ジェーン・ドゥと魔法の名前





ジェーンさん
委員会センターの一階、流行らない診療所の主。
銀髪金眼の美少女。
右目を黒い布で覆っている。
最近中二病を患っている。


セブンさん
ジェーンの友人。
なにかとジェーンを構う。
実家とは仲が悪い。







「ジェーンの魔法って何魔法?」
「は?」
セブンがなんか言い出した。
お昼ご飯を食べてまったりしてる時だった。
「どうした?日本語能力どこ置いてきた?」

委員会センタービル
名前からも分かる通り、各委員会の受付や事務室などが入っている他、それら人員を支える為の店舗なども存在する。
1Fや地下には総合受付や外部からの利用者を見込んで、各種医療施設やコンビニ、飲食店、衣料品店、書店、理髪店などが入っている。

正面玄関から最も遠い場所。
言い換えれば裏門から最も近い場所に、ジェーンのオフィス兼診療所がある。

上層階に目を移せば各委員会の幹部や生徒会の執務室などがある。
幹部ともなれば報酬も多額になり、学園ではセレブでリッチな分類に入る。
そんな彼らの為のレストランやスポーツジム、エステサロンなども営業している。

この上層階にオフィスを持つ人物。
葉車奈菜。通称セブン。
ハードロック研にも所属する彼女は革ジャンにトゲトゲのリストバンドやシルバーチェーンを身につけている。
何より目立つのは赤いライオンヘアだ。
実家が超巨大財閥であり、実家とは距離を置いているとはいえ一般生徒以上の仕送りと、査問委員会の委員長という肩書きから生まれる報酬も合わせて、セレブでリッチだ。

彼女クラスなら昼食は上層の展望レストランで食事を取り、食後にはジムやエステを利用してもおかしくない。
いや、むしろ世間ではそう見做されている。
ところが彼女は1階の裏門に近い、言ってしまえば繁盛していない診療所で、お弁当を食べ終えて寛いでいた。
そんなところへふと疑問が降って湧いたのだ。
「最近、ラノベってやつを読んだんだけどよ」
「うむ」
「で、何魔法」
「ラノベとやらを読んでおれば通じる会話かも知れぬが、わしはそれを知らぬ」
「ああ...まぁ口語文で書き上げたお手軽な小説なんだが、ファンタジーやゲームを題材にしたのも多くてな。それでよく考えたら、身近に魔法使いがいるじゃねぇか!ってな」
「……で?」
「黒魔法とか白魔法とかあんだろ?」
「あー……なるほどの。つまりあれか?ファミリーファンタジーの青とか召喚とか?」
「そうそう!で?なによ?」

お茶をずずっと啜りながら、このオフィス兼診療所の主人であるジェーンは考える。
緩くウェーブのかかった絹糸の様な銀髪に金眼。
右目を眼帯がわりに黒い布で覆っている。
外見だけなら小学生。
そんな彼女は、もう一口ずずっとお茶を啜って「あー」と満足げに声を漏らす。

「うん、分からん!」
「……ボケてんのか?それともボケてんのか?」
「失礼な!そもそも魔法に区別などないわぃ!それを知らぬ連中が、後から勝手にそう呼んどるだけじゃ!」
「ほんとかぁ?」
「うむ」
「……まぁ信じようか」
「なんか腹たつの…」
「まぁそういうなよ。でもそうなるとなんて呼べばいいんだ?」
「魔法でよかろ」
「いやここはなんとか魔法って言いたいんだよ」
「我が儘か!」

羊羹を切り分け、口に運びながら首を傾げる。
「一応理由を聞いとこうか」
「なんとなくだよ」
「じゃぁもう白魔法でええんじゃないかの」
「投げやりじゃねぇか」
「だって興味ないんじゃもん」
「……必殺技みたいじゃねぇか?」
「…必殺技?」
興味ないとは言ったものの、ジェーンの厨二心に触れるものがあった。
戸籍上18歳のジェーン、遅い厨二病であった。

「ああ、必殺技だ」
「それ叫びながら使ったら、裁判で殺意があったとか言われるやつじゃないのか?」
「俺なら取り合わないが...まぁ叫ばないのもありじゃないか?……こう……背景に文字だけ出てくる感じでさ」
セブンはそれをイメージして両手をワタワタさせている。
「この辺に字が出るんだ」とか言いながら。
俄然興味が湧いてきたジェーンだった。

「技名なら幾つかあるが?」
「どんなよ?」
「タイタンスタンプ、タルタロス・チェーン、インフェルノ・アローとか」
「それって何魔法?」
「攻撃魔法?」
「なんで疑問系なんだよ?」

「多くの場合、魔法は飛び道具なんじゃ」
セブンは飛んで行く火の玉を連想して頷いた。
「言うなれば石を投げるみたいなもんじゃ」
思ってたのと違って現実的な例えだった。
「準備して、狙って、放つ。放った後は結果を待つだけ」
「飛び道具ならそうだな」
「わしの魔法は違っての……何というか…有線で繋がってる……長く伸ばした腕で殴っとるような?……そうじゃないのもあるんじゃが…」
「魔法の手?」
「実際には手ではないがの……燃やしても凍りつかせても、放り投げた魔法の結果とかではない感じよの。伸ばした腕が燃えるほど熱かったり凍りつかせるほど冷たかったり……」
「その魔法の腕は2本?距離は?」
「ずいぶん根掘り葉掘り聞いて来るの…しかしそこは内緒じゃ」
「何でよ?」
「お主のことは信じておるが、こう言うのは口にした途端どこかで漏れる可能性が生まれるんじゃ。具体的な数字が知られて対策取られたら困るしの」
「そっか……まぁそうだよな!」
「さっきの技名も特に意味はないしのぉ……単にそれっぽい名前をノリでつけただけじゃし」
「えぇ…」

