『蓬莱学園の憧れ 弐 』
■伊中さん:都会にあこがれて東京にある蓬莱学園へ入学。田舎で日常的に利用していたため馬術が得意。志望校に入学するため地元の高校をわざと落ちるなど行動力が高く、そこから出る言葉が人を元気づけたりする。
馬術部、応援団、古武道部に所属。
■マルセルさん:フランス人。アニメオタク。日本語はアニメで覚えた。
侍になるために蓬莱学園に入学。
強い信仰心を持ちそれがもとでトラブルになることもある。
アニメ研究会、古武道部、異端審問同好会に所属
「ねぇ?すみこ」
私の親友でフランス人のマルセル・アヴリルが言葉少なに強張った顔で指をさした。
私はその指のさす方向を見て同じく顔が強張るのを自覚した。
ここは、私たちの教室を出てすぐの廊下にある路面電車の駅だ。
因みに駅名は『1年校舎12番』略して『1-12』。
私も最初見た時には最高に頭おかしいこの風景に笑いが止まらなかったものだ。
確かに生徒数10万人を超えるマンモス高校、生徒を運搬するには路面電車は有効な手段だろう。
けれども、それを廊下で走らせるとは!
うちの田舎じゃありえない!……いや、世界中探してもきっとここだけだわ!
そう、そしてその駅で脱ぎそろえられた靴。
先日マルセルと一緒に見たドラマのワンシーンのようなその靴は、その持ち主が人生を終了させた証のように思えた。
だって、その靴のすぐ前には路面電車の線路が走っているのだもの。
「通報した方がいいよね?」
「そうかな……そうかも……でも……」
なんて話をしていると路面電車特有のベルを鳴らしながら車両が入ってきた。
ピークは過ぎたとはいえ通常この時間だと乗り込む生徒はそれなりにいるのだけれど、ここで降りる生徒はほぼゼロのはず。
ところが、駅に着くなり一人の生徒が飛び出してきてその靴を回収。
呆気に取られている私たちの視線に気が付いて彼は説明に迫られたのか、聞いてもいないことを話し出したの。
まぁもちろん何がどうなっているのか聞きたかったけれども。
「いやぁ実は、乗った路面電車が土足厳禁だったんだよね、だから靴を脱いだんだけど持って入るのを忘れてね……このざまさ」と汚れた靴下をおどけた格好で二人に見せてくれた。
「あ~……なるほどね」
「てっきり、最悪な事態を連想して怖い思いをしたわ」
「さてさて、僕としてはこの靴でお二人を怖がらせてっしまったみたいで……お詫びといっては何だけど、この後「Fairy Square」でスイーツでもどうかな?」
「Fairy Square」といえばハウスキーパー同好会、通称『メイド部』が運営する喫茶&軽食のお店で『妖精』がテーマになっている。
噂によれば妖精の目撃情報もあるとかないとか。
一度は行ってみたいと思っているけどこの後はずせない用事があるし……チラリとマルセルを見てみると、あからさまに嫌そうだった。
『また今度』という事も無いという顔だったわ。
私も同じ気持ちだけどね。
「あー 私達これから用事があって……だから気持ちだけでいいわ」
この後もしつこく誘われたけど断って、本来の目的である巡回班屯所を目指す事にしたの。
だって無理して作ったキャラ感があって……一言で言えば安っぽさが過ぎたから。
※※※※
路面電車を乗り継いで校内巡回班屯所まできたわけだけど、付き添いなのに私まで緊張してきた。
なんの付き添いかって?
