392 名前: 15年の約束(1/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:49:31.24 ID:m/C1yn6o
駅『おさかべ~、おさかべ~』プシュー
男「うっわー、なんか都会になってる!」
母「都会って何よ、都会って」
男「だって俺がいた頃って、あそこら辺、全部田んぼだったし」
母「あのマンションが建ったのってもう10年くらい前よ……って、そう言えば」
母「あんた、ここ来るの何年ぶりだっけ?」
男「最後に来たのが小1の夏休みだから、15年ぶりかな?」
母「……そっか、お父さんと離婚するしないでモメてたときだったわね」
男「ん」
母「……」
男「……」
母「叔父さんにはちゃんと挨拶するのよ、長らく伺えなくてすいませんでしたって」
男「分かってるって」
母「……」
男「……」
駅『おさかべ~、おさかべ~』プシュー
男「うっわー、なんか都会になってる!」
母「都会って何よ、都会って」
男「だって俺がいた頃って、あそこら辺、全部田んぼだったし」
母「あのマンションが建ったのってもう10年くらい前よ……って、そう言えば」
母「あんた、ここ来るの何年ぶりだっけ?」
男「最後に来たのが小1の夏休みだから、15年ぶりかな?」
母「……そっか、お父さんと離婚するしないでモメてたときだったわね」
男「ん」
母「……」
男「……」
母「叔父さんにはちゃんと挨拶するのよ、長らく伺えなくてすいませんでしたって」
男「分かってるって」
母「……」
男「……」
こうして俺は、15年ぶりにこの街にやってきた。来春の就職がめでたく決まり、
叔父貴に身元保証人になってもらうためだ。
叔父貴に身元保証人になってもらうためだ。
ピンポーン
叔母「いらっしゃい義姉さん、男くんも久しぶり。さ、上がって頂戴」
母「いつも悪いわね、ろくに顔も合わせないくせに、こういうときばかり頼っちゃって」
叔母「いいのよ、義姉さんも女手一つでいろいろ大変だもの」
叔母「でね、せっかく来てもらったんだけど、あの人急な仕事が入っちゃって」
叔母「夜には帰ってくるはずだけど、どうする?」
母「だったら帰ってくるまで待たせてもらおっか。いいでしょ、男?」
男「ああ、それならついでだし、ちょっとその辺ぶらぶらしてくるよ」
叔母「そうね、あの頃とはここも随分変わったから、あちこち見物してくるといいわよ」
母「迷子にならないように気をつけなさいよ」
叔母「そのときはまた、あの子に送ってもらえば? 会いに行くつもりなんでしょ?」
男「///」
母「あの子?」
叔母「男くんが昔迷子になったとき、送ってくれた女の子が本当、かわいくってねぇ」
母「あら、あんたそんなことがあったの? お母さん知らなかったわ」
男「ま、迷ったらお袋の携帯に電話するから!」バタン
393 名前: 15年の約束(2/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:50:50.41 ID:m/C1yn6o
逃げるように叔父さん家を出てきたが、叔母さんの言うことはあながち間違いでもない。
母「いつも悪いわね、ろくに顔も合わせないくせに、こういうときばかり頼っちゃって」
叔母「いいのよ、義姉さんも女手一つでいろいろ大変だもの」
叔母「でね、せっかく来てもらったんだけど、あの人急な仕事が入っちゃって」
叔母「夜には帰ってくるはずだけど、どうする?」
母「だったら帰ってくるまで待たせてもらおっか。いいでしょ、男?」
男「ああ、それならついでだし、ちょっとその辺ぶらぶらしてくるよ」
叔母「そうね、あの頃とはここも随分変わったから、あちこち見物してくるといいわよ」
母「迷子にならないように気をつけなさいよ」
叔母「そのときはまた、あの子に送ってもらえば? 会いに行くつもりなんでしょ?」
男「///」
母「あの子?」
叔母「男くんが昔迷子になったとき、送ってくれた女の子が本当、かわいくってねぇ」
母「あら、あんたそんなことがあったの? お母さん知らなかったわ」
男「ま、迷ったらお袋の携帯に電話するから!」バタン
393 名前: 15年の約束(2/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:50:50.41 ID:m/C1yn6o
逃げるように叔父さん家を出てきたが、叔母さんの言うことはあながち間違いでもない。
男「そっか、唯姉ちゃんにここまで送ってもらったことあったんだ……」
小学校に入って初めての夏休みを、親父やお袋や姉貴のいない町で過ごすことになった
俺は、もう親父にもお袋にも姉貴にも会えないんじゃないかと毎日が不安で心細かった。
