ヘルメットへの疑問

最終更新日:2020.5.17 ●交通ルールはどこへやら
4.19 各ページから情報を集約しUP

改めて【安全とは何か】を、よく考えておきたい。

▲ヘルメットへの疑問───────────────────────────────

ヘルメットを着用していることで、

(場合によっては)事故"軽減"効果があることは分かるものの、

「事故を"防ぐ"不思議な効果はない」と言える。

(転倒時に悩への損傷を完全に防ぐことが出来るとは限らない)

着用するだけでマナー向上するような効果も当然ない。


果たして、事故を未然に防ぐことが可能な「徐行や一時停止など」の、

最優先すべき内容を置き去りしてでも推奨する意味はあるのだろうか?


●ヘルメットを着用していれば重傷は防げるかもしれない

しかし倒されて完全にトラックが乗る形で轢かれてしまうようなケースであれば、
全身の骨が砕ける可能性もあるのでヘルメット着用で守れるはずもない。

●ヘルメットを付けていてもイベントレース中に帰らぬ人となったケースもある


●「ヘルメット着用していたことで重症化したケースもある」という。


●着用していれば危険運転が許される効果などあるわけがない

「公道で速度を出すので被る」=「徐行や一時停止を無視してもいい」わけがない。
「予測運転」「他車への配慮」などは必須で、交通法規を守るということはヘルメット装備の有無は無関係。

●「予測運転」が出来なければ、いくらヘルメットを着用してようが自らの命を粗末に扱っているだけ

なので、「重傷を負ったり無駄死にしたくないなら」
公道で無闇な速度アップ自体を思いとどまることを強く薦める。

●「ヘルメットを着用している自転車乗りには幅寄せしても大丈夫だろう」と考える輩もいるかもしれない。

◆自転車はヘルメット着用の方が危険?

srad.jp/story/07/06/24/205201/
交通心理学者であるIan Walker博士は超音波センサーを自転車にとりつけ、
ヘルメット着用・非着用あわせて2500回の走行時の自転車・自動車間の車間距離を測定し比較した。
結果は着用時の方が8.5cm車間距離が短く、
またこの実験期間中トラックとバス相手に1度ずつ接触事故が起きたがどちらもヘルメット着用時であったという。
「これは危険だ → 気を付けよう」
「これは危険ではない → 気を付ける必要はない」
こう見ると「交差点は危険性の認知度が低いからこそ、事故が繰り返されている」という裏付けに他ならないのでは。

「車道では左側通行でヘルメットで衝撃を軽減しよう」とあっても、
「左側通行でヘルメットを被っているので事故は防ぎやすい」ので
「交差点は徐行なしで左右確認も一切しなくても事故は起こりにくい」だろうか。
そうは思わない。

つまり優先順位として「直接事故を防ぐということを意識付けるには」
★「交差点は出会い頭に飛び出してくると思うこと」(自動車による左折巻き込みにも注意)
★「危ないと思う前にきちんと一時停止して確認を怠らない」
★「歩行者に配慮し、見通しの悪い場所など速度を出し過ぎない」
これが最も直接的に事故防止に繋がる重要な内容ではないのだろうか。


●交通ルールはどこへやら

www.au-sonpo.co.jp/pc/lp_helmet/#bycle
より多くのみなさまに、ヘルメットの着用によって
自転車事故から身を守って欲しい。
事故ゼロに向けてであれば、
「より多くのみなさまに、交通法規の遵守等によって
自転車事故を起こさず、事故に遭わないで欲しい。」とあるべき内容。

それでも死亡リスクをゼロにはできません。
だから、ヘルメットをなるべく着用しましょう。
ならわかるが・・・
ヘルメットを着用して自転車搭乗中に死亡した場合、
死亡保険金とは別に、100万円をお支払いします。
なんだろうか・・・死亡前提で保険付けられましても。
↓(対案)
もしも「ヘルメット着用が原因で頚椎損傷した場合」や、
「(安全基準をクリアし落下歴も経年劣化もないにも関わらず)頭部損傷」の場合には、
別途入院日額を更に上乗せするなどの補償するべきだろうと。

au損保は、全国の各自治体と「自転車の安全利用に向けた協定」を締結し、
自転車搭乗中のヘルメットの着用を推進しています。
交通ルールは各家庭や学校任せ?
なんというか「保険とヘルメット着用で事故減ればいいよね」と投げやり感すらある。


●[滋賀]交差点の出会い頭事故で50mほど飛ばされ重体

news.goo.ne.jp/article/mbs_news/region/mbs_news-GE000000000000028888.html
29日午前7時すぎ、愛荘町の町道で、交差点に入った自転車が出会い頭に軽乗用車にひかれました。
警察によりますと、自転車に乗っていたのは中学1年の男子生徒(12)で、
頭の骨を折るなどして意識不明の重体だということです。
当時、男子生徒は部活動へ向かう途中で、
はねられた衝撃で約50mほど飛ばされたとみられています。
このような事故を見て「ヘルメットさえ着用していれば重大事故は防げた」と
「着用義務化に利用するため」繰り返すのだろうか。

教育も指導も放棄するなら、もはや飛ばされても大丈夫なように
「空調付きの強固な全身プロテクター」を装着させたほうがいいのでは?
「頭部さえ守れば重体は避けられるかもしれないから」という話ではないだろうと。

