いもむしごーろごろ♪
■ぱふぇーむ:中村渠由佳、布知彩佳、玉城紗佳のトリオ。学内で大人気のテクノポップアイドル。こちらの人物図鑑に掲載されてます。
■夢野光一:今回は放送委員のお仕事として月光洞を訪れた。元雇用主の耕作にとある依頼をする。
イラストは
らぬきの立ち絵保管庫
から
「こんにちは、耕作さん!」
光一が土屋農園を訪れたのは、月光洞時間で5年ぶりになろうかというある日のことだった。
「よう、光一くん。元気そうだな」
「はいっ、おかげさまで」
いつも元気な光一だが、何か緊張しているように思える。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「えーとですね、実は放送委員会のほうで企画がありまして。で、耕作さんに協力していただけたらと思うんです」
「俺に何ができるんだ?」
耕作は首を傾げた。自分の取り柄は農業と土木工事。それもわざわざ月光洞まで来なくても地上に耕作レベルの部員がごろごろいるはずだ。
「耕作さん、ぱふぇーむ知ってますよね?」
「知らん」
しごくあっさりとした返答に、光一は一瞬ずっこけかける。
「学園で大人気のアイドルなんですよ。耕作さん、知らないんですか?」
「地上にいたときもテレビはほとんど見てなかったからな」
そんな暇があったら畑を耕す。事もなげに答える耕作だった。
「‥‥ま、まあ。ぱふぇーむっていう3人組のアイドルがいるんですよ。それで、彼女だちが農業に挑戦するって企画があるんです」
「ああ、つまりうちの農園でロケしたいってことなのか」
「そうなんです!」
光一は大きくうなずいた。
「場所を貸すのは構わんが」
「できれば耕作さんにも出てほしいんです。3人に農業の指導をする役どころで」
「うーん‥‥」
耕作は腕を組んで考え込んだ。正直あまり気は進まない。やりくりあたりに任せたいところだが、農園の代表が耕作ということになっている以上押しつけるわけにもいかないだろう。
「‥‥まあ、いいか」
しばし考えた後にうなずく耕作。
「やった!ありがとうございます!」
光一は嬉しそうににっこり笑った。
撮影当日。
土屋農園にロケ隊がやってきた。
スタッフを含めて総勢7名の小規模なものだったが、テレビには縁のない生活をしている耕作には何もかもが目新しく珍しかった。
「よろしくお願いしまーす!」
ピンクとクリーム色と水色のツナギを着た3人の少女が、耕作にぺこりと頭を下げた。
「あ、ああ、よろしく」
あまり女の子と接したことのない耕作はぎこちなく応じる。そこへカメラを担いだ光一がやってきた。
「それじゃ耕作さん、よろしくお願いしますね。今回使わせてもらえる畑ってどっちですか?」
「光一くんがいた頃からだいぶ広げたからな。案内しよう」
「あ、その前にカメラに向かって自己紹介お願いします。軽くでいいですから!」
「えっ?」
そんなことは聞いていない。面食らう耕作だったが、光一はお構いなしにカメラを向けてくる。
「光一くん‥‥しばらく見ないうちにスレたみたいだな」
「マスコミなんてこんなものですよ。それじゃお願いします」
「あ、ああ‥‥月光洞、土屋農園の土屋耕作だ。今回農業の指導役にあたることになった」
「はいっ、OKです!それじゃ次、ぱふぇーむさん行きますよ!」
「はーい!」
3人の少女は慣れた様子でカメラの前に並んだ。
「行きます‥‥はいっ!」
光一が叫ぶと、まずピンクのツナギを着た少女が顔の横で小さく手を振った。
「ゆかです!」
次にクリーム色のツナギ姿の少女が両腕を前に伸ばして両手をぱたぱたと降る。
「あやかです!」
そして最後に水色のツナギを着た少女が両手を上げて軽くジャンプした。
「さやかです!」
そして3人は顔を見合わせて1つうなずき、
「3人そろって、ぱふぇーむです!」
と声をそろえて叫んだ。
それからまた1人ずつ、
「今日は私たち、月光洞の土屋農園さんにお邪魔してます」
「農業に挑戦するんですよ~!」
「初めての体験なんで、わくわくしてます」
と台詞が1周したところでまた声をそろえて、
「それじゃ土屋さん!よろしくお願いしまーす!」
耕作はつくづく、プロだ‥‥と思った。
あらかじめトラクターで耕しておいた畑で、ぱふぇーむの3人は畝を作っている。