そのせいで近所の見知らぬ子供たちとも打ち解けられず、ひとりぼっちでどこにも
居場所がなく、商店街の玩具屋のショウウィンドウに毎日張り付いてた。唯姉ちゃんは
その玩具屋の娘で、俺の初恋の人だった。当時の俺にとって唯姉ちゃんは、たった一つの
心の拠り所だったのだ。
俺は、もう親父にもお袋にも姉貴にも会えないんじゃないかと毎日が不安で心細かった。
そのせいで近所の見知らぬ子供たちとも打ち解けられず、ひとりぼっちでどこにも
居場所がなく、商店街の玩具屋のショウウィンドウに毎日張り付いてた。唯姉ちゃんは
その玩具屋の娘で、俺の初恋の人だった。当時の俺にとって唯姉ちゃんは、たった一つの
心の拠り所だったのだ。
男「会えるかな……行ってみるか」
唯姉ちゃんは、見た感じ姉貴と同い年くらいだったから、今は20代半ばのはず。
俺のことなんか忘れてるかも知れないけど、もうこの町にはいないかも知れないけど、
今でも元気だって分かれば、それだけでいい。あの夏、毎日のように通った道を
まだ覚えていたことに驚きながら、俺は商店街へ向かった。
俺のことなんか忘れてるかも知れないけど、もうこの町にはいないかも知れないけど、
今でも元気だって分かれば、それだけでいい。あの夏、毎日のように通った道を
まだ覚えていたことに驚きながら、俺は商店街へ向かった。
男「やっぱシャッター降りてるとこ多いなー、あ、開いてる開いてる」
懐かしい看板が見えた。店の前には色鮮やかなゲームソフトの幟(のぼり)が何本も
立っている。看板や壁は遠目から見ても綺麗になってるし、ショウウィンドウの中身は
最新のゲームソフトやゲームハードの箱になってるけど、木枠のガラス戸や店の奥に見える
座敷はあの頃のままだ。
ショウウィンドウを見る振りをしてガラス越しにカウンターを伺うと、エプロンを
つけた美人のお姉さん……じゃなく、見覚えのあるおっちゃんが座っている。もしかして
唯姉ちゃんがカウンターに、なんて淡い期待もあったけど、現実はこんなもんだ。
立っている。看板や壁は遠目から見ても綺麗になってるし、ショウウィンドウの中身は
最新のゲームソフトやゲームハードの箱になってるけど、木枠のガラス戸や店の奥に見える
座敷はあの頃のままだ。
ショウウィンドウを見る振りをしてガラス越しにカウンターを伺うと、エプロンを
つけた美人のお姉さん……じゃなく、見覚えのあるおっちゃんが座っている。もしかして
唯姉ちゃんがカウンターに、なんて淡い期待もあったけど、現実はこんなもんだ。
男(さすがにそんなゲームみたいな展開はないよな)
ほっとしたような残念なような気持ちを切り替えようと、しばらくショウウィンドウを
本気で眺め、置いてるゲームを確認する。
本気で眺め、置いてるゲームを確認する。
男「ヴィーとかも置いてんのか……どうせついでだし、何か適当に探してみっか」ガラッ
店「いらっしゃい」
店「いらっしゃい」
おっちゃんは特別驚くでもなく、お決まりの挨拶で普通に出迎えた。毎日通ってたとは
言え、さすがに15年前のひと夏だけ店に来ていた小学生が俺だとは分からないようだ。
394 名前: 15年の約束(3/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:52:11.00 ID:m/C1yn6o
俺はとりあえず、店の中を見て回ることにした。店の外から見えなかったところには、
プラモデルやジグソーパズル、ナントカちゃん人形と言った昔ながらの玩具も飾ってある。
隅の方には、何を買いに来たのか、10歳くらいの女の子が立っているのがちらりと見えた。
言え、さすがに15年前のひと夏だけ店に来ていた小学生が俺だとは分からないようだ。
394 名前: 15年の約束(3/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:52:11.00 ID:m/C1yn6o
俺はとりあえず、店の中を見て回ることにした。店の外から見えなかったところには、
プラモデルやジグソーパズル、ナントカちゃん人形と言った昔ながらの玩具も飾ってある。
隅の方には、何を買いに来たのか、10歳くらいの女の子が立っているのがちらりと見えた。
男「X箱、X箱……お、あったあった、ラッキー」
財布の中身と相談しつつ、いくつかの空箱を手に取った。X箱、ブレステ、ヴィー。
めぼしいソフトをあらかたキープしたところで、ふとゲームソフト以外のコーナーを
見ると、さっきの女の子がずっと同じ場所に立っているのが目に付いた。
めぼしいソフトをあらかたキープしたところで、ふとゲームソフト以外のコーナーを
見ると、さっきの女の子がずっと同じ場所に立っているのが目に付いた。
男(ずっと同じ場所に立ってるけど、よっぽど欲しいものが――、?)
