六月のやわらかい服を着て > 3

当初、七月五日から予定されていたレコーディングが一日ずれて、六日からになったことをこちらに着いてから聞かされていた。東京でのタイトなスケジュールが藤本さんに伝わってたらしく、「一日だけでも」というスタッフの配慮であった。
「藤本さん、本当は曲ができないと思ったんじゃないの?」
「そんなことないですよ。ただ、アスカさんの場合はどんでん返しがあるからって、口酸っぱく言われてましたからね。この一日がアルバムの行方に勝利をもたらすんじゃないかと思ったんですよ」
「やっぱり、思ったんだ」
「いえ、僕は必ずやれるって信じてました」
すかさず三橋が、ちゃっかり顔で言う。隣の吉岡は時計を眺めながら笑っている。

今日は、ジェスとの打ち合わせで決めたプレイヤーとの顔合わせである。スタジオでいきなり「はじめまして」はないだろうということもあり、とりあえずのかたちで席をもうけた。
フィンチェリーの街の、ちょうどおなかのあたりをベルトのように走るノースサーキュラとA-4と呼ばれる道路が一度交わり、そしてまた、再び離れたところにあるA-4沿いの「カン」という中華料理の店で待ち合わせた。奥行きを感じないこざっぱりとした店で、こちらの日本人のあいだでは、おすすめの店らしい。窓の外をつくる景色はとても八時過ぎとは思えないお昼の顔で、僕らの時間感覚を崩そうとしているようだった。おかげで、気がつけば真夜中という毎日であり、アルコールの苦手な吉岡と二人で一本の缶ビールを分け、それでも顔を赤くしながらとにかく寝た。
ドアが開いた。
覗くように入って来たのは、まずジェスであった。
「ハーイ、アスカ」
「やあ、ジェス元気だった?」
つられるように、みんなも声を掛け合った。ジェスの横に並びながら、紹介のタイミングを待っている二人がいた。一人は長髪でおとなしそうな顔をしている。もう一人は背の高いがっちりとした奴で、どことなくポール・ヤングを思わせるような雰囲気をかもしだしている。
「紹介するよ」
「ちょっと待って、当てるよ」
長髪のミュージシャンは、握手の手を慌てて引っ込め、いきなりの場面に人のよさそうな顔で反応した。
「君が、ベースのマーク……マーク・スミスだ」
ジェスはニヤニヤ笑っている。
「そして、君がドラムのニール・コンティだ」
「わお、正解だよ。どうして解ったの?」
驚きの表情を添えて、オーバーにジェスが尋ねてくれる。
「ニールの腕を見れば解るよ」
「違うよ、僕は太ってるだけだよ。はじめまして、アスカ」
笑いながらニールと、そしてマークと握手をした。初対面の時は、誰しも少なからず緊張するものである。その緊張を一瞬忘れさせるために、ときどき使う手である。外れた方がより効果的だったりもするが、今日は当たってしまった。相手に自分のキャラクターをアピールしながら、距離を無くすことができる。子供のころから自然とやってた気がするし、人見知りの激しい人との付き合いは、昔からなぜか得意だった。
あとはもう流れるままに、お互いの興味が話をつないでくれた。今回のアルバムの色、日本での活動のこと、なぜこの国で録音をするのか、などいろいろあったが、細かいディテイルは形だけでよかった。いまここで気持ちのいい時間を一緒に過ごしている。「ああ、これが今日の僕らの一番行きたかった場所だったんだな」そう心の中で思った。

多めに注文し過ぎた料理に追いつくことができず、みんなが箸を置き始め雑談に入ったころ、妙に体がだるくなり眠気が襲ってきた。いつもそうなのだが、僕は時差に弱い。日本に居ても朝と夜がほとんど逆にちかい生活をしているくせに、海外ではこうなってしまう。だから前回もスタッフやヴィデオ班が到着のその夜から仕事を始めるのを、同情よりも尊敬にちかい目で見ていた。こんな席で一人静かになっては申し訳ないので、話に参加しようと頑張ってはみるのだがどうにも瞼が重い。重いから無理に開けようとする。無理に開けようとすると不自然な表情になってしまうので、瞬きが長くなり、回数が減ってゆく。悪戦苦闘であった。
「アスカ、大丈夫かい?」
ジェスはそれを見ていたらしい。普通ならここで「平気だよ」と言うところだがなんとも辛い。
「ごめん、ジェットラグがぬけなくて」
「じゃあ、時間もそろそろですし、お開きにしましょうか」
藤本さんがきりだしてくれた。あまりアルコールは飲めないが、夜中の宴会などでは似た経験をしたことがある。酒の場では、うろうろできるからまだ楽だが、食事では席を移動して回るわけにはいかないので辛い。ミュージシャン連中は、「食事も余ってることだし、もう少しここでゆっくりとしていきたい」とのことで僕らは先に店を出た。さすがに十時を回った道路は車のライトを必要としていた。車の中から眺める景色に、六日から始まろうとしているレコーディングの思いをぼんやりと重ねていた。景色の遠くに目をやると、前回の『SEE YA』のときに書いた散文詩を思い出した。ロンドンの夜の地平線は、今日も赤く燃えているようだった。

