The Day After...(中編)
■天野遥:航空部・海洋冒険部中佐。大南帝国の正統皇位継承権を持つ。
イラストは
らぬきの立ち絵保管庫
から
■夢野光一:月光洞で生まれ育った。顔も名前も知らない父を探している。
イラストは
らぬきの立ち絵保管庫
から
■仙川郁:ペンネーム“カオル”。『遥かなる空』シリーズの作者。
イラストは
らぬきの立ち絵保管庫
から
航空部でウィングの操縦訓練を終えた遥とティアは、日向荘に帰ろうとしていた。
「ねぇ、ハルカ」
「なんだ?」
軽く応じた遥だったが、ティアの表情を見て少し慌てた。何に対してかはわからないが、不機嫌そうにしている。
「私の気のせいならいいんだけど、何だか最近ハルカの周りを女の子がうろうろしてない?」
「そう言えば‥‥」
視線を巡らせてみると、確かにその視線を受けてばたばたと走り去ったり口元を押さえたりと不審な反応を示す女子生徒が何人もいた。
「俺は何もしてないぞ」
「うん、私たちクラス必修の授業以外はたいていいつも一緒にいるもんね。私もハルカが何かしたってわけじゃないと思う」
「しかし‥‥」
気がついてみるとわかる。視線のいくらかはティアに向けられ、かつ何かネガティブな感情を含んでいるように思えた。
遥はさりげなく、ティアをガードする位置へ体を移動させた。
「気づいてるか?」
「ええ、私を睨んでるみたい‥‥多分、害意はないと思うけど」
「そうだな。敵意‥‥とはちょっと違うような気もする」
小さめの声で話し合う遥とティア。そこに声がかけられた。
「遥先輩が女の子と歩いてるからよ」
「え、加代子?」
10冊以上はありそうな雑誌の束を抱えた加代子がそこにいた。
「帰ったら説明するから、ちょっと急ぎましょ。少しばかりややこしいことになってるのよ」
遥とティアの部屋に入った加代子は、テーブルの上に抱えていた雑誌を広げた。
「原因はこの本よ」
「これは?」
「月光洞で発行されてる本。ついこの前完結したばかりの『遥かなる空』ってシリーズがあるの。これが連載第1話」
加代子が開いてみせたページを斜め読みしていた遥の表情が、みるみる険しくなっていく。
「なんだこれ!大南帝国の皇子で、名前が遥?俺に何か恨みでもあるのかよ、この作者!」
「しかももう1人の主人公がSS残党の末裔で、空っていう名前なのよ」
「えっ!?」
遥が驚きの声を上げたのには二重の意味があった。まず、もう1人の主人公の名が空であること。そしてもう1つは、加代子が空の存在、しかもSSであることすら知っていることだった。
「ごめんなさい、悪いとは思ったけど調べさせてもらったわ。このキャラの設定があまりに遥先輩に似てるから」
「‥‥空がSSだってことを誰かに言ったりは?」
「してないわ。遥先輩にSSの幼馴染がいるなんて、誰にも言えることじゃないでしょ」
「そうか‥‥それならいい」
遥は息をつくと、雑誌をばさりと投げ出した。
しかし加代子は肩をすくめる。
「遥先輩、BLに理解ある?」
「は?」
唐突な加代子の問いに一瞬きょとんとする遥。しかし次の瞬間。
「まさか!この主人公2人が!?」
「そう。後半から匂わす程度、最終回で確定よ」
「うげ‥‥」
遥は思いきり顔をしかめた。彼の恋愛感情の対象はティアただ1人。空に対しては友情以外の感情を持っていないのだ。
「そうか、あいつらが隠してたのはこれだったのか」
艦戦隊のメンバーがばたばたと隠していた雑誌。考えてみると表紙のデザインが似ているような気がする。
「ってことはあの視線は、俺が一緒に歩いてたのが空じゃなくティアだったから?」
「そういうこと。あの子たちにとっては、遥先輩と一緒にいるのは男であるのが当然なのよ」
加代子はうなずいた。
