登録日:2025/11/29 Sat 19:18:11
更新日:2026/07/24 Fri 20:35:24
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相撲は
日本の神事とそれを起源とする
武道の一つ。
本項目では相撲を興行化した
「大相撲」等についても記載する。
【概要】
現在行われている
大相撲の影響で
空手や剣道と同じような武道と思われがちだが、
大相撲は興行化された相撲のことであり、その起源は
日本古来の神事や祭においてその年の農作物の収穫を占う儀式として、土俵上で力士が組合って戦う力比べである。
但し相撲と同じような形態の格闘技は
沖縄本島の
沖縄角力、モンゴルの
ブフなど日本国内外にもそれぞれ独自の名前で存在しているが、日本国内では
「沖縄相撲」、モンゴル相撲、トルコ相撲など「○○相撲」という形で呼称されることが多い。
江戸時代には全国にタニマチがおり、村々から力士が集まり闘うような習俗も珍しくなかった。
現代にも土地土地に根差したローカル興行の文化は少なからず残っており、
石川県羽咋市の「唐戸山神事相撲」、
島根県の「隠岐相撲」などが有名。
とはいえその歴史の長さから日本の武道・格闘技・スポーツとして国際的にも認知されており、プロ力士による大相撲以外にも学生や社会人などプロ力士以外の競技者のための「学生(アマチュア)相撲」や女性だけの「女子相撲」などがある。
なお、儀式なので
不浄なものを衆目の目に晒してしまうのはアウト、「不浄負け」と呼ばれる反則負けとなる。
それを狙って故意に相手のまわしを外そうとするのも(まわしの内側に指を差し込んだ時点で)反則である。
因みに大相撲でも発生した事例は希少ながらあり、また滅多に起きない
チン珍事であるため新聞で大見出しを飾ったことも。
ゲーム『つっぱり大相撲』(
テクモ)などで用いられる「もろ出し」は「
両差し」をもじった俗称。
なお、相撲はしばしば「国技」と呼ばれることがあり大相撲を行う会場も「国技館」と呼ばれているが、法令・政令で定められたものではない。
そもそも、そういった法制上での国技は日本に存在しない。
【特徴】
他の武道や格闘技が体重ごとの階級制を採用していることが多いのに対して、相撲は体重制限や階級が存在しない完全な無差別級ということである。
勘違いされがちだが後述の番付は大相撲の成績によってつけられる順位や地位のことである。
ちなみに我々が普段よく目にし、力士としてイメージされる太った重量級の体型はあんこと呼ばれ、逆に軽量級力士はソップと呼ばれる。
無差別級故に軽量力士は不利とされるが、最高位横綱に位置する力士たちが最重量級に偏る構図はほとんど見られない。
重量級にとっては土俵から出ると即負けというルールと、力士の体格に比べて格闘技のリングとしては狭めの土俵のサイズが不利に働き、
軽量ゆえの動きを生かした技で大型のあんこ力士を倒す取組は大きな見所となり、近年では筋力トレーニングを重視した千代の富士や初代霧島といったソップ体型の横綱、大関が登場している。
一方で取り組みでは体重100kg超えの力士同士がぶつかり合い、しかも短期間に実戦を集中させるため他の格闘技以上に怪我などのリスクは高い。
後述のように、全日程をテレビ中継する本場所以外にも、地方巡業・トーナメント大会が年数回組まれており、番付の高い力士がそれらを精勤すると
年間90~100以上の対戦になり得る。
1戦1戦の準備とリスクマネジメントを重視して長いスパンを空けることが常識のメジャーなプロ格闘技業界ではあり得ない数字と言え、むしろ
プロレス業界に近い過密スケジュールである。
全ての取組に全力を出していては体がもたないことも八百長疑惑(後述)の背景という声もあり、
かつて「入院中でもない限り、歩ける限り、痛み止めを無限に飲んででも出ろ」と言われるぐらいに休場に対して厳しい目で見られたが、近年はスポーツ意識の浸透で治療目的の休場に対する目も軟化しているが、それでも多くの力士が30歳を過ぎると引退するなど現役として活躍できる期間は短い。
逆に徹底的な自己管理を行い本場所で殆ど休場せず、一定の実力を保って長く力士を続ける者もたまにいる。
【世論において】
時々「力士=力と体重だけ」という勘違いをする人が見られ、かつては横綱に対してすら「力とガタイだけのバカ」とまでステレオタイプ的に侮辱する者も少なくなかった。
だが、そもそも筋力や筋肉を効率よく付けるには筋力トレーニング理論や栄養学に精通していなければならない。要は「馬鹿では一流力士にはなれない」ということである。
そういうこともあって「大食い・大酒飲みでデカくなる古典的で豪快な男」というイメージは少しずつ後退しており、既にまともな相撲ファン歴のある人間なら「変な恰好してわざわざデブになる変人」と誤解する者はほとんどいない。寧ろ科学的なアスリートとして認める者が多く、力士体型にも合理的な意味があるのだと理解されている。
力士に対するリスペクトも、日本全体の相撲に対する解像度の改善によって昭和時代より上がっている。
かつて昭和時代にはそれこそ
最高位が十両でも「プロじゃない」「落ちこぼれ」
と誤解されるぐらいであった。
しかしSNSやwikiサイトの普及した2010年代以降では、それこそやる気があれば小学生ですら大相撲のシステムや力士たちの努力を詳細まで理解できるぐらいには相撲知識が一般に浸透していることもあって、かつては極端な話をすると「ロクな死に方をしない」とまで蔑視されていた「学生相撲出身者で十両1場所で引退」程度の実績の持ち主でも、2020年代時点では「その根性があれば引退後に一般社会でもやっていける」と肯定的に見られる。
元々相撲部屋に備わっていた社会性のトレーニングの側面もあって社会性や生活力の欠片もない元力士はまともな大相撲歴があればそうそうおらず、基本的に現代では関取に上がれなかった力士の引退後の人生は応援される傾向にある。
つまり、現代の相撲ファンは「力士を興行の駒や記号ではなく、人間として応援している」傾向にある。
【相撲の歴史】
古代
神事が起源というだけあってその歴史は古く、相撲の最古の記録は『
古事記』の葦原中国平定の折、派遣された
建御雷神に対して千引石を担いで現れた出雲の
建御名方神が建御雷神を悪神と誤解して戦いを挑み、「然欲爲力競」と言った後に建御雷神の腕を掴んで投げようとした描写とされ、これが相撲の起源とされる。
紀元前23年には人間同士の相撲として相撲の始祖とされる
野見宿禰と
當麻蹶速の「捔力」での戦いが記録されている。
ちなみにこの時の試合展開は主に
蹴り技の応酬であり、最後は宿禰が蹴速の脇骨を蹴り折り、倒れたところを踏み付けにより腰骨を踏み折って絶命させたとされる。
野見宿禰は當麻蹶速を倒した後、天皇の葬礼において殉死の風習を廃し、代わりに埴輪を製作することを提言したと伝えられている。
これにより土師部の祖とされ、相撲の始祖であると同時に葬礼文化の改革者としても記憶されている。
その埴輪だが和歌山県井辺八幡山古墳や福島県泉崎村原山古墳から出土した力士像埴輪からは、「裸身に褌」といういでたちが確認される。
さらに時代が下り、五世紀の『日本書紀』雄略天皇十三年九月の条には、ミスをしないと豪語する工匠・猪名部真根の木工の作業中に雄略天皇が「采女」を裸身に褌(犢鼻)姿で相撲を取らせて気を散らせる場面が描かれている。
動機はアレだがこれは「捔力」や「力競」ではなく、現代につながる「相撲」という呼称の日本の史書における最古の登場例とされ、同時に褌姿で相撲を取る当時の様子が初めて確認できる重要な記録である。
こうした考古学的資料は、相撲が神事から人間同士の武技へ、さらに儀礼や娯楽の要素を伴う文化へと展開しながら、後世の「国技」としての相撲へとつながっていったことを物語っている。
江戸時代以前
奈良時代〜平安時代にかけては相撲節会が宮中行事の一つとして毎年7月頃に行われるようになる。
参加人数は毎年40人ほどの強者が近衛府により選抜され、宮中で天皇が観戦する天覧相撲をとった。
当初は宮中行事の余興扱いだったが、やがて健児の制が始まると宮中警護人の選抜の意味を持つようになり、時代が下るにしたがって相撲節会は重要な宮中行事として華やかさを増していった。
しかし武道・スポーツに限らずどんなものでも時代を経るに連れて当初の目的や意義が薄れていくように、相撲節会も健児の選抜という本来の趣旨は次第に忘れられていった。
一方で、捧げものを供えて天地に五穀豊穣を願い、或いは土を踏み固める儀式でもって建築普請の験担ぎとしてのイメージは広く受け入れられ、実権を握った武士階級にも大いに好まれた。
やがて
室町時代になると
