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新ジャンル「幼女980円(税)」SSまとめ@wiki

うたう幼女6

最終更新:2008年10月20日 08:07

oreneet88

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メンバー限定 登録/ログイン
13 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:17:52.35 ID:NzEj5gg0


その仕草はともすれば見落としてしまいそうな本当にささやかなものだったが、それでも
全てを語り終えた今、ミクが自ら心を閉ざしたのだということを俺に知らしめるのには、あまりに十分すぎた。

絶対的な拒絶の気配を、肌で感じる。


ミクは俺に過去を話すことを決断した。
それが彼女の内の良心からなのか、はたまた「その子」への罪悪感からなのかは、
俺などの理解の及ぶところではない。

…あるいはもっと計り知れない、複雑な葛藤があったのだろう。
その決断がどれほど彼女にとって、苦痛であったことか。

―しかし、それでもミクは話すことを決断した。

そしてその内容は、到底無条件に許されるような単純なものではなかった。
話せば間違いなく自分は嫌われる。軽蔑される。



14 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:18:18.21 ID:NzEj5gg0


少なくともミクは、そう考えていたに違いない。
だから彼女は拒絶される前に、自分から拒絶することを選んだ。
心を閉ざされる前に、心を閉ざした。

その防壁は途方もなく強固で、もう俺がどんな手段を使ったところで
二度と取り除かれないように思えた。


俺たちは今を最後に、永遠に分断された。




―それだけは、絶対嫌だった。



15 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:18:58.65 ID:NzEj5gg0


まさに一瞬、完全に無意識の行動。
気付いたら俺はあらん限りの力で、ミクを抱きしめていた。


その瞬間、これまでにミクを抱きしめたときの面影が堰を切ったようによぎる。


…いつだってあったかくて、やわらかくて、優しくて。
ふにふにして、シャンプーなんか俺と同じのはずなのに、なぜか良い匂いがして…
そしてどこか弱々しい。 まるでそのまま、人間の少女と同じ感触。


それと同一のものは、今でも俺の腕の中にあった。
波のように寄せては返す感情の中で、俺は一つの確信を得た。

ずいぶん変わってしまったように見えて、俺たちは初めて会ったあの日から
何も変わっちゃいない。




――腕の中のミクは、少し気が弱くて、内気で、優しい、ただの女の子だった。




16 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:19:41.19 ID:NzEj5gg0


腕の中で、少女は激しく抵抗した。
手当たり次第、めちゃくちゃにもがき、引っ掻き、暴れた。


「どうして、こんなことするの!?」

泣きそうな声だった。


「私は今までお兄さんを利用していたのに!
もっと軽蔑してよ!嫌いになってよ!『見損なった』って言ってよ!
私があの子にしたことは、こんなことで許されない…!」

「良いんだ。俺が許すんだ」

「だって…お兄さんは、『あの子』じゃ無い…!」




17 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:20:05.45 ID:NzEj5gg0

瞬間、肩に鋭い痛みが走った。


少女の歯が皮膚を破り肉に食い込んでゆくのは、中々に生々しい感触だった。

…痛い。 酷く痛い。

だがそれも、今や他人事のように実感が伴わない。

彼女は今まで自らの内に渦巻くしかなかった傷つけたい衝動を、
初めて自分以外の外部に発散していた。
それは今まで、少女が溜め込んでいた痛みだ。

だから俺はミクを離すどころか、その華奢な肩を抱きしめる腕に
より一層力を込めたのだった。



18 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:20:29.58 ID:NzEj5gg0


痛みが退いたのは、突然だった。


「ねぇ、痛いんでしょう…」

消え入るような声。


「どうして離してくれないの……?」


「…なぁミク、よく聴け。確かにそうだ。お前がしたことが許されるかなんて、俺にはわからない」



こんな状況と裏腹に頭が変に冴えているのが、なんとなくおかしかった。
しかしもう、変に頭を巡らす必要など無い。
俺がこいつに言っているのは、一つ残らず偽らぬ本心なのだから。



「…でもな、それでも俺はお前を嫌いにはならないよ」



19 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:21:50.29 ID:NzEj5gg0

「私も…同じなの。 あんなに酷いことされた今でも私、人間が好きです。」

「お兄さんが好き。先輩さんが好き。…あぁ、本当に…こんなにも私、人間が大好きなんだ…」


密着しているミクの身体から、少しずつ力が抜けていくのを感じる。
さっきまでその瞳にあった怒りの炎は、今やすっかり穏やかな色彩を帯びていた。
その瞳から一粒の雫が落ちるのを、焦点の定まらない視野でとらえた。


「…そんな人間に、私もなりたかったな……」


そこから先は、言葉にならなかった。
過去これまでも俺は何度かミクの涙を見たが、
これほどまでに声を上げて泣くのを見るのは初めてのことだった。
完全に平常心を失った頭で、「ここが防音室で良かった」などと的外れなことを
少しだけ、考えていた。


