明日は晴れるか…自然相手の「ゲーム」
ライブ前日の八月八日、台風はテレビが伝える予報通りに、西の上空からゆっくりと僕らのライブ会場目掛けて進んでいた。そんな中を僕らは昼すぎにライブ会場の富士急ハイランド(山梨県)に入った。スタッフは雨の降る中を機械のように動き、やるべき事がすべてであるように黙々と舞台を設営している。こういう光景を見たとき「僕らは目の前の観客だけに歌っているんじゃない」と思わされてしまう。
観客でぎっしり埋まる筈(はず)の会場。いよいよ乗り込んでくる台風。中止か決行か、ぎりぎりの決断を下さなければならないスタッフ。その夜、僕は一段と激しくなった雨の音を聞きながら、今まで味わった事のない"ライブ前夜"を経験していた。
小田和正さんとの五月の和やかな食事会から始まり、いろんなものを押し込めてやっとライブ会場にまで来てみたら、自分たちの力ではどうすることもできない、自然というモノに答えを委ねなくてならない。「賭け」「ゲーム」これはどっちだろう。ふたつの言葉を思い浮かべ、そう、思ってみる。
僕はゲームを選んだ。「賭け」と表現すればドラマチックな終点に到達出来そうだが、結果として見返りを期待している自分がいる。「あしたはどっちにある」のような気楽さを持つには「ゲーム」を選んだ方が、今夜は楽になる。こんな気にさせてくれた隣の部屋に寝ている先輩に感謝。
きっと同じように「あしたはどっちにある」という気持ちで朝を迎えようとしている観客がいるだろう。「これまで二十四年間。野外イベントで雨は一回だけだ。明日は最高に良い天気になるぞ」と願ってベッドに入った。
翌朝、暴風雨の中をスタッフはライブの決行を決定。昼過ぎには風も弱まり、そして願いは届いた。夕方になると、台風は去り、会場は「絶景!」と叫びたくなるような夕焼けに占領された。楽屋のテーブルの上に置いてあったトランシーバーからは、続々と観客を乗せたバスが来ていると聞こえ、「よし、三十分押しで行こう!富士急の許可は取った」というスタッフのやりとりが聞こえ、楽屋は沸(わ)いた。
台風の中を九割以上のオーディエンスが駆けつけてくれた。一部の新聞や情報番組ではなぜか「七千人ものお客さんが駆けつけた」と紹介したところもあったが、僕たちは、ほぼ一万五千席が満席になった光景しか知らない。交通の事情から断念された皆さんの声も『僕らにはちゃんと届いた』。さまざまな気持ちを乗せたあの日の人生ゲームは忘れられない思い出になった。
最終更新:2025年08月16日 12:57