七月六日、快晴。レコーディング開始。
九日までの三日間は、ジェスとの二人だけの作業になる。渡英の直前にプロデューサーの山里(通称ゴーちゃん)が肺炎で倒れ、急遽二人だけの作業を強いられることになった。十三年間の音楽生活のなかでこういうことは初めてである。音を作りだすと、多くのミュージシャン、アーティストと呼ばれる人達は、冷静じゃなくなることがよくある。そのため常に傍で客観的な立場で、音を修正したり、煮詰まったアーティストに新鮮なアイデアを供給したりする。ある意味では「音楽」というよりも「音学」に長けてなければいけないし、またアーティストの感性に信頼と疑問を常にいいバランスで抱いていなければいけない。プロデューサーと呼ばれる人達にもその人なりのHOW TOがあり、常にアーティストに従順さを示し、いい精神状態で録音を進めていくやり方もあったりする。僕らは前者のタイプであるが、レコーディングと呼ばれる作業においては瞬間の気持ち良さを大切に積み上げてゆく作業であるため、どちらも間違いではない。
当初、疲れによる風邪というふうに伝わっていたのだが、途中肺炎と解り、そして入院に至ってしまった。

今回レコーディングを行うことになったメトロポリススタジオはロンドン市内から西のほうへ位置した所にあり、車を使えば三十分もかからない。ちょっとした哀愁を表現したチズィックハイロード沿いの、元パワー・ハウス(発電所)をスタジオに改造したものであり、美術建築物としても眺めることができる。
オートロックで管理されているヨーロッパ風の高いドアを開けると、左にレセプションがあり、右には地下につながる階段があり、地下にはスタジオAとBがある。二階にはレストラン、そして三階にスタジオC、D、Eがあり、僕らの作業はスタジオBで行われることになった。
ガラスのドアを開けたところのリビングに黒い革のソファーが備えてあり、その奥にキッチンが設備されている。
そして右側にある見るからに重たそうな木目のドアを開けると、男達がいた。
「遅いよ、アスカ」
左側に積んであるキーボードの間を擦り抜けてジェスが右手を差し出した。
「ごめん、ここに来る途中三回も道を間違えてね。気がついたらまたロンドン市内を走ってたんだ」
運転をしてくれた三橋が横ですまなそうな顔をしている。ここで彼をかばうと話がシリアスになる。
「明日は、きっとフランスに連れて行かれるよ」
僕のジョークにジェスは笑いながら三橋にウィンクをした。
「紹介するよ。エンジニアのノエルだ」
長髪を背中で束ねるようにした優しそうな彼と握手を交わした。
「そして、アシスタントのローリー」
プレゼントにはまだクレアラシルがよさそうな、若いアイルランド出身のエンジニア候補生であった。こちらでは、アシスタントのことをティボーイとも呼ぶ。いつもスタジオの中の空気を読み取って、タイミングよくコーヒーや紅茶を与えてくれる。
「アスカさん、早速ですけどM-5のアレンジを聴いてほしいんです」
藤本さんが言う。
「OK、聴かせてもらおうかな」
一番楽しみな瞬間である。スピーカーからカウントが聞こえてきた。ジェスは僕の顔を見ている。気がついていたけど僕は見返さなかった。「今から、真剣に聴きますよ」というポーズをそこに含めた。そして曲が始まった。まずトランペットで表現したイントロのメロディは変わっていない。しかし、ビートが違っている。デモ・テープは細かいビートで構成していたが大きなザックリしたビートで横ノリになっていた。サビからはタフなサウンドが強調されているがシャープさは失ってない。そして次に8小節の間奏。そこからなだれ込むことなくクールに歌に入っていく。最初の違和感をもった印象から一気に心地よさに変わった。コードを深く力強くささえるリズムと楽器。16小節の二回目の間奏。ここでは大きなメロディをもったコーラスが似合いそうである。そして最後のサビへの導入のメロ、そしてサビ、エンディング、フェイドアウト。
音がなくなっても、みんな静けさを保っている。みんなで顔色を見合う。
「どうかな、アスカ?」
心配そうにジェスが僕の顔をのぞき込む。そして僕は答えた。
「スラーミンッ!」
「わーお!」
ジェスは声を上げて胸を撫で下ろした。「スラーミンッ」とは、二年前に彼とセッションしたときにエンジニアのレニン・ヒルがさかんに使ってたフレーズである。これは「最高」だとか「イカシテル」「これに勝るものはない」だとか、気持ちの感情表現であり、俗に言うイギリスの労働者階級の、コックニーと呼ばれる人達の言葉らしい。二年前僕らはいいテイクが得られると、好んでこの言葉を連発し合った。
「覚えてたんだね」
ジェスが懐かしそうに言う。
「もちろん。ずっと使ってたよ」
吉岡や三橋は最初、なんのことだか解らない顔をしていたが、僕らの雰囲気で状態をつかんだらしい。
「アスカ、やっとこのリズムパターン気に入ってくれたんだ」
「もちろん。かっこいいと思うよ。なんで?」
「『モナリザの背中よりも』のときのこと、覚えてるかい?」
「……なんだっけ」
「あのとき、このリズムパターンを使ったんだよ」
「えっ……?」
そうか、思い出した。そういえばあのとき、あまりにもデモ・テープとリズムのギャップがあり過ぎて随分悩み、けっきょくデモ・テープのパターンに落ち着いたことがあった。
「ああ、思い出したよ。でも今度のこの曲にはよく合ってる」
「ジェスは、アスカさんが来る前から、またNOがでたらどうしよう、今度は引けないって言いっぱなしでしたよ」
藤本さんが説明する。
「そうか、それであのムードだったんだ」
イントロでジェスの目はよく覚えてる。
「きっと、あのときもこれでやれば良かったのにって思ってんだろうな」
「さっき、そんなようなこと言ってましたよ」
「それで、今度はOKか」
「そうですね」
「ジェスに言っといてください」
「何をですか」
「堅いこと言うなって」
スタジオの中の誰もが笑えるいいムードのまま、パワーに火が点いた。
ジェスがスピーカーを指差し、ノエルに大声でつたえる。
「ネクスト!」
次はM-4であった。この曲は先日、自宅でアレンジを終えたジェスが「最高のものができた」と興奮して電話してきた曲だ。電話の前で受話器越しに聴いたそのままの印象だった。
16ビートのミディアムテンポの曲である。基本的にはデモ・テープとそれほど変わってはいないのだが、「この気持ち良さはなんだろう」と考えてしまうような違いがあった。
「いいですねぇこの曲。いいなあ、好きだなあ」
三橋がつぶやく。そしてノエル、ローリー、みんなが誉めてくれる。
「そんなにいい?」
「これは今までのアスカさんの中にはなかった曲じゃないですか?」
吉岡がスタジオのソファーから言う。
これはアルバムの中の、ひとつの色添えで書いてみた。サビから女性のコーラスが加わるイメージがあり、これが決まると本当にあったかい曲になる気がする。
「そうか、そんなに誉められると詞に力が入るな」
日ごろ、好き嫌いをわりと平気で言うスタッフだけに、嬉しかった。
「これもいいよ、ジェス。イントロからあったかくて絵が浮かぶよ」
「曲がいいんだよ」
「いや、アレンジだよ」
「いや、曲だよ」
「いやいや、アレンジだよ」
この曲は、たくさんの人から愛される予感がする。親しまれる気がする。今までにも自分の作品で何度かそういう波長をもってレコーディングされた曲がある。「早く世の中に投げ込みたい」そう思った。
そしてその後さっそく、このジェスのアレンジ・デモを基本としてレコーディングが始まった。
七月六日、メトロポリスBスタジオ、終了したのは一時五十分AMであった。