戦国大名が熱心に相撲人の養成に力を注ぎ、応仁の乱以降は京都の相撲文化が地方に伝わり、民衆の間に相撲が定着、相撲を生業とするものが現れる。神事とは言うものの、実態は上下の観客を前提としたイベント化の進行である。
畿内の第一人者になった天正年間の
織田信長の相撲興行には、遠国の大名の家臣も参加したという。それほどの栄誉の場であったと同時に、威勢を見せつける側と
スパイを兼ねる側の思惑の一致もあったのだろう。
戦乱の世が終わると、活躍の場を失った武士団が本名を隠して相撲興行を行ったと言われる。
元は土俵はなく、地面に倒すことで勝敗を着けていたが、周囲に観客を集めて興行を行うにあたって
人垣に突っ込んだら負けというルールが追加され、
やがて観客席の内側に土俵というリングが作られるようになったという。
江戸時代
江戸時代になると
勧進相撲として相撲興行が各地で発生し一般の民衆にも広がるようになり、その中でも
江戸相撲(明治以降は東京相撲)・大坂相撲・京都相撲の団体が特に人気となった。
力士は庶民の間で注目の的となり、
大関になると諸大名からお抱え侍として引き抜かれて二本差しを許されるなど侍と同等の扱いを受けたが、大名の面子がかかるため、常に真剣勝負を求められた。
さらに
見物客の間でも頻繁に喧嘩沙汰が起こり死者まで出たため、
土俵の柱には刀が複数常備され、喧嘩が始まると親方衆が抜刀して仲裁するほどだった。
現代でも
愛媛県大山祇神社で稲の精霊と人間が勝負する「一人角力(ひとりずもう)」の神事は有名だが、それを模したひとり相撲芸を持ちネタにした芸道者も現れたという。「千穐万歳大々叶」という言葉は現代の相撲界にも残っているので、場合によると実際に千秋万歳(せんずまんざい)のひとつだったのかもしれない。
また、当時はまだ女人禁制で、女性は見物できなかったが、明和〜安永期に急速に見世物として側面が強くなり、
盲人による「座頭相撲」や女性の「女相撲」が行われるようになった。
更に座頭相撲の
男性力士と女性力士が相撲を取るという現代では考えられない変則的な取り組みを見世物にした興行が人気を博したが、いつの世も邪だったり下劣な考えの持ち主は出てくるもので、
興行人や世話人に金を渡して土俵上でわざと醜態を演じさせるたりお色気重視の興行に路線変更するなどしたため、風紀を乱すとして寺社奉行から禁止されてしまった。
流石に21世紀プロレス流のエンターテインメント化へ移るには時代が早すぎたようだ。
江戸幕府11代将軍・徳川家斉の時代には将軍が観覧する「上覧相撲」がきっかけとなって相撲は庶民の娯楽としてさらにブームとなり、現代の大相撲のような職業相撲として興行へと変化していった。
ちなみに、現代ではごく稀になった「引き分け」もこの頃はそれなりの頻度があったようで、
落語などの題材としてしばしば見られる。
明治〜第二次大戦後
文明開化による西洋文化の流入で相撲をはじめとする伝統芸能は存続の危機に陥ったが、明治天皇の天覧相撲が繰り返されたことで命脈を保っていた。
そして大正期になると京都相撲やその他の中小規模の地方相撲が自然消滅し、東京・大阪の二大相撲となる。
勧進相撲時代からの雨天中止の開催体制により日程が不安定なため、天気を窺う必要のない興行大相撲用の頑健な建造物を確保したのもこの時代で、
東京都墨田区にあった初代の「国技館」落成・使用は明治42年(1909年)であった。
ちなみに幕末期に一度は復活した女相撲も風紀を乱すという事から女性力士が裸で相撲を行うことが禁止されたが、明治中頃になると肉襦袢を着、猿股を履いて行うものとして復活した。
大正14年(1925年)には当時の皇太子(後の昭和天皇)の下賜金により幕内最高優勝者に授与される現在の天皇賜杯にあたる「摂政宮賜杯」が作られ、翌年1月場所から個人優勝者にも賜杯が授与されることになり、これを契機に東京・大阪の両相撲協会の合同が計画され、技量審査のための合同相撲が開かれ、昭和2年(1927年)に東京相撲協会と大阪相撲協会が解散し、新たに大日本相撲協会が発足する。
第二次世界大戦の戦時下では、時局の制約を受けて不規則的な興行を余儀なくされていた。
戦後〜現代
終戦後もGHQに許可を仰ぐ形で興行が行われていたが、1957年には11月場所(九州場所)、1958年には7月場所(名古屋場所)を行うようになり、現在に続く「1場所15日の6場所」という興行形態になった。
1950年代にテレビが普及するに従い、NHKの相撲のテレビ中継が始まり、大相撲は日本における有力な娯楽コンテンツとして定着していき、相撲教習所や横綱審議委員会が設立されるなどスポーツとしての近代化も断続的に進んだ。
しかし高度経済成長期の1970年頃になると、
暴力団との繋がりや八百長が疑われる相撲の横行、力士の健康問題等の諸問題が表面化し、国会でも相撲協会のあり方が取り上げられるようになる。
これを受けて中学校在籍中の入門の禁止や公傷制度の導入、相撲競技監察委員会の設置、行司の完全年功序列を廃し成績考課を導入する等改革が行われた。
一方で「日本の国技」というイメージをアピールすることでスポーツ化も進み、1977年には小学生を対象とする「わんぱく相撲」大会が東京都で発足。
規模を広げていき、1985年には全国大会が開催。現在では全国200(主催青年会議所単位)の地区が参加している。
競技人口の性差から男女混合で行われていたが、全国大会資格は男子限定という格差が長い間続いていたが、2019年から正式に女子全国大会も開催されている。
その後平成初期になると外国出身力士が増え、ハワイ出身の曙太郎と武蔵丸光洋が横綱に昇進し若乃花勝・貴乃花光司兄弟もともに横綱となり、特に若乃花・貴乃花は女性ファンの獲得に成功し、
若貴ブームと呼ばれるほど加熱して力士志願者が激増し、相撲協会在籍人数が史上最多を記録する。
2000年代以降は
朝青龍が史上初の年間全場所制覇を達成、白鵬が優勝回数記録を更新するなどモンゴル出身力士が土俵を席巻し、外国人力士=モンゴル出身とイメージされるなど一時代を築いた。
しかし2000年後半から力士への暴行や賭博、八百長など様々な不祥事が続出するようになる(後述)。
また、日本経済の安定と健康意識のブーム(飽食・ダイエット産業)が逆風になった面も大きく、21世紀が進むと新弟子希望者の減少は顕著になった。
閉鎖的と見られがちな伝統・旧態の固守にこだわるより、親しみやすさを目的とする動きが前面に回り、「武骨でボソボソ話すのがお相撲さん」というイメージを脱却したテレビ番組やインターネット上の活動が増加。
他のスポーツ・格闘技選手同様、力士のタレント化が進み、大関経験者・小錦が「KONISHIKI」としてタレント活動を長期行ったり、横綱・貴乃花が相撲の四股をアレンジした一般向けのエクササイズを考案したり、現役力士たちも運動能力をアピールするバラエティ番組に現れるようになる。
横綱・大乃国が「スイーツ親方」と評判になったことを皮切りにグルメ方面でも拡大が始まり、大食い企画や各相撲部屋のちゃんこ鍋企画なども定着している。
世界規模への活動と共に海外の政治家を観戦招待することも見られるようになる。
近年では、特にフランス元大統領ジャック・シラクが大ファンだったことが有名。愛犬にスモウと名付け、2005年の訪日の際にも大阪場所を観戦している。
また2019年には両日米首脳夫妻による観戦が実現し、日本以外でも相撲人気が高まっているところを見せている。
アマチュア相撲は日本大学が昭和後期から現代にいたるまで、日本は当然の事として果ては世界の一大潮流となっている。
【技術関連】
鍛錬法
相撲の稽古で真っ先にイメージされる基本中の基本となる稽古。
片足を高く上げて力強く地を踏む動作で、下半身の強化や柔軟性向上に効果的。
鍛錬以外にも地中の邪気を祓い大地を鎮める宗教的な意味合いも持つ。
股関節を柔軟にして怪我を防ぐことを目的に行う準備運動。
力士は長年に亘って稽古をしていく中で脚を180度に開き切り、さらに顔や胸などが地面に着く程に上体を倒せる人がほとんどとなっている。
地面から足の裏を離さず、するように足を運ぶ歩行で、足の内側に体重をのせ、重心を落としたまま足の親指を離さず移動をする歩行方法である。
鉄砲柱と呼ばれる柱に向かって左右の突っ張りを繰り返す動作。
腕力や前に出る力を養う重要な基本稽古。
大相撲の会場でよく見かける張り紙「テッポウ厳禁」のテッポウとはこれの事である。
力士は
「食べる事も仕事・稽古のうち」と言われ、力士の大きな体を作り上げる
ある意味最も重要かつ過酷な鍛錬。
相撲部屋の食事は昼夜の1日2食なのだが、
力士の一日の食事量は約7000〜8000kcalと言われている。
ちゃんこ鍋が最も有名だが、実は鍋のみならず相撲部屋で摂る食事全般を
「ちゃんこ」と呼び、主に幕下以下の力士が交代で食事作りを行うが、この経験が長い者がちゃんこ長として後輩達の指導をしたりもする。