女の子の上に飾ってある、色あせたダンボールの文字が目に入る。
マイボ・アツモに続く第三のペットロボット『 幼 女 』入荷しました
客の女の子に見えたのは、どうやら売り物の幼女だったらしい。
男「はぁ……こんな田舎の玩具屋にまで幼女かよ」
20年くらい前にペットロボットの革命とか言われたらしい幼女だけど、お値段も
それなりで、正直あまり見かける代物じゃない。ただ、そっち方面に詳しい奴の話だと、
最初の幼女はものすごく人間そっくりで、値段の割りに売り切れ続出と大人気だった
そうだ。しかしPTAとか人権擁護団体とかから激しく非難されて、仕方なく、見た目で
人間と見分けがつくように、猫耳だの犬尻尾だのを付けるようになったとか。おかげで
以前ほどの人気ではなくなったが、一部のマニアックな趣味の奴には未だに絶大な
人気を誇ってる、らしい。
遠目で見る限り、その幼女には猫耳やら犬尻尾やらの類は全く付いていない。と言う
ことは、人間そっくりと噂の最初期型の幼女? 珍しいもの見たさに俺は、その幼女に
近寄って――顔をよく見た瞬間、息を呑んだ。
それなりで、正直あまり見かける代物じゃない。ただ、そっち方面に詳しい奴の話だと、
最初の幼女はものすごく人間そっくりで、値段の割りに売り切れ続出と大人気だった
そうだ。しかしPTAとか人権擁護団体とかから激しく非難されて、仕方なく、見た目で
人間と見分けがつくように、猫耳だの犬尻尾だのを付けるようになったとか。おかげで
以前ほどの人気ではなくなったが、一部のマニアックな趣味の奴には未だに絶大な
人気を誇ってる、らしい。
遠目で見る限り、その幼女には猫耳やら犬尻尾やらの類は全く付いていない。と言う
ことは、人間そっくりと噂の最初期型の幼女? 珍しいもの見たさに俺は、その幼女に
近寄って――顔をよく見た瞬間、息を呑んだ。
男「唯……姉、ちゃん?」
店「あれ? 君、唯のこと知ってるの?」
男「唯姉ちゃん? 幼女? え?」
店「ああ、唯が幼女だって知らなかったんだね。気にすることは無いよ」
店「唯は幼女法ができる前の型だし、本物の人間だって思ってた子は結構多かったから」
男「……」
店「あの頃は宣伝も兼ねて毎日動かしてたんだけど、さすがに20年近く経てばね」
店「いつ壊れてもおかしくないから、今じゃ滅多に動かさないんだけど……」
店「そうだね、せっかくだから動かそうか。唯も喜ぶよ」
395 名前: 15年の約束(4/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:53:25.52 ID:m/C1yn6o
おっちゃんはカウンターの奥から、棒を取り出して幼女に近づいた。よく見ると幼女は
透明な支え台に収まっている。おっちゃんは幼女の背に回り、スカートをめくって棒を
押したり回したりした。……おい製作者、どこにスイッチ付けてるんだよ。
店「あれ? 君、唯のこと知ってるの?」
男「唯姉ちゃん? 幼女? え?」
店「ああ、唯が幼女だって知らなかったんだね。気にすることは無いよ」
店「唯は幼女法ができる前の型だし、本物の人間だって思ってた子は結構多かったから」
男「……」
店「あの頃は宣伝も兼ねて毎日動かしてたんだけど、さすがに20年近く経てばね」
店「いつ壊れてもおかしくないから、今じゃ滅多に動かさないんだけど……」
店「そうだね、せっかくだから動かそうか。唯も喜ぶよ」
