『ジェーン・ドゥとドラクルおじさん 微笑みの理由編』


■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。
女難の相あり。←多分自業自得。

今生名:瑠璃堂院月子

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成


■セブンさん:ジェーンが【運命の方翼】と呼ぶ女。輪廻の中でジェーンと親子だったり恋人だったりと切っても切れない中。
セブンにはその記憶は無い。


イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成


■那須さん:ジェーン大好き。女装男子→女。
中国拳法と東洋医術を修めている。
推しの幸せは...私の幸せ...



イラストは、( 「ひよこ男子」 )にて作成


■不老転生体:
殺さない限りは死なないが、死ねば数年から数十年の間を開けて人から生まれてくる。
同族により特殊な武器で首をはねられると消滅、転生できなくなる。
同族殺しを行ったものは力を得ていく。
ジェーンはこの戦いに否定的であるため魔法と口先で逃げ回っている。


※※※※


 修学旅行から帰ってからと言うものジェーンの診療所(ほけんしつ)は大盛況だった。
 理由はいくつかあるものの、最大の理由は看護師長の幸男(ゆき)の存在だろう。
 以前から元気系美人として評判だった彼女は、修学旅行前まで【男】だったのだが修学旅行中に【女】になって帰って来た。
 それは超常的な力による存在の改変と言っていいレベルの術であった。

 彼女は【養殖感のある美人】から【天然物超美人】へと変わったのだ。

 以前の彼女を知る者は居るものの、【今は女】なら『全然OK!』という男子が多いのは蓬莱学園という特殊な場所だからとは限らないようだった。

 しかも彼氏はいないとくれば、委員会センターの男子だけでなく、普段学園中央部には寄り付かないような男子達も一目見ようと殺到し、押し合いへし合い怪我をして最寄りの診療所(ほけんしつ)、つまり幸男(ゆき)が勤めるジェーンの診療所(ほけんしつ)へ入室することになり、それを見た一部男子生徒はわれ先にと周囲に喧嘩を売りわざと怪我をして診療所(ほけんしつ)へ来るという……保健室に来るための怪我をするという……なんとも学園生徒らしい行動をとったのだった。
 しかも野次馬や腕自慢も集まり、まるで拳闘場のような雰囲気である。
 屋内、しかも廊下での出来事である為屋台こそ出ないが売り子がその代わりを果たしていた。

 おかげで診療所(ほけんしつ)周辺は人が溢れ通行に支障をきたし、ついには路上観察研有志による交通整理が始まった。
 しかし場所は委員会センターであり、言うなれば公安委員会のお膝元とも言える場所だ。
 そんな場所で自分達の領分への越権行為を見逃す連中でもなくすぐさま、路上観察研に取って代わろうとした。
 ところが普段から反感を集める公安委員会のする事に異を唱える者が続出、挙句の果てにジェーンの診療所(ほけんしつ)前の交通整理をかけて『公安委員会vs路上観察研、鉄道委員会、生活委員会+有志連合』が武力衝突へと発展。

 そして怪我人は最寄りの診療所(ほけんしつ)へと担ぎ込まれるという……。

「お主らわざとじゃろ?」
「「いやぁ面目ない」」

 診療所(ほけんしつ)の主であるジェーンに問われて答えたのは、公安機動隊の小隊長と、有志連合の実行部隊長だった。

 そんな2人の怪我を消毒し包帯を巻いて優しく微笑んでいるのは【女】になった幸男(ゆき)である。

「すいません、ユキさんこんな騒ぎになっちゃって」
「ユキさんがお綺麗でこうなってしまうのも分かりますけどね」
 患者2人がこう言えば
「健康第一なんですから、気をつけてくださいね」と愛らしい微笑みと共に優しく諭してくれるという……人気が出ないわけがなかった。

 未だにスキンヘッドのままのジェーンはやれやれとばかりに温くなったお茶を飲み干す。
 その様子を見逃さずすぐ様冷たい緑茶を入れ直す幸男(ゆき)
 本当に人気が出ないわけがなかった。

