蓬莱学園のひな祭り
もうすぐ三月三日
言わずと知れた桃の節句、ひな祭りである。
ひな壇に御代理様とお雛様の人形を並べて飾り、三人官女、五人囃子、随臣、仕丁、嫁入り道具揃い、お輿入れ道具と続く。
大小様々なひな壇が設置され、生徒たちの目を楽しませている。
しかしここは蓬莱学園だ、何もかもが突拍子もなく、そして桁違い。
ひな祭りだってそのその例に漏れない筈だ。
「ねぇスミコ、ひな祭りっていうと、お人形を飾って、甘酒飲んで、菱形のお菓子食べて、ラッキースケベをする日でしょう?」
「マルセル……もう一回言って?」
「ひな祭りって」「うん」
「お人形飾って」「うん」
「甘酒飲んで」「うん」
「菱形のお菓子食べて」「うん」
「ラッキースケベする日でしょ?」「ちがぁう!」
「どこでそんな間違った事を!?」
「アニメ!漫画!」
私は頭が痛くなる気がした。
だって、私の親友、フランス人のマルセルは漫画とアニメで日本に興味を持って、日本語だってアニメで覚えたっていう筋金入りの漫画アニメ好きだ。
そんな彼女が信じてきたアニメを「それは間違ってる」と伝えることになるなんて……。
まぁ伝えるんだけど。
「ラッキースケベは間違ってるわよ」
「ええ!?そうなんでござるか!?」
ああ、サムライに憧れてサムライ言葉を勉強して来た彼女は、こうして時々出るのよね、サムライ言葉。
「そもそも予定されたラッキーってラッキーかしら?」
「……確かに!?」
「それに、女の子の健やかな成長と幸せを願って行われる行事よ?セクハラまがいの事があってたまるものですか!」
「Oui それはそうですね!」
「分かってくれたようでよかったわ」
「でもスミコ?」
「なに?」
「あれは?」
私達は廊下を歩いていた。
その廊下の突き当たりの掲示板に大きなポスターが貼り出されていた。
『式典実行委員会協賛』
『ひな祭りバトルロワイヤル』
『カップル限定』
『豪華賞品』
そんな言葉が散りばめられたポスターだった。
こめかみを抑えながらポスターをよく見ると
『参加資格:恋人同士であること』
『108段のひな壇を障害を乗り越えながら頂上を目指す』
『最後まで頂上を守ったカップルを今年のベストカップル』
『賞品:葉車タワーの「1122号室」の3年間家賃無料をプレゼント!』
「間取り図が有るわね……なにこれ!すごくない!?これを3年間家賃ただ!?」
その間取り図は、『8LDKトイレ3バス2、全室床暖房、日当たり良好、占有面積215m2 』とあった。
「4畳半が約7〜8m2らしいから……26倍
〜30倍ね」
「恵比寿寮だとそんな感じなのね、弁天寮だとどんな感じ?」
「ワンルームだと25m2位ね……約8倍ってとこね」
「因みに、相場は?」
「う〜ん……東京のヒルズで同じ内容だと購入価格は10億は行くんじゃないかしら?」
この時、私は気がつくべきだった。
私の周囲の生徒たちが私とマルセルの会話に聞き耳を立てている事に。
「10億!意味がわからないでござるな!」
「それにこれ、カップルとは書いてるけど男女でとは書いてないわね……」
「つまり……」
「腕に自信があるなら男同士でも女同士でもOKって事ね」
「Voulez-vous vous joindre à moi et vous?」(私と貴女で出てみる?)
「S'abstenir de houes」(遠慮するわ)
「でも、もし優勝してもここには住まないわね、私なら人に貸して不労所得を得るわね!」
周囲に騒めきはピークに達して遂に彼らは走り出した。
そう彼らは、賞品獲得に向けて動き出したのだった。
「スミコ!代用チョコであれだけ儲けたのにあなた……」
「いざという時に有れば助けになるのがお金だもの、そうでしょう?」
「……そうね、いざという時に必要になるわよね……じゃぁこれ『ひな祭りバトルロワイヤル』に参加するの?」
「……出るなら優勝を狙いたいけど、私達では体力がね?」
「なるほど……パートナー探しからやらなきゃいけないわね」
こうして私達は人選作業に入ったの。
体力だけで何とかなるなら良いけれど、きっと頭や運も必要になると思うわ。
正直言って二人とも体力も腕っ節も上がったと思うわ。
古武道部で頑張ってるもの。
けど、マルセルは未だに本来の目的である『校内巡回班』の試験には合格できていないし、私もマルセルといい勝負なので実戦レベルには二人ともまだ遠いって事ね。
マルセルは元々文化部系がメインだし、私も馬術部と応援団……まぁ、お互いにパートナーを見つけれるかどうかよね……うん、まぁなんとかなるわよ!……知らんけど!
