概説
フロー体験(Flow Experience)とは、人間がそのときしていることに、完全に浸り、精力的に集中している感覚に特徴づけられ、完全にのめり込んでいて、その過程が活発さにおいて成功しているような活動における、精神的な状態をいう。スポーツにおいて一般的に「ゾーン」と呼ばれることが多い。本人の入りこんでいる時間や空間が、通常のものとは違ったもの(歪んだ、拡大したもの)として描写されたり、行動をコントロールできているという感覚や世界に全面的に一体化している状態として描写されたりすることもある。
それ自体は古くから知られていたが、ポジティブ心理学を研究対象とする心理学者でシカゴ大学心理学科教授であったミハイ・チクセントミハイによって心理学の世界で提唱された。フロー体験とは、チクセントミハイが調査面接した人の多くが自分の最高の状態の時に「流れている〔floating〕ような感じだった」「私は流れ〔flow〕に運ばれたのです」と説明する中で用いた語に由来する。チクセントミハイは、フローについて以下のように述べている。
私はこれまでの研究の過程で、人は最も楽しい時にどのように感じているか、そしてそれはなぜなのかをできるだけ正確に理解しようと努めた。私の最初の研究対象は数百人の「熟達者」――芸術家、競技者、音楽家、チェスの名人、それに外科医――言葉を換えれば、自分が本当に好きな活動に時を費やしている人々であった。活動している時にどのように感じているかについての彼らの説明から、私はフロー――一つの活動に深く没入しているので他の何ものも問題とならなくなる状態、その経験それ自体が非常に楽しいので、純粋にそれをするということのために多くの時間や労力を費やすような状態――という概念に基づく最適経験の理論を作り上げた。
また、チクセントミハイによれば、フロー体験は、文化の差を越え、老若男女を問わず、世界各地の異なる人生を歩む人々によって報告されているという。
フロー体験が生じる条件
チャレンジとスキルの相関関係(『フロー体験入門 楽しみと創造の心理学』p.43より)
内的経験の最適状態とは、意識の秩序が保たれている状態で、注意が現実の目標に向けられている時や、能力が挑戦目標と適合している時である。フローは、適切な反応を必要とするはっきりとした目標に向き合う時に起こる傾向があると言われる。チクセントミハイは、宗教的な儀式や音楽の演奏、機織り、コンピュータプログラムの作成、登山、外科手術などにも同様の目標の明確さがあると言い、フローを引き起こす活動を「フロー活動」と呼んでもよいだろうと指摘している。また、スキルがちょうど処理できる程度のチャレンジを克服することに没頭している時に起こる傾向があるといい、他にもフローを構成する要素としてフィードバックがある(自分の行為の結果を確認しそれによって行動を変化させたりできている)という事などを挙げている。
至高経験との重なり
フロー体験は自己意識の消失や、時間間隔の変容などの点で、宗教的な神秘主義者が言うエクスタシーや、アブラハム・マズローの提唱した
至高経験にも通じてくると考えられる。変性意識活用トレーナー、ゲシュタルト療法家の松井雄は、
至高経験は、部分的にはフロー体験とも重なるが、もう少し幅広い概念で、原宗教的な感覚、スピリチュアルな感覚のひろがりも持っていると指摘している。至高経験からは、フロー体験よりもさらに絶対性の強い、超越的な状態が窺える一方、フロー体験からは、目標設定や集中しているという感覚が強調されていることが窺える。兵庫県立大学特任教授の石田潤は、チクセントミハイがフローについて、「フローで精神状態が非常に深くなることがあるので、それを表現するのに時折「エクスタシー」という言葉が使われる。」と述べていることに注目し、フロー体験の状態がより極まったものがマズローの言う
至高経験である、と考えることが可能であると見ている。
フロー体験の体験談
ロブ・シュルタイスが紹介している体験
米国の冒険家であるロブ・シュルタイスは、登山中に滑落して、降りざるをえなくなった絶壁を降りていく中で、高められた心理状態を体験しているが、シュルタイスは登山家の顕著な体験談として、イヴォン・シュイナードがヨセミテ国立公園のエル・キャピタンに8日がかりで登攀した時の話も紹介している。
…私たちには周りのあらゆるものがはっきりと識別できた。花崗岩中の水晶のひとつひとつが見分けられ、さまざまに形を変える雲にも決して見飽きることはなかった。そのとき私たちは初めて岸壁に群がっている小さな虫に気づいた。とても小さな虫だった。私はパートナーを確保しながら、一五分ほどその虫の一匹をじっと見つめていた。そして、虫の赤い色にひどく感動した。見たり感じたり、これほどたくさん楽しめるものがあっただろうか、私は少しも退屈しなかった。喜びを与えてくれる自然との一体感、この極限的に鋭くなった知覚に、私たちは今まで味わうことのなかった充ち足りた気分を感じた。
西本真司の体験
日本でも、このような体験は知られており、医師(西本クリニック院長)の西本真司もマラソン中の体験を報告している。西本は、中学時代、医師を目指しながらも内申点不足で進学校を受けられないと思っていた時、教師にマラソン大会で15位位内に入れば内申点をあげると言われた。西本は、途中まで23位であったが、最後の200メートルで不思議な力が出て12人抜いたと言い、その時、周りの景色がスローモーションに見えたと語っている。
最終更新:2025年11月16日 00:29