二人して首を捻っていると、部屋の外から声がかけられる。
「委員長閣下、そろそろお時間です」

「かかか!お主が『閣下』か!」
「お前のせいだってこと忘れんじゃねぞ!」

セブンもジェーンも忙しく下校時間までを過ごす。
セブンは査問委員会の仕事を。
ジェーンは配信されたばかりのゲームをするのに。

帰宅後。
弁天寮。
飾り気の少ない部屋。
入ってすぐに気がつくのは「藁束と八芒星」が織られたタペストリー。
そして花瓶に生けられたのは白い花火の様な花を咲かせる「銀梅花」。
テレビもパソコンもない部屋。
セブンはいつも思う。
放っておくといなくなってしまうんじゃないかと。
「(出来るだけ構ってやらないとな!)」

そんなわけで今夜もジェーンの部屋で二人で食事をとる。
今夜の晩御飯はお好み焼き。
セブンの部屋には妹の九重(ここえ)から食材の宅配が、しばしば送られて来る。
今回届いた物の一つが、お好み焼きセットだった。
ご丁寧に二人分がセットになっているのだ。
今夜はこれを持参しての晩御飯である。
「本当できた妹じゃな。いっそ嫁にくれんか?」
「お前みたいな悪魔に大事な妹をやれるわけねぇだろ!」
すかさずジェーンへ肩パンを入れるセブン。
「痛った!ちょ!暴力反対じゃ!」
そう言いつつ脛キックで反撃するジェーンであった。

豚玉、牡蠣、牛すじ、お餅などバリエーションに富んだお好み焼きに舌鼓を打った二人は濃い目の緑茶を啜っている。


「昼間の続きなんだけどよ、もしかして魔法じゃないんじゃねぇか?」
「なぬ?」
「魔法って言やぁよ……呪文言ったり図形描いたりすんだろ?」
「一般的じゃの」
「(一般的?)……お前の場合必要か?」
「必要な場合もあるぞ」
「どんな?」
「ふむ…その地域に100年の豊穣をもたらすとか、葬式も何万人って規模になると必要になるの」
「1個目はまぁ「なるほど」と思うが2個目は魔法か?」
「わしにとってはどっちもイシュタル様(おかあさま)への祈りや感謝を捧げる事に変わりはないからの」
「祈りは呪文とかと違うのでは?」
「【不思議な力を発揮する定型分】としてなら充分、呪文と言えようが…言葉もそうじゃが何より気持ちじゃろうか?」
「俺に聞くなよ」
デザートの柿を剥きつつ突っ込むセブン。
「しかし魔法じゃないとすると何じゃと言うのじゃ?」
「……妖術とか悪魔術とかどうよ?」
セブンからしてみればいつもの軽口のつもりだったが、みるみる変わるジェーンの顔色を見て失敗を悟った。
「いや!じょうだん!冗談だから!深い意味なんてないから!」
「セブンよ…わしとお主の中じゃ、今回は許そう」
許すと言いつつ、怒りは治っていないようだ。
その証拠に、緩くウェーブのかかった絹糸のような銀髪は帯電し逆立ち始めている。
「但し、二度目はないぞ?」
「ああ!わかってる!すまなかった!」
いつもとは違う本気のジェーンをみて、焦る。
「さっきも言ったじゃろう。わしの技はイシュタル様(おかあさま)へ祈りを捧げるものじゃと。それを妖術、悪魔術じゃと……たとえお主といえど……」
「すまん。本当にすまん。……因みにうっかり口にしたら、どうなる?」
「うん!全力全開でバラバラにする!」
実にいい笑顔だった。

「こっわ」とはいえ笑顔のセブン。
ジェーンがそんな事をしないとわかっている。
もし見当違いでも、その時は仕方ないと思える。
その相手がジェーンなら。

そのセブンの笑顔を見て、通じてることに喜ぶジェーン。

今夜も二人はなんだかんだ言っても仲良しだった。

結局のところジェーンの魔法が何なのか、何と呼ぶのが正しいのかは結論が出なかった。

最後まで候補に残ったのは神術、神心術、神通力であったが【神】を冠するのは畏れ多いと、採用されなかった。

「もう今まで通りでええじゃろ…」
「そうだな……もう、朝だしな」

「こんなどうでもいいことで……無駄な時間を使ってしまったわぃ」
「いや、必要だったんだって」
「何に?」
「あ……」
「……何を企んでるのかのぉ?」
「えーっと…えへへ」可愛らしく小首を傾げては見たものの、175cm赤いライオンヘアでシルバーチェーンをジャラジャラつけた女に似合うはずもなく……。
「おい!その憐れんだ目をやめろ!」
ジェーンがそんな目で見るのも致し方ないことだった。

「何を企んどるか言わんとずっとこのままじゃぞ?」
「何も企んでなんかねぇよ!」
「……本当じゃな?……信じるとしようかの」


後日ジェーンの部屋に受験票が届く。
そこにはこう書かれていた。
【魔法アイドルオーディション】と。


「よ!ジェーンさん可愛い!まるで天使!いや!天使そのもの!」
受験票が届いてからもう3日。
ご飯は作ってくれるが口を聞いてくれない。

しばらくの間、査問委員長がヤブ医者の機嫌を取ろうとする光景が話題になっていた。

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最終更新:2022年10月19日 18:18