そしていよいよ申し込み最終日。
受付にカップルで書類を提出というルールのもと、私達は申し込み用紙を提出したわ。
私達はそれぞれにパートナーを見つけて……見つけ……られなかったわよ!
私もマルセルも見た目は控えめに言っても、中の上か上の下よ?
そんな美少女たちが誘ってるって言うのに、一緒に出ようってのがいないって言う……。
だから私とマルセルのカップルで申し込んだわ!
どうやら下馬評だと、私やマルセルの名前も上がっているらしい。
けれど、優勝候補と言うよりも警戒されて直ぐに潰されるだろうって事だった。
……確かに優勝は無理だと思う。
なので、楽しむ事が目的だった。
だからこそ申し込み用紙にこう書いといたのよ。
彼氏:白馬の王子 伊仲純子
彼女:マルセル・アヴリル
そして予選当日。
私は騎乗してマルセルを乗せて会場へ。
「馬は困ります!」
「申し込み用紙に書いてます」
「いや!だからって馬は無理!」
「ダメとは書いてない」
「いや……だからって……」
「申し込み用紙に『白馬の王子』って書いてるのに馬に乗ってなければ白馬の王子にならないでしょう?」
「……いや……え?」
「受付はされてるもの、受け付けておいて今更そんなのって酷くない?」
まぁクレーマーだね!
まぁそこまで本気だった訳じゃない。
けれど、私達以外にもバイクだったり自転車だったりと乗り物に乗ってる人は数組いて結局OKになったのよ……言ってみるものよね。
だいたいこの学園のお祭りが事前に決められたルールだけで実行されるはずがないわよね。
まぁでも、結果を言うと私たちが有利だったのは前半、つまり頂上へ到達するまで。
一定時間頂上を守らないといけないのが「ひな祭りバトルロワイヤル」
自転車やバイクよりは馬の方が有利だった……お馬さんが高さにビビらなければ。
108段のひな壇を駆け登った私達は、頂上でビビったお馬さんが竿立ちになりそのまま転倒。
一気に下まで転げ落ちたわ。
しかも、他の選手達を巻き添えにして。
後で知ったのだけどこの時の事を『ひな壇超えの逆落とし』とか『純子崩れ』っていう日本史で出てきそうな呼び名がついてたわ。
怒るべきか笑うべきか判断に迷うところね。
後日動画を見たら確かにドミノ倒しの様に崩れていってたわ。
我ながらよくやったと思う。
他の参加者には怒られそうだけどね。
私とマルセルのカップルは予選敗退だったけど、おかげでのんびりと観戦できたの。
「まぁ流石に体力勝負は分が悪いよね」
「Oui 高級マンション住みたかったでござるなぁ」
「でもまぁ面白かったし、次のチャンスに向けて鍛えておきましょう」
たまには無難に終わる事もあるわよ。
そうね、後は放送日を楽しみに待つとするわ。
※※※※
純子とマルセルは寮のTVで『ひな祭りバトルロワイヤル』をみている。
『さぁ!始まりました!第一回『ひな祭りバトルロワイヤル』!式典実行委員会主催のひな祭りです!』
『いやぁ、本来の女子の健康や幸せを願う行事のはずですがなぜか、桃の節句という言葉のイメージとは裏腹にバトルロワイヤル!これを考えた奴は馬鹿ですね!』
『今回のイベントはTVラジオ放送委員会の私、岩崎和雄と』
『同じく あやまる で解説実況していきますね!』
『では あやまるさん!ルール等簡単に説明お願いします!』
『はい!今回の応募者数は1245組!』
『続いて会場の説明です』
『まずは「ひな壇」』
『ひな壇とはいっても、阿松岳の山麓にそって儲けられた一見棚田の様なステージに、人力、機械式など色んな障害があってクリアしていかなければいけません!』
『上に行くほど勾配がキツくなってますね!』
『そして頂上に着いたらこれを一定時間防衛して勝利です』
『優勝以外にも各賞が儲けられていて予選、本戦とおして面白かったカップルや、印象に残ったカップル達は審査員特別賞が!』
『これは皆さん最後まで気が抜けませんよ!』
『この審査員特別賞の商品はなんと!お料理研経営の店舗(屋台含む)で使える共通お食事券1万〜10万分!』
『おお!これは太っ腹!しかし随分と差がありますね?』
『はい!第一回という事もあり、運営も手探り状態だと式典実行委員会の担当者も言っておりました!』
『なるほど!新しい時にはありがちですね!』
『この放送中に視聴者からの得票数が多い組が「審査員特別賞」をもらう事ができます!』
※※※※
私とマルセルは寮の自室でこの放送を見ていた。
