蓬莱学園のチョコレート
それはいつもの昼下がり。
大教室での事。
90年動乱を経験したという臨時教師が『vtubaによる経済効果』という講義の最中。
私達はいつもの様に雑談に耽っていた。
これが、あんな事になるなんて...この時は誰にも予想できなかった。
「バレンタイン・デー?」
「そうよ、バレンタインデー」
お正月も終わりもうすぐ二月。
節分のことは一旦置いといてバレンタインの事で盛り上がる女生徒達。
隣でフランス人のマルセルが微妙な顔をしている。
まぁ日本とフランスでは行事の内容が違うってのは知識としては知ってるのよ、テレビで見たもの。
だからマルセルの気持ちも察せられるわ。
「バレンタイン・デーはla Fête des Amoureux(恋人たちのお祭り)です。日本のチョコを渡して告白する日とは違います……ちょっと複雑」
「複雑」
「Oui、アニメ、漫画で見たバレンタインも、面白そうです。でも、Saint Valentin(聖ヴァランタン)のお祝いの日……大事……複雑です」
そう言ってマルセルは少し困った様な笑いを浮かべた。
「『郷に行っては郷に従え』って言うじゃない、ここは日本なんだから、日本式で楽しめばいいんじゃない?」
それを聞いていたクラスメイトが身を乗り出してこう言った。
「ダメよ!この学校ではチョコレートが禁止されてるのよ!」
「え?……え?」
「スミコ、私の日本語のわかる力がわからなくなりました!」
「アンデクション ドゥ ショコラ かな」
「Interdiction du chocolat!? Tu te moques de moi !?」(チョコ禁止!? 嘘でしょ!?)
「マルセル落ち着いて!でも、なんでそんなことに?」
「ここだけの話なんだけど……」
そう言って彼女はヒソヒソと本当か嘘かわからない情報を私にくれたの。
曰く、昔チョコの中に薬物を入れて売買した連中がいたからチョコレートが禁止になった。
曰く、当時の生徒会執行部が非モテ集団だったので禁止にしたらしい事。
曰く、この時期になるとお料理研の政治力、経済力が一気に上がるためそれを嫌った生徒会執行部が(ry 等等……。
蓬莱学園らしいといえばらしいけど……
正直馬鹿げてるわ!
「こんな校則を撤廃させるにはどうすればいいのかしら?」
「やめときなよ……公安に目をつけられたら、面倒よ?」
「でも……スミコ……チョコレートが食べられないのは、人生の損失ですね。」
この後、チョコレートの事で頭がいっぱいで授業なんて頭に入らなかったのは、私のせいじゃなくこんな校則を撤廃しない学校側のせい……多分そう!
ダメと言われれば食べたくなる。
それが人情ってものよね!
チョコがダメなら代わりのものを作ろう!
スマホで調べたら学園のセキュリティに引っかかるのか、検索できない。
なので私とマルセルはお料理研の先輩を頼ることにしたんだけど、やっぱり代用品ってものまではレシピが分からないそう……それなら、図書館へ!
ってきては見たものの……
「ねぇスミコ……」
「ん〜?」
私達は色んなレシピ本を手に取ったけど見つからなくて諦めかけた時、マルセルが一冊の本を持ってきたの。
その本の名前は……『チョコレート産業における技術史』
「スミコ……これ、わからない日本語がいっぱいです。でも、食べ物の名前とかいっぱい書いてある!もしかしたら良いでござる!」
お?ござる言葉が出てきてる!
この子は漫画アニメのサムライで日本語を練習したのよね、普段は出ないんだけど、感情の昂ったりすると素が出ちゃうのよね。
どうやら当たりを引いた予感から高揚してるみたいね……。
「ふむふむ……マルセル、マルセル・アヴリル!よくやった!これで例ものが作れるわ!」
例ものってのはもちろんチョコレートの事!
なんだか最近、チョコレートチョコレートっ言ってたせいか、公安にマークされてるっぽいのよね!
私たちが作ろうとしてるのはチョコレートでは無いから、ほっとけっての!
私たちは早速材料を集めるため、お料理研に相談したり悪徳大路へ仕入れに行ったりと走り回ったわ。
それでついに完成したのが『代用チョコレート』
味はまぁ……うん、代用だからね。
それでも、チョコに飢えてた生徒達には好評で、最初は自分達の物だけだったはずがいつの間にやら大量生産!
3日も経たないうちにチョコ成金って呼ばれる様になったわ!
もちろんマルセルもね!
バレンタインにはまだ遠いのに売れるのは、やっぱりみんなチョコに飢えてたのね!
あとマルセルが考えたコピーも良かったみたい!
「Pour le chocolat et l'amour, les chances sont instantanées !」
(チョコも愛もチャンスは一瞬!)
でも、ある情報筋によると公安が動いてるらしいのよね。
ほんと仕事熱心だ事!
チョコレートじゃないってのにね!
