『ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第六部』
■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。女難の相があるっぽい。
押しに弱いのかもしれない。
本名:瑠璃堂院月子
■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。
ジェーン曰く「暴力すぐ暴力!」
■那須さん:ジェーン大好き。女装男子。
中国拳法と東洋医術を修めている。
推しの幸せは...私の幸せ...
今回出番なし
ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第六部
12月22日 朝
展望台 ビーナスブリッジ
「おお!これは良いの!」
「だろう?これを見せたかったんだよ」
昨夜は『休憩』ではなく『宿泊』に切り替えて、二人は日の出前にホテルを出た。
ベスパは預けたままにしてある。
ホテルを出てすぐの神社へ参拝し、そこから山道に入り数分登った所に、かつて金星観測をする場所だった展望台がある。
二人はそこで朝日を持っていたのだ。
「綺麗じゃな」
「ああ……(お前もな、なんて言うべきだろうか?銀髪金眼は朝日に映えて本当に綺麗だ)」
「……お主の赤い髪も朝日に照らされて輝いとるの……綺麗じゃぞ、奈菜」
「な!?……ななな……!?」
「自己紹介か?お主の名前なら知っとるぞ、カカカカ!」
「うるせぇ!」
「痛った!昨夜のお主と同じ人物とは思えんの!」
顔を真っ赤にして肩パンを繰り出すセブンに、昨夜の事で煽るジェーン。
「そっ!そう言う事いうなよ!」
「カカカカ!一生懸命な奈菜も可愛かったよ?」
「お前だって!……お前だって……綺麗だった……」
お互いに顔を真っ赤にして見つめ合い、距離を縮める。
けれど、身長差があって姿勢が辛い。
だからセブンをベンチに座らせて、これでちょうどいい高さだ。
朝日に染まる世界はまるで黄金で染めたかのよう。
「(ジェーンの瞳の色だ……)」
「なんじゃ?これが気になるか?」
そう言って眼帯に触れる。
「ああ……でも、事情があったりするなら別に……」
「……良い……見ておけ」
シュルリ そんな音と共に勝手に解け掌に収まる眼帯代わりの黒い布。
ジェーンは右目をゆっくりと開く
金眼……けれど微かに見える、魔法陣の様な紋様がキラキラと煌めいている。
「綺麗だな……太陽を溶かしたみたいだ」
「その太陽も今は、お主のものじゃ」
「ありがとう」
「うむ……ところで」セブンの横に座る。
「うん?」
「あのホテル、ずいぶん使い慣れてるの?」
「ああ、すぐそこに通ってた中学があるんだが、親父と喧嘩したり、疲れた時とかに利用してたんだ」
「そんな事できるのか?」
「……家の名前のおかげだな。あそこも葉車に縁があるんだよ。だから、言ってみたら、知り合いの家に保護されてた……ってとこだな」
「ラブホでか?」
「知らん男に保護されるよりはマシだと思ったんだろ」
「親不孝者じゃの」
「そう言やさ……ジェーンの親のことも聞かせてくれよ」
「気になるのか?」
「まぁ一応、ジェーンの親だし……知っておくべきかなって」
ジェーンは悩む。
ジェーンにとって親といえば三種類いるからだ。
一つは、信仰の対象で彼女に力を授けた存在である『戦と王権と豊穣と愛と美の女神【イシュタル】』
一つは、彼女の最初の親。
一つは、転生時にその肉体を産んだ親。
前二つはジェーンが不老転生体である事を説明する事になり、これは避けるたい。
普通に考えれば最後の親が残るが、そこも幸せなものではない。
単純に、彼女の容姿が日本人離れしすぎているせいで両親は離婚してしまい、その後も幸せな幼少期とはいえなかった。
