『ジェーン・ドゥとジェーン2 秋の夜長の説教タイム 彼女の場合』
■ジェーンさん:白いゴスロリの魔法使い。
見た目は小学生。
女難の相あり。←多分自業自得。
今生名:瑠璃堂院月子
■セブンさん:【運命の方翼】の1人。
赤いライオンヘアでトゲトゲアクセサリーのパンクな女。
実は世界有数の大財閥の令嬢。
独占欲が強く、ジェーンさんを独り占めしたがる。
■那須さん:ジェーン大好き。女装男子→女。
中国拳法と東洋医術を修めている。
推しの幸せは...私の幸せ...
【運命の方翼】武力担当
■千穂ちゃん:お嬢様言葉を使う月子様大好き少女。
【運命の方翼】記憶担当、魔法使い(弱)、何気に高い行動力。
4人の中ではお母さん的存在。
■名前はまだない:通称ジェーン2
ジェーンさんの因子から組み上げられた、ナノマシンで構成された機械生命体。
生きたコンピューター。
設備なしでインターネットにつながることができる。
ジェーンさんが「魔術師」であるのに対して彼女は「超級ハッカー」…になるかもしれない。
■不老転生体:
殺さない限りは死なないが、死ねば数年から数十年の間を開けて人から生まれてくる。
同族により特殊な武器で首をはねられると消滅、転生できなくなる。
同族殺しを行ったものは力を得ていく。
ジェーンはこの戦いに否定的であるため魔法と口先で逃げ回っている。
※※※※※※
宇津帆島 弁天寮 ジェーンの部屋
4人の美少女と1人の美幼女がこもっている。
彼女たちはジェーンが台風を発生させた夜から毎日毎日話し込んできた。
何せ外は巨大台風『ジェーン』が猛威を振るっているのだから。
外に出ようにも危険が伴う。
もちろん学園生徒はそんな危険何するものぞとばかりに、エクストリームパラグライダーを楽しんだり、ウィングスーツで外出したり、大凧に乗って空中戦を楽しんでみたりと……自ら危険に飛び込んでいく者が後を絶たなかったが……。
通常台風の命名は140個ある名前から順に付けていき、141番目は1番目に戻るという方法になっている。
しかし、どこでどうなったのか宇津帆島にある学園気象台の発表によれば『ジェーン』となっていた。
後から分かったことだが、これには各委員会に顔の利くお茶目な双子の影があったとかなかったとか……。
ジェーンからすれば、自身の悪事に名札をつけられたかのようなバツの悪さがあった。
ジェーンの部屋にはTVやラジオがない。あるのは最低限の家具とゲーム用のモニターとコンピューター研からせしめたゲーム機くらいだ。
そんな部屋で、ジェーン2は一人でゲームをしている。
タイトルは『織田信長転生記 現代に転生して美少女Vチューバーで全国統一!」というタイトルからは内容が分からないゲームだった。
もちろんこのゲームはジェーンさんの持ち物ではない。
ジェーン2自身が生きたコンピューターであるため、自らをネットに繋ぎネットの海から自身で拾って来たのだ。
「あやつ、本当に儂の因子で組みあがっとるんじゃろうか?」
自分ではこのゲーム機を起動させることも怪しいジェーンさんは、説明もしていないのに勝手に起動さして、しかも知らないゲームまで取りよせて遊んでるジェーン2を見てそう疑問を抱いた。
「見た目は間違いなくセンセェですよ?」
「そこがまたややこしいんじゃ……毎朝、ドキッとして心臓に悪いんじゃよ」と言って胸を押さえる。
「目立って違うのは髪の長さと外見年齢くらいですしね……たしかに、ドキッとしてしまうわぁ」幸男がうっとりとジェーン2の後姿を眺めながらそう告白した。
「私が調べましたところ、コンピューター研のアプリが月子様のスマホのデータを読み取って作成したモノ、ということなのでスマホにも入っていない月子様のデータは引き継いでいないでしょうし、科学法則を逸脱するようないろんなものは再現できていないでしょう。でも、まぁ……見た目で言えば月子様の娘といっても過言ではないでしょう」と、千穂も似ていることには同意を示した。