事故ゼロのための教育・指導の放棄は、即ち身体の安全そのものを軽視している。
◆「"通年で"交通教育をする」
◆「(警察なども含め)交通指導は一時停止を最優先させる(確認と徐行も最重要課題)」
この2点に尽きる。
その際「優先道路」や「止まれの標識があるときだけ」止まらなければならない
とは教えないほうがいい。

●自転車同士での交差点事故

www.fnn.jp/posts/00393788CX
自転車はともに電動アシスト付きタイプで、この事故で88歳の無職の男性が頭を強く打ち死亡。
また、もう一方の自転車に乗っていた69歳のパートの女性にケガはありませんでした。
2人はいずれもヘルメットをかぶっていませんでした。
現場は住宅街の中にある比較的見通しの良い交差点で、
女性が走ってきた側に一時停止の義務があったということです。
一般的な着目点は「高齢者」か「ヘルメット」か「電動アシスト」かというところになるのだろう。
もし高齢者でなければとか、ヘルメット着用であればとか、電動アシストでなければ
死亡事故には至らなかったのではと考えるよりも、
対人保険加入であれば賠償額は支払われるとしても
やはり本質としては「一時停止義務の重要性」に改めて気づかなければならない事故。

最善は一時停止の義務があるかどうかではなく、
交差点は事故が多い場所としてどうすべきかを考え、
「減速→徐行→一時停止→左右確認」をセットで考える。

●[埼玉]交差点での自動車と自転車の出会い頭の衝突事故

www.saitama-np.co.jp/news/2017/06/07/04_.html
同署によると、現場は信号機のない十字路交差点。
交差点の角には建物の塀があり見通しが悪く、自転車側には一時停止線が、
乗用車側には「子供注意」の道路標示があった。

頭を強く打ち重傷を負った
とあるが、ヘルメットを被っていたのかどうかは分からない。
そして、当然ながらヘルメット着用であっても絶対に重傷が避けられるとは限らない。

まずは標識の有無や原理原則以前に「見通しの悪い交差点で確認せずに止まらずに進めばどうなるのか」
ということをイメージさせるしかない。

●[愛媛]ヘルメット着用率の増加

cyclist.sanspo.com/221977
ヘルメットを被ることで事故の被害を減らすこともある。
しかし、当然絶対の効果があるわけでもない。
赤信号を無視し、一時停止をせず、無灯火でも何ら問題ないはずもない。
ヘルメットを被ることで、その他の道路交通に関する
遵法意識も必ず芽生えるとするには飛躍が過ぎるように思える。
個人的には、罰則なしの着用努力義務を推進するより先に、
まずは講習を受講させるにも至ったブレーキ整備不良車や
なぜか14項目に含まれない「無灯火」の撲滅を目的とした
取り組みを実践させることを優先して欲しいと思う。(2016.1.3)

▼愛媛では高校でもヘルメット(着用努力)義務化へ

news.goo.ne.jp/article/sankei/region/sankei-rgn1507010046.html
規則とはいえ校則のようなもので(無視を繰り返せば内申には響くかもしれないが)
何らかの罰則があるというようなものではない規定。
ヘルメットをすれば頭部へのダメージは軽減されるが、
当然、交通法規を無視しても構わないという理屈にはならない。
ヘルメットよりも、全学校で独自の免許のようなもの、
または道路交通法に関する授業やテストを抜き打ちで行うなどしたほうが効果的に思える。

似たような意見の方のブログ
「ヘルメット(着用努力)義務化への違和感」
ameblo.jp/murakatsu-lawoffice/entry-11992209806.html

◆ヘルメットと遵法意識の溝
www.cycling-ex.com/2015/07/helmet_kaburu_sonomaeni.html
ヘルメット着用努力義務化の愛媛に実際に訪れた感想として「左側通行」を守ろうという雰囲気がない・・・と。
ヘルメットを着用すれば不思議と道交法を守るという効果があると期待していたとは思えないが、
事故抑止という面で言うなら不十分な対策であることは否めない。
年代や車種関係なく「ヘルメット」を免罪符として(軽微だと考えている)違反を繰り返すより、
「ノーヘル」でもしっかり安全に配慮して走行することが大切に思えるが、
「そんな理想論に期待するだけ無駄なので効果が分かりやすい方法を採ったに過ぎない」というところか。
赤切符乱発は現実的ではなく、警告票を増やしすぎれば注意の効果も薄れる。
指導人員を増やすのも難しい。地域活動にも限界がある。
やはりもっと根本的な部分から変化できなければならないだろう。
まだまだ「守って当たり前」にする道は遠い。

●保険加入・ヘルメット着用が最優先?

2つとも「罰則なし」で、制定されている地域でも防犯登録のように努力義務でしかない。

努力義務を優先させるようなキャンペーンを打ち出すのは、単に「業界としては儲かる」というのもあるのだろう。
それに影響されるのは自由だが、
まるで真冬に薄着で風邪をひいているにも関わらず、風邪薬だけ飲み続けているような違和感がある。

「車道の右側通行(逆走)」「2人乗り」「並走」「無灯火」といった
代表的な見える危険にも問題がないわけではないが、
まず、「徐行・一時停止」を絶対とするキャンペーンを打ち出すことが
事故の状況を見る限り喫緊の課題であり最優先されるべき内容ではないのだろうか。

「事故が起きても安心な備え」は確かにあったほうがいいが、
しかし根本的には「事故が起きないようにすべきでは?」と。

無茶苦茶な走り方をしている輩からの巻き込まれ事故は本当に防ぎようがないのだろうか?
自衛するためには他者が飛び出してきそうな箇所では
自らが無闇やたらな速度を出さずに注意深く走行したほうが
実質的には「危険な状況そのものを回避」するためとしても
「一銭もかけずに出来ること」として手軽な方法に思える。

