『ジェーン・ドゥと幸せの形 第二章』


■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。女難の相あり。

発生時の名前は「ウル・アスタルテ」
今生名:瑠璃堂院月子

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成


■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。
今回は出番はあるけどセリフなし。


イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成


ジェーン(ウル)さん
大人のジェーンさん
まだ転生したことのない時代。
魔法の使い方もよく分かっていない。

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成



■不老転生体:
殺さない限りは死なないが、死ねば数年から数十年の間を開けて人から生まれてくる。
金眼が共通点。
同族により特殊な武器で首をはねられると消滅、転生できなくなる。
同族殺しを行ったものは力を得ていく。
ジェーンはこの戦いに否定的であるため魔法と口先で逃げ回っている。

※※※※

ジェーン・ドゥと幸せの形】


朝起きて最初にすること、誰かの為に朝ごはんを作ること。

朝起きて最初に口にする言葉、愛する人にかける言葉。

朝起きて最初に耳にする言葉、愛する人の……。

ジェーンは美味しそうに玉子焼きを食べるセブンを見て、幸せを感じていた。
今日は朝食当番だから作っただけだけれど。
明日にはセブンが朝食を作る番だけど。
それはそれで幸せを感じる。

今日は休日。
特に出かける予定もなくゴロゴロしている。
何を話すでもなく、ただ身を寄せ合って本を読んだり居眠りしたり。

たったそれだけなのにジェーンにしてみれば、初めての幸せの形だった。

転生を繰り返す不老転生体の彼女と、輪廻を巡る普通の人間のセブンとでは【生まれ変わる】点においても大きな違いがあった。

『不老転生体』は肉体の死後、数年から数十年かけて再び『不老転生体・同一人物』として人間から生まれてくるが、『人間』は輪廻を巡り、人であったり動物であったりする。
しかも人間に生まれ変わるのがいつになるのか定まっていない。

それ故、ジェーンが探してもセブンがそもそも人間で無ければ見分けがつかず、しかもいつ人間で生まれ変わるのかさえ分からず、さらに言えば人間に生まれたからと言って明確な知らせがあるわけでも無い。
そんなあてもない旅をして、セブンを探し出し、その魂に寄り添って生きて来た。

かつてジェーンはセブンに救われた。
最初はただの恩返しだった。
セブンの魂を探し出し、恩返しにその人生に寄り添った。
『人間』であるセブンに前世の記憶はない。
ならば恩返しとはいえもう良いのではないか?
千年も二千年もかけてやるべき事か?
しかしジェーンにはそれだけの物の様に思っているのだった。
だからこそ、その時その時のセブンの望みを叶える形で、求められて恋人になったりもした。

けれど今生では少し事情が違う。

ジェーンも久しぶりにセブンに恋をしたのだ。
これで二度目……一度目は、希望峰を周る船長だったセブンの魂に。

「(戦と王権・美と豊穣・()の女神イシュタル(おかあさま)の巫女として、個人的な恋愛の少なさもどうかと思っておったが……なんじゃ……気にする様なことでもなかったの)」ふふふ と笑みが溢れる。
セブンが不思議そうにこちらを見ている。
ジェーンは優しく微笑むと「幸せじゃと思っての」
セブンがジェーンの頭を撫でる。
目を細めて身を寄せる。

幸せな時間がゆっくりと流れていた。


※※※※
紀元前14世紀頃 
妖精の住む島 北部 湖北岸の村

この村に久しくなかった緊張が走る。
男達の強張る表情。
女達は額に汗を浮かべて働いている。


産声が上がる。
そして続いて喝采が響く。

「よく頑張りましたね!元気な男の子ですよ!」
『ウル・アスタルテ』が赤ん坊を取り上げて、母親を労った。

近所の妊婦が産気付き居合わせた彼女が『戦と王権・美と豊穣・()の女神イシュタル(おかあさま)の巫女として助産師の代わりを務めたのだった。

『ウル・アスタルテ』
つまりジェーンが『妖精の住む島』の北部、湖の北岸の村に逗留していた頃の話。

彼女がこの村に着いてもうすぐ1ヶ月が経とうとしていた。
この間に彼女がしたことといえば、畑を耕し、狩りをし、糸を紡ぎ刺繍をして、子供たちを集めて読み書き計算を教えた。
もっとも……文字は楔形文字だったが……。

村人からは「ウル先生」「ウル」と呼ばれている。
そんな彼女は『嘆きの魔法使い』を探してここまで来たのではなかったか?