「そんな賞があったのね?」
「聞いてないわ」
「まぁ面白くなるなら後付けでもOKね」
「スミコってほんとうにお祭り人間よね」
「……喜んで良いのかしら?」
「Bien sûr! Ma déesse de la liberté !」
※※※※
『それでは見ていきましょう!予選第一組!』
『はい!この組の注目カップルはなんと言っても!軍事研同士の熱い絆!「郡司大輔」と「庄司優子」組でしょう!』
『おお!軍事研となればその身体能力からくる走破性能に期待ができますね!』
『そして人気ナンバーワン!演劇部の「大根八雲とTVラジオ放送委員会の人気女子アナウンサー「天気アーネ」!』
『「天気」さん……付き合ってる人がいたんですね……』
『岩崎さん……同僚として応援していきましょう!』
『……』
『続きまして!査問委員会の硬いイメージに風穴を開けた委員長!なんとあの葉車から出場です!ジャッジメントライオン!「葉車奈菜」!相棒はヤブ医者と悪名高いちびっ子ゴスロリ「
ジェーン・ドゥ」!』
『この二人の組み合わせは、それだけでゴシップ記者が湧き立ちますね!』
『続きまして……』
※※※※
「ねぇ、これ一体どれだけ紹介に時間かけるの?」
「予選一組で100カップル……機会を平等に?だとすると……1カップル10秒くらいの紹介で1000秒……えーっと?」
「……だいたい……16分くらいかな?」
「応募者数って1250組位だから……紹介シーンだけで3時間強!?」
「平等の弊害ね」
「とりあえず100カップルごとだから」
「イベント考えたやつも馬鹿だけど、全部放送するって方も馬鹿だわ!」
※※※※
『さぁ!いよいよ予選第一組の最終カップルです!』
『これ紹介するだけでも大変ですね!』
『本当そうですよ!テンション上げて100カップル紹介ですからね!』
『聞いてる私は楽しく聞かせてもらいましたけど!あはは』
『あははは!では!予選第一組、100カップルめ!それで良いのか風紀委員会!風紀なんて破るもの!「金船はくば」!そして宇津帆島随一の配達人!縄張り越境なんのその!CrossBorder!「九鬼双葉」!』
『障害を破壊する人と、障害を障害と認識しない人きたー!』
※※※※
「Oh!この人達知ってるでござる!こないだの人質立てこもり事件の時に壁ぶち破ってた!でっかい人!」
「へぇ!じゃぁ障害なんて逆に吹っ飛んじゃうのかな?」
「まっさかぁ!?」
「あ、こっちの小さいのは私も知ってるわ。ヤッターeatsの配達ドローンと勝負して勝ってたわ」
「……嘘でしょ?」
※※※※
『さぁそれではいよいよ!各カップルスタートラインにつきました!』
『やはり皆さん緊張していますね!』
『……スタートまで……3、2、1、スタート!』
『各カップル一斉にスタート!まず飛び出したのは「葉車ジェーン」!飛んでくる砲丸を弾き返してますね!』
『その背後には「はくば双葉」!はくば選手砲丸を素手で受け止めていますよ!』
『ああ!一番人気の「八雲アーネ」!八雲選手が顔面に砲丸を受けてしまいました!ざまぁみろ!』
『岩崎さん!?』
こうして選手達は『砲丸の雨』や『押し戻してくる壁』『振り出しに戻る落とし穴』などの障害を乗り越えて遂に予選第一組の優勝者が決まる。
下馬評では『葉車ジェーン』の方が人気が高かったが、なにぶん葉車奈菜は身体能力的には一般人だ。
彼女を庇いながらではさしもの魔法使いも思う様に進めず、その間に二人して機動力の高い『はくば双葉』が登頂。
『はくば』が頂上を守り抜くという鉄壁さを見せた。
『予選第一組、優勝は!「金船はくば&九鬼双葉」のカップルです!』
『インタビューですが……音声は言っていませんね!?』
『現場は爆発や崩壊で大混乱ですからね、しょうがないです!時間もないのでどんどんいきましょう!』
『それでは続いて予選第二組の紹介です!』
※※※※
私はお婆ちゃんが送って来てくれた自家製のお煎餅を梅昆布茶と一緒にいただきながら、見ていたのだけれど気がつけばもうお昼時だった。
「そろそろお昼ね、ご飯どうする?」
「焼きビーフンが食べたい!」
「あはは!よくそんなの知ってたわね!」
「アニメでみたラーメンが気になって調べたら、うどん、皿うどん、そば、焼きそば、そうめん、ニューめん、ときて……焼きビーフンでした!」
とは言っても買い置き……してたわ。
簡単調理でおいしい!
