『ジェーン・ドゥと迷子の交換留学生 始まりの予感』


■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。
女難の相あり。←自業自得。

通称:ジェーン・ドゥ
今生名:瑠璃堂院月子
本名:ウル・アスタルテ

イラストは、( 「ケモ魔女メーカー」 )にて作成

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■セブンさん:【運命の方翼】の1人。
赤いライオンヘアでトゲトゲアクセサリーのパンクな女。
実は世界有数の巨大財閥の令嬢。
独占欲が強く、ジェーンさんを独り占めしたがる。
通称:セブン
本名:葉車奈菜(はくるまなな)

イラストは、( 「女メーカー」 )にて作成

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■オリヴィアさん:救助されたイギリスの魔法使い
金髪碧眼・そばかす・ピアスがいっぱいの少女。
純血の魔法使い。非魔法族への差別意識を持つ。
通称:オリー
本名:オリヴィア・グリーングラス

イラストは、( 「単色ちゃん」 )にて作成

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■村崎君:学園の魔法使いの一人
魔法オタク・元マフィア・見た目は良い。
意外と行動力は高い。
通称:村崎
本名:村崎 (まだない)

イラストは、( 「ストイックな男メーカー」 )にて作成


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前回までのあらすじ。

 ある嵐の夜、イギリスから日本の魔法学校への留学生が宇津帆島近海で遭難した。
 救助されたのは魔法使い。
 ジェーンは嫌な予感がしつつも世話を焼くことになったのでした。

 ※※※※※※※


 青に白い花が映えている。

 それはまるで幽世のように。

 歌声、笑い声がいたるところから聞こえてくる。

 【美しい】と感じた。

 そこに国境も種族もましてや血統など関係なかった。

 満たされた盃に春の欠片が舞い降りた。

「風流じゃのぉ」
 自称1000年前の人物だというチビの魔……巫女が隣で盃を空けている。

 春の浮いた盃をあおって無言のままお代わりを催促する。

「カカカカ!分かってきたようじゃのぉ!」

 盃は再び満たされていく。

 遠くから幸男(ユキ)たちがお弁当を持ってやってくるのが見えた。

 暖かい風と、舞う花弁。

 美味いごはんと美味いお酒。

 「春の島の さくらの花の花笑みに にふぶに笑みて相はしたる」


 ※※※※※※


 いきなりの曇天……先程まで晴れていたはずだ。
 魔導書研の部室に近づいたら何故か曇り出した。
 試しに少し下がってみると、雲はかき消えた。
 進んでみると再び曇り出す。

「いったい何の演出じゃ?」
 周りの通行人を見てもそのような現象は起こっていない……「何じゃ?儂にだけ反応しておるのか?」

 ここは旧校舎群近くの魔導書研究会の部室……と言うより怪しい洋館である。



 洋館に近づくにつれて雲は厚さを増し、ドアの前では土砂降りとなっていた。
「しかも何じゃ?ちょっとピリピリするではないか……まったく……後で文句言ってやらねばの」

 獅子を模ったノッカーを打ちつけて待つことしばし……誰もでてこなかった。

「おーい!居るのは分かっとるんじゃ!早ようぅ出てこんかぁ!」

 ……人の気配はするものの誰もでてこない。

 雨に打たれながら玄関先で待つこと数分。

 変わらず気配はするものの扉は閉まったまま。

「出てこんとどうなっても知らんぞ?」
 ついにしびれを切らした【愛と美と豊穣・王権と戦の女神=イシュタルの巫女】は仕える神の名に恥じぬ物騒なことを口にする。

「10……9……8……」

 ※※※※

 ドアの向こう側、先輩に厄介ごとを押し付けられた不幸な新人は聞き耳を立てていた。
 そして聞こえてくるカウントダウン。

 気配の主としては【0】になるまで待ってその結果を確かめるわけにもいかない。
 とは言え先輩からは開けるなと言われているし……。
 先輩が言うには今来ている人物は、極悪非道の悪鬼羅刹だという。
 正直、あの村崎という先輩については、良いうわさを聞かないし……言うこと鵜呑みにするのはどうかと思う……。