395 名前: 15年の約束(4/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:53:25.52 ID:m/C1yn6o
おっちゃんはカウンターの奥から、棒を取り出して幼女に近づいた。よく見ると幼女は
透明な支え台に収まっている。おっちゃんは幼女の背に回り、スカートをめくって棒を
押したり回したりした。……おい製作者、どこにスイッチ付けてるんだよ。
幼「形式番号YP-001、シリアルナンバー2076、個体名“唯”、起動します」
瞼を開いた幼女は俺に顔を向けると、微笑んだ。唯姉ちゃんだ。でも俺、なんで
唯姉ちゃんを見下ろしてんだろ? 唯姉ちゃんの方が年上で背も高かったのに。
小さな小さな唯姉ちゃんは、ゆっくり俺に近づいてきた。左足が地面に着くたび、
キシ、キシ、と金属を軽くこするような音が聞こえる。
何だか夢でも見てるような気分だ。唯姉ちゃんは20歳半ばで、すごく美人になってて、
スーツの似合うOLになってるか、エプロン姿で店のカウンターに立ってるんじゃないか、
なんて思ってたのに。
唯姉ちゃんを見下ろしてんだろ? 唯姉ちゃんの方が年上で背も高かったのに。
小さな小さな唯姉ちゃんは、ゆっくり俺に近づいてきた。左足が地面に着くたび、
キシ、キシ、と金属を軽くこするような音が聞こえる。
何だか夢でも見てるような気分だ。唯姉ちゃんは20歳半ばで、すごく美人になってて、
スーツの似合うOLになってるか、エプロン姿で店のカウンターに立ってるんじゃないか、
なんて思ってたのに。
唯「男くん? 男くんでしょ? 大きくなったね」
男「!」
唯「でもすぐに分かったよ、唯、男くんのこと大好きだったもの」
男「……」
唯「やっぱり驚くよね、唯が変わってなくて――幼女で」
男「!」
唯「でもすぐに分かったよ、唯、男くんのこと大好きだったもの」
男「……」
唯「やっぱり驚くよね、唯が変わってなくて――幼女で」
俺は来春から社会人だし、姉貴も5年前に短大を卒業して働いてる。お袋も叔母さんも
久々に見た店長のおっちゃんも、あの頃より小じわが増えて白髪も混じっている。
なのに唯姉ちゃんだけ15年前のまま、子供のままなんて、信じられない。
久々に見た店長のおっちゃんも、あの頃より小じわが増えて白髪も混じっている。
なのに唯姉ちゃんだけ15年前のまま、子供のままなんて、信じられない。
唯「ごめんね男くん、騙すつもりじゃなかったんだけど」
唯姉ちゃんの何もかもが、あの頃のままだなんて。
唯「でも、男くんが唯のこと覚えててくれて、唯、本当に嬉しい……」
違う。唯姉ちゃんは、俺のことなんか忘れてるはずだ。15年前、たったひと夏だけ
この町に住んでいた小学1年生が俺だなんて、分からないはずだ。だから俺は、大人に
なった唯姉ちゃんを一目見て、通りすがりの大学生の振りをして二言三言しゃべった後、
初恋を密かに懐かしみながら唯姉ちゃんと別れる、それだけで良かったのに。
俺はこんなにも変わったのに、変わってしまったのに。何故、唯姉ちゃんは変わって
ないんだろう?
この町に住んでいた小学1年生が俺だなんて、分からないはずだ。だから俺は、大人に
なった唯姉ちゃんを一目見て、通りすがりの大学生の振りをして二言三言しゃべった後、
初恋を密かに懐かしみながら唯姉ちゃんと別れる、それだけで良かったのに。
俺はこんなにも変わったのに、変わってしまったのに。何故、唯姉ちゃんは変わって
ないんだろう?