うん!美味しい!フランス人的には歯応えが良いらしい。
お腹いっぱいになった私達はつい、うとうとと……。
そして気が付けば本戦も終了していてダイジェストが流れていた。
※※※※
『いやぁすごい攻防でしたね!』
『はくば双葉』のカップルの機動力と突破力、そして鉄壁さ!このイベントにはもってこいの組み合わせでした!』
『はい!誰もが優勝は彼女達だと思ったことでしょう!ネットの反応では「てぇてぇ」「ゆりゆりてえてえ」など大盛り上がりでしたね!』
『はい!しかしこのイベントで試されるのは二人の絆と頭脳体力そして運!』
『最後の最後についていませんでしたね!』
『私あれは「恋愛消防団」の「消火爆弾」だと思うんですよね!』
『なるほどあり得そうですね!』
『あれで頂上付近が根こそぎ吹っ飛びましたからね!』
『素晴らしい運でした!』
『さぁ!それでは優勝者カップルのお二人には、葉車タワーの1122号室の三年分の家賃無料券が送られます!』
『見た目はヤクザな保父さん「戎脇宴夜とその舎弟の「安田向陽」!このお二人に贈られます!』
『では、お二人には……喜びの熱いキスをしていただきましょう!』
『おっと?どうしたんでしょうか?』
『ああこれはきっと、一部で恋人じゃなくても参加OKという勘違い情報が流れたらしいですからね。きっとそういう事なのでしょう』
『……してもらわないと、このイベントが成立しません……しょうがないですね……やってしまえ!』
『岩崎さん!?ああ!なんだか屈強な男達が現れて!二人の顔を掴んだかと思うと……ああ!!』
『僕はずっと一人だからね!恋人募集してますよ!』
『岩崎さぁん!?!?!?』
こうして第一回『ひな祭りバトルロワイヤル』は幕を閉じたのでした。
※※※※
酷いものを見たわ。
嫌がる男二人を無理やりキスさせるなんて……番組自体は面白かったけど、これが【ひな祭り】かと思えば……。
「マルセル、こんなのはひな祭りじゃないからね?……マルセル?」
「ええ……わかっていますよ……これが……B……L……舎弟のひと……あれはメスの目だった……」
彼女は漫画やアニメに憧れて日本に来たフランス人。
どうやら危険領域まで入り込んでしまったようだわ。
こういう時どう言えばわからないけど、伝統として言わなきゃいけない言葉は知っているつもり。
「Welcome to Underground」
※※※※
蓬莱学園のひな祭り 了
エピローグ
戎脇宴夜は目の前に迫る舎弟の唇に、後悔していた。
「(なんで俺は素直に輝美と参加しなかったんだ!いくらサプライズだって言っても、プレゼント内容よりもヤスとキスしてることの方がサプライズすぎるだろ!)」
宴夜の唇に押しつけられるヤスの唇
「(あ“あ”あ“!意外と柔らけぇえ!!)」
「(ヤス!お前!舌!舌ぁあ!)」
宴夜がどれだけ暴れても屈強な男達の筋肉には敵わず……遂に宴夜が絶望しかけた頃……二人は引き離された。
「おえ”ぇ“!……ヤス……お前!」
宴夜はヤスを睨め付ける。
その時、突風が駆け抜ける。
不自然な風ではあったけど、そんな風に心当たりがあったけれども!それよりも衝撃的な事がそこにはあった!
イベント中ずっと『ヤス』だと思っていたのに……それは彼の恋人である『輝美』だったのだ!
「え?……え?輝美がヤス?え?」
「もぅ馬鹿ね、私がヤスさんに変装してたのよ」
「え?でも……完璧にヤス……え?」
「あんたの考えなんて、まるっとお見通しなんだからね?色んなツテを伝って逆サプライズを仕掛けたのよ!」
「ええ!?」
戎脇宴夜、ここぞという時にやらかすすごい男。
それが『戎脇宴夜』という男だった。
エピローグ2
「もし、あたしらが優勝したらあれやらされてたのかね?」
優勝者が無理やりキスさせられてるところを目の当たりにして金船はくばは相棒の九鬼双葉を見る。
双葉は怯えた表情でジリジリと距離をとっていた。
その様子を見てからかいたくなったはくばは「減るもんじゃなし……良いじゃねぇか!」
脱兎の如く逃げる九鬼双葉だった。
エピローグ3
審査員特別賞
今私達の手元にはそう書かれた封筒があった。
中には5万円のお食事券。
どうやら「ご円満」とかけているらしい。
苦しいけど、縁起担ぎなんてそんなものよね。
マルセルは微妙な表情だったけど。
私達以外にも「はくば双葉」のところや「郡司庄司」のところにも贈られたらしい。
マルセルと分けて2.5万円分。
それだけ有ればしばらくは食事をこれで済ませてしまえる。
浮いたお金で島の名産品的な物を家族へを送ろう。
私は実家にいた頃の雛祭りを思い出して、家族の愛情に胸を熱くしたのでした。
最終更新:2023年06月16日 11:59