「なんでだよ!クローンてことならわかるけどよ!娘っていうと話が違ってくるだろうが!」そっくりなことは認めるものの、その『娘』よびに反対するセブンさんはこの話題になるといつも機嫌が悪くなる。
「はいはい、アンタは少し落ち着きなさい」
「奈菜さんは落ち着きが足りないって言われませんか?」
「ぐ……お前ら……」
「あら、図星なのね」
「そのようですわね」
そんな話を肩越しに、ゲームをしながら聞いていたジェーン2は「姿かたちを変えることはできないが、目の色くらいなら変えれるぞ?」といいだした。
「おー!よかったじぇねぇか!なぁ!んじゃさっそく変えさせようぜ!」
「……センセェ?」
「あーそうじゃなぁ……別に変えてほしいわけじゃないんじゃ……そう生まれたなら、その姿でいいのじゃ……」
「月子様はピアスとかにも反対されますものね」
「そういえばセンセェは、ピアスの穴開けてほしいって患者断ってましたもんね」
「なんだよ?結局どうするんだよ?」
それぞれタイプの違う美少女たちが、ああでもないこうでもないと感情と理屈と膝を突き合わせてジェーン2の見た目のことを話し合っている。
しかしそれは【道具の色を塗り替える】といった話ではなく【この子にどんなオシャレをさせるか】といった雰囲気だった。
そんな話を背中で聞いていた彼女は「これは終わらないな」と判断して「我、もともと赤い瞳なんだ、だから赤でいいか?」とゲームをしながら嘘を交えて聞いてみた。
「え?そうなの?」という驚きの声が上がり、口々に「それならそれがいいんじゃないか?」と話はまとまった。
ここで一先ず休憩となった。
弁天寮を出たところすぐにある、お料理研のイチゴ専門の屋台『Strawberry march』で買ってきたスイーツをテーブルの上に並べてお茶の時間である。
イチゴタルトを中心に、イチゴのムース、イチゴ大福、それぞれが好きなものを持ち寄って実に女の子らしいお茶会であった。
5人中4人がハーレムを形成している点を除いては。
ここでもひと悶着あるのだが、それは別の機会にでも。
※※※※
「さて皆様、そろそろ本日の議題を本気で進めませんこと?」
甘味とお茶を楽しんでいるところへ、現実を突きつる千穂。
「そうじゃな……儂としてもはよう名前を付けてあげたいと思っておるんじゃ」
「そうですね、でないといつまでも小センセェとかじゃおさまりが悪いですし」
「もう散々適当に呼んできたから今更感があるけどな」
「それでもですわ。私たちがこの子に送って差し上げることのできる唯一無二のものですから」
「そうじゃのぉ……名は……もしやすると数千年先まで残るかもしれぬしの」
セブンがジェーンを抱き寄せる。千穂がジェーンを背中から抱きしめる。幸男がどうしようかと周りをまわって結局、ジェーンの頬にキスをした。
「なんじゃ!なんじゃ!」
「さみしそうに仰るから」
「俺たちはずっと一緒ってことはできないが、探してくれるんだろう?」
「私なら逆に探し出して見せますけどね」
「それなら俺だって!」
「カカカカ」「うふふふ」ジェーンと千穂だけがそのやり取りとみて笑っている。その笑みは寂しさをぬぐえないでいた。
「ジェーンのクローンならここはやっぱりドリーだろ!」
始まるや否やセブンが自分の考えを披露していく。
「クローンといえばドリー!ドリーといえばクローン!これは踏襲!もはや伝統!」
「最低ですわ」「アンタさぁ……」「セブンよ、本気か?」
「……ちょっとふざけただけじゃねぇか……そんなに怒らなくても……」セブンさん涙目。
「まぁでも、意見の1つとしては記しておきますわね」千穂がノートに流麗な字で記していく。
「では次、ユキさんどうぞ」
そうかしこまって指名されたものだから、思わず立ち上がり発表する幸男。
「えーっと、えへへ 緊張するね……ん……センセェのちっちゃい版ということで今まで『小センセェ』と呼んできましたが、それを踏まえたうえで考えました。『小ジェーン』・『しょうじぇーん』・『しょうじ・ぇーん』・『庄司・えん』・『庄司縁』 縁は『ゆかり』って読む感じで『庄司縁でどうでしょうか!」