20 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:22:25.34 ID:NzEj5gg0


さびれたカラオケルームのソファは、二人で寝るには少し窮屈だった。

弱々しく俺にしがみつき、泣きながら、ミクは眠ってしまった。
あんなことがあった後だし、そうでなくとも
これまでの疲れも溜まっていたのだから、無理もない。


…しかし眠るまで、しきりに少女が呟いていた言葉を、俺は忘れないだろう。

「ありがとう、ありがとう」と。そう何度も繰り返しながら、
ミクは生まれて初めての、本当に安らかな眠りを得たのだった。


俺はというと、あまりにも色々なことが起こりすぎて、逆にもう何も考えられなかった。

…ただ一つだけ言える事として、
ともかくもうミクがうなされる心配は全くせずにいられた。



21 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:22:59.18 ID:NzEj5gg0


健やかな寝息を耳元に感じながら、俺は考える。


――こいつは俺が、護らなければならない。
――幸せにしてやらなければならない。


今やそれだけが、俺がここにいる意義と思えた。
そしてそれを実行するためには、幾つか無くてはならないものがある。
それはおそらく、今の俺が持っていないもの。

…あぁ、そうだ。明日になったら、一旦戻ろう。

ばあちゃんでも、親父でも、誰でも良い。
会って土下座でも何でもして、とにかく当面の金を得ないことには、どうにもならない。
…格好悪くとも、もう形振りなど構ってられるものか。



22 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/07(土) 02:23:51.22 ID:NzEj5gg0

そう考えると、少し楽になった気がした。
もちろん今も厳しい状態にあるのに変わりはないが、
それでもカラオケに来る前の追い詰められた時より、随分ましになったように思えた。


目の前には、今までで一番安らかなミクの寝顔がある。
頭を撫でてやると、それに応えるように、しがみつく手に力が込められる。


そんな小さな幸せを感じながら、瞼をとじる。
…少しだけ光明の差した俺たちの歩むべき未来を、想う。



もうそれ以上俺に、腕の中にある女特有の柔らかさと、甘いにおいがもたらす睡魔に
抗う術など、残されていなかった。

32 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/10(火) 22:25:11.27 ID:bN6KLIAO

―夢を見た。



真っ白な、何も無い空間の中で、俺はただ立ちつくしていた。
でも、寂しくはない。 隣にミクがいるからだ。

彼女は、微笑んでいた。
いつも一番近くにあり、一番多く目にした、あの表情で。

だからそこには、一切の悩みも、恐怖も、無かった。

心から幸せだった。
ずっとこうしていたかった。



33 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/10(火) 22:30:20.75 ID:bN6KLIAO


不意に目の前に、ふわりと白い粒が落下した。

一つ、また一つと、その物体は数を増やし、白の空間をさらに白く彩ってゆく。


――お兄さん、これが、『雪』なの?―――


どこまでも優しい響きが、俺に語りかけた。
その声に肯定の相槌を打とうとするが、なぜだか声が出ない。
しかたがないので、ゆっくりと頷いて見せて返事とすると、
応えるように少女は笑った。


そしてその一粒に、そっと手を伸ばす。
いつか見た、桜の花弁なのだ。



34 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/10(火) 22:37:53.28 ID:bN6KLIAO


―その時、それは起きた。


ミクの指に触れた刹那、柔らかで暖かな『それ』は溶け、
同時にミクの指先までも溶かした。

戸惑うミクを嘲笑うかのように雪はしんしんと降りしきり、
その華奢な身体を蝕んでゆく。

やがて雪は、吹雪になった。


―――ミク―――!―――


叫ぼうとするも、声が出ない。

少女はとうとう泣き出した。
声は上げずに、ただ悲しそうに。弱々しく。

…そんな顔、見たくはないのに。


35 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/10(火) 22:43:20.22 ID:bN6KLIAO


俺は『それ』から庇うように、覆いかぶさるように、
少女の身体を抱きしめる。


―消えないでくれ。ミクを、奪わないでくれ。

頭の中で、そう何度も呟いた。

それはきっとミクへの懇願でも、ましてや奪おうとする者たちへの叫びでも無かった。
もっと何か大きく、絶対的な存在へ向けて、俺は祈っていた。

―敢えて名をつけるなら、『運命』と。
…そう、呼べるような。


今まで起きた全てを瞬く間に解決してしまう途方もない力を、
心の底から、俺は求めた。
36 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/06/10(火) 22:55:42.43 ID:bN6KLIAO