翌日はM-2から始まった。3連のバラードである。歌の入口はとてもポップだが、サビからは懐かしいメロディに変わる。この曲は六月中に、東京からいち早くジェスのもとへ送られていたので、彼のなかでは、完成されていた。ただ曲が長すぎるのではないかという懸念があった。
彼に伝えた。
「2コーラスのあとのメロディを外そうと思うんだけど、どう思う?」
「なぜ?」
「長すぎるんじゃないかと思って」
ジェスは腕組みをしたまま考えている。そして、こう言った。
「できれば、そのメロディは残して欲しいな」
「アレンジの問題?」
「いや、サラがとっても好きなところなんだ」
サラとはジェスの奥さんのことである。音楽を作ってて、一番素直にならなきゃいけない瞬間があるとしたら、こんなときじゃないかなと思った。
「OK、とっても大事だよ、そういうのって」
サラの耳を通過したことによって、生き残ったフレーズだった。なんにせよ、レコーディング中に起こる出来事は、その曲の運命だと思っているし、偶然はないと思っている。
気持ちのいい、ブラスのフレーズに背中を押されるような曲になった。
夜十時を回ったとこぐらいから、M-1に入った。この曲は東京を発つ前日までねばった曲である。この曲もM-2というその順番らしく、まえもって送ってあった曲である。しかし、そのときとは一八〇度アレンジが変わっていた。
「この曲はアレンジが変わって、驚くほどよくなったね。音が届いたとき、正直困ったよ」
痛い感想を言ってくれる。
「もっとシンプルに、デリケートなサウンドにしたいんだ」
「解るよ。すべて崩してもいいのかな?」
「かまわないよ、胸に迫る何かが見つかるんならね」
あれだけ時間をかけたデモ・テープだが、迷いはまだあった。「今日は一人で時間をかけてやりたい」とジェスが言うので、藤本さんと吉岡を連れて翌日から東京に帰ることになってる三橋の送別会を兼ねて、夜のロンドンの街へ出た。

