六月のやわらかい服を着て > 7

先程眠りに就いたばかりの不満のなかを、義務的な目覚ましのノイズが朝を告げる。
朝を告げるというよりは仕事の始まりを知らせる。

家を出るまでの要領の悪い僕は、最低でも一時間の余裕をみておかなくてはならない。
「五時か……」
昨夜、フジと別れる前に「明日は六時に迎えに行きますから」と言われていた。昨夜といっても四時間程前の話である。
八月の下旬を過ぎたころから少しずつチャゲのスランプが消え始めていた。順調にコーラス録り、そして本人のメイン・ヴォーカルの欄が塗りつぶされていった。僕らはレコーディングの際に、一枚の制作工程表を作る。そして曲のタイトルの横にCHAGE、ASKAと書かれており、それが「済」文字と黄色のマーカーでつぶされて行く。そんななかでパナソニックのCFのために撮影隊が到着したのは二十七日だった。

メトロポリスの二階にあるレストランのテーブルを囲み、撮影のためのカメラマンやアシスタント、大阪電通のCF担当、コーディネイト会社の面々の紹介が始まった。僕の隣に腰掛けた男性が好意的な態度で頭を下げてくれた。演出・監督の木村さんである。僕らもそれに合わせるように頭を下げた。五分刈りに近いヘアー・スタイルとベージュの上着のエンブレム、マフラーがとても印象深い人だった。木村さんの作品は、先日チャゲの部屋のヴィデオで観せられていたので、警戒心無く打ち合わせに臨んだ。あまり最近はテレビを観なくなっていたが、彼の殆どの作品は印象深く記憶されていた。その後、大まかな絵コンテや衣装の決めごとを終え、着いた早々、スタッフはロケーション・ハンティング、通称ロケハンへ。僕らはスタジオへ別れた。

「おっはようざいます」
フジが玄関のドアをはさみ、ドアの真ん中にあるガラスの窓を拭くような仕草で手を振っている。
「おはよう。寝た?」
「いえ、寝ると起きれなくなるんで、もう起きてましたよ」
「ひぇー。強いなあ。俺はだめだわ」
よく、いろんな人が「寝ると起きられないから、寝なかった」と口にするが、僕にはそれができない。徹夜は僕らの仕事だが、いまだにそれが弱く、よく朝方の四時から六時の間に知らない時間がある。たとえ十五分でも時間があれば眠りたいと考える。裏を返せば寝起きに強いので、眠ってしまっても大丈夫だということである。自分ではこれを便利だと思っている。
車はロンドン市内を横切り、テムズ川を渡り南へ向かった。
「どこだっけ今日は、バタ……?」
馴染みのない所だった。
「バタシーですよ。バタシー発電所です」
トンネルを抜けると雪だったと表現された小説のように、どこかのカーヴを曲がると、いきなり空に四本の煙突が塔のようにそびえ立っていた。ロンドンの旧発電所であり、再開発の名目で原型を留めていた。それは、ちょうどロープを外されたプロレスリングのコーナー・ポストのようであり、縦に伸びた溝のようなデザインは宮殿の遺跡の柱のようにも見える。
その日の撮影は建物の屋上で行われ、歌っている僕のおなかの部分を光線が突き抜けるという設定でフィルムが回った。
翌日は午前中スタジオに入り、写真撮影が行われ、昼過ぎから別パターンのCF撮影に入った。驚くことに撮影現場は、三年前『DO YA DO』のプロモーション撮影をしたところであった。前回のヴィデオではビルの間を歌いながらカメラに向かって歩き、そしてクレーンで上昇するカメラの下を二人でくぐり抜け、ビルの角を曲がり消えて行くという設定であったが、今回はちょうど曲がった角からの撮影になった。