●ヘルメット着用でも命を守り切れない場合もある

(既に内容は消えている)www3.nhk.or.jp/matsuyama-news/20170415/5616351.html
(代替)anzendaiichi.blog.shinobi.jp/Date/20170421/
04月15日 19時15分
ヘルメットは着用していたということです。
下り坂でスピードを出していたということではなく上り坂の緩やかなカーブで転倒とあるが、
どういう体勢で倒れたのか詳細は不明。
 ・ヘルメット着用でも守りきれない場合もある
というのは「ヘルメット着用絶対安全主義の落とし穴」という観点から既に述べてきているが、
自動車に轢かれたというわけでもなく、登っていたとあるので、
 ・単に速度を抑えればいいということでもない
ということになるが、状況が思い浮かびにくい。

(既に破損していた、または安全基準マークが偽物だったなど)
ヘルメットそのものに不具合があったとも考えられなくもないが、
年齢的に反射神経が鈍くなっていて受け身をとれなかったと見ているが、
書いてはいないが、ビンディングペダルが原因で受け身が取れなかったという可能性もあるのだろうか。

●一般車とスポーツ自転車のヘルメットの意義の違い

(1)スポーツ自転車
(2)車道走行前提
(3)(公道であることを考えず予測運転を怠り無闇に)高速走行
(4)公道でトレインを組むなど「車間距離保持義務違反」
(5)一時停止の軽視
(6)交差点で事故が多いということを意識しない
という基本的な条件から、ふらつく可能性が高い内容としては、
(7)ストップ&ゴーが多い街中で慣れていないのにビンディングペダルやトゥークリップ着用
(8)停車前に変速を軽くしていない
これらの悪条件を重ねるならば、着けないよりはマシといえる。

▼高齢者の場合
反面、歩道・低速走行で、運動能力が低下している70代以上でも
(5),(6)のような悪条件があれば、全く意味がないとは言わないが、
「慎重に注意している人達にとっては」日常茶飯事的にヘルメット非着用で
大怪我をしているという傾向が強いとは思えない。
もし、歩行もままならないほど運動機能が低下していて
ブレーキもまともに使えないようであれば、それ自体に問題があるので
「根本的に乗車に適していない」ため、頭部保護どうこうの話ではない。

▼子供の場合
保護者に対して、自転車に乗り初めの幼児や子供がヘルメットを着用するように
罰則なしの努力義務のようなものはあっても、「非着用でも罰則は存在しない」。

▼それ以外の多数のユーザー
ヘルメット非着用によって被害が拡大したという悲惨な大事故が頻発しているのであれば
脚色してでも「自転車は危険」というレッテル貼りと共に印象報道されているはずだが、
今のところそのような様子はない。

▼罰則のある法整備化されていない事実
もし事故多発していて、本当に必要な装備とされるのであれば
既に「"罰則のある"ヘルメット着用義務化」が法整備されているはずなので、
そうならない時点で「国としても一般的に使用されている自転車の速度から鑑みて
安全性的に"罰則のある"法整備の必要はない」と考えられているのだろう。

※「罰則あり」を強調するのは罪の重さを理解してもらうためであり、「使用しなければならない」が、
反対に「罰則なし」は「マナーの域を脱しない」ので「使用したほうがいい」という話でしかない。

本当に必要性を訴えかけるのであれば「罰則のある義務化」を求める活動でもすればいいと思うが、
大多数の一般人からは「余計なお世話」で済まされるどころか、
義務化すれば自転車自体に乗る人口も抑制することになるだろう。

しかし、斜め上の発想として真の目的がそうであれば、単に自転車が堅苦しいだけの乗り物になるだけでなく、
長期的に見れば扱い店も減ることになるが、一方で原理主義的思考からみて、
いかなる自転車でも車道走行が絶対であるべきとすれば、結果的に車道から走行者が減ることで都合がいいのかもしれない。

▼やはり「徐行や一時停止義務の遵守・徹底」を最優先すべき
そもそもヘルメット着用に被害軽減の意味はあっても、
それ以前に"違反で罰則のある"根本的な「命にも関わる一時停止があまりにも軽視されていること」を
まずは徹底的に問題視するのが間違いなく優先されなければならないはずなのだが
それを蔑ろにして「ヘルメット着用し保険に加入していれば(少々荒っぽい走行でも)大丈夫」
と免罪符にしているように思えるが、そういう考え方が不思議でしょうがない。
信号は交通量の多い場所にあることが多いのでまだしも
「路地裏等でも交差点に注意し、徐行や一時停止を守ろう」という機運が高いとは思えない。

スポーツ自転車は特に元々スピードが出しやすいとか、大会ルールに馴染んでいるとか、
(ある意味コスプレという)ファッションの一部として、
同族意識や集団思想に心酔しているとしても仕方がないことなのかもしれないが、
大多数の一般車ユーザーに対しても、
事故そのものを「未然に防ぐ」という意味では、もっと冷静に視野を広く持つべきなのではと思う。

●年齢とヘルメット着用差

twitter.com/GAKUJIRA/status/879328634539921408
「なんで中学生以上のオトナになったらヘルメット被らないの?」という疑問には、どう答えるのか? 
子供にヘルメットを被るような努力義務の地域もあるのは
「まだ小さい子供は空間認識力や状況判断力が乏しく、衝動的で深く考えて行動しない傾向が強いから」
とすると
「中学生以上でも大人でも身勝手な判断で無茶苦茶な走り方をしているような人たちがいる」
と返ってくるとして、
「子供よりは少しは危険性を認識しているという”前提”なので着用は本人の意志に任されている」
と答える。