ちゃんこ長の技量にその部屋のちゃんこの味、延いては部屋全体の士気が左右されるため、殆どちゃんこ作りのためだけにちゃんこ長が中々引退できないということも。
ちゃんこ鍋は鶏肉や
豚肉、魚、野菜などをたっぷり入れた栄養満点の鍋料理で、味付けなどのレシピも部屋によって多種多様。
鍋にすることで短時間で多くの量を食べることができ栄養バランスも整いやすいという共通のメリットがあり、力士たちはちゃんこ鍋をメインに、
唐揚げや
刺身などのサイドメニューや白米を大量に食べる。
ちなみに「ちゃんこ」の語源は
- かつて炊事番を担当していた年長者が、若手力士から親しみを込めて父・爺を意味する「チャン」と呼ばれていたのが、いつからか「チャンコ」になった
- 中国から伝わった鍋「チャウ・クォ」に因む
など諸説ある。
主要な技一覧
平手で相手を突く技。相撲では拳を握って殴ることは禁止されているため、相手との距離を取る上で非常に重要である。
手を広げて指を下に向けた形で下からやや上向きに胸などを突き飛ばすように突いたり両手を使って下から上に回すように繰り出す、下から突っ張ることによって相手を起こして重心を高くするといった手法がある。
土俵上で両力士が体同士をぶつかり合わす行為。
前頭部で相手の胸あたりに突っ込む形で相手も同じ姿勢であれば、頭同士がぶつかり合い、時に出血を伴う。
頭同士がぶつかり合うこと自体は問題ないが、故意に危険な場所を狙うと反則となり狙った側は負けとなる。
立ち合いで突っ込んできた相手に対し左右に避ける行為。
相手が突っ込んでくるのだから避ければ有利、あるいはそのまま勝負を決めてしまえる。
しかし読まれると一転して体勢で不利になることから、あまり積極的には行われない。
また正々堂々とした立ち合いでないことから力士が上位の者であるほど観客にも好まれない。
両手又は片手を筈にして相手の脇の下や胸に当て、土俵の外に出して勝つこと。
全ての基本となる技。
相手体を密着させて前か横に進んで土俵の外に出して勝つこと。
全ての基本となる技。
四つに組んだときに、相手の差し手の上もしくは下から廻しを取って投げて勝つこと。
主な力士は上手を取りに行くことが多いが、身長差の関係で相手の上手を取りにくい力士は下手を極める傾向にある。
相手の足を蹴るように倒し勝つこと。
相撲では胸や腹を蹴ることも禁止されているが、足払いのような柔道技は認められている。
【大相撲】
前述の通り、日本では様々な形態の相撲が行われてきたが、1925年に職業力士による興行団体として最後まで残っていた東京相撲が大阪相撲を吸収する形で合併して発足した大日本相撲協会によって一元化されたプロの力士たちによる興行。
大相撲力士志望者は、まず新弟子検査を受検し、体格検査及び内臓検査に合格しなければならない。
国籍は不問だが、「外国出身力士は各部屋1人ずつ」という規定が存在する。但し部屋の閉鎖などにより移籍した場合や、外国籍だが10年以上日本に在住している者はこれに当てはまらない。
入門した新弟子は新弟子同士で対戦する「前相撲」でデビューし、勝ち負けに関わらず次の場所には序ノ口に出世して番付表に名前が乗り、大相撲のキャリアをスタートする。
また、学生やアマチュア相撲で優秀な成績を収めた選手は前相撲を経験せずに幕下あるいは三段目からキャリアを始められる「付け出し」制度もある。
本場所は番付や給与などの待遇を決める性質があり、1場所15日間の日程で年に6場所行われる。
【本場所期間・開催地】
|
1月 |
3月 |
5月 |
7月 |
9月 |
11月 |
| 場所 |
初場所 |
春場所 |
夏場所 |
名古屋場所 |
秋場所 |
九州場所 |
| 開催地 |
東京 |
大阪 |
東京 |
名古屋 |
東京 |
福岡 |
そして本場所のない時期には力士一行が本場所が行われていない地方へ出向き、1日限りの相撲披露(相撲・大相撲巡業)を行うが、相撲協会では巡業を本場所と並ぶ最重要事業として位置付けており、協会とは別の興行主等から依頼・招待があれば海外公演/巡業を行うこともある。
ちなみに関取が所属していない部屋の取的は巡業に参加することができず、部屋によっては合宿を行う部屋もある。
また、勝敗が番付や給金に反映されない興行は花相撲と呼ばれ、トーナメント相撲、親善相撲、奉納相撲、引退相撲などがある。
花相撲では本場所で行われない見せ物を披露するのが恒例で、相撲のルールと反則を面白おかしく実演しながら紹介する初切、歌の得意な力士が囃子歌を歌う相撲甚句、床山が力士の髷を結う様子の実演などが行われる。
ちなみに日本プロレス界の立役者でもある
力道山が相撲出身ということもあり、日本プロレスから現在までの日本のプロレス興行の基本となる巡業体制や道場を作っての新弟子制度や付き人制度がプロレス界にも引き継がれていくこととなった。
競技進行
本場所においては下位の取り組み開始時刻は大変早く、朝8時半ごろ寄せ太鼓が打たれ、幕下下位の力士達の取り組みが始まる。その後十両の土俵入り、中入り休憩、幕の内の土俵入り、、横綱土俵入りを挟みつつ、番付最上位である横綱・大関の取り組みで締められる。
ただし、最終日の千秋楽に限っては通常取り組みの本割の他、同率力士による優勝決定戦が組まれ、その後に幕内最高優勝表彰式となる。
競技に際しては見届け人として審判委員の親方衆のほか、勝ち残りの力士、次の取り組みの力士が土俵下に控えている。行事軍配に疑義がある時は挙手して「物言い」を付けることが出来る。
親方衆は指導者でもあり、監督的な立場にあるが、それに加えて現役選手がジャッジに加わることが出来るという珍しいシステムが組まれている。
物言いが付いた際には審判委員は土俵上で協議する。
その後、審判部長から判定についての説明がアナウンスされる。判定が覆ったり、引き分けと見做して再試合などの措置が取られる。
組織としては大変保守的とされる大相撲であるが、その競技の特性上、大変際どい判断を要し、かつ競技性の向上から現場審判である行司による判定のみでは限界が生じ、日本国内では
プロ野球など他の競技に先駆けてビデオ判定を導入した団体である。
別室で審判部が控えて競技進行を確認しており、決まり手の判定を行うほか、物言いの際の参考ともなる。
相撲部屋
大相撲の力士達が所属する団体で、その団体が生活の拠点とする施設。
指導者である年寄(親方)と力士(弟子)との間で疑似的な大家族制を取っている。
相撲部屋は力士と指導者(親方・年寄)だけでなく行司・呼出・床山・若者頭・世話人も全員いずれかの相撲部屋に所属しており、部屋に所属していない者は本場所に出場できない。
また相撲部屋が廃止・新設される場合を除くと、相撲部屋の間で移籍することも基本的にはできない。
幕下以下の力士は大部屋での共同生活で、十両以上の関取になると個室が与えられる。
また「他人の相撲を見るのも稽古のうち」「他人を押しのけて土俵に上がるほどの積極性を力士に持たせるため」などの理由からどんなに所属力士が多くとも稽古土俵は1つしか設けないことが一般的となっている。
引退した力士が親方として角界に残るには日本国籍かつ「最高位が小結以上」「幕内在位通算20場所以上」「十両以上在位を通算30場所以上」のいずれかの条件を満たし、なおかつ年寄株を取得する必要がある。
また部屋の継承は師匠から弟子へと年寄名跡に付随する形で継承されるが、そうして分離独立が繰り返されると同一の部屋から分離独立した部屋の系統が発生する。
これらの系統に基づく部屋の集まりを「一門」と呼び、冠婚葬祭や合同稽古などを実施、協会の役員選挙も慣例的に一門別に頭数が割り振られている。
【相撲部屋の1日の流れ(一例)】
1日の流れは相撲部屋ごとに異なるため、大まかに記載。
| 時間 |
やること |
備考 |
| 5:00〜6:00 |
起床 |
|
| 6:00〜6:30 |
稽古開始 |
稽古は下の番付から順に行われる。 関取は稽古開始から暫く経ってから稽古場に来ることが多い。 |
| 10:30〜11:30 |
稽古終了 |
ちゃんこ当番の力士は少し早めに上がる |
| 11:30〜 |
稽古場の片付け、入浴 |
番付順に風呂に入り、髷の結い直しや土俵の整理、ちゃんこの準備を行う。 |
| 12:30〜13:30 |
昼食 |
空腹の状態で運動して極限まで栄養を吸収しやすい状態で多く食べるため朝食は基本的に食べない。 |
| 13:30〜16:30 |
昼寝 |
疲労を回復するだけでなく、効率よく成長ホルモンを出し体を大きくするため重要な稽古の一環である。 |
| 16:30〜18:00 |
掃除 |
幕下以下の力士たちは稽古場の掃除や部屋の雑用を行い、ちゃんこ当番は夜のちゃんこの準備をする。 関取はちゃんこまでは自由時間なので、昼寝の続きやトレーニングをすることが多い。 |