巡回班入隊試験のよ、マルセルのね。
彼女は日本のアニメや漫画の影響を受けて侍になる為に単身来日、この蓬莱学園に入学。
しかし、彼女が思う侍になるには彼女自身の戦闘力が低過ぎたわ。
巡回班は治安組織なの。
1番近いのは新撰組ね。
つまり腕っぷしが求められるのだけど、喧嘩すらした事ない彼女はその入隊試験で案の定【不合格】。
試験を担当した先輩からは『かつてこれ程運動できない希望者はいなかった』と言われるしまつ。
けれど彼女の立派なところは諦めずに鍛え続け、毎月の入隊試験に挑み続けている点だと私は思う。
そんな彼女はいまや巡回班内では有名人だ。
・
・
・
「今回もダメだったね」
「……」
「でもほら『根性だけなら現役の隊員以上だ』って褒めてくれてたし」
「……」
「……」
彼女は立派だと思う。
試験を終えて会場となっている屯所を出た私たちは毎度のごとく、とぼとぼと歩いて女子寮を目指している。
「……純子」
「ん~?」
「ごめんね」
「なにが?」
「いつまでも付き合わせちゃって」
セミが鳴いている。
こうやって蝉の声を聴くのは2度目。
肩を落として隣を歩くマルセルを見て、去年の彼女を思い出す。
あの頃の彼女は『文学少女』然としていた。
けれど今となりを歩くのは『スポーツ少女』。
巡回班は荒事に対する備えとして剣術を中心とした腕っぷしを求めている。
私にはまだよくわからないけど、彼らの求める水準には達していないらしい。
「気にしないで、落ち込んでるマルセルを見るのも楽しいモノよ」
「……いじわるね」
恨めしそうに言う彼女。
「でも……だって……次こそは合格のお祝いをするのだもの。盛り上がるところでしょう?」
「いじわるね」
同じセリフを口にした彼女のそれは、先ほどとは打って変わって楽しそうだったわ。
私は知っている。
【諦めないことは成功することよりも難しい】
「スミコ」
「ん〜?」
「ありがとうございます Les meilleurs amis」
「n'en parlez pas だよ」
南国の陽射しが私たちの明日を祝福しているかのようだった。
※※※※
「ねぇスミコ?なんでこの悪魔がここにいるんですか?」
なかなか合格できないマルセルの為に、私達が所属する『古武道部』の先輩に更なる指導をお願いしたところ、紹介されたのがこの人だったのだ。
曰く「小さい人の戦い方をよく知ってる」との事。
たしかにこの人は小学生みたいに背が低いからなぁ……でも、相性がなぁ……というか、マルセルが一方的に嫌ってるっていうか……。
「おお?なんじゃ?教えを乞う側の態度かそれが、ん?」
「悪魔に教わることなどなにもありません!行きましょうスミコ!」
これだもんなぁ……忙しい中来てもらってるんだからせめて教えてもらってる間だけでも、礼儀正しくできないものかなぁ。
「すいません先輩!マルセルも謝って!」
「お断りです!」
そして彼女は中指を立てながらその相手に言い放ったのだった。
「この神への反逆者!スケコマシ!ヤブ医者!淫蕩魔女!」
「ようしぶっ飛ばす!」
ああ……道場での待ち合わせで本当によかった!
外で待ち合わせなんてしたら2人の剣幕に、風紀や銃士隊が駆けつけてくるところだったわ。
そしてケンカのような稽古が始まったのだけれど、白い道着に紺色の袴姿の2人を見てずいぶん奇妙に感じるわ。
だって、マルセルは金髪碧眼で白人さん、先輩は小学生のような身長の低さもさることながら銀髪金眼で黒い布を眼帯として右目を隠しているし……まるで漫画かアニメのキャラが飛び出してきたみたい。
それがリアルに目の前で対峙してるのだから、奇妙に感じても当然でしょう?
「カカカカ!大きい口を叩くクセに、足運びがなっとらんなぁ!なんじゃ?びびっておるのか?ん?」
先輩がマルセルの袖を掴んで振り回したり、ひらりくるりと躱す姿を見て、マルセルが巡回班の入隊試験でも同じように動けたらなぁなんて思ってしまう。
「伊仲!お主もよーくみておれよ!」
「はっはい!」
突然名前を呼ばれてびっくりしたけど、そう言えば見取り稽古の最中だったのよね。
「お主ら2人とも半人前なんじゃから2人で一緒に高め合っていくんじゃぞ!」
マルセルが何度目かの宙を舞った時、先輩は対戦相手――対戦相手というよりは稽古をつけている相手――ではなく私にそう言ったのよ。
私としては納得以外に何者でも無かったんだけど、今まさに掴みかかってるマルセルとしては自身が無視されたようにでも感じたようで、さらに勢いを増して攻めかかっていた。
「Espèce de diable ! Disparaissez docilement !」
「Plus calmement ! Vision élargie ! Regarder sans regarder !」
……ものすごく熱心に稽古を付けてくれている……と思う。
早口すぎて聞き取れないから、罵ってるのか指導してるのか、正直わからないけどね。
こんな風に稽古を月に数回つけてもらうことになっているんだけど、先輩が言うには道場稽古だけでは足りないとかで、こんど特別に部活外でも稽古を付けてもらえるっていう提案をいただいて、私がマルセルを説得する形でお願いすることになったのよ。
でも、まさか……あんなことになろうとは……思いもしなかったのよ。
※※※※
窓から差し込む月明かりに照らされて、廊下を全速力で走る私達とその横を涼しい顔で飛行する先輩。
ここは夜の旧校舎群にあって特別古い木造校舎。
少し遅れ気味のマルセルを励ましながら、迫る怪異に目をやる。
それは【忘れ去られた上履きの霊】だった。
正しくはその霊に取りつかれた生徒、生徒、生徒!