八日朝、ジェスから電話があった。「ゆっくりスタジオに来てくれ」と言う。アイデアが固まったらしい。雨に煙るロンドンの街をハイウェイから見下ろしながら進み、そして三日目となったスタジオのドアを開けた。午後四時であった。
「昨日は寝たかい? ジェス」
「いや、大変だったよ」
朝の四時半までつづけていたらしい。エンジニアのノエルもローリーも眠そうである。なんとなくスタジオの空気が物語っていた。いつも通り一時に作業を始めたらしい。
「ちょっと、聴いてくれないかな」
とりあえず、方向性のずれがないように確かめてみる。
イントロが流れた。その中には街路樹が見える。歌のなかに入ると、歩いている恋人同士が見える。奥の深いシンセ・サウンドが漂うようにスタジオを包んだ。幸せではない恋人同士が見える。ニューヨークのどこか、物悲しさを秘めた曲になっていた。
「どうだろう?」
「今までにないけど、好きだよ。情景が浮かぶ。OK、これで進めよう」
やっと、駒がそろった気がする。一番悩んだM-1がこんなに哀愁を振り撒くとは考えてなかった。

夜七時過ぎ、村上啓介とリアルキャストの波根がスタジオに到着した。啓介さんは今回チャゲの曲五曲、そして僕のM-3のアレンジで参加してくれている。彼とは前々から一緒にやろうと声を掛け合っていたのだがタイミングが合わず、やっと今回セッションの運びとなった。
彼の曲へのアプローチは、天性の力を感じる。キーボーディストのアレンジャーが増えるなかで、ギタリストの立場からの音作りは、身体を奮わせられるものがある。
「来たねぇ、啓介さん」
「ああ、どんな具合、調子は?」
「シンセの基本ダビングは見えたところかな。チャゲはどんな?」
「ほとんど、まとまったよ。あとはジェスに生ピアノを入れてもらうぐらいかな」
啓介さんも、前回ジェスのプレイを見てるため、テクニックへの信頼はもっている。
「それにしても、良く寝た。八時間くらい寝っぱなしやったよ」
毎回、飛行機の中で苦労している僕にとっては、羨ましい話である。
「啓介さん、ギター持って来た?」
「いや、今回は見さしてもらおうと思ってね。迷ったけどおいて来た」
「そうか……。ジェス、決めた。グレンでいこう」
グレンとは四年前のアルバム『ENERGY』でセッションしたギタリストである。グレン・ナイチンゲールは粗削りだが、抜群のリズム感と指の運びのシャープさが魅力である。しかし独特のテクニックが全面に押し出されるため、曲の色を一瞬にして決めてしまう。はたしてそれが僕らの求めてる曲にマッチするかどうか、心配の材料だった。M-5での話である。偶然あるミュージシャンのつながりからグレンの居るスタジオが判り、ストレートに電話をした。スタジオのレセプション、そしてアシスタントを抜けてグレンがでた。懐かしいトーンだ。
「グレン、グレンかい?」
「そうだけど、誰?」
「元気かい? グレン」
電話の向こうで戸惑っている顔が見える。どうやれば驚くかいろんなことが頭を駆け巡るけど、結局、会話のルールに負けてしまった。
「アスカだよ」
「アス……?……わお! アスカ!」
「元気かい、グレン?」
「もちろん、幸せ馬鹿してるよ。どこに居るんだよ? 二年前も来てただろう、なんで連絡しなかった?」
「あー、グレン」
「リチャードには会ったろう、話は聞いたよ」
「あー、グレン」
「チャゲは元気かい? そうか会いたいな」
会話にならないくらい、驚いてくれた。この豪快なやつは、様々なアーティストとセッションを経験しており、先日ジェスとセッションしたときに、偶然僕らの話になったらしい。スモールワールドだ。彼は四年前の話を懐かしそうに喋る。
「もちろん、会おうよ」
「今、ちょうど友達とレコーディングの最中だから、今日は難しいけど明日行くよ」
スタジオの名を告げた後、電話を切った。
「アスカさん、こりゃグレンで決まりですね」
横で一部始終を見ていた藤本さんが笑いながら言う。
「……と言うことで、グレンでいくよ」
ジェスに言う。
「OK、でもグレンにはこう言おう、チャンネルは一つしかないよって」
そうだった。アイデアの尽きないグレンは必要以上にチャンネルを要求する。とにかく、いろんなことをやりたがった。最初は「いいものを作るために」というアーティストとしての正当性のためにエンジニアと努力してチャンネルを与えていたが、後半は「この場所は他の楽器を入れるから」ということで随分説得した。ジェスのときのセッションでも同じ光景があったらしい。
「明日はグレンで、あさってはマークとニールか。なんかたくさん集まって来ますね」
独り言のように僕が言う。
「僕も、なんか嬉しいですよ」
藤本さんが言う。
美術建築のようなドアを内側から開けると外は雨だった。
「ロンドンの雨ですね」
「濡れて行きましょうか、って言いたいですけど、遠いですからやっぱり車に乗りましょう」
「いやー、そうっすね。"ちょっと感傷的"を演じましたね。でも、アーティストがそう言ったときは、そうですねって合わしてくんなきゃ、藤本さん」
「アハハ、すみません」
僕らはその夜、霧がかる、雨のロンドンを無言で走った。「何もかもが絵になりそうなこの街で僕らは、いい絵が描けるだろうか」こんな不安は、レコーディングの度に起こるのである。