| 18:00〜19:00 |
夕食 |
関取は付け人を連れて外食したり、後援者と外出したりすることもある。 |
| 19:00〜 |
自由時間 |
|
| 22:00〜23:00 |
就寝 |
|
番付
| 分類 |
番付 |
定員 |
| 関取 |
幕内 |
横綱 |
42名 |
| 三役 |
大関 |
| 関脇 |
| 小結 |
| 前頭 |
| 十両 |
28名 |
| 力士養成員 |
幕下 |
160〜200名 |
| 三段目 |
160名 |
| 序二段 |
|
| 序ノ口 |
|
| 前相撲 |
|
番付は所謂大相撲における力士の順位・ランキング。
現在の大相撲では6つの段位(階級)と10種類の格付けがあり、全体を東西に分けて東のほうが優位とされている。
段位は上から
幕内、十両、幕下、三段目、序二段、序ノ口に分けられ、幕内は上から
横綱、大関、関脇、小結、前頭と5つに格付けされる。
更に前頭や十両以下にはその内部で
「○枚目」と表す順位があり、
数字が小さくなるほど上位で、1枚目を
「○○筆頭」と呼ぶ。
三段目から上には定員があり、幕内は42名、十両が28名、幕下が120名、三段目は160〜200名とされる。
なお
変態番付など力士の段位になぞらえた格付けをするものに関しては基本的に定員はないと思われる。ただ、こうした格付けの文化というのは食べ物など江戸時代の瓦版でも見ることが出来、そうして優劣を付けたがるのは今昔で変わらないようだ。
大相撲力士は取り組みで勝ち越すことで番付を上げることができ、負け越すと下がってしまう。
本場所では各段位ごとに優勝を争い、最も優秀な成績を収めた者をその段位の優勝者とする。
各段位で番付の最下位を通り越すと下の段位に降格してしまうが、幕内以外だと優勝するか、それに準ずる成績を収めると上の段位に昇ることができる。
幕下だけは特殊で、15枚目以内の30名を俗に「幕下上位」と呼び、ここで優秀な成績を収めると十両に上がれる可能性が出てくる。
可能性と言うのは十両に上がれる人数は十両からの陥落人数にも左右され一概に上位で勝ち越しただけでは上がれない場合もあるため。
ただし幕下上位での優勝および東幕下筆頭での勝ち越しは必ず十両に昇進できるという優先順位がある。
なお、16枚目以下では優勝しても十両には上がれず幕下上位まで上がるだけに留まり、
よってどんなに強い力士でも幕下を突破して十両になるには最低2場所かかる。
十両以上の力士は「関取」と呼ばれ、幕下以下は「力士養成員」と呼ばれる。
よく力士を「○○関」と呼ぶ場面があるが、それは十両以上の力士に対しての呼称である。
かつてに比べれば様々な慣習がゆるくなったと言われる現在でも幕内という地位が別格であることに違いは無く、新弟子検査をクリアした者たちの内、一場所でも十両に上がれた者は7%ほどと言われている。
ちなみに大相撲自体が格闘技としては非常にタフネスかつパワフルで層が厚いため、パワーだけなら幕下程度でも他競技の格闘家に引けを取らない者も多い。
◆待遇差
まず大前提として、力士養成員と関取との間には待遇に大きな差がある。
相撲社会はガッチガチの縦社会のため番付がすべての基本となっており、昔から「番付が一枚違えば家来も同然、一段違えば虫けら同然」という言葉があるほどで、ちゃんこや風呂の順番は番付順で、力士養成員は給与は殆ど出ず結婚も許されていない。
ちなみに関取の給料はおおよそだが十両で月110万円、幕内以上は月140万円〜横綱300万円が基本給で、これに金星や懸賞金、場所手当なども含むため、年収は2000万円〜1億円とも計算されている。無論力士の成績ごとに違うので一概に「これが関取の給料」と断言できる金額ではないが、力士養成員が場所手当のみで年収99万円なので、その格差はわかりやすいだろう。
十両以上で結婚が許されるが、幕下以下に落ちた場合家族と別居して部屋に戻ることを余儀なくされるため、関取として安定した成績を残せるようになるまで入籍することは稀である。
幕下以下は基本的に所属する相撲部屋に住み込みとなるため衣食住は保証されているが、稽古以外では相撲部屋の掃除やちゃんこ作りの当番をはじめ、部屋の関取や親方の付き人としてまわしの準備や手入れなど部屋全体の雑用を行う。
そして十両へと昇進することでようやく給与が支給されたり個室の使用や大銀杏が認められたりする。
外泊や一人住まいも認められ、更には付け人をつけさせる事ができる。また羽織袴の着用や、幕内に昇進すれば染抜き(自分の四股名を染め抜いた着物)の着用も許される。
十両と幕下以下の間の待遇差は天国と地獄と表現されるほどに大きく、
それは引退する力士に力士人生で一番うれしかったことを聞くと十両昇進を挙げることが多いこと、
関取として長く勤めたベテラン力士は幕下陥落が確定すると引退する場合が多いことからも伺い知れる。
もっとも、2020年代時点では空前のなり手不足もあって関取になれない高齢の若い衆に甘いという声も現場や角界OBを中心に出ており、ベテランの若い衆が3~4人部屋で快適に過ごしているという話もあるため、関取と若い衆の待遇差は過去のものになりつつある。
その後も番付を上げ、大関に昇進するためには
「3場所連続で三役(関脇・小結)かつ通算勝ち33勝以上」という基準があり、2場所連続で負け越すと大関から関脇に降格する。
そして大相撲最上位に立つ横綱に昇進するおおよその目安は
「大関で2場所連続優勝」が求められる。
その後外部の有識者で組織された「横綱審議委員会」の推薦を得て晴れて横綱に昇進する。
一度昇進すれば引退するまで降格することはないが、横綱には品格と強さが求められ、些細な言動や行動がバッシングやスキャンダルに繋がってしまう。
特に「横綱相撲」と言われるように、立ち合いにおいて変化することは許されず常に真っ向から勝負しなくてはならない。白鵬関が得意としていたかち上げや張り手といった組まない相撲も好まれない。
ちなみに横綱や大関には多くの付け人が付くほか、公式行事での移動でファーストクラスや
グリーン車を使用することができるなど、多くの特権が約束されている。
新弟子検査
現行制度では
- 中学校卒業(各国の義務教育終了)以上
- 検査受検日時点の満年齢が23歳未満、あるいは運動能力検査(第二新弟子検査)合格者、付出資格者、アマチュア相撲を含む各競技における一定の実績を理事会が承認した場合は25歳未満
- 身長167cm以上、体重67kg以上(就職場所と言われる3月場所は中学卒業見込者に限り身長165cm以上、体重65kg以上に緩和)
- 付出承認者は体格不問
- 内臓検査で異常なしの者
現代の大相撲では、入門有資格者であれば親方がほぼ確実に入門を許可する上に新弟子検査もほぼ100%通過するが、かつて戦前までは「背が伸びれば体格基準を満たす、現代の中学生相当の年齢の志願者」程度なら、その数多くが最終的に新弟子検査未通過の見習のまま角界を去り、そもそもそれ以前に見習にすらなれずにちゃんこを御馳走されて小遣いを渡されただけですぐに地元に帰された志願者も相当数存在するとされる。
「巨人・大鵬・卵焼き」が流行語となっていた1962年から1964年までは身長173cmの基準に5mm足りないだけでも不合格にされるぐらいには厳しかったが、舞の海はラジオ番組の『英語のアルク presents 丸山茂樹のMOVING SATURDAY』で「167cmなくても、たぶん入れているんでしょうね。一応、規定を設けているだけだと思います」と身長の目溢しが横行していることを示唆している。
その典型が2013年1月場所初土俵で2025年5月場所引退の元幕下・爆羅騎であり、
実測160cmの身長をあからさまな背伸びによって7cm上乗せ
して検査担当の元2代栃東の玉ノ井が当たり前のようにそれで合格としたこと(爆羅騎本人は否定しているが、公式プロフィールでも163.8cmで記載されている)。
また、内臓検査は古くからザルだという指摘があり、相撲作家の石井代蔵は1980年前後の時点で既に角界は入門前から糖尿病の受験者を普通に合格させていると指摘している。
これには相撲や柔道などの格闘技経験者の有望株が糖尿病だというだけで追い返されると、せっかく勧誘した親方の検査担当への反発を招くという相撲界の人間関係の事情もあった。
また入門間もない15歳の力士が心臓系の疾患で亡くなった事例が2例あるため、その手の検査も見逃しているのではないか?という指摘もある。
運動能力検査に関しても、第二新弟子検査時代の合格基準は「中学3年生の体力テストの明確な下位層」、厳しい事を言えば「この程度合格できなければ、当時の日本のどのプロスポーツの選手としてもおよそ成り立たない」「
この基準満たせない奴は間違いなく健康と発達の健全さを欠く
」と言える。