「なるほど、ありそうな名前じゃなぁ悪くない」「なんだよ普通じゃねぇか」「しかし、月子様とのつながりが全くありませんね」
1つ目の案よりは好印象だったようで、幸男はほっとして座る。
「では次は私の番ですわね……」やはり立ち上がって発表する千穂。「皆様忘れておいでのようですが、月子様は『瑠璃堂院月子』というのが、今生でのお名前なのですよ?その関係者となればやはり瑠璃堂院を名乗るのが自然なこと。であれば、苗字は『瑠璃堂院』で決まりでしょう!そして名前ですが……これには私も悩みました。月子様の名前の美さ、気高さそして神秘性を損なうことなく、それでいて関係性を損なわない名前はないものかと……そこで月子様が好きだと言っていた田んぼの風景を思い描きながらこの名前を思いつきました。稲穂の『穂』とお月様の『月』で『穂月』というのはどうでしょうか!」
「ほづき……ほづき……うん、良い名前じゃないか!」とセブンは笑顔で評価しユキも、何か引っかかるといった風ではあるが「いい名前だわ」と評価した。
「実りの象徴である『穂』と……いろいろある『月』か、良いんじゃないか?」
「色々ってなんだよ?」
「うむ、月は『成長』『癒し』『優しさ』『美しさ』などがよく言われるところじゃろうな、それ以外にも『魔術』『夜』といったものもあるの、じゃが人名に使うのじゃから前者じゃろうな」
「はい!『月』は月子様をイメージしましたので良いイメージしかありません!」
「……あ、わかったわ。何か違和感があると思ったら、『穂』って千穂の『穂』じゃない!なにさらっと自分の名前入れて二人の子供みたいな感じ出そうとしてんのよ!」
「なんだと!?千穂!てめぇ!涼しい顔しやがってやってることが狡賢いだろ!」
「あら、文字や意味はいいものですし、皆様も賛同くださったでしょう?」まるで悪役令嬢のように構えて千穂は言う。
「まぁこれも1つのつの案じゃな」
千穂が一回り大きく『穂月』とノートに記しているのを見たセブンと幸男は此処でも不満を口にしていたが、時間がいくらあっても足りないので次はしないように注意してこの場は終了。
「さて、儂の番か……正直、穂月もよいと思うが、瑠璃堂院にこだわるなら『穂子』はどうじゃろうか?まぁ千穂の『穂』じゃが『穂』自体がいい意味じゃしよいと思うからの」
と、4人の案が出そろったわけだが、千穂がじっとセブンの顔を見ながら「本当にあの案でいいんですの?」と確認を取った。
するとさすがに「あー……変えていい?」と言いだした。
そこから暫く、あーでもないこーでもないとうなっていたが「ジェニー・ドゥってどうだ?」と。
「ジェニー?」「なんでジェニー?」「そもそも、月子様のジェーン・ドゥはいわば芸名みたいなものでしてよ?」
「えーっとな……『ジェーン2』って『ジェーンに』だろ?だからさ……」
「だから『ジェーンニ』をくっつけて『ジェニー』って?」
「まぁ、よろしいと思いますわよ?けれど、本名とするのは違うと思いますわ。理由はさっきも言いましたけれども、そもそも『芸名』みたいなもんですのにそれを名乗るっていうのは」
「芸名ならさ、こいつを弟子にしてるっていえるじゃねぇか?」
「まてまて。そもそも芸名じゃないんじゃが」
こうして、漸く4人の案が出そろったのだった。
ひたすらゲームをプレイしていた渦中の人物は、4人の話し合いをずっと背中で聞いたいたわけだが……(三人寄れば文殊の知恵などというけど、女三人寄れば姦しいという方があってるな)と話の内容などには興味なさげであった。
※※※※
「さぁ今夜は水炊き鍋ですよ」千穂がそう言って40cmはあろうかという鍋をキッチンから持ってきたのだった。
テーブルの上にカセットコンロを置いて、具材とだしを入れていく。
「千穂ちゃんや、いくらなんでも大きすぎないか?」
