいじゃありませんか!分解しがいがありそうですし!」
「「え?」」
「え?」

「今、分解しがいがありそうって言わんかったか?」
「ああ、そう聞こえたな」
「まさか、やらんよな?」
「流石に飛んでる間にはないはずだ」

「聞こえてますよ!お姉様方!……流石に乗ってる間には分解しません!」
「じゃよなぁ!……よかった。安心したわい」
「大名東にまた怒られるのは嫌ですし」
「(もしかして、過去分解した経験が!?)」
急に乗るのが怖くなったジェーンであった。

※※※※
「そう言えば、儂自己紹介とかした方が良くないか?知らん人いっぱいじゃし」
「あぁ……そうだな、ちょっと待ってろ」
そう言って一行にジェーンを改めて紹介した。
とは言っても、九重の従者達は主人の周りの人物を当然把握済みであったわけだが、形式上必要な事だった。
実際のところ、ジェーンを紹介というよりも、従者達をジェーンに紹介することがメインであった。

葉車家のプライベートジェットに乗り込んだ一行は、奈菜、九重、ジェーン、九重の執事の佐藤、鈴木、坂本、護衛メイドの大名東、小明戸、一般メイドの四人の計十二人。
これに機長と副機長が加わる。
宇津帆島から神戸空港まで約2時間強の空の旅である。

「2時間強じゃと!?」
「はい、この機体は最高速度が時速約1000kmですので、本土までの1800kmを巡航速度で行くとして約2時間強でございます」
「ふぁぁ凄いのぉ……飛行船じゃと24期間かかるというのに」
「風船と飛行機の違いでございますよ、ジェーンお嬢様」
「鈴木さんは物知りじゃなぁ……凄いのぉ」
「いえいえ、仕事柄必要になりそうな物でしたので……情報は常に仕入れておきませんと」
九重の従者の中でも『調達と言えばこの人』の鈴木さんとジェーンが楽しそうに話し込む中、セブンは足を放り出して居眠りをし、九重はそんなセブンに甘えるように寄り添ってこれまた居眠りをし、護衛メイドの小明戸は九重の背後で目を閉じて休んでいる。
「(いざという時に動けるように休める時は休むと言うのは分かるのですが、あれはガッツリ寝てるように見えるんですよね……)」と他の従者から思われていたりする。
他の従者も今はする事もなく休憩時間である事に変わりはなかった。

機内は広々としてまるで高級ホテルのような内装をしている。
空飛ぶ高級ホテルと比喩される葉車重工製のビジネスジェットである。

到着する頃にはジェーンをして「もうここに住みたい」と言わしめるほどに快適であった。


※※※※
12月21日 昼ごろ
神戸

「もう着いたのか!?」
「空の旅、お疲れ様でした」
九重がかわいらしく微笑みながらそう労う。
「(旅……旅といえば、歩いて何年もする物……というイメージじゃったが、今や、ちょっと遠出する感覚の飛行機も旅じゃと言うことか……時代は変わるのぉ)」
「では、予定通り本邸へ向かう という事で良いですか?奈菜お姉様」
「ああ、それでいい」
「では予定通りに、佐藤 準備はいいですね?」
「もちろんでございます」

こうして神戸空港のある人工島から大蔵山にある葉車本邸に向かう一行。

※※※※

「……さっき門をくぐったと思ったが、まだ車移動か?」
車内にはジェーンの他、セブンと九重、大名東。小明戸は助手席にいる。
「あの門なぁ、なくていいと思うんだけどな」
「いや、門が無くなったら色々困るじゃろ!?」
「うーん……あの門は困らんかな?あれは昔あそこに門があったって言う記念碑的なやつだしな」
「ですね……今では壁も取り払われた敷地内には病院とか大学、公園や劇場なんかもあって一般開放されてますからね、それにあれは24時間開きっぱなしですし、特になくても困らないかと」セブンと九重がうんうんと頷くのを見てもいまいちわからないジェーン。