※※※※

 学園内某所。
 4畳半の暗い部屋に数名の人物が確認できる。
 コーヒーと煙草の臭いが充満し、苦手な者からすれば吐き気をもようしかねない。
 彼等は部屋の中央にあるテーブルに本日の戦果を広げて吟味している。
 ある者は、タブレットPCで、ある者はデジカメのモニターで、ある者はネガで。
 それらに共通しているのは【美少女&美女】が映し出されていることだ。
 しかもそれらの多くは、あられもない姿を盗撮という方法で記録したものだ。

 彼らの名前を『投稿生活団』という。
 学園に古くから存在する、欲望に忠実な生徒たちだ。
 彼らの多くは趣味と実益を兼ねて撮影し、それらを闇ルートで売買することで利益を上げている非公認団体の1つである。
 この『生活投稿団』は簡単に言えばカメラ小僧の集団であった。

 そんな彼らの戦果といえば、美少女の写真――パンチラ、ブラチラ、下着が透けている、着替え中、等等――だ。
 そんな彼らの獲物は無名から有名まで問わず、美少女美女であればだれでもよかった。
 彼らは普段アイドルイベントに通ったり、ターゲット出没の情報をもとに張り込み、追跡し、時には罠を仕掛けて破廉恥な映像を撮影する、アマチュアカメラマンであった。
 しかし、そんな彼らの腕を見込んで時折依頼がある。
『〇〇さんのパンチラ』などという……そしてそれを受けるどうしようもない連中であった。
 そして今、まさにその依頼が舞い込んできたのだった。

「ターゲットは那須幸男(ゆき)だ 報酬は中国拳札で30万と東洋医術40万」
「別件だがジェーン・ドゥもだな 報酬は園芸札50万だ……依頼主はロリコンだな」
「この2人は同じ診療所(ほけんしつ)勤務だったな……都合がいい」
「しかし、那須は男だろう?以前の失敗を繰り返すのか?それとも依頼主は女か?」
「なんだ 知らないのか?那須は随分と綺麗になって今やアイドル裸足だぞ」
「マジか……何があったんだ……整形でもしたのか?」
「いや、どうやらマジで女になったらしい……子供も産めるらしいぞ」
「どこからそんな情報を?」
「本人が言っていたともっぱらの噂だ」
「噂かよ……眉唾だな」
「何にせよ、仕事は仕事だ」
「そうだな……しかしジェーンはドロワーズだっけ?あのカボチャパンツみたいな……あれでいいのか?」
「いや、最近はラインもすっくりしてるし、おそらく那須の影響じゃないかと噂だ」
「また噂かよ!」
「その真偽を確かめる意味もあっての依頼だろうな」
「動機は何であれ仕事は仕事だ」
「そうだな……では今回も、諸君にシャッターチャンスがあらんことを」
「「「シャッターチャンスがあらんことを」」」

 気配は消えて、テーブルの上には一冊の本が残されていた。
 タイトルは『2022蓬莱学園美少女図鑑(春)』
 アイドル研、路上観察学同好会による共同出版のこの本はタイトル通り学園の美少女美女を網羅している。
 彼らは売れそうなターゲットをこの本から探し、その餌食にしているのだ。
 開かれたまま放置されたそのページには
我如古 眞実(がねこ まみ)』
『2005年12月18日生まれ』
『身長:137.5cm 体重39㎏』
『ボーン・フリーク』
『下水族』
『目撃箇所:下水、公安委員会鑑識課、学園病院外科病棟など』

 どうやって調べたのか、そこには彼らのによる走り書きがされていた。
 【Jカップ!性愛研!頼めばワンチャン!?←彼女居るらしいよ?←彼『女』かよ!←んじゃ私にワンチャン!?

 投稿生活団……彼らは高校生らしく青春を謳歌する……犯罪者&その予備軍であった。

※※※※

 弁天寮、ジェーンの部屋。
 キッチンから美味しそうな香りがする。
 それはジェーンが好きな鍋を煮込む香り。
 部屋主のジェーン本人は窓際に座って過ぎゆく夏の夕暮れを眺めていた。
 吹き込む風がジェーンの頬を撫でていく。
 何となしに髪をかき上げるしぐさをして、改めて髪がないことに気が付く。
「カカカ……慣れぬものじゃな……」

