金兎の朝 byTai(魚ではない)





月兎キンウ、いや今北茂直(いまきたもなお)の朝は早い。
起きたとき彼は男であり、イケメンという訳でもないただごく普通のモブ……おっさんである。
彼は自分のことはそこそこ行けるのではと思っている節があったりするが、
男の姿で横丁の居酒屋でお通しとビールが何も注文しなくても来る奴がイケメンであるわけがあるまい。
おっと話が逸れてしまった、彼は水を被ると女の子になり、お湯を被ると男の姿になるというどこぞの漫画の主人公(乱馬)みたいな体質をしているのだ。
そのため昼は月兎キンウとして自称学園のアイドルをしているが、
夜は男子寮に一応籍を置いているので自室に帰るためにお湯を被り戻っているのが日常となっている。

そんな今北茂直は朝日が昇るかどうかという時間に起きて、顔を身が締まるほどの冷たい水で洗いいつもの月兎キンウに戻るのである。
そして、鏡を見て自分を見て今日も美少女であると安心する。茂直はキンウになることで世界に認められ自身の存在を肯定される。
もし、男の姿で色々遊んでいても誰も注目はしてくれないだろう。精々黄昏のペンギンの連中のいたずらと思われてしまうのが関の山であろう。
しかし、美少女の姿で遊んでいればそれは月兎キンウがやった事と覚えていてもらえる。
宇津帆島の人たちに、学園の生徒に知っていてもらえる。
悪戯とはバレて騒がれてこそなんぼのものだ。祭りでは目立ってこそなんぼのものだ。
だから彼は月兎キンウに今日もなる。

そんな月兎キンウの趣味は釣りである。
それは普通の釣りではなく男や様々な人を引っ掛けて弄び、彼らの愚鈍な様やネタバラシをした際のリアクションを見るのが楽しみである。
一歩間違えれば生徒会や宇津帆島の旧家のお偉方を始めとした色々な人の恨みを買いかねない行為であることは重々承知している。
だが止める気はない、だって楽しいことなのだから。

今日はとっておきの特ダネがある。
生徒会副会長(エステル)の黒歴史だ。旧家生まれで銃士隊で活躍されているお嬢様の過去がSMの女王様……いや、魔王様だったか、そんな面白くなりそうな特ダネをばら撒かない選択肢はない。

今回は特に危険だ。下手を打てば生徒会連中や島そのものを敵に回しかねない。だがそのギリギリが滾ってくる。そのギリギリで向こうが手を出せない状況を作ってそれを愉悦してこその月兎キンウだ。

今回は手をまわす場所も多い、新聞部に突撃報道班、後はテレビの放送にジャックを噛まさなければ。
特ダネ好きな連中には心当たりがある。そいつらにエステル副会長の表記をエステル魔王様にしてもらって、事前に仕込んで作っておいた黒歴史の証拠写真と同じ構図の写真を広告の端っこにでも載せてもらえばいい。こっちは相手の面白いネタを握っているからここから割れることはないだろう。最悪割れてもそれはそれで面白い。

後はHOLONの掲示板に釣り画像を大量に仕込んでおいてその画像のリンク先のブラクラ画像を片っ端から例の写真にしておくだけだ。

仕上げにラジオ・TV放送委員会の発信基地のデータを少しだけ乗っ取って僅かな時間だけでも例の写真を見せてやれば後は学園がお祭り騒ぎだろう。
どうせ詭弁部の連中がどうにか理屈をつけて考察してくれるだろう。
真実を知る者は騒ぐと自分だとバレるから下手に騒げない。裏でさぞ恥ずかしがることだろう。

「今日は忙しくなるぴょん。まずはクラッキングをして、各所に匿名でネタをちらつかせつつメールをっと、今回は少し危ない橋を渡るから念のために隠れ蓑で下水族の方に身を潜ませてなきゃいけなくなるかもしれないから色々動かなきゃいけないぴょん」

「今日も忙しくなるぴょん」

月兎キンウは鼻歌交じりに一人ニヤニヤしながら寮の外へと向かう。
彼女はご機嫌でありその足取りは軽く、兎のようであった。

「さて、祭りの始まりだぴょん」

その呟きは物静かな暁の空に吸い込まれていった。

その後生徒会室では副会長の赤面が見られたとか見られなかったとか、それは誰も知る由もない。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2022年10月19日 00:22