引退後
相撲という競技の過酷さなどから怪我や病気、その他様々な要因で引退する力士も多い。
当然関取になれずに引退していく力士も多く、それらの力士達は引退後は基本的に相撲界から離れ、現役時代に学んだ料理技術を活かしてちゃんこ屋を開業したり、体格や体力を活かした職業(介護士や警備員)に就いたりボクシングやプロレス等の他格闘家に転向したりするなど様々な道を歩んでいく。
関取になれないながらも長年に渡り雑用のプロとして部屋を大きく支え続けた者の中には引退後、マネージャーなどの形で部屋に残ることがある。
逆に関取であっても、引退後に知名度や能力を活かせる職種に転身することがある。
競技の性質上怪我や病気が重くなりがちで、本場所どころか日常生活にも支障が出る状態となった力士が進路未定で療養に専念するために協会を去る場合も少なくない。
また引退する際には力士の証でもある大銀杏や丁髷を断髪する必要がある。
断髪の流れも番付によって異なり、関取を長く勤めた力士は引退相撲を行った後に国技館で断髪式が行われ、大銀杏を後輩力士や家族、著名人、年寄が少しずつ切り込みを入れ、最後は親方によって切りとられる。
逆に幕下以下は国技館の大広間や相撲部屋で行い、引退記念パーティーと称して親方や後輩力士らによって切り落とされる。
また不祥事や問題行為を犯した力士に対しては断髪式は行われず、その責任を取る形で自らの手か理髪店で自主的に断髪する。
相撲教習所
大相撲に入門した新弟子力士が半年間(外国人力士は1年間)相撲の実技や教養を学ぶ施設で、教養の授業は行司や呼出も一緒に受講することもある。
基本的に平日の朝7時〜正午頃まで開講され、前半は実技、後半は座学となっている。
実技では教習所担当の年寄及び現役力士が指導員となり、四股、鉄砲、股割り、すり足等の相撲の基本動作を学ぶが、実力別にクラス分けされ、三面ある土俵でのぶつかり稽古等も行われる。
座学では大学教員等の有識者を講師に招き、曜日ごとに一般常識・国語のような一般教養から相撲の歴史や相撲甚句・運動医学・スポーツ生理学等の専門教養を学ぶ。
入門から半年以内に関取になれば教習所通いは免除されるが、近年は関取昇進後も敢えて教習所通いを続け修了まで務める者もいる。
一日の課程が終わると、食事・入浴・掃除の後、最後に日本相撲協会錬成歌を合唱して解散となる。
ちなみに食事は体作りの意味合いもあるため、基本的に無料で食べ放題。
大相撲を支える職業
◆行司
大相撲において競技の進行及び勝負の判定を決する者。他の競技での審判に近いが、審判員は別におり、行司はあくまでも進行役という位置付けである。
取組を裁くこと以外にも土俵入りの先導や土俵祭の司祭、本場所・花相撲および巡業先の場内放送、取組編成会議・番付編成会議の書記、割場、引退襲名披露などの仕事があり、巡業では交通機関や宿泊先の手配、部屋割りなど先乗り親方の補佐をする。
所属している部屋においては、番付の発送、冠婚葬祭の仕切り、人別帳の作成などの仕事に携わるなど、むしろ土俵外の仕事のほうが圧倒的に多く、その役割は多岐にわたる。
元々は武士がやっていたため取組を裁く際には帯刀し、差し違えがあった場合は自害するという覚悟で臨むものだったが、明治時代の廃刀令により帯刀はしなくなった。
実は行司にも階級があり、上から立行司、三役格行司、幕内格行司、十両格行司、幕下格行司、三段目格行司、序二段格行司、序ノ口格行司とがあり、それぞれ装束などが異なる。
立行司は「木村庄之助」または「式守伊之助」を襲名することが定められており、木村庄之助が行司の最高位、式守伊之助はそれに次ぐ2番目の地位に位置するが、どちらかが存在しない次期も存在する。
◆床山
相撲部屋で寝起きしながら大相撲力士の結髪を行う者。
大銀杏が結えるようになって一人前とされるが、そこまでに5年以上かかるとされ、ベテランでも大銀杏を結うのに十数分を要する。
とはいえ横綱の髷を結う程になると髪結いの手応えで調子の良し悪しまで分かると言われ、長く同じ力士の髷を結っていると自然と結い方を覚えていくためベテランの関取はずっと同じ床山に髷を結ってもらうことが多い。
相撲協会とは別に床山全員で構成される「床山会」があり、業務向上や日本相撲協会との連絡などを担う。
◆呼出
大相撲での取組の際に力士を呼び上げる「呼び上げ」や土俵整備から太鼓叩きなど、競技の進行を行う者。
行司と異なり特に受け継がれている名跡はないが、力士・行司と違い、下の名前しかないことが特徴。
ちなみに、大相撲本場所の土俵はほとんど人力で成形される。
土を盛った後、大小の木槌の類で上から何百何千回と叩いたり、集団の息を揃えた足踏みで整える。
呼出も立派な肉体労働者である。
◆横綱審議委員会
日本相撲協会の諮問機関で、ここだけ全て外部の有識者で構成される。通称は横審。
元々横綱は長らく免許の家元であった吉田司家の裁量で決まっていたのだが、1950年に3横綱が立て続けに休場するという事態や吉田司家のお家騒動などもあって裁定がままならなくなり発足した経緯がある。
名前の通り横綱を審議する機関であるが、昇進のほか後述する朝青龍などトラブルが相次いだ横綱に対して引退等の勧告を行う役割もある。
委員には好角家の著名人が名を連ねることもあり、脚本家の内館牧子や女優の紺野美沙子なんかが有名どころか。
◆その他
相撲競技用具の運搬、保管等の管理にあたる世話人や力士養成員の監督にあたる「かしら」こと若者頭がいる。
冒頭に記したように、力士の後援者やスポンサーを俗にタニマチと呼ぶ(相撲以外では芸能関係でも使われる)。
語源は諸説あるが、現在の大阪市中央区谷町にて開業したとある好角家の医師が幕下力士の面倒を積極的に見ていたため、というのが有名。
次述する反社会的勢力との繋がり等といった問題の発生から、現代においてタニマチという単語に悪いイメージを抱く者も一定数存在する。
大相撲の不祥事・問題点
前述の通り1970年代には力士と暴力団との繋がりが問題になり、2000年には既に八百長や野球賭博に違法薬物の存在を元力士が暴露本で語るなど公然の秘密となっていたが、
2000年代後半以降はそれらの決定的証拠が見つかった上、更に数々の不祥事まで出て大きな関心を集めている。
2007年の八百長疑惑報道や時津風部屋の力士暴行死事件、当時の第68代横綱・朝青龍のモンゴルへの無断帰国・巡業休場問題が相次いで発生し世間の注目を集めたが、翌年には現役力士の大麻所持が発覚したことで当時の相撲協会理事長が辞職している。
そして2010年5月には大関・琴光喜の野球賭博関与に端を発し、相当数の力士が野球賭博を行っていたことが明るみに出た。
協会は八百長疑惑については否定し続けてきたが、八百長に関与したとされる力士の
携帯電話のメールの存在が警察によって明らかとなったことを受けて2011年は
不祥事に伴い春場所は開催を中止し、5月場所は入場無料の「技量審査場所」として開催と多大な影響を与えた。
しかし八百長問題から1カ月後に東日本大震災が起きてしまい、すぐに忘れ去られてしまったが。
2017年には当時の横綱・日馬富士が、貴ノ岩関への暴行事件に端を発して相撲協会の裁定を待たずに自主引退するという件もあった。
2018年には
京都府舞鶴市で行われた地方巡業にて、土俵上で挨拶をしていた市長が急に倒れてしまうというアクシデントが発生。
たまたま観客として訪れていた複数の看護師女性が土俵上で心臓マッサージなどをしていたのだが、
「女性は土俵から降りてください」「男性がお上がりください」との行司による場内アナウンスが複数回行われ、土俵下にいた相撲協会員も、女性たちへ「直接土俵から下りるよう」指示した。
2人の看護師は納得できないまま土俵を下りたが、心臓マッサージをしていた女性は
「人命救助をしているのに、なぜ、そういうことを言うのか」と言い放ち断固として拒否。別の女性に心臓マッサージの継続を頼んだ後、救急隊員が駆けつけて担架が運ばれたところを見届けた上で2名とも降りた。
当然ながら「他人の命がかかっている状況にも関わらず相撲のしきたりを優先した」上、「巡業での救命体制の問題点」や「女性差別である」との見方が根強くなる出来事で、これらの記事が海外にも配信されたことで国内外から批判を浴び、しかも
女性たちが降りた後で土俵に対して大量の塩を撒いており、これも批判の種になった。
八角理事長が巡業当日の夜に謝罪し、相撲協会の中からも「人命を優先するのが当たり前」との意見が多く、当時の行司も月末の30日付で辞職している。
なお、この市長は適切な処置のおかげで一命をとりとめ、後に公務に復帰している。
2025年には行司による2500万円もの積立金横領が発覚、当事者である行司は300万相当は弁済したものの当然懲戒解雇となった。
新弟子検査に関しても「実質的な落伍者ゼロの確保政策」と言われるほど緩くなっているのが実情。