ついでに、大人でもヘルメットを着用する人は何が違うのかと言えば、
「主にスポーツタイプの自転車で多いのは速度が出やすいために、
(状況次第では全く無意味であったとしても、例え気休め程度でも)衝撃を抑えるため」として使っていたり、
レースではルールとして着用することになっているので、
憧れを持っているような人達が雑多なレースに出場するなどの理由も含めて
正装としてファッションの一部のような感覚で着けていることもある。
 ・原付並の速度が出しやすい乗り物なんだから着用は当然だろうという見方もできる。
 (強度的に穴だらけのヘルメットで事足りるのかという疑問もある)
 ・速くない場合でも高齢者向けにヘルメットを提案している自治体もある」
という答えになる。

●子供にはヘルメット着用を促すも保護者は積極的に被らない理由

twitter.com/GAKUJIRA/status/1100479057827778560
一般車用途に於いて「大多数がヘルメットを着用していない」という「世間体」という大きな壁があるとしても、
「経験から得ている判断力と空間認識力の差」とも言える。

それよりも「徐行・一時停止・確認をする気もなければ、
速度を抑えて周囲の状況を注意深く見ながら走行することもしない」のであれば
「ヘルメット着用以前の問題」という点が最も重要。
当たり前だがヘルメットが自らの無謀な危険走行から必ず身を守ってくれる保証などない。
優先すべき順序が逆になっていれば安全効果は低い。

そして、「ヘルメット着用以前の問題」を無視して安全重視を訴えかけるのであれば
たとえ現実離れしているとしても、
頚椎損傷からも身を守ることができるであろう
グリズリースーツ並の強度のものに冷却装置を組み込んだような
全身プロテクターを開発し着用するのが望ましいという話にもなる。

●[栃木]免許返納者にヘルメットの配布

cyclist.sanspo.com/343340
事故を起こしていない人ならギリギリ分からなくもないが、
自動車の代替として自転車を薦めることは果たして正しい選択なのだろうかと考えてしまう。

ブレーキの踏み間違いのような認識力不足があるなら
電アシに限らず、一般車・ママチャリであっても
不確認での横断やブレーキを操作できない恐れもあるため危険に思える。

地域の高齢者乗車優先の乗り合いバスやタクシーの割引のような
車両を使わない選択が事故防止の観点から見れば最も安全だろう。

しかし、個人として自転車なら移動が多少楽でも徒歩では厳しいといった場合に、
体を動かさないことで余計に健康を害する恐れもあるので、
一概に自転車の使用を控えるべきと強くも言えない。

とにかく、速度がどれだけ遅くても「車両」として、
安全認識と恐怖感を持って走行して欲しいと思う。

●[愛知]ひき逃げ事故の実況見分

news.goo.ne.jp/article/tokaitv/nation/tokaitv-20190710-1729-90175.html
ヘルメットを被った男…。
7月3日、常滑市保示町の交差点で道路を横断しようとした82歳の女性を
自転車ではねて大ケガをさせた上、そのまま逃げた疑いで逮捕されています。
救護義務違反で逃走するあたり、
やはりヘルメット着用で交通安全を意識する効果が期待できるとは言えない。

●[大分]交通安全の勘違いと中身の不足

news.goo.ne.jp/article/oita/region/oita-7DC7B24E-9E2D-4AFE-AD81-20B609B6621D.html
同校周辺の道は狭く交通量が多い。
片道10キロ以上を通う生徒もおり、昨年度は26人が自転車事故に遭った。
毎年、安全点検や新入生を対象に安全運転講習をしているが、
事故はなかなか減らないという。
改めて問いたいのは
「年1回の安全点検」「新入生を対象に安全運転講習」で
なぜ安全運転意識が身につくと思ったのかということ。

人間を染物か何かと勘違いしているのだろうか。
たった1回きり教えただけで遵法意識が芽生えるわけがないだろうと。

ヘルメット着用すれば確実に事故被害軽減できるという保証もないのだから、
事故被害を軽減ではなく、
事故そのものをゼロにするために、
(老若男女を対象にした国の制度として自転車免許制度の実現性はあまりにも難しいが)
学校単位ではそれほど難しというわけでもないとして
「学校独自の自転車免許制度」を採用して、
「その発行条件を相当厳しくする」などして、
「自転車通学自体を制限」し、
抜き打ちで取り締まりも行い、違反があれば「免停」として
自転車通学許可を休止するなどの
「実際に理解できるような違反へのリスク」を課すような
方法は考えられないのだろうか。

「スピードが出やすいスポーツタイプに乗っている生徒も多い」と
ヘルメットの必要性を感じている。
では、なぜ「車種制限」をしないのか。
「直立姿勢のママチャリ型のみ許可」が前提でなければ
指導内容そのものを根本的に分ける必要すらある。

「どの学校でも着用が当たり前になれば抵抗感は薄れるはず」
他の都道府県から格好の「田舎ネタ」にされるということよりも、
実際に「家から出て学校に着くまでずっと着用しているかどうか」
「休日でも着用するかどうか」を徹底できるとも思えない。

