兎の歩み byTai(魚ではない)





今北茂直が、月兎キンウとして目覚めてしまったのはほんの些細なことによってだった。
本土で流行っているという噂のコロナワクチンを受けてその後日課の島外のネット周回をしていた時のことだった。
 茂直がいつものように掲示板巡りをしていると変なリンクを見つけた。
そこには、『このリンクを踏むと女の子になれるよ!!』といったものだった.
いつもの茂直なら「はいはいブラクラ乙」とスルーする代物であった。
 しかしコロナワクチンを受けた影響なのかネット巡りでネタの一つにでもなるとか、何を思ったのかは分からない。しかし茂直はそのリンクを踏んだ、その筈だ。
 そこから先は記憶が定かではないが、気づいたときには煙を上げているパソコンと女体化した自分がいた。
 これは夢かと思った。しかし明らかに縮んだ体、可愛らしい見た目、この女子特有の良い香り、そして乳房にぶら下がっているおっぱい…体を確かめ、やはり夢ではないことを自覚する。
 茂直は「冷静になれ、よし落ち着こう」と口では言いながらも足は男のエデン弁天寮に向かっている。やっぱり男とはいくらイチモツがなくなったとて心のイチモツはなくならない、悲しき性を抱えている者なのだ。
 いやはや、女の体とはいいものだ。あの厳しい弁天寮でさえスルー出来た。
思わず口元が緩みそうになるがグッと堪える。エデンはこの先にある。一歩ずつ歩みを進める度、だんだんと歩みは軽く速くなっていく。
女湯の扉はもうすぐそこで、男子寮のムサイ香りのそれとは違う別物の良い香りがする。
そして、女湯の暖簾をくぐった筈だが、ダメだった。
 茂直は心の根っこからモテない男子高校生だった。確かにそこにはエデンが広がっていた、肌色ばかりの眩い天国が。しかしダメだった。エッチな本とかが好きで健全な男子高校生の茂直にその光景はレベルが高すぎた。
 女の子と碌に手も繋いだこともなくまともな恋愛経験のない茂直にはヒノキの棒で魔王に立ち向かうようなものである。心のイチモツは所詮エクスカリバーではなくヒノキの棒、要するにチキン野郎だったのだ。わずかに記憶に焼き付けたが、すぐにオーバーフローを起こした茂直は鼻血を出し倒れた。精々記憶に残っているのは肌色が一杯だというくらいだ。
 次に目が覚めたときそこは弁天寮の医務室だった。誰かが心配して運んでくれたらしい。
そこで医務の先生に記録を取るから名前はと聞かれ咄嗟に月兎キンウと答えた。
 データは当然なかったが学園ではそう珍しいことでもないのでうまいこと誤魔化せた。
その晩は医務室で夜を明かしたが、そこで色々思い出そうとしたときに肌色しか思い出せなくそれで少しテンションが上がってしまってた自分に自己嫌悪になりつつ夜を明かした。
 次の日の朝、医務室に備え付けられているシャワーを浴びたときまた変化が起きた。
お湯を浴びると体が男のものに戻っていくではないか。
夢かと思い冷水を浴びてみると今度は女に戻った。
 なんだよ、どこぞの乱馬1/2ですか、と思ったが自身の体質がそのようになっていることにテンションが上がった。
 ネットでネカマの姫プレイをすれば、バンバンアイテムやらなんやらを貰っていた茂直。
そんな彼が月兎キンウという女性の体で姫プレイをすればどうなるか、すぐに思考はそこに巡った。
 ただ同時に思う、男の性欲の相手とかしたくねえなとも。ネットなら精々文字だけでどうにかなっていたがリアルではそうは問屋が卸さない。
下手に姫プレイをし続ければ薄い本展開待ったなしだ。
それは嫌だ。それならどうするか。
女子に対してこの世界というのは側面によってはちょっと甘くなっている、フェミニスト万歳だ。
じゃあ、するのは決まっている少し悪いことだ。元来がねらーで祭り好き、そしてこのような学園にのこのこやってくる奴が普通ではあるまい。
これまでおとなしく学園生活を過ごしていたのは、男として度胸が足りてなかった側面が強い。
しかし今は女、ちょっとのやらかしなら世間が甘く見てくれる。やらないわけがない。
男子がやった悪戯と女子がやった悪戯、その価値は月とすっぽん程の差がある。例えば男が悪戯をしてもそれにコミュ力が追い付いてないとそれは痛いやつだ、しかし女子がやればあれ小悪魔系だなんだと周りが勝手に盛り上がる。
 要するに今北茂直は月兎キンウという肉体を得た過程で今までの自信がなく陰キャに収まっていた自分からのイメチェンを果たしたのだ。少し遅めの高校デビューというやつだ。
 悪戯をしても怒られないというよりなんとかなるという妙な免罪符を得た月兎は無敵だ。
まず手始めにやったのはスカートめくりだ。小学生のころやんちゃな子がやっているのを見て一度はやってみたかった悪戯だ。
 走りながら女の子のスカートという秘密の扉を開いた、その女子のパンツは水玉だった。
顔は覚えていない、興奮とは恐ろしいものだ。
 その後もブラウンや猫さん、縞々などを堪能しているとそこいらから月兎を追いかける足音に気付く。公安委員の連中だ。なんともうざったらしい。
今回は少し走り回って何とか撒いたが、これは面倒だ。
やはり悪戯といっても限度というものがやはり女子でも存在するらしい。
 ただ同時に思う。「怒られなければ何をしてもどうにかなる」と。
幸いなことに月兎キンウはお湯をかかると今北茂直に戻れる。つまり簡単に2つの身分を作れる。これはいい、これはやはり良いものだ。
 それならば、女の月兎キンウは思いっきり目立ってやろう。口調もぴょんにして格好も微妙に改造した制服にして人目を集めるのだ。その陰である今北茂直はますます影となり、隠れ蓑にうってつけだ。口元がにやける。こんなに楽しいものだとは。口で「ぴょん」という言葉を繰り返し呟き自身の心に浸透させていく。あぁなんて楽しいんだぴょん。
「さて行くぴょん」
そして彼、いや彼女こと月兎キンウは歩みだす。まだ見ぬ楽しい世界へと。

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最終更新:2022年10月19日 00:21