「センセェ~出来ましたよぉ」
 キッチンから幸男(ゆき)の声が聞こえる。
 幸男(ゆき)は今、ジェーンの部屋に泊まり込んでいた。
 修学旅行で女になって帰ってきた幸男(ゆき)は防犯の観点から男子寮に住むこともできず、女子寮に住むことになった。
 しかし、即入居可の部屋があるわけでもなく、しばしの間この部屋に泊まることとなったのだ。

 ジェーン自身に反対する理由はなかったが、ジェーンの恋人のセブンは大反対したのだ。
 ただでさえ、恋人が修学旅行中におこした問題行動の件がある上に、元とはいえ男を部屋に留めるという……火に油を注いだ形となっていた。
 そんなわけで、セブンは実家ならぬ妹の九重の屋敷に寝泊まりしている状況だった。
 いくら必要なことだったといってもセブンには理解されないし納得されないだろうと踏んでいた。

「センセェ?」
「ん?……ああ、できたのかありがとの」
《さっさと謝っちまえよ》
「いい匂いじゃな」
「腕によりをかけましたからね!」
《セブンと一緒に食べたかったんだろう?》
「ほほう、牡蠣鍋か」
「はい!センセェには元気でいてほしいですから!」
《……セブンとなら別の意味になるだろうにな》
「……せいが出そうじゃの」
《やっぱりそっちの意味じゃねぇか!》
「そうですね、それも元気の1つですからね!」
「かかか」
《義理堅いのはいいけど、自分の欲望に素直になるのも必要だろう?》
「はいっどうぞ おいしいですよぉ」
 幸男(ゆき)は幸せそうに……それはそれは幸せそうに小鉢を手渡した。
《聖職者ってやつは頑固者だな……まったく呆れるぜ!》
 目蔵の中で自身の持ち主であるジェーンを責め立てる、ドラクルおじさんであった。

※※※※

「奈菜お姉様はまだお部屋ですか?」
「はい……お食事はお部屋の前にと……」
「そうですか……いったい何があったのでしょう……」

 九重の屋敷。
 その食堂で姉のために用意された席が空席なのを見ながら、部屋から出てこない姉を心配していた。
 九重が筆頭メイドの大名東(おおめいとう)に事情を調べさせてはいるものの未だに報告らしい報告は上がってきていなかった。
「お姉様……もしかして、ジェーンお姉様と喧嘩でもされたのかしら……?」

 九重が夕飯を摂り終えて自室兼工房へ戻ったのを確認して、大名東と護衛メイドの一人である小明戸(こめいど)は人目をはばかってひそひそと話し込んでいた。
「大名東さん……本当に、お知らせしなくていいんですか?」
「仕方ないでしょう?上からの命令だもの」
「でも、私たちの上って九重様ですよね」
「そうね……それでも、九重様は未成年ですから京一様や千夜重様のご意向には従わないと」
「ここにいないお父様やお母様のいうことなんて聞く必要あるんですか?」
「もちろんです それに、九重様がお聞きになったら何が起こるかわかりませんよ?」
「どういうことですか?」
「考えてもみなさい、研究ばかりして色恋沙汰なんて知らない純真無垢な九重様が、ジェーン様の浮気なんて聞いて、その頭脳を姉の仇をとる事につぎ込んだりしたら……宇津帆島が殺人人形で溢れるわよ」
「……さすがにそれは……」
「ないと言い切れる?」
 小明戸は目を閉じて想像力を働かせる……たしかに、ありえなくはないと思えた。
 それはゾンビ映画のように殺人人形がいたるところに溢れ、辻々で生徒を襲い、島を地獄へと変えていく様だった。
とは言え、学園生徒がそう易々とやられるとは思わなかったが……。

「あの子は天才だけど、まだまだ子供なのよ?……他の子が噂するような恋愛話も、憧れるようなテレビドラマも九重様の中にはないの、それなのに最初の恋バナが『姉が浮気された』だなんて、今後に悪い影響しかないわ」
「でも……」
「京一様はああ見えて7人も妻を持つ恋愛上手だし、千夜重様はそんな旦那様とほかの奥様方を束ねる人よ?そんなお二人の判断なのですから、九重様のためを思って、ね?」
「……わかりました」
 不承不承ではあるものの、小明戸には反論できるだけの経験も知識もなく、頷くしかなかった。