それで着用を促すというのも無理がある。
もし生徒に義務化を強いるのであれば、
「教員と生徒の保護者"全て"」
「休日も含めて自転車ではヘルメット着用」
を強制するくらいでなければ着用多数など夢のまた夢
有効ではないと断言する。

●ヘルメットがあっても重大事故は起こる

www3.nhk.or.jp/lnews/takamatsu/20190618/8030003915.html
18日朝、小豆島町の道路脇で町内に住む60代の男性が倒れているのが見つかり、
病院に運ばれましたが、死亡が確認されました。
倒れていた場所の近くにはクロスバイクタイプの自転車やヘルメットなどが転がっていたほか、
近くのガードレールには何かがぶつかってこすれたような痕があるということで、

自転車で移動中にカーブを曲がりきれずにガードレールにぶつかり、
そのままガードレールを乗り越えて道路脇の斜面に倒れたとみて詳しいいきさつを調べています。
実際に被っていたかどうか定かではないが、
「持っていただけで実際に使っていたわけではない」とすれば無意味、
「実際に被っていたが事故に遭った場合でも」被害が十分に防げるとは言えない。
【ヘルメットがあれば速度を出しても問題ない】わけがないという事例。

対策は言うまでもないかもしれないが
「ヘルメットを過信しない(あくまでお守り程度と認識する)」
(公道レース中ではないのだから当たり前なのだが)
「速度を出し過ぎない」だけ。

全く書かれていないが、もし、
ブレーキ整備が十分ではなく壊れてしまっていたとすれば
最後に誰が整備していたのかということになるが・・・。
それでも、十分に速度を落として走行していれば
危険な状況に陥る前に停止できたはず。

●[大分]ヘルメット着用で「事故が未然に防げる」???

www.47news.jp/3659763.html
18年度には、県立高生の自転車事故が計243件起きている。
そのうち約3割の76件で運転していた生徒が頭部を負傷。
18年1月には大分市内で、ヘルメットを着用していなかった高校3年の女子生徒が自転車通学中、
乗用車にはねられ頭を強く打ち、意識不明となる事故も起きた。
こうした状況を背景に、県教委は完全義務化を見据え6月から調査に乗り出した。
243件のうち「適切にブレーキ操作をしていれば」防げた事故は何件だろうか。
恐らく3割どころか9割近いのではと思われる。

「重大事故を未然に防ぐための取り組み。交通教室など啓発活動も進め、ヘルメットの有効性を広めたい」
ヘルメットを着用すれば重大事故を未然に防ぐために
「交通法規を遵守するような催眠効果」でもあるのだろうか。
いや、あるわけがない。

そもそもヘルメットに「事故を」「未然に防ぐ」効果など一切ない。
dictionary.goo.ne.jp/jn/211971/meaning/m0u/
み‐ぜん【未然】の意味
まだそうなっていないこと。まだそのことが起こらないこと。「事故を未然に防ぐ」
言い換えれば「ヘルメット(着用)で事故が起こらないように防ぐ(ことができる))」
と言っていることになるが、ありえない。

「重大」な事故を防止するという意味だったとしても不適切な表現。
「重大な事故"被害"を(軽減)防止する(効果に期待する)」と書いていなければならない。
少なくとも「被害や怪我など」の文言なしで「事故自体が起きない」という意味合いに捉えられるのは問題がある。

「被害を」「軽減する(かもしれない)」効果はある。
反対にヘルメット着用による頚椎損傷の被害も存在するようだが、
ヘルメット推進派には余りにも都合が悪いので全く触れていなかったはず)

まるで「ヘルメット着用には事故に遭わない効果がある」ように思い込ませ
優先的に守らなければならないような誘導はどうしても受け入れられない。

衝突して事故が起きて被害を軽減する前に、
まず「衝突しないように走行すること」が重要では?
そのために「徐行」「一時停止」「左右確認」が最優先でなければならない。

そして、何よりも効果が極めて低いと言わざるを得ないのは
「交差点でも慎重な走行を心がけるであろう新入生や極少数の真面目な人」は
家から出て学校に着くまでヘルメットを被るはずだが、
「元々危険な状況に陥るような状態になりにくい」ので
暴走車に衝突されるようなことでもなければ無意味。

反対にブレーキ操作をまともにしないような
校則に従うメリットなど微塵も感じられないような
「問題走行が当たり前の輩」であれば、
殆どが「教師からの注意を避けるためだけ」に
"学校付近でしか着用しない"ので、これもほぼ無意味。

ヘルメット着用になぜここまで夢を見ていられるのかといえば
「学校側としては交通教育に取り組んでいました」
「事故起こして被害に遭ってもそれはヘルメット被ってなかった人の責任です」
という「責任逃れがしたいだけ」というだけのような気がする。
その裏には
「まともな交通教育できるような時間を割く気もなければ、
そんなスキル自体が全くありません」と言っているようにも見える。

もし「国からの補助金やメーカーからの利益目当て」で
ヘルメット着用を画策しているとすれば腐っているとしか言いようがないが・・・。

■「行事としての交通教室」は
単なる"スタントショーとして"「その時の印象だけ」で
自分自身に起こり得る出来事として捉える効果が高いとは思えない。

自転車そのものへの興味も愛着もなく、
自身が使う"実際の走行路での危険性"と、
"事故のリスク"を想像できていなければ
交通ルールを守る意味があるなどと思えるはずもない。