格闘技経験による年齢制限緩和も、実際の検証の結果高校以上の相撲部正部員で公式戦経験者がボーダーラインであることが判明。
しかしその程度のボーダーラインぎりぎりの新弟子が、23歳から24歳で入門して関取の見込みがあるかと言うと「ほぼ0%」であり、多くの相撲ファンからも「制度を悪用されるだけだろう」と批判されている。
こうした問題の背景には、相撲がプロ格闘技団体としては前身含め300年以上の歴史と伝統を誇るが故に極めて保守的、閉鎖的な体質に加え、相撲部屋での集団生活や番付による格差も原因ではないかとの指摘もある。
先述の日馬富士と貴ノ岩の事件の際に貴ノ岩を一方的に庇ったとはいえ、元貴乃花親方が処分された際に異例のスピードで部屋を建物ごと取り潰したことなどはその典型として挙げられる。
更には観客の方も
清めの塩をゆで卵にかけてもらうなど道徳を守らない者も現れており、大相撲の在り方そのものが問われている。
【大相撲以外の相撲】
普通の相撲のみならず、押し合って優劣をつけることも相撲と呼ばれることがある。
アマチュア相撲
学生相撲や実業団相撲の総称。
特に中学や高校の相撲などにおいては加盟校の少なさから相撲部のある公立学校への越境通学が常態化している。
ちなみに公立学校では通常昼休み中の給食・弁当以外を校内で食べることは禁止されているが、相撲を行っている児童・生徒は学校側の協力で増量のための間食を認められる場合がある。
一方で実業団では大相撲を引退した元力士がもはや殆ど体格と現役時代の技術の貯金だけの状態で仕事の合間に公式戦に出場し、40代の社会人選手が大会の穴埋めと言わんばかりに企業広告や付き合い的に出場する悲哀に見舞われている。
女子相撲
前述の通り女性力士による相撲は江戸時代から存在していたが、1990年代に女性による競技相撲として「新相撲」が成立した。
名前を変えた理由としては女性相撲を取ることへの批判的な意見が少なからずあったため、そうした批判を避ける目的だったと言われている。
2007年に行われた大会をきっかけに「全日本女子相撲」として実質的な女子相撲であるという事が大っぴらになり、競技名も「女子相撲」扱いされている。
当初は「新相撲は相撲ではない」という事にするため、土俵ではなく体操用品のようなマットや土俵と同じサイズの俵が付けられていたが、海外での大会や方針転換をきっかけに土の土俵が使われるようになっている。
競技人口は日本では少なくマイナー気味だが、ヨーロッパでは挑戦する人が多い人気競技となっている。
トントン相撲
紙や木でできた力士や土俵を、土俵やその近くを手でトントン叩いて優劣を競う遊び。
力士がこけたり場外に出てしまったら負け。
一人相撲
上記の遊びを一人でやっている虚しい様子…ではない。
基本的には話したり競ったりする相手がいる、と思い込み勝手に意気込んで空回りしたりしていることを表す慣用句として使われることが多い。
ただし、神を相手に相撲を取る神事としての相撲や、大道芸として独りで相撲をする様を見せるものもある。
泣き相撲
赤ちゃんの健康と逞しく成長することを祈願して主に神社で執り行われる風習・儀式。
「赤ちゃんの泣き声は厄と邪気を払う」「力士に抱っこしてもらった赤ちゃんは健康に育つ」という古くからある信仰が基になっており、西から東まで日本各地で行われている。
土俵上で二人の力士が化粧まわしを締めた赤ちゃんをそれぞれ抱っこし、先に泣いた方が勝ちとするものがよく知られている。
力士に抱っこしてもらいながら四股踏み、赤ちゃんの手形取り、「背伸び太鼓」を叩かせるといった儀式も同時に行われることも。
地域や神社によっては「先に泣いたら負け」「笑ったら勝ち」、果ては「どうしたらどっちが勝ちとか負けとかは特に無い」など、細かな違いも含めると様式は各地で細分化が激しい。
また古来ではどうであったかはともかく、今日行われる泣き相撲は男の子のみならず女の子でも力士に抱っこしてもらうことができるものが多い。
赤ちゃんと相撲が関連する儀式として『赤ちゃん土俵入り』というものもあるがこれまた神社によって内容が全く異なり、
福岡の鳥飼八幡宮では「力士に赤ちゃんを抱っこしてもらう」という、泣き相撲から「対戦」の要素を無くしたような儀式となっている一方、
京都の山王宮日吉神社では行司に抱っこされた赤ちゃんが抱えられたまま四股を踏み、シャドーボクシングならぬシャドー相撲、もとい神社で祀っている安産祈願の目に見えない神様を相手に取り組みを行い、神様を土俵際まで追い込むも押し返されて敗北することで、神様との取り組みと神聖な土俵の土を身体に付けることによって健康を祈る儀式となっている。
ヘリ相撲
マルチプレイヤーサバイバルゲームのRustで行われるようになった競技。
元々はセーフゾーンという攻撃行為を行うとたちまち銃弾が飛んできて処刑されるエリアでとある二人がアタックヘリを乗り回し、
ヘリを買い購入者が乗ってすぐ、あるいは飛んでも追いかけ回して体当たりで破壊して煽って回るという行為を行ったことから始まった。
Rustで敗者を煽ったりするのは日常なので問題ないのだが、
これはヘリ同士が接触しただけなので攻撃行為とは判定されないというセーフゾーン内での仕様の穴を突いた悪質な行為である。
もちろん体当たりなので自機にもダメージが発生するが操縦役と回復役で分担しているので全く問題なく続けられ、また被害を防ごうととんでもない速度で
自爆特攻をする者も現れたりした。
当然ながらサーバー管理者にかなりの苦情が入ったが、管理者は
「ちゃんと飛んで逃げ去ってるヘリもあるしすっげークズな行為だけど仕様だからいいんじゃない(意訳)」と言ったことにより半ば公認され、大会が行われたりした。
発案者自身はこうしたクズ行為を行っているが、日本のとあるサーバーで管理者権限を付与されて
チーターを駆除する
遊びを行いそのために言語を習得するという、誰よりもRustを愛している男である。
東海大相撲
東海大学付属相模原高校の略称の
誤植。正しくは東海大
相模である。
神奈川県では横浜高校と並びスポーツ、特に野球の強豪校として知られる。
なお、誤植は大抵わざと行われている。
遠く西アジアのアフガニスタンで伝承されている伝統競技。
戦いに臨む力士たちは空高く舞い上がり、激しくぶつかり合いながら苛烈な空中戦を繰り広げるという。(大嘘)
【相撲をモチーフとした作品】
1980年代までは、力士キャラが登場する際「
~でごんす」を語尾につけるというお約束が存在した。
これは江戸時代に実在した伝説的力士・雷電為右衛門が現在の
長野県出身だったことから、「力士=田舎者」というイメージが定着し、江戸に連れて来られて侍に準ずるような立ち居振る舞いを求められ、「~でござんす」が訛った「~でごんす」と伝わり、そのままテンプレ化したとされる。
実際、昭和時代前半でも「メシに困らない田舎の大農家の次男三男が子供の頃から恰幅良く育ち、家を継ぐ立場でもないので、長じて相撲取りに」という一種の相撲ドリームに近い風俗下地があり、出世すれば「おらが村のスター」として後援された時代は長かった。
創作界でも、いわゆる王道スポ根ヒーローとは別種の垢抜けなさ・非都会人感が好まれていたのは確かだろう。
漫画のヒット作品はしばしば生まれるものの、メジャージャンルと言うには一歩及ばない水準。一因としては、大手少年誌での取り扱いの難しさがあげられる。
現代でも相撲と言えば何より「大相撲」を想起するのが一般認識であろうが、特に2000年代までは「中学生・高校生の歳には相撲部屋に入門していなければ大成しない」というイメージが強く、学生相撲ともなれば完全なマイナージャンルだった。
また角界とて、その年頃で突拍子も無い出世は望めないシステムのため、目の届きやすいテレビ・新聞等では縁遠い低い番付から描かなければリアルさが失われる。
有り体に言って、若いキャラクターがみるみる育ち破竹の勢いで連戦連勝して優勝、「王者」になりエンディング…というセオリー的な筋を引きにくい題材なのである。
漫画・小説・実写
1973年から1998年にかけて連載されていた漫画。作者はちばてつや。
体力には優れているが中学校を3年も留年するようなどうしようもない乱暴者の主人公坂口 松太郎の活躍と成長を描く。
2014年に『暴れん坊力士!!松太郎』に改題してアニメ化。
青年漫画から日曜の早朝アニメに変更されたこともあって色々設定が変わっており、未成年飲酒の描写が無くなっていたり序盤で主人公が逮捕された理由が「酔って片思いしている女性教師を襲う→トラックを強奪して暴走運転の末に銭湯に突っ込む大事故」に変更……と少しだけマイルドになっている。
ちなみに松太郎の声を担当したのはあの松平健で、タイトルもそれに因んで変わったと思われる。