翌日、じゅうたんを敷き詰めたような低い雲が空いっぱいに広がり、落ちてくる雨を辛うじて受け止めているようであった。その下を藤本さんが運転するレンジローバーでスタジオに向かった。一時からの録音であったが、僕らが十二時半にドアを開けると、コントロールルームの厚いドアからドラムの音が聞こえた。それはちょうど悪戯をして閉め出された子供の声をガラス越しに聞いているような、そんな気がした。そしてそのドアを開けるとエンジニアのノエルが、ミキサー卓に腰をかがめるようにして、つまみをいじっていた。
「おはようノエル、早いね」
「おはようアスカ、今、ニールがチューニングを始めたよ」
僕とノエルとの会話の光景をブースから見つけたニールがヘッドフォンを外して歩いて来た。
「ハーイ、アスカ」
「ハーイ、ニール、早いね」
「ああ、ドラムは頭使わないから、せめて早く来なきゃね」
「アハハ」
「ジェスからテープ聴かしてもらったよ」
「どうだった」
「驚いたよ。いつだったか、日本のミュージシャンのヴィデオを観たんだ。アスカのメロディは、そのとき思った印象とあまりに違ったからね」
それは、「きっと僕のメロディに共鳴してくれたんだ」と解釈させてもらい「ありがとう」と答えた。彼は現在プリファブスポウラツというイギリスのメジャーバンドのドラムである。四、五年前だったか、CDを買いに六本木のウェイブビルに立ち寄ったときのことである。たくさん並んだ新譜のコーナーに、一枚だけ別格に紹介されたアルバムがあった。そのアルバムの隅にはこう書いてあった。『店長推薦のアルバム。このアルバムを今聴かない人は、絶対にポップスファンではない』こんな内容であった。もちろん、「嫌な宣伝のやり方だな」と思ったが、「そんなに良いのかな」という期待が心の中に働いて、レジに並ぶはめになってしまった。聴いてみるとこれがなかなか気持ちのいい音楽で、暑い夏の夜、疲れて帰って来た部屋で、クーラーをガンガンにかけながら、聴いてた思い出がある。それがプリファブスポウラツであった。
つづいて真っ黒なギターケースを両手に抱えたマークが入って来た。派手なシールをケース一杯に張り巡らしてあり、それがとても印象的だった。
「やあ、マーク、調子はどうだい?」
「ハーイ、アスカ、テープ聴いたよ。全部ナイスソングだ。楽しめそうだよ」
笑うと、犬のような人懐こい目をするマークだった。

ジェスもつづいて到着し、未来感覚に施されたスタジオは一瞬にして男の作業場となった。
「さあ、なんの曲からいこうか」
ジェスが言う。
「じゃあ、まず一曲目だ。M-5でドライヴしよう」
ニールとマークがポジションに付く。昨日までの三日間で、あらかたシンセサイザーのベースメントは作ってあったので、それを聴きながら二人はプレイすることになる。そしてそれを録り終わると、今度はギターのダビングやシンセの音色や音質を決める緻密な作業になる。
そして"ラージ"と呼ばれる大きなスピーカーから4カウント飛び出したあと、彼らのプレイが始まった。今までも何度となく、この瞬間の気持ち良さを体験してきたが、これだけは飽きない。あり余ったエネルギーが澪れ出るようなニールのドラム、ただスピーカーの一点を見つめながら、頭の中の景色は、音のラインが一人で歩いてるような、マークのベース。何の問題もなかった。
「俺は、この曲が一番好きなんだ」
そう叫びながら、体や頭を振るようにして、ミキサー卓を忙しくいじりまわすノエル。ただの練習だった筈なのに、いつのまにか周りを見ると、藤本さん、啓介さん、吉岡、波根がコントロールルームに集まって来ており、演奏が終わったあとは、溜め息と拍手が彼らを迎えた。何回かの練習を重ね、幾つかの注意点を討議し、いよいよ本番のテイクに入った。
テープレコーダーのカウントを元の位置に戻したノエルは、二人が着けてるヘッドフォンにつながるキューボタンを押し、こう叫んだ。
「エブリバディ ハピィ? ヒーヤ ウィ ゴー、グーッドラーック ストゥーディオ!」
プレイヤーだけじゃなく傍にいるみんなが熱くなれる言葉だった。ほとんどこのテイクでOKであったが、彼らは何度もやり直しを求め、本人の満足に達するまでは随分と時間をかけた。音の基礎となるドラムとベースのこだわりであった。そして八時からの夕食のあと、M-4に入ることになった。
この曲が始まると、みんながあたたかい顔をしてくれるし、心なごむムードがスタジオに広がる。この曲には、やっぱりなにか独特のものがある。自分の音の確認をしていたマークがソファーを離れ歩み寄って来た。
「こんな感じの曲、多いの?」
「いや、今まではあまりないね」
「これはシングルにはしないの?」
「最近やわらかい曲がつづいてるからね。まだマークは聴いてないけど、M-3にしようと思ってるんだ」
M-3は六月に村上啓介とバーニッシュスタジオにこもり、かなり確かなモノに仕上がった。レコーディングの真夜中、曲に煮詰まったチャゲが電話をくれて、スタジオに遊びに来た。「遊びに来た」というよりも、こういう場合、僕らはお互いに「逃げて来た」と呼び合っている。その日「逃げて来た」チャゲのアイデアも混ざり、ゴーちゃんを含み、シングルはこのM-3じゃないかと話し合った。
そしてこの日、予定通りM-4の録音も終わり、帰りの車の中の鼻歌は、すっかりM-4のメロディから離れられなくなっていた。藤本さんと帰る朝四時のモーターウェイはパーティからの帰り道のようであった。