「曾祖父さんの頃は門とか塀もあって周囲を囲ってたらしいんだけど、戦後色々あって一部の門と壁を葉車家史跡として残して、区画整備したんだよ」
「そうなんですか?知りませんでした!」
「まぁ九重はそういう話を爺さんから聞く前に学園へ来ちまったからな、知らなくても仕方ない」
「もっと聞きたです!」
「ああ……病院も大学もこの敷地内にあるものは全て葉車(うち)の物だ」
「では、あの公園や球場もですか?」
「ああ、道路の雑草や小石など何から何まで全てだ」
「「へぇ」」
「あははは!ハモってんじゃねぇよ!あはははは」
ジェーンと九重も顔を見合わせて、カカカ、うふふふと笑う。
「まぁそんなわけで、維持費は莫大な額にのぼるらしいが、それ以上に儲かってるらしい」
「「へぇ」」
「仲良しかよ!あははは!」
「儂ら仲良しじゃよなぁ?」
「はい!」
「いつの間に!?」
「何年も前からですよ?」
「知らなかった」
「ところで、この辺りに住んでる人もいるようじゃが、あれは関係者か何かか?」
「職業まではしらねぇが土地も建物も葉車の物だからいわば、葉車が大家で彼らは店子だな」
「たなこ?」
「家や部屋を借りてる人のことだよ」
「「へぇ」」
「あはははは!五葉姉と六花姉みたいなシンクロ率だな!あはははは!」
「うふふふふ」「カカカカ」車内に溢れる笑い声に、大名東はそっと目元を拭うのだった。

「お嬢様方、見えてきましたよ」
小明戸が助手席から顔を出してそういうと「見てください、ジェーンお姉様!正面のあれが私達のお家です!」
「おーどれじゃ?……まさかアレか?」
正面には建造物と言うか……。
「……山が見えるんじゃが!?」
「うふふふ、よく見てください、建物が見えるでしょう?」
「山城かなんかか?」
「本当かどうかは知らねぇが、山城から要塞、そのまま住居にしたそうだぞ」
「……」
「あはははははっ!ジェーンの顔!あははは!その顔を見れただけでも来た甲斐があったな!」

※※※※

車に乗ったまま門を潜りそのまま車泊まりへ。
「今の門は城門みたいじゃったし、こっちもやっぱり城なんじゃが……流石に広すぎて不便じゃないか?」
「確かにな!だから実際には上の方は不人気でな。皆んな麓の館に住んでるんだ」
「三月兄が言うには昔、誰だったかが冒険だって言って乗り込んだあげく、迷子になって大騒ぎになったことがあるらしい」
「家の中で迷子か……大変じゃなっカカカカ!」

車を降りて玄関をくぐるとズラリと使用人達が並でいた。
セブンと九重が進む中ジェーンは大名東に促され緊張の面持ちで後を着いていく。
「(こんな待遇はいつぶりじゃろうか……久しぶりすぎて、緊張するのぉ)」

途中で別れ客間へと案内される。
そこはこれまでと変わり洋間になっていた。
ドアの外は純和風、中は洋風……和室に慣れていない海外からの客用なのだろう。

それはまるでどこかの高級ホテルのスイートルームのような部屋であった。
侘び寂びの世界から、落ち着きながらも高級感溢れる部屋へドア一枚で変わって軽く目眩を覚える。
「(初めて長距離テレポートした時の感覚ににとるのぉ)」
「それではジェーンお嬢様、何かありましたらいつでもお呼びください」
部屋の説明を一通りしたメイドはそう言って恭しく退室していった。

ソファのふかふかさを確認したり、冷蔵庫の中身を確認したり一通り遊んだ頃、セブンが迎えに来た。
「どうだ、部屋は気に入ったか?」
「……凄すぎて腹が立ってくるわい」
「あははは!なんでだよ!」
「なんでもじゃ!カカカ!」
二人はしばらく笑い合った後
「さて、ではお家の人へご挨拶させてもらおうか」
「ああ、案内するよ」

