新芽の季節 By旭ゆうひ
語られることのない、日常的なお話。
※※※※
蓬莱学園 東京から南へ1800kmの絶海の孤島にある私立高校。
10万人を超える(一説には30万人とも)生徒を擁していると言われるこの学園は、その規模もさることながら全てにおいて規格外であった。
令和の世において生徒の身でありながら、帯刀する者、拳銃を携行する者、電車を運行する者、飛行機を飛ばす者、果ては原子炉までも稼働管理する者までいるという、もはや生徒の皮を被った……異常……変た……プロフェッショナルたちであった。
もちろん、日本本土の高校生と同じ規格の生徒も存在する。
ほんのひとつまみ程度では在るけれど。
そんな高校に入学する者が普通で在るわけもないが、さらに言えばそんな高校で自らすすんで三年以上生徒をしている先輩たちも普通で在るわけはなく、新たな犠牲者……いや、同志を求めて入学シーズンともなれば各クラブの勧誘合戦は白熱し殺気立つ。
しかしながら、この季節に燃え上がるのはクラブ勧誘だけではなかった。
そう!新しい出会いによる恋の炎もまた彼方此方で燃え上がるのだ。
そしてそれらは『恋愛消防団』という非モテ集団の『消火活動』によって消火……どころか逆に燃え上がるという……。
そんなこんなで学園全体がいつも以上に浮き足立つ、そんな季節の話。
※※※※
関地 雅威は一年生だ。
正義を愛し、弱きを助け悪を挫く。
本土にいた頃は地元の幾つもの不良グループを打ち破り、彼が思う形で更生させてきた。
強大な敵には仲間と共に戦い、正義を執行したものだ。
高校一年生の割に大柄な彼はこの春の身体測定で179.8cmという、数日前まで中学生だった子が出すには驚異的な記録を出したのだ。
そんな彼は空手や柔道、剣道や合気道を習ったことがあるのだが、彼の求める「悪に勝つための手段」足りえなかった。
如何なる悪も見逃さず、信じる正義を実行する。
そして彼の言う『正義』とは常勝でなくてはならず、そこに至るための手段に優劣などありはしない。
そう、彼は『正義バカ』なのだ。
彼にとって悪を討つ事が正義なのだ。
そして正義を実行する自分こそが正しい人間なのだと信じている。
そんな彼がこの蓬莱学園に入学して最初にした事とは何か。
正義の仲間を募ったのか?
悪漢に絡まれる純真可憐な女生徒を助けた事だったか?
はたまた、学園に巣食う悪を嗅ぎつけ殴り込みをかけた事だったか?
否。
彼が最初に行った事……行ってしまった事とは!
※※※※
「はぁ……」
「……」
10万人をこえる生徒を収容できる校舎。
その廊下の窓から何を見るともなしに外を眺めながら、関地はため息をついた。
「……はぁ」
「おい」
「はぁ〜」
「おい!」
「……なにかようか?」
「なにかようかじゃねぇ!さっきからため息ばかりつきやがって!鬱陶しいんだよ!」
「ため息?俺が?正義の味方である俺が?ありえないだろ?それはブルーお前がよく知ってるはずだ!」
「そのブルーて言うのやめろ!私の名前は青野だ!特撮戦隊みたいな呼び方するな!」
「なぁに!いずれ正義に目覚めて『ブルー』を名乗り出すさ!」
「そんなわけないだろう!」
因みに関地は『レッド』である。
理由を聞かれた彼は『正義を湛える俺の心は真っ赤に燃える!故に!俺こそがレッド!』と説明をするのが常だった。
関地は入学式から――正確にはその途中から始まったクラブ勧誘で見かけた女生徒を一目見た時から――ずっとこんな調子でため息ばかりついていた。
そう、関地は恋をしたのだ。
まだ本人に自覚はないが、周りから見れば明らかにそれだった。
※※※※
話は少し遡り、入学式当日。
ソメイヨシノは散って葉桜となり、けれどもここは蓬莱学園。
入学式には桜が似合うと、何代か前の先輩たちが品種改良に改良を重ね、それはもはや改造の域に達していた。
講堂の周りには一年中満開の桜【蓬莱さくら】が桜吹雪で新入生を迎えていた。
先輩たちの悪ふざけの中でも数少ない成功例と言われるものであった。
大講堂に集まった新入生達の中に関地はいた。
大講堂の壇上では生徒会役員による式の進行がなされている。
軍服のような制服を着た赤毛の女生徒が式目を読み上げていく。
「続きまして、生徒会長から……」
高校の入学式とは思えないその立ち居振る舞いに、講堂の空気は張り詰めていたが、しかしそれは彼女一人のせいではなかった。
見渡せば至る所に直立不動の礼服姿の儀仗兵――軍事研所属の生徒――が等間隔で立っており、新入生の列と列の間には軍用犬を従えた兵士――同じく軍事研所属の生徒――が巡回していた。
控えめに言っても異常であったが、舞台近くに陣取っている教師達は何も言わないことから、アクシデントの類ではないのだと思われた。
壇上の女生徒が硬い声で宣った。
「新入生諸君!入学おめでとう! そして在校生諸君!毎度毎度ご苦労な事だと思う!よく我慢した!ここから先は生徒会長の仕切りに変わる!……良識ある振る舞いを期待する!以上だ!」
その言葉を合図に、彼女と兵士たちは規律正しく退場していく。
「在校生?俺たちは新入生だぜ?在校生なんてどこにいるんだ?」
