『ジェーン・ドゥと幸せの形 第一章』
■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。女難の相あり。
発生時の名前は「ウル・アスタルテ」
今生名:瑠璃堂院月子
■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。
今回の出番なし。
■ジェーンさん
大人のジェーンさん
まだ転生したことのない時代。
魔法の使い方もよく分かっていない。
■不老転生体:
殺さない限りは死なないが、死ねば数年から数十年の間を開けて人から生まれてくる。
同族により特殊な武器で首をはねられると消滅、転生できなくなる。
同族殺しを行ったものは力を得ていく。
ジェーンはこの戦いに否定的であるため魔法と口先で逃げ回っている。
※※※※
笛野の森の中に厳つい見た目の道場がある。
蓬莱学園の古武道部が所有する道場。
ここでは日々、技の研鑽が行われ多くの少年少女が青春の汗を流していた。
型稽古、打ち込み稽古、乱取り稽古、また型稽古とこなす。
流れる汗は少女達のうなじの後毛を首筋に貼り付けていた。
とは言え季節は大寒の頃。
風が吹けば火照った体もあっという間に冷ましてしまう。
道場の庭には焚き火が焚かれ、本日の炊事担当であるジェーンが豚汁を作っていた。
大鍋に豚肉、人参、大根、牛蒡、厚揚げを放り込んで、水と味噌と酒と味醂、七味とネギを薬味に添えて。
「ジェーン先輩、寒い中ありがとうございます!」
普段なら道場の屋内にある土間で料理をするのだけれど、竈が崩れた為修繕中なのだった。
そこで石を組み上げて簡易竈を組んでの炊事。
竈を組むところから全てジェーンが一人で準備したのだ。
「大変だったでしょう?」
「なに、慣れたものよ」
「何かお手伝いできる事ないですか?」
「そうじゃな……ではそろそろ用意もできるからの、皆を集めておいてくれ」
「分かりました!」
後輩は元気よく返事をすると走って道場へ入っていく。
すぐに食事の合図の鐘が鳴り響いた。
そんな長閑な昼下がり。
焚き火のお守りをしながら、ジェーンは過去を思い出していた。
※※※※
紀元前14世紀ごろ
彼女が自身の事を知らなかった時代
『妖精の住む島』北部
絹の様な緩くウェーブのかかった銀髪は腰まである。
瞳は黄金色。
白磁の様な滑らかな肌。
身長は176cm。
出るところは出て引き締まるところは引き締まった、女性の魅力を十二分に備えている肢体。
現代とは違い、眼帯はつけていない。
大人姿のジェーンことウル・アスタルテである。
誕生から200年を過ぎても20代前半の若い姿をしている。
まだ一度も転生をしていない、そもそも『不老転生体』の事自体を知らない、それ故に本人はまだ「ウル・アスタルテ」と名乗っている。
そんな時代の話。
長い旅を経て妖精の住む島ーーイギリス辺りーーへ来ていた。
長い旅の中で着ていた旅装は擦り切れてはいるが、清潔さは保たれていて背中には大きな荷物を背負っている。
背負い袋の中身は二枚の毛布に火おこしの道具、塩、胡椒などの香辛料、そしてほとんどが食料と水が占めていた。
彼女個人の財貨については、邪魔になるため人知れず海に沈めてきた。
そんな彼女は森の中の街道脇で野営の準備をしていた。
石を並べ薪を焚べて火をつける。
拾っておいた薪で翌朝迄の暖を取るには十分だ。
暖かいメソポタミア地方に生まれ、上流階級で育ち、神殿の司祭長を長く務めた彼女はこの旅の最初、竈の組み方は勿論、火の起し方も知らなかった。
魔法を使えば、より手軽により早く同じことができたのだが、旅の途中はできるだけ使わないと決めていた。