唯「男くん!?」
店「あっ、君、ちょっと!」
店「あっ、君、ちょっと!」
気づくと俺は、店を飛び出し叔父さん家へ駆け戻っていた。
396 名前: 15年の約束(5/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:55:03.70 ID:m/C1yn6o
男「……はぁ、はぁ」
396 名前: 15年の約束(5/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:55:03.70 ID:m/C1yn6o
男「……はぁ、はぁ」
玄関前で息を整え、鍵のかかっていない扉を開けると、居間の方から笑い声が響いた。
叔母「百合子ぉ? 伯母さんがいらしてるから挨拶なさ……あら、男くんだったの?」
母「どうしたのよ、何か忘れ物?」
男「いや、うん、ちょっと……」
叔母「そうそう義姉さん、忘れ物って言えば男くん昔、私がお使い頼んだときにね」
叔母「玄関に財布置き忘れちゃって。それで財布落としたって大騒ぎしてねぇ」
母「あー、分かる分かる、この子ちょっと抜けてるところあるから」
男「んなことないってば」
叔母「あら、男くん覚えてないの? 舞ちゃんだったか唯ちゃんだったか、」
男「!」
叔母「そんな名前の女の子にお金借りて、お醤油買ってきてくれたじゃない」
男「……ああ」
母「どうしたのよ、何か忘れ物?」
男「いや、うん、ちょっと……」
叔母「そうそう義姉さん、忘れ物って言えば男くん昔、私がお使い頼んだときにね」
叔母「玄関に財布置き忘れちゃって。それで財布落としたって大騒ぎしてねぇ」
母「あー、分かる分かる、この子ちょっと抜けてるところあるから」
男「んなことないってば」
叔母「あら、男くん覚えてないの? 舞ちゃんだったか唯ちゃんだったか、」
男「!」
叔母「そんな名前の女の子にお金借りて、お醤油買ってきてくれたじゃない」
男「……ああ」
なんとなく思い出してきた。確か、レジでお金を払おうとしたら叔母さんの財布が
なくて、慌てて叔父さん家まで逆戻りしたんだっけ。道の隅から隅まで見回したけど、
何処にも財布は落ちてなくて、店と叔父さん家を何度も往復しても見つからなくて
泣いてたら、唯姉ちゃんが慰めてくれたんだっけ。
あの頃は、まさか唯姉ちゃんが幼女だなんて思いもしなかったけど。……いや、
今だって半分は信じられない。もう一度あの店に行けば、20代半ばの美人のお姉さんが
エプロン姿でカウンターの向こうに立ってるんじゃないか?
なくて、慌てて叔父さん家まで逆戻りしたんだっけ。道の隅から隅まで見回したけど、
何処にも財布は落ちてなくて、店と叔父さん家を何度も往復しても見つからなくて
泣いてたら、唯姉ちゃんが慰めてくれたんだっけ。
あの頃は、まさか唯姉ちゃんが幼女だなんて思いもしなかったけど。……いや、
今だって半分は信じられない。もう一度あの店に行けば、20代半ばの美人のお姉さんが
エプロン姿でカウンターの向こうに立ってるんじゃないか?
男「叔母さん、あのとき借りた金、俺、ちゃんと返したんだっけ?」
叔母「確か返したはずよ。帰ってきたとき男くん、すごくニコニコして」
叔母「『代わりにいいもの貰った』って言ってたもの」
母「えー、何なに? 何もらったの?」
叔母「無駄よ義姉さん、男くんったら」
叔母「誰にも見られたくなくって、お守り袋に入れてお風呂の中まで持って入ってたもの」
男「……あ」
叔母「確か返したはずよ。帰ってきたとき男くん、すごくニコニコして」
叔母「『代わりにいいもの貰った』って言ってたもの」
母「えー、何なに? 何もらったの?」
叔母「無駄よ義姉さん、男くんったら」
叔母「誰にも見られたくなくって、お守り袋に入れてお風呂の中まで持って入ってたもの」
男「……あ」
そうだった。俺は、ある古いお守り袋をすごく大事にしてた、はずだった。子供の頃は
肌身離さず、叔母さんの言うとおり風呂の中にまで持って入ってたのに。いつの間に
持ち歩かなくなったんだろう?
肌身離さず、叔母さんの言うとおり風呂の中にまで持って入ってたのに。いつの間に
持ち歩かなくなったんだろう?