※※※※

 日本本土:神戸
 葉車本邸 南天の間 葉車兄弟姉妹の父である京一と、その妻の千夜重の寝室である。
 六甲山の中腹にあるこの屋敷には、神戸の街を見下ろすことができる絶景ポイントにあり、この南天の間はその中でも特に絶景が望めた。
 その部屋の窓辺で、思慮深さと慈愛を湛えた瞳を備え、美しく艶やかな、誰もがその美貌を胸に焼き付けてしまう……【羞花閉月】まさにこの言葉にふさわしい女性が、柳眉を顰めてため息を漏らしていた。
 彼女こそ次期葉車グループ総帥、京一の妻であり葉車を陰から支える部局の長にして、葉車兄弟姉妹10人の母を自負する女性。
 葉車千夜重(はくるまちよえ)であった。

 そしてそんな彼女の悩みの種とは、もちろん葉車の未来に大きな影響が出そうな事案だった。
「はぁ……本当に頭が痛いわ」
「しかし、ジェーンちゃんからの説明とかされていないんだろう?だったら、浮気とは限らないんじゃないか?」
「さすが京一さん……浮気嫌疑には寛容ですね」
「……」ごほんと咳払いを挟んでもう一度口を開く「あの子は、天狗様なんだろう?僕たちには考えが及ばないこともあるさ」
「それはそうかもしれませんが……だとするなら、私たちは私たちの基準で判断し行動するしかありませんよ」
「そうとも、だからこそ急ぎすぎないことさ」
「でも奈菜ちゃんが引きこもってるんですよ?心配じゃないですか」
 籐椅子にその体を預けてため息をつく千夜重。
 その椅子の肘掛に腰かけて京一は妻の肩を抱きよせながら、感謝の言葉を紡いだ。
「ありがとう 愛してくれて」

 奈菜は京一の実子ではあるが、妾の子であるため千夜重とは血のつながりはない。
 けれども千夜重は10人いる子のすべてを我が子として愛している。
 これがどんなに難しいことか、京一なりにわかっているつもりだ。
 悲しい事件が報道されるこの時代に、自分の産んだ子でさえ愛せない餓鬼がいる時代に、愛人の子を愛することができるというのは稀有なことだった。
 だからこそ「ありがとう」なのだ。

 彼女の夫として奈菜の父として事態の収拾を切望している。
 かわいい娘に傷ついて欲しくはないし、我が子を傷つけられた時の妻の恐ろしさを忘れたわけではない。
 直近で言えば、去年のクリスマスに末っ子の十美恵が、A国からその身柄引き渡しを要求されたときの、妻の笑顔の下の怒りたるや般若か鬼子母神のようであったという。
 結果、A国を引き退らせた手腕と合わせて考えると、大恋愛の末に彼女を妻に迎えることができて本当に良かったと思ったのだった。

「はぁ……奈菜ちゃんのことは大切ですし……だからと言って簡単に切り捨てられるカードでもないんですよねぇ……ジェーン様が奈菜ちゃんの機嫌をうまくとってくれたらいいのですけれど」
「そうだねぇ……色恋はいずれ誰でも通る道、甘いも酢いも恋の道……ってね」
「……誰の言葉ですか?」
「さぁ?誰だろうね?」そういってにやりと笑って見せた。
「……もしかして、また愛人を作ったんですか?」
「え!?」
「今度はどこの誰ですか?」
「ちょ 違うよ!」
「じゃぁ 作るつもりなんですか!?」
「ちよちゃん落ち着いて!」
「まさかジェーン様の言った冗談をまに受けてるんじゃないでしょうね!?」
「ちよちゃん!?ちよちゃん!」
 詰め寄る妻を宥めながら、それも悪くないなと思ってしまう京一であった。
 そして、万事につけ高次元なスペックを持つ千夜重といえども、やはり愛する夫のことは気になってしょうがないのだった。

※※※※

 セブンの引きこもりが1週間を向かえたころ。
 ジェーン達は複数の視線を感じていた。
 朝、寮の自室を出てから夜、自室に戻るまでの間常に何者かに監視されているかのような居心地の悪さ。
 監視者は巧みにその姿を隠し、あるいは周囲の人間に紛れ正体を現さない。
「センセェ……今日も見られていますね?」
「うむ……お互いに、敵が多い身じゃしの……セブンが離れていてくれてよかったわい」 
「……そうですね」
 ジェーンの診療所(ほけんしつ)は今日も盛況だった。
 営業時間の終了を迎えて、二人は着替えながら話す。
 幸男(ゆき)が胸のボタンに手をかけたその時、診療所(ほけんしつ)のドアは勢いよく開かれた。