「大は小を兼ねるといいますし、大丈夫ですよ。ちゃんと計って作りますし」
「そーだぞジェーン、大は小を兼ねるってな?あははは」そういいながら、セブンは胸の下で腕を組んで己の胸部を主張する。
「カカカカ!魔法で小さくしてやろうか!」
「そうよアンタが大きいのは自慢してもいいけど、形なら私の方がセンセェ好みなんだからね!」
「わ!私だって張りや艶なら負けてませんわ!」
「あはははは!羨望の声が心地良いなぁ!」
「儂だって成体になれば負けてないもんね!」
「そうなの?」「……月子様……見栄を張るのはよくありませんわ」「あははははは!」
「お主ら……覚えておれよ!お主らが垂れてきたときには笑ってやるからな!」
「「「……」」」
「なんじゃ……その目は……だって最初にセブンが……千穂ちゃんだって……」
「月子様?」「……ごめんなさい」
「さぁ……えーっと……ご飯できましたわよ。ゲームを中断してこっちへおいでなさいませ」
(『母』とはこういったものだろうか?なら、我は『母』の案を支持すべきだろうか?)
ゲームをプレイしながら彼女は彼女なりに4人の女たちを観察していた。
彼女はナノマシンの集合体という生きたコンピューターである。
それ故に人間の域を超えたマルチタスクを可能とし、外見的にはゲームを遊んでいる風を装いながらも、この場にいる4人の女を同時に観察しているのだ。
さらにはインターネットから彼女たちに関する情報を検索しその情報を加味しながら、彼女たちの会話の一字一句までをも、ネットから手に入る書籍や論文を通じて理解を深めていった。
(『母』が千穂だとすると、『父』は……男親だ、とすれば言葉遣いなども含めてセブンだろうか?しかし、このコミュニティの中心人物といえばジェーンという我が主、『父』といえば大黒柱であり家の中心人物……ならば主が『父』か。では、ユキは姉であろうか……)
そんなことを考えながら、鍋を囲む。
この時、彼女の胸にはほんのりと温かい何かが生まれ、4人の女に関する考察は中断されることになったのだった。
(わからない……この複雑に絡み合った味もそうだが……なぜか……この4人を見ていると胸に温かいものが在る……わからない)
「鍋といえばこれじゃろう!」と、ジェーンが出してきたのは一升瓶であった。
一部反対の声も上がったものの気が付けば【おいしいお水】という話に乗せられて4人で一升を飲み切っていた。
そんわけでその日はもう話し合いになどならず、4人とも風呂にも入らないまま雑魚寝と相成ったのでした。
「やれやれ……理解できない……なぜこいつ等は自身のスペックを落とすような真似をあえてするのか……飲んでみればわかるのか?」
誰かの飲みかけの盃に手を伸ばす。
匂いを嗅いでみる。カラメルのような香りが鼻腔をくすぐる。
盃に唇をつけ……しかし、飲むのはやめた。
だらしなく寝転がる4人を見て「やはりスペックは大事」と盃を置き、風呂に入り寝る準備をして、一人だけベットで眠りについた。
「おやすみ、低スペック達」
結局、名前は決まらないまま翌日の朝を迎えることになるのであった。
※※※※
朝、すでにジェーンは朝の礼拝と朝食の準備を終えており、セブン、ユキは風呂上りでくつろいでいた。
そこへ千穂が風呂から上がってきて「あなたもお風呂に入っておいでなさい。さっぱりするわよ」といってほほ笑んだ。
言われるがまま入浴するジェーン2。
お風呂につかりながら「そういえば、名前でつまらなかったな……決まったんだろうか?」
お風呂から出てみると、みな昨夜の低スペックぶりはどこへやら、凛と引き締まった表情で見慣れない服装をしている。
目に映る映像を検索し瞬時にその答えがヒットする。
ジェーンを除いた3人は蓬莱学園の礼服を着ていた。肩や襟元や袖口についた飾りから学年やクラス、委員での階級を、胸についた記章からどこの委員会かを判別できた。
セブンは査問委員会で委員長。ユキは保健委員会で一等医師。千穂は外務委員会で一等審議官となっていた。