男「そうだ俺、家に忘れ物したから、ちょっと取って来る」
397 名前: 15年の約束(6/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:56:43.72 ID:m/C1yn6o
母「忘れ物ならお姉ちゃんに電話して、仕事帰りに……ってもう」
397 名前: 15年の約束(6/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:56:43.72 ID:m/C1yn6o
母「忘れ物ならお姉ちゃんに電話して、仕事帰りに……ってもう」
お袋の声を聞き流して俺は叔父さん家を飛び出し、来た電車に飛び乗った。電車の中で
ぼんやり考えるうち、少しずつ、唯姉ちゃんが幼女だったショックとパニックは収まって
きていた。
唯姉ちゃんがあのころのまま、変わっていないのが妙に怖かった。怖くて思わず店を
出てしまったが、叔母さんのおかげで朧気ながら思い出したことがある。
ぼんやり考えるうち、少しずつ、唯姉ちゃんが幼女だったショックとパニックは収まって
きていた。
唯姉ちゃんがあのころのまま、変わっていないのが妙に怖かった。怖くて思わず店を
出てしまったが、叔母さんのおかげで朧気ながら思い出したことがある。
唯『もう財布忘れないように、ね』
そう言って唯姉ちゃんが渡してくれたもの。お守り袋の中身の正体。
唯『それと約束』
そのときに交わした約束。すっかり忘れてたのに。唯姉ちゃんが怖かったのは、そのせい
だったのかも知れない。何もかもが変わって、俺は何もかも忘れてたのに、唯姉ちゃんは
何も変わっていなかった。唯姉ちゃんが約束を覚えてたら……
だったのかも知れない。何もかもが変わって、俺は何もかも忘れてたのに、唯姉ちゃんは
何も変わっていなかった。唯姉ちゃんが約束を覚えてたら……
電車を降り、バスを乗り継ぎ、マンションに帰った俺は慌てて、自分の机の引き出しを
探った。大事な、しかし使わないだろう、それでも捨てられないものだけを詰め込んだ
引き出しの底に、あった。古びて色あせた縁結びのお守り。
探った。大事な、しかし使わないだろう、それでも捨てられないものだけを詰め込んだ
引き出しの底に、あった。古びて色あせた縁結びのお守り。
巫女『縁結び? 坊や、もうお嫁さん欲しいの?』
男『えんむすびって男の人と女の人がなかよくなりますようにってことでしょ?』
男『うちのお父さんとお母さん、いつもケンカしてるから、だから』
巫女『そう……お父さんとお母さん、早く仲直りするといいわね』
男『えんむすびって男の人と女の人がなかよくなりますようにってことでしょ?』
男『うちのお父さんとお母さん、いつもケンカしてるから、だから』
巫女『そう……お父さんとお母さん、早く仲直りするといいわね』
神様は結局、俺の願いは叶えてくれなかったけど、今考えれば縁結びの神様に夫婦喧嘩の
仲裁ができるとは思えないので、仕方ないと言ったところか。
念のため、袋を開けて中身を取出し確認する。すっかり古びてボロくなってるけど、
ビニール袋に入れてたおかげだろう、広げた感じ大丈夫そうだ。
と、そのとき玄関からガチャガチャと鍵を回す音が聞こえた。
仲裁ができるとは思えないので、仕方ないと言ったところか。
念のため、袋を開けて中身を取出し確認する。すっかり古びてボロくなってるけど、
ビニール袋に入れてたおかげだろう、広げた感じ大丈夫そうだ。
と、そのとき玄関からガチャガチャと鍵を回す音が聞こえた。
姉「男、いるー?」
男「あれ? 姉貴、今日はえらい早くない?」
姉「お母さんから電話があってね。今日は叔父さん家に泊まるからおいでって」
姉「だから直帰にしてもらったんだけど、そしたらまたお母さんが、」
姉「あんたが忘れ物取りに帰ったから、拾って来いって」
姉「ま、あたしもどうせ、鞄置いて着替えてくつもりだったしね、そのついで」
398 名前: 15年の約束(7/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:57:45.78 ID:m/C1yn6o
持つべきものは弟思いの姉だ。俺は姉貴の着替えを待って、姉貴の車で叔父さん家に
舞い戻った。叔父さん家に到着する頃には、もうすっかり暗くなっていて、叔父さんも