●[群馬]高校2校でのヘルメット着用実験結果から見る別の考え方

www.tokyo-np.co.jp/article/gunma/list/201905/CK2019051102000154.html
県が用意した自転車のヘルメットを昨年度に二高校の生徒が自由に着用する事業の結果を調査した結果、
終了時にヘルメットが「必要」とした回答は生徒が19%にとどまる一方、
保護者は62%と大幅な開きが生じた実態が分かった。
周りを気にして着用しない子と、子の安全を願う親の違いが浮き彫りになった形だ。

市立前橋高は昨年一月の事故で犠牲者が出た。
付属高では、事業実施後の今年四月中旬に自転車の男子生徒がヘルメットを着けずに車と衝突して一時重体となる事故が発生した。
「ヘルメット着用していなかったから重体になった」と結論付けたいと見て取れるが、
「自転車側の走行方法」に問題がなかったのかどうかについては何も書かれていない状況で、
まるで「ヘルメット着用」か「重体」の2択しか選べないような印象すらある。

「未成年ということもあり事の重大性を把握できていないから」とか、
「不可抗力で避けようがない事故もあるから」という言い分があるとしても・・・、
「走行方法を改める気などない者達のためにも、まず安全のためにはヘルメット着用を強制すべきだ」
という方向性が果たして正しいのかどうか。

「高校生であっても交通安全を心がけることなど絶対にできない」「何がどう危険か判断できるはずがない」としか
考えていないような対策に全く共感はできない。

「無闇に速度を出さない」「適切に停止する」「危険な場所を予測し走行する」
という物凄く当たり前の基本的な内容すら完全に抜け落ちた方向で、
「何も考えずにとりあえず装備だけ整えておけば大丈夫」という理想論に縛られて、
根本的な問題からは目を逸らしているように思えてならない。

「交通ルールの周知はしている」としても、それが到底行き届いているとは思えないのは
年齢問わず「ロクに一時停止すらしない人が圧倒的に多い」ということが何よりの証明。
街頭指導でも全く足りないどころか、優先順位を履き違えた注意すら日常茶飯事という始末。

「周囲の音が聞こえていれば安全な走行ができる」と似たようなもので、
「ヘルメット着用していれば(事故の状況によっては)被害を軽減できる」という考え方には、
それぞれ最後に「だろう」という言葉が足りない「狭い考え方」に陥っていることに
気付いているのだろうか。

そもそも簡単な話で事故を減らすという点でいえば、
自転車通学を一律で禁止し、
「スクールバス」や「公共交通機関」のみに限定すればいいだけ。
これで通学時の自転車事故は無くなるので解決。
(実際、距離は関係なく自転車通学を一切禁止しているような地域もあるらしい)
休日などで自転車事故を起こすのは家庭内での教育の問題であって、
「安全のために自転車通学を禁止しているのだから、
その意図を汲み取れるなら、家庭でも自転車の使用を禁止すればいい」ということになり、
それを学校の責任にするのは筋違いになる。

 ・・・として、安直に「ヘルメットを使えばいいだけ」というのであれば、
反対に「自転車を使わなければいいだけ」という方向でも示しておく。

結局のところ、
無謀運転者から身を守るのはヘルメット着用どうこうで済む問題とは言えず、
「歩道内走行とガードレール・ガードポールの優先的な敷設」が必要で、
もし自転車側に走行方法の問題があれば「各々が交通ルールを厳守」することを
重点的に"考えさせる"必要があるのではないだろうか。

更に極端な例を出せば、乗り降り時や短距離だけ歩行者でも
無謀運転をする自動車等の事故を防ぐには
主要な道路に一切近づかないということだけでは不十分で、
車止めやガードポールを大量に敷設するとしても完璧とはいえないので、
非現実的な「学校周辺への車両の通行を全て禁止する」ようなこともしなければならなくなる。

現実的に考えて、事故を極力無くす方向ではなく、あくまで被害軽減目的としても、
実際には「学校周辺だけ義務的にヘルメット着用するような光景」が当たり前になることが予想できるが、
それが一体何のための安全装備になるのか甚だ疑問。

つまり、ヘルメット着用を(表向きだけ)義務化していればとにかく安全が確保できる・・・わけがなく、
何よりも「交通ルール全般も守るという保証など全くない」のだから、
「ヘルメットなし」という選択するのであれば、それを尊重し、その代わりとして
"常に安全のための防御策"を張り巡らせるための
具体的に「率先して交通ルールを守りたくなる策」を講じるべきだと考える。

「交通ルールを教えておけばいいだろう」
「交通ルールを守らせることを強いれば安全」
「ヘルメット着用を推奨・または義務化しておけば被害は軽減する」

その中身は「正しい役割を果たしているような"錯覚"に陥っている」ようにしか見えない。
その裏にある
「学校や教師側へ責任追及さえ来なければそれで構わない」という内向き思想や
「各種業界団体の思惑」に乗せられて利用されないためにも、
「真の意味で生き残るため」のきっかけを与え、「自主的な取り組み」の意欲を呼び覚ますことも
「教育」の一環ということに気付いてもらわないことには始まらない。

●ヘルメット優先の疑問

news.goo.ne.jp/article/kyodo_nor/nation/kyodo_nor-2019042501001351.html
死亡重傷事故の内容別では「対自動車」の事故が76.9%に当たる3万5681件。
「自転車単独」3438件、「対二輪車」2619件と続いた。
対自動車の類型別では「出合い頭の衝突」が55.9%を占めた。
出会い頭の衝突事故を防ぐために
罰則もあるような義務としての徐行や一時停止よりも・・・

news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-190425X484.html
同庁は、5月11~20日の春の全国交通安全運動で自転車の安全な利用を呼び掛けるとともに、
自治体などと連携し、ヘルメットの着用促進に向けた取り組みを強化する。
なぜか、ヘルメット着用を推進することで
事故"被害"を低減させようとすることが先にくる考え方には同意できない。