旅の不便を楽しむという目的とともに、無用のトラブルを呼び込まない様にする為に。
特に妖精の住む島に入ってからは。
この島には有名な魔法使いがいると聞いている。
嵐を操り、島を沈め、海を割る。
そんな強大な力を持ち『嘆きの魔法使い』と呼ばれる者がこの地にいる。
彼女はそんな魔法使いに教えを請いにきたのだ。
「とは言え所在がわからないのよね……」
辺りも暗くなり早めの夕食を終えた彼女は『戦と王権・愛と美・豊穣の女神イシュタル』へと感謝の歌を捧げた。
焚き火で温めておいた石を専用の布袋に入れ熱石とした。
現代で言うところのカイロである。
これを複数作って体を温めながら寝る。
荷物にはなるが凍えるよりはマシだった。
横になりうとうとし始めた頃、彼女を取り囲む様に気配が現れた。
最初は森の獣かと思ったが、等間隔に距離をとり互いに連携しているかの様な感じから、最近この辺りに出る盗賊であると思われた。
「(ふむ……前の村で聞いたのはこの人達のことなのでしょうね……さて、どうしましょうか……)」
しばらくすると気配は更に近寄ってきた。
「(しょうがない、話が通じる相手ならいいんですが)……何か御用ですか?」
彼女を包囲する盗賊団はこの辺り一体の農村からあぶれた者が寄り集まって、生きる為に盗賊となった者達だった。
もとより訓練されたわけでもなく、日々の糧が在れば進んで盗賊行為をする様な者達でもなかった。
腕が立つと見れば逃げ、そうでなくとも及び腰……一人旅の者相手ですら大勢で囲んで働くという……よく言えば慎重、普通に言えば臆病者達であった。
第一度胸があれば傭兵になっていただろう。
そんな臆病者達が寝てると思っていた獲物がムクリと起きて声をかけてきたのだから、その驚きたるや……女の様に悲鳴をあげ木立の後ろに隠れる者が居たとしても不思議ではなかった。
「こっちが悲鳴をあげたいわ」
驚きはしたものの相手は一人。
それに……よく見ると焚き火に照らされたその姿は艶めいて幻想的な美しさを湛えている。
餓えた獣の前には上等すぎる餌だった。
「女だ!上物だ!」
誰かがそう声を上げる。
「あー……御用はなんでしょう?金品なら持ち合わせていませんよ?」
彼女からすれば、魔法を使えない相手など千でも万でも相手にする自信があったし、ましてや田舎の盗賊団など朝飯前もいいとこであった。
だが、その余裕を彼らは都合よく解釈した。
「へへへこの女、状況を理解できてねぇぜ!」
「都合がいいじゃないか!」
「誰が一番か決めようぜ!」
「(うーん……やはり話が通じない方々ですか……首を刎ねるのは簡単ですが、折角の野営地が血で汚れるのは避けたいし……彼らにだって悲しむ家族くらいいるでしょう)」
「おい!お前!名前は!」
「(おや?話し合いができるのかしら?)私の名は『ウル・アスタルテ』。遥か遠くメソポタミアの地から「ウル!俺の嫁になれ!」」
「……は?」
「兄貴!そりゃないぜ!獲物はみんなの物って掟だろう!」
「うるせぇ!嫁になりゃ獲物じゃねぇ!」
「えーっと?」
「だからウル!俺の嫁になれ!そうすれば、こいつらの相手をせずに済むぞ!」
「兄貴!俺だってこんな上玉を抱きてぇよ!せめて勝負しましょうよ!」
「ああん!?一番強い俺が勝つに決まってんだろ!」
「腕力勝負ならオラ一番だど!」
「ダイスだ!ダイスで決めよう!」
「イカサマ用じゃねぇか!」
「物知りで年長の儂の嫁になることが一番じゃろ!」
「もし……もし!」
彼女の所有権を賭けて殴り合いが始まろうとした時、彼女の堪忍袋の緒は切れた。
火のついた薪を投げつけたのだ!