目的は変わってはいない。
逗留初日に泊めてもらった家の者が言うには、盗賊団と同じ様に『叫びの魔女』なら名前は聞いたことがある、けれど見たことはないと言う。
ここでも『嘆きの魔法使い=叫びの魔女』か判断できる情報は得られなかった。

しかし、「見たことない」それは嘘ではないかと疑念が湧いた。
だから、教えてもらえるまで一年でも二年でも待つ事にした。
そして村人との距離を縮める為、彼らと生活を共にしているのだった。

「(どうやら、私は他人と比べて時間ならいっぱいあるみたいですからね)」

※※※※

さらに時は流れて季節は晩秋。
この村は雪が降れば陸の孤島になる。
交易による物資の補給は期待できないので、それまでに蓄えをしておかないと冬を越せない者が出て来る。

南の森からの恵は、少し予定よりも遅れているものの想定内だった。
しかし昨夜、村で飼っていた羊の柵が壊れてしまって大部分が逃げ出してしまったと言う。
人手を出して探しにいかなければならない。
そこで、彼女にも声がかけられた。

「ウル先生すまないねぇ、うちの旦那がちゃんとしてりゃこんな事にはならなかったのに」と羊飼いの女房がジェーンに謝っている。

「いえいえ、しかしどこへ逃げたのか……占い師などに占ってもらう事は出来ないんですか?」
「そうね……でも、あの方にお願いするのは気がひけるのよ」
「(あの方?やはり面識がある?)どういう事ですか」
「私、南の村から嫁に来たから詳しくは知らないんだけど……不気味なのよ」
「不気味……それは何という方なのですか?」
「それは叫びの魔「滅多なことを言うんじゃねえ!」」

それは羊飼いの亭主だった。
「滅多なことを言うもんじゃねぇ!あの方は村をお守りくださってるんだ!機嫌を損ねて何かあったらどうするんだ!」
亭主は女房に詰め寄って叱りつけている。

「えーっと……?」

「あんただな?外から来てあの方のことを聞いて回ったのは」

「……もうだいぶん前ですけどね、ええ私が探してる方かもしれないと思いまして」

「あの方はお前の事を知っていなさる。気が向けばあの方から、あんたの前に現れるだろうよ」

「……え!?何で知ってるんです?」

「……あの方はそう言う方だ」

「私の知り合いなんですか?」
期待に満ちた視線を送るも……

「俺が知るわけねぇ、お会いした時に聞けばいい」
亭主はぶっきらぼうにそう言って、羊小屋を出ていく。
「何してる、探すのを手伝ってくれるんだろう?」

こうして、村の男たちは手分けして村を出て捜索を始める。
ジェーン(ウル)は羊飼いの息子と組む事になった。

「予定では北の山を探すわけですが、山のどの辺りとか心当たりはありますか?」
「……え?あ、ああ!」
「どうしました?」

「ウル先生は……いつまで、村にいてくれるんだ?」
「え?……突然ですねぇ……そうですね、私は人を探してここまで来ましたから、その人を見つけて、教えを請いたいのです」
「ウル先生は何でも知ってるのに、何を教えてもらうんだ?」

山道を羊飼いの息子を先頭に登っていく。

「魔法を、教えて欲しくて」
慣れない山道で足場を気にしながら、気の抜けた返事をする。

「!魔法を!?」

「ええ、強く生きていくために、ね」

「強くないとダメなのか?」

「私の故郷でも、私は目立ちますからね。その分厄介ごともあるのですよ」
肩をすくめてそう言ったジェーン(ウル)の声は、どこか少し寂しそうだった。

「俺たちの村にいればいい!そしたら俺が守ってやる!魔法なんて覚えなくても!ずっと村にいればいい!」

「(あーこれは……組み分けの時に女房さんが、何やら企んでそうだったけど、こう言う事でしたか)」

狭い村だ。
どこでだろうと二人きりになるのは難しい。
けれど、こうやって山に入ってしまえば二人きりだ。
しかも羊がいなさそうな場所を割り振りされたとあれば……。

「(羊の代わりに嫁を捕まえてこいって事でしょうか?……よくあるとはいえ毎度毎度……) 私は旅人ですからね、一所にはいられないのですよ」

笑顔を崩さず、優しくふったつもりが、伝わらず……

「うちには羊が500頭いる!」

「(……ここでは、裕福の象徴ですものね、ですが)今は50頭も残って無かったですよ?早く見つけて帰りましょう」ニコリと笑ってそう返すジェーン(ウル)と肩を落とす羊飼いの息子。

「(……もしかして文化的違いによる、求愛的な事をやってしまったんでしょうか……考えてもしょうがない!切り替えていきましょう)」

日没前まで捜索したけれど、ジェーン(ウル)達は羊を見つけることができず、村へ戻った。
羊飼いの息子はずっと心ここに在らずと言った風であったけれど、村に戻ってみると羊が戻っており元気を取り戻していた。
「(羊が見つかったのは良かったのですが……また、繰り返しになったり………ああ、息子さんこっち見て笑顔だわ……ああ、気が重い)」

※※※※

雪が降り始める頃。
ジェーン(うる)は村の外れに小さな家を建てた。
いつまでも世話になるわけにもいかないと言うのが理由だってけれど、一部には誤解を与えたままながらも概ね歓迎された。