十時過ぎに起きると昨日の曇り空がどこかで破れ、雨になっていた。
「今年のロンドンは、変なんですよ」
ハンドルを回しながら藤本さんがけげんな顔で空を見る。
「そんな感じがしますね」
「ええ、三十度を超えた日がつづいたり、その夜はセーターが必要になったり……変なんですよ」
「日本も同じですよ、僕らの星は病んでますからね。早く薬をあげないと、このまま本当に弱っちゃいますね」
昨日のパーティ帰りのようなムードから十時間も経っていない。とても同じ車の中の会話とは思えない気持ちでスタジオへ向かった。
その日のスタジオは、この重いムードを消してくれるような一日となった。M-2、M-3をプレイする二人は迷うことなく時間を進んで行った。特にM-3は曲をいっそう派手にした。
「啓介さん、どうする? リアルドラムでいく?」
バーニッシュで仕上げたとき、この曲のドラムはマシンのタイトさを大切にしよう」という話になっていたため、本来、ニールもマークもこの曲には参加しないはずだった。しかし、昨日のプレイにインパクトを受けた僕らは、急遽トライしてみることになった。
「そうねぇ、最初の狙いの音とはずいぶん変わったけど、これもいいよね」
タイトと呼ぶには少しずれてしまったが、その代わり、"グルーヴ"が、つまりノリが加わった。結局二人のプレイも録り、マシンも残し、何度も聴き比べて判断しようということになった。

七時頃、ドアの向こうで大騒ぎをしながらスタジオになだれ込んで来たグループがあった。
チャゲ、ナベさん、みよちゃんの三人だった。そんなに久しぶりというわけではないが異国で会うとやっぱり懐かしい。C&Aには現在、正式にいうと二人のマネージャーがいる。一人がこのナベさんこと渡辺であり、リアルキャストの専務を兼ねてもらっている。そして、仕事のブッキングや現場のマネージメントに携わっているのが、中野である。中野は東京のマネージメントを任されているので、今回は後から駆けつける事になっている。そしてチャゲ、ナベさんと共に訪れたのが、デビュー以来C&Aの会報誌の編集とライターをやってくれている、みよちゃんこと天野である。
「おう、来たか」
これで充分である。言葉のトーンと表情があればいい。チャゲは赤のジャケットをヒラヒラさせながら、黒の革のソファーにドスンと座り頭をソファーの袖にあずけた。
「疲れたあ、どうや、レコーディングは?」
「まあ、順調よ。お前はどうや?」
「まあ、順調よ」
いつもの会話である。
「飛行機の中では寝れたや?」
「いや、寝れんくてワインかっくろうとった。そしたら、こいつが寝汗かいて寝やがってさ」
みよちゃんを指さして笑っている。異様な騒ぎを聞いたジェスがコントロールルームのドアから顔を出し、一時的にリビングはミュージシャンとの紹介も交え、社交場と化した。
チャゲたちは、スタジオの雰囲気を確認した後、時差を早めになくすために、十時半にスタジオを後にして、フラットに向かった。二年前のときに生活したフラットでは散々な目にあったらしいが、今回の所は内装も綺麗で、バスとは別にベッドルームにもシャワーが完備されている。二年前から小言を言われつづけてる藤本さんが、自信をもって決めた場所らしい。

チャゲが帰ったあと、またM-3の作業に入った。夜中二時を回ったころに最終チェックが始まった。ミキサー卓の前に座り、目を閉じて聴いていると、ふいに肩を叩かれた。振り向くとグレンが立っていた。
「やあ、グレン!」
「アスカ!」
僕らは抱き合って再会の喜びを分かちあった。筋肉に包まれた身体、無精ひげ、そして口を真一文字にしての笑顔、四年前のままだった。彼はドラムのリチャードと一緒にアルバムを作っていること、ベースのデスモントは仕事でイギリスに居ないことなど、片手にグレンのトレードマークである缶ビールを親指と人差し指で挟むようにもちながら懐かしそうに語った。
「グレン、いつなら空いてる?」
突然の話だったが、カンのいい彼はすぐさま話についてきた。
「明日しかだめだ」
「OK、明日でいいよ、これがカセットだ」
「どんなふうにしたい?」
「リズム系の曲だけど、ハウスにはしたくない。あとは……」
「……?」
「グレンであればいいや」
グレンは口を真一文字にして、にやっと笑った。
「OK、フレンド。今から早速、カセットを聴くよ」
勢いよく立ち上がろうとしたグレンに、ジェスが言った。
「グレン、チャンネルは一つしかないよ」
「チャンネル……?」
追い打ちをかけて僕が言う。
「トラックだよ。まだたくさん空いてるけどグレンには一つだよ」
やっと、ジョークの意味が解ったグレンは、少し照れた顔で僕らを指さし、こう言った。
「みんな、いいギターが欲しいかい?」
全員で答える。
「YES!」
「このグレンが欲しいんだろう?」
また答える。
「YES!」
「意地悪言うなよ」
全員が大笑いのあと、カセットを手にしたグレンは、僕らに右手の親指を立て、スタジオのドアを閉めた。