「5……4……」

 しかしこのままでは部室が破壊されるという予感が彼の中で急激に膨らんでいた。

 あの村崎という先輩の言うことを聞くよりも、部室を守る方が大事だと思う。

 カウントが【0】を数え上げる瞬間、意を決して扉を開けた。

「あ」

 扉を開けた瞬間、小さな魔女と目が合った。
 悪鬼羅刹というのは大げさだとしても、只者ではないことは感じ取れた。

 ・
 ・
 ・

 目の前は一瞬淡いピンク色の光に満たされたかと思うと、目眩にも似た感覚を覚えた。

 それが収まり瞼を空けると開いた扉の向こうには、噂とは真逆の人物が仁王立ちで可愛らしい頬を膨らませてプンプンしている。

「……かわいい」
 思わず声に出てしまった。

「……」
 噂の人物はため息をついて、そのかわいい声で「儂の名はジェーン・ドゥ 村崎を呼んでくれ」と呆れながら先輩の名を口にした。

 目の前の白いゴスロリに同じ色のつばひろ三角帽子の美少女は、見ると右目を黒い布で覆っている。
 露わになっている左目は力強い金眼で、髪は緩く波打つ銀髪セミロング。
 どこから見ても美少女小学生。

「かわいい」
 つい2回目が出てしまった。

「……いいから!早う村崎を呼んでくれ!」

 先輩からは厄介な人物で関わらないのが1番良いと聞いていたけれど、どうにもこのかわいい人物が厄介な人とは思えない。
 きっと先輩の勘違いなんだ。
「村崎先輩だね?奥にいるから連れて行ってあげようか?」
 先輩からは『ドアを開けない』『追い返す』という指示だったけど、こんなに可愛い子ならきっと先輩も喜ぶよね!
 だから先輩の所へ案内するのは良いことなんだ!
 それにこの子も喜んでくれるはず!
 なんなら、先輩じゃなくって僕でもいいんじゃないか?
 先輩とどういう関係だろう?
 先輩とどんな関係でもいい、僕を見てほしい!
 この子に僕を見てほしい!
 僕の事だけ見てほしい!
 この子のために何でもしてあげたい!

 ※※※※

「ジェーンはん!何してくれんねや! どうなっとんねん!?こいつ目ぇハートになってもうてるやないか!」
 奥から紫色のローブを着た男が出て来てそう言った。
 この男、村崎はかつてチャイニーズマフィアの用心棒兼、女ボスの恋人であった。
 とある仕事でジェーンの命を狙ったが、赤子の手をひねるレベルで惨敗。
 それ以来、真面目に魔法技術の研鑽を積んでいるのだった。

「扉の向こうでうろつくコヤツに開けさせるため【魅了】をかけようとしたら、その前に開いてもろにかかってしもうた さっさと出てこぬお主が悪い」
「なんでワイのせいやねん!ドア開けさせるのに魔法使うのがおかしいやろ!」
「開かない扉を開ける為の魔法じゃろうが!」
「なんでやねん!非常識やろ!」
「魔法使いが常識を語るな!そんなんだからお主は3流じゃというんじゃ!」
「な!……クソ!さっさとDDDにやられちまえ!」
「カカカ!自分では何もできぬと遠回しの降参か?ん?」
「……てめぇ」
「なんじゃ、この場であの時の続きをしてもよいぞ?」
「……クソ!」

 玄関でこんな言い合いを続けていたものだから、通行人が足を止めはじめた。

「クソ!ジェーンはんが来るたびにうちの看板に傷がつく!さっさと中に入ってくれ!」
 ずぶ濡れのまま中へ入ると、先ほど魅了の魔法をかけられた少年がタオルを持って駆け寄ってきた。
「どうぞ!」
 感謝を述べてそれを受け取ったジェーンだが、タオル一枚ですべてが乾くはずがない。
 当然、魔法の出番である。
 ほこりを払うような仕草をひとつ。
 すると髪や衣服の水分が、まるで絞ったかのように「じょばぁ!」と抜けて足元に水たまりを作った。