「遥先輩たちが大南帝国の皇位継承権を取ったのって、夏だったでしょ?あれ、かなりの生徒が修学旅行に行ってて学園内のニュースがほとんどない時期だったから、残ってた生徒の中では結構騒ぎになったのよ」
「なるほどな」
遥はうなずいて椅子にもたれかかったが、ふと気づいて体を起こした。
「で、この作者。なんで俺と空のことを知ってるんだ?」
「それなんだけどね、どう調べても、接点が出てこないのよ。遥先輩のことだけなら皇位継承権のニュースで知ったとも考えられるけど、空さんについてはどこからも出てこないの」
「‥‥作者と会うことはできるか?」
遥の問いに加代子は少し首を傾げた。
「あたしが調査してた時に知り合った突報の子に聞いてみるけど、保証はできないわよ」
「構わん、頼む」
「わかったわ」
ちなみにこの後、遥はティアからBLについて質問攻めにされたのだが、それはまた別の話である。
「こんにちは!」
突撃報道班の部員だという長髪を後ろで縛った少年が現れたとき。
「あら、夢野くんじゃない!」
「あっ、北大路さん。加代子さんの知り合いって、北大路さんだったの?」
「え?知り合いだったのか?」
驚く遥にティアはうなずいた。
「同じクラスなの。夢野光一くん。突撃報道班と放送委員会と児童文学研に入ってるんだって」
「そうなのか」
それから遥は光一に向き直った。
「俺は航空部と海洋冒険部の天野遥だ。よろしくな」
「はるか?」
名前を聞いた光一が少し眉をひそめた。
「あー、突報だもんな。君も読んでたんだな」
遥には苦笑いしかできない。
「ってことはもしかして、作者に会いたいとかですか?」
「よくわかったな」
「突報の部長が言ってました。航空部と海洋冒険部の連名で、販売差止請求が来たって」
「えっ?」
この日遥は驚きっぱなしだったが、これが最大の驚きと言えるかもしれない。当事者?である自分をさておいて、そんな話になっていたとは。
「実はカオルくんも同じクラスなんですよ。連絡とってみますね」
光一はスマホを出すと、郁と通話を始めた。
「あ、もしもし?ぼく光一だけど。地上に戻ってたんだね」
しばらく話した後。
「ああ、それじゃ待っててくれる?‥‥うん、ありがとね。これから行くから。それじゃね」
電話を切ると、光一は遥に笑顔を見せた。
「ちょうど今日、地上に戻ってきたところだそうです。性愛研の部室にいるそうなんで、これから行きましょう」
「僕がカオル‥‥仙川郁ですけど」
性愛研でよく恋愛相談に使われている小部屋。
郁は少しおどおどした表情で遥を迎えた。空に拉致されてからまだ数時間も経っていないのだから当然のことと言えるだろう。
「君が書いた『遥かなる空』シリーズについて話を聞きたいんだが」
遥がそう言うと、郁はため息をついた。
「またかぁ‥‥あっ!」
空に口止めされていたことを思い出し、顔色を変える。しかしそれは遥も同様だった。
「また?またとはどういうことだ?」
「言えない!言わないって約束したんだ!」
郁は完全に怯えている。
「ふぅん‥‥誰かに脅されでもしたのか」
「言わない!僕は何も言わないよ!」
顔を隠してうずくまり、がくがくと震える郁。
「そうだな‥‥俺は遥という。そして、俺の幼馴染の名は空だ」
「えっ?」
郁は手を下ろして、うずくまったまま遥を見上げた。
「そうか、あいつが言ってたのは‥‥わかりました。話します」
そして郁は空との経緯をすべて遥に話した。みぞおちを殴られて失神していたことも含めて。
「それじゃ、本当にただの偶然なのか‥‥」
「そうなんですよ。空って人も、僕にできることはもうないって言ってました」
「空がそう言うなら、そうなんだろうな。しかし、本当に打つ手が見つからないとは‥‥」
「僕はただ初連載が嬉しくて一生懸命書いてただけなのに‥‥」
郁がしょんぼりと言ったそのとき。
小部屋のドアがノックされた。
最終更新:2022年10月19日 00:03