雪が積もり村人達が引きこもる頃、ジェーンは悪夢にうなされる様になる。

うなされて起きて、けれどその内容は思い出せない。

巫女として神託を受けている可能性も考えたけれど、直感で違うと感じる。

予知の可能性……今までその様な力があるとは思わなかったし、身につくきっかけもない。
なので、予知の可能性も排除した。

では、自身の気付かない感情か夢魔かという可能性……。
「とりあえず、夢魔除けの呪いでもしておきましょうか」

枕元にお手製の護符を置いてこれでヨシ!
ジェーン(ウル)は水で体を拭き寝巻きに着替えて、干草で作ったベットに潜り込んだ。


炎と煙と血の匂い

悲鳴と哄笑

愛する者の名を叫ぶ 
それも悲鳴に変わる


まただ また同じ夢だ

どこから来てどこへいくのか分からない

金眼の【使徒】と呼ばれる存在


村人は愛する者の手をとって逃げる

しかし 
使徒は魔法で足止めし、あるいは背後から魔法で害し村人はなす術もなく……

ジェーン(ウル)は動けない。
得意の魔法も発動しない。
声さえ出せず、目を背けることもできない。

惨劇を手にとる様に把握しながら、彼女はそれを止めることができないでいる。

一人一人の恐怖に歪む顔が浮かぶ……けれど……。

何人その手にかけたかわからなくなったころ

使徒は返り血に染まったその身を清めるため湖へ向かう

背後では村を焼く火が巨大な篝火の様に辺りを照らす

赤く染まった使徒が水面を覗き込む

水鏡に写ったのは

彼女のよく知る人物

【戦と王権・愛と美・豊穣の女神 イシュタルの巫女にして愛娘 ウル・アスタルテ】の姿がそこにはあった。

いやぁああああああ……


……ああああああああああ!!

※※※※
村の集会場の土間で女衆が、焚き火を囲んで針仕事をしている。
それぞれの家であったことや近況報告を兼ねて数日に一度の割合でおこなわれている、女衆限定の集会の様なものだ。

色んな話の中で、数ヶ月前に現れてその知識や経験を巧みな話術で披露する女、ジェーン(ウル)の話題へ移って行く。

「そういえばウル先生……大丈夫かね……」
「ここんとこずっと姿をみんしねぇ」

村の女衆が刺繍をしながら、空いた席を見て言った。

「あたしはアレの旅の話が好きじゃで、おらんと寂しいのぉ」

長老格のお(ばば)がそう言って、その手を止める。

「私は……あんまり、好きじゃないな」

偶然にも訪れた静寂にその言葉が重なって、嫌にはっきりと皆の耳に届いた。

集まる視線に慌てる。
彼女はジェーン(ウル)が来るまで村で一番の人気の娘だった。

「あんた……ウルに人気を持っていかれたからって……」
「違うの!そうじゃなくて……」
「じゃぁ何だって言うの?あんたが夢中だった羊飼いの息子は現にウルに夢中じゃないか」
「……そうだけど、違うの!……ウルが来てから不思議なことが続いてる……」
「不思議なこと?」
「森の動物が減ったって……」
「それはウルが狩に参加して成果を上げたからでしょ」
「羊が逃げたわ!壊れるはずのない柵が壊れたのもおかしいわ!」
「……だからって彼女に関係ないでしょ!」
「……魔女様が今年はまだ来られてない」
「……それは……そうだけど、関係ないでしょ」

女衆は口々に若い娘の意見に答えていたが、魔女の話になると途端に口が重くなる。
反対意見がないわけじゃない。
けれど、言い伝えでは『魔女の話をすれば彼女の耳へ届く』となっている。
だから村人は魔女の怒りに触れない様にその名を口にしない事が暗黙のルールだった。

「魔女様は毎年冬前、遅くても雪が積もる前には村に来て帰っていくのに!今年は来てない!」

「やめなさい……あの方はあの方でお考えがあるんだよ……儂らがそれを知ることなんて出来やしないんだから、口を慎みなさい」
「でも!……はい……ごめんなさい」

長老の言葉に渋々とは言え若い娘は従った。


翌日、若い娘が行方不明となった。

その知らせはジェーン(ウル)にも届けられた。

捜索は男衆総出で行われたが、その姿はどこにも見つけることはできなかった。

※※※※

ジェーン(ウル)は毎夜の悪夢にうなされていたが、目が覚めると内容を思い出せないでいた。

夢魔除けの護符は発動していたが、朝になると灰になって崩れ落ちていた。
彼女の護符では力不足なのは明らかだった。

内容は思い出せないものの、日に日に鮮明になっていた様に思う……
村の行方不明者のことも心配だけれど、このままだと精神的に参ってしまいそうだった。

さらに数日経って今度は男の子が姿を消した。

彼女は恐怖を感じていた。
夢の内容が何かを思い出せないけれど、けれど自分が何かをしてしまったんじゃないかと。

ジェーン(ウル)はこの村に来て最初に止めてもらった家――村長の家――で泊めてもらうことにした。

その夜、村長家の家人と寝室を同じくしたがそこで遂に悪夢の正体の片鱗を知る事になる。

四人部屋、その一つの干草のベッドを使わせてもらっていた。
彼女は事前に事情を話し、寝ている間の様子を観察してもらうことにした。

夜半
それはどこからともなく現れて、ジェーンの周りをゆっくりと周っていた。
黒く(もや)の様なものが人の形を取り、時にはそれが煙の様にかき消えては現れて、その顔は恨めしそうで、何やら呟きながらだったと言う。