そんな祈りも空しく雪は俺の腕を通過し、ミクの身体を浸してゆく。

ミクが泣き、なのに目の前の俺は、何もできない。

今まで幾度となく己の非力を思い知らされた構図を前にして、俺はやはり無力だった。


――こんなに近くにいるのに。
――こんなに暖かに、触れてるのに。


俺の腕の中で。
俺の目の前で。


ミクは、消滅した。



悪夢だった。









――目を覚ますと、ミクの姿が無かった。


106 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:30:17.09 ID:K/LV/UAO

嫌な目覚め方をしたと思った。


寝起きだというのに、ひどく気だるい。
何か、とても手荒な起こされ方をしたような気分だ。
身体は不快な汗で、びっしょりと濡れている。


しばらくぼんやりと、夢のことを考えた。
…そう、あれは確かに夢だった。

理屈ではちゃんと理解しているにも関わらず、俺は明らかに動揺している。

気分を落ち着けようと、深く息を吸い込んだ。
身体を起こし、暗闇の壁際に手を這わせ、部屋の照明を点けた。

部屋に明るみが戻ると同時に、人間として本能的な安堵が
まるで温かい湯のように、じんわりと拡がってくる。

しばらくぼんやりと、夢のことを考えた。
夢でよかったと考えた。

そして、ふと思いつく。

「ミクは?」



107 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:33:18.26 ID:K/LV/UAO

口をついて出たその名は、このからっぽな空間で
何物にも妨げられることなく広がり、やがて黒ずんだ壁に虚しく浸透してゆく。

静寂な水溜りに、一つ石を投げ入れる感覚に似ていた。そこに波紋を遮るものは存在しない。

もちろんこの場所に、ミクの存在の手応えはない。

だがそれだけで済んだなら、まだ俺は多少の冷静さを保っていられただろう。

…身体を起こした際に膝からずりおちた、「それ」さえなければ。


108 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:35:15.42 ID:K/LV/UAO

見間違えるはずもない。
以前俺が買ってやった、ミクのコートだった。

その瞬間俺が体験した狼狽は、尋常のものではない。

自分の耳で、顔の血が一斉に引く音を聞いた。
自分の鼓動の音で、脳がぐらぐらと揺れてるようだった。

次の瞬間、目の前に白い閃光が広がり、何も見えなくなる。
あんな不吉な夢にうなされた直後だから、
悪い予感は加速するばかりで、留まることを知らない。


ほとんど無意識の動きで俺は床に落下したそれを掴むと、
息苦しい個室から乱暴にとびだした。


109 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:37:21.50 ID:K/LV/UAO

外はまだ薄暗かった。

真冬の肌を刺すような空気の中を、俺は走る。
息はすぐに切れるし、足は何度も縺れた。
だが決して走るのをやめはしない。
酸素が不足して、頭の中が真っ白になっても、まだ走る。


…走らずにはいられなかった。
足を止めてしまうと、その瞬間
何か自分が自分ではなくなってしまう気がしたから。


俺は一斉の逃げ道を撤去された上で、孤独と対峙していた。

今それがやけに辛く感じるのは、随分長い間俺が孤独では無かったからだろう。
それが実は、どんなに幸せなことであったか。
今になって始めて、そのことに気が付いた。
ずっと見落としていた。それほど、当たり前になっていたのだ。

しかしそれが大事なことではないかと問われると、それは違う。
だから今俺は、こんなに苦しんでいる。
孤独の最中でもがき、ぶるぶる震え、助けの手を求めている。

たった一人の、か細い少女の手を。



110 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:40:21.98 ID:K/LV/UAO

誰の目から見ても、明らかに思考は不安定だったろう。

時間の感覚も失われていた。
一体ミクのコートをひっつかんでカラオケを出てから、どれくらい経ったのだろう。
何時間も経過した気もするし、ほんの数分前のことのようにも思える。

それにも増して不気味なことに、俺は今や自分の一切の行動から
現実味が感じられずにいた。

それらはひどく不安定な心地だ。

浅い眠りの中で短い間隔をあけて何度も目が覚めてしまう、その度に
全く別の夢を次々と体験するみたいに、
自分の起こした行動の記憶が連続していない。

それらは全く関連性無しに床にばらまかれた写真のように
俺の脳に自分の直面しているはずの場面や風景を無感動に、しかし強烈に焼き付けた。

あとに拡がるのは永い空白ばかりで、
その流れの中にまた次の情景が瞬間浮かび、また空白にもどる。

その繰り返しだった。

それらの場面の中に、俺は自分の走る映像を捉えた。
派手に転び、すりむいた傷から血の流れ出る映像を。

見知らぬ駅の風景を。
切符売り場で、切符を買う自分の手のひらを(まるで他人の体の一部みたいだ)。



俺は、電車に乗る。

111 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/02(水) 22:45:28.20 ID:K/LV/UAO
自分自身の行動が他人事のようにひどくよそよそしいとはいえ、
それらの行動の集合が何を意味するのか、俺には分かりすぎるほどに理解る。


まぎれもなく俺は、ミクを捜していた。


何故ミクが失踪したのかは、相変わらず知れない。
あいつことだ、その理由はきっと俺の理解の範疇を越えているに違いない。
しかしその行き先として想像できる場所は、そう多くない。