新入生の誰もがそう思ったに違いなかったが、式は進む。
入れ替わって侍達の登場。
浅葱色にだんだら模様の羽織姿の侍たちが、兵士たちと入れ替わりに入場してくる。
彼らは壁際に等間隔で立ち、目を光らせていた。
そして壇上には生徒会長が。
彼を知るものは、彼の変化に気がつくだろう。
一年前までは貧乏で不摂生、不規則な生活から当時の彼は血色も悪く目の下には隈があった。
そのくせ眼光は鋭く、刀を抜けば学園屈指の腕前だ。
まるで悪党かその用心棒であるが事実、彼はそうやって活計を得ていた時期もあった。
しかし、今壇上に上がって挨拶をしようとしている男は、血色も良く髪も整えられていてまるで良いとこのお坊ちゃんのようである。
体重の増加も筋肉がついただけでは無いだろう。
そんな彼が口を開いた途端、講堂を揺るがす爆発音が響き渡り爆煙が空高く立ち上る。
赤毛の女生徒は舞台袖でチョコレートの包み紙を解きながら「Welcome to the Academy of Chaos」(混沌の学園へようこそ)とその無表情を崩す事なく呟いた。
壇上で生徒会長が声を張り上げるものの爆発のせいかマイクは切れており、その声は聞こえない。
天井からロープを使っていろんなものが降りてくる。
それは第三帝国風兵士だったり、忍者だったり、赤い蜘蛛のコスプレイヤーだったり。
壇上には新型戦車が飛び出し、講堂出入り口からは旧陸軍の戦車が飛び込んできたかと思えばそのまま人型へ変形し新入生を投網で確保していく。
侍集団が抜刀し、マフィアがトンプソン銃を乱射した。
事件ではない。
これらはすべてクラブ勧誘なのだ。
一部『勧誘』とは言えない強引すぎるところもあったけれども。
入学式の風物詩。
学園の恒例行事。
まるでリオのカーニバルのようにこの瞬間に一年を費やしているといっても過言ではない生徒たちによる情熱の大爆発。
……もっとも、この学園の入学式は1月4月9月と年3回あるのだけれど。
そんな大混乱の中――在校生にはいつもの事――関地は、床下から突如現れた巨大からくり人形の肩にしがみつく、袴姿の可憐な少女に目を奪われる。
その髪は烏の濡羽色。
その双眸は秋波と呼ぶにふさわしく、まさに、大和撫子。
それでいてどこかエキゾチックな顔立ちの美少女。
関地は彼女を運命の女だと直感したのだ。
巨大からくり人形は3階建ての建物よりも高く、彼女がしがみついている場所はやはり其れなりに高所であった。
つまり、その可憐な少女が関地の助けを待っているのを発見したのだ!少なくとも関地にはそう見えたのだ!
正義の味方としては彼女を助けずにはいられない!
だってそれが彼の正義だから!
「そこの君!今助けるぞ!」
しかし彼の行く手を騎馬隊が横切り、フラメンコダンサーが踊り狂い、挙句に流れ弾が着弾し爆発、その間に巨大からくり人形は遠ざかり、ついには関地自身も混乱にのまれて見失ってしまったのだった。
※※※※
「で、お前はこうやって彼女を探しているというわけか?」
次のクラスへ向かって廊下を歩きながら、隣の青野が関地に問うた。
「何を言ってるんだ?俺は悪がいないかパトロールしてるだけだぞ」
「じゃぁなんで、その子について聞き込みをしているんだ?」
「それは……あの時助けられなかったから……ずっと気になってるんだ」
ひと学年60クラス、定員500名――いまはその倍以上の生徒が詰め込まれている――を廻りながら二人はパトロールという名のサボタージュを繰り返していた。
そう、今の時間は授業中である。
授業中なら生徒は教室にいるはず、という自分たちの事は棚に上げた論理をもとに行動していたのである。
しかし、ここは蓬莱学園だ。
おとなしく授業に出る者もいれば、そうでない者もいるのである。
さらにいえば、そんな不心得者を取り締まるべく、治安維持組織によって本物のパトロールが行われていたりするのであるが、そんな彼らも学園生徒なのであった。
青野は関地を見て溜息をつく。
(こんなにもわかりやすいのに、分かってないのは本人だけか)
「で、もしその子が見つかったらどうするんだ?」
「え?……え?」
「もじもじすんな気色わりぃ……ほれ、次行くぞ」
こうして二人はパトロールと称して彼女を探し続けること数週間、彼ら自身が治安組織によって発見され、追われたことは数知れず、1年生の教室をすべて廻っても件の少女を見つけることはついにできなかったのである。
※※※※
4月も終わるころ世間ではGWの話題でにぎわっていた。
本土であれば帰省や、旅行などよくある話だが、ここは絶海の孤島であるがゆえに、そう簡単にはいかない。
とはいえ、例外も存在する。
学園生徒には貧富の差が激しく、生徒なのにホームレスで食うに困る者から石油王まで様々である。
そしてここ笛野の森に一軒の屋敷がある。
数寄屋造りに洋館をつなげたこの屋敷は広大な庭を伴い、多くの使用人を擁する。
彼ら彼女らはたった一人の少女のために日夜、この屋敷を運営し彼女の身の回りの世話を、警護をしているのだ。
時間は少し遡る。
関地が【運命の君】の捜索を始めて翌日の事だった。