靄はジェーン(ウル)に近づくと、彼女を守る様に現れる光の繭の様なものに阻まれて、近づけないでいる。

それはジェーン(ウル)が悲鳴と共に目を覚ますまで続いた。

それをみた村長家の家人は悲鳴を上げそうになるのを、じっと我慢してジェーン(ウル)に言われた通り、物音ひとつ立てずに耐えた。

彼女は後にジェーン(ウル)から熊一頭分の肉を謝礼に送られて、うれしい悲鳴を上げたと言う。

ジェーン(ウル)……アレがなんなのか私には分からないけど……相談した方がいいよ」

「相談ですか?……でも誰に?」

「ここらで不思議な事があったら、相談するのはあの方だけよ」

ジェーン(ウル)がこの家に逗留していた頃から一番の仲良しの彼女は言った。

村人以外に魔女のことを話してはいけない掟を破ってまで……それだけジェーン(ウル)の身を案じてくれていた。


※※※※
ジェーンは村長に村をしばらく留守にすると挨拶をして、荷物をまとめて北の山を目指す。

その山の名を『冬の座』といった。

ジェーン(ウル)の経験上そこまで高い山ではないはずだけれど、一年のほとんどを冠雪しており地元民からは「冬はこの山から生まれる」と言われていた。

この山の何処かに『叫びの魔女』の棲家があるのだと言う。

山は針葉樹の巨木に覆われている。
この季節はそれらも雪化粧をしていた。

一応道はあるものの、行き交う人もなく雪に埋もれていて道かどうかさえ怪しい。

魔女の棲家がどこにあるか分からないのに、冬の山に入るのは自殺行為に近いが、山中で名前を呼べば魔女の機嫌次第で会えるという。

「……なんかもう、だんだん腹が立ってきた……」

ジェーン(ウル)は雪の積もった山道を新雪を掻き分けながら進んでいくこの状況を振り返り、徐々に湧いてくる怒りを抑える必要性を感じなかった。

「そもそも、私が探していたのは『嘆きの魔法使い』であって、『叫びの魔女』じゃないし、もしかしたら同一人物かもなんて思って穏便にその情報を得ようって、別にそんなことしなくても口を破らせるくらいはできたんじゃないかって思うし!そうすれば何だかよく分からない夢にうなされる事もきっとなかったし!そしたら行方不明なんて起きる前に村を出て行ったし!でもそうしたら、事件が起きなかったのかと言えばそうとも限らないし!いる間に起きたからもしかしたら力になれるかもしれないし!でもその前にスッキリしないと力もいまいちな感じだしぃ!……あ“ぁ〜!イライラするぅ!」

辺りの雪に当たり散らかしながら大股で道を進むジェーン(ウル)

「あ”ぁ〜!もう!出てこい!叫びの魔女ぉ!」


※※※※

叫びの魔女、彼女はテリトリー内で発せられた自身の名前を全て聞き知る事ができる。
麓の村でそう言い伝えられている……これはジェーン(ウル)も何度も聞いた話だった。

この言い伝えが正しければ、確かに『叫びの魔女』はジェーン(ウル)の事を知っていて会いに来ていることを知っているはずだ、けれど『叫びの魔女』は一向に姿を現さない。

ジェーン(ウル)は山道を勢いに任せてやたらめったら走り回る。
常人よりも体力のある彼女だからこそできる事であった。

朝に村を出て日没も近くなり、しかし未だに魔女は現れず……ジェーン(ウル)の堪忍袋の緒はいつ切れてもおかしくない状態だった。

「……ふぅ…ふぅ…ふぅ…取り敢えず、夜営の準備しましょうか……」

巨木の根元の雪に横穴を掘り、雪窟を作る。
最初は少し下斜めへ向けて堀り、その後斜め上に向けて居住空間を作る。更に寝台の為に一段差をつけた。
段の上に木の枝や葉を敷き詰め毛布を敷く。
入口を木の枝で塞ぎ温まった空気を外へ出さない様にする。

「……本当にこんなのでいいんでしょうか……」

旅人として知っておいて損はないと、雪国の旅の仕方として学んでおいたが……実践するのはこれが初めてだった。

「喉が渇きましたが……雪をそのまま口にしてはいけない……とは言え、水は貴重ですし少しくらいなら……いやいや!先人の知恵は理由あってのこと!先に火を起こしましょう!」

雪を使ってお湯を沸かし、干し肉と麦粥で夕食を済ます。
暖をとりながら明日に備えて体を休める。


※※※※
ふと気がつくと
知らない女が目の前に立っていた。

金髪金眼。
その瞳は生気というものを感じ無い。

その姿は立ち昇る煙の様に揺らめいていた。


「ウル……イシュタル様の巫女……村に……早く…………頂き…………待っています」

「ちょっと待って!貴女が叫びの魔女なの!?ねぇ!……

※※※※

……ちょっとまってよ!あだぁ!……つぅ〜もう!本当にもう!」

勢いよく起きたがおかげで頭を打った。

効率よく暖を取る為に天井は低く作ってあるのが災いした形だった。

「夢の中では立ってましたよね……何でもありですか!もう!本当にもう!絶対!絶対!頬を張ってやるんだから!」

怒りを口にしながら荷物をまとめ、熱石を仕込んで雪窟を飛び出したジェーンは、再び出口前の巨木に頭をぶつけるのだった。

「あ“あ”あ“ぁぁ〜〜!!」

月が頭上で輝いていた。

※※※※

麓の村

空は晴れ渡り、ダイヤモンドダスト(雪妖精が遊んでいる)