仕事を終えて帰宅したので、唯姉ちゃんに会いに行くのは明日にすることにした。
男「あれ? 姉貴、今日はえらい早くない?」
姉「お母さんから電話があってね。今日は叔父さん家に泊まるからおいでって」
姉「だから直帰にしてもらったんだけど、そしたらまたお母さんが、」
姉「あんたが忘れ物取りに帰ったから、拾って来いって」
姉「ま、あたしもどうせ、鞄置いて着替えてくつもりだったしね、そのついで」
398 名前: 15年の約束(7/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:57:45.78 ID:m/C1yn6o
持つべきものは弟思いの姉だ。俺は姉貴の着替えを待って、姉貴の車で叔父さん家に
舞い戻った。叔父さん家に到着する頃には、もうすっかり暗くなっていて、叔父さんも
仕事を終えて帰宅したので、唯姉ちゃんに会いに行くのは明日にすることにした。
姉「ふぅ……ん、男がわざわざねぇ」
姉「お姉ちゃんも、唯ちゃんだっけ? その子に会ってみたいなー」
男「何だよ、姉貴にゃ関係ないだろ」
姉「あるわよ、だって未来の義妹になるかも知れないんでしょ?」
男「ならないっつーの」
姉「ぇー」
母「それじゃお母さんたち先に帰ってるからね。お昼までに帰ってくるのよ」
姉「お姉ちゃんも、唯ちゃんだっけ? その子に会ってみたいなー」
男「何だよ、姉貴にゃ関係ないだろ」
姉「あるわよ、だって未来の義妹になるかも知れないんでしょ?」
男「ならないっつーの」
姉「ぇー」
母「それじゃお母さんたち先に帰ってるからね。お昼までに帰ってくるのよ」
翌朝、こんな家族の優しい声援?を背に、俺はもう一度、あの玩具屋に向かった。
店「いらっしゃ――君、昨日の」
男「昨日はすいませんでした」
男「昨日はすいませんでした」
おっちゃんに頭を下げながら、店の隅をちらりと見る。幼女は――唯姉ちゃんは昨日と
同じように店の隅に置かれ、美人のお姉さんはやっぱりどこにもいない。
同じように店の隅に置かれ、美人のお姉さんはやっぱりどこにもいない。
男「まさか唯姉ちゃんが幼女だと思ってなくて、それで俺、頭が真っ白になってしまって」
男「でも、あの後よく考えたんです。唯姉ちゃんは俺のこと、ずっと覚えていてくれました」
男「なのに俺、いろんなこと忘れてしまってて……あの頃の俺が一番大事だったことも」
男「でも昨日、唯姉ちゃんと会って、少しだけだけど思い出すことができました」
男「それで今日、改めて唯姉ちゃんと話したくて、ここに来たんです」
男「だから唯姉ちゃんを動かしてもらえますか?」
男「いや、動かしてください、お願いします、店長さん」
男「でも、あの後よく考えたんです。唯姉ちゃんは俺のこと、ずっと覚えていてくれました」
男「なのに俺、いろんなこと忘れてしまってて……あの頃の俺が一番大事だったことも」
男「でも昨日、唯姉ちゃんと会って、少しだけだけど思い出すことができました」
男「それで今日、改めて唯姉ちゃんと話したくて、ここに来たんです」
男「だから唯姉ちゃんを動かしてもらえますか?」
男「いや、動かしてください、お願いします、店長さん」
店長のおっちゃんは、しばらくじっと何か考えて、ぽつりぽつりと話し出した。
店「唯はね、昨日も言ったけど、幼女法が出来る前の最初期型の幼女で」
店「今じゃまず手に入らないからね。たまに、唯を買いたいってお客さんが来るんだ」
店「でも唯を売りたいと思うお客さんが、なかなかいなくてね」
男「売りたいと思うお客?」
店「……今はゲームでも何でも、大騒ぎするのは最初だけで、みんなすぐに飽きるよね」
店「それも仕方ないとは思うけど、私は古い人間だからね。うちの店の玩具は、やっぱり」
店「すぐ飽きるお客さんより、ずっと大事にしてくれるお客さんに買って欲しいと思うんだ」
店「どんな玩具でも、ただ飾るだけじゃなくて、ちゃんと毎日動かして、壊れたら修理して」
店「もう直らなくなったら、今まで動いてありがとうって感謝してくれる人に、ね」
男「……」
399 名前: 15年の約束(8/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:59:02.03 ID:m/C1yn6o
店「特に唯は、ただの玩具とは違う。君も知っての通り、あの子には“心”がある」