やや歪んではいるものの、おおむねまっすぐな畝を作っている3人に、耕作は密かに感心していた。
無言では番組にならないのでおしゃべりはしているものの、想像以上にきちんとやっている。そして何よりも、泥だらけになることを嫌がらない。はめている軍手はあっという間に土で真っ黒になっていたが、むしろ3人はそれを面白がっているようだった。
これはアイドルというものに対する認識を改めなければならないか。耕作はそんなことを思いながら3人を眺めていた。
と。
「きゃーっ、毛虫!」
「えっ、えっ、やだーっ!」
「来ないでーっ!」
鍬を放り出して逃げ惑う3人。
やれやれ、やっぱりアイドル‥‥と言うより女の子か。
耕作は小さく首を振りながら火ばさみを取ってくると、毛虫をひょいとつまんだ。そのまま畑の脇にある茂みにぽいっと投げ込む。
「あーっ、びっくりしたぁ」
「怖かったねぇ」
「土屋さん、ありがとうございます!」
3人が口々に言ったところで、
「はいっ、カット!」
と光一の声がかかる。
「それじゃ次、ちょっと休憩入れたら種播きのシーン行きますね!」
ロケバスに使われている木炭自動車の影で、何やらごそごそしている男がいる。
ADとしてロケ隊に同行してきた男子生徒なので、これからぱふぇーむが播く種の袋をいじっていること自体は不思議ではない。しかしその醸し出す雰囲気がどうにも怪しい。
「毛虫1匹であれだけ騒いでたんだ。これだけぶち込んでやれば‥‥」
種の入っている袋より二回りほど小さい袋から何やらつかみだして種の袋へ移し替えようとして、
「何をしてるんです!?」
光一に見とがめられた。
小さい袋をつかんだ手をぺしっとはたかれ、取り落としてしまう。と、その袋からは大量のカラフルな芋虫が転がり出てきた。
「何よこれ、こんなカラフルなのが本物なわけないじゃない」
「あ、ほんとだ。おもちゃとしても質が悪いわねぇ。やり直し!」
「芋虫程度で動じてちゃ、きょうびのアイドルはつとまんないわよ」
「え?」
「え?」
口々にダメを出す3人にきょとんとする男子生徒と、ついでに耕作。
「それじゃ、あの毛虫に騒いでたのは‥‥」
きょとんとしたままの耕作が口を開くが、
「もちろん演技です!」
「今までにも何度も嫌がらせされてますからね」
「もう慣れちゃいました。あはは」
3人はさばさばしたものだった。
「アイドルってのも、意外に熾烈なものなんですよ‥‥で、こういうことをやらかすのはたそペンですね?」
光一にじろりとにらまれ、男子生徒は少し後ずさった。
「そ、そうだよ」
「ふうん」
光一の口元がにぃっと歪んだ。ただし目は笑っていない。
「お仕置きが必要なようですね」
光一の応石“七”が発動する。空中に腕が4本現れ、たそペンエージェントの両手両足をがしっとつかんだ。さらに2本別の腕が現れてエージェントの両脇をくすぐり、もう1本現れた腕はお尻ぺんぺん。7本の腕が大活躍して消えたとき、哀れなエージェントは息も絶え絶えでその場に転がっていた。
「じゃ、撮影再開しましょう!」
そのとき。
3人が作っていた畝がうようよ~っと動き出した。
「な、何!?」
「あ、本物の芋虫だな」
落ち着いているのは耕作だけだった。
ぐにょにょ~~~!
畝そのものがぐにょぐにょと持ち上がり、上に乗っていた土を振るい落とす。
そこに現れたのは、体調1.5mはあろうかという巨大な芋虫だった。虹色に輝く体は、地上の芋虫とは比較にならないほどグロテスクである。
「‥‥」
「‥‥」
「‥‥はうっ」
「え?」
耕作が振り向くと、ぱふぇーむの3人は立ったまま気絶していた。
気絶した3人を光一とスタッフが車に運び込み、耕作が鍬を振るって芋虫を追い払う。
その間に光一はちゃっかりと、耕作と芋虫の戦いをカメラに収めていた。
それから耕作が台無しになった畝を作り直し終わったころに、3人は意識を取り戻した。
「ほんとにびっくりした‥‥」
「月光洞ってあんなのがいるのね」
「地上のならともかく、あれはダメだわ」
口々に言いながらも、カメラが回れば笑顔を忘れない。プロの鑑である。
そして時間が大幅にずれ込みつつも、撮影はなんとか成功に終わった。
「芋虫なんかより、人間のほうがずっと怖いな」
という感想を耕作に残しながら。
最終更新:2022年10月19日 00:01