村の入り口に一人の男が立っている。

この村ではみない顔だった。
若く自信に満ちている。
背は高くはないが低くもない。
しかし、鍛えられた身体は服の上からでもわかる。
――美丈夫であった。

この村は南に広がる森林と豪雪とでこの季節、外界との行き来は不可能と言ってよかった。
にも関わらず、男は赤いマントを羽織っただけで、とての旅人の様には見えない。
ましてや行商人と言うわけでもない。

そして不思議なことに、男がここまで来たであろう足跡は存在しなかった(・・・・・・・・・・)

男の瞳は、ジェーン(ウル)と同じ金色の瞳だった。


※※※※
「来ましたよ!叫びの魔女!どこにいるんですか!」

ジェーン(ウル)は痛むおでこを押さえながら頂上で叫ぶ。
辺りは巨岩が剥き出しになっており周囲に木は生えておらずちょっとした広場の様になっていた。

「どこですか!頂上っていうからきましたよ!なんて言ってたかわかんなかったんですから!さっさと出てきてくださいよ!」

岩の上で吠える様に魔女を呼ぶ。
しかし、聞こえるのは自身の乱れた呼吸音のみだった。

「『頂上で』って……言ったんじゃ無いのかな……?」

あの時『村が』とも言ってた、嫌な予感がしてならない。

「村に何かがあるんじゃ無いんですか!?だから頂上まで呼んだんでしょう!?さっさと出てきなさい!」

腕を組んで眉間に皺を刻んで貧乏ゆすりまでしている。
どこからどうみてもキレそうだ。

「もういい!村に何かがあるなら帰りますよ!」そう言って巨石から飛び降りたジェーン(ウル)は見知らぬ部屋に着地した。

「……???……え!?……ええ??!!」

そこは不思議な光に包まれていた。
部屋を照らすのは天井から吊るされたり机に置かれた幾つものランタン。
よく見れば、火では無く光る水晶が嵌まっている。

天井から薬草が吊るされ乾燥を待っている。
壁際には用途不明の器具が並べられた棚。

「ここは……?」

「ようやく、辿り着いたか……未熟者め!」

ジェーン(ウル)の背後からかけられた声は、いきなり失礼だった。

「な!?な!?「今は急ぎじゃ!要件を先に済まそうぞ」」

「なんなんですか!こっちの「急ぎじゃと言ったろうが!」」

「ん〜!ん〜!……ん〜」魔法によって口を塞がれ声が出せなくなってしまい、取り敢えず話を聞くだけ聞こうと諦めた。

「よく聞け、村に同族が迫っておる。彼奴らの狙いは儂の首じゃが、儂を誘き出す為に村人を殺すだろう。そこで儂が奴と対峙してる間に、武器で彼奴の首を刎ねるんじゃ!良いな?」

「んー!んー!」

「……ほいっ……良いな?」魔法を解除して改めて聞く。

「ぷは!……良いなと言われてもさっぱり意味がわからないですよ!」

話の進まなさに眉を上げる女。

「どこじゃ?どこがわからん!?」

「ぜんぶですよ!まず貴女は誰ですか?それに同族ってなんです?武器って言われても私、手斧と短剣しかありませんよ?これでいいんですか?」

「なんで知らんのじゃ!クソ!手札が弱すぎる!」

「さっきから失礼ですね!きっと貴女は叫びの魔女なんでしょうけど、私は貴女になんの義理もありませんから、いきなりあーだこーだ言われても困ります!」

「喧しい!儂は予想通り『叫びの魔女』じゃが、更にお前の探す『嘆きの魔法使い』でもある!言うことを大人しく聞けば修行でもなんでも付き合ってやろう!」

「……わかりました!」やけくそ気味だった。

「それで、武器が手斧と短剣ってどう言うことじゃ見せてみよ」

ジェーン(ウル)が外套の下から、手斧と短剣を取り出す。
それはなんの変哲もない、安物のそれだった。

「そうじゃない、あるじゃろうが!?ほれ!【魂の刃】じゃ!」

「【魂の刃】?……どんなのですか?」

「どんなのってお前……ええい!時間がないと言うのに!仕方ない!作戦変更じゃ!」

「はぁ」

「お前が彼奴と対峙せよ、儂が隙をついて首を刎ねよう!」

「アイツって誰ですか?」

「同族よ!……もしや……そうかそれも知らんのか……全く、ヒヨコ以前の話しじゃな……簡単に説明してやろう!人より長く生き、死ににくい、魔法を使える、皆金眼を持って生まれる。儂もお前も、村人に『使徒』と呼ばれる者も同じじゃ!」

