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絵柄変化

登録日:2011/08/28 Sun 21:47:28
更新日:2026/07/31 Fri 01:04:10
所要時間:約 20 分で読めます




絵柄変化とは、漫画家やイラストレーターなどの絵柄が変化していく事である。



【概要】

「絵柄」という言葉に馴染みが無い人に説明すると、本来この言葉はそのまま「絵の柄」、もしくは「構図、模様」を指すが、俗語として絵の雰囲気、特徴の事を指す「画風」や「作風」と混同して使われている。
従って正確には「画風変化」「作風変化」と表記するべきだが、本項目では「絵柄変化」と統一して表記する。

ただし、ここではストーリーや思想の変化については扱わない。
大抵の場合のは数を重ねる事である程度自然に変化していくが、中にはその変化が非常に顕著な人物も多い。
また、単に画風の引き出しが増えて描き分ける事ができる人物もいれば、長期の間が空いた事で以前と同じように描けなくなってしまったというパターンも存在する。
前者の場合は変化を逆手に取り、劇中で時間が経過するタイプの作品は物語開始以前~直後の出来事を後から扱った回で以前の画風(デザイン)を意図的に真似るというテクニックも存在する。

比較的数は少ないが、絵柄があまり変化しない人も存在する。これを「いい意味での安定」と見るか「停滞」と見るかはジャンルや本人の意識次第。
スーパーマリオくん』の作者・沢田ユキオ氏のようなパターンは前者と言えよう。

絵柄変化によって従来のファンの感性に合わなくなってしまう事もあり、そのような場合はファンの間で賛否両論になる事もある。
多くのファンが集まるコミュニティでは荒れやすい話題なので、注意する事。

絵柄変化に関する論争で「劣化」と評する従来のファンも多いが、多くは主観での評価である。
また、技術的に劣化かどうかを判断するのは、評する側にも相応の教養が必要である事は留意しておきたい。

実は漫画以外でも例があり、例えば健康クロス氏によるイラスト集『魔物娘図鑑』は初期と近年とで眼の描き方や線の量が変わっており、氏本人も「長くやっていますから、やっぱり上手く描く・描きやすく描くために変わってきちゃうんだと思います」という趣旨の説明をした事がある。
こういった理由の為か、『もんむす・くえすと!』シリーズなどの外部の仕事は基本的に初出時点で近年のタッチのもの*1で描かれるようになっている。


【変化の例】

  • 絵を描く基礎・技術の上達
単純な画力の上昇。恐らく最も多いパターン。
多くの場合は場数を踏む事で基礎部分が上達していくが、プロになってから専門学校や美術大学に入学して学ぶ人物もいる。
逆に自身の絵柄を追及するあまり、基礎の部分から外れていく事も。
後述する「削減・精密化のメリハリがつくようになった」もこれの一種とも言える。

  • 無駄な線の削減
こなれてきた事によって無駄が少なくなっていく。大体この手の場合は初期がごちゃごちゃしていて、人によっては読みづらい事もある。
中には繊細でやわらかな絵柄から、シンプルで力強い絵柄になる……なんて事もある。
湾岸ミッドナイト』の頃の楠みちはるが一例で、初期はアキオと達也は良く知られた画稿よりも「濃い」顔立ちだったし、レイナに至っては初期のエピソードではケバくてほぼ別人。
なんとゲーム『MAXIMUM TUNE』ではこの絵柄変化を完全再現しており、ストーリーモードのうち最初の章となる「悪魔のZ復活編」の10ステージ限定でこの「初期の作画仕様」のアキオ・達也・レイナの顔アイコンがセリフに使用される小ネタがある。