「な!?…………おもらしかよ!」

 乾いた衣服の足元に水たまり。
 最初はその魔法そのものに驚いた村崎だったが雨に濡れたというよりは、粗相をしたように見えることへのツッコミだった。

「な!?なんでそうなるんじゃ!」
「どう見てもそうだろうが!おい!新人!写真撮っとけ!」
「馬鹿を言うな!こら!やめんか!撮るでない!」
「ジェーンさんのレアな写真!ふふふふ!」
「……消さないと、嫌いになるぞ?」
「……消しました!あと、念のためスマホ破壊しますね!」床にたたきつけて踏みつけてさらには魔法でショートまでして見せた。
「うそやろ……そんなことまでさせんのかよ」
「いや……こいつの気質がもとからこういうのじゃろ……悪い女に引っかからぬよう面倒見てやるがよいぞ」
(今まさに目の前で引っかかってるんよなぁ)と心の中で突っ込まずにはいられない村崎であった。

 ※※※※ 

 魔導書研・部室の1つである怪しい洋館。
 その三階にある応接室。

「で、何の用や?」
「うむ、ちょっと相談事があってな」
「ほう?DDD曰く【悪魔大侯爵に仕える魔女】が3流魔法使いへ相談やて?」
 この時、村崎は魔法の腕では到底かなわない相手にマウントを取れるチャンスと判断した。
 魔女、ジェーン自身がかつての経験から【魔女】と呼ばれるのはひどく嫌っている、誇りが許さないのだという。
 しかし、それよりも【悪魔大侯爵】これはジェーンが仕える【戦と王権・愛と美・豊穣の女神=イシュタル(お母様)】をとある宗教が自己の利益のために貶めた呼称であった。
 イシュタルに仕える巫女としてみれば、聞き逃すことのできない言葉であった。

「普段、3流3流と言ってくれてるワイに1流のジェーン様が相談?なんでしょうなぁ?」
 村崎は自身の言葉で気持ちよくなっていた。
 後先を考えず、目の前の事象も理解できないほどに。
「いやぁ!ワイなんかでええんかなぁ?まぁでも?困ってる人がおるんなら!手を差し伸べるのも人の道よなぁ?もちろんこれ次第やけどな!」と、まくし立ててお金を現すハンドサインを作って見せた。

 ここでようやくジェーンを見た村崎は後に『地獄めぐり100年コースが見えた』と証言している。

 ※※※※

「……」カシャ!カシャ!スマホで撮影するジェーン。
「……」村崎は自身の作った水たまりの中で失神から目が覚めた。

 しばしの間、シャッター音しか聞こえない部屋に二人きりのジェーンと村崎。

「先輩!タオル持ってきました!」
 まだ魅了の魔法のかかった状態の新人が元気よく部屋に入ってきた。

「なんでこんな目に……」
「神罰じゃろ」
 冷たくジト目で即答であった。

 ・
 ・
 ・

 応接室の長ソファに横になったジェーンが、スマホを弄びながら話を切り出す。

 服を着替えた村崎はそれを正座して聞いている。

「さて、相談なんじゃがの……引き受けてくれような?」
「えっと……内容は……どういったものでしょうか?」
「ひ き う け る よ な?」スマホをいじるのをやめないまま言葉の圧力を増していく。

 しかし、このまま引き受けたらきっともっと酷いことになるに違いないと、意を決して言葉にする。
「内容が分らんかったら引き受ける……も……なに……」

 ジェーンのスマホの画面が『蓬莱学園相互支援ネットワークアプリ・HoNet(ホーネット)』の画面であることが見えた。
『HoNet』とは時間割や移動教室、課外授業の場所、クラブ活動の情報、生徒間での物品の取引や、お茶会、県人会などのコミュニティ情報などを扱うスマホアプリである。
 もちろんこれには個人個人が情報を発信することができる機能も付いている。
 今まさにジェーンはその画面を操作しているのだった。

「ジェーンはん……ジェーン様……あの……その画面は……?」
「ん~?これか?お主が引き受けてくれぬから暇でのぉ」
 村崎は考える。

 このままだと暇だという理由でさっきの写真が拡散されてしまいかねへん。
 そうなれば、学園生活どころかこれからの人生においてどれほどのダメージなのかわからん。
 この悪魔のような奴のいったいどこが聖職者やというのか?
 このままやと地獄、かといって進んでも地獄……同じ地獄なら、先へ進んでみよう。
 その先で己の裁量で切り抜けられるかもしれないやないか!