「うわぁ!」
「ぎゃぁ!」
「あっつ!あっつぅ!」
胡座をかいたまま男達を睨みつける。
「使徒だ……使徒の眼だ!」
彼女の瞳を見た盗賊の一人がそう悲鳴混じりに叫んだ。
使徒と呼ばれた彼女には何の事か分からなかったが、盗賊達の慌てようから『使徒』という存在は随分と恐れられているのだと分かる。
「こ、これは……その、使徒様だとは……すまねぇ……い、命ばかりは……どうか……どうか……」
兄貴と呼ばれていた男が命乞いをしながら、後ずさって行く。
弟分達の中には既に逃げ出した者もいた。
しかし、彼女の近くにいる者ほど『動けばやられる』とばかりに動けないでいた。
「貴方と……貴方と貴方、そこへ座りなさい。他の者は去れ」
指さされた者は顔面蒼白となり彼女の指示に従い、それ以外の物は一目散に逃げて行く。
「(使徒……もしや私が探している魔法使い? けど、私の目を見て『使徒』だと言った……同じ目を持つ?……私が歳を取らない理由も知れるかも?)」
「あ、あの……使徒様……命ばかりは」
「それは貴方達次第ですね」
ガタガタと震える男達をみて、かわいそうだと思いながらも必要な質問を優先することにした。
「まず『嘆きの魔法使い』というのを知っていますか?」
「……」お互いに顔を見合わせる男たち。
「……正しい情報をより多く提供した者の命は保証しましょう。けれど、そうでない者は……わかっていますね?」
「どんな事でもかまわねぇか?」
「内容によります」
「……『嘆きの魔法使い』ってのは違うかも知れねぇが『叫びの魔女』なら聞いたことある……です」
「叫びの……何を叫んでいるのです?」
「わかんねぇ……けど、俺達とは違う言葉だと思う……です」
こうして『叫びの魔女』について知り得たことは……
「つまり、その『叫びの魔女』というのは、すごい長生きしてて魔法を使う。そして目が金色に見えることがある。普段は薬草とか呪いで病気や怪我を治してくれると」
「そうです……でも以前魔女とその辺りの領主とで争い事があって、魔女はその叫び声だけで領主の軍勢を皆殺しにしたって噂だ……です」
焚き火の火が風に吹かれて揺れる。
作り出された影も同じ様にして揺れるが、彼女はふと一つの影に視線を止める……が、違和感を感じることはなくその影のことなどすぐに忘れてしまった。
「では、私達……使徒について知っていることは?」
「やっぱり、使徒だ!殺さないでくれ!」
一人は腰が抜けて動けず、一人はそのまま失神。
兄貴と呼ばれていた者だけが、震えながらも質問に答えることができた。
「いつの頃からかはしらねぇ、けど爺さんの爺さんの頃にはいたらしい……たまに姿を表して……人を殺して行く……何百人と殺して行く……中にはそうしない奴も……そうしない方もいる様だけど」
彼女をチラリと見る。
すがる様な眼だった。
「とにかく、来るたびに人を殺すんだ……だから……」
「ふむ……私以外の連中はどこから来てどこへ向かってるかわかる?」
「わからねぇ。見た奴は大体死んでるし、そんな相手にそんな話をできるわけがねぇ」
「(やばい奴だ……理由もはっきりしないで殺すだけ殺して行く……怖いわ……)使徒は、私以外に何人いるの?」
「わからねぇ……けど、男も女もいたらしい」
「……その時、叫びの魔女はどうしてたの?みんなを守ってくれたわけじゃないの?」
「……知らねぇ、あの魔女はそういう事をしない気がする……それにもう、しわくちゃの婆さんだ、まともに歩けるかさえ怪しいもんだ……です」
「どこに行けば会えるかしら?その叫びの魔女に」
「この森を北に行けば湖がある。その対岸の村で聞いてみるといい、その村が魔女のナワバリのはずだから」
焚き火に薪を焚べる。
薪の爆ぜる音がして火の粉が上がる。
揺れる影が幻想的な雰囲気を醸していた。
彼女は男達を質問責めにしそのまま朝を迎えることとなった。
「さて、皆さんにはいろいろ聞かせてもらいました。ありがとうございました」