ジェーンからすれば、慣れっこなのでそれほど辛くはなかったが……。
セブンがジェーンの手を握る。
暖かさが伝わってくる。
結局のところ選択肢は一つしかないのだ。
「両親は離婚しておる……理由は儂の見た目じゃ」
「そうか……ごめんな……でも、珍しいとは思うけど、そんなに親御さんと違うのか?」
「そうか……お主は知らなんだの……儂の本名は『瑠璃堂院月子という……両親とも純血日本人じゃ」
「……ん!?……んん!?」
「カカカカ!予想通りの反応じゃの!」
「なんだよ、冗談かよ!一瞬混乱したぜ!」
「いや、冗談ではないぞ?」
「……えぇ……」
「つまり、ジェーンは日本人で?」
「うむ」
「ジェーンはジェーンではなくて?」
「うむ」
「るり……なんだっけ?」
「瑠璃堂院月子」
「ああ……その瑠璃堂院月子が本名と?」
「うむ」
「なるほど……確かに、日本人って言うより東欧か、西アジアって言われたほうがしっくり来るもんな」
「じゃろう?」
「でもなんで、ジェーンなんだ?」
「……(転生を繰り返す儂としてはその度に名前を変えるのがめんどうだから……とはいえぬし……そうじゃ!)月子よりしっくり来るじゃろ?」
「確かにな……ごめんな」
握られた手を解き、指を絡ませる。
所謂『恋人つなぎ』と言うやつだ。
お互いを思う気持ちが繋がれた手を伝う。
「……ん」
「ん……」
想う気持ちはどちらともなく二人を引き寄せた。
朝日も登り切り黄金の様な時間は過ぎ去った。
「そろそろ行くか」
「うむ」
「ジェーン……いや、月子って呼んだほうがいいか?」
「ジェーンで良い、儂もそっちの方がしっくりくるしの」
「分かった」
セブンは立ち上がる。
「ジェーン」彼女の名前を呼ぶ。
「愛してる」振り向いたセブンの顔はテレがあるもののとても爽やかで、言われた者の胸を高鳴らせるには十分だった。
「儂もじゃ」
二人は笑いながら、手を取り山を降りていく。
世界の色は黄金色ではなくなったけれど、二人の胸にはそれよりも価値のあるものが残っていた。
※※※※
12月22日 昼前
葉車本邸
「奈菜!こんな時間まで何をしていた!」
「ビーナスブリッジからの景色を見に行ってたんだ。『ロンドン』のおばさんとこで泊めてもらった」
「……そうか……他所様のお子さんをお預かりしているのだから、心配かけるような行動はするな」
「わかってるよ!」
家に着くなりセブンの父、葉車京一がそう言ってセブンを叱ったのだが、セブンは機嫌を損ねる。
「ジェーン!行くぞ!」
「待ちなさい!奈菜!」
「うるせぇ!俺が何してても自由だろ!」
そう言って手を取り引っ張って行こうとするもその手は振り払われる。
「奈菜、挨拶がまだじゃ待っておれ」
ジェーンは静かにそう言って、その場に正座する。
「お初にお目にかかります。ジェーンと申します。奈菜さんをはじめご兄弟方にはお世話になっております。この旅行中の宿泊をお許しいただき有難うございます。これはつまらないものですが……ご笑納ください」
「もう!そんな挨拶、爺さんにはしたんだから良いんだよ!行くぞ!」
セブンはジェーンを無理に立たせて連れ去る。
「……はぁ、親の心子知らずとはこう言うことか……」と、肩を落とす京一とそれを励ます使用人達。
「どうすれば伝わるのかなぁ」
世界屈指の巨大財閥である葉車グループ。
その次期総帥である京一は、娘の事となると普通のお父さんと変わりなかった。
※※※※
ジェーンの部屋
「大丈夫か」
「……また、やっちまった……どうにも素直に謝れねぇ」
「ふむ……不器用じゃの」
「うるせぇよ」ソファーのクッションに顔を埋めながらそう言うセブンの横に座るジェーン。
「カカカ……どれこっちへ頭をよこせ」
「……」無言のまま向きを変えてジェーンの太ももを枕にする。
「きっかけが欲しいか?」
「……」
「儂が魔法をかけてやっても良いぞ?」
「いや…………いい」