でも、私とマルセルは相談した結果この事業を手放すことにしたわ。
いくつかのクラブにこの事業を買わないかと打診したのよ。
食いついたのはお料理研、錬金術研だったわ。
二つのクラブで今後を運営するとのこと。
事務的な事は専門クラブから人を出してもらって査問委員会の承認を得たわ。
これで、私たちは一切関係なし。
手元には大量のお金が残った。
「やったね!スミコ!お金持ちよ!億万長者よ!成金よ!」
「……」
「どうしました?嬉しくないの?」
「やっぱりみんな、本物のチョコレート食べたいよね……ねぇどう思う?」
マルセルはポカンとしてる……やっぱり受け入れられないかしら……それはそうよね、代用品で散々儲けておいて、売り払ったら今度は本物……軽蔑されるかしら。
「スミコ、私は貴女が講堂でやった事覚えてます。貴女は自由の女神だった」
「(私は忘れてたよ)」
「スミコ、貴女を信じてますから」
こうして私達は有志を募り、資金を提供し『チョコ解放運動』を始めることとなった。
当局からの不当な取り締まりはもはや単なる嫌がらせとしてエスカレートする一方だ。
そして、遂には代用チョコレートまでも取り締まり対象となり、我々は遂に全てのチョコを失った……。
バレンタイン1週間前
委員会センタービル前 大階段
私達はこのビルの前で気勢を上げている。
今日ここで行動を起こすことを事前に周知していたの。
大階段を埋め尽くす群衆を前に、突撃報道班が私にマイクを向けてくる。
活動写真部もカメラを回している。
ラジオTV放送委員会も中継中だ。
多くの生徒が見ている中で私は私の思いを叫ぶ。
「みんな!私達は奪われた!何を?それは私達の疲れを癒し!私達の愛を伝え!私達の良き友であり!時には愛の象徴である!……そう!チョコレートよ!私達はチョコレートを食べる!何故か?食べたいから!それが!それこそが!癒しであり!愛するチョコレートに対しての感謝の形だから!ねぇみんな!思い出して!最後に食べたのはいつ!ねぇみんな!思い出して!あの蕩ける舌触りを!
思い出して!芳醇なチョコレートの香りを!ねぇみんな!思い出して!あの味を!!……ねぇ……みんな、私達は奪われたの……何を……?」
「チョコレートだ!」
「チョコだ!」
「チョコ!チョコ!」
「そう!チョコレートよ!ねぇみんな!私達は奪われたの!チョコレートを奪われたの!奪われたならどうしたらいい!チョコレートを愛するみんな!取り戻そう!チョコレートを!私達のチョコレートを!しかし、チョコレートは平和こそが似合う、だからこそこの6万人分の著名を提出します!ここまで来るのに様々な妨害があったわ!だからこそ、見届けてほしい!この一歩がチョコ解放の一歩となるの!」
『チョコ解放』
『チョコレート食べたい!』
『チョコ愛!』
『私達にチョコの自由を!』
などなどのプラカードを掲げる大勢の生徒たち。
そして遂に大階段を登りつめた私達はその足を止めた。
委員会センタービルの玄関前には大型のアクリル製の盾を構えた、厳つい公安機動隊が整列し行く手を阻んでいたから。
その様子はメディアを通して全学内へ放送されているにもかかわらず、彼らは職務を全うしている……秩序を守る盾としての、彼らの仕事に敬意を払おう。
「退いてください」
「……」彼らは正面をじっと見て微動だにしない。
かと言って彼らを避けて横から通ることもできない。
「仲井さん!裏口も他のどの門もダメです!」
「そう……どうしても受け取らないつもりなのね。マルセル、ついてきてくれるでしょ?」
「Oui!Ma statue de la liberté!」(ええ!私の自由の女神!)
私達は署名を乗せた代車を中心にスクラムを組む。
「同志諸君!いざ行こう!チョコ解放のために!」
こうして私達は学園史に残る『チョコレート戦争』のきっかけを作ってしまったのでした。
【蓬莱学園のチョコレート】 了
エピローグ
公安による報告書にはこのように書かれている。
【バレンタインの前に起こったチョコ解放運動は、9月の入学式の際に話題となった『講堂の自由の女神』を旗印に盛り上がりを見せ、遂に6万人分の著名を提出。
各地で同志による辻演説も行われたが、
しかしながらバレンタインに向けて盛り上がるとともに、恋愛消防団などの団体からの妨害が激しさを増し遂には一部で武力衝突があった模様。
これを受け、『チョコ解放運動』の共同代表である『伊仲純子』『マルセル・アヴリル』は責任をとって辞任】
【2代目代表によりその運動はより過激なものとなり、その組織名を「チョコ解放戦線』とした】
【多くの同志は平和的手段を望んでおり、その組織の規模は縮小。
しかしながら、チョコレートを求める者は多く、今後の対応によっては再び巨大化し政局を動かしかねないと思われる】
【前代表の伊仲純子についてはその動員力、カリスマ性を鑑み2級警戒生徒とし、同じく前代表のマルセル・アヴリルについては3級警戒生徒とする事をここに申請するものとする】
この報告を受けた上司は
チョコレートを楽しみながら、その書類をシュレッダーに放り込んだのだった。
「Vive le chocolat」(チョコレート万歳)
最終更新:2022年10月19日 18:27