  • 無駄じゃない線も削減
いわゆる簡略化。従来の作品よりもシンプルな印象を受ける事も多い。

  • 描き込みの増加
画力の上昇や描く速度が上がった事で緻密になっていく。
これには元から上手い人がさらにグレードアップしていくというパターンも見受けられる。

  • 他者の影響からの脱却
他者の影響が強い人物が、次第に独自の画風を確立していく。
例えば藤子不二雄Ⓐ(安孫子素雄)は『チャンピオンマンガ科』という漫画の描き方を描いた漫画内で、
自分と藤本(藤子・F・不二雄)が子供の頃「手塚先生の漫画をノートに写しているうちに次第に自分の個性が磨かれてきた」と、手塚そっくりの絵柄から藤子不二雄としての絵柄に変化する様子を図で示しながら説明していたが、これがまさにそれである。

  • 他者の影響を受ける
逆に他者の影響を受けて、自身の作風に取り入れていくというもの。
デビュー時とは別の人物から影響を受けている場合や人間関係の変化でも変わる。
編集などから作風を指示される場合もこれに含まれるだろう。
前述の『チャンピオンマンガ科』の説明も続きがあり、不二雄Aらしい絵になった後、次第に赤塚不二夫風の絵柄になっていき、最後に当時連載中だった『狂人軍』のキチ吉になるというオチだった。
どうもイカれたギャグマンガを描こうとした不二雄Aが赤塚の漫画に影響を受けた結果、こうなったらしい。

  • 個性の特化
絵柄の特徴的な部分が強化され、より独自性を持っていく。

  • 時代の変化
時代の流れに伴い、その時々の傾向に沿った絵柄となる。
逆に時代の流れに背くパターンもある。

  • 造形そのものの変化
上記の要素がいくつか複合された結果、全く違った絵柄へと変貌する。
中には前途のように、間が空いたことで全く違う絵になってしまったというパターンも。
従来の絵柄も描く事ができるが、意図的に変えている場合も多く、一つの作品内であれこれ挑戦してみたり、作風や作品によって変えてみたりと色々ある。
特に後者は、それだけの芸当ができる画力の持ち主でもあったりする。

  • 製作環境の変化
アナログで描いていた人がデジタル作画に移行するなどして、絵の印象が変わる場合もある。
使っていたトーンが販売停止となり、別のものを使う or デジタルに移行などの例もある。

  • カラー絵の塗り方を変える
塗りを変えると、絵柄そのものは変化していなくても受ける印象が大きく異なる場合がある。

  • アシスタントを雇った
最初は余裕がない新人でも、連載が続いて余裕ができればアシスタントを雇えるようになる。
そうなれば、従来よりも一ページ当たりに割ける労力が大きく増す事になるので、より細かい書き込みができるようになる。
また、「人物は得意だけど背景は苦手」という漫画家に「背景が得意」なアシスタントが付けば、それもまた画力が向上したように見えるだろう。
少々違うが、『オバケのQ太郎』でよっちゃんの顔が旧と新で大きく違うのも担当者が別(石ノ森→藤子)になった為である。

  • 作品に合わせる
作品の内容に合わせて絵柄を変えるというもの。
元々引き出しがある人物が行う事が多いが、そうでない人は猛勉強をする事になる場合も。
また、コミカライズなどで元々のキャラクター/メカなどのデザインに合わせるというのもこのパターンといえる。
非常に変則的なケースとして、パロディありきの作品の場合、わざとパロディ元の作品の作画に寄せる為に「一時的に絵柄変化をさせる」事ができる作家が担当するケースがある。
後述する『犯人たちの事件簿』の船津や、毎回パロディ元の変化に合わせて絵のタッチも元になった漫画を再現していた『3年B組一八先生』の錦ソクラなどが好例。

  • 体力的な変化
老いや怪我などによる身体機能や集中力の低下などで作業量を減らさざるを得なくなったり、複雑な絵が描けなくなったりしたのをカバーする為に絵柄自体を変える例。

  • 病による変化
上記の「体力的な変化」と似たようなパターンで、病などで身体を壊し、作風が変化してしまうもの。
腕や指が動かなくなり、その結果複雑な書き込みが難しくなったり、脳や眼、精神が病に侵された時にも見受けられる。
作者は自覚しておらず、編集や読者などに指摘されて初めて異常に気付くというパターンも多い。