「事故を"未然に防ぐこと"」が第一目標であるべきではないのだろうか?
多くの人に負担を強いるヘルメット購入が先にくること自体がおかしい。
0円で出来る交通安全のほうが、間違いなく「広めやすい」。

「適切に減速し徐行」「その後に一時停止」
たったこれだけで事故を"防ぎ"「命を守る確率が上がる」のに
なぜ優先的に取り組もうとしないのか。

警告カードを乱発するのは人員の数からして難しいとしても、
「事故ゼロ」に向けての交通安全活動をしないことが
不思議に思えてならない。

ヘルメットに対しても、自転車保険推進のような
怪しい何かが存在するのだろうかという疑いの目すら持ってしまう。

●ヘルメット絶対主義的な対応への疑問

trafficnews.jp/post/94916/2
自転車ヘルメット なぜ高校生は使わないのか?「無理だろう」という雰囲気 義務化に壁
事故被害"軽減"に効果が全くないと言うつもりはないが、
事故"ゼロ"への効果があるとは思えないので妙な傾向。
典型的な思考停止対応で「こうすれば間違いない」と思い込んでしまっているように見える。

そもそもダサいとか髪型が崩れるという以外にも、
基本的にガチガチのウェアで固めるスポーツ自転車ユーザーを除き、
「街行く大人達が"特にママチャリに乗る時"わざわざヘルメット着用してますか?」
と訊きたい。
大多数の大人が使わないで済ませているにもかかわらず、
なぜ子供が率先してヘルメット着用すると思えるのかさっぱり分からない。
(遮音状態関係なく)子供は注意散漫で走行しがちだからという理屈だったとしても、
大多数の自転車乗りがまともに一時停止も徐行もままならない現状で、
「ヘルメット着用すれば事故は軽減できる」という目先の安直な方針を推し進めることには
疑問を持たざるを得ない。

「通年での」交通法令遵守を浸透させるための教育が全く足りないからこそ、
それを補うための政策が必要とは考えないのだろうか。
もしこのとき反対に
「街行く大人達がママチャリでわざわざ一時停止や徐行してますか?」
という疑問が出てくるとすれば、
「ヘルメットと違ってしっかり止まることを徹底的に意識実行させることができれば、
事故を"軽減"ではなく、(余程問題のあるドライバーの影響を除けば)
未然に防ぐ="ゼロ"に出来ますが必要ありませんか?」と言える。

無論、現実的に「学校独自の取り締まり」も含めて、
既存教員で賄おうとすればますます負担が増えて問題になるとか、
保護者は暇な人ばかりではないとか、
地域の高齢者にお願いするとしても確認が十分に行えるとは限らないとか、
外部依頼すれば金銭的な負担はどうするつもりかという話も上がってくるとは思うが、
「本気で事故を減らす」という意味では、
「保険加入しヘルメット着用さえしとけば問題ないわけがない」
思わない人の声が上がらないことを憂う。

●ヘルメットは万能ではない

news.goo.ne.jp/article/yomiuri/nation/20191005-567-OYT1T50307.html
5日午後0時45分頃、徳島県阿波市土成町吉田の県道で、徳島市上八万町の医療機器販売会社社長、(個人名略)(65歳)
が乗る自転車が転倒。
頭を強く打ち、約1時間40分後に搬送先の病院で死亡した。
阿波吉野川署の発表によると、現場は下り坂。
ロードバイクに乗り友人たちとツーリング中だった。
ヘルメットをかぶっていたという。目撃者は「急にふらついて転倒した」と話している。
▼体調の問題?
自転車がいくら健康にいいといえども、「万全の体調管理」が行き届いていなければ
悲惨な結果を迎えることになってしまう。
▼整備不良?
他の可能性としては・・・
制動操作以前に、その他も含めて「整備が行き届いていなかった可能性」もあるが分からない。
▼ペダル?
速度的に腰をサドルから落として足で停止できる状態であれば
フラットペダルであれば助かった可能性もあるが、ペダルの種類も分からない。
▼優先すべきこと
しかし・・・こうして実際の転倒時に命を守ってくれないヘルメットとは何なんだろう。
一応は生存"確率"は上がるとしても、絶大な信頼を寄せて無謀な走行をしていれば本末転倒。

ウェアの一部でしかない道具に「お守り」以上の過度の期待をする前に、
当然のこととして「無理をしない」「速度を出し過ぎない」「十分な休息をとる」など
まずは「特に年齢を考慮し出来る限りの体調管理をすることを最優先すべき」に思える。

●ヘルメットをしていてもしていなくても助かった例

cyclist.sanspo.com/316458
▼ヘルメット着用で助かった
派手にコケたわりには骨折もなく、ウェアとヘルメットがパーになっただけで済んだのは、幸運だったと言うべきでしょうね。
ノーヘルだったら…頭が割れていたかもしれないです。本当に命拾いしたって思いました。
▼ヘルメット非着用でも助かった
都内でロードバイクで走行中、路肩とタクシーの間をすり抜けようとしたときにドアが開いて、
真横に弾かれるように倒れたんですが、この時はヘルメットを被っていなかったんですよ。
真横に倒れたその事故では、なんと運良く頭を打たずに済みました。完全にラッキーでした。

これをキッカケに、「いついかなるときも、どんな状況でもヘルメットしないとダメだぞ。
短距離とかスピード出さないとか言ってる場合じゃないぞ。事故はいつだって起きるんだから」と誓いましたね。
「危険性の予測を怠って路肩とタクシーの間をすり抜けたこと」への対策として
ヘルメットを付けようと思ったという若干強引な展開の話。
「ヘルメットを被れば安心なので、これからもすり抜けは危険性を省みず続ける」とも読み取れる。
「問題があると思われる走行マナーそのものを改善しなければ事故なんて起こるに決まってるだろう」という感想。
横幅が十分にない場所を通り抜けるなら
「(すぐに停止できる速度=)徐行」もしくは「一旦停止してトップチューブ上を跨ったまま歩く」といった方法が
当然すべき安全確保では?