「わかりました……その相談、引き受けます」

 スマホをいじる手がとまる。
「ほう?……まぁよい、ではまず座れ、そのままでは話しにくい」

 村崎を向かいのソファに座らせておきながら、自信は長ソファに寝そべったままであった。
 このタイミングで例の新人が紅茶を出してくれた。
「随分と気が利くのぉ」
「ありがとうございます!ジェーンさんにそう言ってもらえて僕すごく嬉しいです!」
「カカカ!ありがとうじゃ、でも、ここからは村崎と二人で話がしたいのでな」
 そういって手招きして見せた。
 ジェーンは体を起こし、自身の唇に小指を触れて、それを彼の唇へ。
『花は、実を結ぶために散る、されど実は結ばず面影もただ消えゆくのみじゃ』

 すると彼は先程までの様子とは打って変わって、ぼんやりと中空を見つめふらふらと部屋を出て行った。

「今のは……?」

「恋の魔法を解いたのよ なに、後遺症も記憶も残らんから安心せい」
「一連の魔法を教えてもらうことは?」
 さすが魔法使いである。己の知らない魔法を見て先程の恐怖はどこへやら。
「わいの知っとる解き方とちゃうってことは、かけ方もちゃうんやろ!?て事は知らん魔法って事やろ!ぜひ教えてくれ!」
「恋の魔法を覚えてどんな悪さをするつもりじゃ?」
「?……!?ちゃ!ちゃうわい!研究のためや!」
「本当かのぉ?いうてお主、元マフィアじゃし?」
「くそ!もう良いよ!」
「なんじゃ?拗ねたのか?」
「うっさいわ!もぅええ!さっさと相談せぇ!」

 ジェーンは村崎の拗ねた横顔を見ながら肩を落とした。
 (こやつのこういうところが上に行けぬ要因なんじゃろうなぁ……もっと執念を持って食い下がれば教えてやるものを……惜しいのぉ まぁ弟子でもないし仕方あるまい)

 小さな白い巫女は紅茶で唇を湿らせて【相談】を始めた。

「今 儂のところにお主とは別系統じゃが、生粋の魔法使いがおる」
「生粋の?……生粋のってのはどう言うことや?」
「生まれも育ちも魔法界、魔法の血族に生まれその血を次代に残していくと言う意味じゃ、純血の魔法使いと言い換えても良い」
「そんなもんが存在すんのか……」
 腕を組んで考え込む村崎をジェーンは無言のまま待っている。
「俺たちと違うのはわかる……けど……魔法は学問で技術やろう?血で受け継ぐとかあるんか?」
「あるんじゃ」
「じゃぁワイらが必死で習得して、人によっては初歩すら辿り着けず一生を終えると言うのに、そいつらは生まれながらに使えるんか?」
「うむ」
「ジェーンはんもか?あんたもその一族なんか?」
「違うの」
「……そうか」

 村崎の言葉にできない表情を見て、最初は何も言うつもりはなかったのについ、声をかけてしまう。

「鳥は空を、魚は水を、人は地を……それを覆すのじゃから並大抵の覚悟ではなかろう?」
「……」
「空を飛べぬ人が空を飛ぶんじゃ、その努力の結晶がお主の手の内にあろう?」

 肩を落としたまま無言で手を見る村崎。

「その努力を誇れ……少なくとも儂はお主を誇りに思っておる」

 顔を上げた彼の表情は嬉しそうで照れくさそうであった。
「なんじゃ、可愛い顔をするではないか」
「な!なんや急に!?」
 村崎からすればジェーンはかつての敵対者であり面倒ごとを持ってくる厄介な人物であるが、その実力は圧倒的だと認めている。
 そんな彼女がいきなり自分を褒めたのだ。
 表情が緩んでも仕方ないことだった。
「照れるな照れるな カッカッカッ」