屋敷の庭には女主人であるところのお嬢様の自室兼、人形工房兼、主人一族の歴史資料庫があり、その隣には『自室からここまで遠いんです!』という護衛メイドの声のもと、新しく建てられた護衛メイドの住居兼詰め所がある。
その1階の詰め所で、警備責任者の大名東が新人から報告を受けていた。
「いつもの片思いリスト……ですね?」
「はい、更新があります。今回更新されたのは13人、その中でも今年の新入生の『関地 雅威』はお嬢様と遭遇以降、積極的に動き回っています。今のところ背後関係は確認されていませんが、本土ではかなりのやんちゃっぷりだったようです」
「そうですか、重要事項ですから監視体制は十分に」
「かしこまりました……」
「どうしました?」
「いえ……この任についてまだ日が浅くて、本当にこんなことが必要なのかと……」
この新人メイドの言葉に、かつての自分を思い出した彼女は、できるだけ優しく接することを心掛けた。
「研修では我ら『葉車』について学んだはずです その中でも特に重要な一族の方々についても そうでしょう?」
「はい」
新人である彼女は研修時で受けた言葉を思い出す。
【葉車とは創業者一族であり、企業であり、その集合体であり、そこに働くすべての人を指す】
おかしな話だと思っていたが、現場に出て寝食を共にするようになってからこの言葉は彼女の胸にストンと落ちたのだった。
「以前、私たちのお嬢様には許嫁がいましたが、その人物の問題行動によって解消されました」
大名東は無意識のうちに『私たちの』というところにほんの少し力が入っていた。
「ええ!? 許嫁がいたんですか!?」
「我々がお仕えているのは本物のお嬢様だということを忘れてはいけませんよ」
「はい」
「お嬢様は跡継ぎではありませんが、それでも葉車にとって最重要人物の一人なのです」
「ほかのご兄妹方よりもですか?」
「……そうですね、この屋敷に仕える私たちにとっては、お嬢様が第一ということになりますね」
大名東は葉車本家から派遣された護衛メイドの一人である。
しかし彼女はいまや本家ではなく、己の主は『お嬢様』と心に決めていた。
これは彼女だけでなく、この屋敷の多くが大名東と同様であった。
「そんなお嬢様にどこの馬の骨とも知れない者を近づけて良いはずがありませんし、ましてやお嬢様を利用しようなどという不届き者であればなおさらです」
まさか自分の口から「馬の骨」だなんてセリフが出てくるとは思わなかった大名東であった。
まるで漫画かアニメのようなセリフだと内心驚きながらも話を続ける。
「このリストは、そんな者達からお嬢様をお守りするために必要なものです あなたの情報がお嬢様をお守りするのです」
「は! はい!」
「この……今回更新された生徒以外にもリストには大勢乗っていますから、全員とは言いませんが危険度の高い者から順に覚えておきなさい」
「危険度……本気具合・行動力・背後関係などから算出されたものどうしたよね?」
「ええ、その通りです あなたから見てこの……関地はどうかしら?」
「そうですね……本気度は高いように思います、行動力も低くはありませんが、個人ということで危険度は低いと思われます」
「そうですね……私も同意見です では、後の処理は任せます」
「は!」
かかとを鳴らし腕を直角にして敬礼する新人に、大名東は微笑みながら脇のしまった敬礼を返した。
「我々はもう軍人ではないのですから、お嬢様の周りに侍る者として相応しい振る舞いを」
「は! あ、いえ!はい!」
それでも癖の抜けない新人はつい敬礼をしてしまい、大名東はそれを柔和な笑みで返した。
※※※※
南の島である宇津帆島ではこの季節25度前後という、本土で言えば6月頃の気温であった。
夜ともなれば気温は下がるにしても、快適である。
開け放たれた窓からは微かに剣戟の音が聞こえていた。
今宵も兄嫁の百地忍が侵入者を排除しているのだろう。
庭にある古めかしい土蔵、この屋敷の主人がその時間の多くを過ごす自室兼人形工房、此処には所狭しと大小様々な人形やそのパーツが並べられ、天井からは整備中であろう人形の上半身がつられている。
「GWの予定ですか?」
「はい、今年こそはどこか海外へ行きますよね?」
自作のからくり人形【紅桜型自動人形陸式】の組み立て作業をする主の背中に、期待を込めて小明戸は声をかけた。
彼女がここへ配属される前、お嬢様はよく護衛メイドを連れて世界のからくり人形を見学、あわよくばそれらを蒐集するための旅行をしていたと聞いていた。
しかし、配属された年には世界的な疫病が蔓延し、それがかなわなかった。
小明戸は今年こそはと期待しているのだ。
この宇津帆島は恐らく世界でも有数のエキサイティングな場所だろう。
あるいは最も混沌とした場所と言い換えてもいい。
しかし、人間の感性とは恐ろしいもので、そんな場所ですら『慣れ』てきていた。
いっそ慣れきってしまえば、こんな喧騒溢れる島でさえも憩いの場になるのかもしれないが……。
そう、小明戸は気分転換を求めていた。
白いビーチ!パラソル!トロピカルな青いドリンク!ほろ酔いアバンチュール!