ミクが俺と出会ってから、今まで。二人で外を見て歩くうちに増えていった
その小さな心が拠り所とする、いくつかの大切な場所。

そこにきっと、彼女はいる。

俺を乗せた列車も、ほどなくして「そこ」に辿り着く。

全てはそれから始まるものだと、俺は知っている。
だから今この場所では、俺は前に進めない。
ここで俺がすべきことなど、ただの一つも無い。


正しい頻度の揺れを背中に感じながら、少しの時間
俺は眠りに身を寄せる。

147 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:10:56.76 ID:exIXekAO

ばあちゃんは突然訪れた俺を見て、ひどく驚いていたようだった。

それでもほんの少しの間の後、すぐに何かを察した顔つきになり、
「とにかく、おあがり」 と言った。

玄関を跨ぐと、田舎の家特有のかびのような臭いがつんと鼻をついた。
ああ、この家はあの夏の日から何一つ変わっていないんだな、と俺は考える。

いやむしろ、ここはそもそも時間の流れが
俺の知るものと全く違うのかもしれない。
それは都会の営みよりもっと穏やかなもので、
一つの動物としてはより自然の流れに忠実なやり方に思える。


だとしたら、一体どちらが「正しい」のだろう。

148 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:12:14.32 ID:exIXekAO
電車を降りてからの記憶は、やはり靄がかかったように不鮮明だった。

もちろん俺はずいぶん長く歩いたはずで、
ただ、それに実感が伴わないのが多少不可解なだけだ。

夏に歩いたのがまるで昨日のことのように偲ばれる道のりを、
まるで機械が与えられた作業をこなすみたいに俺は辿った。
三人だとあれほど途方もなく感じられた距離は
一人だとほんの一瞬のようで、しかし永遠のようでもあった。


そんな奇妙な行路を、まるで見えない何かに誘われるようにして
この土地に辿り着いた。

数多くの選択肢の中でどうしてここであったのか、
俺の中の何がどうしてそうさせたのかは、いくら考えても
やはりわからない。


ただ一つ言えることとして、俺はミクのかすかな「息遣い」のようなものを、
貪欲に追い求めていた。


149 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:13:17.26 ID:exIXekAO
しかし日ごろ俺たちの目につく大方の場所に、それらは感じられない。
全くもってゼロなのだ。

そして今、それはあらゆる場所から更に消失しつつある。
少なくとも俺には、そうとしか考えられない。
それらはとっくに決定づけられてしまった事柄だ。

だから俺はその「気配」のより色濃く残った場所を、
殆ど無意識に追い求める。

それこそ渇きに耐えかねた旅人が、僅かな水の気配に心底飢え苦しむように。



そして辿り着いたのが、ここだった。

たしかにここにはまだあの夏の日の輝くような情景が
うっすら浮かんで、上手く馴染んでいるようにも見える。

空気に溶け込み、もう手の届かないところで
ちらちらと光を振り撒いているようだった。
150 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:15:28.40 ID:exIXekAO

ばあちゃんに連れられ、居間に通された。

目の前を白髪に被われた頭が小さく上下する。
幼い頃よく見た、腰の曲がった後姿だ。
ただ、今その背中は驚くほどに小さい。

老衰は何人も逃れることができないものだ。
それは、分かってるつもりでいた。

しかし、俺の周りの全てのものが少しずつでも変わらずにはいられないという現実を
何の前触れもなく見せつけられたような気がして、
無意識に目を逸らしてしまうのだった。


促され、俺たちは向かい合って座る。

不意に幽霊のような静寂さを纏った、一人の少年が現れた。

触るとひんやりしていそうな白い手には盆を持ち、
その上には湯呑みが二つのせられている。

湯呑みをこちらに手渡すと、タマ君は少し微笑む。
彼は以前見たときと何も変わらない。
どこか現実離れした人外的な雰囲気も、幼男らしからぬ落ち着き払った物腰も、そのままだ。

その事実が、少し俺を安心させる。
151 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:16:35.01 ID:exIXekAO

しばらく息の詰まるような沈黙が続く。

タマ君が踵を返し台所へ姿を消した頃、ようやく俺は
「いきなり来てごめん」 と口火を切った。

「そんなことはいいんだよ」

静かでありながらも、強い声だった。

「孫に遠慮されて、一体誰が得をするかね。
それより、ここへ来たからには、何かそれなりの用があるんだろう」

ばあちゃんの言うことは、いつも的確だ。
言葉の端々に余分なものが何一つとして無い。

それはいつもならとても親しみやすい要素のはずなのに、今この場では
少し心に痛かった。

胸の内のがらんとした空洞には頑なに気付かないふりをして、
俺は次の言葉を続ける。


「ミクが…いなくなった」


ばあちゃんは湯呑みに少しだけ口をつけ、ゆっくりした仕草でそれを置き、
答える。

「そうかい」

「こんなこと、今まで無かった。あいつは電車やバスなんかの乗り方を知らないから
どこへ行くにも、俺と一緒だった。
…いや、そうでなくとも実は今俺たち、少し厄介なことに巻き込まれてるんだ。だから余計に
ミク一人で出歩くようなこと、俺には考えられない」