「使徒……人を殺しまくると言う?」

「そうじゃ!それが村に迫っておる!討たねばならぬ!」

「分かりました!まだ聞きたいことはありますが、彼らに何かあったら目覚めが悪いですからね!」

「よし!では村の広場に飛ばしてやる!取り敢えず時間と隙を作れ!」

「終わったら色々聞かせてもらいますからね!」


※※※※
『叫びの魔女』がジェーン(ウル)に触れたと思った瞬間、周囲は一変した。
そこは麓の村の広場だった。

「きゃー!」
「はははは!出てこい!『(いにしえ)の聖霊』俺こそがその力を引き継いでやるぞ!」

炎と煙と血の匂い

悲鳴と哄笑

愛する者の名を叫ぶ 
それも悲鳴に変わる

地獄の様な光景。

村人は男の魔法で動けないまま殺されて行く。

「(これが……こんなのが、同族(どうぞく)?私は……こいつらと……同じ?)」

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
息がしづらい。

上流社会に生まれ生きてきた。
神に仕える巫女として生きてきた。
それはきっとこれからも変わらないだろう。
しかし、これまでの人生は優しさに満ちていた。
彼女の美貌や若さに妬み嫉み悪意を向けられたことはあった。

しかし……目の前で繰り広げられているのは、そんなものが子守唄に感じるほどの、【理不尽な暴力】

「(息が……息が出来ない)」

極度の恐怖、不安、ストレスによる過呼吸。
ジェーン(ウル)は生まれて初めて心の底から恐怖を感じているのだった。

「出てこい!古の聖霊!さもないとまた一人死ぬぞ!はーっはっはっはっは!」

足元の犠牲者から取り上げたのは嬰児――それはジェーンが取り上げた赤子だった。

この瞬間、全身に力が溢れた。
考えるよりも早く手斧を男の頭めがけて投げていた。

「おおおおおお!!」

豊穣と美・愛と王権・戦の女神イシュタルの巫女として、恥じることの無い鬨の声(ウォークライ)だった。

ジェーン(ウル)が短剣を片手に走り込む。
先に投げた手斧は男の脇腹に刺さっていた。

男は振り向きざま嬰児を彼女へ向けて投げつける。

短剣を手放し赤ん坊を受け止める為に飛びつく。
無事受け止めるも、魔法による追撃が襲いくる。
咄嗟に結界を張って身を守る。

「お前が『古の聖霊』……ではないな?お前からはそれほどの力を感じない」

「なんで!なんでこんなことをするの!」

「なんで?はーっはっはっはっは!これは面白い!これだけの力を秘めていながら、己が何者かも知らぬとは!雛鳥もいいとこだ!はーっはっはっは!」

ジェーン(ウル)を見て笑う嬰児を抱き締めて「(お母さんを助けてあげられなくてごめんね……貴方だけでも守ってみせるからね)」

片手で抱いた子に可能な限りの防御魔法をかけてやる。
それをじっと待つ男。

「古の聖霊は出てこないのか?」

「その呼び名は聞いたことないわね。どんな奴なの?」

「この村を縄張りにして隠れ住んでると聞いたんだがな」

「さぁ知らないわね」

「周囲に薄く力の残滓を感じるんだが……まぁいい、今日の俺は着いてる様だからな!」

男はそう言うと、右手を突き出して何事かをつぶやいた。
すると足元の影から、槍が一条浮き出てきた。

それを手に取り感触を確かめる様に素振りをすると「古の聖霊の代わりにお前の力をいただこうか!」
そう言って襲い掛かって来た!

「きゃあ!ちょ!まって!まって!」

「なんだ!」

「(待ってくれるんだ……)えっとこの子を巻き込みたくない、この子を置いて場所を変えよう?」

「はーっはっはっは!面白いことを言うな!気に入ったぞ!」
「じゃぁ!「しかし!それとこれは別の話だ!」」

ジェーン(ウル)は左手に嬰児を抱えて、右手で魔法を放つ。

ジェーン(ウル)の魔法を結界で弾き、槍で刻む様に連続攻撃を仕掛けてくる。

戦の女神の巫女として兵士の訓練を見た事のある彼女からすれば、男の槍捌きは素人ではないものの、だからと言って達人でもない。

しかし、かたや訓練おろか喧嘩すらした事もない素人。
ジェーンの専門は魔法でありしかも、魔法そのものを個人戦で使う様な事を想定していなかった。

ジェーン(ウル)にとって魔法とは、戦と王権・愛と美・豊穣の女神イシュタル(おかあさま)の恵みを届けるものだった。
畑を耕し豊作をもたらし、日々の安寧を祈り、国家、家庭の繁栄を祈る……そんな使い方をして来たのだ、だからこそトラブル回避のためにも魔法を使いこなせる様になろうと、メソポタミアから歩いて来たのだった。

魔法を使えない相手なら、千でも万でも相手をする自信はあった。
しかし、同じ魔法使いならどうか?
更に白兵戦も加わったらどうなるか?