「……そうか」甘え甘やかしてセブンの頭を撫でてやる。
「儂としてはお主の父へ、ちゃんと紹介して欲しいんだがの」
「……今更、なんて言えば良いかわかんねぇ」
「父の事は嫌いか?」
「……」
「嫌いなら、儂が始末してやっても良い」
「!?なに冗談いって……」
そこには真剣な目で覗き込んでくるジェーンがいた。
セブンは知っている、これは本気の時の目だ。
「馬鹿野郎!そんな事!そんな事させるわけねぇだろう!」
「カカカ!冗談じゃ冗談じゃ、大事に思っておるなら、それを伝えるが良い、感謝もしておるんじゃないか?ならそれも伝えるが良い、甘えるつもりで行ってこい」
「……このロリババァめ」
「ほほぅ?そのババァに求愛したのは誰じゃったかの?」
「……」
「儂の記憶が正しければ、赤毛の綺麗なガキだった気がするの」
「ボケたのか?正しくは「赤毛が綺麗な巨乳の美人」だろ」
「黙れ……ん」
「ん……はぁ、勇気もらったわ……これも魔法か?」
「さてのぉ?」
「今から行ってくる……褒美を用意して待ててくれ」
「断る!……儂もついて行ってやろう」ニヤニヤと笑う彼女をみて
「この悪魔め」いつものやり取りではあったけれど、不思議と心が軽くなるのを感じた。
「(一緒にいるだけで魔法にかかったみたいだ。ありがとう……月子)」
※※※※
12月22日 昼過ぎ
葉車邸 冬の庭
「なんでうちの男どもは庭にでたがるんだ?」
「ついでに聞いてみるが良かろ?」
「……緊張して来た」
「ほれ、勇気を補充してやろう……ん」
「ん……補充されたわ」ふふふと笑みをこぼしたセブンは「お父さん!話があります!」声を張って庭に出ていく。
その背中を見守って「あの時を思い出すのぉ」
それは2000年以上も前ジェーンを守るために、敵対していた不老転生体へ立ち向かっていく彼女の後ろ姿に重なって見えた。
「カカカ……まだまだ頼りないがの」
※※※※
ジェーンは縁側に座って待っている。
時折聞こえる大声が白熱する様子を連想させた。
日も傾き庭も暗くなる頃、灯籠に灯りが灯り椿の赤い花が映える。
セブンが寒空の下で話し込んでいることを考えると、自分だけ暖房魔法を使うのは違う気がして、ただただ戻ってくるのを待っていた。
「ジェーン」
振り向くとセブンの祖父、那由多がお盆を持って立っていた。
「隣、失礼しても良いかの?」
「はい、どうぞ」といって横へずれ場所を開ける。
那由多はお盆をそこへ置くと「ほれ」と言って盃を差し出す。
「いける口だと聞いたのでな、口に合うか分からないが」
「セブンが……奈菜が、戦っています。今、頂くわけにはいきません」そう断った。
「そうかそうか、あれも良い相棒を持ったものだ」
「……」
那由多は盃を空ける。
その盃を弄びながら昔話を始める。
ジェーンは銚子を取り那由多へ酌をする。
「かー〜! はははっ君の様な若い子に、酌をされるのがこんなにも美味いものだとは!」
「私なんぞで良ければ、いつでもお付き合いいたします」
「(大名東からの報告とはずいぶんと印象が変わるな)……そうだ、酒は控えるのはわかった、では肴はどうだ?」
「さかな……肴ですか?」
「そう、君は鍋が好きだと聞いてるのでな、湯豆腐を用意した」
「湯豆腐……」ゴクリと喉が鳴る
「はははっ良い返事だ!」
すると、すぐに女中が現れて鍋を準備していく。
冷めない様に鍋の下には炭が入っていた。
那由多が自ら取り分けた小鉢を差し出すと、ジェーンはそれを受け取る……が、箸をつけないまま、ただ手に持っているだけだった。
「(あくまで奈菜を待つつもりか、本当に良い相棒を持ったのだな)」
炭が燃え尽き白くなる頃、セブンと京一が戻ってくるのが見えた。
「セブン!」
走り出すジェーン。
「寒かったろう?今、温めてやろう」
周囲の気温が一気に上昇する。
「あったけぇ」
「おお!?……そうか、これが月子君の『魔法』と言うやつか」