 村崎は年上のお姉さんが好みのタイプだ。
 ロリッ子は守備範囲外だ。
 守備範囲外だが……(見た目は可愛いんよな……ガキっぽく見えるけどスタイルは悪くない……たまに大人びたこと言うし、色っぽいところも……いやでも……でも、先輩やったら年上か……)

 そんな村崎を見ながら濡れた唇は艶っぽく笑っていた。

 ※※※※

「話を進めてよいかの?」
「ああ、そうだな……続けてくれ」
 ソファに再び寝転んで話し出す。

「先日、この島の近海で海洋冒険部が遭難者を救助したのは知っておるか?」
「……いや、知らんな」
「まぁ、救助したんじゃ それがその魔法使いでの」
「魔法使いが遭難?」
「なんでも、硫黄島あたりまで無着陸飛行に挑戦中じゃったんじゃと」
「……もしかして、空飛ぶ箒でか?」
「うむ」
「……」
「うらやましいか?」

 今の魔導書研には飛べるものはいない。
 大昔の先輩にはいたらしいが、卒業して久しい。
 それ以来、彼らの中には伝説と諦めに近い何かが残っていた。

「ああ!うらやましいよ!空を飛ぶなんて人類の夢だろうが!」
「カカカカ!会わせてやろうか?」
「……まじで?」


「うむ」
「……でも、あってどうすんねん?『どうやって飛ぶんですか?』とか聞くんかよ?そいつは【魔法使いの血】で飛ぶんやろう?俺たちとは違うんじゃ参考にならへんわ」
「いきなりの陰キャムーブじゃな」
「だ!?……だ!誰が陰キャやねん!初対面の人にそんなん聞かれへんやろって話やろが!」
「いきなり聞くのが陽キャ、仲良くなってから聞くのが普通、聞かない理由を探すのが陰キャじゃないか?」
「……」
「やれやれ……自己に嫁す努力は惜しまぬのに対外となると尻込みをする……しばらくは3流のままじゃのぉ」

「……なら、ジェーンはんはどれやねん?」
「儂か?儂は規格外じゃが……あえて言うなら、精々2流止まりじゃろうな」
「2流?てっきり1流って言うかと思ったが」
「儂は……魔法で望みを叶えられたことがない……いつもこの手をすり抜けてしまうでな……カカカ」
「らしくねぇな」

 生まれてから転生を繰り返し、生きている時間だけで3000年を超える生を経験した。
 けれど、大切な人々との別れはいつの時代も避けれて通れなかった。

 父も。母も。師も。友も。

 皆、彼女を置いていってしまった。
 天を落とし海を焼くほどの力を持っていても、彼等を死から遠ざける事はできなかったし、置いていかれる者の辛さを強要する事はできなかった。
 天寿を全うした者、死を願った者、その最後を見届けて生きてきた。
 彼女の魔法は……彼女の夢は『別れの無い世界を創る魔法の完成』
 いつかこの魔法が完成した時、彼女の思う1流へと近づくのだろう。

「それで、その魔法使いの遭難者をどないせえって?」
「ああ、送り返すにしても、送り届けるにしても先ずは、親御さんへ連絡せねばなるまい」
「まだしてへんのか……って蓬莱学園(うち)の者ちゃうんか!?」
「うむ……そして連絡手段がない」
「……電話は?」
「連中にそんなものはない」
「(連中?なんぞ知ってる風やな)……手紙なら?」
「我ら現実世界の郵便が、魔法界なんぞと言うファンタジー世界へ届くと思うか?郵便局員が迷子になるわ」
「ファンタジーが服着て歩いてるような奴がよく言う」
「……妖精並みに可愛いって事か?そうかそうかなんじゃ儂に恋でもするのか?じゃが残念じゃなわしには決まった相手がおる残念残念」と、言葉の圧力高めに捲し立てた。
「怒んなよ」
「怒っとらんわぃ ファンタジー代表の【魔法使いの】が言うセリフじゃなかろうって言うツッコミじゃ」

 喉を潤すのにカップへと手を伸ばして、空であることに気がついた。
 そのカップの持ち手に指を通してくるくると回しながら「喉が渇いた」と一言。
「行儀が悪い……ちょっと待ちぃ」
 そう言って部屋を出て行った。