「うひゃ!」「おひょう!?」
「ぉおっと!」
逃げるしかなかった。

「ええい!ちょこまかと!」

「だって!当たったら死んじゃんでしょうが!」

「大丈夫大丈夫!安心して当たれぇ!」

「嘘だ!絶対嘘だ!」

男が槍を振るうたびに、服に切れ込みが増えて行く。

「はぁはぁはぁ……ごめんねぇいい子だねぇ」
片手に抱えた嬰児をあやしながら、男から目を離さない。

「ふーっお前みたいなのは初めてだ!」
「私だって初めてよ!」

大声を出してしまった事で慌てて子をあやす。
「あぁ!ごめんねごめんね」

火の手が広がり、煙があたりを包む。

刹那、男の槍がジェーン(ウル)の首を狙って飛来する。

しかし既に逃げ出していた。


こうして村を舞台にした鬼ごっこが続く。

「(あのクソ魔女!いつまで待たせるんですか!)」
屋根から飛び降りながら心の中で悪態を突く。

着地した瞬間、地面から炎が立ち昇るる。

「あ“ぐぅ”あ“あ”!」

肉が燃える匂いがする。
激痛に脂汗が滲む。

「くそ!くそ!なんで私がこんな目に!」

「なんだ、そんな事も知らないのか、よく生きてこれたな」

激痛で男の言葉が頭に入ってこない。
「(どうするばいい!?逃げきれない!?ならヤるしかない?でもどうやって!)」

「まぁ何も知らない雛を締めるのも一興か」

男はトドメを刺すために一歩また一歩と間合いを詰めて行く。
焼けた両足を引き摺って、少しでも逃げようと這いつくばって後ずさる。

「お前が力の使い方を知っていれば、こんな惨めな終わり方をせずに済んだろうにな……まぁ、ついてない自分を呪うんだな」

ジェーン(ウル)は近づいて来る男に魔法を放つ。
外れた魔法は背後の木をへし折って消える。
しかし、その威力の魔法は男の結界に阻まれて、小さな火花となって消えてしまった。

「(痛い痛い痛い!何が出来る!痛い!)」
足の激痛に顔を歪まなせながら必死で考える……けれど、大した事は思い付かず魔法を高速連射して足を止め、その間に魔法で足を治すと言う位だ。
「(やったこと無いけどやるしか無い!)」

男は絶え間なく撃ち込まれる魔法を防ぐため、結界を解くに解けないでいる。
「ちっ!こいつの力は底無しか!?」

男は苛立ち始めていた。
最初は単なるカモだと思っていたのに、意外としぶとく手こずらせてくる。

しかしそれ以上に苛立つ原因は、こんなひよっ子相手に手こずる自分への怒りだった。

「(もう少し!もう少しで走れるくらいには!)」
別種の魔法を同時使用……やらなければ死ぬと言う思いで――死ぬ気で――やってやったら意外にも出来たという……平時ならおちゃらけて喜ぶところだけれど、今はそれどころではなかった。

走れる程度に回復した瞬間、ジェーンは回復に廻していた力を攻撃に向ける。
先ほどより勢いの増した攻撃に面食らった男は一歩退いてしまう。
その隙に懐に飛び込んだジェーン(ウル)は抱っこしていた嬰児を男の胸に叩きつけた。

「な!?……ぐぅあ“あああ!畜生!」」

それはいつに間にか赤ん坊から短剣に中身が変わっていた。
走り回る中で赤ん坊を隠し、短剣を拾い干草を丸め布を巻き、赤ん坊かの様にあやしながらいつか来るチャンスに備えていたのだ。
そしてそれが今だった。

胸に突き立てられた短剣に驚愕の表情を浮かべる。
その短剣は引き抜かれ再び男の胸に突き立てられる。

「ガァぁああ”あ“あ”!!」

男はジェーン(ウル)を突き飛ばす。
「!?なんで死なないのよ!ぎゃあああ!」

男の一閃により両脚斬り飛ばされる。

「なんで!?なんでこんな目に遭うの!?」
「お前が『神に選ばれし者』だからだ」
「くるな!こないでよ!」
魔法を飛ばすも、恐慌状態で先程のように力を使いこなせていない。
防御する価値もないと判断してその身に魔法を受ける。
魔法が効かないことでより恐怖は深まり混乱は拡大していく。

「やだ!お願い!何でもするから!」
「それなら……」
一閃
「……俺の力になれ」
「ぎゃぁあぁぁあああ!!」
両腕を斬り飛ばされ気を失いかける……が槍で腹部を貫かれ地面に串刺しとなる。
「気分がいいから教えてやる、俺たちはここまでされても死ぬ事はない。心臓をやられるか首を刎ねられるか、頭を潰されるかだ。それでやっと死ぬんだ……けどな、終わりじゃない肉体がほ」
男の首が飛んだ。