どこから湧いて出たのか上履きの怪異に取りつかれた生徒(?)たちが、仲間を増やすためだろうか、その両手に上履きを持って私たちを追いかけてきてるの!
まさかこの校舎が上履きに履き替えなきゃいけないなんて知らなかった私たちは、土足のまま上がり込んでしまったのだけど、土足で上がった瞬間下駄箱から彼らがにゅるりと溢れ出して、私たちを追いかけまわしてるってわけ。
そして彼らは今もいろんな隙間から湧いて出てくる……その数はどんどん増え続けてるってわけよ。
結構……ピンチなのよね!
「先輩!何とかしてくださいよ!巫女さんなんですよね!」
汗を拭く間もないほどに全速力の私たちの横を仰向けに寝ころびながら飛行する彼女に思わず声を荒げてしまう。
相手は尊敬する先輩だけど、でもしょうがないよね!こんな状況だもの!
「巫女さんならあんなの『ぱー!』ってやっちゃってくださいよ!」
「いやぁどうじゃろうか?儂、悪魔らしいからのぉ」
「悪い顔しちぇる!もう!だめ!……限界……だぁ!」
体力の限界だった。
お腹も痛いし、息も苦しい、足が重いし、もう動けなかった。
体力を少しでも温存するために一言もしゃべらなかったマルセルも、ここにきてついに限界の様子でその場にへたり込んでしまったわ。
「マルセル 立って! すぐに あれが 来ちゃうから」
息も絶え絶えにそういう私を見あげて「……」限界過ぎて言葉が出なかったみたい。
「ふむ、ではそろそろ妖怪退治といこうではないか!」
先輩がそう宣言したのを聞いて一安心した私は、マルセルの肩を抱いて「もう安心よ」と声をかけたわ。
まさかこんなことを言われるなんて思っていなかったから。
「よし!伊中!マルセル!やってしまえ!」
「は?え?……先輩?」
「なんじゃ?忘れたのか?お主らの修行のためにここへ来たんじゃろうが」
あーわかっちゃった……なんかアレだわ、まずは余分な力が入らない様に疲れさせるってあれね……でも、もう限界なんだけど……
なかなか動こうとしない私たちを見て不思議そうに「どうした?」と小首をかしげてる……そりゃぁ、空を飛んでる先輩にはわかんないでしょうね!
「走りすぎで……」でもその先は声にできなかった。
だって、廊下の向こうにまるでゾンビのようなアレが姿を現したの。
「ほれ」
そういってどこから取り出したのかペットボトルを2本、私たちに投げてよこしたわ。
私もマルセルも貪るようにそれを飲んだのだけど、それはまるでスポーツドリンクのようなエナジードリンクのような味がした……気がする。
喉が渇きすぎて味なんて気にする余裕がなかったのだから仕方ないわ。
「愛と美、豊穣と王権、戦の女神である我が母よ、戦へ赴く兵に祝福を与え給へ。鷹の眼、獅子の心臓、猟豹の脚、我らの身に宿し給へ。我らに仇なす者を討つ力を我らに授けた給へ」
見た目はまるで小学生のような先輩が、頼もしく見える瞬間だ。
先ほどまで緩み切った……なんならだらしないまであった格好で浮遊していた先輩は、いまは廊下に跪き祈りをささげていた。
其の姿は確かに神に仕える巫女そのものだった。
先輩が祝詞を唱え終わったとき、私とマルセルの体には先ほどまでの疲労は消えてなくなり……。
「スミコ……私……やれる気がします!」
「……ええ……そうね!私達なら!」
※※※※
その後、押し寄せる上履きの怪異を相手に朝まで実践を繰り返したわ。
そして私たちは半壊した校舎を眺めながら校庭で大の字で倒れたのよ。
「う~ん……上履きの霊じゃとばかり思っておったが、どうやら旧校舎の霊だったようじゃな」
私たちを此処へ連れてきた先輩は、私たちを介抱しながら、朝日を浴びて爽やかにそう言った。
正直この時点で何の霊とかはもう、どうでもよかった。
だって、無事切り抜けたのだもの。
「でも先輩、あれが霊だというなら私たちが触れたりするのはおかしくないですか?」
だって幽霊とかお化けとかってそういうものでしょう?