八月の最後の日、遅れた歌入れを取り戻そうとしているチャゲの歌入れの日、夜になってからスタジオに向かった。なんだか一人で楽をしている気になったが、どうせ最後には二人で苦しむことになると予感した。
二階のレストランに上がると、フジTVのプロデューサーの渡辺さん、そしてロンドン在住の上原さんが待っていてくれた。
上原さんは年末のクリスマス特番の打ち合わせのためで、渡辺さんはドラマの出演交渉のためにわざわざ東京から足を運んでくれた。昨年からずっと誘っていただき、かなり気持ちは傾きかけたが、結局今回のロンドン行きの前に思い留まった。「いま自分は、何をやらなければいけないのか」という自問自答のなかでお返しした返事であった。しかし、自分のなかにもまだ揺れてるものがあったのも事実であり、それを敏感に感じとった渡辺さんが再度交渉に来てくれた。
「よっ、元気そうじゃん」
右手を出し合う。「夜のヒットスタジオ」のプロデューサーをやってたころのノリは少しも変わってない。
「アルバムのタイトルは"GUYS"ってんだって?」
「ええ。早いっすねぇ」
「俺たちが作ろうとしてるものと正に一致するじゃないか、アスカ」
「本当にそうですね」
昨年から「一緒に男のドラマを作ろう」と言い続けてくれた人だった。この人にはある種の勘を感じる。勘と情熱で仕事をしているプロデューサーである。だから魅力を感じる。この日の話に何度も情熱で動かされそうになり、またその度に思い留まるという心の繰り返しであった。結局この話に揺るぎない答えがでたのは十一月の半ばである。彼が再度そのドラマの監督と訪ねてくれたロンドンは、ちょうどこの話がはじまった去年の東京の冬の色に近づこうとしていた。

「if」のコーラスが終わり、翌日にはアルバム・タイトル曲「GUYS」を終え俄然チャゲに勢いがついてきた。
ピッチにはまだ若干不安が残るが、近づいて来るゴールに「何としてでもたどり着いてやる」という気持ちが、彼を動かしていた。
隣のスタジオでは並行してミックス・ダウンが行われている。毎日のやることの全てがアルバム『GUYS』の終わりへの形となって行く。
「ズーミ」
スタジオのリヴィングにある机の前でチャゲの背中が見えた。
「何だよ、それ」
「ズミたい、ズミ」
「ズ……ミ……?」
黄色のマーカーが手元にあった。レコーディングの星取り表である。
「あー、済か」
「いや、ズミ」
「あと何個空いてる?」
「1、2……7、8……。8個だな」
「それでも、8個か」
「単純計算で、あと四曲分だな」
九月の十七日までに全曲のミックスを終え、二十日までにデジタル・マスタリングを行わなければならない。九月五日の会話であった。

調子が戻ったとはいえ、チャゲに残されたものは苛酷であった。五日の夜、連日つづいた朝までの歌入れに、とうとうチャゲが喉をつぶした。こんなところにきて喉をつぶした。
本当に痛かった。
スタジオのなかで、椅子に座ったままヘッドフォンを外そうとしないチャゲにゴーちゃんが言う。
「チャゲ、ひどいね。このまま歌っても買った人に失礼だよ」
「……」
こんな会話が交わされる時のスタジオは、水を打ったように静かである。コントロール・ルームから見えるチャゲは、ただ黙ったまま、偶然の新しい風を待つ旅人のようであった。
期待に応えてくれない風に見切りをつけるように、チャゲはコントロール・ルームのドアを開けた。
「今回は、散々だね」
ゴーちゃんの言葉の響きには優しさがあった。「一緒に精神状態を共にしてるよ」という心の伝達だった。
「お前さ、まだ詞が残ってんだろ?」
できていないのは知っていたが、僕には次の言葉を使うための必要な問いかけであった。
「ああ、あと一曲な」
「思いきって二、三日休めば?」
とんでもないという顔をしたのは、チャゲ一人であった。スタッフのみんなが同じことを考えていた。
「俺もそう思う。少し休んで、風邪と喉を治そう」
ゴーちゃんもギリギリを選んだ。もう全てをギリギリの状態で進むしかないという風に全員が思った。アルバム制作では、毎回これに似た状況を進んで行く。前回の『TREE』の時は、最終過程になってどうしてもアルバムに書き足したい楽曲のイメージが湧き、デビュー以来はじめての発売延期という不名誉な経験をした。今回渡ろうとしている橋は、それとは根本的に異なった理由で発売にプレッシャーをかけている。
九月に入ってチャゲは軽い風邪をひいた。スランプから脱出できそうな予感もあり、無理をしながらも精神状態が上向きになれるノリを選んでいた。しかし風邪は、気力と別のラインを描き深くなっていった。
「お前、今日は帰った方がいいよ」
「そうやね」
「とりあえず歌は置いといて、書き物進ませれば?」
「ああ」
返事をする声さえも無残に割れ、喋るのにも力を必要としているようだった。
「アスカ、私も帰る」
ミヨちゃんだった。レコーディングが始まって以来、ずっと僕らを眺め、それを記録に残すべく身の回りのお手伝いをしてくれている。彼女の作家活動もここ一、二年小説へと移り、スタジオの空き時間や暇を見つけては、ひとり別室にこもり、原稿と向かい合っていた。
常日頃から天才的に僕らのジョークにはまりやすく、笑ったり、泣いたり、本気で怒ったりの繰り返しである。しかし、どんなに彼女が怒っても、僕らには笑えるトーンでしかなかったりするので、いつのまにか一緒に騒いでる。
彼女は周りに並べていた自分の原稿を素早くまとめると、僕に手を振った。
「たのむわ」
「OK」
帰りにミヨちゃんがいるとアイツが楽になる。そんなことを、皆同じ思いで見送った。
僕には貴重な時間が転がり込んできた。ここまでのアルバムお見つめ直しができる。大事に丁寧に作っていても、レコーディングとはその場だけの記録である。結果、その日の精神の状態でyes、noをだしているために、後で聞き直すと印象の違うものになってることがよくある。すでに「済」でマークされてるテープを一曲一曲頭からチェックし直し、少しでも違和感のあるものは時間をかけてやり直した。チャゲにとっては散々であったが、僕にとっては今後のレコーディングの在り方を考えるとてもありがたい時間になった。