男は赤い――血の様な――灰となって崩れ落ちた。

その向こう、赤い刃の両手鎌を持った叫びの魔女が立っていた。

「よくやったわね、上出来よ」

目の前で起きた光景が唐突過ぎて理解が追いつかないジェーン(ウル)は、とりあえず、意識を手放したのだった。


※※※※
小鳥の声
風に揺れる木々のざわめき
暖炉で薪が爆ぜる音

暖かい

優しく抱きしめられる様な……

きっと母の愛に包まれたならこんな感じだろうなと……

安心感

再び意識は微睡の中へ。

※※※※
目が覚める。

そこは干草のベッドの上。

暖かい部屋。

香ばしい美味しそうな匂い。

腹の虫が食事を要求する音。

「起きたか、こっちへ来て飯を食え」

その顔を見た瞬間
思い出す。

惨劇と己の身に起きた事を。

「ぅぁぁああああ!」
悲鳴と共に自分自身を抱きしめてベッドの上で丸くなるジェーン(ウル)

「ふむ……ちと雛にはちと過酷じゃったかの?」

ベッドの上で丸くなって震えるジェーン(ウル)に、叫びの魔女は歩み寄る。
「……いで……こないで……こないでよ!」

とは言え狭い部屋だ、もう既にベッドのそばだった。

「本来はわしの役目じゃった……ウルよ……お前の痛み、恐怖、わしにも分かる」
「ふざけないで!わ、私は……死にかけたのよ!」
「だが死んではおらん」
「ふざけないでよ!返してよ……私の手……」そう言って(・・・・・・・・){両手で顔を覆って}涙を流す。
「落ち着け……死んでおらんのじゃから問題なかろう?」
「死んで……ないから!?……問題なかろうですって!?」激昂しベッドの上で(・・・・・){立ち上がる}。
「貴方が!もっと早くに来ていれば!」
叫びの魔女を指差して……指輪……さして?
ジェーン(ウル)は、それはもう不思議そうに自分に手を見ている。
手を結んで開いて、ぶらぶらしてみたり、手を腕をつねってみたり。

何かに気がついた様によ、恐る恐る下を見る。

見えるのは……沐浴の時に見る光景。
お臍……薄い茂み……二本のスラリとした脚……脚がある!

「ありがとう!治してくれたのね!ああ!ありがとう!ありがとう!」
絶望から歓喜へ。

「あ〜いやぁ……」
気まずそうな叫びの魔女にジェーン(ウル)は不思議そうに「どうしたの?」と首を傾げる。

「儂は何もしとらん、あの程度なら切断面をくっつけといたら勝手に直るわい」
「?くっ付けてくれたんでしょう?」
「あー噛み合っておらんの」
「え!?」と慌てて手足を見るジェーン(ウル)

「落ち着け……噛み合っとらんのは話のほうじゃ……儂らの手足はあの様に綺麗に切れたなら、切断面を……こう、ペタッと隣り合わせにしておけば勝手に繋がるんじゃ」
掌同士をくっ付けて合掌状態で説明する。

「……何言ってんの?」

「ほれ」
魔法で自身の手首を切り落とす
「うわぁ!なにやってんの!?いま治療の魔法を!」
「構わん構わん……ほれ」
切れた手首をくっ付けてグッパーグッパー。
「……え?……ええ!?」
「こんな具合じゃ……しかしの、幼体の時期や今のお前のように体力を使い切った状態だと、治るのに時間がかかる……最悪普通に死ぬからの、気をつけるんじゃぞ」

「ちょっと待って……えーっと……えーっと?」
「ふむ、混乱しておるの、まぁ良い儂らには時間だけはたっぷりあるんじゃから」



こうしてジェーン(ウル)は自分が何者かを学ぶ機会を得た。

しかしその前に、犠牲者を弔わなければいけない。
葬式は村の作法に従い執り行われた。

孤児となった子はジェーン(ウル)が引き取ると里親に名乗りを挙げたが、父親は生きているので、彼と村全体で育てていく事となった。

ジェーン(ウル)は『冬の座』の頂上から繋がる『叫びの魔女』の家に住む事となった。
そこで力の使い方や『不老転生体』について学ぶ。

時折麓に降りて村の様子を見て周り、時の流れを見守った。

色んなことがあった。

孤児は青年となり村の娘と恋をした。
時がたち彼は父親となる。

髪は白く皺が増え老人となり
彼が墓下の住人となった頃、ジェーン(ウル)は再び旅に出る

失った者は帰らない。

それでも残された者は今日を生きていく。

共に生き、共に逝く。

なんと尊きことか……。

不老転生体……誰かと共に生きる事はできても、共に逝く事はできない彼ら……

それでもジェーン(ウル)は生きていく。

いつか旅が終わりを迎えるその時まで。


※※※※

夜寝る時にすること、愛する人の一日を癒すこと。

夜寝る時に最後に口にする言葉、愛する人に感謝を伝える言葉。

夜寝る時に最後に耳にする言葉、愛する人の……。


ジェーンは幸せそうに布団にくるまるセブンを見て幸せを感じていた。

彼女と共に生きられる時間は限られている。
長くても百年……共に逝く事は出来ない。

寂しいと感じる……だからこそ彼女はセブンと共に何度も何度も人生を歩むのだろうか。

その答えは彼女の旅が終わる時までわからない。




ジェーン・ドゥと幸せの形 第二章   了

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最終更新:2022年10月19日 18:22