「……」
「すまん、説得するには話す必要があった」
「必要だったなら仕方ないが、どうかこの場での話と留めていただきたく……」
「ふむ……事情があるらしいとは聞いているからね、承知した。良いだろう親父?」
「ああ、良いとも」
ジェーンの後ろからやってきた那由多がそう答える。
「しかし……曾祖父さんが生きてれば喜んだろうになぁ」
「曾祖父さん?」
「ああ、爺ちゃんの親父の事だよ」
「なんで曾祖父さんが喜ぶんだよ?」
「曾祖父さんが子供の頃……千吉と言ってな、天狗に助けられたことがあると言っておった。誰にも相手にされなかったがな」
「「へぇ」」
「カカカ!親子じゃのう!見事なハモリじゃ!」
「ジェーン……いや、月子か……それが君の素なんだな?」
「……そうじゃ」
「はははっそのままでいい、わした
らは家族だと思ってくれ」
「……うむ、ありがとうございます」
「ははは!まだ固いが、いずれ慣れるだろう」
「親父、中へ入ろう。月子君のおかげで暖かいとはいえ、いつまでもここでって訳にはいかないだろう?」
「ああ、そうだな……ただ、わしは少し月子と話がある。京一、奈菜は先に戻ってなさい」
「ジェーン、後でな」
「うむ」
京一、奈菜親子が屋敷に戻るのを見届けてから……。
周囲に向かって話し出す。
「今宵ここで交わされた話の内容は一切の口外無用!記録も全て消去し無かったものとせよ!これから交わされるものも全て同様である!」
ジェーンは驚きを隠せなかった。
全て盗聴されていた事を示しているからだ。
ジェーンは憤りを感じたがそれでも、ジェーンの前でそれを示す事で誠意を見せたと理解した。
縁側に戻り魔法で鍋を温め直す。
「月子」
「はい」
「千吉という名前、以前に聞いた事は?」
「さての」
「…………親父が言うには、その天狗は君の特徴にそっくりなんだがの」
「そうすると、儂は何歳ということになるんじゃ?」
「100歳は超えてることになるの」
「そんなお婆ちゃんに見えるかの?」
「見えんなぁ」
「そうじゃろ?カカカ」
「けどの、千吉はその天狗について生涯を通じて調べたのよ」
「……(千吉……おセンのことか?しかし、おセンは女の子だったはずじゃ)」」
「なにがわかったと思う?」
「……なにがわかったんじゃ?」
「長生き、そして死ねば灰の様に崩れて死体を残さない……なのに、再び歴史に現れる……」
「化け物じゃな」
「……千吉は考えて一つの結論に行き着いた。……どんなものだと思う?」
「……わからんの」
「そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。千吉は命を救ってくれた天狗に恩返したかったんだ、だから……もし会えたら……天狗に会えたらって、わしも子供の頃から聞かされてた」
「そうか……ただ、だからといって天狗が儂だとは限らんじゃろ?」
「天狗の名前が『ジェーン・ドゥ』だとしても?」
「名無しの権兵衛みたいなもんじゃ、はぐらかされたんじゃろ」
「……『天狗はなにも持ってないのに、どこからともなく酒を取り出した』……昨日、君がわしにお土産を渡した時もそうだった」
「見間違いじゃろ」
「……今日、京一へお土産を渡した時、その場にいたメイド達も同じように証言してる」
「魔法使いなら、学園にいっぱいおる。儂じゃなくても同じ事ができよう」
「しかし、すべての条件に合うものが他にいるか?」
「……いるかもしれんではないか」
「
生徒名簿を調べさせたよ。過去分も合わせて全てね……君しか居なかった」
「学園以外にも魔法使いはおるじゃろ……どことはいえぬが……」
「……しぶといねぇ」
「身に覚えがないからの」
「やはり、100年以上生きてるとボケが?」
「ボケとらんわ!失礼な!」
「いやぁどうだろう?千吉の事を覚えていない様だし?」