「それはお主らが、学ぶためにここへきておったからじゃろう」
「はぁ?」
どういうことかまるで分らない。
疲れた体にそれ以上の質問をする体力がなくて、もういいかと思い始めた時先輩はゆっくり口を開いた。
「学び舎は最後まで学び舎だったということじゃ……感謝するがよいぞ」
「誰が……お前のような悪魔に……感謝など……するものか」
さっきまで気を失っていたマルセルが気が付いて、膝枕をしてくれている先輩へ悪態をつく。
先輩はカカカと笑って「今回のおかげで巡回班へ合格した暁には否が応でも感謝してもらおうかのう!」と膝からマルセルを乱暴に下した。
「douloureux!!Je vais définitivement vous exorciser!
こうして私とマルセルのよくわからない修業は終わりを迎え……たかに思われたのだけど……。
「よし!今夜はあそこの校舎じゃからな!なぁに取り壊し予定の校舎じゃから心配するでない!土木研からもいくらか貰っておるからの、お昼は焼き肉じゃ!」
先輩は悪魔じゃない……『鬼』だったわ。
※※※※
7月、宇津帆島の夏は暑い。
夏だから当然だと思うかもしれないけれど、本土よりもずっと南にあるのだもの比べ物にならないわ。
そんな炎天下の中で私たちの修行は続いている。
本来私は関係ないのだけれど、手伝ってるうちに巻き込まれた感じね。
何度か脱走を試みたのだけど……でもまぁ怪我をしても失神しても先輩が治してくれるから大丈夫……大丈夫になっちゃうんだよね……まぁ多分……多分、強くなってると思うから……今度こそ合格するんだと言う思いで励ましあって何とかやってこれたわ。
……マルセルの場合は先輩をぶっ飛ばすってずっと言ってるけどね。
それがモチベになるならと諌めることもしなかったけれど。
そして8月。
7月の試験は修学旅行の日程の関係で中止。
だから8月なんだけど、修学旅行先の治安が悪くてね?
先輩が嬉々として言ったのよ。
【修行の仕上げにちょうどいい!実戦に勝る経験はない!】ってね。
私とマルセル、先輩とその彼女二人と先輩の妹さんの六人で、地元のギャングに喧嘩を売りながら抗争という名の修行に明け暮れたのよ。
そして9月、試験を受けるはずがマルセルが実家の事情で一時帰国。
帰って来てからも先輩からの修行を受け続けついに10月、何度めかの運命の日を迎えたのよ。
「……」
「……」
無言のまま寮への道を行く私たちは肩を落とさずにはいられなかった。
試験内容は実践と筆記試験。
筆記試験は過去何お設けているからお手の物だけど、実践がね……。
私たちは強くなっていたわ。
間違いなく強くなっていたのよ。
でも、結果はお察しの通り。
試験を担当してくれた先輩班士によると「マルセルのそれは危険すぎる」とのことだったわ。
強いならいいじゃないえすかと食い下がっては見たものの、巡回班は取り締まりが目的であって殺意マシマシでやるものではないって言われたの。
稽古をつけてくれた先輩を「神への反逆者」とか「悪魔」とか言ってたのを思いだす。
それと同じ感覚で試験に臨んだマルセルのミスなのだけど……。
「スミコ……ごめんね」
「言ったでしょ?あなたを見てるのは楽しいモノよ」
「本当にいじわるね、私の親友は」
そういって笑う彼女は次の試験に思いをはせているようだった。
※※※※
「で?受かったのか?」
小さな先輩が道場の真ん中で仁王立ちでそう聞いてきた。
「……」
「あの……先輩……実は……」
その様子を見て察したようで「落ちたか……して、何がダメだったんじゃ?」
「殺意が高すぎるって……」
「殺意って……日頃の行いじゃなぁ」
先輩は普段のけいこの湯酢を思い出しているのだろう、遠い目でそう呟いた。
「……」マルセルは黙ったままだ。
「確かに武術はそういった歴史をたどって来たものじゃが、結局はそれを修める者の心根次第じゃ……それをまぁ 殺意が高いからダメ とはのぅ」
腕組みしながら道場をうろうろする先輩は、次の修行はどうするかと考えているようだったわ。
「……せいだ……」
「え?なんて言ったの?」
「あの悪魔のせいだ!」
「ちょ!?まるせる?」
「カカカカカ!こんな可愛い悪魔がいる者か!」
「うるさい!誅伏してやる!」
ああ……いつもの稽古風景だわ。
心技体がバラバラで掴みかかっていくマルセルを見ながら、私は心配するのをやめたのよ。
※※※※
おわり
最終更新:2023年10月28日 14:32