あの騒動の後、ネットを通じてすごい速さで私の写真は出回った。
もちろんそれは事務所の上層部にもすぐに知れ渡った。
だけど、世間では私を擁護する意見の方が多くて、そんなに大事にはならなかった。
真実でない噂話なんていうものは、すぐに消えていってしまう。
毎日流されるニュースと共に、世間の興味も流れていった。
たいしたことじゃなかった。
あの騒動自体は、たいしたことじゃなかったのに。
矢島さんは、監督不行届きという理由で3週間の謹慎処分を受けた。
「また舞美のこと考えてるの?」
「へ?あ、ち、違いますっ」
撮影所から車で会社に戻る途中、不意に声を掛けられて変な声が出た。
運転している嗣永さんとフロントミラー越しに目が合う。
矢島さんが謹慎している間、この人が私のマネージャーとして付くことになった。
「心はいつでも18歳、嗣永桃子ですっ。どうぞよろしくぅ」と言われた時は、さすがの私もこの先が不安で仕方なくなった。
どう見ても矢島さんと同い年には見えない容姿。
ぶりぶりとした喋り方。
常に立っている小指。
嗣永さんのどの要素を取っても仕事が出来るようには見えなかった。
でも、すぐに人は見た目で判断しちゃいけないと思い知ることになる。
矢島さんは仕事の合間も仕事中も変わらないけど、嗣永さんは違う。
仕事中はすごく出来る人だった。
仕事中以外は、全くそんな風には見えないけど。
「いいよいいよ。隠さなくてもわかってるから」
「じゃあ聞かないで下さい!」
「あいりんは素直で可愛いねぇ」
私が拗ねてみせると、嗣永さんはからかうように笑った。
この「あいりん」という呼び方にも、すっかり慣れてしまった。
ちなみに嗣永さんには「ももちって呼んで」って言われたけど、丁重にお断りしておいた。
悪い人ではないんだけど、やっぱり、早く矢島さんに帰って来て欲しいと思う。
「連絡は取ってないの?」
「取ってませんよ」
幸か不幸か、嗣永さんは矢島さんと仲が良いらしい。
こんな人があの矢島さんと仲が良いだなんて、最初は信じられなかった。
そして、もっと信じられないことに、私のことは矢島さんからいろいろ聞いていたらしい。
どんなことを聞いていたのかは、教えてくれなかったからわからないけど。
「連絡してみたらいいのに」
「でも…」
私が矢島さんのことが好きなことは、出会ってすぐにバレた。
時間さえあれば探るように矢島さんのことばかり聞かれて、バレないわけがなかった。
最初から知っているかのような聞き方だったから、矢島さんから何か聞いていたのかもしれない。
「仕事できないから暇だって言ってたよ、舞美」
「え、本当ですか?」
「いや、それはさすがに嘘だけど」
「嘘つかないで下さいよぉ…」
がっくりと肩を落とした私を見て、嗣永さんはごめんごめんと言って笑った。
まだ出会って1週間も経ってないのに、こうしてからかわれることにも慣れた。
それでも初めて相談できる人ができて、だいぶ気持ちが楽になった。
普段はからかってばかりだけど、相談すればいつも真剣に話を聞いてくれる。
代わりのマネージャーが嗣永さんで良かったと思う。
こんなこと言ったら調子に乗るだけだから、絶対に言わないけど。
「でも本当にさ、連絡すればいいのに」
「…連絡して、なんて言えばいいんですか?」
「言いたいこと言えばいいじゃん」
「っ…無理です!」
私が即答すると、嗣永さんは困ったように笑った。
言いたいことが言えたら、私だってこんなに悩まない。
何を言っても迷惑な気がして、未だに何も連絡が取れずにいるのに。
また、あの時みたいに矢島さんを苦しませたくなかった。
あの時の矢島さんが忘れられないんだ、あの時から、ずっと。
「大人だねぇ、あいりんは」
「そんなことないです」
私のどこが大人なんだろう。
撮影中に熱を出したり、お祭りに行ってはぐれたり、子供っぽいことばかりしてるのに。
それが原因で、矢島さんを謹慎させてしまっているのに。
いつまで経っても子供な自分が嫌になる。
「でもさ、そういうのは大人に任せたら?」
「…どういう意味ですか?」
「あいりん、まだ16でしょ?無理に大人になる必要はないってコト」
嗣永さんはなんでもないようにそう言ったけど、私にはわからなかった。
仮に自分が大人だったとしても、大人にならなくていい理由がわからない。
「もっと子供らしく、思ったように行動してみてもいいんじゃない?」
「思ったように…」
つまり子供は子供のままでいいってこと?
それじゃあ、いつまで経っても矢島さんには追いつけない。
私はそう思うんだけど、違うのかな。
矢島さんを困らせたくなくて、矢島さんの苦しむ顔が見たくなくて、私は今までいろんなことを我慢してきた。
でも、そんな必要ないってこと?
「あいりんのワガママなら、絶対聞いてくれると思うよ」
「え?」
「なんだかんだ言ってあいりんのこと大好きだからねー」
大好きって、矢島さんが?