「……あぁ、あんたが使徒じゃないって分かっただけありがたいよ」
「まぁ盗賊なんてやめて真面目に働きなさい、盗賊なんてしてたら、使徒じゃない普通の人間からも命を狙われるんだから」
「……」
「じゃぁ私は北を目指すけど、戻ってきた時に盗賊の噂があれば、見つけ出して……」
首を掻っ切るジェスチャーをして見せて、男達を震え上がらせた。
彼女は荷物を背負って森の街道を北へ。
途中巨大な灰色熊に出くわしたが、夕食におかずが一品増えただけだった。
2日ほど歩き湖に出た。
穏やかな水面に風景が映り込む。
まるで鏡の様に、もう一つに世界があるかの様に。
湖の南側は彼女が抜けてきた針葉樹の森になっていて東西は緩やかな斜面から切り立った崖へと続く。
北側は緩やかな斜面に村があり更に遠くには雪化粧をした山が見える。
「きれい……本当に」
ここまでの旅でニ番目に綺麗だと思った。
一番はアフリカ西海岸から見る夕陽だった。
彼女は祈りを捧げる。
旅をできる事、旅に出られた事、さまざまな経験ができる事に感謝して。
北岸の村は狩猟と放牧と漁業で成り立っていた。
規模が小さい割には豊かな印象を受ける。
しかし、だからといって観光客が来るわけでもないこの地域において、宿屋というものは存在しなかった。
出来ればどこかで泊まらせてもらいたい。
かと言ってこの姿で――特に金眼で――村人と接触しようものならパニックになるかも知れないと考えて、眼の色をこの辺りに多いグレーに見える様に魔法をかけた。
その上で、比較的大きな家を訪ねてみる。
ノッカーを鳴らしながら
「もし……もし……旅のものでございます。長旅の末にこの村に辿り着きましてございます。しかしながら頼れる知人もなく、どうか暫くの宿をお願いできますまいか」
途中村人から、この家のことを聞いてやってきた彼女は、ドアの外から声をかけていた。
家は確かに他の家より大きく、それを囲む様に柵も設けられている。
そして彼女の興味を引くのはこの家のだけでなく村の建物が地面に埋もれてる様な作りになっていることだった。
屋根など外壁には草が生えていて、まるで地面に魔法をかけて家を形成した様にも見える。
「(なるほど、風が強いから建物を低く半地下にしてるってとこかしら)」
しばらくすると家の中から女が出て来た。
「あらあら、こんな辺鄙な所へ旅人とは珍しいささ、どうぞ中へ」
「ありがとうございます」
「どこから来なさった?」
「はい、海を2つ超えた先のバビロンの地より参りました」
「……バビロン?聞いたことないねぇ?……まぁ今は旅装を解いて、ゆっくりしておくれ、旅の話は夕食の時にでも聞かせてもらうよ」
この夜、先日仕留めた熊の肉を宿代として差し出して歓待を受けた。
旅の話を面白おかしく披露し、家長に気に入られ暫くの逗留をすることになる。
彼女が持っていた香辛料など、この地方では希少でそれも喜ばれた。
逗留中は村の仕事を率先して引き受けた。
大規模な魔法となれば面倒ごとに繋がりかねないが、農作業ひとつひとつに込める祈りくらいは大丈夫だろうと判断してのことだった。
しかし『戦と王権・愛と美・豊穣の女神イシュタル』の巫女としての祈りはある意味魔法に匹敵し、長年の豊作に繋がるのだが……これは別の話。
※※※※
「ジェーン先輩!こんなところで寝てたら風邪弾きますよ!」
焚き火の前で昔を思い出していたジェーンはいつのまにか寝てしまっていた様だ。
黄昏時が迫っていた。
あの村で過ごした時間は今でも良い思い出だ。
あの時の彼らはもういない。
けれど、あの湖は今でもあって変わりなく人々の営みを見守っているだろう。
「今度行ってみるか……セブンでも連れて」
「ジェーン先輩?片付けて早く帰りましょう」
「うむ、そうじゃな!帰ろう帰ろう!」
帰れる場所、帰りを待つ人、なんと幸せなことか……。
そう感謝をせずにはいられないジェーンだった。
※※※※
ジェーン・ドゥと幸せの形 第一章 了
最終更新:2022年10月19日 18:21