青い海!サンゴ礁!熱帯な魚たち!インストラクターと海中アバンチュール!
青い空!スカイダイビング!空中アバンチュール!
そう!小明戸は『恋』というなの心の癒しを求めているのだ!
だって本土に残してきた彼氏とは年に数回しか会えずついには、ふられてしまったのだから!
新しい恋がしたい! それにはちょっと遠出がしたい!
宇津帆島の人口は学園生徒+島民である。
つまり10万人以上いるのだ。
となれば男性は約5万人。
金持ちから貧乏人まで様々であり、働いて自立している者も多い。
そして学園生徒には不思議なことにイケメンや美少女が多い。
……ただし、彼らは『学生』なのだ。
小明戸のように社会人ではない。
原子炉を運営管理したり、航空機のパイロットだったり、治安組織で高い地位を得たりしていたとしても、彼らは『学生』なのだった。
其の一点において小明戸の守備範囲から外れるのだ。
こんな思いを胸に秘めて出たのが『今年こそは海外へ』だった。
いつもなら背中を向けたまま作業を続ける少女は、珍しくその手を止めた。
振り返ることはしないまでも、その問いかけには答える気でいるのか、しばしの沈黙。
再開される作業。
「(しゃべらんのんかーい!)」
声には出さずツッコミを入れてしまう小明戸であった。
その衣擦れの音を聞いて、作業は再び中断された。
「海外へ行くにしても、どこへ行くというのです?」
やはり背中を向けたまま、お嬢様はそう質問を返す。
突然の歩み寄りに虚を突かれた思いだったが、以前から行きたいと思っていた場所を上げていく。
「ココ・アイランドとかダーウィンズ・アーチとかどうですか?」
「そこに、からくり人形はあるのですか?」
「……あー え~っと」
「私の研究に役立つ何かがあるのでしょうか?」
「根を詰めすぎると体によくありませんし、気分転換して初めて見えてくるものもあったりします。研究資料はありませんがその後の効率アップが期待できます」
「今閃いたといった感じの声音でしたが……なるほど、たんに旅行がしたいだけかと思っていました」
「そんなわけないじゃないですか、お嬢様をいろんな面からお支えするのが我々『お嬢様親衛隊』の務めですから」
「……親衛隊?」
「お気に召しませんでしたか?では『お嬢様近衛隊』とかどうですか?」
「いえ……小明戸さん、あなた『奉公衆警備方第九班』でしょう?」
「今どきの子はもっと『カワイイ』とか『かっこいい』じゃないと人が集まりませんよ?」
「私も『今どき』なんですが?」
「……え?」
「小明戸さんはもう少し、主人に対しての敬意というものを持った方がいいと思います」
やれやれとばかりに肩をすくめた小明戸はいつもの台詞を口にした。
「持っていますとも、心の中を見せられないのは慚愧の念に耐えませんね」
結局GWの予定は決まらないまま、本日は就寝の時間を迎えたのでした。
※※※※
いかにもな路地裏。
囲まれる関地と青野。
「何を嗅ぎまわってるか知らないが、人を探す前に筋を通したほうがいい」
ここは悪徳大路。
世界で有数のエキサイティングな場所、そんな蓬莱学園の中でも、さらに危険と欲望が手を取ってラインダンスを踊る場所。
混沌が混沌と交じり合い許容半径を超えて重力崩壊を生みだした場所。
そんなエリアの片隅で、関地と青野はパトロールを兼ねた人探しをしていた。
もちろん探しているのは関地のひとめぼれの相手だ。
彼はそれを認めはしないが。
「俺がどこで誰を探そうとも!貴様らに文句を言われる筋合いはない!」
まるでヒーローのように見えを切って見せる関地と、彼と背中合わせの青野は無言のまま周囲を警戒している。
「いいか?新入生 ここはお前たちのような餓鬼がいていい場所じゃないんだ」
「そうだぞ、ここから先は遊びで来るような場所じゃないんだ」
関地たちを囲んでいる彼らは、絵本から飛び出してきたような派手な格好をしていた。
つばひろの帽子には羽飾りがついていて、まるで舞踏会にでも出るのかという豪奢な服装。
腰には剣と思われるものと銃のようなものを携行していた。
それはまるで三銃士の物語から飛び出してきたかのようだ。
「俺たちが!俺たちこそが!正義の執行者!シュトルム戦隊!そしてこの俺レッドシュトルムが行く道を!何人も邪魔することはできない!」
『ドドーン!』
登場時の効果音のように聞こえた轟音は、通りの向こうで何かが衝突事故を起こした音だった。
「……いや、だから……わかんない子だな……ここから先は、危ないの!正義の味方なら我々のいうことを聞きなさい!」
彼らの正体は『学園銃士隊』
『学園銃士隊』とは有志達で結成されたどこの権力にも属さない、中立公平を謳う治安維持組織である。
そんな彼らは悪徳大路において、ほかの治安組織と協力して、パトロールを実施しているのだ。
関地たちとは違い、本当の意味でパトロールを実施しているのだ。
「はっはっはっは!正義の味方は悪には屈しない!」
これには優しく後輩を指導しようとしていた銃士隊も眉を吊り上げた。
「君……新入生……我々を知らないようだから、今回は見逃してあげ」言い終わる前に関地の拳が彼の顔面に炸裂した。
この後はもう乱闘であった。
「レッドシュトルムパイプ椅子!」
どこから取り出したのか使い込まれた――本来の用途とは別の使われ方――パイプ椅子で銃士隊へ殴りかかる関地。
そんな彼の背中を守るように立ち回る青野は、動画サイトで見た空手の形を完璧な形で実践して見せた。
それを見た銃士は一瞬、躊躇するも、職務への情熱と正義への誇り、そして仲間が殴られた事への報復として意を決し、青野へ飛びかかり抵抗らしい抵抗を受けないまま、あっという間に組み伏せた。
関地は背後で相棒が呆気なく取り押さえられたのにも関わらず、彼が言う『正義』を未だ執行中だった。
「レッドシュトルムビールケース!」
「うわぁ!?ケースごと投げやがった!」
「レッドシュトルムゴミ箱!」
「うわぁ!汚ねぇ!」
「レッドシュトルム放置自転車!」
「待て!それはクッソ高いロードバイクだ!」
「……自転車ぁ!」
「ぎゃぁあ!!」
そう!これが彼の108ある戦い方のひとつ「赤い嵐嵐」であった!