本邸勤めのメイドに当主の所在地を聞くと『冬の庭』と答えが返ってきたので、セブンが案内する。
「そう言えば九重ちゃんは?」
「早速工房に籠ったぞ」
「するとしばらくは会えんのぉ?」
「だろうな」

※※※※
そこは椿が咲き乱れる日本庭園。
山の中腹にあるお陰で見晴らしはよく、夜になれば夜景が楽しめること間違いなしだろう。
そんな中に背筋の伸びた初老のイケメンが佇んでいる。

「爺さん ただいま!」
「うむ よう返ってきた」
「元気だったか?」
「さての、昔のようにいかんことが増えてきたわい」
「まだまだ元気でいてくれよ!」
そう笑い飛ばして
「今日はダチを連れてきたんだよ!紹介するよ、このちっこいのがジェーンだ」
「御照会に預かりました、ジェーン・ドゥと申します。奈菜さんをはじめご兄弟方には仲良くしていただいております。旅行中は泊めていただくご許可をいただき誠にありがとうございます」そう深くお辞儀をすると「こちらはつまらないものですが、ご笑納ください」と用意していたお土産を取り出す。
「ほう、これは?」
「はい、セブごほん!奈々さんからお祖父様はお酒がお好きと聞いておりましたので、旅行先で手に入れた物を選びました」
「ほぅ?」
「およそ二百年前フランス国王からロシア皇帝に贈られる途中で、難破した船より引き上げられたシャンパーニュです」
「なんと!……いや、流石に君のような若い子が手に入れれるシロモノではなかろう?」
「たまたま縁がありまして、真贋の程は飲んでお確かめください」
「はっはっはっはっは!一本で億に届こうと言う酒を、投資目的ではなく飲んでしまえと言うのか!これは愉快!」
「おいおい!ジェーンいいのか!?いくら何でも……」
「いいんじゃ、お主の爺様じゃ……儂にとっても爺様みたいなもんじゃ(まじかぁそんなにすんのか……まぁよい、後何本かあるんじゃし)」
二人のやり取りを眺めながら「ふむ」と頷いた爺様は「若いのに丁寧な挨拶、痛み入る。儂は葉車那由多。葉車グループの総帥を務めておる。ジェーンさんや孫たちの事、宜しく頼みます」そう言って小学生にしか見えないジェーンに深々と頭を下げて見せた。

那由多はジェーンをいたく気に入り、孫たちのことやジェーン本人の事、学園の事を色々と話し込んだのだった。
「爺さん、次の予定があるんだ。そろそろお暇するよ」
「そうか。ジェーンよ、いつでも遊びにおいで」
「ありがとうございます。時間を作って必ずまた来ます」

※※※※
ジェーンの部屋に戻ってきた二人。
「ずいぶんと仲良くなったな」
「ありがたい事じゃ」
「……セリフだけ聞いてるとどっちが年上かわかんなくなるな!あはははは!」
「儂、そんなに婆ぁくさいかのぉ」
「見た目は小学生にしか見えねぇけどな!」
「……さて、出かけるんじゃろ?」
「ああ、先ずはいつもお世話になってる仕立て屋さんに行って、その後は夕食までの残り時間で考えよう」
「うむ、仕立て屋さんまではどうやっていくんじゃ?まさかまたあのゴツい黒塗りの車って事はなかろう?」

※※※※
「コイツだ」
出かける準備をしてガレージへ来た二人は、これから使う乗り物(あし)を前にしている。

「なんじゃ、いつものサイドカー付きベスパじゃないか」
「確かにいつものベスパだ……が、同じだが別の個体だ!」
「……同じやつを2台持ってるってことか?」
「色違いで後2台あるから4台だな」
「馬鹿じぁのぅ」
「好きなくせに」
「うむ、これは良い馬鹿じゃ!」
笑い合う二人。
二人なら、ガレージの独特な匂いも気にならなかった。

※※※※
ヘルメットを被り、使用人達に見送られ車専用の通用門から出て山を降りて行く。
12月とは言え異常気象だった宇津帆島に比べれば神戸は暖かかった。
天気も良く日差しも気持ちいい。
ジェーンはサイドカーの中でふと思う。
「(心地よいのぉ……儂も免許取って、今度はセブンを乗せてやろう)」