本土風に言えば、セブンは裁判官で、ユキは医者で、千穂は外交官である。
皆、エリート中のエリートである。
昨夜のことを知ってるものからすれば到底信じられなかったが、彼女たちが付けている記章などが不正入手したものでなければ間違いなくエリートであった。
そして、一人だけ違う恰好をしているのがジェーンである。
3人が礼服を着ていることから、彼女のそれもきっと礼服に相当するものだろうことが予測できた。
しかし、検索しても答えは出てこなかった。
「主、その恰好は?」
「うん?ああ、これは儂が仕える神の司祭長の衣装じゃ」
「主が仕える神……イシュタルか?」
「そうじゃが……儂の顔でイシュタル様を呼び捨てにしてほしくないのぉ」
「ふむ わかった」
ジェーンの魔法で髪が乾かされるのと同時にスキンケアまでされる。
柔らかく、暖かで、やさしさに包まれている感じがしたが、乾かすだけならもっと早くできるだろうになぜこんなに時間をかけるのかジェーン2には分からなかった。
そして、仕上げに耐水の魔法が上書きされる。
これは、現在ジェーン2の構造上水に弱いという特性があるためだが、現在、コンピュータ―研を中心に研究が進められていることから、いずれ必ず解消されるだろう。
彼女には白い民族衣装のようなものが用意されていた。
それはジェーンのお古ではあるが仕立てられた当時のままの状態をたもっていた。
(これも検索に引っかからない……もっと知りたい……『知りたい』?これは我の中の好奇心か?……わからない……)
3人の女がテーブルについて静かに見守る中、ジェーンが手ずからその服を着させてくれていた。
その顔は慈しみに満ち、眼差しは柔和であった。
「ほれ、ここに手を通すのじゃ、うむ……ほれ、背を向けよ……脱ぐときは此処のひもを引けば簡単じゃからの」
(主は『父』かと思っていたが、これではまるで『母』のようだ……なんだ……胸が……苦しい……)
「どうした?きつかったか?」
「……いや、大丈夫だ」
「そうか。何かあればすぐに言うんじゃぞ?」
「わかった」
着付け終わると、礼服を着た3人の女たちは口々に彼女を褒め称えた。
ジェーンが用意してあった紅を己の薬指で掬い、ジェーン2の唇へ紅を引く。
「わぁ……綺麗!」
「そうだな、まるで禿かお稚児さんのようだ」
「これが着物なら七五三さんっぽかったかもしれませんわ」
「……我は褒められているのか?」
「カカカカ!もちろんじゃ!皆、お主の事を褒めておるんじゃ」
「そうか」
開け放たれた窓から吹き込む風が、熱の残る肌に心地良い。
揺れるカーテンが時折、南国の青い空を映し白い雲が目にまぶしい。
嗅いだことのない香りが漂い、ジェーン2の検索にヒットしないものがまた増えた。
逆光のとなってジェーン達の表情がはっきりと見えないでいる。
しかし、なんとなく微笑んでいるように見える。
ジェーン2から見て、左から順に、ユキ、ジェーン、千穂、セブンと並んでいる。
セブンの表情から、その位置に納得していないことが予想できた。
ジェーン2は自身が笑っていることに気が付く。
そんな事ですねるセブンに対してではなく、ほほえましい光景だと感じたからだ。
しかし、なぜそう感じたのかはわからなかったが。
「さて、お主の名前を決めたいと思う、よいか?」
「うむ」
「皆もいいじゃろうか?」
口々に同意を述べていく。
「最後の最後まで悩んだんじゃが……」ジェーンはジェーン2を見る。
そこには昔の自分が立っているようだった。
その姿を見て、自身の親を思う。
もう、会うことのできない父と母。もう二度と感じることのできない温もり、もう二度と聞くことのできないその声を思い出しジェーンは知らず頬を濡らし、千穂に拭われて初めて気が付いた。
「お主の名は『穂子』じゃ……どうじゃ?」
声の感じから、緊張していることが読みとれる。(どのみち我には拒否する権利などないというのに)
「いやなら、もう一度考えるんじゃが……」
(なぜ我の意見など聞こうとするのか?)