こうして関地・青野(開始数秒で脱落)組と銃士隊+応援の銃士隊の乱闘は続き、ついには関地の周りに武器にできそうなものは無くなった。
「年貢の納め時だぞ!」
「大人しく投降しろ!」
現場は凄惨なものであった。
足下に転がる銃士隊、まさに死屍累々の如し。
「ふっふっふ!この俺!レッドシュトルムに『悪に屈する』などという言葉は無い!」
ヒーロー然としてニカッと笑い、歯を煌めかせポーズを取る。
「……仕方ない……優雅さには程遠いが……押しつぶせ!」
「おう!」
指揮官らしき男が指示を出し、気炎を挙げて殺到する銃士隊員達。
「懐かしいな……この感覚!」
足元に転がる隊員をチラリと見た関地は不敵な笑みをこぼす。
「レッドシュトルム!……銃士隊!!」
技名を叫ぶと足を大きく振り上げてためを作り……足元に倒れている銃士隊をサッカーでもするかのように蹴り飛ばした!
「ぎゃぁぁあ!」
銃士隊としては飛んでくる仲間を避けて、地面に激突するのを黙って見るわけにも行かず……進んで彼らを受け止めに行き、予想以上のパワーに一緒になって弾き飛ばされていた。
「くそ!化け物か!」
「抜剣許可はまだか!」
「それより発砲許可を!」
そう銃士隊はまだ本気ではなかったのだ。
彼らの本気とは剣を抜き銃を構えてからであった。
彼ら現場としては、凶器を振り回す相手に1秒でも早い逮捕を目指して抜剣、あるいは発砲したかった。
しかし、蓬莱学園にも人権団体は存在する。
彼らの活動の成果によって、現場の彼らはその身を危険に晒し、さらなる被害の拡大を許していた。
「はっはっは!正義は十分になされた!今日のところは見逃してやろう!」
そう言うと懐から取り出したものを地面に叩きつけた。
煙玉であった。
「くそ!逃がすな!」
煙で視界を遮られてしまった彼らは、同士討ちを避けるために派手に動けず、その隙間を青野を担いだ関地がすり抜けて行った。
その際に何発かの『正義』を執行したのは言うまでもない。
・
・
・
「申し訳ありません、取り逃しました」
応援で駆けつけた銃士隊の1人、百合谷伊織はスマホに向かってそう報告していた。
「そうですね……やはり学園生徒です、本土の常識が通用しない……それどころかこっちまで頭がおかしくなりそうです」
現場の指揮をしながら疲れた声でそう続けた彼女はもう1つ、気になった点を報告した。
「人を探している らしいです ええ、黒髪ロングの和装女子だそうです」
スマホの向こうの人物の台詞が気に入らなかったのか百合谷は眉間に皺を寄せる。
「学園に黒髪ロングの和装女子がどれだけいると思ってるんですか?彼女たち一人一人を警護するとなれば銃士隊を10倍の規模に……え?全員じゃない?」
銃士隊は全生徒に対して中立公平だ。
どの生徒に対しても味方であり、どの犯罪者に対しても敵だ。
だからこそ、彼女は承服しかねた。
『優先順位をつけて対応しなきゃ このご時世綺麗事じゃやっていけないでしょ?』
スマホの向こうの人物には銃士隊の理念など、持ち合わせていないように感じられた。
電話を切った後「綺麗事じゃやっていけない……か」と呟いて、以前から誘われていたアルバイト先へ電話をかけるのだった。
※※※※
「それはつまり【爆発】までがセットだと思うのですけれど」
スペインへ向かう飛行機の中でメイドたちに傅かれた少女は物騒なことを口にする。
その腰まで伸びた黒髪は艶やかで、まるで輝くような光沢を備えていた。
ぱっちり二重で切れ長の目が、しかしそれでもまだ幼さの残る顔立ちと相まって絶世の美少女であった。
電話を切った主人に彼女の護衛メイドが話しかける。
「物騒なお話でしたね、お相手はどこかのテロリストですか?」
「そんなわけないでしょう?狂科の友人です」
狂科とは『狂的科学部』の略である。
蓬莱学園の二大非常識と言われ『古典からくり研』と双璧をなす。
彼らは高度な科学技術を有し様々な発明品を世に送り出す狂的科学者集団である。
が……彼らの発明品は須く爆発という最期を迎えるのである。
仮に、爆発しない場合は制作者が自爆ボタンを押すという、マッドぶりである。
そしてお嬢様が所属する『古典からくり研』とは『人間以上人形の作成』を部の目的に据えて、あらゆる時代、あらゆる世界線のカラクリ技術を、研究発展させていく職人集団であった。
彼らが非常識と言われるのは自爆こそないものの「なんでこんなものが作れるんだ!?」という技術力もさることながら、すでに廃部となっているにも関わらず以前同様……以前以上の存在感を示している点も挙げられる。