「うお!?……びっくりするじゃろが!」
「きゃぁ!?……びっくりしたぁ!もう、いったい何事ですか!?」

 保健室のドアを壊れんばかりに開いたのは朋田千穂(ともだちほ)だ。
 彼女は幼いころのジェーンと結婚するという約束を果たすために、蓬莱学園に転校してきたという行動力の持ち主である。
 髪をダークブルーに染めてほんのりと化粧をしたその顔はまだ幼く、ジェーンへの思いも純真なものと思われた。

「月子様!ようやく捕まえましたわ!あれほど修学旅行一緒に回りましょうって言ってましたのに!」
「そうじゃったっけ?」
「はぁ!?鶏ですの!?3歩歩いたら忘れてしまうんですの!?」

《ハーレム要員……1号ってとこかな》

 ドラクルが目蔵のなかでそうひとりごちた。
 ドラクルの声はジェーンにしか聞こえないが、そのジェーンはといえば周囲に人がいる時には返事をしない姿勢を貫いている。
 ドラクルもようやくそれに慣れて来たようで、以前よりも文句を言う回数が減って来ていた。

 ドラクルは呪いのアイテムだ。
 自分勝手に他人を呪う姿は――今は首飾りの格好だが元は人である――自分勝手、自己中心の極みである。
 しかし、再びジェーンの所有物となってからは主人のこう言った言動に対して思うところがあったのか、以前よりも丸くなって来ていた。

《いや……ハーレム要員はやっぱりセブンが1号か?》

 千穂は幼き日の約束を守る為にジェーンの元へ押しかけているのだけれど、とうのジェーンは再開を果たすまですっかり忘れていたし、なんなら今日この突撃を受けるまで直近の約束さえ、やはり忘れていたのだった。

《あれだけ忠告してやったのに……なんでこいつのことになったらすっかり忘れるんですかね》

 特級呪物としてその界隈では知らぬもののない強力なアイテムであるドラクルは、まるでお人好しの如く主人のことを気にかけ忠告をしていたのだった。
 負のエネルギーで人の精神を狂わし、その感情や生気を取り込む事で自身のエネルギーとし存在を保つ。
 そんな彼は、ジェーン(持ち主)から様々な影響を受けていた。
 それは精神エネルギーをはじめ、それに連動する性格や行動原理、趣味嗜好や思想信条、さらにその身に宿す呪いの力まで。
 常時目蔵の中にいる彼はジェーンの精神エネルギー、或いは魔力を全身に――首飾りだが――浴び続けた事で、彼女に似て来て居る……のかもしれない。

「月子様は私のことがお嫌いなんですの!?」
 大股で詰め寄りあわや接吻というところまで来て千穂は涙目で訴える。
「いや?好きじゃよ?」
(でた センセェの天然ジゴロ)着替えを持ってロッカー前から移動しながら二人の会話を聞いている幸男(ゆき)は(魅かれちゃうんだよねぇ ふふふ)と笑みがこぼれていた。
「はぅ!……それならもっと大事にしてくださいまし!」
「大事じゃからこそなんじゃがなぁ」
《いや、忘れてただけだろ?》
「どこがですの!?」
「だって儂、方々から狙われておるし、近づかぬほうが良いぞ カカカ!」
(センセェの隣に立てるのは私くらいなのよね 嬉しいけどセンセェを守るためなら人手はほしいわ)
《まぁ確かにそれはあるな》
 軽く笑い飛ばしているものの、彼女がそう言うならそれはきっと本当のことだろうと千穂にはわかる。
「それならば、なおのこと私を傍においてくださいませ」
(いや、アンタがいたら足手まといでしょうよ)
《おい こいつ意味わかってないんじゃねぇか?》
「危険だから離れておけという意味じゃぞ?」
 やれやれとばかりに肩をすくめて見せるジェーン。
「危険?結構ですわ……貴女を失うことに比べれば」
(あぁ千穂……アンタもこっち側なのね)
本気(マジ)かよ……こんなロリっ子巫女のどこがいいんだよ、おれならもっとスタイルのいいセブンみたいなのがいいなぁ》
「……おぬしの命が危ないんじゃぞ?」
(センセェちょっとイラついてる?)
「もし、わたくしの命が尽きる時が来たなら、その時は抱きしめておいてくださいませ」
(めっっっちゃわかる!)
《……本気(マジ)かよ……》
「千穂ちゃん……本気(ほんき)か?」
「はい」
 その笑顔は、夏の日差しに負けない向日葵を思わせた。