「ちなみに、ジェーンと同じように通り名っていうかよ、言ってた芸名みたいなやつな?あれは『ジェニー・ドゥ』がいいだろうってことになってるんだが、どうだろ?」
(あのセブンまでも緊張しているようだ……なぜだろう)
「私の意見はどこにも入ってないんだけどね!」
(なんだろう、怒っている風だけど、怒ってない?)
「どうじゃろうか?お主さえよければ、儂らは『穂子』と呼んで家族としたいんじゃが……」
(家族?機械生命体の我を?胸が苦しい……なぜ?)
「どうした!?やはり締め付けが苦しかったか!?」ジェーンが慌てて寄り添い、3人も同じように周りへ集まってくる。
それぞれがそれぞれの言葉で、彼女を心配している。
(わからない……どうしてこんなにも『家族』という言葉に胸が締め付けられるのか?)
「大丈夫、問題ない。すこし処理が追い付かなかっただけだ」
「本当に大丈夫か?儂らではお主の体のことを見てやれぬから、隠し事はする出ないぞ?」
「わかった」
「センセェ、少し休憩しませんか?この子もなれない状況でつかれているのかもしれませんし」
「慣れてないのは俺たちもだけどな!」
「アンタは査問委員会で似たようなことやってるじゃないの」
「あれとこれとは違うだろうが!」
「奈菜さん落ち着いて、さぁ休憩しましょう、ベランダでお茶でもどうですか?」
千穂の提案でベランダにビニールシートを引いてそこにティーセットを用意した。
格子の向こうに青空と海が見える。
微かに潮の香りがして、ここが宇津帆島という小さな島であることを思い出させる。
遠くに霧笛の音が聞こえる。
秋の風が彼女たちの髪を弄ぶ。
「『穂子』がいい」
ふと口をついて出た言葉に自身で驚きながらも、言葉を続ける。
「『穂子』がいい。主が……父が付けてくれた、母の字を使った名がいい」
ジェーンが飛びついてくる。
目にいっぱいの涙を浮かべて。
千穂もユキもセブンも飛びついてくる。
穂子はそれに押し倒されてしまう。
けれど、不快ではなかった。むしろ嬉しいと感じた。(嬉しい?なぜ?家族だから?父と母と姉と?これが家族?……家族……そうか、これが家族)
「あ!穂子!何で泣いてるの?大丈夫?どこか痛かった!?セブン!アンタが重いのよ!」
「はぁ!?ふざけんな!お前の体が硬かったんだろうが!筋肉女!」
「は!?はぁ!?だ!だれが!筋肉女ですって!」
「お前のことだよ!」
「おやめなさい!なんですか!穂子が泣いているというのに!お姉さんらしく振舞えないんですか!」
「「だって!こいつが!」」
「ふふふ ふふふふ」
「穂子……お主、笑えるのか?」
「ふふふ おかしなことを言う、主が笑えるなら我も笑えるとも」
「父と、さっきは父といったじゃろ?もう一回、いうてみよ?」
「知らん、主は主だ」
「私のことは母ですよね?」
「千穂は千穂だ」
「じゃー私が母ということで!」
「ユキはどうやってもお姉さん」
「じゃ―俺が母だな!」
「セブンは……おばあちゃん?」
「はぁぁああ!?」
ジェーンもユキも千穂も笑っている。それが嬉しい。
「俺のどこがおばあちゃんだよ!」
「主より偉そう、主が……なら、それよりも偉そうなのは、お爺ちゃんかお祖母ちゃん。セブンは女だからお祖母ちゃん」
「こ……こいつ!」思わず怒りの肩パンを、ジェーンに叩き込む。
「痛った!なんじゃ!お主!大切にしてくれるんじゃなかったのか!」
「うるせぇ!お前のそっくりなガキに婆ぁ呼ばわりされたんだ!責任取りやがれ!!」