ジェーンのリクエストで遠回りをして20分ほど走り、三宮の地下駐車場へバイクを停める。
そこから歩いて数分、旧居留地にある
『Imperial Warrant Tailor 湊』に着いた。
「高そうじゃ……もう少し安いとこは無いのか?」
「値段は気にすんな、親父が出すから」
「ええ!?流石に申し訳ないわい!」
「いいから気にすんな!諸経費は全部出すって言う条件でパーティに参加するって言ったんだよ、だから思いっきり使い込んでやろうぜ!」
「えぇ……親父さんにはまだ挨拶もできとらんのに……流石になぁ」
「いいんだって、これで話すキッカケにもなるだろう?」
「まぁ、そう言うことなら構わん……か?」

旧居留地は明治の頃から建つ文化価値の高いビルや、近代化されたビルが建ち並び、海外の高級ブランドショップや富裕層をターゲットにした施設が並ぶエリアである。
そんなエリアに、赤毛のライオンヘアにトゲトゲのチョーカー、革ジャン、シルバーチェーンをジャラジャラ付けてダメージジーンズを履いた175センチ+厚底ブーツの5センチで180センチの女と、
緩くウェーブのかかった絹のような銀髪、狼のような力を感じさせる金眼、右目を黒い布で覆い隠している白いゴスロリ、白いつば広三角帽子を被った140センチに満たない小学生が並んでいたらいやが上にも目立つ。

そんな二人が店の前で話し込んでいれば、店員も気がつくのは自然なことだった。
店を出てきたのは年の頃は40代、細身の男性で髪はオールバックに撫で付けて仕立ての良いスーツを身に纏っている。
「もしやと思い出て来てみたら、やっぱり奈菜嬢ちゃんか、久しぶりだね」
「お久しぶりです湊おじさん、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
「ああ、そっちのお嬢さんがドレス作るんだね?」
「ええ、クリスマスのパーティに来て行くので間に合わせて欲しいんです」
「任せときない、うちと葉車さんとこの付き合いだ、最優先で仕立てましょう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます……そういえば、あくあ姉は今日は休み?」
「あくあはデザインの勉強だって言ってコスプレ制作を請け負って、そっちで忙しいらしい」
「コスプレ」
「なんで儂を見るんじゃ」
「ははは 僕よりあくあの方がセンスが合うかもしれないね?」と、ジェーンの格好を見て言った店主はどこか自慢げだった。

「でも、時間もないじゃろうからマスターさんに頼もうではないか」
「そうだな、俺もそれがいいと思う」
「畏まりました。では最優先で仕立てますので早速採寸致します。どうぞこちらへ」

店は『close』の札が出され店の奥では女性スタッフとジェーン、セブンが採寸や生地選び、デザイン選びなどに時間を費やし、気が付けば日はとっくに落ちていた。

※※※※
「仕上がりが楽しみだな」
「うむ、ありがとうの」
「ああ、それよりご飯どうする?」
「城に用意されとるんじゃなかったか?」
「城っていうな」声は笑っている。
「用意されてるだろうけど、希望があれば外食でもいいぞ?」
「用意されてるならそれを頂かねば失礼じゃろう!」
「そう言うと思ったよ」
「でも、少しだけ寄り道して帰ろうか」
「運転手のお主に逆らえようはずもない。何処へでも連れて行くがいい」
「いったな?」
「おう」
「泣いてもやめてやんねぇからな!」
「……おぅ」