八日、体調を戻すことのできたチャゲが、一気に「夢」のメインを録り終えた。なんの迷いもなくマイクに食いつくように歌う姿は、相棒ながらカッコイイと思わせる。
その日、ハーモニーまでも一気に録り終え、「済」は6個になった。
九日、スタジオには子供が溢れた。
「世界にMerry X'mas」の合唱がスタジオに流れた。二本のマイクを子供たちの前に並べ、この日のために置いた目の前のスピーカーからバッキング・トラック(カラオケ)を流し、それに合わせて皆が歌うというスタイルをとった。普通は、音のクオリティを考えるたえにスピーカーから流れた音で歌うなんてことはまずやらないが、今日は皆で歌うという温かさをとった。
夕方から、女性ヴォーカリストのジュードを迎え、ハーモニー、カウンター・メロディーのダビングにはいった。
ジュードとの出会いは、偶然であった。現在、ロンドンではカラオケ・ブームである。イギリス人には、「カリオケ」と呼ばれ、日本人の文化というよりも、日本社会が生み出した現代娯楽を楽しんでいる。
その「カリオケ・クラブ」にフジらと七月に行った際に、近くのテーブルでカーペンターズの曲を見事に歌った女性がいた。それがジュードとの最初の出会いである。ちょうど、「no no darlin'」の女性のコーラスを探していた僕は、すぐにプロダクションとしてのアプローチをかけた。ジェスの紹介で何人かの候補は上がってたのだが、目の前で見て、そして聴いたインパクトの前では比じゃなかった。
現在、彼女はバンドに所属しており、もちろんヴォーカルを担当している。ちかくアメリカのカンパニーと契約を交わす段階にあり、その契約が形とならないうちに、いち早くレコーディングに参加してもらった。
その日、すべてが予定通りに進んだが、ひとつだけ計算外のハプニングが起こった。
ノエルが、わりに慌てた様子で二階からスタジオに降りて来た。
「ジュードのダビングは終わった?」
「ああ、いま終わったところ」
「そうか、早く二階に上がろう」
何か意味ありげである。
「どうしたの」
「ハイジが怒ってんだよ」
「ハイジ?」
ハイジというのは、二階のレストランの女性である。ディナーは、ほとんど毎日のようにそこですましていたので、この頃にはすっかり仲良くなっていた。その彼女が怒っているという。ディナーはだいたい八時半くらいまでにすまさなければいけないが、今日は九時を回っていた。しかし、そんなことは前にも何度もあったし、それで怒るような仲ではない。
「なんでだろう?」
「遅いから、早く帰れないって怒ってんだって」
「まさか、嘘だろ」
「ひとつ気になることがある」
ノエルが真面目な顔で、人差し指を立てながら説明する。
「さっき、ジュードが来てたよな」
「ああ、来てた」
「美人だったよな」
「美人だった」
何となく話が見えてくる。
「スタジオにジュードが来た後で、メトロポリスの若いエンジニアが皆騒いでたんだ」
そういえば、スタジオにアンプを運んだり、ソファに腰掛けたり、普段あまり見ないような顔触れのエンジニア連中がウロウロしていた。
「そいつらの噂がハイジの耳に入ったらしいんだ」
皆で顔を見合わす。さらにノエルがつづける。
「ジュードが来てるからみんな上に来ないって思ってるらしいんだ」
「まずいよゴーちゃん」
「まずいよな」
チャゲはもう階段を上がろうとしている。こんな時は特に早い。
「ここはロンドンだよ」
「やっと、まともな味のレストランなのに」
「ここで嫌われると……」
誰ともなく叫ぶ。
「終わるぞ!」
みんなで一目散に階段を駆け上がった。