嫌われているとは思ってないけど、大好きだなんて、あの、矢島さんが。
「…相当好きなんだねぇ」
「へ!?」
「口元が嬉しさを隠しきれてなかったよ」
ニヤニヤしている嗣永さんにそう言われて、私は慌てて両手で口元を抑えた。
そんなに表情に出ちゃってたのかな。
恥ずかしい…。
会社に着いて、一旦嗣永さんと別れた。
事務所に用事があるらしく、先に控え室の方に行っているよう言われた。
今日はこれから雑誌のインタビューがある。
今度発売する新曲を上手くPRしなくっちゃ。
前作より売れるといいなぁ。
「鈴木ちゃん鈴木ちゃんっ!」
「あ、なき子さん」
エレベーターが来るのを待っていたら、廊下の向こうからなき子さんがすごい勢いで走ってきた。
あんなに動きづらそうな格好をしているのに、よくあんなに動けるものだと思う。
そういえば、矢島さんが謹慎している間のなき子さんの担当は誰なんだろう。
それにしても、なんだか様子がおかしいような…。
「ちょっとちょっと!鈴木ちゃん!」
「どうしたんですか?」
いつにも増して切羽詰った様子で、私に詰め寄るなき子さん。
一体どうしたんだろう。
「聞いた?矢島ちゃんのこと!」
「え?」
矢島さんのこと?
なんのことだろう。
私が知っている矢島さんのことは、謹慎になったことぐらいだ。
私が困っていると、なき子さんはじれったそうに口を開いた。
「知らないの?矢島ちゃんが、異動になるかもしれないって!」
「え…?」
矢島さんが異動?
異動って、私の担当じゃなくなるってこと?
もう私のことを近くで見ていてもらえなくなるってこと?
あの騒動があったから?
私が、矢島さんとはぐれちゃったから?
「まだ噂だけどね、そういう話も出てるらしいのよ」
「そう、ですか…」
「マネージャーが矢島ちゃんじゃなくなったら、私は誰にお仕事もらえばいいのよ!」
なんで、矢島さんが。
なんで、なんで。
どうしてこんなことになってしまったんだろう。
何事もなかったように、3週間我慢すれば矢島さんは戻ってくると思ってた。
頭の中が真っ白になるって、きっとこういうことなんだ。
なき子さんがいろいろ喋っていたけど、もう私は何も考えられなかった。
「あ、いたいた!あいりん何やって…」
いつまで経っても来ない私を探していたんだろう。
嗣永さんが階段を降りてやって来た。
私は居ても立っても居られなくて、嗣永さんの元に駆け寄った。
「嗣永さん!」
「わ!ちょ、危な…っ。き、急にどうしたの?」
「矢島さんが異動になるって、本当なんですかっ?」
「あー…聞いちゃった?」
私が詰め寄ると、嗣永さんは気まずそうに笑った。
否定してほしかったのに、否定してくれなかった。
本当、なの…?
「まだ確定ではないけど、そういう話も出てるみたい」
「…どうしたら無くなりますか?」
「え?」
「どうしたら、矢島さんは異動せずに済みますか?」
「あいりん…」
矢島さんが異動せずに済むなら、何だってするつもりだった。
私が何とか出来る問題じゃないことはわかってる。
それでも、何かせずにはいられなかった。
「…次の新曲次第かもね」
諭されると思っていたら、意外にも嗣永さんは真剣に考えてくれた。
もしかしたら、何を言っても意味がないと思ったのかもしれない。
「確かあいりんのデビュー曲が初登場5位でしょ?今度の新曲がそれ以上だったら、なくなるかも」
「本当ですか…っ?」
「舞美は有能なマネージャーだからね。あいりんが売れて忙しくなれば、必然的にそれに対応出来るマネージャーをつけることになる」
私が嗣永さんのことをじっと見つめていたら、「あくまで“かもしれない”だけどね」と言って、困ったように笑った。
確実じゃなくても、少しでも希望があるのなら、私はそれに縋りたい。
矢島さんの為なら、どんなスケジュールでも頑張れる気がした。
新曲の発売は、矢島さんの謹慎が解ける少し前だ。
残り3週間の間にも新曲をPR出来る仕事はたくさんある。
落ち込むのはまだ早い。
それよりも、今私がやるべきことはいっぱいあるはずだ。
そして…伝えなきゃいけないことも。
「私、頑張ります。…お仕事も、それ以外のことも」
私の言葉に嗣永さんは一瞬驚いたような顔をしたけど、その後すぐにしっかりと頷いて言った。
「桃も頑張るよ。あいりんのマネージャーとしてね」
言い終わると同時にウインクしてくれたけど、ちゃんと出来ていなくて思わず私は笑ってしまった。
本当に、嗣永さんがマネージャーになってくれて良かった。
「嗣永さん」
「ん?」
「…やっぱりなんでもないです」
私は、ありがとうございますと言おうとしてやっぱりやめた。
きっとこれから3週間の間に、たくさんお世話になると思うから。
この言葉は、矢島さんが戻ってきた時まで取っておくことにした。
最終更新:2010年11月01日 07:39