狂科が巨大ロボットを出撃させれば、からくり研は同じく巨大お茶汲み人形を出撃させて互角にバトるという……ロボがビームを放てば、超螺鈿細工の装甲がこれを反射すると言う……。
非常識の塊であった。
「ユウジン?……ああ!ご友人ですか?」
「そうですよ、他に何があると言うのです?」
「お嬢様からはあまりにも遠い存在でしたので一瞬、理解が及びませんでした」
「小明戸さんはもう少し、主人に対しての敬意というものを持った方がいいと思います」
「持っていますとも、心の中を見せられないのは慚愧の念に耐えませんね」
「しかし、狂科ですか……からくり研ではなく?」
「『同好の士』と言うやつです」
「からくり研のご友人は?」
「……今、それ関係ありますか?」
「……敬意は持っていますよ?お見せできないのは慚愧の念に耐えませんね」
「貴女と言う人は……本当に、主人の対して敬意を持ってもらいたいですね」
3万フィート上空でも、普段と変わらない主従であった。
※※※※
『GW』がもう目の前に迫っていた。
世間では旅行だ行楽だと話題に大盛り上がりだ。
けれどここ、蓬莱学園ではもう1つ話題になることがある。
それは『生徒会選挙』
たかが生徒代表と侮ることなかれ!
なにせこの学校には、陸海空軍が存在し、さらに航空母艦も保有している。
さらにさらに、原子力発電所を有し、いつでもロケットに乗せることが可能なプルトニウムや濃縮ウランさえ存在しているのだ。
それらをどのように『扱う』かは、在校生よりも周辺国の方が関心が高かった。
そんな学校の代表を決める選挙なのだ無風なわけがないのである。
そしてここにも今、熱い風が吹こうとしていた!
「足で探すのは限界がある……そう思わないか?」
「何を軟弱なことを言ってるんだ!あの子は今も悪の巨大からくり人形に囚われて俺の、俺たちに助けを待っているんだぞ!」
南部密林から生還を果たした青野は疲れ切った顔でそう口にして、それを聞いた関地は疲れた体を放り出して声だけは元気に返事を返した。
彼らは悪徳大路の騒動の後、追手と幾度かの戦闘を繰り返しながら戦略的撤退という名の逃避行を続けた挙句、一般生徒は滅多に立ち入らない『南部密林』へと迷い込み7日ほど迷子……サバイバル……修行からの帰還であった。
「そうだ、彼女は私たちを待っている……だからこそ!根性とかに拘らず効率的に、大々的に捜索できるやり方を取るべきなんだ!」
大の字になった相棒の隣へ腰を下ろして青野は語り出す。
「大勢を動員出来て、しかもそれが専門家集団ならば一気に捗るはずだ」
「そんな方法があるのか!?」
体を起こそうとして力が入らず寝転がったまま顔だけむけて聞き返した。
「ああ……まさかここまで時間がかかるとは思わなかったからな……今まで言わなかったが……この時期だからこそ出来る方法だ」
「聞かせてくれ!その方法を!」
声だけはヒーローポーズをとっている関地である。
「この方法は誰にでもできる方法じゃない……きっと多くの批判を受ける……敵も多く作ることになるだろう……それでも、彼女の為にお前はやれるか?」
「ブルー、俺の返事はもうわかってるだろう?それでもあえて聞くんだな?いいだろう!答えてやる!」
「ああ!聞かせてくれ!お前の覚悟を!」
「答えはYESだ!彼女の為にどんな事でもやってみせるさ!」
・
・
・
「はい逮捕」
「「は?」」
「関地雅威 青野静 公務執行妨害、暴行、器物破損、並びに騒乱罪の容疑で逮捕します」
2人は疲れた体に鞭打って選挙管理事務所へ赴いて立候補用紙に記載、これを提出。
事務所を出てきたところで、その身柄を確保されたのでした。
「「は?」」
※※※※
GWも終わり明日からまた変わらない毎日がやってくる。
生徒会選挙が控えているとはいえ、しばしの日常である。
ここの平日が本土のそれとは違うのは周知の事実ではあるけれど、それでも在校生たちは連休が終わるのを悲しんだ。
どのみち授業に出ないにしても、公休と自主的公休では気分が違うのだ。
連休が始まった時には永遠であるかのような錯覚に陥り、そして最終日には現実を再認識する……五月病が発生する原因のひとつである。
多くの者がその終りを悲しみ、儚み、明日からの日常に憂鬱となり、億劫になっているころ、そんなことを全く考えていない者達もいた。
考えられない者も少数ではあったが、確実に存在したのであった。
「くそ!だから油断するなといっただろう!」
「申し訳ありません!」
銃士隊の反省房は蜂の巣を突いたような騒ぎとなり、収監中の囚人はその姿を消していた。
GW終了まで、残り12時間といったところだった。
百合谷はここ最近ついていなかった。