「千吉と言うのは知らん!儂が知っとるのは『おセン』と言う名の女の子じゃ!」
「……ボケてないようで安心した……千吉は幼少期、女の子の様に育てられ『セン』『おセン』と呼ばれていたんだよ」
「……はめたな?」
「天狗殿が頑固なのが悪い」
「はぁ〜おセンも小賢しい童であったが……そう言うところは、血筋じゃったか」
「はははっでなければわしらの世界では生きていけない」
「葉車も大きくなったものよな」
「千吉を救ってくれたお陰だ」
「カカカ、大きくしたのはお主らじゃろう、儂はなにもしておらぬ」
「千吉を置いて他の男子は戦場の露と消えた」
「……」
「天狗に感謝してるのは親父だけじゃない、わしも感謝してるんだ」
「律儀が過ぎよう」
「【恩は倍返し】わしらの基本だよ」
「はぁ……おセンめ……余計な事を」
「はははっ!諦めて恩返しされな!」
「……そこまで言うなら……」
灯籠に照らし出された赤い花
丸く輝くお月様
人の一生を超えて受け継がれた想いに
ジェーンの心は涙で濡れる
※※※※
12月23日 朝
ジェーンの部屋
キングサイズのベッドにジェーンとセブンが寄り添う様に寝ている。
そこに忍び寄る一つの影。
二人が寝ている事を確認した影はベッドによじのぼり、そして二人へダイブする。
「起きてください!お姉様!」
九重のダイブを受けて
「うおぉ!?なんじゃ!?」
「うわぁ!?なんだ!?」
「……お二人ともパジャマはどうしたんですか?」
「「……」」
「あ……暑くて」
「空調の不調でしょうか?」
「ああ!そうだな!確かに昨日は暑かった!汗いっぱいかいたしな!」
「そうなんですね。後で治す様にいっておきます。さ、お二人とも朝ごはんですよ」
「う、うむ」
「ありがとう九重、朝イチで九重の笑顔が見れて俺は嬉しいよ」
「まぁ!三月お兄様みたいな事言って!ジェーンお姉様がやきもち焼いたらどうするんです?」
顔を見合わせるセブンとジェーン。
「さぁさぁ!着替えて着替えて!私は先に行ってますからね!」
「焼くのか?」
「馬鹿者」
「ん」
「馬鹿者め……ん」
※※※※
大食堂
そこには那由多、京一、京一の妻達、奈菜、九重、ジェーンが席につき、少し離れた所に使用人達用のテーブル。
それに着く大勢の使用人達。
「壮観じゃな」セブンに耳打ちすると「久しぶりで正直ビビってる」と正直に答えるセブン。
「なんて言うか……奥方達と言うべきじゃろうか?お母さん達と言うべきじゃろうか?……何にせよ、みな美人じゃの」
「子供の頃は嫌だったけどな……今になって思うんだ……よその家だと母親は一人しかいないけど、俺たちには七人もいるんだぜ!良いだろう!ってさ」
それが聞こえたのか、向かい側の席に座る赤毛の婦人が涙を拭う。
それを周りの婦人が労っている。
その様子を見てジェーンはポロリと口にする
「親父殿は凄いの……こんなにも愛されとるんか……」
「ん?どう言う事だ?」
「親父殿への愛があるからこそ、お互いに温かく接しておれるのじゃろう?女同士をそこまで纏めるのは大変な事じゃろうしの」
「そんなもんか?」
「うむ、儂もあんな風に愛されたいものよ」
セブンからすればこのセリフは自分に向けられた物だと理解している。
だからこそ、かつてジェーンが放った冗談を取り上げると言う形の、冗談を口に出したのだ。
「そう言えば、『親父を紹介してくれ』って言ってたよな」
その瞬間、このテーブルの空気が変わった。
婦人達は凍りつき、那由多は我関せずと明後日の方向を見ている。
京一は「ジェーン君……僕はね、君を見た時に思ったんだよ……なんて綺麗な子なんだと」
ばきっ と何かが折れる音が聞こえた。
「その綺麗な髪」
ばきっ
「金色の瞳は僕の心をとらえて離さない」
ばきばきっ
「君の声は聞いてるだけで僕の心を癒してくれるよ」
ばきっ
「君が僕のために微笑んでくれたなら、僕は世界を敵に回しても良い」
ばきっ!