※※※※
旧居留地を少し歩いて回り、三宮地下駐車場へ。
愛車に乗って走らせる。

神戸は一方通行が多い街だ。
角を曲がり損ねると大きく遠回りする事になる。

ジェーンにしてみれば初めての土地(・・・・・・)でセブンが曲がり損ねて同じところを回ったりしている事を知る由もない。

しかし、そうやって何度か間違えているうちにとある事にジェーンは気がつく。
「(さっきから特徴的な建物を見かけるの……所謂、ラブホというやつではないか?)」
ジェーンがのるサイドカーはバイクの横に付く車輪のついたカプセルのような物で、そこから顔を出して乗る。
その視線は運転しているセブンよりはるかに低い。
セブンの顔よりエンジンの方が近い(・・・・・・・・・)くらいだ。
「(ここから見上げるのでは表情が見えぬな……セブンめどんな顔で儂を連れ込もうというのじゃ……)」
表情は見えずともすぐそこに彼女がいる事に変わりなく、意識してしまう。
「(儂、大丈夫じゃろうか……なんじゃ?儂、緊張しとるのか?……そ……そりゃ、そういうこと自体数百年ぶりじゃし?セブンとはもっと無いしの!……いや待て、本当に迷っとるだけという可能性もあるじゃろ!……あぁ!儂、大丈夫じゃろうか!?)」
俯いてそんなことを考えていると
「着いたぞ」
「(着いてしもうたか……)」
顔を上げればそこは室内駐車場。
「ちょっと休憩してから……な」
薄暗い照明の駐車場からビルへ入る。
『ホテル ロンドン」と書かれた看板が目に入る。
「(マジか……これは……セブンが求めるなら応えてやらねばなるまい……)」
セブンはカウンターから声をかけて何やら話し込んでいる。
「……久しぶりだねぇ!どれくらいぶりだい?」
「3年かな?いつもの部屋空いてるか?」
「ああ、空いてるとも。クリスマスじゃなきゃ大体いつも空いてるさ」
「じゃぁいつもの様に頼むよ」
「あいよ」

ずいぶん利用し慣れている感じの会話ないようだった。
「セブン……お主……」
「ああ、こっちだ」
そう言って先へ進むセブンに数歩遅れてついて行くジェーン。

室内は落ち着いた調度品と間接照明、大きなベッド。
大きなTV、壁が透明のお風呂、マッサージ機の自販機。

「……」
俯いてセブンについて来たジェーンだったが、物珍しさからキョロキョロと室内を見渡し再び俯いてしまった。

「ん〜!疲れたな!」
「……」
「飛行機からこっちまともに休んでないからな」
「……」
「少し休んだら、いくか」
「……わ、儂……」
「ん?」

髪を梳かしたりスカートを握ったりと落ち着かない様子のジェーン

「シャワー……シャワー浴びてくる……」
「……やめとけ、風邪引くぞ」
「……(どどどんな事する気じゃぁあ!?)」
「これから汗をかくことにもなるし、風呂なら後で入ればいいだろ」
「(な!?やっぱりそういう事するんかぁ!?)」
「ほら、いく準備しろよ」
「!?お……お主は慣れとるのかもしれんが儂は初めてなんじゃぞ!もう少し優しい言葉をかけんか!」
「まぁ……そうだな。でも、大した山じゃないし、10分も登れば目的地だから、安心してついてこいよ」
「……そりゃついて行くけど……ん?山?」
「ああ、展望台……って聞いてなかったのかよ?」
「何をじゃ?」
「ここに荷物を置いて、少し山を登って展望台へ行くっていったろ?」
「いつ?」
「走りながら行ったろ?」

「……こんのぉ大馬鹿者!」
「痛ったぁ!何しやがる!」
ジェーンの本気ローキックであった。

「バイクで走って!すぐ隣にはエンジン!ヘルメットを被って!周りも車だらけ!お主の声など聴こえるわけがなかろう!!」
耳まで真っ赤にして目には涙を浮かべたジェーンを見て、全てを悟った時にはセブンは彼女を抱きしめていた。
どうしてだか、それが一番いい気がして。
「……離さんか…気も失せたわ」
押しのけようとするがセブンはそれには従わない。
「もうよい……離せ……ん!?」
「少し、黙れよ」
「んん!?」
「夜景は朝日に変更だ……いいな?」
「馬鹿者ぉ……」
その言葉と裏腹にジェーンは抵抗をやめた。


ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日(クリスマス) 第五部    了

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最終更新:2022年10月19日 18:20