  • 単なる手抜き
作者のモチベーションが低下し、雑に書き上げてしまうというパターン。
また商業作家の場合、締め切りに間に合わせる為に手抜き同然の内容になってしまう事も。
単行本などで修正されるケースも多い。
変則的な事例として、バトル漫画に挑戦したところ作画コストが高くなってしまった為、敵キャラだけでも極力「手抜きで描いても悟空やベジータと同じようにカッコよく描ける*2」デザインを追求するようになった『DRAGON BALL』の頃の鳥山明先生も発想のスタート地点はこれと言える。
分かりやすいのはセル。鳥山先生本人が「思ったより作画工数が多くなりすぎたので、最終形態ではすらりとした体形にしたり、第1・2形態には身に着けていたブチをなくしてシンプルなカラーリングにしたりした」と解説している。
元々人造人間や未来トランクスの話の前に大ボスを務めたフリーザが「本気度合いが増すにしたがって縮む」という設定だった為*3、外見的には瘦せていくセルについてもあまり不評は見られなかった。


【大きく絵柄変化している人物】

デビュー年降順、()内はオリジナル漫画、コミカライズ、イラストレーションなどごちゃまぜ

◆~1960年代



◆1970年代



◆1980年代



◆1990年代



◆2000年代~



◆その他





追記・修正はイラストを書いてるうちに絵柄が変化した人にお願いします

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最終更新:2026年07月31日 01:04

*1 初期の『魔物娘図鑑』のイラストでは目のハイライトが最低限を白で描くような表現となっており、見ようによっては「人じゃない」らしさが残る/最近のイラストや『もんむす』『コミック外楽』といった外部の仕事は白によるハイライト自体をなくして瞳の色の濃淡で表現するようになっており、「かえって柔和・人間味が出る」印象を感じさせる。

*2 もっともこのふたりについても、「超サイヤ人を使うと金髪になる」のは黒い頭髪のためベタの色塗りがひつようであるのを「髪の部分は線画のみ」に工数を削減する意味合いもあったと鳥山本人が解説している。もちろん見た目で変化がわからないとマズいが第一であったのだろうが

*3 それまでのバトルものは多くが「敵が強化変身すると大きくなる」設定を採用していた事には留意。今でこそフリーザやセルへのオマージュはよく見られるが、『ドラゴンボール』連載当時は著名作品では割と珍しかった。

*4 ボクが小学生の頃、近所に小さな貸本屋さんがありました。毎日マンガを借りて寝る前に読むのが日課となっていました。時には十冊以上読んでしまうこともありました。ある時、「何だよこのマンガ!1巻からだんだん主人公の顔が変わってきてるじゃん!」──時は経ちました。──「遊戯王」の1巻を見てみると、何と!今の主人公とは微妙に顔が違うのです。…というワケで子どもの頃の疑問は晴れたのであった。

*5 『将太の寿司』は1巻と2巻のみ短期集中連載で、3巻以降の本編とは繋がらない。

*6 アシスタントさんからの「痛みから椅子に座れず、やむなくアトリエ内で主である冨樫先生だけ布団に寝そべって作画を行った回がある」なんて発言もある。

*7 元の絵柄が描けなくなったわけではなく、最終回に登場したまる子の娘は第1話時点でのまる子に似せたキャラデザになっている。

*8 バトル漫画の頃はプロット面で読者からの評判が芳しくなく、かつジャンプ編集部を通して矢吹先生もその点を把握していた。「描いていて一番楽しかった」のが女性キャラだった事から、女性キャラでそのまま勝負できる内容を考えた結果が『ToLOVEる』であり、結果的に『少年ジャンプ』としては過激なラブコメ路線の作家として大成する事になったのはご存じの通り。

*9 これは『野原ひろし 昼メシの流儀』の塚原洋一先生にも言える。