「これ……儂、口説かれとるんか?」
「てんめぇ!このクソ親父!人のモンを口説いてんじゃねぇ!」
「そうですよ!京一さん!それに私にいってくれたセリフじゃありませんか!」
「私もですよ!私とだけの思い出じゃないんですか?」
「ケーイチ!ヒドイヨ!ワタシタチノ アイノ セリフ ソノコニツカウナンテ!」
非難轟々である。
とは言え慣れた様子で彼女達を宥めていく京一。
セブンだけは事情が違ってしばらく経ってもその怒りは収まっていなかった。
ジェーンは自分のお膳を那由多の隣へ持っていき、食事の続きを始める。
「慣れたものといったところかの?」
「好みのメイドや女中がいるとその都度こうじゃからの」
「まさかとは思うが……」
使用人テーブルの方へ視線をやると
「流石に、後々のことを考えて家中には手を出すなといってあるよ」
「守られてるのか?」
「僕が知る限りはないよ……多分だけど」
「その情報源はどこなんじゃ?」
「……」
「血は争えんと言うことか」席を離すジェーンであった。
「ジェーンさん」
「ん?」そこには着物を着た緑の黒髪の女性が立っていた。
年の頃は30前後に見える。
「私は千夜重と申します。子供達がお世話になっている様で、御挨拶が遅れて申し訳ございません」
「あ!いや!こちらこそ、お世話になっております!ご挨拶が遅れて申し訳ありません!……千夜重さん……九重ちゃんのお母様ですね?」
「そうですが、そうではありません」
「え?」
「皆、私の子供達ですから」
そう言って柔らかく微笑む千夜重を見て「(菩薩ってこんな風じゃろうなぁ)」と思うほど優しい笑みだった。
「この度は奈菜ちゃんの事、ありがとうございました」
「はて?何かしたじゃろうか?」
「……貴女の献身に心から感謝を」
「何もしとらんのに感謝されてもの」
「本当に、この天狗様は」
「おい!那由多!ダダ漏れではないか!」とヒソヒソ声で那由多を責める。
「あぁすまないね、その子だけは特別なんだよ、何せ情報を統括して裏で葉車を守ってるのは彼女とその配下だからね」
「天狗様、そう言う事ですのでご安心ください」
「ふぅ……承知した」
「千夜重殿も大変な立場よの……儂にできる事があれば言うが良いぞ、セブンや九重ちゃんのためになら一肌脱いでも構わぬ……とは言え、大した事はできぬがの」
「ありがとうございます。子供達を守る為に、こんなに心強い事はありません」
「(親とはかくもありがたいものなのじゃなぁ……感謝しかないの)」
彼女の親、つまり【女神イシュタル】
それからジェーンの生みの親達に感謝の念を抱く。
とは言え、産んですぐ殺しにくる様な親は例外ではあったが。
視線を巡らせる。
彼ら彼女らにも親がいるのだなと当たり前の事に思いを巡らせ、この家に【イシュタルの祝福】を祈らずには居られなかった。
「(我が神にして我が母、戦と王権、豊穣と美を司りし愛の女神イシュタル様、どうかこの者たちが愛に恵まれます様に……ウル・アスタルテが願い奉ります)」
そんなジェーンのすぐそばで
未だにセブンと京一のジェーン取り合戦は続いていた。
※※※※
12月23日 昼
神戸ハーバーランド モザイク
カフェ・La scala dell'angelo
名物の「天使の梯子パフェ」を頂きながら次の予定の確認をしている最中。
「そう言えば、妹がもう一人いたんじゃなかったか?」
「……ああ、十美恵のことか?」
「うむ、確かまだこっちにいるはずじゃろ?」
「ああ……そういえば見てないな」
「薄情なお姉様じゃの」
「いや……色々あったし……普段会ってないから違和感なくてよ……すまん」
「儂に謝ってどうする……しかし、会ってないってそんなことあるのか?」
そういえばセブンが神戸に帰ると言った時あんなに喜んでくれたのだ、それが全然姿を見せないなんてあるだろうか?