152 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:17:39.20 ID:exIXekAO

「その『厄介なこと』について口を割る気はないんだね?」

俺は頷く。

「本当に悪いけど、今は何も言えない」

「そんなに長い話なのかい」

「それもある。だけどそれ以上に、これは多分、本当に繊細な問題なんだよ。
下手に話してしまったら、きっと取り返しのつかないことになる。
何か今ぎりぎり形を保てているものが、残さず崩れてしまう気がするんだ。
ばあちゃんにしてみれば、相談する立場でこんなことを言うなんて
どれほど非常識なんだと思うだろうけど、でもこれだけは譲れないんだ。
ただ、全てが一段落したその時にはきっと
何もかもを包み隠さずに話すから―」

自分でそんなつもりは無いのに、なぜだか最後は泣きそうな声になった。
たぶん色々なことが一度に起きた混乱のせいだろう。
少しでも気を弛めれば、我慢している感情が堰を切って溢れ出してしまいそうだった。

今や自分の口から出る言葉でさえ、余計に俺を動揺させる要因にしかならない。
どうしてこんなに、哀しいのだろう。


ばあちゃんは俺に茶を飲むよう促す。
混乱の中、言い返す言葉が思いつかなくて
俺は湯呑みに口をつけ、唇をほんの少し湿らす。

味は無かった。

153 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:19:11.25 ID:exIXekAO
「もうちょっとだけ落ち着きなよ。大丈夫だから。
…分かっとるかもしれんが、ずいぶんひどい顔をしてる」

ばあちゃんは、なだめるような口調だった。

「お前にしては珍しく、動揺してるみたいじゃないか」

「多分…そうだと思う」

と、俺は認める。

「正直、怖くてたまらないんだ。
ここ最近の俺はあいつのことばかり考えていたし、
いつも行動の基準に一番に置いてきた。
たとえばそれが突然なくなってしまったら、俺はどうなる?
そこから、誰と生きていけば良い?
そんなこと想像つかないし、できるなら想像したくない。
…少なくとも俺は俺じゃなくなって、二度ともどれなくなる。
そんな気がするんだ。理屈じゃない。
そうとしか思えないんだよ」


俺は早口にしゃべり、しかし尚言い足りない言葉を飲み込むように
茶を一息に飲みほした。

ばあちゃんは俺から目を逸らすように縁側の外へ視線を游がせていて、
それが俺にはありがたかった。



154 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/11(金) 01:20:54.23 ID:exIXekAO

その視線の先にある庭の風景は、彼女にはずいぶん見慣れたもののはずだ。
しかしばあちゃんはそうすることで何か別にある
目に見えないものを見据えてるらしいということが、俺には分かった。

それを倣うように、ばあちゃんの視線の先をたどる。
しかし俺の目に見えたのは、やはり見慣れた風景だけだ。

冬の空気は冷たく透き通っていて、
草木は夏に比べると幾分その生気を抑えこんでいるようだ。


俺たちはどちらからともなく口をつぐんでいた。

二人の間に、めいめい思考をめぐらすだけの穏やかな時間が流れた。


充分な時間が経った後、ばあちゃんは静かに
「ミクちゃんは、ここに来てない」
と言った。

180 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:30:13.04 ID:5G5zewAO
その言葉を聞いても、俺はあまり動揺しなかった。
寧ろなんとなく察しはついていた。

俺がこの部屋に足を踏み入れた時から、ここの空気は以前と全く同じものだった。
何も不足していないし、何も加えられていない。
季節が止まっているのではないかと錯覚するほどに
何一つとして変わっていなかった。


もし近いうちにミクがここを訪れていたとしたら、
少なからずその存在の「余韻」のようなものが残されているに違いなかった。
その気配を、今俺は誰より敏感に感じとることができる。
そんな確信があった。

しかし今この場にあるそれは、単に俺たちが夏に来たときに遺して
それが少しずつ時間をかけながら風化した残りかすのようなものでしかなかった。

それに気付いたとき、俺の中でミクがここにいる可能性は自ずと消失していたのだ。

だから彼女の言葉は、とりたて俺に絶望をもたらしたわけじゃない。
ただ予感を確信づけるきっかけのような役割を果たしたに過ぎなかった。

―ああ、やはりここにも彼女はいないのか―

ただそれだけだ。

孤独だけが静かに継続していた。
181 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:32:21.78 ID:5G5zewAO