現実として老若男女にヘルメットが「罰則あり」で義務化できるとは思えないし、そうあって欲しいとも思わない。
免許があっても交通マナーが雑な自動車から身を守るためにも、
被害を少なくする効果が「絶対にないとはいえない」としても、
「ヘルメット着用しているから幅寄せしても大丈夫だろう」という他車の危険性を呼び込む効果も考慮すると、
やはり絶対視するのはどうなんだろうと。
※同様の逆説的効果としては、遮音状態で走行する自転車に対して、速度抑止や注意力が増えるようなもの。
※交差点等での見えない位置からの場合は装備状態とは別の「交差点での走行方法」の話になる。

と、思いながらコラムの最後にある
保険料の追加負担なしでヘルメット着用中の死亡事故に100万円<PR>
を見て
あぁなんだ只のCMか・・・とガッカリ。

現実的ではないような自転車免許にしても、ヘルメット着用にしても
「それさえあれば大丈夫」と思い込まないように、常に疑問を持って、もっと深く考えたいと思う。

●素人参加の自転車競技での事故

cyclist.sanspo.com/316358
浮城のまち行田クリテリウム
gicz.jp/open/gyouda04/
ヘルメットについては書いていないが
JCF 競技規則「競技者の服装」にはヘルメット着用とあるので着用していたものと推定。

愛媛のように、
罰則なしだが着用努力義務が制定されているような地域もある(cyclist.sanspo.com/220615)が、
自転車ヘルメット着用で防いだ事故もあるとは思うが
「絶対安全神話に心酔してヘルメットをお守りとして速度を無闇に出すよりも、
ヘルメット非着用でも、速度を抑えて走行することを心がけるほうが安全」という観点から、
「ないよりはあった方がマシ」という程度のもので、
「ヘルメットを被っていればいかなる場合でも転倒しても安全」というわけでもないことを重要視すべきと考える。

正直ロードレースでも
MTBのようにフルフィスに近いようなヘルメットとプロテクターを義務化すればいいのではと思うが
ルールを管轄している軽装命の人達からすれば邪道極まりないのだろう。
速度偏重主義を極めると「命をかけることすら厭わない」ような執念まで芽生えてくるとすれば凄い競技だなとある意味感心する。
接触転倒での怪我の危険性があるとしても早く走りたいという欲望には抗えないのだろうか。

一般人は「レースで接触事故は起こり得るもの」として「リスクを減らす意味では参加しない」のが最良として、
基本的なこととして日常生活で自転車に乗るときには、
「速度を出し過ぎない」
「無理をしない」
「車線変更や横断時は後方をよく確認する」
「前後の車間距離を空け、並走をせず、側方もしっかりと空ける」
ということを心がけて欲しい。

しかし、反対に街乗りポタリングでも「パーツ交換は鋭利なものなどのない常識の範囲内で基本的に自由」の上で
「道交法重視」で(体育館のような閉塞コースではなく)実際の街中をコースとして
「(車道走行)速度上限25kmに設定」「どれだけ違反なく走行できたかを競う」ような
少しでもマナー向上を訴えかけるような「速度競技とは真逆の大会」を全国各地で開催すれば
一般の生活自転車への啓蒙活動にも直接繋がるので良い気もするが、そういう方向への感覚が全く育って現状では夢のような話か。

「交通法規遵守ポタリング」
但し「手信号/合図」は慣れない人に使わせると逆に危険になりかねないので禁止。
撤去進行中の「歩道の延長線上にある歩行者・自転車用の信号や横断帯」のある場所をコースから除外。

●[宮城]条例制定でのマナー向上を画策

www.kahoku.co.jp/tohokunews/201811/20181114_11012.html
ヘルメット着用などの努力義務に違反した場合の罰則規定はなく、販売店や学校の協力が着用率向上の鍵となりそうだ。
自転車やバイクなどを扱う早坂サイクル商会(青葉区)では、小中学生以外にヘルメットを購入する客はあまりいないという。
スポーツ車ユーザー(特にロードバイクやMTBなど)では、常用速度や競技内容的に着用が望ましいので分かるとして、
相変わらずズレていると思わざるを得ないが
一般用途でヘルメット着用に安全の理想像を思い描くのは違うだろうと。

そもそもまともに一時停止すら守る気がないような人達がヘルメット着用に応じるとは思えないし、
いくらヘルメット着用したところで、交差点を全く警戒しないような無謀運転を改める気がなければ
事故が減るわけもない。

保険に入ってれば事故が起きても問題ないとか、ヘルメットさえ被っていれば安心と言われても
事故を”防ぐ”ことが目的としては「方向違いにも程がある」として
そういう方向での教育しかできないのであれば逆に「要らない」と言い切る。