※※※※

 委員会センタービルのそばの路上。
 ボロボロの自転車にまたがって1人の男子生徒が肩を震わせていた。

「くそ!」
 男は飲んでいた缶コーヒーをアスファルトに投げつけて悪態をついている。
「何だよあの女!あいつのせいで肝心のところが撮れてないじゃないか!」

 男の手元にあるのは大学ノートサイズのタブレットPC。
 そこには粗めの画質で物陰から覗き見るような視点の診療所(ほけんしつ)が映っていた。
 録画はした。
 しかし、苦労して仕掛けた割に取りたかった映像はさっぱりとれておらず、超小型カメラのバッテリーも今夜には尽きる計算だった。

「よう その様子からすると失敗だったようだな」
 食糧配達員(ヤッターイーツ)の格好をした、日に焼けた男がそう声をかけた。
 この男も投稿生活団の一員である。
「……チャンスはまだあるさ」
「そうだな」
「……何か言いたいことがあるのか?」
「念写のタツがやられたよ」
 配達員が空を仰いでそう告げた。
「そうか……超常研の落ちこぼれには元々期待してないさ」
「そうだな 画質が低すぎるからな……それでも奴は仲間だ」
「ああ そうとも 仇は取らなきゃな」
「もうすぐスコールが来る どうやら彼女達は傘を持っていない」
「そうか」
「お前の装備では出番はないけどな」
「ドローンを出す」
「バカを言うな、スコールが来てるんだぞ?」
「かまわないさ」
「どうして……」
「タツはいい奴だった それが理由さ」

 彼らには彼らの青春があった。
 しかし、犯罪であることに変わりはないのである。

 ※※※※

 翌日 大教室
 蓬莱学園は巨大高校である。
 1学年は60クラスに分かれており、クラス定員は500人である。
 そのクラスも最近では500人×60クラスでは足らないとかなんとか……。

 千穂が所属するクラスはどう見ても定員オーバーだ。
 ソーシャルディスタンスなど知るかとばかりにぎゅーぎゅー詰めだった。
 そんな教室で彼女は次の授業に備えて予習をしている。
 そこへ、そんなに親しくもないクラスメートから声をかけられた。
「ねぇ 朋田さん あなたってあのジェーンと仲がいいって本当?」
「【あの】っていうのはどれのことですの?もし、委員会センタービル1階の保健室に勤めるジェーン様のことでしたら仲がいいどころではありませんわ」
「そうそう!そのジェーンのこと!」
「……で、それがどうしましたの?」
「その人って藪医者なんでしょう?」
「なんですって?」
「だってこの間友達が見たらしいんだけど、診療所(ほけんしつ)にすごい人が詰めかけてて公安とかがいっぱいいて、暴動みたいになってたって」
 千穂はため息を1つついて「人が多かったのは人気だからですわ。それに公安が来てたのは交通整理ですし、暴動みたいっていうのは其の方々が喧嘩なさっただけですわ。ジェーン様は関係ありません」
「え~?でも、ヤブなんでしょう?」
「彼女のせいで体調が悪くなった人でもいるんですか?」すこし突き放すように聞き返す。
「え……そりゃぁ……藪医者っていうくらいだし……いるんじゃないの?」
「もしそうなら保健委員会が黙ってないと思いますわ、それに委員会センタービルなんていう場所で診療所(ほけんしつ)を任されませんでしょう?」
「それは……賄賂を送ってるとか!」
「はぁ……それで、証拠はあるんですの?ないなら名誉毀損に当たるんじゃありませんか」
「え!?そうなの!?」
「さぁ?詳しくは知りませんが、口は災いの元、駟不及舌(しふきゅうぜつ)とも申します。もしあなたの周りに噂する人がいたら、教えてあげたほういいでしょうね。その人の為にも」
「そ そうね!ありがとう!あなたいい人ね!」