「力になってやれなくて、すまんね」

と、ばあちゃんは言った。
だがしかし、それはいかにも見当外れな謝罪だった。

「なあばあちゃん、たしかに俺はここにミクを捜しに来たよ。
『もしかしたら』って、ほんの僅かだけど期待して来たんだ。
逆に言うとつまり、それほどまで今俺が希望を託せる場所って少ないんだ。
そしてそれはたしかに俺がここに入った瞬間、また一つ失ってしまったよ」


そこまで言って、また少し考える。
言いたいことを言葉に変換するには、
充分に時間を費やさなければならなかった。

その間もばあちゃんはなんだか疲れたような目をして
ただ黙って俺を見ている。


182 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:33:47.06 ID:5G5zewAO

「…でもそれならすぐに俺はそれを認めて、回れ右をして引き返すべきだった。
まっすぐに駅へ向かって電車に乗って、次の場所へ向かえば良かったんだ。
でも、それをしなかった。
それはただの気まぐれみたいなもので、無意識の行動だろうけど」

どれだけ言葉を選んでみたところで、自分の言葉が思惑通りにちゃんと
相手に伝わっているのか自信が無かった。

だがしかし、伝えないわけにはいかない。
理解してもらわなければ、俺はもっと孤独だった。

「俺はきっとこの場所で、幾つか
しなくちゃならないことがあったんだと思う。
上手く説明できないけど、とにかくそれらを片づけないことには
いくら先へ進んでみてもきっと無意味だったと思うんだ。
…その一つとして、俺はきっと誰かに話を聞いてもらわなきゃならなかった。
だからここにミクがいなかったとしても、それは
全くの徒労だったというわけじゃない。…きっと、そうなんだ」


183 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:38:20.71 ID:5G5zewAO
なんだか、半分は自分に言い聞かせているみたいだった。
また少し不安になって、俺はばあちゃんの反応を伺う。

見るに、ともかく彼女なりに真摯に受け止めてくれたように感じられて、それだけで
なんだか少し救われた気がした。

「じいさんが死んだ時のこと、覚えとるか」

突然、ばあちゃんはそんなことを言い出した。

「あの後でほんの少しじゃったが、お前と話をしただろう」

俺は黙って頷いた。たしかにその時のやりとりは、よく覚えている。

ただこの場でその話題を持ち出すのは、いささか場違いな気がした。
率直に言うと、やめてほしかった。
これ以上考えることを増やさないで欲しかったのだ。

184 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:40:19.76 ID:5G5zewAO

だがそんな俺の内心に構わずに、祖母は言葉を続けた。

「あの時私は『お前が本当に大切なものを失ったとき』と、そう言ったろう。
こんなこたぁ私だって言いたか無いが…じゃが、物事はいつだって時を選ばん。
一番悪いことが起こると決めてかかったほうがええ」

「わかった、わかったよ。だから、もうその話はやめてくれ」

とうとう俺はそう言ったが、しかしそれは聞き届けられなかった。
彼女は少し目を伏せてから、半ば突き放すように言ったのだった。

「…ひょっとすると、今が『その時』になるかもしれないよ」

俺はまた思考を余儀無くされた。

それは完全に、俺の想定できる領域の外にあった。


185 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:43:24.06 ID:5G5zewAO
その宣告は、今の俺にあまりに不吉すぎた。

頭に空白が拡がって、もはや何も考えられなくなった。

多分傍目にも相当情けない顔をしていたのだろうな、と考えたのは
ばあちゃんが俺を見て慌てて

「そうじゃないんだよ、私が言いたいのはね」

と付け加えたからだ。

「もちろんお前がミクちゃんを失っただなんて、決めつけてるわけじゃないさ。
そんなこと、私だって望んじゃいないよ。

でも今回のことは、とても見過ごせることじゃない。違うかい?
なあ、あの賢い子が何も考え無しにこんなことするはずないじゃないか。
ただ、それについては私の出る幕じゃないからね、
全てが終わった後、せいぜいあんたら二人でよく話し合えば良い。

だから、ね、今はそんな深く考えんでいいさ。
ただ、覚悟だけはしておきなさい。
…もちろんそれはミクちゃんがこのまま
帰ってこなかったときの覚悟、なんて意味じゃなくてね、
あの子があの子なりに考えて出した結論がたとえ何であろうと
お前なりに受け止めてやる『心の広さ』を持ちなさいってことだよ」



186 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:45:18.34 ID:5G5zewAO

「俺は…あいつになんて言ったら良い」

「だから、それは全部がひととおり片づいてからの話じゃよ。
ひとまずそうならんことには、私たちはきちんとした物の見方ができん。
後から思い返せば、本当に拍子抜けするくらいつまらないことだった、なんてこともあろうさ。

だから今お前がせにゃならんのは
あの子の行動をまっすぐに捉えて、自分なりの答えで受け止めてやること。それだけだ。
…いつか言わんかったかい?せいぜい自分なりに相応しい態度を考えたなら―」