非行少年だった主人公が格闘技と出会い成長して行くというストーリーはちばの代表作である『あしたのジョー』とも似ている部分があるがこちらの主人公は相撲と出会った後もやりたい放題振りがしばらく続く。
1990年から1991年に
週刊少年マガジンで連載された漫画。
作者は『鉄拳チンミ』シリーズの前川たけし、原作は『風光る』『Dreams』の七三太朗という、マガジン読者ならずともビビるような豪華コンビ。
…だったのだが、あえなく
3巻完結。
どうしてこうなった。
相撲漫画なのに主人公がチンミコンパチ路線だったからだろうか…。
1991年から1996年にモーニングで連載された漫画。作者はさだやす圭。
主人公・播磨灘が横綱に昇進したところから物語が始まるが、大関時代も星の白黒は十分だったものの素行・品格が問題視されて昇進が遅れたという設定通りで、豪放磊落ながら快男児と言ってしまうには横道で既存角界への反逆性を隠しもせず、巻き起こる周囲の反感・苦難や二次被害も蛙の面に小便を地で行く、作者の特色通りの主人公像。
播磨灘に反発・触発されていく対戦力士達の人物像も細やかに描かれている
が、結局負けるんだよなという世界観が強すぎる。
物語前半は通常の大相撲本場所が舞台だが、4場所連続の全勝優勝を果たした際に「大相撲解散」を土俵の上で宣言。王者の己に毎日挑戦者を募る自主興行編に入った。
実は大相撲の基本的な制度や協会側が守る仕来たりを忠実に描いているという面では、
寧ろ保守本流の相撲漫画
という声もある。
1992年には
テレビ東京系列でテレビアニメ化。上記『松太郎』より20年以上早かった。
1992年から1993年に
週刊少年ジャンプで連載していた漫画。
作画は『CYBORGじいちゃんG』を終えた後、『
ヒカルの碁』でブレイクする前の小畑健。
若貴ブーム真っ盛りに乗った、若貴兄弟が主人公。曙もライバルとして存在感が大きい。
当時のジャンプでは非常に珍しい、その時代で活躍する実在の人物の伝記的な作風だった。
1997年から2002年まで「ビジネスジャンプ」、2004年から2005年まで「週刊漫画ゴラク」で連載していた漫画。
作者は『
ドーベルマン刑事』でお馴染み平松伸二。
軽量な端正な顔立ちで人気を博す関脇・恋吹雪が主人公で、様々な訳あり女性と
夜の取り組みを行うのが基本的な話の流れで、後半は高校生から力士になるまでの前日談を描いていた。
平松作品では珍しくグロ描写がほとんどないため、「ビジネスジャンプ」時代にはアンケートで毎週上位につける人気作品で(但し単行本は全く売れなかったという)、作者も一番好きな作品と公言している。
「ゴラク」時代は連載当時の相撲人気低迷を受けてか、主人公がヒール的ポジションに変わっている。
2003年から2004年にかけて週刊少年ジャンプで連載していた漫画。
作者は
マキバオーシリーズのつの丸。
大関の息子と勘違いされた主人公が高校の相撲部に入部、インターハイへというありがちな流れ。
この作者らしくスポ根+ギャグ気質がベースだが、妙な黒さも健在。
最後は急に大相撲入りしていて全5巻だが、そう割り切って読む分には健闘した部類ではないだろうか…。
2009年から2018年にかけて
週刊少年チャンピオンで連載していた漫画。
大相撲の幕下を舞台とした
並みならぬ熱さと生々しさが特徴。
主人公がボロボロになりながらも急成長を遂げ、いよいよ最強横綱と決戦……というタイミングで作者が急逝、未完となった。
シリーズ合計の巻数を足せば今なお相撲漫画最長の作品になっている。
2014年から2019年にかけて週刊少年ジャンプで連載していた、ジャンプではたまにあるマイナースポーツ漫画の一つと言える。
当初は高校相撲が主軸だったが、高校相撲全国大会終了後に作中で時間が経過。第二部移行の形で大相撲編も描かれている。
2014年11月には、大相撲九州場所に火ノ丸相撲の懸賞幕が登場。ジャンプの作品が懸賞幕になるのは史上初。
主人公の潮 火ノ丸は身長僅か152cmという無差別級格闘技である相撲では圧倒的に不利な体格でありながらも「小兵故の戦い」ではなく「堂々とした横綱相撲」を志し、また低身長故に大相撲の体格検査を通過できないため幕下付出の権利を得ることを目指して、3年がかりで地道な努力を重ねて来たという、
ジャンプ漫画だけあって派手な技が飛び交う外連味と「友情・努力・勝利」の三大テーマを直球で行く今時珍しいくらいの熱血度が魅力。
本作では「将来が期待される学生力士は国宝指定されている
刀剣に因む異名で呼ばれる」という設定で、実際に大相撲入りした当該人物らは当時の異名をそのまま四股名にしているが、実際の大相撲では刀剣の名前やそれに因む文字は寧ろ忌避される傾向にあるそう。
これは
現実の四股名と先にも後にも被らないようにするための配慮であろう。
1988年から1991年にかけて
週刊少年サンデーで連載されていたなかいま強の漫画。
1989年度
小学館漫画賞少年部門受賞。
朴訥な五所瓦の所属する相撲部は地区大会止まりで部員確保にも苦労しているが、
隣の超強豪校が全国大会優勝を振り返って地区大会が一番苦しかったと語る隠れた強豪だった。
五所瓦の意気に感じて入部した新入部員達も練習試合の様子でそのことに気付き発奮。稽古に励む。
1992年から1993年にかけて
コミックボンボンで連載されていた漫画。
作者は『やっぱ!アホーガンよ』や『ごっちゃん!若貴ブラザーズ』の柴山みのるだが、今作では下ネタ無し。
気の優しい花畑勝五郎はパッとしない幕下力士だが、大型ルーキーの貴羽田はその負け方に不自然なものを感じる。
貴羽田との取組前、花畑が坂を下ってきた軽トラを押し返す怪力の持ち主であることが発覚し、普段は相手の気迫に呑まれて実力を発揮できていないことがわかる。
「目を閉じて相手を見ない」という親方からの応急処置的なアドバイスを受けた花畑は貴羽田の最大限の警戒をも上回る力を見せる。
初取組は貴羽田が辛勝するが貴羽田は花畑をライバルと定め、先に十両に昇進を決めた貴羽田を追って花畑は変化への弱さや技の乏しさといった弱点克服に挑んでいく。
週刊少年ジャンプ1992年40号から1992年49号にかけて連載されたガチョン太朗の漫画。
題名の通りの設定を力士が勢いで押し通していくギャグ漫画。若貴ブーム真っ盛りだったが全10話で終了。
打ち切り(週刊少年ジャンプ)の代表として引き合いに出されることも多い。
小森健太朗の推理小説。
タイトルからして一見真面目そうな作品に見えるが、その内容はどこからどこを見てもツッコミどころしかない。
長らくマイナー作品だったが、文庫版の裏表紙紹介があまりにバカバカしいとの評判から再販され、続編も刊行された。
詳細はリンク先を参照。
城平京の青春伝奇ミステリー。
村に住むカエルが村の守り神「カエル様」として敬われ、そのカエル様達が相撲を愛好する村が舞台となっている。
詳細はリンク先を参照。
1992年に公開された日本映画。
卒業の単位をかけてとある大学生が弱小相撲部に入って奮闘するコメディ作品。
監督の周防正行は本作でブルーリボン賞・日本アカデミー賞を獲得し一躍知名度を上げた。詳細はリンク先を参照。
2023年からNetflixで配信されているドラマ。全8話。
どうしようもない不良だった主人公小瀬清が相撲部屋にスカウトされ、力士として成長して行く姿を描く。
主人公が入門当初「金目当ての傲慢な札付きの不良」であったため、相撲界をよく知る者からは「現実にはこんな奴を入門させたら部屋が崩壊する」「部屋持ち親方が一番いらないと思うタイプ」と否定的な意見もある。
一方で八角理事長(元横綱・北勝海)や元横綱・照ノ富士が「こんなもんじゃない(意訳)」と感想を述べており、これは稽古や競技レベルの描写は現役の力士のそれを再現できていないと取れるコメントである。
あらすじは上記「のたり松太郎」と似ている部分もあるが特段の関係は無い。
その他
大喜利で「
力士になって一言」というお題がよく出される。
このお題の際、回答者は力士のカツラを付け、上に記した「ごんす」を語尾につけて回答するのがお約束となっており、最近では
林家たい平がこれを逆手に取って
メタ的な回答をすることが多い。ちなみにたい平は自身のゴルフ番組で元力士の豊ノ島がゲスト出演した際にこの件について触れ、その流れでお互い「ごんす」を語尾につけてゴルフをプレーすることとなった。
ちなみに本番組は、大相撲本場所期間中はNHK中継(初日・中日8日目・千秋楽)の裏番組。
初日・中日8日目は正に
三役以上の取組で最も盛り上がる時間帯、15日目の千秋楽はつつがなく進めば取組は全て終わっているが、
優勝決定戦にもつれてしまうとモロに視聴率を争う最大のライバルである。
その一方、笑点の特番には力士がゲスト出演することも多く、互いに伝統文化ということもあってか、持ちつ持たれつの不思議な関係を築いている。