気になり始めると心配がますばかりで、この後の映画を楽しめなさそうだ。
「ちょっと千夜重母さんに聞いてみるよ」
「うむ」
コールが始まってすぐに繋がった。
挨拶もそこそこに十美恵のことを聞くと「これは大人達で何とかするつもりだから……貴方達は気にしなくて良いのよ」
「……トラブルかなにかですか?」
「(千夜重殿には敬語なんじゃなぁ)」
「これから映画なんでしょう?楽しんでおいでなさい。戻ってから話をしてげますから」
そう言って電話は切れたが、そんな状態で映画を楽しめるはずもなく……。
二人で話し合い途中で退館、実家へと戻ることにした。
※※※※
12月23日 夕方
葉車本邸 竹の間
「お帰りなさい 早かったのね」
「気になって途中で抜けてきたんだ」
「あらあら、奈菜ちゃんはジェーンさんをエスコートしてる立場なのに、ダメじゃない」
「いや千夜重殿、二人で話し合って決めたんじゃ、奈菜は悪くない。責めんでやってくれ」
「そう言うことでしたら、叱る理由はありませんね」
「で、十美恵はどうしたんですか?」
「そうね……どこから話そうかしら……」
千夜重は顎に指を当て小首を傾げて見せた。
「(あ、これ九重ちゃんがよくやる仕草じゃ……親子じゃのぉ)」
「先ずは……【演算補助アプリ:Om-E-Kne】って知ってるかしら?」
「なんか聞いたことあるな」
「儂は知らぬ」
「ニュースでよくやってるわよ」
「テレビ持ってないんじゃ」
「あるけど見ないな」
「……これがジェネレーションギャップってやつかしら……ちょっとショックだわ」
「そんな事はいいから、千夜重母さん!十美恵の事を教えてよ」
「せっかちなんだから……治しなさい?でないとジェーンさんに捨てられるわよ?」
「!?そんな事ない!ジェーンはずっと一緒じゃって言ってくれたし!」
「……セブンがせっかち過ぎで儂、時々叩かれるんじゃ……」
「なんですって!?奈菜!貴女って子は!」
「おい!ばか!今はそんな冗談言ってる場合じゃねぇだろ!」
「冗談かのぉ……その無駄にでかい胸に手を当てて聞いてみるが良いぞ?」
「てめぇ!僻んでんのか?僻んでんだな?でも、今はそんなことしてる場合じゃねぇ!重くて肩も凝るし十美恵の事も心配あだだだだだ!」
「そんなに肩が凝るなら捥いでやろう!」
「バカやめろ!」
「痛った!すぐ暴力!暴力反対じゃ!」
「うるせえ!いつもなら十倍は殴ってるとこだぞ!今はそれより十美恵の事がさきだ!」
「……十倍は叩いて来るんです」
「奈菜……後でアンジェリカお母さんに折檻してもらいなさいね」
「ジェーン!」
「いつか訴えてやると言ったろ?」
「タイミングを考えろよ!十美恵の事が心配だろうが!」
「儂らの出る幕はない……あっても、今じゃない……そうじゃろ?千夜重殿?」
「その通りですよ奈菜ちゃんは本当落ち着きを身につけなさい」
「……わかりましたよ!!それで?十美恵の事は?」
「ふぅ……【演算補助アプリ:Om-E-Kne】を説明すると、どんなコンピューターでもその演算能力を劇的に向上させるアプリで今や全世界の40%のコンピューターに入ってるわ。アメリカ国防総省はこのアプリを危険視して政府関係機関のコンピューターからアンインストールを指示したわ。そしてこのアプリの製作者の身柄を引き渡せと日本政府に圧力をかけて来たのよ」
「もしかして……その製作者ってのが……」
「そう、十美恵ってわけ」
「それで!引き渡したのか!?くそ!見損なったぜ!」
「セブン 落ち着け」
「そうですよ、落ち着きなさい」
「これが!落ち着いて!いられるかよ!大事な妹を取られて!それをなんとも思わない親に!落ち着いていられるか!」
「ええい!このばかセブン!少しは黙って話を聞かんか!」
強制的に口を塞ぐジェーン。
「んん!ジェーンんぐぐ……ん……ん……はぁはぁ」
「はぁはぁ」
「最近の若い子は凄いのね……我が子のそんなとこ目撃することになるなんて……京一さんは今夜スケジュール空いてたわよね……」
「「……」」
「んん“……十美恵ちゃんは引き渡してなんかいません。当然でしょう!」
「じゃぁ十美恵は今どこに?」
「ある意味、世界で一番危険で一番安全な場所に隠しました」
「それって……」
「奈菜ちゃん、分かったとしてもわざわざ口に出す必要はありませんよ」
「(なるふぉど……それでこんなにも落ち着いておったのか……)」
「安心していいんですね?」
「ええ、もちろんです。それにいざとなったら核兵器以上に厄介なカードも有りますからね。ふふふ」
「千夜重母さん……怖いよ」
「たとえアメリカだろうがなんだろうが、誰に喧嘩を打ったのかを思い知らせてあげないと。なんせ私たちは【葉車】なのですから」
柔らかく、それはそれは優しげな菩薩のような笑みを浮かべたのでした。
ジェーン・ドゥと彼奴の誕生日 第六部 了
最終更新:2022年10月19日 18:21