「飛び入り」交信者とは、霊媒や同席者が誰一人として生前の名前を知らない人物がセッション中に突然現れ、情報を伝えるという現象である。
霊媒現象について、全てが「死者の霊による通信」ではなく、テレパシー能力や、無意識下もしくは無意識の脳の一部の記憶や手がかりなどから情報を組み立てているという可能性も指摘されるが、既知の人物ではなく、未知の人物が詳細な情報を伝える場合は、そのような説明は難しくなる。
生まれ変わりの学術研究で知られるヴァージニア大学の
イアン・スティーヴンソンは、「飛び入り」交信者に関する事例を60例ほど集めており、交信してきた相手を後で会席者が割り出し、交信内容が、その人物の生前の姿を正確に反映しているかどうかを確認できる程度の情報は得られたこともある。その代表的な例として以下のような報告がある。
スイスのチューリヒに住むシューツ夫人というアマチュアのトランス霊媒は、個人的な小グループで定期的に交霊会を催しており、1962年2月2日の交霊会の席上に飛び入り交信者が現れた。その時の会席者が記録した内容によれば、その時に現れた「ハンス=ペーター」と名乗る少年の霊は、「お母さんによろしく」と言っているといい、盲腸になったことがあり、小児病院で亡くなったこと、インド風の名前「パソナ」を持つこと、チューリヒの第七区に住んでいたこと、髪の毛が黒で茶色の目をしていたこと、まだ兄弟がふたり生きていること、父親がお茶に関係していることなどを伝えた。
この交信者は、シューツ夫人の交霊会ではその後二度と現れることはありませんでしたが、会席者はその交信に非常に関心をそそられた。そして、事実確認をしたいと考え、チューリヒの電話帳を調べたところ、「パソナ」ではなかったが「パサナ」という苗字が実在することがわかり、その家族と連絡をとってみたところ、息子の証言で、一家がお茶の輸入商をしていること、皆んなよくお茶を飲むこと、チューリヒの第七区に住んでいたこと、そしてかなり前に男の子を小児病院入院中に亡くしていることが判明した。その家族は、電話で交霊会の交信内容を伝えられると、非常に驚いたという。その後の調査で、パサナ一家の三男、ロバート・パサナは満一歳の頃、百日咳にかかり、肺炎を併発、チューリヒの小児病院に入院したが、発病13日目の1932年12月6日に死亡したことが確認され、髪の毛が黒く目は茶色であったことも写真と兄の話からスティーヴンソンが確認したという。これにより、名前と死因となった病気の2点には誤りがあったが、交信内容の多くが一致していたことが確認された。なお、盲腸炎(虫垂炎)はドイツ語でBlinddarmentzündungと言うらしく、後の三音節が肺炎のドイツ語Lungenentzündung と共通しているため、聞き違いを起こしたという可能性も指摘されている。
なお、この事例について、霊媒及び会席者側も、電話連絡を受けるまで、互いの存在を全く知らなかったという。このような「飛び入り」交信者の場合、交信の動機や情報がどこに由来するのかなど判然としない点もあるが、死後生存の証拠固めをしていく上で、非常に重要な役割を演じると言えそうである。
最終更新:2026年05月31日 22:40