店「でも人間と違って、忘れることが出来ない。楽しいことも、つらくて悲しいことも」
男「何か、あったんですか?」
店「あの子は元々、幼女法が出来てすぐの頃、前の持ち主が売りに来たんだよ」
男「!」
店「唯を初めて起動させたときのあの表情、今でも忘れられないんだ」
店「今じゃまず手に入らないからね。たまに、唯を買いたいってお客さんが来るんだ」
店「でも唯を売りたいと思うお客さんが、なかなかいなくてね」
男「売りたいと思うお客?」
店「……今はゲームでも何でも、大騒ぎするのは最初だけで、みんなすぐに飽きるよね」
店「それも仕方ないとは思うけど、私は古い人間だからね。うちの店の玩具は、やっぱり」
店「すぐ飽きるお客さんより、ずっと大事にしてくれるお客さんに買って欲しいと思うんだ」
店「どんな玩具でも、ただ飾るだけじゃなくて、ちゃんと毎日動かして、壊れたら修理して」
店「もう直らなくなったら、今まで動いてありがとうって感謝してくれる人に、ね」
男「……」
399 名前: 15年の約束(8/8) [saga] 投稿日: 2010/03/13(土) 00:59:02.03 ID:m/C1yn6o
店「特に唯は、ただの玩具とは違う。君も知っての通り、あの子には“心”がある」
店「でも人間と違って、忘れることが出来ない。楽しいことも、つらくて悲しいことも」
男「何か、あったんですか?」
店「あの子は元々、幼女法が出来てすぐの頃、前の持ち主が売りに来たんだよ」
男「!」
店「唯を初めて起動させたときのあの表情、今でも忘れられないんだ」
俺には、唯姉ちゃんの気持ちがなんとなく分かる気がした。ひとりぼっちだった俺を、
唯姉ちゃんがいろいろ気にかけてくれていた理由も。
唯姉ちゃんがいろいろ気にかけてくれていた理由も。
店「だから私は唯を、古くて珍しい幼女だとか貴重な最初期型の幼女だとか、」
店「それだけの理由でやってくるお客さんに売ろうとは思わない」
店「たまに、君みたいに唯を懐かしがって来てくれる子もいるけど」
店「大抵の子は、唯が幼女だと分かると、珍しがったりそれっきりだったりでね」
店「君みたいに、」
店「幼女だって分かった後に“唯”に会いに来る子は、まずいないんだよ」ニコッ
男「それじゃ……」
店「ちょっと待ってて、今動かしてあげるから」
店「それだけの理由でやってくるお客さんに売ろうとは思わない」
店「たまに、君みたいに唯を懐かしがって来てくれる子もいるけど」
店「大抵の子は、唯が幼女だと分かると、珍しがったりそれっきりだったりでね」
店「君みたいに、」
店「幼女だって分かった後に“唯”に会いに来る子は、まずいないんだよ」ニコッ
男「それじゃ……」
店「ちょっと待ってて、今動かしてあげるから」
店長のおっちゃんはカウンターの奥から例の棒を取り出し、昨日と同じく、スカートを
めくって棒を押し回した。やっぱり何度見ても、こんな恥ずかしいところにスイッチ
つけるなと突っ込みたくなるけど。
めくって棒を押し回した。やっぱり何度見ても、こんな恥ずかしいところにスイッチ
つけるなと突っ込みたくなるけど。
幼「形式番号YP-001、シリアルナンバー2076、個体名“唯”、起動します」
幼「男くん……また来てくれたんだ」
男「うん、昨日はごめん。でも唯姉ちゃんとの約束、思い出したから」
幼「男くん……また来てくれたんだ」
男「うん、昨日はごめん。でも唯姉ちゃんとの約束、思い出したから」
唯『いつか、男くんにもうちの店の玩具、何でもいいから買ってほしいな』
男『わかった、うんとお金持ちになってお店ごと、唯姉ちゃんごと買ってあげる!』
男『わかった、うんとお金持ちになってお店ごと、唯姉ちゃんごと買ってあげる!』
男「約束忘れないようにって唯姉ちゃんがくれたアレ、まだ大事に取ってるよ」
俺は例のお守り袋から、くしゃくしゃになった古い紙を取り出し、広げた。手のひらより
小さな、千円札。15年前の旧札を模した、玩具の千円札だ。
小さな、千円札。15年前の旧札を模した、玩具の千円札だ。
男「店員さん、これであそこの幼女を買いたいんですけど、足りますか?」
唯「……はい、980円(税)になります」
唯「……はい、980円(税)になります」
俺の目の前で、美人の看板娘がにっこり微笑んだ。
~ THE END ~