「理不尽!理不尽じゃ!」
今度はユキと千穂と穂子が笑う。
それは、穂子の胸に不思議な温かさを齎して、涙は止まることなく、笑い声とともに溢れていた。
※※※※※※
エピローグ
「センセェ?私の体って固いですか?ちょっと触ってみてください」
先日セブンに筋肉女と言われたことを気にしている幸男であった。
「ふむふむ、柔らかくていいと思うぞ?」
「ですよねぇ!……センセェ?」
「なんじゃ?」
「久しぶりの二人っきりですよ?」
「……それは、嬉しいお知らせじゃな」
「でしょう?おあつらえ向きなことに、ベッドまであるんですよ?」
確かに、この部屋には白く清潔なベッドがあった。
「なんと……ベッドどころか、簡易シャワーまであるではないか!」
扉の向こうには体を清潔に保つための洗浄室があった。
「でしょう?ふふふ……ねぇセンセェ……どうですか?」
「うむうむ……と言いたいところじゃが、ここ診療所なんじゃ」
たしかに消毒液の匂いがするいつもの職場だった。
「あらまぁ!久しぶりの出勤で忘れていました!」
「カカカカ! 今頃、セブンも千穂も同じようなことを言っておるんじゃろうなぁ」
「あの子たちは、ボケても突っ込みがいるんですかねぇ?」
「カカカ!わしがその場にいれば突っ込んでやるのにのぉ カカカカ」
「うふふふ、センセェは突っ込みも両方いけますもんね」
「関西育ちじゃからの、二刀流じゃ」
「センセェはホント、突っ込みが上手ですから」
「ユキ」
「センセェ」
・
・
・
「とかやってんでしょう?どうせ我はお留守番だよ!我も部屋の外へ出たい!学校行きたい!」
ジェーンの部屋で、1人留守番の穂子がそう言ってベットの上でジタバタしていると、玄関の開く音がした。
「まだ、午前中で帰ってくる時間じゃないが……だれだ!?」
それはセブンと千穂であった。
穂子の姿を確認するや「出かけるぞ、ついてこい」
「ちょっと奈菜さん、ちゃんと説明とかしてあげませんと、とその前に、これに着替えてくださいな」
「……これは……」
それは、モスグリーンのジャケットに同じくチェック柄のスカート。リボンタイと白いワイシャツ。
蓬莱学園の制服だった。
「あなたの学籍を登録しに行きますわ、さぁ、着替えたら早速行きましょう」
「登録したら、学生証が手に入るから、まぁ身分証明書みたいなもんだな、お前も外を自由に行動できるようになるぞ」
「セブン、千穂……ありがとう」
「なぁに、家族の事だ気にするな」照れくさそうに背中を向けるセブンを微笑みながら、千穂は着替えを手伝う。
「月子様とユキさんも来れればよかったんですけど、お二人はお医者様ですから、そうそうおやすみというわけにもいきませんし、今日は私たちだけで我慢してくださいね?」
「あの二人なら……いや、何でもない」
「……おい?なんだ?」
「いや、本当に何でもない」
「穂子さん?正直におっしゃい?」
「本当になんでもない」
「……ちょっと、診療所寄っていくか」
「そうですわね」
「休憩するにはちょうどいいベッドもあるしな」
「急ぎましょう!」
彼女たちが保健室に突撃して後、そっくりな二人はお互いに言い争うのでした。
「儂の顔そっくりなくせしてこの悪魔め!」
「主に似せて作られたんだ!我が悪魔なら主も悪魔だ!」
※※※※※※
ジェーン・ドゥとジェーン2 秋の夜長の説教タイム 彼女の場合 今度こそ おわり
最終更新:2022年10月19日 18:24