現場に到着すれば犯人は逃げた後だし、靴紐は切れるし、乗った路面電車が原因不明の遅延をするし、バターを塗ったトーストは塗った面を下にして落ちたし。
そして、反省房の看守番の引き継ぎを受けたら、収監されているはずの『関地と青野』が揃って姿を消していたのだった。
「取り敢えず、応援を呼びましょう。そして追跡班の選定、一刻も早く確保しないと……銃士隊の株がまた下がりますよ」
「ああ……そうだな!その通りだ!百合谷君!現時点で君が責任者だ、君の裁量に任せるとしよう!では、お疲れ様!」
そう言って前当番者はそそくさと退勤してしまった。
「…………ついてない」
引き留めようと揚げた手も虚しく己の不運を嘆くと、するべき事を思い出す。
「全隊員に緊急伝令!凶悪犯の関地と青野が脱走!【コード:721】に基づき行動せよ!繰り返す!【コード:721】だ!」
コード:721とは『銃士隊の威信をかけて』『秘密裏に』『完全武装で』と言う意味だった。
「はぁ……気が重い」
銃士隊本部へ報告の後、もうひとつの雇い主への報告に取り掛かる。
「……私です……いいえ、詐欺ではありません。百合谷です。例の二人組が脱走しました……はい、私が現着した際には既に……現時点で予想されるのは、黒髪ロングの和装女子のいる所……はい、御当家には該当する姫様が複数いらっしゃると記憶しておりますので……はい、調書は後ほど……はい!ありがとうございます!……はい!失礼します!」
それから数分後、スマホで口座を確認した百合谷は満面の笑みで仕事に戻っていった。
※※※※
宇津帆島には海上空港が存在し、本土や周辺国に対して航空便が就航している。
この空港を運営しているのも学園生徒であることは言うまでもない。
一機のプライベートジェット機が着陸しようとしていた。
それは全体的に黒く、尾翼には葉車の家紋が白く描かれていてその傍らに控えめな『九』が添えられていた。
『こちら宇津帆島航空管制 HakurumaAir1109便 南西07番滑走路より進入されたし』
『こちらHakurumaAir1109便 南西07番滑走路から進入了解……進入開始』
『こちら管制塔 Crescent Moon ……うちのお姫様はそこにいるのかな?』
管制塔とパイロットとの日常的な業務連絡ではあったが、管制塔のオペレーターはさらに砕けた様子でつづけた。
『……操縦室に入るのも禁止でってああ!お嬢様!だめです!……お兄ちゃん!ただいま戻りました!』
真面目そうなパイロットの無線に割って入った女の子の声は、悪びれることもなく心底嬉しそうに、そう答えた。
『やっぱりそこにいたんだね 機長の言う通り立ち入り禁止だよ?』
『ごめんなさい!でも、お兄ちゃんの声が早く聞きたくて!』
『……もう直ぐ着陸なんだから、ちゃんと準備してなさい お土産話は今夜にでも聞かせてもらうよ』
『分かりました!楽しみにしててくださいね!』
※※※※
「お土産話ってああいうのじゃない気がするなぁ」
笛野の森の屋敷の、自分にあてがわれた客間でくつろぎながら管制塔の声の主は、妹の突拍子もない発言を思い出しながら苦笑せざるを得なかった。
「生徒会に立候補するって……いつものあの子らしくないと思わないかい?」
「でも、こうなったら全力で応援するんでしょう?」
百地忍は生徒会長候補の兄である葉車三月の顔を覗き込んだ。
妹たちの事となると甘々なお兄ちゃんである三月の事だ、全力で応援して生徒会長に当選させるに違いないと忍は思っていた。
しかし、返ってきたのは意外な言葉だった。
「いや、応援はしないかな……むしろその逆だね」
「え?!……なんで?」
「色々理由はあるけど、簡単に言えば、あの子の身の安全のためかな」
「あぁ……なるふぉど」
蓬莱学園の生徒会長選挙となれば多くの利権や権力、それらを巡る陰謀が付きまとう……ただでさえ、反葉車勢力からの暗殺者などが送り込まれて気が休まらないのにこれ以上は、本人が気にしなくても周りの負担がとんでもないことになる。
それは即ち、彼女を守りきれなくなると言う事だ。
大事な妹の身の安全を考えれば、そもそも出馬させないというのが一番なのだが……旅行先で見たお祭り騒ぎに感化されて思い付きでそのまま届を出してしまった妹の行動力に後れを取った形であった。
忍はうんうんと頷き、彼と腕を組んで微笑んだ。
「やっぱり三月は妹思いの良いお兄ちゃんだね。そういうところも愛してるわ」
「ありがとう、僕も忍の事愛してるよ」
そういって口づけを交わしてから三月は不思議そうにつぶやいた。