「済」のマークは二つを残していた。十五日である。どんなことがあっても今日は落とせない。今日中に一曲完成しないと明日のミックス・ダウン曲がない。明日のミックスに穴が空くと、すべてが終わる。
一時からのレコーディングであったが、ゴーちゃんが来ない。少し待ったが、風邪でダウンという連絡が入った。
「チャゲ、今日は二人だけでやろうぜ」
「そうだな。ここで迷う意味は何にもないもんな」
今日、明日とチャゲのコーラスである。これで上手くいけば、アルバムが上がる。
「野いちごがゆれるように」を選んだ。
チャゲの喉は連日のヴォーカル・ダビングで疲労していたが、ここにきてかばうつもりは更々ない。僕らはプロである。プロはアマチュアよりすごくなくてはいけない。人ができないことをやって当たり前である。そんなことを考えながら、チャゲの歌を聴いていた。
「チャゲ、低いよ。もう一回」
「メロディのニュアンスが違うよ。もう一回」
マイクの前にチャゲが立つ。僕はもうトーク・バックのハンディを持つのが面倒臭くて卓の前に移動した。チャゲが感情移入のためにスタジオのライトを暗くすることを要求する。
何度も、何度も、お互いが納得するまでやった。
一行、一行、潮が満ちるように埋まって行く。タイミングを見て「大丈夫か?」と聞く。必ず「大丈夫」と答えが返って来そうなときだけ聞く。僕らはプロである。
ソファのミヨちゃんは、もう何時間も体勢を変えずにみつめている。背中越しにそれを受け止めながらレコーディングはつづいた。
そして十時過ぎに「野いちご……」が終わった。
「お疲れ」
チャゲがスタジオのドアを開けてコントロール・ルームに来る。
「ああ、疲れた」
本当に疲れているのがわかる。クシャクシャの頭をかきながら、モニターの前にドカッと腰を降ろした。
「これで明日、穴空けずにすんだ」
「あと一曲だぞ」
「おう、アルバム終わるな」
「ホントだな」
たわいのない会話であった。あとからミヨちゃんに聞いた話では、このとき僕らの間に怖くて入って来られなかったらしい。
「チャゲ」
「あん?」
「もう一曲行くか?」
「俺もいま、そう言おうかと思ってたところだ」
「ゴーちゃんのいないときに、全部終わらそうか」
「やろか」
「OK」
「HANG UP THE PHONE」のテープがアシスタントの手によってレコーダーに掛けられた。
もう誰も止めるものはいなかった。チャゲは喉が冷えないように発声をつづけている。ノエルはこの状況を察したらしく、シャンペンの用意を始めた。皆の気持ちがアルバムの最終地点を確認していた。
マイクの前で伸び伸びと歌うチャゲはスランプのことなど頭にない。競技場に帰って来るマラソン・ランナーの気持ちを二人で味わっている。観客は充分なテンションで応援してくれている。全ての応援は僕らに向けられている。
そして、朝方五時を過ぎたころ、僕は最後のトーク・バック・ボタンを押した。
「OK! お疲れ!」
スタジオは映画のラスト・シーンのように盛り上がった。あんなに余裕をもったのにこんなに苦しいレコーディングになった。しかし、どんなに時間がなくても、決して妥協はなかった。それだけに、十四年間で最高のアルバムができたと思っている。
「ゴーちゃん、なんて言うだろうな」
チャゲは早く伝えたそうである。
「あれでも結構ひねくれてるとこがあるからな、明日これ聴いて、ダメだ、全然ダメだって言うかもな」
みんな笑っている。何を言っても楽しかった。
「結局、ゴーちゃん、アルバムの頭とケツいなかったじゃん」
チャゲが言う。
その日、東京のポニー・キャニオンから届いたユンケルや缶コーヒーを分け合いながら、めいめいが日本を懐かしく思った。

六月のやわらかな服を着てたころにはじまったレコーディングであったが、いつのまにか夏の陰りを通り越し、夜はセーター、革ジャンを着てもおかしくない季節になっていた。
日本に帰るころは全てが真冬の装いで僕を包むだろう。そんなことを考えながらできあがったばかりの曲をかけ、いつものように明るくなったモーター・ウェイに乗り、空の方へ車をとばした。
(了)
最終更新:2025年08月17日 21:01