 ジェーンにとって【魔法】は生きる手段のひとつであり、目標でもあり、趣味である。
 【運命の方翼】である千穂も魔法使いであるが、彼女は弟子であり共通の話題となれば限られてくる。
 その点村崎は彼女から見て未熟者であるにしても、独り立ちした魔法使いで共通の話題はいくつも出てくる。

 そんな彼に対して先輩として同業者として、何かと目をかけているのだが、それを素直に口にするジェーンではなかった。

 しばらくして戻ってきた村崎の手には缶コーヒーがあった。
「……客に缶コーヒーを出すつもりか?」
「客なら客らしく手土産の1つも持ってきたらどうや?」
「はぁ……」頸を横に振りながらやれやれと言わんばかりにため息をついた。
「な!?なんや!そのため息は!」
「土産なら持ってきたじゃろうが、その価値をわかっておらんようじゃがな」
「ああん?……魔法使いに会わせるって話か?」
「そうじゃとも」鷹揚にうなずいて見せた。
「いや……いうても、参考にならんのなら価値なんて……あるんか?……ジェーンはんがそこまで言うってことは……なんかあるんやな?」
「さて、そこはお主次第じゃなぁ」
「……わかった、会わせてもらおうか」
「じゃが、条件があるんじゃ」
「なんやねん!この期に及んで!」
「まぁまぁ話は最後まで聞くがよいぞ?」
「……」
「簡単に言えば、お主の知り合いにイギリス魔法界に伝手のある者、あるいは日本政府にここのOB・OGはおらんか?おれば渡りをつけてもらいたいんじゃ」

 村崎はまさか外国や政府といったものが絡んでくるとは思っていなかった。
 思っていた以上の話の大きさにしり込みする。
 目の前の悪魔的な聖職者を見る。

 村崎を試すようにただじっと見ている。
 一瞬笑っているように見えたその顔は、まるで子供を見守る母のようなそれであった。

「心当たりはある……けど、対価がその魔法使いに会うだけってのは足らんな」
「ほぅ?」楽し気で悪い顔だった。
「さっきのあれ【恋の魔法】、あれを教えてくれ!」
「カカカカカ!面白いのぉ!」
「な!?なんやねん!……教えてくれるんか?どうや!」

 ジェーンは嬉しかった。
 これで彼はより高みへ昇るだろう。
 そのきっかけをいま手に入れたのだ。
 あとは彼の努力次第だ。

「よかろう!ことが万事収まったら教授してやろうではないか!」

 ※※※※

 翌日 学食横丁。
 日も落ちて遅い夕食を目当ての生徒達で溢れている。
 赤ちょうちんと縄のれんの向こう側。
 狭い店内にはカウンター席が6つだけ。

 一番奥にオリヴィア、次いでジェーン、そして村崎。

 年季の入ったカウンターは綺麗とは言い難かったが清潔で、何より味については間違いなさそうな雰囲気だった。

 イギリス人であるオリヴィアは当然ながら初めての居酒屋である。
 彼女は名門の一族に生まれた、いわばお嬢様である。
 言動からはとてもそうは見えないが……。
 【魔法使い】の純血一族というのは長い歴史とその歴史の中で蓄えられた富と名声を持っている。
 つまり、純血一族・グリーングラス家はイギリス魔法界における貴族のようなものだ。
 跳ねっ返りとはいえ生まれ育った環境は、けっして場末の居酒屋でグラスを傾けるようなものではない。
 しかし、ジェーンはあえてここを選んだ。
 温かみの在る照明と年季の入った佇まい、そして間違いのない料理。
 なにより、村崎が緊張せずに済む場所だった。