「―あとは背筋を伸ばして、しゃんとしてりゃ良い。」

ばあちゃんに言われた中でも、最も強烈に記憶に残っている言葉の一つだった。

「本当に、そのとおりだよ」

と、ばあちゃんは遠くを見ながら呟いた。
187 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/07/26(土) 18:48:40.35 ID:5G5zewAO
それから俺たちはどちらともなく話をやめて、
しばらく外の風の音に耳を澄ました。

庭に吹き抜ける風が木々を揺らして、さらさらと音をたてていた。
それはおおよそ冬に似つかわしくない、涼しげな音だった。

「やっぱりこの家だけは今でも夏のような気がする」

と俺は独り言のように呟いた。

「ここにだって冬は来てるよ。じきにもっと冷え込むようになる」

と、祖母は笑った。

それからすっかり冷めてしまったお茶にもう一度だけ口をつけ
視線をもどすと、本当に穏やかな口調で

「お前も家にお帰り」

と言った。

「いつか行き詰まって、もう一人ではどうしても先に進めないと思ったなら、またおいで」

「ああ、ありがとう」

と俺は言った。

「ただ、最後にもう一つだけ頼みがあるんだ」

「私にできることなら、何でも言ってみるが良いさ」

「もう一度、あの時のピアノが見たいんだ」

言った瞬間、祖母は少しだけ不可解な表情を浮かべた。
だがすぐに穏やかな表情を取り戻し

「あんたがそうしたいならね、それくらいお安い御用だよ」

と笑ったのだった。

215 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:01:14.80 ID:9tb5pcAO

「それで、どうだった?」

横で少年が思い出したように口を開いた。

「どうもこうも、ただのピアノだよ。叩いても、音しか出ない」

と俺は答えておく。

祖母の家から駅までの帰り道でのことだ。

タマ君を見送りに同行させるという申し出は、悪いからと一度は断ったのだが
結局は押しきられる形で承諾させられた。

なんだかあらゆる場面で二人きりになる俺たちだった。

もちろんそれが俺にとって苦痛なはずも無く、どちらかと言えばその逆だ。
俺は彼の柔和な物腰に好感を持っていたし、
その不思議な視点からのものごとの見方も興味深く思っていた。

そして何より、彼と話をする時のゆったりとした時間の流れは
俺のやり場ない焦燥感をずいぶん和らげてくれた。


216 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:05:53.95 ID:9tb5pcAO

二人で行く冬の畦道は静かで、美しかった。
しかしそれは心の暗闇だとか、寂しさを際立たせる類の美しさだった。

「おばあさんのことだけどね」

タマ君が口を開いた。
俺が黙りがちになるせいで、話題のよく転換する会話だった。

「もう少し暇なときで良いから、また顔を見せに来てほしいんだ。
君たちが帰った後も、ずっと嬉しそうにあの時の話をしていたんだよ」

「へぇ、あのばーさんが」

「何もおばあさんだけじゃないさ。僕にとっても、いや、あの場所にいた誰もがきっと
あの三日間を特別な時間と感じていたんだよ。
なんというか…そう思わせる、何かがあった」


217 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:08:06.34 ID:9tb5pcAO

言ってから、少年は少し怪訝そうな顔をする。
続けて何度か口を開こうと試みるも、そこから言葉が続かない。

とうとう、

「ごめん、なんだか上手く表現できないんだけどさ」

と困ったように言った。

「いや、良くわかる。ちゃんと伝わってるよ、多分。」

適当な相槌を打ちつつ、俺は半年前に想いを寄せた。

あの時は、これからも何の問題も無く
こんな日々が続いてゆくのだと疑わずにいた。
今よりずっと無知で、それなのに顧みることも無くて、
それでも幸せでいられた。

…あの幸せは、俺だけだったのだろうか。

俺がずっと共有できていると思い込んでいたその裏で、ミクは一人で痛みを抱え込み
夜をやり過ごしていたのだろうか。

自分が友達の命を奪ったという、罪の意識に苛まれ。


218 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:10:14.65 ID:9tb5pcAO
そう考えると、どうにもやりきれない気分になった。

ミクはあの時すでに、わかっていたのだ。
あの幸福が本当に些細なことで崩壊してしまう、脆弱なものだということを。
わかった上で、俺に笑顔を見せていたのだ。

気づけなかった。
気づいてやれなかった。

それが情けなくて、哀しくて、胸が詰まった。

冷たい風が吹いていた。


「俺は…ミクのこと、本当にわかってやらなければならなかったんだ。
世界の誰があいつを脅かそうとも、俺さえ受け止めてやれたなら
あいつはきっと大丈夫でいられた。
なのに…だめだった。
何一つ、わかってやれてなかった」

タマ君に言うの半分、自分に言い聞かすの半分で
そんなことを口に出していた。

「ミクがかわいそうだよな。本当に…」


219 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:12:31.45 ID:9tb5pcAO
「でも今、それに気づいてる。
それは決して遅すぎるってわけじゃない」