 人をかき分けながら走り去るクラスメートの背中を見ながら、ため息をつく。
 好きな(ひと)が悪く言われるのが我慢ならなかった。
 だから名前も知らないクラスメートを誘導するような真似をした。
 あの子が少しでも今日のことを周りに広めてくれたなら、あの女の涙の一粒でも、ぬぐえるのではないか……。
 彼女からすれば自分など、瞬きよりも短い時間のかかわりでしかないだろう……けれど、それでも、彼女のために何かをしてあげれることがうれしかった。
 いずれ全ての人の前から去るであろう女を思って……。

 そしてメソポタミア文明史の講義が始まる。

※※※※

 夜 満月が彼女を照らしている。
 周囲には何もなくただ空があるだけだった。

「ぶえぇっくしゅん!……あーさすがに寒いのぉ」
 自分を抱いて震える姿はまるで真冬に来てしまったかのようだ。
《得意の『あったか魔法』使えばいいじゃねぇか》
 目蔵の中でドラクルの遺骨が話しかけてくる。
「寒いのを知っておったはずなのに対策をしてこなかった自分への戒めじゃ」
《馬鹿を言うな 風邪をひくぞ?》
「かかか、儂とお主相手に挑んでくる病魔なぞおらんじゃろ」
《……俺は呪のアイテムなんだが?》
「その割には、気にかけてくれるではないか?」
《……呪う相手が健康でなくては呪う醍醐味がねぇ》
「かかかか!なんじゃそれは!」
《うるせぇよ!俺が呪う前に病魔にやられちゃかなわねぇってんだよ!》
「かか そういうことにしておこうかの」
《……で、こんなとこに何があるんだ?》
「別に何もないぞ?」
《はぁ?……こんなとこに来て何もないって……ついにぼけたのか?》
「……あえて言うなら、お月見じゃよ」
《月はそっちじゃないが?》
「『あえて言うなら』といったじゃろ、見ておるのは月だけではないのじゃ」
《……あれは金星か?》
「よく知っておるの」
《まぁ現代に生きてればな》
「生きていれば……か」
《なんだよ?》
「生き生きとしておるの」
《わりぃかよ》
「いや、そのほうが良い」
《気持ち悪いな》
「かかか しゃべる首飾りに言われるとはの!」
《気持ち悪いのは、お互い様だよな》
「かかかかか!」

 誰もいない夜空にジェーンの笑い声だけが響く。
 いつもより近くに見える月がジェーンを笑っているようだ。
「のぅドラクルや」
《なんだよ》
「……いや、なんでもない」
《……きもちわりぃな》

 耳が痛くなるほどの静寂。

「……お母様……」
《なんだ?ママが恋しいのか?》
「……ああ、恋しい、せめて一目でいい、お会いできれば…… 一言、愛してると言ってほしい…… 一度でいい、抱きしめてほしい」
《……お前のママなら幾つだよ?200か?300か?そんなに歳ならもうしわくちゃだろう?さっさと孫の顔を見せてやんな》

 ジェーン・ドゥこと瑠璃道院月子、本名はウル・アスタルテ。
 彼女は3000年以上を生きる不老転生体である。
 彼らがどこから来たのか、なぜ不老にして死して転生を繰り返すのか、その答えを知るものはこの世のどこにもいない。
 けれど、彼女は己の母たる存在を確信している。
 【愛と美・戦と王権・豊穣の女神=イシュタル】
 血縁という意味ではない。けれど、彼女に力を与え導いたのは彼の女神なのだ。
 子が母に抱く愛情が彼女の中にはある。
 けれど、一度もその姿を見たことはなく、声を聞いたこともなく、抱きしめられたこともない。
 少なくとも、彼女の記憶の中には。

「お母様……お母様……」
 白い吐息が宇宙(そら)へと消えていく。
 頬を伝う涙は結晶となって散りゆく。

《帰ろう、そしてセブンを迎えに行こう》

 彼女は頷いて、名残惜しげに帰っていく。
 足元に見える台風の眼の中へと。


※※※※

 微笑みの理由 おわり

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最終更新:2022年10月19日 18:23