十一日の夜に、グレンのギターダビングが終わり、すべての曲の色が、おおよその角度で見えるようになった。チャゲの楽曲のヴァリエーションがすばらしい。今回チャゲの曲はメロディアスなものが多く、「今僕らが世の中から何を求められているか」という答えを上手に出してきた。啓介さんとのコンビネーションも益々形を成してきた。時差の辛さも無くなり本調子になったチャゲと、まだアルバムタイトルの決まっていないニュー・アルバムの打ち合わせに入った。本来ならここにゴーちゃんが加わってるはずだが、依然入院は続いている。チャゲの楽曲シートに目をやると、C-1からC-5までが並んでいる。タイトルの決まってない曲の頭にMUSICのMをつけて標記した僕の楽曲であるが、作業上のミスの誘発を避けるために、チャゲの曲の頭にはCHAGEのCを付けてレコーディングを進めた。
「俺のC-1とC-3はジェスのピアノでやりたいな」
腕組みをしてソファーに深く腰掛けたチャゲが言う。
「ああ、見えるな」
「C-4とC-5に関しては、自分の中で詞のイメージも固まってきとるし、もうそんなにいじらんくてもいいやろ」
C-1は優しい、とても流れのある曲で、チャゲのもっとも得意とする色のバラードである。C-3はミディアムテンポの曲で、季節で言うと春を感じた。曲の始まりはせつないが、サビからはそれをふっ切るかのようなメロディが春の訪れを感じさせる。C-4は不思議な色をもったメロディであり、強い印象を受ける。2コーラスが終わったあとのメロディには驚かされた。C-5は奇麗な甘いメロディが最後まで続く。村上啓介との合作である。この曲はこの段階でコーラスのアイデアが浮かぶ。アルバムの人気曲となることは間違いない。
「……で、相談なんやけどさ」
灰皿に煙草をこすりながら、突然チャゲが切り出した。
「なんだ……?」
「C-2をアルバムからぬきたい」
「どうした?」
「曲には自信があるし、いいもんに仕上がると思うけど、アルバムの色から外れると思う」
確かに、初めてその曲を聴いたとき同じ考えをもった。ライヴなどでは俄然力を発揮しそうだが、今回そろってきた楽曲のなかで上手く混ざるかどうか、心に過ったことは事実であった。これはチャゲが選んだアルバムを作るための手段である。過去にも僕らは何度となく同じようなことがあった。そんなにナーバスになることではない。この手の理由で外れる曲は必ず後で、よみがえってくる。「今ここで、この服を無理に着るよりも、誰もが素敵な服だと言ってくれるまで上手に待ちましょう」ということである。
「OK、だけどアルバムの作業過程で、どう変化するか解らんからもうちょっと見てみようや。ゴーちゃんにも相談せんとね」
あんまり二人が、神妙な顔付きで話を続けていたので、ノエルが心配そうにスタジオから出たり入ったりを繰り返していた。そして、声を掛けてきた。
「どうしたの? 何かトラブルかい?」
「ああ、実はゴーちゃんが……死んだ」
そう言った僕らの方が、こらえきれず笑ってしまった。

早くから「ファンクラブ用の撮影をしたい」とみよちゃんから言われ続けていたのだが、時間を上手くコントロール出来ずにここまできてしまった。六月の上旬に髪を切ったきりであり、ディップさえも使わない状態だったので、藤本さんを誘い髪を切りに行った。
リージェントストリートを真っすぐピカデリーサーカスの方へ向かい、大きくカーブする手前の細い道を左に折れると、ジャパンブックセンターがある。ロンドン在住の日本人で、ここを知らない人はいない。そこを通り過ぎたところに美容室"スタジオ ユニ"はあった。ガラスのドアの前でインタフォンを押すようになっている。僕らはその中に入って一人の女性に手を振った。
「祥子ちゃん、ひさしぶり!」
彼女は、二年前『SEE YA』のヴィデオ撮影のときにメイク係として頑張ってくれた。藤本さんからここにいることを聞いた。
「わあ、本当ですね。お元気でしたか? 今日、見えるって聞いたんで楽しみにしてました」
一時間くらいの間だったが、何だかほっとさせてくれる。
切り終わったあと、心配そうに鏡を覗く祥子ちゃんと目が合った。
「大丈夫ですか? これで」
「バッチリだよ、ねっ藤本さん。俺、アスカしてる?」
「アー、アスカさんだ。久しぶりにアスカさんだ」
「しらじらしいよ、藤本さん」
まわりの人達も会話に入って笑っていた。帰り際に、また仕事をお願いするであろうことを彼女に伝えた。普通はこの国の習慣として一割ほどのチップを渡すのであるが、僕は彼女にそれを渡さなかった。なんだか「彼女とは日本人としての付き合いを大切にしていたい」そう思った。