座布団運びの人がイジられた際に回答者を押し倒して座布団を没収していくことがあるが、これは相撲ではない。
「ぶらり途中下車の旅」でおなじみなぎら健壱の楽曲。
国技館で行われた「若秩父対雷電」の取り組み中、不浄負けが起きて混乱に陥るという様子をコミカルに描いたものだが、日本相撲協会からクレームが来たらしく当時存在した「要注意歌謡曲指定制度」リスト入りしている。
1988年に制度が廃止されて以降は普通に放送可能となった。
ニコニコ動画内で人気となったMAD動画。
相撲の取り組みにオーラやビーム、空中浮遊などのエフェクトを付け、各用語を英語表記したコメントを付けたもの。そのコメントも「日本最高の国家機密」「テレビ中継で光線が見えないのはNHKがリアルタイム編集しているから」等の設定がなされている。
人気の高さから日本相撲協会全面協力の下、ニコニコ超会議内でリアルSUMOUが開催され「完全無修正」と銘打ってライブ配信された。
無修正ということで別の意味を想像した人が多いのは言うまでもない。
Steamにて配信されているゲーム。
タイトルからして出オチ感が漂う相撲……というより
相撲(というか不浄負け)をパロディした超次元格闘技で戦うバカゲー。
力士たちは
両手を広げながら土俵上をやたらジタバタしながら跳ね回り、そして
回しがやたら外れやすいせいで簡単に股間(当然光り輝くことで隠される)を晒すという何もかもがクレイジーなゲーム。
対戦相手として
恐竜など人外の力士が登場する他、キャラクタークリエイトにも対応しており、女性力士や(性能には影響しないが)武器を持った力士なども作ることが可能。
2007年にハンガリーの個人開発者Peter Solteszによって制作された、
酔っぱらい相撲シミュレーションと
ニコニコ動画で評されたゲーム。
デモシーンのイベント「Breakpoint 2007」の96KB以下ゲーム部門で優勝した作品で、当初はわずか96KBという極小サイズながらラグドール物理演算を用いた二足歩行のシミュレーションを実現している点が話題となった。
キャラクターは四角いポリゴンを組み合わせただけの簡素な造形だが、歩き方・転び方・起き上がり方が非常にコミカルで「酔っ払いのよう」と評される。勝敗よりもその不安定な動きを眺めることが主な楽しみとなっている。
その後、Windows版のほか、2014年にはiOS/Android版、2021年にはSteam版が配信され、フルバージョンでは最大4人対戦や破壊可能な土俵などが追加された。
まさかの有料版は4ドルで販売されている。
忍殺世界においてはプロレスめいた娯楽の一種と化し、「オスモウ」と呼ばれる(「お相撲」という漢字表記は残っている)。
その他、「オスモウ・フォント」と呼ばれる字体が存在し、文化的にも親しまれている。
力士のことは「スモトリ」と呼称され、「ノコータ!」ないしは「ノコタ!」というノコタ・チャントが発声される。
いくつかのリーグがあり、その中央リーグの名が「リキシ」。ここに属せるものは極一部で、彼らは「リキシ・スモトリ」と呼ばれる。
この世界には10万を超えるスモトリ戦士がいるとされるが、一般のスモトリ戦士の生活は実際苦しくスモトリ崩れも少なくない。
だがマッポーの世の中では危険薬物「チャンコ072」というものが存在し、これにより手っ取り早く体を大きくしている者が多い。
また
クローンヤクザがいるようにスモトリも培養されていてバイオ・スモトリというものもいるが、プラントが破壊されたりすることで野生化してしまい問題となっている。
テクノニンジャのスモノイド関連でのみ「スモ」という表記もされるが、使い分けの基準は不明。
2000年春場所十日目、横綱武蔵丸が宿命のライバル貴ノ浪に敗れ、優勝争いから大きく後退した取組のこと。
詳細は項目参照。
2003年に運行を開始した、
JR九州福北ゆたか線の特急列車。
名前の由来は沿線の直方市出身である
魁皇関で、力士かつ存命人物の名前がJRグループの列車名に採用された唯一の例である。
【力士キャラや相撲を使うキャラ】
追記・修正は幕内に上がってからお願いするでごんす。
- 四十◯歳 最高位序二段 -- 名無しさん (2025-12-06 19:56:00)
- 野生化したバイオ・スモトリだ!!! -- 名無しさん (2025-12-06 21:02:56)
- これだけ旧態依然としてて不祥事起きまくってるのに空手団体や落語協会みたいに分裂せずにいる相撲協会はある意味凄い…。 -- 名無しさん (2025-12-06 21:45:43)
- お前何サボってんだよ稽古よ〜 -- 名無しさん (2025-12-07 02:36:33)
- ↑↑散々八百長騒動や暴力問題起きてるのに一向に変わらないからな…正直そういうとこにメスを入れたい人間は追い出されてるのかもね -- 名無しさん (2025-12-07 05:40:39)
- 部屋のパワハラ体質も問題だよね。時津風部屋はもちろん、暴走した女将さんのドケチ体質で部屋の門下生が逃げ出した事件もあったね。 -- 名無しさん (2025-12-07 18:37:21)
- まあ空手・ボクシングみたく「一般入門者(月謝を確保できれば育つか否か無関係)から運営費を集めて、客寄せパンダポジションの選手を育成」なんて経営はあり得ない業界だしなあ。儲けてる大手企業が各部屋スポンサーになるわけでもないし、他業界とは選手の価値の根底が違いすぎるんだよね。 -- 名無しさん (2025-12-09 17:17:02)
- 「花京院、お前相撲は好きか?」 -- 名無しさん (2025-12-09 17:31:38)
- アフガン航空相撲…それはアフガニスタンに伝わる伝統格闘技…なんてものではなくただのぎなた読みである。 -- 名無しさん (2025-12-09 18:04:52)
- エドモンド本田はめっちゃ現代性を持った力士だったのな -- 名無しさん (2025-12-09 19:58:45)
- ごわす口調の力士キャラって誰がきっかけなんだろうか -- 名無しさん (2025-12-09 22:59:31)
- 「はっけよい のこった」で立ち会うと誤解している人は滅茶苦茶多い気がする -- 名無しさん (2025-12-12 08:32:15)
- 武蔵丸の悲劇はどこに追記したらいいんだ -- 名無しさん (2025-12-23 20:21:07)
- 週刊漫画で、前頭の父が横綱と対戦して五輪砕きで負けた上に死亡(横綱は主人公に頭下げた)、主人公は力士を志すけど身長不足で…というMAJOR×バチバチ×火ノ丸、全部を先取りしたようなのがあったはずなんだけど…タイトルが分からない。打ち切りだろうしなあ… -- 名無しさん (2026-01-05 21:10:30)
- やっぱり階級とかないとダメだと思う。競技人口の問題とかあるんだろうけど -- 名無しさん (2026-01-08 12:16:46)
- ↑7 ええ...相撲好きですよ でも承太郎 殴るのは反則ですね -- 名無しさん (2026-01-08 12:26:09)
- 階級制で近似した格闘技色スポーツで、ちゃんとプロ興行として長年機能している模範例が日本にあるかって言うと…ボクシングとかは全然中味・業態が違ってアルバイト兼業率高くて、理想でも近似でもないし。「ぼくの考えた夢のかくとうぎ業界」になっちゃうんだよなぁ…。 -- 名無しさん (2026-01-08 16:12:18)
- 龍が如くの相撲タイプの雑魚は硬くてすぐカウンター取るのでなかなかウザくて印象に残る -- 名無しさん (2026-01-26 10:52:19)
- 読み応えのある記事だったわ。噂の大相撲殺人事件って本当にイカれてたんだなあ ところで「あんこ」と「ソップ」の語源もあっていいんじゃないかと思いました。諸説あるかもしれないけど「あんこ」はアンコウ、「ソップ」はスープが語源で鶏ガラ(転じてガリガリ)だったと思います -- 名無しさん (2026-02-04 20:33:41)
- 新弟子検査のところ修正したけど匿名掲示板みたいな書き方はやめた方がいい、事実だけ書いとけよ(あと全面的に否定意見ばかりなら不祥事の項目で書いとこう) -- 名無しさん (2026-05-26 20:20:57)
- 雷電為右衛門は実在の力士で「力士キャラ」ではないから消したほうがいいんじゃ?これ許したら実在力士いくらでも追加できるし -- 名無しさん (2026-05-27 10:31:53)
- よく見たらポケモンのマクノシタとハリテヤマがない!!あれも相撲(はっきり言うと力士モチーフ)由来なのだが… -- 名無しさん (2026-05-27 12:12:14)
最終更新:2026年07月24日 20:35