栄光は誰のために
露子の装甲屋台をハイブリッド車に改造して月光洞にやってきた一行。
月光洞に自生している雷樹と専用の充電ユニットを組み合わせれば、燃料の問題は解決する。
探検隊長の阿部の話では、アンテナを装備した航空部の偵察機が飛んでいる間は、スマホでの通話も可能になると言う。
ただし、航続時間は20時間。着陸中はアンテナを使用できない。
そういった注意事項とともに充電ユニットとマニュアルを受け取り、一行は一路大南帝国を目指すこととなった。
一度ゲートに戻ってから石像を使用して細工人の峠を通り、月光洞時間で数日。
帝国辺境にそびえる山々が見えてくるころ、一行の前に数人の小柄な人影……交易人のグループが現れた。
「これはこれは緑衣人の皆さん。どこに行かれるのですか?」
月光洞の住人たちは緑色の制服を着ている学園生徒のことを「緑衣人」と呼んでいる。
交易人によると、大南帝国は現在5ヶ国に分かれて内乱中だという。
旧帝都を押さえているはずの後南国が最も弱く、隣接する2ヶ国・南山国と刻南国から攻められてかなりの劣勢を強いられており、もはや陥落一歩手前だとのこと。
そんなところへ【支配の指輪】が持ち込まれたらどうなるか、それは火を見るよりも明らかである。
そこへさらに、後南国や南山国でSS残党らしき姿を見かけたという情報までが追加される。
先々を危惧しつつも、最初の予定通り帝都を目指す一行。
内乱の影響で、途中にある村々は戦火に焼かれて煙を上げている。
しかし、不思議なことにそれだけの被害が出ていながら死体が1体も見当たらない。
帝都が見える峠に到達するまでにいくつもの村を通過してきたが、そのいずれも焼き尽くされていながら1体の死体も転がっていないという、あまりにも不気味な状況。
そうこうするうちに、城壁に囲まれた帝都・大南府が見えてきた。
大南府も半分ほどは戦火に包まれ、その最奥に位置する王宮らしい建物すら薄く煙を噴き上げている。
忍が飛ばしたドローンで偵察すると、王宮を出入りしている何人かの人影が見えてきた。鎧姿の人影、それに5mほどの巨人もちらほらと見える。
一行は一度車を止め、ドローンだけを王宮に近づけていった。
と、日本人らしい顔立ちに中国風の衣装で着飾った男がドローンを見上げ、手招きをした。
ドローンにはマイクがないので声は聞こえないが、忍の読唇術で「来たれ、早よ」と言っているのがわかる。
一行は城門の影に石像を設置してから、装甲車に乗ったまま王宮に近づいた。
敦也のレーダーには、1000人前後の人間と十数体の巨人兵が反応している。
警戒する一行の前に、やはり中国風の衣装を着た日本人顔の男が現れた。
彼は自分の主・袁噬が一同を呼んでいると告げる。それに応じて王宮の奥へ進んでいくと、ドローンに向けて手招きをした男が立っていた。
男の背後には大きな池があり、その中央に組まれた足場の上に玉座が置かれている。
「そちらが持っている【支配の指輪】を渡してもらいたい」
そう言う男・袁噬の左人差し指には、【力の指輪】がはめられていた。
「仮に指輪があっても、もうあなた方負けてるでしょ?」
そう言う露子に、袁噬はにやりと笑った。
「我々には、この池がある」
そこへ巨人兵が現れ、池に死体を投げ込んだ。と、池の底から「殖」という文字が浮かび上がり、数十人の大南人が這い出してくる。その顔はどれも同じだった。
「ここで指輪を渡して去るか、それとも兵の材料になるか。決めるがよい」
袁噬の言葉に激怒したエステルが巨大化する。
さらに敦也のおしかけ花火と忍の手裏剣が袁噬に襲い掛かる。攻撃を受けた袁噬はよろけて、池に転落した。
そこへエステルが巨大な棍棒にした応石「棒」が打ち込まれ、池の底で何かが割れるようながちん! という音がした。
その瞬間。
巨人兵の棍棒が紅美を吹き飛ばした。
玉座に激突した紅美は、そのまま池に落ちそうになる。
かろうじて右手で池の縁にぶら下がるが、そこへ何十人もの袁噬が這い出してきた。
エステルが再度池に向かって棍棒を振り下ろすが、本物の応石である「殖」にパワー負けした「棒」は効力を打ち消されてしまう。
それでたたらを踏んだエステルは紅美の救出に失敗、自分も池に落ちそうになる。
さらに這い出してきた袁噬たちが紅美を取り囲んだ。
しかしそこで、忍の応石「切」が横一文字にすべての袁噬の首を横薙ぎにした。
さらに敦也の「柧」が池に蓋をしてエステルの落下を防ぐ。
リンの召喚した戦車と左門の剣が、巨人兵たちが紅美に近づくのを食い止める。
そして譲が玉座に滑り込み、紅美の手をつかんだそのとき。
紅美が左手に持っていたトランクの蓋が開いた。
池から飛び出してきたもう1体の袁噬が、【支配の指輪】をはめているミイラの手をつかもうとする。が、その手は応石の力で弾かれる。
と、【支配の指輪】が姿を変えた。
【支配の指輪】は小さな蛇のようにゆらめき動き、するすると紅美の左人差し指に巻き付いた。
譲は紅美を引き上げるのに成功する。
しかし。
「ダメだーっ!」
叫びながら紅美に駆け寄ったのは敦也だった。
敦也は紅美の腕に飛びつくと、その指から指輪を引き抜こうとする。
悲鳴を上げながら嘔吐する紅美。その様子からは、敦也が乱心したとしか思えなかった。
しかし。
「あかんねん! これはめてもたら、乗っ取られるんや! 紅美さん、負けたらあかんぞ!」
紅美の腕を抑え込みながら叫ぶ敦也。
リンは敦也が正気だと気づくが、時すでに遅く左門の峰打ちで敦也は気絶した。
同時に紅美も意識を失い、その場に崩れ落ちる。
紅美から指輪を引き抜いた譲だったが、抜く瞬間に指輪を見てしまう。
譲は虚ろな表情で、引き抜いた指輪をそのまま自分のポケットに入れようとした。
と、その瞬間忍の短刀が指輪を弾き飛ばす。
飛ばされた指輪は麗久の足元まで転がっていった。
アンドロイドである麗久にはいかな【支配の指輪】とて影響を及ぼすことはできない。
麗久は冷静なまま、指輪をトランクに収めて蓋をした。
そして。
「久しぶりの肉体か」
破壊され、水の抜けた池のほうから声がした。
「ほう、君たちはあの学園の者だな? 久しぶりだ」
悠々と一向に歩み寄るその男は。
「我が名は、南豪。南豪君武である」
最終更新:2022年10月19日 00:16