撮影も終わり、レコーディングの方もダビングが本格的にしつこさを見せながら進んだ。明日からチャゲがひと先ず日本に帰るので、映画の打ち合わせをやろうということになり、チャゲのフラットへ夕方からみんな集合した。東京から、この打ち合わせのためだけに訪れた監督の岩澤さんを囲んで、延々と続いた。この映画は、今年のコンサートフィルムであり、ステージ以外の顔をよく捉えている。三十回のコンサートすべてをヴィデオに収め、朝から夜中まで、ずっとカメラに撮られていた。みんなで約二時間四十五分のフィルムを見終わったあと、アイデアが飛び交った。
「これは、地方では放映できるの? ナベさん」
僕の素朴な疑問だった。
「それを今努力してるところなんだ。なんせ、今までの映画と違って、デジタルサウンドがスピーカーから飛び出してくるんだよね。だからそのためだけの機械を開発してたんだけど、先日めどが立ってさ、GOがでそうだよ」
話は続き、いろんなことが飲み込めた。この機械が世界に一台しかないということもあり、全国での同日放映はありえないということである。フィルムの直径が、大人が両手を伸ばしても届かないという、今まで考えられなかった大きさであり、結局地方での放映は、コンサートホールを探さなければいけないという結論も出た。帰り際、藤本さんがぽつりと言った。
「なんか、さっきの映画感動したな。二人が"ガイズ"って感じでしたよね」
ハッとした。
「ガイズ……GUYS。いいじゃないですか。いいタイトルですよ監督! ナベさん、そう思わない? GUYSでいきましょうよ」
藤本さんは、ただ驚いている。何か物事が決まる瞬間とはこういうものである。
みんな口々に発音して、確かめてる。それに僕の中ではもう一つが重なった。M-3である。前からこの曲には、風の中を走り抜けるイメージがあった。それが今、この"GUYS"という言葉のもつ大きさが、形あるものとなって胸の中に浮かびあがってきた。それをみんなに伝えると、勢いがついた。みんなが一つのことを信じることで動き出したのである。
それから僕らは別れ際のドアの前で「GUYS」と言って別れた。

チャゲやナベさんたちが東京に帰った日から、極度の頭痛に見舞われた。初めはただの偏頭痛だと思っていたのだが、一向におさまる気配はなく、むしろ痛みは増すばかりであった。痛みに耐えきれず鎮痛剤をまとめて飲んだ。二日目は唯々寝た。トイレに起きるのにも、頭を振ることができず、三日目ともなるとさすがに気弱になってきた。八月一日から始まる歌入れのための詞を書く時間がなくなっていく。二十日から床に臥せって、もう三日間なにも出来ないでいた。五つの詞をあと一週間足らずで書き上げなければいけないし、ここ何日かで思ったことだが、このアルバムのためにはどうしても、あと一曲バラードが足りない。日本時間の二十二日には、時任三郎がテレビ番組「サウンドアリーナ」に出演することになっており、電話インタヴューの話もまとまっていたが、「元気よく喋ることは不可能だ」と判断して断った。一部のマスコミがこの状態を取り上げたため、みんなの心配を誘うような報道になってしまったと聞かされた。
二十三日の夕方から、かなり身体も回復をしてきた。さっそくその夜から、心の中の不安材料を減らすべく、詞の作業に入った。
取っ掛かりはM-3からであった。いつも一つ目は時間がかかる。この焦った気持ちを、描きながらにして落ち着かせてくれるような、どこか懐かしいサビのメロディをもった曲であったからだ。テーマはあった。

人は誰しも、かならず老いてゆく。そして昔を思い出すことが多くなる。
しかしそれは、今を生きる人のためのもの。悪いことじゃない。

テーマはあったが、これを詞として表現するまでには、やっぱり時間がかかる。書き出して二日目の夜にこんなフレーズが並んだ。

 からだの何処かに 川が流れて
 夢の残りを 流してみる

 雨上がりの空の下 遠い日の夕焼けの歌
 風に青い実をゆらしてる いちごになる 泣きたくなる

 思い出に抱かれても 罪はない

一つが完成すると、そのまま次の詞に入った。次はM-3の「GUYS」。そしてM-4。この曲には「no no darlin'」というタイトルが付いた。そして気持ちの動くまま詞は進み、七月三十一日の夜に五つの詞が完成した。追い詰められた状態からの心への刺激。その形の現れだと思っている。
あとは、この詞の情景を大切にして歌えば良い。
最終更新:2025年08月17日 20:59