 『本日のお任せ』を3人前注文、乾杯してから紹介を始めた。

「村崎よ、これが生粋の魔法使いのオリヴィア・グリーングラスじゃ オリヴィア、これが村崎……村崎じゃ」
 白い泡を乗せた黄金色のグラスを傾けながら二人を紹介する。

「まてーい!ワイの下の名前は!?」
 ネギまの串を外しながら突っ込むことを忘れない村崎。

「いや、知らんし!」
 白ひげを生やしながら言い返す。

「知らんし とちゃうわ!紹介するんやったらそれなりに準備しとけ!」
 ネギまの半分なくなった串をフリフリ抗議の声を上げる。

「あぁん?フルネームを覚えてほしければそれなりの実力を示して見せよ!」
 大将に泡盛を注文しながら突き返す。

「関係ないやろ!」
 串を外したネギまの皿をオリヴィアの前へ進めながら、ジェーンへの抗議は続く。

「ならばハマチとでも呼んでやろうか」
 焼きしし唐をほおばりながら適当なボケを挟む。

「誰が出世魚やねん!出世してもブリなんて呼ばれたないわ!」
 出された冷ややっこにスプーンをつけてくれと大将に注文を付けながら、ツッコミをいれていく。

『なんだ?喧嘩か?俺、此処にいていいのか?』
 スプーンを受け取った手を止めながら心配そうに二人を見る。

『気にするな、ちょっとふざけ合っただけじゃ』
 枝豆をつまみながら軽い口調で説明をする。

『時々マジでムカつくけどな!』
 そういった村崎の手には握り潰されたレモンがあった。
「うむ、唐揚げにはレモンよな」
 うむうむと満足気だ。

 そう、二人はふざけ合ったのだ。
 お互いに関西のボケとツッコミでふざけて見せたのだ。
『英語をしゃべれる人で助かったよ』
『英語で書かれた本や海外出身の同業者と話すこともあるからな』
『なんじゃ、儂よりもペラペラではないか』
『ジェーンの英語は何言ってるか分かんないときがあるんだよな』
『日本語でも何言ってるのか分かんないときがあるからな』
『……え?』
『言い回しが古臭かったり、古文のようでわかりにくいんだよ』
 オリヴィアと村崎は共通の話題で盛り上がっている。

 その反面、ショックを隠せないジェーンに店の大将が慰めの言葉をかける。
「なんだかよくわからんが、落ち込んでないで美味いもん食って元気だしな」
「……紫蘇巻きをひとつ頼む」

 結局のところ二人が仲良くなるのに、そう時間はいらなかった。
 ひとつは共通の話題がある事、もうひとつは彼がオリヴィアへ好意を抱いた事が要因であった。
 オリヴィアは年上でもお姉さんでもないが彼にとって同年代の同業者で共通の話題もあるし、外国人という点からくるミステリアスさ、そして何より彼の周りにいる異性よりもスタイルが良いという所も、高ポイントだった。

 こうして【魔法使い】の同業者として、村崎という協力者を得ることができた。
 いや、同業者以上の関係で協力者を得たのだった。

『しかしこの事がきっかけで『宇津帆島・英国魔法戦争』が引き起こされるとは誰も思わなかったのである』
『待て待て待て待て!何を物騒なことを言うてんのや!』
『お主らばかり盛り上がりおって儂、暇じゃもん』
 3皿目となる『ヤゲンニンニク』を受け取りながら、そう言った。

 そうジェーンは暇だった。
 紹介が終わってからというもの左右の人物はジェーンの頭越しに会話を楽しんでいた。
 その間、ジェーンはひたすら食べて飲んだ。
 気になるメニューの片っ端等から。
 店側としては飲み物を頼んでくれないと手間と売り上げ的な問題が出てくる、村崎とオリヴィアは飲まないがそこは心得たものでジェーンが一人で飲みまくっていた。

 因みにお勘定は、世界屈指の巨大財閥・葉車グループの令嬢であるセブンに【つけ】であった。

 当然、飲めば出るのである。
 3回目のお花摘みから帰ってくると席替えが行われていて、ジェーン・オリビア・村崎となっていた。
 ますます暇になったジェーンがとりあえず放り込んだのが先ほどの『宇英魔法戦争』であった。

 この時のジェーンは酒精のせいもあってふざけただけ……のはずであった。
 彼女が未知なる能力を開花して未来を予見せしめたのか、それともただの偶然か。
 或いは、冗談のまま忘れ去られるのか……。


 全ては……運命の神(サイコロ)が握っているのだった。


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ジェーン・ドゥと迷子の交換留学生 始まりの予感 終り

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最終更新:2023年03月31日 23:46