「しかし、あの子の趣味じゃないんだけどなぁ……なんで、立候補なんか」
「……恋でもしたのかしら なんてね」
「え?」
彼女は、極めて軽く、よくある冗談を口にしたにすぎない。
「あ……ああああの子が?」
「そりゃぁだって、13歳ともなれば……ねぇ?」
彼女は他意なくただ世間一般の話をしただけだ。
例え彼女が凄腕の女忍者で、破壊工作、暗殺、そして人心操作に優れていたとしても。
彼女が口にしたのは世間一般の話だ。
しかし結果として三月は明らかに動揺していた。
妹の成長は喜ばしい、けれども傷付きやしないか、不幸になりやしないか、相手はどこの誰なのか……最愛の人にかけられた冗談も理解できないほどに動揺していた。
「ふふふ そんなに心配なら相手を消しちゃう?」
「……え?……あぁ……そうだね」
「なーんて……え!? そう、あなたがそう望むなら」
妹が恋をしたと思い込んだ兄は、言葉の意味を理解しないまま、から返事を返した。
その返事を受けた凄腕の女忍者は、予想外の返事に驚きつつも婚約者の望み叶える為に動き出したのだった。
※※※※
悪徳大路
華やかな看板とネオンに彩られた大通りの直ぐ裏には、歓楽街とスラム街が広がっている。
嘗て香港に存在した九龍城が移転してきた上にその混沌っぷりを溢れさせ、それが街になったかのような場所であった。
ここには、幾つかのランドマークが存在する。
最も有名なものは『宇津帆通天閣』であろうか。
本土にあるそれと非常に似た作りとなっているそれは、このエリアを支配する『大阪勢力』と呼ばれた生徒たちによって建てられた。
いわば彼らの青春の記念碑であった。
そんな記念碑を見上げながら関地と青野は、買ってきた串カツを人通りの少ない路地で食べていた。
「いったいいつ迄こんな生活をしなきゃいけないんだ……」
それは現状に対する不満ではなく、ましてや多くの原因が寄するところの彼に対して責任を問うているわけでもなかった。
ただ、未来に対しての不安があるだけだった。
「……正義は時として大衆に理解されぬものだ、しかし己の中に正義がある限り最後に勝つのは我々、シュトルム戦隊だ!」
「……そのシュトルム戦隊ってのに、私も入っているんじゃ無いだろうな?」
「なんだブルー?負けたいのか」
「? いや、勝つならそっちの方がいいけども」
「なら、お前はシュトルムブルーだ!」
「はぁ……いったいいつ迄こんな生活をしなきゃいけないんだ……」
ほんの少し……ほんの少しだけ、隣でうずら玉子の串カツに齧り付く正義バカを恨めしく思った瞬間だった。
※※※※
GWを過ぎた宇津帆島は夏を思わせた。
少女は汗拭きシートで身体の汗を拭いながら、とある候補の選挙事務所を天井裏から見下ろしていた。
暗闇の中、一条の光の先に見えるのは、義理の妹の選挙事務所だ。
とは言え……肝心の立候補者である彼女の姿はない。
屋根裏で汗をかきながら潜むこと数日。
彼女自身が仕掛けた罠を突破してここまで来た不審者は3名。
因みに彼女自身は不審者にカウントしない。
その不審者を秘密裏に撃退し、この場所を守り続けているのは百地忍。
候補者の兄 葉車三月の婚約者である。
(おかしい……あの子の選挙事務所だと聞いているのに、なぜここへ来ないの……?)
忍は義妹の事を充分知っているつもりだった。
『やるとなったらとことんやる』そんな子だ。
理由はどうあれ『立候補』という行動をとったなら『選挙』に全力になるはず……なのに……。
彼女は義妹の想い人を排除すべく、この場所に陣取ったのだが、事務所開設から一度もその姿を見せない義妹に困惑を隠せないでいた。
「相手の情報もつかめなかったし、連絡を取ってる様子もない……おっかしいなぁ……」
小首を傾げながら次の不審者の登場に身構える。
(大名東さんが指揮を取ってんだろうけど……こっちもそんなそぶりなかったんだよなぁ)
撃ち込まれる銃弾を躱しながら義妹の筆頭従者を思い出す。
目に見えないほど細い鋼線を操って不審者の手足を拘束し足元に転がしながらふと、ため息を漏らす。
「好きな人ってどこにいるのかしら」
この言葉を聞いた不審者はその日の夕刊にこんな見出しを載せるのだった。
『葉車の天才お嬢様ついに初恋!?』
そして夜には笛野の森の屋敷は報道陣に囲まれることとなり、その騒動を聞きつけた兄弟姉妹も大慌て。
リモート通話にも出ない妹の身を心配して、屋敷に使いを送ったり自身で乗り込んだり。
そんな兄弟姉妹たちの姿を報道陣は画像に捉え、翌朝にはまたしても一面を飾ることになったのだった。
『葉車家大騒乱!恋の行方やいかに!』
最終更新:2025年05月29日 23:58