と、タマ君は切望するように言った。

「そうだと良いんだがね」

なんと返事をすれば良いのか、俺にはよく分からない。

「でも俺はミクがいなくなった理由さえ、まだ掴めてないんだ」

「彼女はあなたに何の素振りも見せずに突然去った。そうだよね?」

少年は言った。
俺は黙って頷く。

「なら、きっと大丈夫。君たちは、たとえどんなことがあっても
最後にお互い再会を望むだろうし、そこからあらゆる形でやり直すことができる。
傍から見て、彼女があなたに何も言わず消えるなんて、絶対に無い。
…そして、あなたたちが幸せになれないなんてことも。
そんなの、絶対にどうかしてると思うよ」


220 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:14:08.19 ID:9tb5pcAO

彼はそこまで言って口をつぐんだ。

俺はその言葉についてしばらく考えてみるが、やはり何も言うことができない。
この問題において、ミクの占める空白の部分が
あまりに多すぎるからだ。

少年はそんな俺のほうを見て、少しだけ微笑む。
それは彼のいつもの微笑みと微妙に違った、憂いを含んだ笑みだ。

「…あなたたちは、幸せになるべきなんだ。…本当に」

最後に聞き取れないくらい小さく呟いたその声が、いつまでも耳に残った。

頭上には、冬の灰色の空が分厚く広がっていた。


221 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:19:27.99 ID:9tb5pcAO

やがて我々は、駅に辿り着く。

映画に出てきそうな、木製の田舎駅だ。
俺たち二人以外に利用客の姿は見られない。
さびれた窓口では、白髪の駅員が一人微睡んでいた。


ホームのベンチに座って、一言も話すことなく電車を待った。
そうして考えるのは、やはりミクのことだった。
そうしつづけることで、俺はミクの存在を少しだけ身近に感じることができた。
向こう側のホームを眺めていると、そこにひょっこり
彼女が現れるのではないかという気さえした。

しかしとうとう彼女は現れないまま、電車がやって来る。

俺は目を閉じ、首を振った。
そんなことわかっていたはずなのだ、ずっとずっと前から。
――だから俺は、捜してる。

全てのことは悲しくなるくらいにシンプルで、それゆえに残酷だった。


222 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/08/07(木) 02:37:37.41 ID:9tb5pcAO

「何も気の利いたことは言えないけどね」

ベンチから腰を上げようとしたとき、不意にタマ君が言った。

「幸運を祈ってる。僕もおばあさんも、いつでも」

「ああ、」と俺は返事をする。

「また会いに来るよ。ミクと、先輩も一緒に」

「うん、待ってる。…僕はね、あなたたちに会えて良かったと思う。本当に」

と彼は微笑んだ。

「俺もさ」

と俺は言った。

電車が停止して、俺の目の前に乗車口の一つを開け放した。

俺はそれに乗り込み、この場所を後にしなければならない。
褪せた思い出にしばしの別れを告げ、今のミクを捜しに行かなくてはならない。


背後にドアの閉じる音を、俺は聞く。

列車は、動き出す。

789 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/10/08(水) 23:18:47.33 ID:krJq5EAO

車体は、がたがたと規則的な音をたてていた。


ゆっくりと走る電車だった。
そのスピードは、俺に
いつだったかミクを電車で連れ出した時のことを思い出させた。

彼女は夢中で窓に張り付き、外の景色を見ていた。
時折ふと思い出したように俺の顔を見上げては、顔を綻ばせてみせた。
一つ一つの仕草のいじらしさが、俺を安らげた。
だがその時の笑顔が、今はうまく思い出せない。


電車は無人だった。

俺はそれを少しだけありがたく思う。


790 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/10/08(水) 23:19:54.80 ID:krJq5EAO

胸の中には、やはり喪失感が横たわっていた。
それはまるで、自らがそこに位置するのを
勝手に当然と決め込んでしまったみたいだ。

もう少しすれば身体の一部として、すっかり馴染んでしまうのかもしれない。
そしたらミクのことも、忘れてしまうのだろうか。

やがて俺は、目の前の景色が微妙に色彩を欠いていることに気付く。
さっきから、何を見ても灰色だった。

窓の外に目をやる。
色は損われたままだ。
そのせいで町の景観は、ひどくみすぼらしいものに見える。

ただ思い出すミクとの時間――彼女の黒い髪、朱くて形の良い唇、白の帽子――。

そんなものばかりが、鮮明だった。

また、寂しくなってきた。


791 名前: SS@ミク 投稿日: 2008/10/08(水) 23:21:08.80 ID:krJq5EAO

やがて列車はトンネルに入った。

外の光が遮断され、何も見えなくなってしまった。

暗いガラスに、死人のような目をした男が写り込んでいた。
ただそれが誰なのか、俺にはうまく実感できない。

ガラスの男は唇を少し歪めるようにして苦笑した。


車体はがたがたと、規則的な音をたてていた。



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